ウェークアップ

毎週土曜 あさ8時〜

辛抱
ウェークアップ

NEWS

2017/09/09

NEWS01
NEWS02
NEWS03

1994年 北核危機からの教訓は?

1994年
北朝鮮による核開発問題をきっかけとして
朝鮮半島に危機が迫っていた。

(熊谷弘 元官房長官)
「朝鮮戦争
 あの大戦争に匹敵するような戦争になってしまう」

非自民連立政権の
細川内閣で通産大臣
羽田内閣で官房長官を務めた熊谷弘氏。

初めて危機感を覚えたのは、
当時の細川総理から韓国行きを指示された時だった。

(熊谷元官房長官)
「韓国の金泳三大統領に
 ご挨拶に行ってこいと。
 びっくりしましたね 
 大統領は『もはや、北の核開発、
 ミサイル開発を止められないかもしれないと。
 しかし、何としても戦争にならないように話し合いで
 解決しないといけない』と
 しつこく言われた」

当時、核開発問題を巡り
米朝は激しく対立していた。

これは当時の北朝鮮と韓国の代表による協議。

(1994年3月・南北実務協議 北朝鮮代表)
「ここからソウルは遠くない 
 戦争になったら火の海になる」

(韓国代表)
「宣戦布告するのか」

(北朝鮮代表)
「そちらが宣戦布告したのだ」

一触即発の状態だった。

2月の日米首脳会談。
細川総理はクリントン大統領から、
「北朝鮮が核開発を強行する場合、
断固たる措置をとる」と告げられ、
"日本の協力"を求められた。

熊谷氏は最悪の場合を想定して、
さまざまな対策を検討していたという。

(熊谷元官房長官)
「機雷掃海は朝鮮戦争の時にやっていたし
 そのほかにも傷ついた兵をどうするか
 物資の供給など含めてあらゆる協力を 
 秘密裡に検討していた」

そもそも、アメリカが北朝鮮の
核開発の動きをとらえたのはこの前の年。
国際機関が核施設への査察を要請したが、
北朝鮮はこれを拒否し
NPT=核拡散防止条約からの脱退を宣言した。
さらに翌年、原発から核兵器に必要な
プルトニウムを抽出する動きを見せるなど、
挑発をエスカレートさせていた。

これに対しアメリカは軍事力でけん制。
迎撃ミサイルに加え最新鋭の兵器を韓国に配備。
さらに北朝鮮の核施設を
ピンポイントで先制攻撃する計画を立てた。


国連でも経済制裁が
協議されるなど北朝鮮包囲網が築かれていた。

だが、北朝鮮は
対決姿勢を一層、強めた。

(ピョンヤン放送)
「我々はIAEA(国際原子力機関)から脱退する。 
 国連の制裁は宣戦布告とみなす」

韓国国防省で長年北朝鮮の動向を分析してきた、
高永チョル(コウ・ヨンチョル)氏。
当時、韓国の緊張はピークに達していたと話す。

(元韓国国防省北朝鮮分析官
 高永チョル氏)
「軍隊は 本当に非常状態。
 みんな実弾を支給され ”戦争前夜”状態で 
 民間人の間でも食べ物を買い込みする
 大騒ぎの雰囲気だった。
 戦争がはじまったら、
 一生懸命に戦うしかないという
 "必死"の心構え」

対話による解決を望んでいた
韓国の金泳三大統領は
アメリカに軍事行動を起こさないよう再三求めていた。
ロシアなどと協議し外交による解決を目指していた。

日本もまた対話による解決を模索していた。

(熊谷弘元官房長官)
「先制攻撃をする前に話し合いをする方がいいと。
 羽田総理の下で柿沢外務大臣だったが
 ソウルと北京に行ってもらって
 最後まで努力しようと」

武力行使か。対話か。
クリントン大統領は厳しい選択を迫られていた。

そして出した答えは―

(クリントン大統領・当時)
「もし北朝鮮が交渉中に
 核計画を凍結することを考えるならば
 米朝高官協議が再開できるだろう」

対話による解決を選んだ。

その理由は、もし攻撃を仕掛け北朝鮮が報復に出た場合、
民間人を含め100万人にのぼる
犠牲者が出ると試算していたからだった。


決断を受けアメリカのカーター元大統領が特使として訪朝。
北朝鮮が核開発を凍結するのと引き換えに、
アメリカがプルトニウムを
取り出しにくい原発を提供することなどで合意した。
危機は回避された。

その1か月後金日成主席は82歳で死去した。
北朝鮮の瀬戸際外交はこれで収束するかに思われた。

ところが
後を引き継いだ息子の金正日氏がテポドンを発射。

2006年には最初の核実験を行った。

その様を見た、金泳三氏は、
”94年危機”を振り返りこう漏らしたという。

(元韓国国防省北朝鮮分析官
 高永チョル氏)
「『私の誤りミステイクだった』と認めた。
 『核施設を取り除くピンポイント空爆を
 行うべきだった』と
 チャンスを見逃したそれを後悔した」 

朝鮮戦争以降もっとも戦争に近づいた
94年の「核開発危機」。

教訓は何なのか。

(熊谷元官房長官)
「北朝鮮を巻き込みながら 
 アメリカを入れた6か国の枠組みが
 ものすごく大事。
 すぐ戦争がどうかということではない。
 話せる環境を作り上げるのが
 日本の大事な使命ではないか」

BACK NUMBER

btnTop