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#3274月5日(日)10:25~放送
フランス・パリ

 今回の配達先はフランス・パリ。銅版画家として奮闘する伊藤英二郎さん(43)と、奈良県に住む兄・周平さん(47)、姉・千佳子さん(45)、妹・勢津子さん(41)をつなぐ。幼いころから好きだったアートの世界で生きていきたいと、20年前にサラリーマンを辞めてパリに渡った英二郎さん。しかし今、彼の暮らしを支えているのは、ほとんどが美術教師としての収入で、兄たちは「この先どうするつもりなのか…」と心配している。
 版画にはさまざまな手法がある中で、英二郎さんが手掛けるのはヨーロッパが本場の銅版画。まるで日本の漫画のようなポップなものから抽象的なものまで、どの作品にも銅版画ならではの繊細な線と色彩が生かされている。銅版画はまず紙に描いたデザインを銅板に転写し、その下絵をビュランと呼ばれる彫刻刀で彫っていく。彫られた繊細な線がそのまま絵になって再現されるため、ペン画のような緻密な表現が可能になるのだ。繊細で美しい銅板画の世界に魅せられた英二郎さんは、食事も忘れて創作に没頭する毎日だ。
 彫られた銅版画はインクを塗り、表面を布でふき取りながらインクを線に埋め込み、大きなプレス機で圧力をかけて印刷する。線の中のインクを紙に写し取るのだが、どれだけインクが入ったか、どれだけふき取れたかは、もはや肉眼では確認ができない世界。長年培った感覚を頼りに、理想の刷り上がりを目指すしかない。「まずアーティストとして作品のイメージを考える。彫りの作業は職人でもありアーティストでもある。刷りは銅版画に刻んだものを自分のイメージに近づけていく作業で、まさに職人。自分は作家でもあり刷り師でもあり…アーティストと職人の両方でいたい」と、英二郎さんはいう。
 子供の頃から絵で食べていくことを夢見て美術大学を受験したが不合格。デザイナー志望で就職するも、配属されたのは営業部だった。しかも入社間もなく交通事故で入院してしまい、「脱落したと思った」。社会からはじき出されたような挫折感・孤独感から、サラリーマンを退職。人生を一度リセットしようと旅立ったパリで銅版画と出会い、魅せられた。それから20年。彼の作品は1枚2万円から10万円ほどだが、そう多く売れるものではない。 「作家としてまだまだ出し切れてない。もっと売れっ子になって、これだけで食べて行けるようになれれば…」。理想と現実との葛藤もある。
 今の暮らしを支えているのは、ほとんどがパリ市立美術学校の教師としての収入だ。日本独自の画風を待つ漫画の表現方法を教えているという。近年フランスで大ブームの日本の漫画だが、パリでは芸術の一つとして捉えられている。「フランスでは“根っこ”を探すんです。例えば北斎は漫画の元祖と言われるが、漫画から北斎や木版画というものを知る。フランス人は単に面白いから漫画が好きなのではなく、面白い理由を探している」と、英二郎さんは分析する。
 「いつになったら一人前になれるのか…。でも好きな道を選んだのは自分。貫き通したい」。そう語る英二郎さんに、日本の兄弟たちから届けられたのは、20年前、英二郎さんが日本を飛び出す前に撮影された1枚の写真。幼いころから旅立つまでを過ごし、英二郎さんの記憶に今も深く刻まれているという実家の庭で、今は亡き父母、兄弟と撮った最後の家族写真だ。「20年経ったんですね…この時のみんなの笑顔はもう戻ってこない。あの庭は記憶に強く残っています。昔よりも強く感じます」と、英二郎さんは涙で語るのだった。