ウェークアップ

毎週土曜 あさ8時〜

辛抱
ウェークアップ

特 集

2018/05/12

特集01

災害時、遺族に寄り添う。日本DMORTとは?

2年前、震度7の揺れが襲った熊本地震。
発災直後、家屋の下敷きになるなどして50人が命を落とした。

ことし、私たちはある特別な場所の取材が許された。
熊本県警の警察学校にあるけん銃射撃場。

発災直後、ここは、犠牲者の遺体安置所となった。
病院に搬送されなかった犠牲者の多くが
この場所で棺に納められ、家族の迎えを待っていた。

(熊本県警 山田裕也警部)
「こちらのほうに遺体、棺に納めたご遺体、十数体を安置していた」

2日間で23人が運び込まれ、別室で家族との対面が行われた。

(熊本県警 山田裕也 警部)
「泣き崩れるご遺族やただ茫然とこれが現実なのかわからない方、
やり場のない怒りを何にあたっていいのかわからない感情を出される方
様々な方がいた」

対面に立ち会い、引き取りの説明などにあたった山田警部。

家族を突然失った苦しみを目の当たりにするとともに、
対応の難しさを痛感したという。

(熊本県警 山田裕也警部)
「複数のご遺体が一か所に集まったことで 
 説明に対しても納得のいかない方がいたりして
 その方々にあった支援に戸惑いを感じた」

震災や事故の現場で、遺族1人1人を支える体制を整えるのは
容易なことではないが、
ある医療チームの誕生が、状況を大きく変えようとしている。

それが…。

災害死亡者家族支援チーム「日本DMORT(ディモート)」。
医師や看護師などで構成され、
大規模災害が起きた際、
現場の遺体安置所などに赴き遺族の心のケアにあたる組織だ。

災害現場で救急医療にあたるDMATに対し、
DMORTは精神的支援を担う。
         
ことし1月、兵庫県警の災害訓練にDMORTが参加。
具体的な支援の方法を披露した。
 
遺体安置所での対面を想定し、
遺族と安置所の担当者役に対してDMORTのスタッフが、
実際の現場さながらに活動を行う。

(安置所の担当者役)
「こちら日本DMORTと言いまして
 被災者の家族の支援を担当するチームの医師や看護師」

設定した場面は、母親のお使いで買い物に出た娘が地震で建物の下敷きになり死亡し、
両親が遺体安置所で身元の確認を行うところ。

泣き崩れる母親に対し、
DMORTのスタッフは傍らで腕をさすり倒れないよう体を支える。

(父親役)
「治療されたんでしょうか?」
(DMORTの医師)
「発見された時には心肺停止の状態で
 治療の施しようがない状態だということで
 病院には運ばれてません」
(父親役)
「病院に運ばれてない?運んでくれたら助かったのでは?」
(DMORTの医師)
「発見に時間がかかってしまって運んでも手の施しようがない状態だった」

医学的な見解を踏まえ犠牲者の状況を説明するのも役割。
 
感情がどのように表に出ようとも、
DMORTのスタッフは家族のそばを離れず寄り添い続ける。

発災直後の混乱した状況の中、
こうした対面が次々に行われる現場では医師や看護師の存在は大きい。
 
(日本DMORT 吉永和正理事長)
「医療関係者でないとできないことは、ひとつは、医療的な情報提供。
 どんな状況で亡くなったんだろう、ほんとに亡くなる状態だったのか
 いろいろな疑問がありますけど
 我々の仲間であれば、そういった家族への説明を現場でできる」

日本DMORT設立のきっかけとなったのは、
2005年、兵庫県で起きたJR福知山線脱線衝突事故。
救急医療が適切に実施されたと評価された一方で、
遺族対応は十分ではなかった。
その反省から、事故の翌年に前身の組織を設立。

その後、災害に特化した遺族ケアについて
全国各地で研修会を開き、現在、会員は100人近くに…。
皆、仕事を抱えながらボランティアでの活動だが、既に災害現場で実績を上げている。
 
訓練で母親を支えていた看護師の河野智子さん。

普段は京都の日赤病院で働いているが、
熊本地震が起きた直後、現地に派遣され、
遺体安置所で17組の家族と向き合った。

(日本DMORT 河野智子さん)
「お子様をなくされたお父様、お母様と接するときは、かける言葉がない。
 そばにいて一緒に泣くだけという場面も多かった」

活動報告書にはただ家族に寄り添うだけではなく、
ケガの手当てをしたり血圧を計ったりして体調管理にもあたっていた様子が。

また、損傷の激しい遺体には
エンゼルケアと呼ばれる遺体の修復や化粧を施して、
少しでも遺族の苦しみが抑えられるよう努めていた。

最後は、遺体が家族とともに帰っていくのを静かに見送った。

そして、今月…。

(遺族の手記)
「20歳になったばかりの息子が亡くなって
 当たり前の日々がちぎれたように始まった生活から2年が過ぎました」

熊本の地震で河野さんがケアにあたった遺族の1人が手記を寄せてくれた。

(遺族の手記) 
「何度も言いようのない悲しみに向き合わなければならない苦しい気持ちの中、
 そばに寄り添ってくれた人がいたこと、
 息子の死に一緒に向き合ってくれた人がいたことは
 今大きな救いになっていると感じています。
 その当時は、混乱し訳もわからずにいましたが、
 時が経つにつれその事はとても大事なことに思われます。
 この活動が広く当たり前になることを祈っています」

7年前の東日本大震災では、被害規模が大きすぎたことから、
スタッフを派遣できなかったが、
宮城県の赤十字病院などでは研修を受けていた臨床心理士らが現場で支援にあたった。

(日本DMORT 村上典子副理事長)
「東日本大震災でもそうだが
 行政職員が遺体安置所で(遺族に)対応することが多い。
 多くの人にとっては自分がそういうことをしないといけないという
 自覚・覚悟がないままに経験をしている。
 ご遺族だけではなくて
 ご遺体ご遺族にかかわる人のケアも念頭に置いた活動をしていきたい」

一方で、深刻な課題が…。

河野さんは普段笑顔を絶やさず常に優しいまなざしで患者と接しているが、
その胸の内に、人知れず痛みを抱え込んでいる。
 
1月に行われたDMORTの訓練。
遺族ケアにあたる最中、突然、河野さんの目から涙が溢れ出た。

(日本DMORT 河野智子さん) 
「熊本の時の場面が頭にさっとよみがえってしまって…。
 自分自身は強い気持ちで(現場に)行っていたつもりだったが、
 ストレスを隠し持っていたんだと実感した」

遺族に寄り添えば寄り添う程、自らも悲しみも抱え込み、
また、そのことに気が付かない。
スタッフの精神的ケアをどう行っていくか避けて通れない課題だ。

ことし3月、河野さんが勤務する病院で
若手の看護師などを対象とした研修会が開かれた。

(日本DMORT 河野智子さん)
「極限の状態でアドリブは難しい、遺族・救援者双方が傷つくことも起こりうる」

初めは実感に乏しかった参加者の表情に真剣さが増していった。
支援員に必要な“覚悟”を学び“その時”に備えるのだ。

DMORTの活動を参考に、
去年、熊本県警は有事の際遺族支援にあたる専門部隊を編成することを決めた。

全国どこで災害が起きても支援の手が届く体制を…。
遺族ケアの定着に向けた チームの活動は始まったばかりだ。

BACK NUMBER

btnTop