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#25910月13日(日)10:25~放送
デンマーク/コペンハーゲン

今回の配達先は世界的に評価の高い北欧家具で知られるデンマークのコペンハーゲン。この街で家具職人として働く菊池怜子さん(32)と、兄の武史さん(37)をつなぐ。OLから転身し、憧れの家具の本場デンマークで職人の世界に飛び込んだ怜子さん。彼女の挑戦を誰より応援してくれた母は、デンマークへ渡った半年後にガンで亡くなった。兄は「日本を出るときには母はすでにガンになっていた。妹も多分覚悟しての事だったのかも」と振り返る。

 怜子さんが働くのは、木の魅力を最大限に引き出す高い技術力と品質で知られる、デンマークを代表する北欧家具工房「PP Mobler(ピーピー・モブラー)」。現在所属する職人は31人で、機械を使って木材を加工する「機械職」と、手作業で仕上げを担当する「ハンドワーク職」に分れている。怜子さんは駆け出しのハンドワーク職人だ。

 日本では家具の専門雑誌の編集を担当していた怜子さん。家具の事を知れば知るほど、“作る”ことへの憧れが強くなっていたという。編集はすべてを人に依頼する仲介的な仕事。「もっと自分の手で仕事をしたいと思って…」と怜子さん。とはいえ、物作りの経験がなかったため、会社を辞め、家具の専門学校で1年間学び、2年半前、大好きな北欧家具の本場デンマークにやってきた。

 その後は、いくつかの工房で無給で働き、貯金を切り崩しながら修業を重ね、その後、ずっと憧れていた現在の工房の門を叩いた。最初は断わられたが、手作りのケーキを持って工房に通っては交渉を続け、9ヵ月前、ようやく実習生として採用された。さらに、その仕事ぶりが認められ、就労ビザが下りた今年7月、ついに正社員として迎えられたのだ。「今は自分が本当にいたい場所でやりたいことをやれている。自分らしくいられる」と怜子さんはいう。

 自宅には、デンマークにやってきてすぐに届いたという母の最後の手紙が飾られている。そこには「怜子が一番やりたかったことを頑張っていると思うと、私は嬉しいです」と綴られていた。怜子さんは「やはり母には今の姿を見て欲しかった。今のこの状況を見てくれたら、喜んでくれたと思う」と惜しむ。

 現在、日本の父は心臓を患い実家でひとり暮らし。兄は横浜で家族を持ち、家族は離ればなれになってしまった。怜子さんは「山梨に今も別荘があるんです。家族4人がいつも集まっていた場所、家族の思い出がある場所です。みんな、どうにかしてずっとこの別荘は持っていたいと思っているはず。兄がリフォームでもしてくれればいいな(笑)」と淡い期待を語る。

 仕事のない週末も、怜子さんは1人工房に出て、「技術を上げるために」と自分の作品作りに取り組んでいる。いつの日か自分の工房を持って、理想の家具を作りたいという。そんな怜子さんに届けられたのは、兄が営むリフォーム会社からの発注で、ダイニングテーブルと椅子のセットの製作依頼書。設置場所は家族の思い出が詰まったあの山梨の別荘。納期は「一人前になってから」となっていた。“また家族でくつろげる場所を一緒に作ろう”という兄からのメッセージに、怜子さんは「何があっても帰って行ける場所があるだけで、どこでも行ける、何でも出来る気がする。そう思わせてくれる家族に感謝です」と、家族への思いを語るのだった。