作品紹介

特別展示 ジョルジュ・ド・ベリオ・コレクションの傑作―マルモッタン美術館の印象派コレクションの誕生

ジョルジュ・ド・ベリオ(1828-1894)は、ボッティチェリやフラゴナールのほか、19世紀のドラクロワ、バルビゾン派の作品も収集していましたが、彼の名を収集家として著名なものとしたのは、まだ評価の定まらない初期の印象派の作品を積極的に評価した点にあります。彼はモネら、印象派の画家たちの友人であり医師で、ときには経済的な支援のために彼らの作品を購入していました。モネだけでなくルノワールやピサロらの作品を収集し、印象派コレクションを充実させていきました。彼の死後、作品を相続した娘ヴィクトリーヌは、1940年、このうち11点をマルモッタン・モネ美術館に寄贈します。これらの作品は、同館の印象派コレクションの基礎となりました。

≪印象、日の出≫

≪印象、日の出≫
クロード・モネ 《印象、日の出》 1872年
油彩、カンヴァス 50×65㎝
Musée Marmottan Monet, Paris © Christian Baraja
展示期間
2016年3月1日(火)~3月21日(月・休)

早朝のル・アーヴルの港に昇る太陽と、朝もやの中でその光で染められる空と海。前景には小舟が浮かび、後景には高いマストをもつ大型の船が表されています。船や人物は素早い筆触で曖昧に描かれています。モネが描きたかったのは、港の湿気を含んだ空気や昇り始めた太陽の光といった、留めておくことが難しい印象そのものだったのでしょう。しかし、このような筆触が残る画面は、未完成の作品とさえ受け取られる時代でした。本作品は、1874年「画家、彫刻家、版画家等による共同出資会社」による第1回展覧会で展示されます。この展覧会に対して批評家ルイ・ルロワが4月25日の「ル・シャリヴァリ」に発表した「印象派の展覧会」という評論をきっかけに、モネら新しい表現の画家たちは「印象派」と名付けられ、この展覧会はのちに第1回印象派展と呼ばれるようになりました。

Column ≪印象、日の出≫、歴史的傑作となるまで

《日本の橋》
現在のル・アーヴル港の日の出(2015年4月)
© 神戸シュン/NTV

≪印象、日の出≫の誕生

1872年、クロード・モネは、自身が幼少期から18歳までを過ごしたフランス北西部の町、ル・アーヴルの港に日が昇る風景をカンヴァスに描きました。モネの素早く、自由なタッチによってモティーフは曖昧に見えます。
この作品は、1874年に開かれた「画家、彫刻家、版画家等による共同出資会社」による第1回展覧会で初めて展示されますが、タイトルを尋ねられるとモネ自身も明確な答えを持っていませんでした。結局モネは、その場で「印象」と名付けて欲しいと答え、《印象、日の出》が誕生しました。

忘れられた≪印象、日の出≫

《印象、日の出》は1874年の展覧会で公開されましたが、「描きかけの壁紙の方が完成度が高い」と揶揄する記事が一部の新聞に掲載されたものの、ほとんど注目されませんでした。一方で、「印象派」という言葉もこの時生まれ、1874年の展覧会に出展したモネのほか、ルノワール、セザンヌら画家仲間たちの呼び名となったのです。「印象派」という呼び名は急速に広まりましたが、そのもととなった《印象、日の出》は徐々に忘れられていきました。1878年に競売にかけられましたが、目録に掲載されたタイトルは《印象、日の入り》。ジョルジュ・ド・ベリオ医師が落札しますが、価格はわずか210フランでした。
1894年にド・ベリオが亡くなると、 《印象、日の出》などのコレクションは娘のヴィクトリーヌが相続します。この段階でもまだ《印象、日の出》はモネの代表作とは認められておらず、ド・ベリオ・コレクションの中では《テュイルリー公園》や《ヨーロッパ橋、サン=ラザール駅》などに展覧会への出品依頼が集中していました。

復権、そして印象派のアイコンへ

1939年、第二次世界大戦の戦火がパリに迫ると、ヴィクトリーヌは父から相続した美術品をパリ近郊の城に避難させました。戦後、これらの作品はマルモッタン美術館に展示されますが、《印象、日の出》が大きな注目を浴びることはありませんでした。1950年代後半になると印象派の研究が盛んになり、ジョン・リウォルド著『印象派の歴史』などを契機に、《印象、日の出》が印象派の起源として広く認められるようになります。しかし、マルモッタン・モネ美術館が所蔵する《印象、日の出》はこれとは別の作品であると主張する研究者もいました。結局、《印象、日の出》の初展示から100年後の1974年、アンヌ・ディステルが徹底的な調査を行い、マルモッタン・モネ美術館が所蔵する作品が「印象派」という呼び名のもとになった作品であると発表し、《印象、日の出》は近代絵画史上もっとも重要な作品のひとつとなったのです。

≪テュイルリー公園≫

≪テュイルリー公園≫
クロード・モネ 《テュイルリー公園》 1876年 
油彩、カンヴァス 54×73cm
Musée Marmottan Monet, Paris © Bridgeman-Giraudon
展示期間
2016年3月22日(火)~5月8日(日)

西はシャンゼリゼ大通り、東はルーヴル美術館まで広がるテュイルリー公園。パリにある最古の庭園で、テュイルリー宮殿の庭園でもあり、広大で優雅な、左右対称の典型的なフランス式庭園です。

この作品は、穏やかな午後の陽ざしをうけて、緑が輝くように美しいテュイルリー公園の眺めです。1876年に、ポール・セザンヌから紹介されて、印象派の収集家であったヴィクトール・ショケと出会い彼のアパルトマンの窓からこの風景を描いています。

モネはここでは、全体を大きく俯瞰する視点をとっています。
庭園の小道が幾何学的な平行線を描いて、一定のリズムで重ねられていき、近景から遠景へといたる空間を構成しています。
水平線を主とした構図は、静かで調和のとれた雰囲気を作り出し、また同時に、緑色の明るい色調ともあいまって、パノラマ的な広がりを感じさせます。

左側で、構図を引き締める役割を担っている建物は、ルーヴル宮殿とテュイルリー宮殿を結んでいた南側回廊の西端にあるフロール館です。
テュイルリー宮殿は1871年に焼失しましたが、フロール館は再建されて今日にいたっています。

東京展、福岡展では出展されなかった≪テュイルリー公園≫、必見です。