





今回の配達先は、ペルー。ここで麺づくりに励む麺職人の小林健一さん(60)へ、弟で東京都在住の正英さん(55)と、奈良県在住の正治さん(52)の想いを届ける。
日本の大手食品メーカーでインスタント麺の開発を担当していた健一さんは、55歳で早期退職し、2022年にペルーに移住。翌年、首都・リマで製麺所「ナンフーズ」をゼロから立ち上げ、現地の飲食店向けに生麺を作っている。
ペルーでは、日本料理をベースにペルー独自の味付けや調味料でアレンジを加えた「NIKKEI(ニッケイ)料理」が大ブーム。中でも、日本式ラーメンは日本円で1杯2,000円程度とかなりの高級品ながら大人気だという。だが、日本ほど小麦粉の種類がないペルーではラーメン専用の小麦粉もなく、品質も安定していない。そうした中、健一さんは研究を重ね、これまでペルーにはなかった強いコシと豊かな香りを持つ麺を生み出すことに成功。麺は本場・日本の味がそのまま味わえると評判を呼び、今や50以上の店舗へ卸すまでに。イギリスのグルメ雑誌が選出する「世界ベストレストラン」で1位に輝いた店でも、健一さんの麺が採用されている。
東京で生まれた健一さん。長男として、年が離れた弟たちの面倒をよく見ていたという。当時、母がたまに作ってくれた健一さんの大好物が、インスタントラーメン。大学時代は毎日食べるほどのラーメン好きになり、就職した大手食品メーカーではインスタントラーメンの開発職に就いた。2003年にはまだラーメンが普及していなかったペルーに赴任。その後もインドなどへ渡り世界中で即席麺を開発していたが、2020年、会社から管理職への転向の打診が。だがずっとラーメン開発に携わりたかった健一さんは早期退職の道を選び、ペルー初となるラーメン用の生麺づくりに挑むため移住したのだった。当初、インスタント麺と生麺では勝手が違うため開発は難航。しかも理想の麺が完成しても、取引先がない状態だった。この間、苦労を共にしたのが、ペルーに赴任した時に出会い結婚した妻のパティさん。製麺所の社長も務める彼女の支えもあって、経営はようやく軌道に乗りつつある。
そんな健一さんがひとつ気がかりなのが、移住してから仲が良かった弟たちと疎遠になってしまったこと。きっかけは母の介護で、兄弟で話し合った結果、5年前に認知症と診断された母は施設に入ることになった。近くに住んでいた健一さんは積極的に顔を出していたが、その機会は次第に減っていき、ペルーへの移住も迫る中、母に顔を見せに行くという約束を十分果たせずにいた。さらにペルーに発つ直前には、母との関わり方について弟から責められたことも。その後、健一さんは弟たちに母を託した負い目から、以前のように連絡できなくなったという。
あるとき、麺の評判を聞きつけた人気レストランの有名シェフから、新作料理に使うオリジナルの麺を作ってほしいという依頼が舞い込んだ。そこで健一さんは乾燥エビを細かく砕いて練りこんだ特別な麺を提案することに。完成したエビの麺を試食したシェフは何かをひらめいたようで、即興でアレンジを加えペルー式冷麺に仕立てた。その反応は上々で、夏の新メニューとして本格的に検討が進められることになった。
ペルーで奮闘し、有名シェフからも認められる存在になった健一さんの姿を見て、「ホッとしました」と弟の正英さんはにっこり。正治さんも「同じ兄弟でも全然違う」と兄の行動力に感心する。また、母を巡って言い争いになったことについて、正治さんは「今後、どうしていくかみんながみんな分からない状態で…」と振り返りつつ、「今は兄も考えてくれているし、私たち兄弟のことも非常によく考えているっていうことがすごく伝わりました」と納得した様子で語る。
57歳で製麺所を立ち上げ、麺づくりの道を突き進む兄へ、弟たちからの届け物はかつて母が使っていた片手鍋とラーメン鉢。自らの原点を思い出し、日々の励みにしてほしい。また仲が良かったあの頃のように、なんでも気軽に話せる兄弟に戻りたい…そんな想いが込められていた。見覚えのある鍋と鉢に大感激した健一さんは、その想いを受け取り「僕も弟たちのことは大切に思っていますし、大好きです。こうやって応援してくれていると頑張れます」とほほ笑む。そして懐かしいラーメン鉢で作った一杯をしみじみと堪能するのだった。