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#8211月18日(日) 10:25~放送
オーストリア・ウィーン

 今回の配達先は、オーストリア。首都ウィーンのオペラ歌手・岡﨑麻奈未さん(40)へ、埼玉県の父・敏彦さん(70)、母・昭恵さん(64)の想いを届ける。
 かつてモーツァルトやヴェートーベンが活躍した音楽の都・ウィーン。国立歌劇場では、世界トップクラスのオペラが毎日のように上演されている。そんなウィーンに渡って18年になる麻奈未さんは、フリーランスのオペラ歌手。オーディションを受け、役を勝ち取ることで舞台に立ってきた。
 音楽との出会いは3歳の時。両親の勧めでピアノ教室に通い始めたのがきっかけで、当時から「音楽家になる」という夢を抱いていたという。その夢は揺らぐことなく、中学に入ると音楽大学を目指し猛勉強した。その頃に心を奪われたのが、図書館のビデオコーナーで目にしたオペラ「蝶々夫人」。音楽家になる夢はオペラ歌手という明確な目標へと変化し、国立音楽大学の声楽科を卒業すると、両親の反対を押し切り2007年にウィーンへ渡った。しかし歌の実力は認められるもののいつもあと一歩が足りず、出演するのは憧れの伝統的なオペラではなく、オペレッタという娯楽性の高い大衆的な音楽喜劇の舞台ばかり。オペラハウスの専属歌手になるという夢はまだ叶っていない。
 16年前にはドイツ人と結婚し、娘のアメリーさんを授かったが、オペラ歌手も家庭も頑張りすぎたために心が疲弊し、離婚。3歳だったアメリーさんを連れ、やむなく日本へ帰った。だが、これで音楽の道を諦めてもらえたらという両親の望みとはうらはらに、オペラ歌手として国立歌劇場に立つという夢は捨て切れなかった麻奈未さん。そんな時、オペラ歌手の登竜門とも言える国際的なコンクールで入賞を果たしたことで一念発起。8年前、親子2人で再びウィーンへ渡ったのだった。
 現在はパートナーのヤコプさんと、14歳になったアメリーさんの3人暮らし。こうしてオペラ歌手として再びウィーンでの挑戦を始めた麻奈未さんだったが、ひとつ大きな変化があった。舞台芸術をより深く理解したいと、ウィーン国立音楽大学で芸術マネージメントを学んで新たに修士号を取得。さらに自ら劇場を経営し、劇場での公演のプロデュースに加えて、オペラハウスでオペラもプロデュースしている。そして今、新たなチャレンジとして、初めてプロデュースと原案・主演を兼ねる大きな舞台を上演。その初日が2日後に迫っていた。ヨハン・シュトラウスによるオペレッタの名作「こうもり」をモチーフにしたオリジナルのコメディは2時間におよぶ長丁場で、麻奈未さんは歌や芝居に加えてピアノの演奏も行うという。
 公演初日、99の客席は前評判を聞きつけた観客で満席になっていた。物語は、麻奈未さんが演じる家政婦アデーレの雇い主が、浮気性の夫に復讐を目録む場面からスタート。その復讐の手伝いをきっかけに日頃の不満が爆発したアデーレは、自分自身の力で人生を変えようと決意する。そんなアデーレが夢を語る場面がクライマックスで、麻奈未さんのリアルな心情が込められた物語に客席からの拍手は鳴りやむことがなく、公演は大成功に終わった。
 一度は日本に戻った娘だったが、再びウィーンへ。父・敏彦さんは当時「なんでや」と思ったというが、「ああいう性格の子だから反対したところで…」、母・昭恵さんも「止められなかったですね」と振り返る。だが今回、現地で奮闘する麻奈未さんを見た敏彦さんは「びっくりしましたね。ウィーンでの活動は実際見たことがなかったので、感心しました」と目を見張る。
 最初に描いたオペラ歌手の夢はまだ叶っていないものの、自ら人生を切り開き、生きる道を見つけた麻奈未さんへ、両親からの届け物はたくさんのビデオテープ。父が撮りためた映像には、誕生日会やピアノの発表会など、音楽とともにある小さな麻奈未さんの姿が収められていた。さらに父の手紙には「あの頃と変わらず、ずっと歌を好きでいてください」というメッセージが。涙が止まらない麻奈未さんは、「この言葉は刺さりますね。歌に対する思いは活動する上で変わってきたけど、歌が好きっていう思い、燃える魂が腹の中にずっとあると思います。それは変わっていないと思うし、変わることはないと思います」と、自らの歌への情熱を再確認するのだった。