





今回の配達先は、南太平洋に浮かぶフランス領ポリネシア最大の島・タヒチ。放送800回を記念して、“ぐっさん”こと山口智充が自ら届け物を携え、タヒチで奮闘する人たちに家族の想いを届けるスペシャル版を3週にわたっておくる。今回は、タヒチアンダンサーの向井智子さん(42)へ、埼玉県で暮らす母・文子さん(72)の想いを届ける。
年間を通して穏やかな気候のタヒチは、世界中から観光客が訪れる人気のリゾート地。ここでタヒチアンダンサーをしている智子さんは2年前に出産し、最近ダンスの練習を再開したばかりだ。そんな娘に対し、母・文子さんは「一番心配なのは体調。でも子どもがいながらでもレッスンして頑張っているので、いつかは観に行ってあげたい」と応援している。
智子さんが所属する「Hei Tahiti(ヘイタヒチ)」は、大会で何度も優勝経験のあるタヒチアンダンスのトップチーム。タヒチアンダンスはハワイのフラダンスの原型ともされているが、ゆったりとしたフラとは違い、打楽器による速いリズムと激しい腰の動きが特徴だ。ぐっさんも智子さんに解説してもらいながら、ヘイタヒチの迫力満点のショーを鑑賞する。
翌日、ぐっさんが智子さんに連れられてやってきたのは、花の市場。タヒチアンダンスでは衣装の飾りに生花や葉を使うため、いつもここに買いに来るのだという。色鮮やかな植物はネックレスや冠にするというが、衣装を作るのはダンサー自身。そこで、ぐっさんも智子さんの指導のもと、衣装作りに挑戦する。お手本を見せる智子さんは、いとも簡単に大きな葉の芯を取り除いていく。だが、ぐっさんは思うようにいかないようで、「絶対、大会まで間に合えへんわ」と悪戦苦闘。こうして完成した衣装の出来栄えは? さらにぐっさんは手作りした衣装をまとい、ヘイタヒチのメンバーからタヒチアンダンスを教わることに。独自のステップなど特訓を重ねると、いよいよぐっさんが即席タヒチアンダンスショー開演する!
続いて、智子さんも本場のタヒチアンダンスを披露。ダンサーたちの横で打楽器を打ち鳴らすメンバーには智子さんのパートナーであるトゥアラニさん(44)の姿もあった。実は、タヒチアンダンスはトップチームのメンバーでさえ、ダンサーだけでは生計が立てられないのが現状。トゥアラニさんも本業は公共事業管理の仕事をしている。みな本業を持ちながら、それ以外の時間をダンスに捧げているのだ。
智子さんに舞台の楽しさを教えてくれたのが、演劇やミュージカルが大好きだった父・修さん。物心つく前から始まった父との舞台通いは高校生まで続き、舞台に魅せられた智子さんは舞台照明スタッフとして就職するまでに。一方、ダンスを始めたのは、当時ヒットしていた映画「フラガール」がきっかけだった。ただスローなフラよりも、激しい音楽にのせて踊るタヒチアンダンスに惹かれたという。そしてダンスを始めた智子さんはタヒチへ行き、レッスンを受けていたが、その旅行中に修さんが大動脈解離で急逝。このことを機に、智子さんはダンスを辞めてしまう。しかし4年後、友人の誘いで再びタヒチへ行き、久々に本場のダンスに触れると思いがよみがえり、36歳でタヒチに移住。その後トゥアラニさんと出会い、2年前には娘の唯歌さんを出産。現在は子育てをしながら、タヒチ最大のダンス大会「ヘイバ・イ・タヒチ」に向けて猛練習している。
父の影響で舞台が好きになり、気づけばタヒチアンダンスに人生を捧げるまでに。そして導かれるようにたどり着いたタヒチで愛する家族もできた智子さんへ、ぐっさんが届けたのはカセットテープ。母・文子さんが遺品を整理していた時に見つけたもので、亡き父の生前の声が残された唯一の品だった。再生してみると、父が1歳の智子さんになんとか歌を歌わせようとしている声が。智子さんは「娘にも同じことをやっています。でも、そういうときに限って『やだ』とか言うんです」とほほえむ。さらに、父のことを綴った母からの手紙を読むと、目には涙がにじむ。そして、「やりたいことに対しては応援してくれていたと思います」と、今は遠くから見守ってくれている父との思い出を振り返るのだった。