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特 集

2018/09/15

特集01

笑顔を運ぶトラック

今月2日。
大阪・万博記念公園で、開かれたフェスティバル。
親子連れが多く訪れる会場内にひときわ目立つ一角が。

ズラリと並んだトラック。
その表情は…武骨で無機質なトラックとは、ちょっと違う。
荷台に描かれているのは、
クレヨンで書かれた可愛らしい子どもたちの絵だ。

思い思いに描いた絵の傍らには「交通安全」を願うメッセージ。
トラックの周りには子どもたちの「笑顔」が溢れる。

そんな子供たちの絵を優しい眼差しで見つめるのは
フェスティバルの主宰者である、宮田博文さん。
この日を“特別な思い”で迎えていた。
 
たった一台のトラックから始まったプロジェクト。
そのトラックが運ぶのは、「モノ」だけじゃない。
“笑顔を運ぶトラック”の挑戦を追った。

大阪府高槻市にある「宮田運輸」。
西日本から、食材を中心に、
様々なモノを全国各地へ運ぶ物流会社だ。

いまから6年前に、
祖父から4代続く会社を社長として引き継いだ宮田さん。

依頼された仕事は全て引き受け、連日トラックはフル稼働。  
そして、社長就任から1年が過ぎようとした
5年前の8月、事故は起きた。

(宮田博文さん)
「専務からの電話で一報を聞きました。
 うちのトラックとバイクが接触した…と。」

事故が起きた現場は、大阪府寝屋川市の幹線道路。
交差点を左折しようとした宮田運輸のトラックの脇を
一台のバイクが直進しようとした際、
トラックのミラーに接触。
バランスを崩し、転倒したバイクは、そのまま電柱に激突した。

駆け付けた病院で、宮田さんが案内されたのは、
「霊安室」だった。立ち尽くす宮田さんに、
亡くなった男性の父親は…こう言葉をかけた。

(亡くなった男性の父親)
「どっちが悪いかはわからへんけどな…
 たった今、息子は命を落とした。
 その息子に…小学4年生の娘がいることだけは…
 わかっておいてくれへんか。」

事故を起こしたドライバーは、
普段はハンドルを握ることの少ない「管理職」だった。

(宮田博文さん)
「大変忙しい日でして…なかなか配達する車が見つからないと。
 どうしても荷物を届けなくちゃいけないと。
 その時は本当に売り上げとか、利益とかそういったことを
 追求しすぎたのかもしれない…」

亡くなった命をどう償うべきか。
社長として「自問自答」を繰り返す日々が続いた。

(宮田博文さん)
「このまま会社をやっていて いいのか?とか、
 そんなことを考えて…夜も眠れない日々が続きました。」

『もう一度トラックで、世の中の役に立ちたい』
そう覚悟したのは、事故から半年ほど経った時。
従業員のトラックにあった“あるモノ”に
宮田さんの目は釘付けになった。

宮田運輸で20年以上、 ドライバーを務めてきた尾本啓一さん。
その日の社長とのやりとりをよく覚えている。

(尾本啓一さん)
「ウチの娘は舞っていうんですけど、
 4歳から5歳の時に描いてくれた絵をトラックに飾ってたんです。 
 ウチの社長が(絵を見て)“これや!!”みたいな。」

(宮田博文さん)
「こんな切れ端の子どもの描いた絵が飾ってあって…
 これを運転席にとどめるんじゃなくて、“社会に出そう”と。
 子どもの絵とメッセージは本当にどんな人の心にも届くと思ったので。」

こうして、尾本さんの娘の絵がラッピングされた
宮田運輸の「第1号」のトラックが誕生した。

子どもたちの描く絵を、 トラックに乗せて走ることで、
世の中に“優しいココロ”を伝える。

娘の絵を載せて街を走ると、予想以上の“反響”があったという。

(尾本啓一さん)
「他所の運転手さんからも声かけられたりして…
 “この絵、誰が書いたん?”
 「ウチの娘ですけど」“めっちゃいいですね!”って。
 (娘の絵が)見られているというのもあるし、
 見てくれた人がほっこりした気分になってもらって、
 一件でも事故が減っているかもとか、
 背負っているドライバーが思えたら
 誇りとかやりがいにつながるんちゃうかなぁと」

この世界から、ひとつでも事故をなくすために。
親子が集まる場所で安全運転の大切さを伝え、
子どもたちが感じたことをクレヨンで自由に描いてもらう。
その絵が、宮田運輸のトラックの新たな“シンボル”になる。

(土屋ディレクター)
「どういう気持ちで書いたの?」

(こどもたち)
「事故がないようにするため…
 交差点とかでよく事故があるから…
 信号無視とかをなくしたり。」

「子どもミュージアムプロジェクト」と名付けられた
宮田運輸の取り組み。宮田さんは講演で全国を回り、
自らの事故の経験を世の中に伝え続けている。

毎年、事故の命日には被害者の墓に参り、
「安全」への決意を新たにする。
そんな宮田さんが、肌身離さず持ち歩いているものがある。

ことしの正月、宮田さんの元に届いた「1通の手紙」。
差出人は事故で亡くなった男性の遺族からだった。
そこには、あの日、
事故を起こしたドライバーを思いやる言葉が綴られていた。

(亡くなった男性の遺族からの手紙)
「あの時、小学4年生だった孫は中学1年生になりました。
 朝元気に“行ってきます!”の声を励みに、楽しく暮らしております。
 ひとつ、気がかりなことがあります。
 事故のお相手の方には子どもさんがおられると聞いています。
 奇しくも婿と同じ歳のご主人と、そのご家族が、
 楽しい毎日を送られることを切に願っています。」

(宮田博文さん)
「お手紙いただいたときには涙しましたし…
 これ(プロジェクト)を確信的に広げていくことが、
 亡くなられた方にとっても大事なことではないかと思うようになりました。」

愛知県豊田市。
この日、運送会社に子供たちの絵が描かれた
真新しいトラックが納車されていた。

(土屋ディレクター)
「どの絵を書いたの?」

(こどもたち)
「これ!」

自分の絵が描かれたトラックに駆け寄り、ちょっと誇らしげな子供たち。

宮田運輸の取組みを知った会長が、その趣旨に賛同。
今回が2度目の納車だ。

(協栄ファイン・坂元会長)
「このトラックを見たドライバーの人とか、
 街の人たちがね、『わー素敵なトラックだなぁ』って
 よく言っていただきます。 
 その中で何が素敵なんだろう?とお伺いすると、"心が優しくなる"と。
 私達もこういうトラックをどんどん増やそうと思っておおります。」

(こどものお母さん)
「実際に街中で走っているのを見るんですけど…
 心が温かくなるというか、 
 “安全運転しなきゃ”っていうのにもつながると思いますよね」

こどもの優しい絵を載せたトラックが街を走る。 
それを見た人の心にも、「優しい気持ち」の輪が広がっていく。

(こどもたち笑顔)
「ハイ、チーズ!」

そして迎えた、今月2日。
大阪・万博公園での「子どもミュージアムプロジェクト」として
初めてのフェスティバル。

賛同する企業は年々増え続け、
5年前にたった一台から始まった取り組みは、
現在、全国で70社。トラックの数は、「200台」を超えた。
これまでに1台も、事故を起こしたトラックはない。

最近では、中国や韓国からも企業が視察に訪れるなど、
プロジェクトの輪は海外にも広がりつつある。

フェスティバルが終わりに近づいたころ…
会場に「一人の女性」が訪れていた。

宮田さんに手紙を送った事故の遺族。
子どもたちの絵を一目見ようと、足を運んだという。 
5年前の事故以来の、再会となった。
 
(遺族の女性)
「子供達にもいい影響ですよね?
 これからが長い道のりですけど、でも、嬉しい道のりですね。」

(宮田博文さん)
「どう思われているかというのは内心ありましたから…」

(遺族の女性)
「娘(亡くなった男性の妻)がね、
 事故の日に警察か裁判所かに娘に連絡があって、
 『どのような罰を望みますか?』と言われたのね。
 娘は“いや、事故はどちらが ということではないので、
 できるだけ(罪は)軽くしてほしい”って言ったんだって。
 それを私は娘に“よく言ったね”と言ったの。
 私の思いも同じだから。 
 どちらも不幸になっちゃダメだから…
 (加害者も被害者も)どちらも幸せになってほしい。
 私たちは今幸せなんですよ。だからその分、
 相手さん(ドライバー)のことが気になってね…」

(宮田博文さん)
「ありがとうございます…」

(宮田博文さん)
「率直にうれしいですとおっしゃっていただいて…
 どんどんこの輪が広がっていくことをを見守っていますと
 おっしゃっていただいたので無理やり広げるではなくて
 “自然に広まる”そんな感覚で、自然体でいきたいと思います」

「優しいココロ」が、事故をひとつでも減らすと信じて。
きょうも、日本のどこかの街を、
“笑顔を運ぶトラック”が元気に走っている。

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