◆ことばの話920「貸しはがし」

銀行の不良債権処理をめぐるニュースの中でよく耳にするのが、
「公的資金の注入」
「税金」とハッキリ言えよな、と思うのは私だけではありますまい。それと同時に最近よく耳にするようになったのが、
「貸しはがし」(貸し剥がし)
です。以前から「貸し渋り」というのはよく聞いていました。不良債権になるのを恐れて、銀行が、なかなかお金(資金)を貸してくれない。それでつぶれてしまった中小企業も少なくないはずです。そんな中、ようやくちょっと貸してくれたと思ったら、すぐに「早く返せ、すぐ返せ」と、無理やり貸した金と利息を、全額取り立てていく。まるで「追いはぎ」のようです。本来、貸した金を返してもらうのは当たり前なのですが、そのやり方が常軌を逸していることから「貸しはがし」という言葉が生まれたのでしょう。「はがす」という言葉には「無理に」「力づくで」というイメージが伴いますからね。
今朝(11月22日)の毎日新聞朝刊にも、帝国データバンクが21日に発表したアンケート結果の紹介で、
「貸しはがし懸念4社に1社」
という見出しがありました。ここでは、
「貸しはがし」(強引な債権回収)
と( )の中に言葉の意味を記してあって、親切だなと思いました。強引な債権回収、つまり「強引な取り立て」ですね。「ミナミの帝王」なんかに出てきそうな感じの。イメージがしやすくなりました。Googleでインターネット検索したところ、
貸しはがし・・・979件
貸し剥がし・・・795件

でした。ネット上よりも実社会ではきっと、もっと多くの「貸しはがし」や「貸し剥がし」が行われているのでしょう・・・。



2002/11/22



(追記)



12月3日発表の「日本新語・流行語大賞」で「貸し剥がし」が流行語のトップ10にランクされました。



2002/12/4


◆ことばの話919「千600円」

JR京橋駅構内で、物を売っていました。シャツヤネクタイのお店。最近こういった構内での販売、増えましたよね。本業だけではなかなか儲からないのでしょうか。
そのシャツの売り場に掲げてあった紙の表記に眼を奪われました。
「シャツ600円」
お!安いなあと、一瞬思いました、がしかし!よく眼を凝らしてみると、それは「600円」ではなく、
「千600円」
と書いてあったのです。一瞬、その売り場へ向かおうとした身体の向きが、次の瞬間にはこれから乗る電車のホームへ向かいました。1600円なら、特別に安いというわけではありません。そして同時に、この表記の巧みさに舌を巻きました。というのも、もし
「1600円」
と書いてあったら、「ああ、そうかい」と気にも止めないはずだったのに、
「千600円」
としたことで「千」は「漢字・文字」として認識されて値段の意識が消え、私にとって値段を表すと思い込んでいる「アラビア数字」の「600円」だけが、値段として認識されたのです。
600円なら、掛け値なしに安いでしょう?
嘘は何もないのですが、表記の仕方によって、客(=相手)が受ける印象がこれほども違うのかと、改めて思いました。
これって、シャツくらいならまだマシですが、マンションなど大きな買い物の時に
「千600万円」
とかいう表示だと、万が一「600万円」と思って契約しちゃうと、大変ですよね。そんなことはないか。逆に、
「4600万円」
と思って買うのをやめたりして。
ところで、全て漢数字で表す、
「千六百円」
という表記、以前は八百屋さんや魚屋さんでよく見掛けましたが、最近はあまり見かけなくなりましたね。



2002/11/22


◆ことばの話918「カロテン」

ニンジンなどに含まれている栄養素の一つに「カロチン」というのがあります。小学校の家庭科の時間に習いました。色の濃い野菜に含まれているそうです。
その「カロチン」が、名称変更で「カロテン」となる、という話をNHK放送文化研究所の原田研究員から聞いたのは、今年の春でした。
「えー、カロテン?へんな感じですねえ。」
と言っていたのですが、ついこの間、「KAGOME野菜生活」という野菜ジュースを買った時に、何気なく成分表をみると、



「カロテノイド含有量(100gあたり)
カロテン・・・2、8mg β―カロテン・・・2、4mg」




と書いてあるではないですか!
知らない間に、もうカロチンはカロテンに変わっていたのですね。「チ」が「テ」になるだけなので、ミリバールがヘクトパスカルになった時ほどのイメージ上のショックもないから、気付きにくいかもしれませんね。
でも「うんちん(運賃)」と「うんてん(運転)」だと、「ち」と「て」の違いで大きく違ってきますけどね。



2002/11/16



(追記)



伊藤園の「充実野菜」というジュースは、今も



「カロチン」



と表示されています。また、11月28日の産経新聞10面の全面広告、KAGOMEの「毎日飲む野菜」という野菜ジュースの広告に出てくる、カゴメ株式会社常務取締役で昭和女子大学大学院客員教授にして農学博士の石黒幸雄氏は、記事の中で、



「カロチン」「カロチノイド」



という言葉を使っていますし、同じく紙面に登場している食生活アドバイザーで管理栄養士の牧野直子さんも、



「βカロチン」



という表現を用いています。「カロテン」は使っていません。カゴメの中でも統一されていないし、業界内でも統一されていない、今は「過渡期」なのでしょうね。



2002/12/1


◆ことばの話917「1尾か1匹は1盃か?」

カニの季節です。
日本海でズワイガニ漁が解禁になりました。
今年の値段は・・・というニュースを読んだのですが、その時に、
「カニはどう数えるのか?」
という疑問が出ました。原稿には、
「1匹」
と書いてあったのですが、確か、カニは
「1パイ、2ハイ」
と数えるのではなかったか?
日本テレビ系列のハンドブックには、
「2種類以上の助数詞がある場合は、より一般にわかりやすい方を用いる。」
とあって、イカタコは、
「匹、盃」
と2種類が書いてありますが、カニは載っていません。ものの数え方が載っている『新明解国語辞典』で「カニ」を見ると、
「一匹、一杯。足だけは二肩(フタカタ)、三肩(ミカタ)」
とあります。足だけの数え「肩」があったなんて!しかも足なのに「肩」!
奥が深い。
しかし、結局放送では「1匹」で読みました。先輩のアナウンサーは、
「1盃のほうが、ウマソウに聞こえるんだけどなあ・・・」
とコボしていましたが。
そうそう、日本直販のコマーシャルでは、ズワイガニを
「1尾、2尾」
と数えていましたが、あれは間違いではないのかなあ。



2002/11/16


◆ことばの話916「格さん上がり」

テレビの時代劇が好きなSアナウンサーが、



「新しい水戸黄門、見ましたか?」



と聞いてきました。まだ見ていないのですが、黄門様が石坂浩二から里見浩太郎に変わったという話は聞いています。



「まだ。どうだった?」



と答えると、



「・・・石坂浩二よりは、ずっといいです。」



という答え。



「それにしても里見浩太郎は格さんから黄門様だから、これが本当の“格上げ”だね。」



などとヨタを飛ばすと、



「確か、映画では助さんもやっているはずですよ。」



とのこと。そうすると「助さん上がり」でもあるわけだ。



「あとは・・・うっかり八兵衛だけですか。でも八兵衛だと、格下げですかねえ。」



「『黄門くずれ』じゃない?」




それにしても「○○上がり」とか「○○くずれ」とか言うのはなんとなく差別的な匂いがしますよね。なぜだろう?
考えてみたところ、「上がり」と「くずれ」にはそれほどのニュアンスはないと。その上に来る職業に対して、一般的な上下関係、社会的身分(ヒエラルキー)上の「色」が付いているのではないでしょうか?つまり、Aという職業からBと言う職業になる時(A→B)に、AとBの職業の社会的な認識が、



A<B(Bの方が上位とされる職業)



であれば、「A上がり」と呼ばれ、



B(Aの方が上位とされる職業)



の場合は、「Bくずれ」と呼ばれるということですかね。



検事を辞めて弁護士をしている人なんかは「ヤメ検」と呼ばれたりもしますが。



2002/11/14

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