





今回の配達先は、アメリカ・テキサス。ここで自転車のフレームビルダーとして奮闘する冨井直さん(47)へ、新潟県で暮らす父・敦さん(77)、母・由美子さん(74)の想いを届ける。
名だたるIT企業が集うテキサス州オースティン。直さんは街の中心部から車で15分、閑静な住宅街に自宅兼工房を構え、世界に一台だけの完全オーダーメイドの自転車をひとりで製作している。依頼者の体型や年齢、癖までも考慮した設計図から手掛け、パーツもほぼ全て手作り。車体の色はスケッチを何枚も描き、相手と納得できるまで相談して決める。さらにワイヤーの先にビーズを付けてインディアンジュエリー風にしたり、表から見えないような場所や部品にサボテンなどの彫刻を施す。こうして約1か月を要して完成した一台は、直さんにとって自身の美意識を隅々にまで行き渡らせたひとつの作品なのだという。そんな直さんの自転車「TOMII CYCLES(トミイサイクルズ)」は、全米最大規模のハンドメイドバイクのイベントで同業者が選ぶ「ビルダーズチョイス賞」を受賞。今や1年半待ちの人気だ。特に高く評価されているのがオリジナルデザインのパーツで、例えば「ステムキャップ」というパーツは、ターコイズやオパールなどの天然石を細かく砕いて装飾。まるでインディアンジュエリーのように仕上げている。どのパーツにも途方もない手間暇をかけているが、実は部屋にこもってものづくりに明け暮れる生活は昔から変わっていないという。
子どものときからものづくりやホームセンターが好きで、中学や高校の帰りによく店に立ち寄っていた直さん。高校卒業後は地元新潟のデザイン専門学校に進み、アメリカの美術大学に留学した。大学を卒業するとアメリカに残って彫刻製作の会社に就職。鍼灸師として働く千晶さんと結婚し、2人の子どもにも恵まれた。そんな頃、健康のために乗り始めた自転車が運命を大きく変えることに。地元のサイクリストと出会い、そこでハンドメイドバイシクルというものを知った直さんは仕事を辞め、自転車作りの世界に飛び込んだのだった。当時について、千晶さんは「ある日突然だった」と振り返るが、「そうなったらしょうがないし、『わくわくするんだったらやりなよ』って」と夫をサポートしたそうで、いまや子どもも13歳と18歳に成長した。
そんな直さんは今、仕事についてある考えがあるという。現在はどうしても限られた台数の自転車しか作れない。そこで、もっとたくさんの人に乗ってもらうため、自分がデザインしたものを誰かと作るという方法を模索しているのだ。また新たな挑戦として、ナイキなども手掛ける人気デザイナー、ウィル・ブライアントさんとコラボして、トミイサイクルズのグッズを作った。一方で、日本の自転車メーカーと組んで、溝の部分がサボテンの柄になっている直さんがデザインしたタイヤの開発を進めている。「昔は全部自分で考えて、全部自分でやりたかったけど、他の人とコラボすると自分にないアイデアが出てすごく楽しい」とわくわくする直さん。そして、「今は自転車やステムキャップを作らないとギリギリという状態。もしもうちょっと他の収入があれば、少しリラックスして作れるのかな」と新たなステップに期待する。
「そんなことで食べて行けるのかと思うし、何をやっているのかわからない」とこぼしていた父・敦さん。だが、今の息子の姿を見ると「あれだけ細かいことを…好きじゃないとできないですよね。小さいときと変わらない」と目を細める。母・由美子さんも直さんについて、「ものを作ったり描いたりするのがすごく好きで、常に何かをやっていた」と回想し、当時はあまりにも毎日違うものを作っていたので心配になったほどだと明かす。
子どもの頃から変わることなく、大好きなものづくりを続ける息子へ、両親からの届け物は直さんのスケッチブック。高校時代、父から「アートの学校に入るなら毎日スケッチをした方がいい」と言われて描いていたものだったが、そのほとんどが工具の絵で、直さんは「今と変わってないのかな」と笑う。しかし、両親からのエールが綴られた手紙を読むと、「見ていてくれたんだなあ…」と思わず涙が。そして「これからも家族を大事にして、たくさん自転車を作って、幸せをいろんな人に届けられるといいですね」と力を込めて語るのだった。