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#58812月20日(日) 10:25~放送
アメリカ・イリノイ州

 2017年、アメリカ・イリノイ州でスティールパンという楽器の指導者として奮闘していた浅田優子さん(当時39)。アメリカ第三の都市・シカゴから車で2時間、小さな田舎町・デカルブにあるノーザンイリノイ大学の音楽学部で指導を行っていた。裕子さんが教えるスティールパンはカリブ海に浮かぶ島国・トリニダード・トバゴが発祥で、ドラム缶をハンマーで叩いて作られる打楽器。ピアノと同じく12音階があり、オーケストラのようにメロディーやリズムなどのパートに分かれて複数で演奏する。「ドラム缶だからいい。ただの鉄の板というシンプルな物から生まれたからこそ、本当に素晴らしい」という優子さんはその指導者であると同時に、自らのスティールバンドを率いて全米で演奏を行うプレーヤーとしても活動。さらには、スティールパンを手作業で製作するビルダーでもある。
 10歳の時、父の仕事で家族と共にアメリカに渡った優子さん。5年後、家族は帰国することになったが、優子さんは日本の風潮は自分に合わないだろうと感じ、自由に自身の道を歩けるこの国に残ると決意する。その後、大学に進学するもやりたいことが見つからず、苦悩していた時に出会ったのがスティールパン。何ともいえない温かな音色にどんどんのめり込み、より深く学びたいと23歳のときにアメリカで唯一スティールパン科がある今の大学に移籍。そこで師匠であり夫となる運命の人、クリフさんに出会う。トリニダード・トバゴ出身のクリフさんはアメリカにスティールパンを広めたといわれる巨匠で、大学で先生として楽器を指導していた。41歳の年の差を乗り越え結婚。優子さんはクリフさんの人間性に強く惹かれたといい、これからも「クリフは80歳になってどんどん弱っていっているけど、自分ができる限りはそばにいて、自分ができることをやっていくつもりです」と話す。自らが救われ、共に生きてきたスティールパンの魅力をもっと広めたいと活動する優子さん。そしていつか自身のバンドを日本に連れて行きたいと夢を語る彼女へ、15歳のときから離れて暮らす日本の両親から届けられたのは、娘の成長を記録した1冊のアルバム。「いつも一緒だよ」という両親のメッセージに涙があふれた。
 あれから3年。バンドメンバーとともにイリノイ州にいる優子さんとぐっさんをリモート中継でつなぐ。現在も変わらずスティールパンの指導や演奏に携わっているが、取材当時80歳だったクリフさんが昨年逝去。裕子さんは「楽しい思い出、うれしい思い出ばかりで、今は彼がやっていたことを自分も続けてやっていけているということをすごく誇りに思っている」と心境を明かす。そんな中、最近では「バーチャルスティールバンド」というプロジェクトをスタート。新型コロナウイルスの影響が世界中に広がる今、23カ国・691人ものスティールパン奏者がバーチャルでつながり、一緒に演奏することで平和や団結、愛を届けようと配信した動画が反響を呼んでいる。日本に行くという夢はまだ叶えられていないが、今回はぐっさんのために用意したという曲をバンドで演奏する。