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#81010月26日(日) 10:25~放送
スリランカ

 今回の配達先はスリランカ。紅茶バイヤーの山口諒二さん(28)へ、大阪府で暮らす父・正晃さん(63)、母・祐美加さん(61)の想いを届ける。
 「セイロンティー」が有名で、紅茶生産量は世界3位を誇るスリランカ。ティーブレイクは欠かせない習慣で、街にある屋台式ティースタンドでは老若男女が1杯数十円で紅茶を楽しんでいる。この日、諒二さんがいたのは、スリランカ最大の都市・コロンボにある紅茶販売仲介業者のアカシアカ社。大きなオフィスのテイスティングルームには、国中から集められたたくさんの種類の茶葉が並んでいる。それらをバイヤーが買い付けて、世界各国へ輸出。諒二さんも日本の紅茶メーカーから依頼を受け、膨大な茶葉の中から条件に合うものを探し出し買い付けを行っている。そんなバイヤーにとって欠かせない技術が「テイスティング」で、紅茶を口に含んで繊細な味の違いを見極めている。
 日本の紅茶メーカーに勤めていた諒二さんは、バイヤーになるため離職し、今年2月にコロンボへ移住した。そしてアカシアカ社に頼み込んでテイスティングを勉強。1か月前には、狭き門であるバイヤー活動に必要な紅茶庁のライセンスも取得した。しかしまだ輸出できる茶葉が見つかっておらず、バイヤーとしての収入はゼロ。今は日本のメーカーに現地の紅茶情報を提供することで報酬を得ているものの十分な収入とはいえず、生活はギリギリの状況だ。
 4人きょうだいの末っ子として育った諒二さん。学生時代は社会人リーグを目指してラグビーに打ち込んでいたが、大学卒業後は東京の会社に就職。社会人となって熱中するものを失くし、ぼんやりと過ごす日々が続いていた。そんな頃、転機となったのが大阪の両親から送られて来た荷物。諒二さんはコーヒーしか飲まないのに、なぜか紅茶のセットが入っていたという。実家の近くにオープンした紅茶専門店でたまたま両親が購入したという紅茶は驚くほどのおいしさで、偶然にもスリランカ産だった。「これを仕事にしたら面白いのでは」と電撃が走った諒二さんはすぐに専門店を運営する紅茶メーカーに転職。そして働けば働くほどより紅茶のことが知りたくなり、2年で独立を決意しスリランカへ渡ったのだった。
 自ら産地を巡って、よりおいしい茶葉を探すことも紅茶バイヤーの大事な仕事。ある日は6時間電車に揺られ、スリランカでも有数の紅茶の産地・キャンディ地方を訪ねた。実は今、地元にしか出回らない紅茶を作る小規模な農園と共同で、日本向けのオリジナル紅茶の開発をしているという。試行錯誤を重ねて目指したのは、フレッシュさを残した日本人好みの飲みやすい紅茶。すでに日本の紅茶メーカーに買い取ってもらうことが決まっているそうで、バイヤーとして初めての成果になる。また別の日は国内最大級の紅茶メーカー・マルワッタ社へ。オリジナルの紅茶と並行して、スリランカの茶葉で抹茶を作るプロジェクトを進めている。
 スリランカに渡り半年、諒二さんの頭にいつもあるのは、両親への感謝の気持ち。紅茶の世界へ転身するときも、スリランカへ移住するときも、意思を尊重し背中を押してくれたという。一方、図らずも息子が紅茶の道へ進むきっかけを与えていた両親。諒二さんが今、感謝の想いを抱きながらスリランカで奮闘する姿を見て、母・祐美加さんは「自分で切り拓いて、ちゃんとコミュニケーションをとって仕事をしている。我が子ながらすごいなと思いました」と感心し喜ぶ。
 紅茶バイヤーとしてその一歩を踏み出したばかりの息子へ、両親からの届け物は竹製の茶こし。息子の役に立ち、なおかつ日本を感じられるものをと何軒も道具店を回って選んだものだ。さらに、普段は多くを語らない父・正晃さんが息子を応援する気持ちを込めて筆をとった書が添えられていた。両親の想いや父のエールに思わず涙があふれる諒二さんは、「やっぱりこの気持ちに応えること。その姿を見せて『ようやってるやんけ』という感じで思ってもらえたら、それが親孝行になるのかなと思います」と語り、更なる奮闘を誓うのだった。