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特 集

2017/04/22

特集01

2人に1人“がん”発症 求められる社会とは?

2006年5月22日、参議院本会議。

(山本孝史議員)
「私があえて自らがん患者だと申し上げたのは、
 がん対策基本法を成立させることが、
 日本のがん対策の第一歩と考えたからであります」

永田町ではタブーとされる病気の公表に踏み切った山本孝史議員。
体にできた胸腺がんは末期のステージ4。
余命半年と宣告されていた。

この異例の告白により、
がん対策基本法は与野党同意の下、わずか1か月で成立。
翌年4月に施行された。

彼を突き動かしたものは、なんだったのか…?

(妻:山本ゆきさん)
「自分のがんがどういうものなのか、
 そして、どこに行けばどんな治療が受けられるのか、
 そんな情報が全くなかった。
 どうしていいのかわからない状況があって、
 それで山本が勉強して知れば知るほど 
 日本のがん医療はものすごく遅れていることが、
 肌身で感じていきまして」

がん患者が安心して暮らせる社会を目指す…。
現在、妻のゆきさんは、
山本議員の遺志を受け継ぐため朗読劇を全国で上演している。

(朗読劇のDVDより)
「いわいる末期がんと言われるともう余命はなくて、
 もうすぐ死ぬんだと、
 何もできないんだという風に世間では思われがちですけど、
 しかし、そうじゃないんです。
 そうじゃなくて、そこからが、実は、がん患者が光り輝くところであります」

がん対策基本法の施行によって
地域によって生じていた治療格差の解消が進み、
全国399か所にがん拠点病院が開設された。
さらに、患者や家族の相談窓口となるがん相談支援センターが生まれたのだ。

(慈恵医大病院 和田師長)
「がんだと言われてこれからどうしていいかわからないとか、
 治療が心配なんだとか、
 最後過ごす場所を家族と決めるのに…相談が増えてます」

大久保純一さん。
がん対策基本法が施行された10年前、
バリバリの外資系金融会社の営業マンだった42歳の時、
骨折したことがきっかけで精巣がんが発見された。

(大久保純一さん)
「告知のときも厳しかったですけど、
 その後、全身にがんが転移してると伝えられたときはもう
 絶望的な気持ちになりましたね」 

全身に転移していたがんは、末期のステージ3。
さらに、肺の機能を失う間質性肺炎を併発した。
そんな“絶望”の中、大久保さんが行ったのがネット検索だという。
治療についてはもちろん、
仕事や子育てなど、がんになった人の生活情報が欲しかったのだ。
しかし…。

(大久保純一さん)
「あの時、無念だったのが、
 いくら検索しても元気になった人の情報が出てこなくて、
 治療中で苦しんでいる人の話とか、
 あるいは残念ながら亡くなった方の話とか気が滅入っちゃった」

がんを克服し社会にもどった人たちの情報を得ることで、
「希望」を持ちたかったのだ。

そんな実体験から生まれたのが、インターネットの交流サイト「ファイブイヤーズ」。
治療方法はもちろん、社会復帰に向けた情報など
がん患者やその家族の生の声に触れることができる。
現在、1900人以上が登録。
日本で最大級の「がん情報」が集まるサイトになっている。

そんな大久保さんの活動を主治医である木村医師も応援している。

(木村医師)
「我々医療従事者はがんを治すという所に重きを置いていたワケですが、
 患者さんの仕事とか生活の事。
 その辺は少し置いてきぼりになっていたのかも知れない」

ファイブイヤーズは、
がんを体験した人の就労支援など社会復帰にも役立つと話す木村医師。
その背景には、現在、がんを発病してから5年生存率はおよそ62%。

新薬の登場によってがんは「死なない長く付き合う病気」になりつつある。

そんな中、がんになっても働きたい人の割合が76%あるにも関わらず、
治療のため休職した場合、40%の人が復職できていないのだ。

がん経験者への就労支援…がん対策基本法の課題が見える。

この日、大久保さんは、取材していた。
運営するサイトでがんを乗り越えた人たちを紹介するためだ。

(赤荻さん)
「今でも思い出すと涙が出てくるんですが」

赤荻厚子さん。
娘は幼いころ小児がんを、自身は胃がんを2年前に発症した。
そんな親子のドラマを丹念に聞く大久保さん。

そして、次の日に会っていたのは、
7年前に咽頭がんを発症した三枝幹弥さん。
一時は、「声」をとるか「命」をとるか、
そんな選択を迫られたが化学療法と手術で復活を遂げた。

(三枝さん)
「お父さんと弟さんは生きていてくれればいいと、
 しゃべれなくてもいいっていう話をしますよね。
 半分はうれしい気持ちですよね。とにかく兄貴は生きててくれと」

自らの過酷な“がん体験”をなぜオープンにするのか…
がんを克服した2人は口をそろえてこう話す。

(三枝さん、赤荻さん)
「苦しんでる方たちに、何かしら参考っていうとおこがましいですが、
 私が体験した身とするとやっぱり次の世代にちゃんと伝えるのが大きな役割だと」
「私の闘病生活は5イヤーズにすごく助けられたという思いが強い。
 私もみんなに情報をもらって励みになってるから、
 私もみんなが元気でるような情報を与えられたらいいな」

(大久保さん)
「例えば、がんの後で普通に会社に戻ったとか、
 がんの後、普通に子育てをしてるとか、
 自分が共感できる人と出会えたら毎日乗り越えていけると思うんですよね。
 自分の未来像というか、マイヒーローとかマイヒロインが
 5イヤーズの中で探すことができたらものすごく力になるんだろうなと」

現在、趣味だったマラソンに出場するまでに回復した大久保さん。
北海道で行われるサロマ湖100キロウルトラマラソンでは
がん発症前の記録を更新している。
彼自身が5イヤーズに登録している人たちのヒーローにもなっているのだ。


がん発症から10年。一時は死の淵をさまよった。
現在の目標は…。

(大久保さん)
「サハラ砂漠250キロレースってあるんですけど、絶対やりたいと思ってます。
 絶対やります。」

がん患者や克服した人たちが輝ける社会とは…
          
去年12月、
「がん患者の就労」や「がんに関する教育の推進」といった文言が加えられた
改正がん対策基本法が成立した。
が、具体的な施策や計画は現在策定中だ。

病に侵されながらも基本法の成立に奔走した山本議員の遺志は
受け継がれているのか。

(山本孝史議員の講演)
「大病になったからあれができない、これができないという引き算じゃなく、
 足し算ができる、そういう人生があるんだと。
 あるいは、みんながそんな人生を送れる。
 そんな社会にしたいという思いをなんとしても届けたい」
       

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