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特 集

2017/07/15

特集01

”派閥”のいま

先週土曜日。島根県の山間の小さな町に、
およそ30人の国会議員の姿があった…。

♪額賀会長 

自民党の派閥「額賀派=平成研究会」を率いる
額賀福志郎会長。
手を合わせるのは、30年前に派閥を立ち上げた竹下登元総理の墓だ。

衆参合わせて55人が所属する「平成研究会」。
船田元議員、小渕優子議員らと共に出雲の地にやってきたのは、
当選1回の新人・鈴木隼人衆議院議員。

(鈴木隼人衆議院議員)
「竹下先生がいたから、
 自分はここにいるんだと噛みしめる機会になりましたね。」

経済産業省のキャリア官僚から
政治家に転身した鈴木議員は、現在39歳。
派閥の一員であることについて、こう語る。

(鈴木隼人衆議院議員)
「本当に入って良かったなっていう感じなんですよね。
 先輩の背中とか見せてもらって勉強にものすごくなりますし…」

「派閥」はなぜ存在するのか?
その究極の目的は「総理総裁の座」をつかむことだ。

党本部の外に事務所を構え、
会長を頂点に支持者たちが集まり"党の中の党"とも呼ばれる「派閥」。

その歴史は自民党結成時にさかのぼる…

1955年、
吉田茂率いる「自由党」と、鳩山一郎率いる「民主党」が合併。
自由民主党が誕生する。

官僚出身者が多かった自由党には池田、佐藤。
戦前からの政党出身者が多かった民主党には岸、河野、三木ら実力者が控えていた。

政治的なスタンスの異なるこの5人が、
現在に続く自民党5大派閥の源流となる。

まず総理の座についたのは、派閥「十日会」を率いた岸信介。
 
その後、「宏池会」を率いる池田勇人
「周山会」を率いる佐藤栄作へと政権は引き継がれた。

7年半に及んだ佐藤政権末期から派閥抗争は激化。
田中角栄が福田赳夫を破り、総理の座に就く。
長きにわたる「角福戦争」のはじまりだった。

70年代から80年代に派閥を率いたのは、
三角大福中と呼ばれた5人の政治家。

田中角栄は「田中軍団」と呼ばれる
大派閥を率いて巨大な権力を握った。
ロッキード事件を経て政権は三木武夫、
福田赳夫へとわたるが、「田中派」はその後も影響力を保ち、
キングメーカーとして大平正芳、鈴木善幸、中曽根康弘と
「総理総裁」の背後に存在し続けた。

(浜田幸一議員)
「いいか、自由民主党の将来はな、
 きょう1日で無くなるかどうかの問題なんだ!」

派閥抗争が頂点に達したのが1979年の「40日抗争」。
大平派と福田派が大抗争を展開。
自民党内にバリケードが築かれる事態となった。

なぜ抗争はエスカレートしたのか?

その理由は当時の選挙制度にあった。

(日本大学・岩井奉信教授)
「「派閥」を助長したという意味合いの中に
 昔の中選挙区制という選挙制度があったと言われているんですね。」

一つの選挙区で3人から5人が当選する中選挙区制。

自民党からは複数の候補者が
立候補することになる。

衆議院議員選挙は、派閥による戦いの場と化していたのだ。

自民党・石破茂議員。

かつて「田中派=木曜クラブ」の事務局に勤務し、
田中角栄元総理の薫陶を受けて政治家となった石破氏は、
この時代の選挙をこう振り返る。

(自民党・石破茂議員)
「自民党同士が争っていたわけですよ。
 そうすると何回地元に帰ったとかね、どれだけ地元に貢献したとかさ、
 秘書の数をどれだけ一杯もって、
 どれだけこまめに対応したとか。そういうお金かかるわけですよ。」

中選挙区制度で派閥同士が争うことでエスカレートした
「政治とカネ」の問題。

1988年発覚のリクルート事件は政界全体を巻き込む大スキャンダルに発展。
「政治改革」を求める声が高まる中…

1993年には「細川連立内閣」が誕生。
「小選挙区制度」が導入され、「派閥」候補者同士の直接対決は無くなった。

そして2001年の自民党総裁選。

(小泉純一郎候補)
「もう派閥の時代じゃないでしょ。派閥政治にうんざりしている面があるしね」

最大派閥・橋本派を破り「脱派閥」を訴える小泉純一郎が当選。

小泉総理は派閥からの推薦を受け付けず、
5年半にわたる小泉政権で、派閥の力はさらに弱体化した。
 
そして…

2009年に起こった政権交代。
二大政党制の実現で「自民党の総裁イコール総理」という構図は崩れ、
「派閥」はその存在意義を失った…

と、みられたが…。

2012年に自民党政権が復活。
官邸主導の政権運営が続いている…。


現在、自民党には7つの派閥が存在している。
「安倍一強」と言われる体制の中、
「派閥」はどんな役割を果たしているのか?


平河町、砂防会館別館。
ここに本部を構えるのは、二階幹事長が会長を務める派閥「志帥会」だ、

この日、開かれた在京議員懇談会では、
九州の豪雨災害についての情報が共有された。

(二階俊博・志帥会会長)
「とにかく困ったときには助け合うというのが我々のチームの精神。
 頑張ろうではありませんか。」

自民党の各派閥はこのように定期的に食事会を兼ねた会合を開いている。
会合では党・政府の動きに関する様々な情報が共有される。

勝沼栄明議員。
宮城県選出の2回生議員だ。

この日は地元・女川町の
視察団を派閥の面々に紹介した。

(勝沼栄明議員)
「まだまだ(復興は)道半ばですが、非常に前を向いて歩いている人たち。
 ぜひ志帥会の先生のご指導をいただき…。」


一方こちらは、自民党本部の裏手にあるビル。
「平成研究会」の札がかかる部屋では…憲法問題の勉強会が開かれていた。
派閥では、こうした勉強会も定期的に開かれている。

会合を通じて仲間意識をつちかっていく「派閥」の議員たち。
それが力となって発揮される場が、選挙だ。

(鈴木議員)
「衆議院議員の鈴木隼人でございます…。」

東京都議会議員選挙。
鈴木議員が応援を任されたのは
小池百合子都知事の地元・豊島区だった。

「おはようございまーす」

厳しい選挙戦。自民党のチラシを受け取る人は少ない…。

そんな鈴木議員をサポートしていたのが
派閥の大先輩である渡辺博道議員。
選挙のイロハを、手取り足取り指導する。

(鈴木隼人議員)
「僕が豊島の応援をさせて頂くことになって、
 それを派閥に伝えたら即座に応援体制をしっかりと組んでくれた。
 派閥ってなるほどこういうものかというのをすごく感じたんですよ。」

「二階派・志帥会」の勝沼議員。
農協の組合長と共に訪れたのは宮城県石巻市にある農地。

(JAいしのまき松川孝行組合長)
「ココの部分に、モミの貯蔵施設、調製施設が建ちます」

この場所に建設されるのは
カントリーエレベーターと呼ばれる施設。
農家が収穫した「モミ」を乾燥、貯蔵し、
需要に合わせてコメとして出荷することができる。

財政面など、
様々な課題があったが、
着工にこぎつけたのは「派閥」の力だったという。

(勝沼議員)
「やっぱり私も2期生ですので、そこまで力が無いわけですよ。
 省庁だってまじめに話を聞いてくれるかもわかりませんし。」

勝沼議員によると
派閥の先輩議員を通じて
農水省や財務省に話を通すことで
国の理解を得ることができたのだという。

若手議員が地元の課題を解決するためには、
「派閥」の力は欠かせないと勝沼議員は語る。

(勝沼議員)
「ウチの派閥は『派手さが無い』って言ったら怒られますけど
 結構仕事師の先生が多いので、
 要所要所、肝っていうのがわかっていますから、
 それは本当に勉強になりますよね」

多くの若手議員にとって
大切な存在となっている「派閥」。
その本来の目的である「総裁選」への動きも活発化しつつある…。

今月3日に誕生した自民党の新派閥「志公会」。 
麻生副総理率いる麻生派と山東派など3派閥が合流し、
所属議員59人を抱える党内第2勢力となった。

(麻生会長)
「新しく政策集団を立ち上げましたけれど、
 いまの安倍政権をど真ん中で支えていくという点につきましては
 一点の乱れもない。」

▼一方、こちらは…
 岸田外務大臣が率いる老舗派閥、「宏池会」。
 ことし60周年を迎えた。

(岸田会長)
「われわれ宏池会も未来に向けてしっかりと役割を果たそう…」

安倍総理による長期政権が続く中、
様々な形で動き出しつつある「派閥」。
そんな中、石破茂議員はおととし、
自らの派閥「水月会」を立ち上げた。

5大派閥の流れを汲まないまったく新しい派閥だ。

(石破茂議員)
「うちのグループの人たちは
 いつかは石破を総理総裁にしようねって思っていただいている方々の集まりです。
 私がこういうグループを作ろうと思ったのはそういう人たちの思いに
 私のようなものでも応えたいなっていう一種の高揚感はありました」

ポスト安倍に向けた心構えを語った石破氏。

支持率が急落し「安倍一強」が揺らぐ一方、
民進党の支持率は低いままだ。

自民党の「派閥」は今後どうなっていくのか?

(日本大学・岩井奉信教授)
「派閥が復活するという流れが今、できあがってきていると思う。
 やはりそれはポスト安倍に対して、それを狙うというのもあるし
 党内で影響力を持つためということもある。
 ポスト安倍をめぐる派閥再編が非常に加速されてくるのではないかと思う。」

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