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#5115月5日(日)10:25~放送
ベトナム・ハノイ

 今回の配達先はベトナムの首都・ハノイ。サッカースクールを運営する井上寛太さん(27)へ、京都に住む父・龍夫さん(59)、母・しのぶさん(62)の思いを届ける。
 昨年開校した寛太さんのサッカースクール「ルーヴェン・フットボールスクール・ベトナム」。生徒は、現地に駐在する日本人の子どもを中心に幼稚園児から大人までおよそ200人。寛太さんは運営のみならず自らコーチも務め、日本語と英語、ベトナム語で指導する。経済発展とともにサッカーのプロリーグが発足したベトナムは、先のアジアカップで代表チームの活躍もあり今や空前のサッカーブーム。習い事としても一番人気で、寛太さんのスクールも生徒が増えてきているという。
 寛太さんがサッカーを始めたのは3歳の時。父に連れて行ってもらったJリーグの試合に心を動かされたことがきっかけだった。小学校時代には恵まれた才能からJリーグのクラブチームにスカウトされ、アカデミーチームで活躍。中学・高校では年代別の日本代表に選ばれるなど将来を期待されるサッカーエリートに成長し、「高校になったらプロになろう」と決心していた。しかし思春期を迎えるとサッカーへの情熱が冷めていき、かつての仲間たちがプロの道へ進む中、寛太さんはユースチームからトップチームへ昇格することはできなかった。それでもプロへの夢を諦め切れなかった寛太さんは、進学した大学を1年経たずして中退。3年後に長野のJ3チームから声が掛かり念願のプロサッカー選手になったものの、出場機会には恵まれず2年で退団し、活路を見いだそうとヨーロッパへ。ドイツなど8カ国のチームを渡り歩き、目立った活躍はできないまま26歳で引退を決意した。プロとの差を痛感し、選手生活を断念せざるを得なかったそんな時、まだサッカーの歴史が浅いベトナムで働かないかというオファーが舞い込んだのだった。「昔はプライドが高くて、周りのことを気にして威張っていた。今は泥くさく生きたい」と寛太さん。スクールの子どもたちには、サッカーの楽しさとともに「あっという間にサッカー人生は終わる。今やれることは100%でやれ」と伝えたいという。
 母のしのぶさんは、奮闘する寛太さんを見て「選手をしている時は悩みや苦しかったこともあったと思うけど、今はいい顔をしている」と安心した様子。3歳からサッカー一筋の寛太さんをそばで見てきた父・龍夫さんは、「中学生になってから生活態度に乱れが出て、それを自分でもわかっているのにやめられない。さらに親からも厳しく怒られたことが当時は耐えきれなかったのでは。それが彼のイライラを募らせていた原因なら、我々も反省しないといけないのかな」と振り返る。
 ベトナムに渡って1年半。最近ではイタリアの名門チーム・ACミランからスクール開校の協力を求められるなど、ビジネスがようやく軌道に乗ってきた。少年時代に思い描いていたプロ選手という夢は潰えたものの、経営者・指導者として新たなサッカー人生を歩みだした寛太さんへ、3歳の時にJリーグの試合を一緒に見て以来、息子の成長を楽しみにその一挙手一投足を追い続けた父の想いが届く。