





今回の配達先は、西アフリカのベナン共和国。ここで現地の女性を支援するエケ陽子さん(47)へ、兵庫県で暮らす双子の姉・優子さん(47)の想いを届ける。
陽子さんが暮らすのは、国際空港がある街・コトヌーから車で3時間、南西部に位置するドボ=トタ。2013年に海外協力隊でベナンに派遣された陽子さんは、この地で出会ったボナバンチュールさん(40)と意気投合し、結婚。2人の子宝にも恵まれ、しばらくは地元の兵庫県で暮らしていたが、息子たちをアフリカの大地で伸び伸び育てたいと2023年に夫の故郷へ移住した。移住後すぐに夫婦でNGO団体「Salu Tota(サリュトタ)」を立ち上げ、夫が代表、陽子さんが副代表としてベナンの女性の自立を支援している。
一夫多妻制が残るベナンでは、男性が何人も妻を持ち自由な生活を送る反面、女性は家事や育児の全てを担い、お金を稼ぐ手段はほとんどない。そこで継続的な支援の方法として陽子さんが考えたのが、石けん作り。いまだ電気や水道のない暮らしをしているラダ村では、村の女性たちが1年前から石けん作りを始めた。石けんは洗濯や食器洗い、体を洗うのにも使えると評判に。1個40円ほどだが、平均月収が1万5千円にも満たないベナンでは家計の助けになるそうで、作りたいという女性も増えつつあるという。実は、そんな女性たちを気に掛ける陽子さん自身も、夫・ボナさんの第二夫人。普段ボナさんは4人の子どもがいる第一夫人の方にいるといい、陽子さんは支援活動から離れれば2人の子どもの母親として奮闘している。
中学生の時、たまたまテレビで見たアフリカで活躍する日本人看護師の姿に感銘を受けた陽子さんは、看護師の道に進み、大規模な医療センターで働いていた。だが配属された小児病棟は激務で、体はずっと不調だったという。母・幸子さんはそんな娘を心配しいつも支えてくれていたが、あるとき体に異変が。診断の結果、末期のがんで余命半年と告げられた母は、そのわずか3か月後、51歳の若さで帰らぬ人となった。専業主婦として4人の子育てに追われ、ずっと家族のことだけを考えてきた母が、命と引き換えに教えてくれたのは「後悔しない人生を送ること」。「やれることがあるんやったら、出来るときにやっておかないといけないって思います」と陽子さんは語る。
陽子さんが最近始めた新たな試みが、栄養改善パウダーを作るプロジェクト。ベナンの多くの村では、子どもたちの食事が米やとうもろこしなど炭水化物に偏っていた。そこで90種類以上の栄養素を含むスーパーフード「モリンガ」をメインにしたパウダーを考案し、普段の食事に加えることで手軽に栄養価を高めてほしいと考えたのだ。ある日は現地の母親たちに集まってもらい、栄養改善パウダーの試食会を開催。評判は上々で、女性たちは歌とダンスで喜びを表現した。その姿に涙がこみ上げる陽子さん。夫の故郷であるベナンで女性たちの役に立ちたい、その思いが少しずつ伝わりはじめているようだ。
陽子さんの活動について、当初は「私もよくわかっていない」と言っていた双子の姉の優子さん。今回初めてベナンでの妹の様子を見て、「人の役に立つ、いいことをしているんだなあって」と感心する。また、優子さんはかつて病床の母から「アフリカの大地を野生動物と走るのが子どもの頃からの夢だった」という話を聞いていたそうで、「私1人のときに言っていたので、妹は全然知らないことなのですが…」と母と妹の不思議なつながりに驚く。
アフリカの大地に根を下ろし、後悔しない人生を送りたいと願う陽子さんへ、姉からの届け物は母の形見であるネックレス。35年前、小学生の陽子さんが母へ修学旅行のお土産としてプレゼントしたもので、ずっと大切にしまってあったという。そして、亡き母の夢を叶えるため「アフリカの大地を見せてあげてください」という姉の願いを知り、「そんなん言ってたんや…」と驚く陽子さん。ネックレスをつけ、「母の代わりにこの景色を見ているのかなと思います。つながっている感じがしてうれしい」と喜びを噛み締めるのだった。