ウェークアップ

毎週土曜 あさ8時〜

辛抱
ウェークアップ

特 集

2017/11/04

特集01

書道家 露巌が書く鑑真への思い

(書道家 海老原露巌 氏)
「外に行って あともう一発ほしいな。これだ」

書道家 海老原露巌の書道教室。

生徒ひとりひとりの個性に合った線を、
露巌が中国や日本の古典から選び、息を吹き込む。
生徒たちは、その手本をもとに、それぞれのペースで修練を積む。

(書道家 海老原露巌 氏)
「1発目が 新鮮なほうが全然いいね 
 2枚3枚かかないほうがいいな。作為になっちゃうから」

(自営業(52))
「決してうまい字を書かなくていいというのが
 先生のご指導なので、五感で感じて楽しんでいる」

(元高校教師(73))
「もういわゆる級とか段とかはいやだと。
 自分の好きなように書きたいなと。
 字の意味とか 字に込められた歴史観を想像しながら書くのが大好き」

露巌が、特に力を入れて、教えているのが、1600年前、
中国の書道界に革命を起こした、書聖・王羲之の書。

(書道家 海老原露巌 氏)
「王羲之の前は、これ、この辺ですね。
 (書の)"美の基準"を作ったのが王羲之といってもいい。
 深い芸術性を作り上げた内容も含めて。
 「天朗らか」に「気」の清明感、空気感がでてきます。書いた文字以上に
 深い造形を即興で作り上げた」

時には課外授業も。
ここは、露巌が中国で最も神聖だという
中国西安唐の太宗皇帝のお墓、昭陵。

(書道家 海老原露巌 氏)
「ここに王羲之がいる命がけで筆を突き刺して書く」

実は、この山に王羲之の代表作「蘭亭の序」が眠っている。
王羲之の書を溺愛した太宗皇帝の遺言で、
自らの遺体と一緒に、この下に「蘭亭の序」を埋めてしまったのだ。

書道家 露巌はアーティストでもある。
作品の1つが、北鎌倉の円覚寺にかけられている。

また箱根の宿泊施設にも。

文字の形を残しながら、繊細な筆遣いで、絵画のような造形を表現。

良質な空間を演出している。


Q露巌氏の書の魅力は?
(円覚寺塔頭龍隠庵 太田和尚 氏)
「受け止める側の人生経験であったり。
 見識 知識であったり見る側が感じて
 その字を受け止めるのだと思います」

露巌の作品の特徴は、墨のにじみのグラデーションが醸す、躍動感だ。

まるで音楽が聞こえるような、踊る文字
中には、文字を越えた作品も。

創作の秘密は、およそ250年前に作られた墨
乾隆帝墨にある。

(書道家 海老原露巌 氏)
「中国清朝 乾隆帝さんが作られた御墨 
 大英博物館とか 台北故宮(博物館)に展示してある。
 これなくして自分の作品はないですね」

露巌の才能を見出した人物から、貰い受けたという。
現在、乾隆帝墨を使っている書道家は、ごくわずかだ。

(書道家 海老原露巌 氏)
「線が入ってグラデーションが2層3層につながっている。
(他の墨で)絶対真似できない色」

露巌は、書道の素晴らしさを知ってほしいと、
各地で書のパフォーマンスを行っている。

筆を入れる直前まで、書く言葉は、本人にもわからないという。

また、文化庁文化交流使として、イタリアをはじめ、
ヨーロッパ各地の市民と交流、書道の楽しさを伝えている。

中国では、地元の書道家と、パフォーマンスを行った。
日本に王羲之の書を伝えた、中国の高僧 鑑真和上。
その記念式典に、日本代表として招かれたのだ。

(書道家 海老原露巌 氏)
「大勢の中国人の方が鑑真さんに対するリスペクト。
 敬意を示して盛大なお祭りをやって
 そこで私もコラボレーションさせていただいて非常に誇りに思った」


中国唐代の高僧 鑑真和上は、今から1200年あまり前、
日本にやってきた。海を渡るには困難を極めた時代嵐や海賊に遭い、何度も失敗。
その間に鑑真は失明した。それでも、あきらめず、
6度目の挑戦で、来日を果たした。
日本に、仏教の法律である戒律や、王羲之の書を、もたらした。

4歳で書道を始めた露巌は、幼少のころから、
鑑真和上を身近に感じていたという。

(書道家 海老原露巌 氏)
「自分の生まれたところは
 栃木県下野市(鑑真ゆかりの)下野薬師寺があった
 鑑真とのつながりとかDNAというか誇りが常にある鑑真
 知らなかったら自分は書道をやっていなかった」

露巌が、今、力を入れて取り組んでいるのが、文化交流。
海外に書道の魅力を伝えている。その原点も鑑真和上だという。

(書道家 海老原露巌 氏)
「自分だけと思えたら結局こなかったと思いますよ 
 相手のため 隣の国のため、文化交流のため、文化発展のため
 そういう思いで鑑真さんは来たと思います。
 文化交流使の役目としてきちっと書道を伝える。
 当然 そういう使命をもって世界を回っている」
「(鑑真和上への)感謝の気持ち。祈りの気持ち。
 東大寺で書いてみたいそんな思いが出た」

苦難の末に来日した鑑真和上が、
初めて、僧侶などに戒を授けたのが、東大寺だ。


神聖な戒壇堂で、鑑真和上への感謝の思いを込め、したためる一文字。


(書道家 海老原露巌 氏)
「和みです。和。 鑑真さんがもたらした心は
 <調和><世界平和>
 おこがましくも書かせてもらって本当に光栄です。
 われわれは忘れちゃうんですよ。
 なんかあったらすぐ忘れてしまう鑑真さんを通して
 <東洋の調和><世界の平和>心を込めて書きました」

BACK NUMBER

btnTop