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#8242月8日(日) 10:25~放送
フランス・パリ

 今回の配達先は、フランス・パリ。刺繍作家の小西川かおりさん(50)へ、静岡県で暮らす父・聡さん(72)、母・重子さん(79)の想いを届ける。
 「リュネビル」という、豪華なオートクチュールの装飾にも用いられる刺繍技法で作品を制作しているかおりさん。エッフェル塔のすぐ近くに構えるアトリエ兼住居では、初めての個展に向けてこれまでにない大きな作品に挑戦中で、小さい頃に母が読んでくれた絵本の思い出をモチーフにした刺繍に取り掛かっている。リュネビルは、特殊なカギ針を使って糸やビーズを布に縫い付けていくのが特徴。ビーズで表現する木いちごの実は、布の裏から刺すことで美しく仕上がるといい、直接見えない部分は指先の感覚だけが頼りになる。葉の部分には何種類もの緑の糸を使い、さらにビーズを足してみずみずしさを表現。作り始めて1週間になるが、まだまだ完成にはほど遠いという。
 洋服やお稽古用のバッグなどを手作りしてくれていた母の影響で、幼い頃から物作りが好きだったかおりさんは、離婚を経て41歳でフランスへ渡ると、世界最高峰と言われるシャネルの傘下の刺繍学校に入学。オートクチュールの世界でも用いられる最上級レベルの技術を学んだ。刺繍作家として独り立ちできるようになったのは、コロナ禍に手作りしたマスクがきっかけだった。「メルシー(ありがとう)」という文字を刺繍したマスクをSNSに投稿したところ評判となり、ニューヨークのギャラリーなどから注文が殺到。さらに、同じテイストで刺繍を施したバッグも大人気となった。しかし刺繍作家として、もっと凝った作品を披露して刺繍自体を認められたい…そんな思いで今回、個展の開催を決意したのだった。
 かおりさんが刺繍の虜になったのは40歳のとき。主婦をしながら派遣社員として働いていた頃、習い事を探していてたまたま目にしたのが、オートクチュールの刺繍。一目で魅了され、どんどんのめり込んでいった。そんなある日、突然離婚することに。この先、一人で生きていくことに不安を抱いたかおりさんだが、それならば大好きな刺繍を本場で学び、刺繍の先生として自立できるようになろうと、全財産をつぎ込んでパリへ渡ったのだった。当時41歳。もし失敗したらすべてを失う覚悟だったという。現在、私生活ではパートナーのカリムさん(53)との出会いもあり、近々入籍も予定している。
 作品を制作する一方で、かおりさんが任されているのが修復作業。サンロック教会という有名な教会の依頼で、司祭が儀式の際に着用する貴重な衣服や装飾品に施された刺繍の修復を引き受けている。難しい作業だが、昔の珍しい技法を直接目にできるので、勉強の機会にもなっているという。
 同時に進める個展に向けた作品のメインモチーフは、母がよく読んでくれた絵本「マザーグース」。母は昔、その一場面であるガチョウに乗ったおばあさんを刺繍したリュックも作ってくれた。そんな環境で育まれた自分の世界を最高の技術で表現したいと、ガチョウの翼の躍動感は質感が違うスパンコールを組み合わせることで表現。さらに教会の修復で見た刺繍からヒントを得て、胴体の質感をデザイン。こうして幼い頃の母との思い出を詰め込んだ作品は200時間を費やしてようやく完成した。
 そんな娘の日々を見た父・聡さんは「素晴らしいですね。頑張ってますね」と感慨深げ。一方、母・重子さんも「離婚しなければフランスに行かなかったし、そう思うと離婚も良いプロセスで、決して悪くなかったと思います」と今の姿を喜ぶ。
 活動を始めて8年。41歳で本場フランスへ渡り刺繍作家として奮闘する娘へ、母からの届け物は、手芸が得意な母がひと針ひと針思いを込めて手作りした「親指姫」の人形。よくかおりさんに読み聞かせていた童話で、主人公がたどった物語と娘を重ね合わせたという。「親指姫はいっぱい苦労して、最後は王子様と出会って幸せになる。なるほどなって感じです」と母の想いを感じ取ったかおりさんは涙をこぼす。そして、「お母さんが私のためにこんなお人形を作ってくれたというのが、“私”に戻ったようでうれしい」と喜び、「心配かけたけど今は幸せだし、これから親孝行を頑張るから楽しみにしていてと言いたい」と両親に感謝を伝えるのだった。