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#6137月4日(日) 10:25~放送
福島県・南相馬市

 獣医師として、訪問診療で全国各地を飛び回る上手健太郎さん(37)へ、兵庫県明石市で暮らす母・道子さん(72)の想いを届ける。健太郎さんは福島県南相馬市を拠点に、馬を専門に診療している獣医。競走馬と違って乗馬クラブなどの乗用馬を診る獣医は少なく、東北6県ではたった2人しかいないという。そのため2か月先まで往診のスケジュールはびっしりと詰まり、薬や医療器具をたくさん載せた診療車の走行距離はひと月約1万キロにも。そんなハードな仕事ぶりに、道子さんは「疲れた体で長距離を運転して帰ることや、やっぱり馬はすごく危険なのでケガをしないかとか…それが一番気になります」と心配する。
 ある日は馬に年2回義務付けられているというワクチン接種を行うため、福島から2時間半かけて山形の小さな乗馬クラブへ。およそ20頭の馬に素早く注射していく姿は簡単そうに見えるが、これも健太郎さんの技術であり、全国から依頼が舞い込む理由の一つだ。1時間で仕事を終えると、休む間もなく次の現場に向かう。
 小さい頃から動物が好きだった健太郎さん。高校生の時、留学先のニュージーランドで馬術を体験したことから馬に魅了され、帰国後は馬術競技に没頭して数々の賞を獲得した。大学卒業後は調教技術者を目指すも、持病の喘息のため断念。一般企業に就職するが、馬の世界を諦めきれず半年で退職し、22歳から獣医を目指すことに。周囲の反対を受けながらも猛勉強の末、大学の獣医学部に合格。免許を取得した後は宮城の競走馬育成施設で働き、2017年に南相馬に移住した。この地を選んだのは、「相馬野馬追」という伝統の祭りがあり、古くより人と馬が共存する“馬の町”だから。しかも町には馬を診療できる獣医がいなかったという。そんな町に往診の拠点を構えたいと、昨年4月には動物病院を開設した。健太郎さんの強みは、馬に乗れる獣医であること。馬術で培った経験と知識を生かして、実際に騎乗して馬の足の状態を感覚で確かめる。さらに最新の治療法や医療器具も積極的に採り入れ、依頼主からの信頼も厚い。
 ある時、岩手での診療を終えた健太郎さんのもとに急患の電話が入った。宮城のトレーニング施設に急行すると、馬には重度の腸閉塞の疑いが。そこで胃の中の状態を確認するため、まるでホースのような馬用のカテーテルを鼻から管を挿入し、馬の胃液を直接自らの口に吸い込む。臭いと味でお腹が腐敗していないか瞬時にチェックすると、今度は胃の中のガスを音で確認。幸い診断結果は軽度の腸閉塞で、大事には至らなかった。これまで様々な症状の馬を診てきたが、ここまでするのは「どの症例に関してもどこかでターニングポイントがある。『ああしておけばよかった』と思うことはたくさんあるから、自分が後悔しないために、というのはあるかもしれない」と明かす。その後も乗馬クラブを転々と診療し、仕事を終えたのは夜11時だった。急患に備えて移動中の昼食はコンビニで済ませ、慌ただしい日は診療車に備え付けのテントで寝泊まりすることも。現在、妻と2人の娘の4人暮らしだが、月のほとんどは全国を飛び回っているため家でゆっくりすることはほとんどない。こんな不規則な生活が、もう4年も続いている。
 「獣医療はサービス業の一つだと思う」と語る健太郎さん。「何かあった時にすぐに駆けつけられるように馬の獣医の数を増やして、獣医師の負担も軽くしてより良いサービスができるようにやっていければ…」。大好きな馬のために自らの身を削り、距離も時間もいとわず数々の馬の命を救ってきた息子へ、母の想いが届く。