過去の放送

#5053月17日(日)10:25~放送
カンボジア・バッタンバン

 今回の配達先はカンボジア。紡績業を営み奮闘する古澤敦さん(48)へ、日本に住む母・しづ子さん(77)の思いを届ける。
 タイとの国境に近いバッタンバンは、プノンペンに次ぐカンボジア第二の町。かつてポルポト派の活動拠点となり地雷汚染が特に深刻なこの地域に、敦さんの紡績工房「カンボジア・コットンクラブ」がある。敦さんは元NHKのディレクター。世界の紛争地を中心に取材をしていたが、日本でのキャリアを捨ててこの地に工房を立ち上げた。紡績に関してはまるっきり素人からの転身で、現在は15人の従業員とともに綿花から糸を作り、染色、織りまで全ての工程を工房内で行いストールを作っている。紡績機は「ガラ紡」と呼ばれるおよそ150年前に考案された機械を使用。近代的な紡績機が開発された今では忘れ去られたこの機械を、日本で復刻しカンボジアに持ち込んだ。他の機械もすべて手作り。自分たちで修理可能なものばかりで高価な設備はないが、それでも揃えるのにかなりの金額が必要なため、敦さんは自分の全財産を工房につぎ込んだのだった。枯れ葉剤などは使わず無農薬で栽培した天然の綿花から最高級のコットン製品を目指して日々作業しているが、手織りのストールは1日に4枚仕上げるのがやっと。これを高く取引できる海外に向けてインターネットで販売する。認知度はまだまだ低いが、評判は上々だという。工房で働く従業員は、近隣の決して裕福とはいえない農家の女性たち。敦さんはどれだけ失敗して時間がかかっても従業員主体で作業を進め、彼女たちの教育に対しては惜みなく力を注ぐ。そのため、育て上げた優秀なスタッフが大手企業にヘッドハンティングされることも。敦さんを金銭面でもサポートした母のしづ子さんは、「(返済されないのは)承知の上」と話すが、現在の様子を見ると、「やっていることは、人から見ると立派なことだと思われるかもしれないけど、これでこの先どうなるのか…」と、息子の将来を心配する。
 敦さんが、やりがいも安定も経験もすべて捨ててゼロから新しい道へと進むきっかけとなったのが、紛争中のアフガニスタン取材で出会った一人の老人だった。惨状を伝えることの大切さと、今そこで本当に必要なこと。2つの現実の狭間で思い知らされ、出した答えが今の姿だった。復興が遅れるバッタンバンでは、人々の生活はいまだ厳しい状況にあるが、かつてこの大地には綿花が咲き誇り紡績工房も存在していた。いずれは昔と同じように、この技術を応用して糸を作り稼げるようにする…大きな目標を見据え、敦さんは貧困に苦しむ国の、この場所から活動を始めた。カンボジアに渡って10年。経営状況はギリギリだが、新たな商品の開発など今ここでできる様々な展開も考えているという。どんな時も前を向き行動する敦さんへ、日本の母が届ける想いとは。