





今回の配達先は、フィンランド。バイオリニストの城代さや香さん(45)へ、群馬県で暮らす父・隆良さん(74)、母・栄子さん(74)の想いを届ける。
さや香さんは、フィンランド第二の都市・エスポーの市立オーケストラ「タピオラ・シンフォニエッタ」に所属。第2バイオリンの首席を務め、まとめ役として他の楽器と連携を取りながら、指揮者の意図を汲み取りメンバーに伝えるという重要なポジションを担っている。
クラシックが好きな両親が聴いていた「白鳥の湖」のバイオリンの音色に魅せられ、3歳で演奏を始めたさや香さん。どんどん夢中になり、小学校2年生からは、本格的なレッスンを受けるため、東京に住むバイオリンの権威・江藤俊哉さんの元へ。毎週、母が運転する車で、往復4時間以上かけて実家のある群馬から通った。そのとき母はいつも、おにぎりと味噌汁を用意してくれていたという。高校からは名門・桐朋学園に進学し、音大卒業後はイギリスの王立音楽院に留学。さらに世界各地のコンクールに参加し、優秀な成績を収めた。そんなさや香さんに対し、両親は多くの時間とお金をかけ、いつも笑顔で送り出してくれていた。一方で、さや香さんは両親からプレッシャーをかけられなかったからこそ、「成功した姿を見せてあげなきゃ」「余計に頑張らなきゃいけない」との想いを強く感じていたという。そして「両親の苦労に報いたい」と、がむしゃらに頑張り続けてきた結果、体に不調が現れ始めた。酷使してきた右肩の軟骨に異常が見つかり、あまりの痛さにオーケストラの練習を中断したことも。今は患部を温存しながら、少しでも長く、より良い演奏ができるよう筋力をつける運動を積極的に行っている。
さや香さんが今、オーケストラの演奏以外にも大切にしているのが、友人のピアニストとのデュオコンサート。体に不安がありながらも、ついやりすぎてしまうさや香さんは演奏にも熱が入り、コンサートを終えると「本番は一段と、やりたいことやインスピレーションが出てくる。楽しいし、幸せです」と満足げな表情を浮かべる。こうしてソリストとしても高い評価を得ているが、フィンランドに渡る前、日本で試行錯誤していた10年間が最も苦しい時期だった。海外での活躍を目指し、国際コンクールやオーケストラの入団試験に挑み続けた日々。両親の援助を受けながらも思うような結果が出ず苦悩が続く中、32歳でようやく手にしたのが、フィンランドのオーケストラからの合格通知だった。このとき両親から「おめでとう」ではなく、「ここまでよく耐えたね」と言われたことが一番心に染みたという。その後も、常に上を目指して数々のオーディションを受け続け、オーケストラをいくつも移籍。バイオリンに人生を捧げてきたが、40歳目前でふと「人生は長いし、プライベートの時間は大事にしなさい」という母の言葉を思い出し、結婚を意識。そして3年前にオーヴェさん(62)と結婚。これを機に世界が広がったという。
そんなさや香さんの様子に、父・隆良さんは「普段、娘は『大変だ』ということは親の前では一言も言わないので、頑張っている姿を見て安心しました」と安堵する。また長年、娘を支えてきたことについては、「彼女にバイオリニストになりなさいって言ったこともないし、やりたいことを応援するのがすごく楽しみだったんですよね」と母・栄子さん。隆良さんは「日々成長する子どもの姿を見ることが、やっぱり親としての喜びだったなと思っています」とうなずく。
フィンランドに渡って13年。苦難の時を耐え抜いたさや香さんは、今では毎週、オーケストラのステージに立っている。まだまだバイオリニストとして更なる高みを目指し努力を続ける娘へ、母からの届け物はおにぎり。小学校2年生からの8年間、東京のレッスンのときには欠かさず母が握ってくれた思い出の味だった。「自分よりも小さい手で、一生懸命、愛情込めて握ってくれたんだなと思うと感動しますね」と、さや香さんの目には涙があふれる。そして、支え続けてくれた両親へ、「もう子どものためにやるのは十分なので、残りの人生も本当に楽しんで生きてほしいです。あと、幸せにやってるから心配はいらないよって言いたいですね」と想いを伝えるのだった。