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『道浦TIME』

新・ことば事情

6892「テンタイショー」

7月31日の読売テレビ『かんさい情報ネットten.』で、気象予報士の蓬莱大介さんが、CM前の予告のコメントで、

「今夜、『テ/ンタ\イショー』が見られます」

と言いました。私はこれを、

「点対称」

と聞き取ってしまい、

「?『点対称』?何と何が『点対称』なんだ?」

と一瞬、思ったのですが、すぐにわかりましたよ、蓬莱さん!

「天体ショー」

ですよね!「火星」がすごく地球に接近してていて、大きく見えるんですよね、普段の2倍に!今夜ですよね、15年ぶりに。

しかし、「音」だけ聞くと、

「点対称」と「天体ショー」

「同じ」だということに気付いた、7月最後の一日でした。

でも、「天体ショー」の方は、

「テ/ンタイ\ショー」「テ/ンタイショ\ー」

と言えば「点対称(テ/ンタ\イショー)」とは区別できますね。

(2018、7、31)

2018年7月31日 18:54 | コメント (0)

新・ことば事情

6891「歯向かう?刃向かう?」

日本ボクシング連盟の終身会長・山根明氏に対して、333人もの会員が「告発状」を出すという出来事が起こりました。7月31日に「情報ライブミヤネ屋」でも取り上げました。その際に、山根会長の「絶対的権力」に対して、

「誰も『ハムカエナイ』」

という文章が出て来て、テロップでこれを漢字で「ミヤネ屋」では、

「歯向かえない」

としました。一応『共同通信記者ハンドブック』を見たら、

「歯向かう」

しか載っていなかったのです。

しかし、放送後に先輩のHアナウンサーが、こう話しかけてきました。

「『はむかう』が『歯向かう』だと、何か違和感があるんだよねえ・・・。『NHK日本語発音アクセント新辞典』では『刃向かう』しか載ってないんだよねえ。『広辞苑』は、両方載ってるみたいなんだけど」

そこで私は、

「『ミヤネ屋』テロップチェックの時に、『共同通信記者ハンドブック』で『表記統一』で『歯向かう』と書いてあったのでそうしたんですけど、ちょっと私も違和感はありましたね。読売新聞社の『読売スタイルブック2017』では『歯向かう・刃向かう』の順番で、両方載せてますけどね。」

と答えると、

「まあ『歯』で咬みついて向かうんだったら『歯向かう』だし、『刃物』で立ち向かうと『刃向かう』だから、両方あるよねえ」

という話になりました。NHKは、表記の基準を定めた『NHK表記辞典』には、

「刃向かう」

しか載せていないので、それに従ったのでしょう。

また「共同通信」は「歯向かう」に「統一」と、立場が分かれています。

両社とも、日本新聞協会の「新聞用語懇談会」に加盟していますが、こういう風に意見が対立してお互いに譲れない表記に関しては、新聞協会の『新聞用語集』では、

「載せない」

という判断がされることがありますが、案の定、この「歯向かう・刃向かう」は『新聞用語集2007年版』には載っていませんでした。

(2018、7、31)

2018年7月31日 18:49 | コメント (0)

新・ことば事情

6890「タイポグリセミア現象」

「平仮名」が続いているときに、よく書き間違えたり読み間違えたり、はたまた間違って書かれているのに正しく読んでしまたりということがあります。先日は「ミヤネ屋」のテロップで、

「かたむつり」

と書かれているのに気付かず、そのまま放送に出してしまいました。もちろん、正しくは、

「かたつむり」

だったわけですが。そういうこと、ありませんか?

この現象には、なんと「名前」が付いていたのです。

「タイポグリセミア現象」

というそうです。つまり、

「文章中の単語の文字を入れ替えても、その文章を問題なく読むことができる現象」

のことだそうです。それをなぜ知ったかというと、ツイッターで紹介されていた、

「どら焼きの広告」

です。それは富山県高岡市にある、どら焼の老舗「中尾清月堂」が、ことし3月に出した広告で、文面は、

みまなさに だじいな おらしせ。

こたのび なかおせいげどつう が

ぜたっいに ばれない ように

どやらき のリニュアールを

おなこいました。

というもの。読めますか?正しくは、以下の通りで、赤字部分の文字が入れ替わっています。

みなさまに だいじな おしらせ。

このたび なかおせいげどつう が

ぜたっいに ばれない ように

どやらき のリニュアールを

おなこいました。

漢字も交ぜて書くと、

皆様に 大事な お知らせ。

この度 中尾清月堂が

絶対に ばれないように

どら焼きの リニューアルを

行ないました。

ですね。「人間の脳」ってすごいですね。

「間違っているものも、勝手に修正して読んじゃう」

んだから!でも、逆に言うと、

「間違っていても気付かない」

という「ヒューマンエラーの原因」でもあるわけですね。

この「どら焼き屋さん」は、こういう手法で「じっくり読んでもらう」ことを目指し、「間違い探し」じゃないけど、「商品に興味を持ってもらおう」という狙いのようですが、なかなか、おもしろいと思いました。ここの「どら焼き」も、食べてみたいです。

(2018、7、31)

2018年7月31日 18:45 | コメント (0)

新・ことば事情

6889「放送での『未明』」

一般的には、

「未明」

という言葉は、

「夜明け(日の出)前の数時間」

を指すと思いますが、「放送」では、

「午前0時から日の出まで」

を指します。つまり「未明」が表す時間帯は、今の時期だと、

「一般」=午前4時~5時ごろ(今の時期。冬は午前5時~6時ごろか)

「放送」=午前0時~4時ごろ(今の時期。冬は午前5時ごろまでか)

ということで、

「放送のほうが『未明』が指す範囲が広い」

のです。

一応、国語辞典で「未明」を引くと、

*『広辞苑』=夜がまだすっかり明けきらない時。※天気予報では午前0時から午前3時頃までをいう

*『明鏡国語辞典』=まだ夜が明けきらないころ。明け方。

*『新明解国語辞典』=夜が明けきらない時分。

*『旺文社標準国語辞典』=夜がまだすっかりあけきらないとき。明け方。(類義語)払暁

*『精選版日本国語大辞典』=夜がまだすっかりあけきらない時。明け方。夜明け前。びめい。

*『デジタル大辞泉』=まだ夜が明けきらない時分。びめい。

*『三省堂国語辞典』=夜があけはじめる前の、まだ暗い時分。午前三時ごろをいう。(気象では午前0時から午前三時ごろ)

*『岩波国語辞典』=夜がすっかりとは明けきらない時分▽午前零時から三時ごろまでを指す専門語が無いので、報道などではこの時間帯にも代用する。

これこれ!『岩波国語辞典』さん、ナイス!これですよ。

そして私は、もう一つ理由があると思うのですね。それは、

「深夜」

ということにあります。放送のニュースでは、極力「深夜」は使いません。というのは、

「『深夜』は『2日にまたがる』ために、『ひとつながりの夜』にもかかわらず、時間帯によって『きのう深夜』と『きょう深夜』に分かれてしまい、『時制(日)』をコントロールできないから」

だと思われます。

(2018、7、31)

2018年7月31日 18:41 | コメント (0)

新・ことば事情

6888「湿布薬の色は肌色?」

湿布を貼っていて、ふと思いました。

「昔の湿布は、白くて布みたいで、少しブヨブヨしていて水分を含んだ感じだったけど、最近は薄くて肌色でピタッと貼れる感じだなあ。でも目立たないように『肌色』にしてるんだろうけど、これは日本人が黄色人種だからで、『黒人用』や『白人用』の湿布の色は、何色なんだろうか?」

と。「ヤフー知恵袋」を検索してみたら、

「白い湿布と肌色の湿布の違いって何ですか?」

という質問が出ていました。とりあえずそれを読んでみると、

*「パップ剤」=水分配合量が多く厚みがあるのが特徴=「白い湿布」

(特徴)かぶれにくいが、はがれやすい性質

*「プラスター剤」=薄いテープ上の布に薬効成分を吸収させてより密着性を増したもので水分は含まれていない(「プラスター」=「硬膏」)=「肌色の湿布」

(特徴)肌の色に近いので目立ちにくく、薄くてぴったりと貼りつき、はがれにくい

なのだそうです。

そうか、昔は、

「白い湿布」

しかなかったですよね。「包帯」と同じで。「肌色の湿布」のほうが後から出て来ましたね。

「包帯」も昔は「白」だけだったけど、「バンデージ」みたいなやつは「肌色」もありますよね。別に、肌の色と同じ「保護色」である意味は、ないのかな?薄く貼れるから「肌色」なのかな?

「湿布」にも2種類あることはわかりましたが、「色」に関する謎はそのままですね。

「平成ことば事情5301肌色」もお読みください。

(2018、7、30)

2018年7月30日 18:50 | コメント (0)

新・読書日記 2018_097

『全部やれ。日本テレビのえげつない勝ち方』(戸部田誠・てれびのスキマ、文藝春秋:2018、5、10)

この著者の本は、過去に、

2016読書日記094『1989年のテレビっ子』

2016読書日記204『大人のSMAP論』(速水健朗・みきーる、と共著、宝島新書)

2017読書日記097『笑福亭鶴瓶論』(新潮新書:2017、8、20)

を読んだことがある。「テレビ番組」と「その出演者」について書く専門家。

今回は「テレビ局」と「そこで働く人」(つまり、我々)、特に「日本テレビ」に焦点を当てた。読まざるを得ないでしょう!というか、『週刊文春』に連載当時、最初は読んでいた。でもなんか、毎週読むには内容が濃すぎてか食指が動かず、今回それが単行本にまとまったので、これはまとめて読むしかないと。
読んでいると、もちろん名前を知っている有名な人や、実際に仕事をしたことがある人なども出て来るので、ああ、そうだったのか!と勉強になった部分のある一方、当然のことながら、その中で同時に私も働いてきたのでよく知っていることもあった。そこは一般の読者とは少し視点が違うかもしれない。そして、当然のことながら、この手の「物語」で取り上げられる人々、つまり「プロジェクトX」の主人公たちは、「良い面」「カッコイイ面」しか描かれていない。「書けないような面」は、当然、書けないからだ。それを割り引いてもテレビ史として、よく書けているのではないかと思った。多くの当事者に取材をして話を聞いたというのは、今だからこそ価値のあることである。

この一冊は、タイトルが表わしている言葉「全部やれ。」の発言の主・氏家斉一郎氏と彼を巡る物語とも言えるでしょうね。


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(2018、7、14読了)

2018年7月30日 18:48 | コメント (0)

新・ことば事情

6887「瓦礫(がれき)」

当事者にとっては単なる「瓦礫」ではない。一つ一つ、思い出のこもった品々、そのかけら。しかし客観的には瓦礫。ただし、この言葉を言う・読むときには、当事者のそういった思いを考えた上で、読まなくてはならない場合もある。淡々と読む場合もある。常に気を配る必要がある。これは被災者・死者といった場合にも共通。単なる数字入力に置き換えてはいけない。その一つ一つに命が、生活がある。

これは「東日本大震災」の半年後の、

「2011年9月26日」

に書きかけたままのももです。そこにはこんなメモも。

*「被災者」→被災された方

*「被災地」→被災された地域

そう呼んだ方が良いだろうという「放送用語」の問題ですね。

そのあと、当時読んだ本から「瓦礫」の使用例を引いて来ています。

『流される』(小林信彦、文藝春秋:2011915

・「昭和二十三年春に両国に戻った時、川岸は、米軍のブルドーザーが積み寄せた瓦礫が大人の背の一・五倍ほどの高さになっており、私の家からは川面が見えなかった。瓦礫には高い草が生えていた」「川開きのあと、町内の悪評のせいか、瓦礫は片付けられた。」(184ページ)

関連で「ガラ」という言葉。

・「そんなに仕事がないかね」「米軍関係以外では、ほとんどありません。ガラっておわかりですか」「知らない」「焼け跡のコンクリートの破片ですよ。あれを片付ける仕事ならありますが、ところどころにアメリカさんの不発弾が埋っていますから危険です」(110ページ)

当時(2011年11月)、青森で行われた新聞用語懇談総会でも、「瓦礫」という表現について討議されました。

毎日新聞・西部本社)東北の各社にお聞きしたいのですが、震災・原発報道で気を配っている表現はありますか。例えば「がれき」という言葉には被災者からの違和感が強いと聞きますが。

(福島民報)「がれき」については、自分たちの財産を「がれき」と言うのは、しのびない気持ちだが、今は放射線を浴びた物をどう処理するかに焦点が当たっており、「がれき」という言葉の使用は問題ない。ただ、若い記者が「町は、がれきの山だった」と書いてきたら「放置されたまま、がれきになった」などと書き換えるだろう。

(岩手日報)「がれき」については「使ってほしくない」という声は聞いたことがない。言葉よりも「がれき」そのものが、「厄介な存在」として厳然とある。(岩手では)言い換える必要はない。

というような意見が出ていました。

ここで取り上げたのは、今回の「西日本豪雨災害」の報道に関して書いて、

「平成ことば事情6885災害ごみ」

と全く同じ問題だなと思ったので、この「瓦礫」を、書きかけたままで、まだUPしてなかったのに気付いたからです。

改めて「西日本豪雨」、「台風12号」の被害に遭われた皆様に、お見舞い申し上げます。

(2018、7、30)

2018年7月30日 18:32 | コメント (0)

新・読書日記 2018_096

『宇多田ヒカル論~世界の無限と交わる歌』(杉田俊介、毎日新聞出版:2017、2、10)

おととしの9月に、「休業」から「復活」してアルバムを出した宇多田ヒカル。その後、去年の2月にこの本が出た。読みかけてそのままになっていたら、次のアルバムが出てしまった。そしてNHKの7月16日放送の「プロフェッショナル」で、その新アルバム作成の模様のドキュメンタリーが放送されたのを見たので、思い出して一気に読んだ。

歌詞から分析していく形で「なるほど」と思う所も多かったが、「プロフェッショナル」を見ていたら宇多田ヒカルは「まず曲を作ってから、詩を付ける」ようなので、どちらかというと「言葉」よりも「曲」の分析をした方が良かったのかなあと言う気が少しした。

「復活」後に出たアルバム「ファントーム」は、本当に良い曲ばかり、しかも亡くなった母・藤圭子さんへの複雑な思いを込めて哀悼するアルバム。心に響くが、宇多田ヒカルの「愛」が「男女」を超えて、「親子」を超えて、「地球規模」「宇宙規模」に哲学的な域にまで達してきているんだなあと改めて思いました。


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(2018、7、25読了)

2018年7月30日 17:17 | コメント (0)

新・読書日記 2018_095

『岡崎慎司 悩む男。』(岡崎慎司、小学館2018、4、15)

岡崎という男は、不器用だけど真面目なやつなんだなあと、改めて思った。

よく「泥臭い」という形容詞を付けられる選手だが、本当に文字通り「泥臭い」。でもいいじゃないか、泥臭くてと思わせる。応援したくなる一冊。

最初に驚いたのは、このエッセイ集は、1つ1つのコラムの長さがバラバラで、しかもなんと、「五十音順」に並んでいるということ。つまり「岡崎慎司の辞書」みたいになっているのです。たかだか80何編かのエッセイで、そんなことができるのか?偏りが生じないのか?と思いましたが、本当の辞書のような分布になっていました。つまり岡崎慎司の考えていることは、実に広範囲に及んでいるということですね。


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(2018、7、20読了)

2018年7月29日 18:37 | コメント (0)

新・読書日記 2018_094

『あの映画みた?』(井上荒野×江國香織、新潮社:2018、6、30)

2人での女子会でのガールズトーク。テーマはあらゆる映画。しかも全然、女子会っぽくない感じの視点。さすが純文学系の作家二人ですから深いというか、ちょっと普通とはずれているというか、。独特。選ばれた映画も、まあほとんど(8割ぐらい)私なんぞは見ていない物ばかりで、その意味では勉強になる一冊。そういう見方もあるのね、だって「ハッピーエンドが嫌い」だって言うんだもの。なかなか「普通」ではないですぞ。

新しい世界の紹介のような感じですかねえ。


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(2018、7、18読了)

2018年7月28日 18:34 | コメント (0)

新・読書日記 2018_093

『下町ロケット~ゴースト』(池井戸潤、小学館:2018、7、25)

7月21日土曜日の朝刊に、この本の広告が載っていて、それで初めて発売を知り、その日の内に購入、2日後には読み終わりました。なんか、読み始めたら、止まれないよなあ。ストーリーテラーとして、やはり、すごいですねえ、池井戸潤さんは。おもしろいです。

今回は、途中までは主人公は「佃製作所」なんだけど、途中から「ギアゴースト」に代わります。そして「特許」という視点からの例によって法廷闘争的な感じになって、そのスピード感とカタルシス。しかし、最後にまた、ひと悶着があって・・・帯にも書いてあるし、巻末に広告も載っているけど「下町ロケット~ヤタガラス」という「第4弾」が、この秋に刊行が決定したと!まるで「バック・トゥー・ザ・フューチャー2」の最後に「To be Continued」と出たような感じでした。


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(2018、7、23読了)

2018年7月27日 18:31 | コメント (0)

新・読書日記 2018_092

『看る力~アガワ龍介護入門』(阿川佐和子・大塚宣夫、文春新書:2018、6、20)

おもしろかった・・・と言っては、こういう真面目なテーマなので、ちょっと語弊があるかもしれないが、老人病院専門のお医者さんの大塚先生と、ワガママな父を看取り、また今、認知症の母の介護を体験中の阿川さんの対談は、大変興味深かった。

実際に大塚先生の老人病院に、阿川さんのお父さん・弘之氏は入院していたので、その感想なども交えた「体験談」でもありますね。弘之氏の「供養」にもなりますね。

大塚先生の話で、「確かにそうだな」と思ったのは、「孤独死で何が悪い」です。大塚先生は「世の中では『孤独死』なんてマイナスイメージで言い立てるけど、『孤独死』で何が悪いと思っている」

と言うのです。また男性を引っ張り出すには「大義名分」と「役割」が必要で、男性は「数値化」とか「ランキング化」されたものが大好きで、そういうのをやると、元気が出ると。男の関心はたえず「上か、下か」。でも競い合っているうちはいいが、あからさまに負けたりすると、もう来なくなるのだそうです。・・・私は、男性的ではないな。そして高齢女性の潜在的関心を高めるのは「若い男の子」なのだそうです・・・。

遠藤周作さんから阿川佐和子さんが聞いたって話も、面白かったな。

入院している旦那さんが弱って来て記憶が薄れる中で、最後まで覚えているのは奥さんかお嬢さんの名前。ところが反対に奥さんが弱って来た時に、最初に忘れるのが亭主の名前・・・もう本当に、現実は厳しいわい。


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(2018、7、19読了)

2018年7月27日 18:26 | コメント (0)

新・ことば事情

6886「なぜ『救命救急士』と言ってしまうのか?」

このところ西日本豪雨関係で「ミヤネ屋」に出演していただく専門家に、

「救急救命士」

の方がいます。ところがこれを、宮根さんをはじめスタッフも、なぜか、

「救命救急士」

間違ってしまうことが多いのです。

たしかに「救急」と「救命」という同じ「救」の字が使われていて、発音も「キュー」と同じなので、

「あれ?どっちだっけ?」

と、なりがちなのは、わかります。私の覚え方は、

「救急車」

と同じで、

「最初に『救急』が来る」

という覚え方です。

ところが!きょう(7月26日)「ミヤネ屋」でご紹介した神奈川・藤沢市民病院の熱中症患者対応の部署は、

「救命救急センター」

でした。あれ?いつもの、

「救急救命士」

と、「救命」の位置が逆だ!これも混乱に拍車をかけていますね、きっと。

しかし、これを見て、

「なぜ『救急救命士』を『救命救急士』と間違って言ってしまうのか?」

という疑問が解けた気がしました。

その原因は、「救急救命士」と正しく言おうとしたときに、

キューキューキューメイシ」

というように、

「『キュー』が3回続くのを避けようとして、キューメイを先に言ってしまう」

のではないでしょうか?

たぶん、「当たり」だと思いますよ。

(2018、7、27)

2018年7月27日 18:21 | コメント (0)

新・ことば事情

6885「災害ごみ」

西日本豪雨で浸水して使い物にならなくなった家具や家電、思い出の品などが、大量に捨てられている状態を指して、

「災害ごみ」

という表現が出て来ました。災害によって生まれた「無用物」を、簡単に言う言い方として出て来たのですが、視聴者センターには、

「被災者にとっては大事なものだったのに、『ごみ』とは何だ!」

という苦情も届いています。

客観的には「ごみ」でも、被災された方にとっては「割り切れない思い」があることは、容易に想像が付きます。

実は最初「カタカナ」で、

「災害ゴミ」

という表現も出て来いぇいたのですが、「カタカナ」で書かれた、

「ゴミ」

は、あまりにも冷たく感じられ、「不要」という感じが強くするので、「平仮名」の、

「ごみ」

に直していました。

大切に使って来た物、思い出の品物をまとめて「ごみ」と呼ばれることは、被災した方々にとっては、

「『被災者の存在そのもの』も否定されたように感じる」

のではないでしょうか?

とは言うものの、「ごみ」は「ごみ」。読売新聞等も「災害ごみ」という言葉を使っています。

少し硬い表現をするならば、

「災害廃棄物」

でしょうか?

いろんな思いを抱えている被災した方々がいらっしゃることに思いを馳せながら、言葉を選ぶ必要があるでしょうね。

(2018、7、27)

2018年7月27日 18:07 | コメント (0)

新・ことば事情

6884「斜め上を行く」

最近(ここ数年)耳にするようになった表現に、

「(予想の)斜め上を行く」

があります。

「予想の遥か上を行く」

ならば以前から使われていましたが、新しいポイントは、

「斜め」

ですよね。なんで「斜め」なんでしょうかね?

「真上」ではなく「斜め上」と言うと、なんか、

「先を行っている感じ」

がしますね。折れ線グラフなどでは、横軸(X軸)は左がマイナス、右がプラス、「時間」は右へと進みます。そして縦軸(Y軸)は「量」を表す。「斜め上」というのは、

「斜め右上」

を表しているように思いますが、ちょっと「グラフ」を意識しているのでしょうかね?

グーグル検索(7月27日)では、

「斜め上を行く」=23万5000件

も出て来ました。トップに出て来たのが、

「最近よく見る、『斜め上』の意味がわからないので調べてみた」

という、そのものズバリのサイト。それによると、「予想の上を行く」のではなく、

「常識的には予想もつかないような反応で、こちらの度肝を抜く」

ということなのだそうです。知らなかった!グラフ。関係ないやん!「斜め」というのは、

「全く別の角度から」

ということなのですかね?

そして、発生元は、1995年から1997年まで『週刊少年ジャンプ』に月に1度のペースで連載された冨樫義博さんのSFコメディマンガ、

『レベルE』

だと書かれていました。(必ずしも、この漫画が初出ではない、とも書かれていましたが)

そうすると、もう20年以上使われているということか。それにしては最近、よく目にしたり、耳にしたりしますねえ。ブレークしたのかな?

これもネットの『実用日本語表現辞典』には、

*「斜め上」=「予想を覆す、想定し得る範囲を超越しているような状況や発想を形容する俗な言い方。誰も思いつかなかった事柄、あるいは単に理解不能な事柄などを指して用いられる。元々はマンガ作品の中で用いられた言い回しが、インターネットスラングとして浸透、定着したもの。」

とありました。あ、そうかその意味では、

「予想を裏切る〇〇」

と似ていますね。この「裏切る」は、

「良い方向に裏切る」「予想もできなかったほど良い」

という「プラスイメージ」の表現ですものね。これについては「平成ことば事情501裏切る」(2001年)「平成ことば事情1374裏切る2」(2003年)に書きました。

この意味での「ななめうえ」は、『三省堂国語辞典(第7版)』にも、まだ載っていなかったです。

(2018、7、27)

2018年7月27日 18:06 | コメント (0)

新・ことば事情

6883「青梅と青海」

7月23日、東京・「青梅(おうめ)市」で、最高気温が、

「40、8℃」

と、東京都として初めて「40℃」を超えました。それを「ミヤネ屋」の番組冒頭でお伝えした際に、画面表記を、

「東京・青海市 40、8℃」

と出してしまいました。私のチェックを経ないで出たものですが。同じ画面上に、

「青梅で40、8℃」

と出ているにもかかわらず。東京に「青海市」なんて、ないんだよ!

たしかに「青」が同じだし、

「梅」と「海」

は、「木へん」と「さんずいへん」の違いだけで似てるし、「音」も

「うめ」「うみ」

も似ています。とは言え、ああ恥ずかしい!

と思っていたらなんと東京に「青海」はあったんです!読み方は「あおうみ」ではなく、

「あおみ」

ですが。「市」ではなく、「江東区」の地名として。

なぜそれを知ったかと言うと、きのう見たネットニュースで「全力少女R」というアイドルグループのメンバーの一人・佐藤絵里香さんが、ライブ会場がある集合場所の、

「『青海』を『青梅』と間違って行ってしまったため、ライブに間に合わなくなった」

と出ていたのです。何でも「青海」には、「ZEPP TOKYO」という有名なライブハウスがあるんだそうです。商業施設「ビーナスフォート」もあると。あれ?それって「お台場」か!「ゆりかもめ」で行くところね。昔、あの辺りができた頃に行ったことがあるな。20年ぐらい前だな。

その佐藤絵里香さんのお姉さんは、「AKB48」のメンバーだったそうですが、

「同じ間違い(失敗)をしたことがある」

そうです。さらにネットで調べると、2年ほど前に、別のアイドルグループのメンバーも「青海」と間違えて「青梅」に行ったことがあるみたいです。

かなり「ありがち」な間違いだったのですね!要注意だ!

(2018、7、26)

2018年7月27日 12:50 | コメント (0)

新・ことば事情

6882「肌着と下着の違いは?」

ことし(2014年)8月に「ミヤネ屋」スタッフから受けた質問。

「『肌着』と『下着』の違いは何ですか?」

えー!?最近あんまり「肌着」という言葉は耳にしないな。大体「下着」って言うんじゃないの?まあ、「赤ちゃんの下着」に関しては、「肌着」って言う気がするけど。

一応、国語辞典を引いてみましょう。

『三省堂国語辞典』は、

「肌着」=はだにじかに着る衣類

「下着」=(1)はだにじかに着ける衣類。はだぎ。(2)女性がスタイルを整えるために身に着ける、ブラジャーやガードルなど。

・・・と、ここまで書いたまま「4年間」ほったらかしで「2018年の7月」を迎えました。ここにきて「肌着」という文字を何度か目にしました。

まず、ことし(2018年)125日の『毎日新聞』夕刊のトップ記事の、

「肌着競作 着る〇〇」

という見出し。リードを読むと、

「着るコスメに、着る温泉、そして着る日本酒―――。肌への効果をうたったユニークな肌着が続々と登場している。」

「下着メーカーのトリンプ・インターナショナル・ジャパンは14年にショウガ成分、15年に月岡温泉(新潟県)の温泉成分を配合して肌着を発売」

「機能性肌着の走りは、03年、ユニクロが東レを共同で開発したヒートテック。」

という感じで「肌着」が出て来ます。

「肌に優しい」

など「お肌」に関連したもの、つまり、

「美容関連」

では「肌着」という言い方をするのかもしれませんね。

「下着」というと、反対語は「上着」になるのですが、「肌着」は反対語がありませんね。

また、最近では2018年7月20日の『読売新聞』に西日本豪雨災害を受けての記事で、

「企業広がる被災者支援 肌着・テント提供 写真無償で復元」

と出て来ました。被災者支援で送られるものが「肌着」。本文を読むと、

「グンゼは、岡山県倉敷市内の避難所4か所に大人用と子ども用の肌着計約1万枚を提供した。」

とありました。これは「下着」でも言い換えられそうだけど。

イメージとしては、「肌着」は、

「シャツなど、上半身に身に着けるもの」

で、下半身を覆う「パンツ」「靴下」などは「肌着」とは呼ばない気がします。

(2018、7、23)

2018年7月23日 20:04 | コメント (0)

新・ことば事情

6881「工場を全焼か?工場が全焼か?」

7月20日のお昼のニュースを読み終えた、2年目の岩原大起アナウンサーが質問してきました。

「この火事の原稿なんですが、助詞は『を』でいいんでしょうか?それとも『が』が正しいんでしょうか?」

と見せられた原稿に目を通すと、

「いずれも木造の2階建て住宅と隣接する工場を全焼しました」

とありました。これを読むと「を」でも「が」でもOKのように思えます。

違いはどこにあるのか?そこで、こう答えました。

「これは、『住宅と工場』が主語で『焼けました』と『焼く』という動詞を強調したいなら『が全焼しました』と『が』を使う。しかし『火事で、全部焼けてしまった』という状態を『連用修飾』したいのなら『を』を使って『を全焼しました』とするだろうね。

ただ、その前の『いずれも木造の』というのは、書き言葉としては『あり』としても、『読み原稿』としてはダメだね。これは『木造の2階建て住宅と、隣接する木造の工場を全焼しました。』と『木造の』を因数分解的にまとめずに、分配した方が分かりやすいね。『焼く』か『焼ける』かで、その前の助詞も変わってくるということだね。」

と答えると、

「分かりました!」

と答えてくれました。

まとめると、

(1)「いずれも木造の2階建て住宅と隣接する工場を全焼しました」

=これの主語は「火事」。住宅と工場は「目的語」。

(2)「いずれも木造の2階建て住宅と隣接する工場が全焼しました」

=これの「主語」と言うか強調したい目的語は「住宅と工場」。

という違いなんですね。

(2018、7、23)

2018年7月23日 20:03 | コメント (0)

新・ことば事情

6880「脚本と台本」

「ミヤネ屋」のディレクターに質問を受けました。

「映画の『脚本』を書きたいのか?『台本』を書きたいのか?どちらでしょうか?」

つまり「脚本」と「台本」の違いですね。

うーん・・・と考えて出た答えは、

「『脚本』はストーリー、『台本』はそれを映画化するための手引き」

ではないかと。職業の名前で言うと、

「脚本家」

は、いますが、

「台本家」

というのは、いません。というのも、

「台本を書くのは、脚本家」

だからではないでしょうか?

どうですかね、この答えは?

(2018、7、23)

2018年7月23日 18:56 | コメント (0)

新・ことば事情

6879「ラフとスムース」

テニスでサーブ権を決める時に、ラケットをクルクルッと回して、

「表か裏か」

でサーブ権を決める時の掛け声を、ずっと、

「ラフ・オア・スムース」

だと思っていました。しかし先日、いつも通っているテニススクールで、

「アップ・アンド・ダウン」

とみんな言っているのに気付きました。あれ?言い方が両方あるのかな?

と思いました。(そもそも「スムース」ではなく「スムーズ」と濁るんだけどね。)

コーチに聞いたら、

「昔は『ラフ・オア・スムース』でしたが、最近は『アップ/ダウン』ですね」

と言われました。ガーン!知らない間に呼び名は変わるんだ。

サッカーの「紳士的プレー」もなくなってるし、(平成ことば事情6875「紳士的プレー」)スポーツの世界も変わっているんですねえ。

グーグル検索では(7月23日)

「ラフ・オア・スムース」 =193件

「アップ・アンド・ダウン」=1万4300件

あれ?「アップ・アンド・ダウン」でいいのかな?「アップ・オア・ダウン」じゃないのかな?「アンド(and)」ではなく「オア(or)」。検索しました。

「アップ・オア・ダウン」=401件

でした。少ないな。コイントスの例が出て来ました。これに「テニス」をくっつけたら、

「ラフ・オア・スムース」「テニス」=155件

「アップ・アンド・ダウン」「テニス」=711

「アップ・オア・ダウン」「テニス」=213件

漫画の『テニスの王子様』の第1では、

「フィッチ(which)?」「ラフ(rough)」「スムース(smooth)

と出て来ました。

(2018、7、23)

2018年7月23日 18:56 | コメント (0)

新・ことば事情

6878「投げる」

<2014年9月25日に書きかけました>

「構成案は、きのうの段階で投げてまして」

という場合の、

「投げる」

という言葉の意味は、

「(案を相手に)伝えていて、返事待ち」

という感じかな。「ビジネス関係」で耳にする気がします。(マスコミ関係だけでしょうか?そんなことないよね?)

「投げた」ら当然、「返事」が、

「投げ返される」

ことが期待されているような感じですね。

「(問いかけ・提案を)投げかける」

の意味ですね。でも『精選版日本国語大辞典』『三省堂国語辞典』『広辞苑』にも「投げる」の項目に、この意味は載っていませんでした。

(2018、7、17)

2018年7月19日 18:43 | コメント (0)

新・ことば事情

6877「フエゴ山か?フエゴ火山か?2」

「平成ことば事情6829フエゴ山か?フエゴ火山か?」の関連で、6月に行われた新聞用語懇談会放送分科会で各社にどちらを使っているか、質問してみたところ、

【フエゴ山】日本テレビ・KTV・テレビ大阪・テレビ東京

【フエゴ火山】TBS・テレビ朝日・NHK・フジテレビ・ABC・共同通信

でした。各社になぜそうなのかの理由などを聞いてみたところ、

(NHK)決まりはないが、過去の原稿では「フエゴ火山」だった。外国地名は共同通信の「世界年鑑」に準拠している。「キラウエア火山」も「火山」。「マヨン山」というバリ島の火山は「マヨン山」。日本の山は、活火山でも「〇〇火山」とはせず「〇〇山」。外国の火山は「火山である」というなじみが薄いので「〇〇火山」と付けるのではないか。

(日本テレビ)「フエゴ山」だが、理由はわからない。

(テレビ大阪)グアテマラで噴火したのは「フエゴ山」。取り決めはないが、「山」で呼ぶのが一般的ではないか。

(ytv)「フエゴ」はスペイン語で「火」なので「フエゴ火山」とすると「火・火山」となり「重複表現」になるが、言語が違うので許容か?「サハラ砂漠」の「サハラ」もアラビア語で「砂漠」の意味だし、「ゴビ砂漠」の「ゴビ」もモンゴル語で「砂礫(されき)を含むステップ地帯のこと」なので、「ゴビ砂漠」「サハラ砂漠」は「重複表現」に当たるのではないか?「淀川」を英語で「YODOGAWA RIVER」と表現するのも「淀川川」という重複表現になるから「YODO RIVER」とすべきだというのと似ているかも。

というような話し合いがありました。

その後7月4日の「ミヤネ屋」で取り上げた、タイの洞窟で少年ら13人の生存が確認されたというニュースで出て来た洞窟の名前、

「タムルアン洞窟」

について、視聴者の方から、

「『タムルアン洞窟』と何度も言ってますが、『タム』が洞窟という意味で『ルアン』が名称なので、『タムルアン洞窟』の呼び方は重複で、違和感があります。」

というご指摘がありました。

そうだったのか、

「洞窟ルアン洞窟」

という意味だったのか!勉強になるなあ。しかし・・・、

「タム=洞窟」

だとは、日本人はほとんど誰も知らないし、逆にタイ人は「(日本語の)洞窟=タム」だとは、ほとんど誰も知らないから、「わかりやすさ」のためには「タムルアン洞窟」で良いと思いますけどね。

(追記)

『読売新聞』7月22日付に、ハワイのキラウエア火山の噴火が続いていることについてのサイエンスの特集記事が出ていました。そこでは、

「キラウエア山 噴火続く」

というように「火山」ではなく、

「キラウエア山」

という表記でした


(2018、7、17)

2018年7月19日 18:42 | コメント (0)

新・ことば事情

6876「DNA」

2018年1月17日付『日刊スポーツ』1面に、

「綱の遺伝子」

という見出しがありました。「昭和の大横綱・大鵬」の孫である、

「納谷」(本名・納谷幸之助)

の初勝利の記事です。同日付『スポーツ報知』は、

「偉大なDNAそろい踏み」

また、『産経新聞』(2018年1月25日付夕刊大阪版)は、

「『昭和の大横綱』の遺伝子を受け継ぐ大器が、貫禄の船出を果たした」

という本文。ここに出て来る、

「DNA」「遺伝子」

というのは、

「血筋」「血統」

などの「言い換え語」です。「血筋」「血統」を強調するのは「日本国憲法」第14条「法の下に平等」の、

「門地(=家柄)により差別されない」

に当たるとして、放送などでは使われません。個人の努力ではどうしようもない、過去からの伝統である「良い家柄」を認めることは「悪い家柄」も認めることにもつながり、差別につながるという考え方なのです。でもそれを「DNA」「遺伝子」と言い換えたところで、内容(考え方)は変わっていないので、根本的な解決にはならないと思うのですが・・・。当面、批判されている「言葉(用語)」を使わないことで、批判の矛先をかわしているだけのように思います。「めくら」はダメだけど「ブラインド」はOKというようなのと似ていて、「内容」も根本的には問題なのだけど、

「これまで使われてきた言葉にこびりついた差別感」

を拭うめの「呼び方の変更」も有効なのかなという気もします。難しいですね。

「DNA」は「納谷」以外にも、『週刊文春』(2018年1月25日号)は、

「貴景勝 貴乃花部屋の最強DNA」

という見出しで使われています。納谷は「大鵬の孫」ですから血がつながっていて、「遺伝子」「DNA」は引き継がれているかもしれませんが、「貴景勝」は「貴乃花」と血はつながっていないので「比喩的な使い方」ですね。

相撲以外でも『読売新聞』(2018年6月6日付朝刊)が「特集・インサイド財務省」の見出しでは、

「『最強官庁のDNA』鼓舞」

と「DNA」を使っている。これも比喩的な使い方。

他にもありますよ。2018年7月17日の『読売新聞』には、ノンフィクションライターの稲泉連さんが、

「ノンフィクション作品を掲載していた講談社の『月刊現代』が休刊して10年を迎えるが、『その後』の『月刊現代』は、ノンフィクション総合誌『G2』に姿を変え、さらにウェブメディア『現代ビジネス』になった」

と書いていて、その流れに関して稲泉さんは、

「そのDNAがいま、社内でどう受け継がれているのかが気になった」

と書いています。そこから、このコラムのタイトルは、

『「月刊現代」のDNA』

と付けられています。これも比喩的な使い方ですね。

また、『全部やれ。日本テレビのえげつない勝ち方』(戸部田誠・てれびのスキマ、文藝春秋)を読んでいたら、「DNA」がいっぱい出て来ました。

・「空振りする勇気とえげつないほどの偏狭的な執念こそが日本テレビに脈々と受け継がれるDNAなのだ。」(177ページ)

・「女性タレントもジャンケンで負けると服を脱ぐ野球拳コーナーが『低俗』の批判を受けた番組を復活させてまで、フジテレビに勝利することにえげつなくこだわった。切り札は日テレのDNAの中にあったのだ。」(236ページ)

・「古舘は番組をつくる際、『視聴者がどう感じるか、何を喜ぶか』しか考えていないという。こうした意識は、日本テレビに脈々と流れるDNAと言えるだろう。」(239ページ)

「日本テレビ」には「DNA」がいっぱいあるんでしょうね。

一方で、生物学者の福岡伸一氏は『週刊文春』(2018年5月24日号)のコラム「福岡ハカセのパンタレイ パンタグロス」で、こう書いています。

「"〇〇(企業名)のDNA"とか"自分の中のDNAに深く刻まれている"なんていい方がよくあるけれど、聞くたびにひっかかるものがある。DNA概念のひどい誤用・乱用である。DNAには、企業の理念も個人の原体験も、そんなものは全く書かれていない」

ということで、生物学の立場からこの表現に抗議していました。

この他にも、以前「DNA」を見つけていたのを思い出しました。「2018読書日記050」に書いた、

『建物と日本人 移ろいゆく物語』(共同通信社取材版、東京書籍:2012、6、26)

の中に、「ワールドオートバイサーカス」について書かれた部分に、

「しかし、藤田を子どものころから知っている坂入は絶望していない。『見世物興行のDNAを引き継ぐ彼なら、いつかまた見世物の王国を築いてくれるはず』」

という記述がありました。いろんな「DNA」があるんですねえ。

(2018、7、19)

2018年7月19日 18:40 | コメント (0)

新・ことば事情

6875「紳士的プレー」

私がメキシコ五輪の銅メダルを見てサッカーを始めた今から半世紀前、サッカーは、

「紳士のスポーツ」

と呼ばれ、そのルールの反則の中に、

「ひ・しんしてきプレー」

というのがありました。

「非紳士的プレー」

です。当時のサッカースクールのコーチから教えられたとき、小学生だけど何だか大人になったような気持ちでした。

ところが!

いつのまにかルールブックから「その言葉」が消えているそうなのです!知らなかった!

でも、言われてみればそうですね、「女子サッカー」が普及して「なでしこジャパン」がワールドカップで優勝したのが「2011年」ですからもう7年も経つんだし、女子サッカーの興隆に伴って、

「(非)紳士的プレー」

という文言が、時代に合わなくなったのでしょう。

じゃあ、どうなったのか?もしかしたら、

「非紳士淑女プレー」

でしょうか?何だか、あやしいな感じだ。今はどうやら

「反スポーツ的行為」

になっているそうです・・・。それだと「反則全般」に相当するんじゃないでしょうかね?ちょっと納得いかないような気がします。

日本サッカー協会のルールブックを見ると、2016年に大規模なルール改正が行われたようですね。昔からの「17条憲法」じゃないけど「17条」というルールの骨格は変わっていないようですが。前文には、

「サッカーは、競技者、審判、指導者にとって、また、観客、ファン、運営者などにとっても魅力的で、楽しいものでなければならない。競技規則は、試合が魅力的で楽しいものになるように助長する。それによって、年齢、人種、宗教、文化、民族、性別、性的指向、障がいなどにかかわらず、誰もがサッカーに参加でき、またそれにかかわることが楽しみになる。」

とあります。そして、

「 競技規則の適用上、女子サッカーを別のカテゴリーとするのではなく、今後は男子

サッカーと同じ位置づけにする。」

という所が、「非紳士的プレー」という用語の変更に関わっているのではないかなと思いました。

(2018、7、16)

2018年7月17日 18:01 | コメント (0)

新・ことば事情

6874「宵山」

今年4月に入社した読売テレビの新人アナウンサー

「澤口実歩さん」

が、7月14日土曜日のお昼のニュースで、

「初鳴き」

を行いました。「初鳴き」というのは、読売テレビにおいては、

「テレビで初めて『ストレイトニュース』を読むこと」

ですね。彼女は、他の番組やイベントにはすでに登場していますが「ストレイトニュース」を読むのは初めて。一人だけで全責任を持ってニュースを読む、時間管理も行う、しかもお昼のニュースは、結構「追い込み」で原稿ができることが多く、きっちり対応するのは難しく、責任重大なのです。

しかし、初めてにしては、大変落ち着いて、ニュースを読んでいました。

翌15日のお昼のニュースにも「連投」で登板していました。この日は「猛暑」のニュースの中で、

「きょうは祇園祭の宵山」

と読み、スーパーも「宵山」と出ていました。でもちょっと待って、「宵山」というのは「山鉾巡行が行われる7月17日の前夜・前日」

つまり、

「7月16日」

のことではないか?辞書を引いてもそう載っていますし、私の30数年のアナウンサー経験の中でもそうです。きょうは、まだ「15日」。つまり、きょうは、

「宵々山」

なのではないか!高石友也とザ・ナターシャーセブンが7月15日に行っていたコンサートは「宵々山コンサート」であって「宵山コンサート」ではありませんでした。

こういうミスも、最終チェック機関として、アナウンサーは気付いて防がないといけないんだ、という良い例になったなと思っていて、本人にもそのように伝えました。ところが!萩原アナウンス部長が後でやって来て、

「これ、私も立ち会っていたんですが、最近は、14日・15日・16日の3日間を『宵山期間』として『宵山』と称しているみたいなんですよ」

と言うではありませんか!

え?「拡大解釈」?それって、

「クリスマスイブが3日間ある」

ようなものじゃない。「クリスマスセール」は別に1か月やってもいいけど、それは、

「クリスマスが1か月ある」

というわけではない。「クリスマス」は、あくまで、

「12月25日だけ」

で、「クリスマスイブ」は、あくまで、

「12月24日だけ」

なのは当たり前ですよね。

「大晦日が12月29・30・31日の3日間ある」

ようなものじゃない。もしお寺さんがそう言って来たとして、それ、認められますか?除夜の鐘を3日3晩「108×3=324発」、撞くんですか!?煩悩ありすぎじゃないですか!

新たな解釈に新しい言葉を付けるならともかく、従来からある、

「宵山」

という言葉の解釈を「変更・拡大する」のは、いかがなものか?・・・というように私は思いますが、いかがでしょうか?少なくとも「放送の言葉」としては、採用するべきではないでしょう。

(追記)

7月22日の『読売新聞』に、

「後祭 ゆったり宵々々山 祇園祭」

という見出しが出ていました。本文は、

「京都・祇園祭は21日、後祭(あとまつり)の山鉾(やまほこ)巡行を3日後に控えた『宵々々山』を迎えた。」

ということで、「山鉾巡行」の「3日前」は、

「宵々々山」

なのですね。しかしそれと同時に、

「後祭りの宵山期間(21~23日)」

という表記もありました。京阪電車の京橋駅に出ていた看板にも、

「宵山」

という字の横に、

「14日(土)~16日(祝・月)」

「3日間」の「期間」が記されていました。でも、

「『宵山期間』と『宵山』は、同じではない」

ということは、はっきり主張しておきたいと思います。

20180723m.png

(2018、7、23)

(2018、7、16)

2018年7月17日 17:59 | コメント (0)

新・ことば事情

6873「決壊」

7月13日の「ミヤネ屋」のテロップをチェックしていたらディレクターが質問してきました。

「道浦さん、これ『小田川の堤防が決壊』としなくちゃダメですかねえ?『の堤防』を省略して『小田川が決壊』ではダメでしょうか?」

「うーん、まあ『決壊』するのは『堤防』とか『ダム』とか、『水をせき止めているもの』で、それが『決壊』するから『川が氾濫』するんだから、やっぱり『小田川の堤防』が『決壊』じゃないかなあ」

と答えてから、いくつか辞書で「決壊」を引くと、どの辞書も、

「堤防やダムが壊れること」

と書かれています。単に「壊れること」ではなく「堤防やダム」が「壊れる」のであれば、「決壊」という言葉の中に「堤防」が含まれているから、逆に「小田川の堤防が決壊」とすると、

「小田川の堤防が堤防が壊れた」

で"重複"ではないのか?それだと「小田川が決壊」でも良いのではないか?と思えて来たので、「の堤防」を略した、

「小田川が決壊」

で放送しました。

グーグル検索では(7月16日)

「小田川が決壊」   =  3790件

「小田川の堤防が決壊」=1万1100件

ということで、従来の「の堤防」が入った形の方が3倍ぐらい。比率は、

「1:3」

といった感じでした。ついでに、

「川が決壊」   =11万9000件

「川の堤防が決壊」= 6万7700件

「堤防が決壊」  =19万0000件

でした。

(2018、7、16)

2018年7月17日 17:53 | コメント (0)

新・ことば事情

6872「ウルグアイのアクセント」

サッカーのロシアワールドアップは、フランスの20年ぶり2度目の優勝で幕を閉じました。あっという間の1か月だったような気がしますが、ずいぶん寝不足になりました。

さて、「平成ことば事情6836パラグアイのアクセント」の関連ですが、中継でのしゃべりを聞いていると、日本が大会前に戦った「パラグアイ」のアクセントが、

「パ\ラグアイ」(頭高アクセント)

「パ/ラグ\アイ」(中高アクセント)

の2種類あったという話に関連して、今度は、

「ウルグアイ」

です。6月25日のTBSの中継での「ウルグアイ」のアクセントは、アナウンサーも解説者も「中高アクセント」の

「ウ/ルグ\アイ」

でした。

こちらはなぜか「ウ\ルグアイ」(頭高アクセント)よりも「中高アクセント」のほうが耳にする気がします。「パラグアイ」よりも古くから定着しているということなんですかねえ???

(2018、7、17)

2018年7月17日 17:51 | コメント (0)

新・ことば事情

6871「発表と発令2」

「平成ことば事情805 発令と発表」「平成ことば事情5993 発表か?発令か?」の続編です。

7月6日に発生した西日本豪雨。それに伴う「避難勧告」「避難指示」に関して、

「発表」か「発令」かが問題になりました。

7月11日、東広島市に「避難指示」が出た際に、「ミヤネ屋」で林マオアナウンサーが、

避難指示が発令されました」

と言ったのですが、「避難指示」とはいえ、これは「罰則を伴わない」ので

「避難指示が発表されました」

「発表」とすべきだと、放送後に一旦は「指示」したのですが、翌日、

「一概には『間違い』とは言えない」

と方針が変わりました。

たしかに、「気象庁」が出す「警報」などは強制力を持たない(「命令」ではない)のであくまで、

「発表」

であり、「発令」ではないのですが、国や自治体が「災害対策基本法」に基づいて出す「避難勧告」「避難指示」は、強制力はありません(罰則はない)が、自治体は、

「発令」

という言葉を使っているところもあります。(自治体の言葉をそのまま使わなくても良い、放送は独自の基準で良いのですが)実質的に、

「危険だから逃げろ」

に当たる、

「避難指示」

は、単なる「発表」よりも強い響きを持つ、

「発令」

のほうが良いのではないか?と、萩原アナウンス部長が話して来ました。

私が「発表と発令」に関して16年前に書いた文章(「平成ことば事情805 発令と発表」)にも同じことが書いてありました。

強制力を持つ(罰則がある)のは、あくまで、

「警戒区域の設定」

で、これは、たとえば「福島第一原発周辺地域への立ち入りが制限」されている、あれです。

しかし、今回の豪雨災害を見るにつけ、命を守るために「避難を促す」意味で、今後は「発表」よりも強い響き・意味の、

「避難勧告」「避難指示」→「発令」を使ってもいい

と思う、という結論に達しました。

(2018、7、16)

2018年7月16日 17:49 | コメント (0)

新・ことば事情

6870「意識高い方」

西日本豪雨災害の広島からの他局の中継を見ていたら、男性アナウンサーが、

「意識高い方が、避難を考えていたようですが」

といった言い回しを使っていて、それを見ていた「ミヤネ屋」のスタッフが、どよめきました。なぜ、どよめいたか?と言うと、

「意識高い」

という表現は、ネットなどでは、

「マイナスイメージを伴う言葉」

だからです。ウィキペディアでは、

『自分を過剰に演出する(言い換えれば、大言壮語を吐く)が中身が伴っていない若者、前向きすぎて空回りしている若者、インターネットにおいて自分の経歴・人脈を演出し自己アピールを絶やさない人などを意味する俗称である。大学生に対して使用されることが多いが、ビジネスマンや主婦など若者・学生以外の層に対して使用される場合もある。「意識高い系」の特徴として、自己啓発(ボランティア・政治)活動や人脈のアピール、あえて流行のカタカナ語を使うなどが挙げられる。』

と記されています。

ここで彼が言いたかったのは、

「防災意識の高い方」

ということで、

「プラスイメージで使うつもりだった」

と思うのですが、いまや「新しいマイナイメージの言葉」が人口に膾炙してしまったために、言葉を省略すると間違って伝わってしまう恐れがあります。それを避けるためには、助詞などを省略せずに、きっちり言わないといけない。中途半端な略し方をすると、ヘンなイメージが付いてしまって、伝えたいことが真っすぐ伝わらなくなるからです。

日頃の言葉遣いというのは、ついつい出てしまうものですね。よほど"プロ意識が高い方"でないと・・・。

(2018、7、16)

2018年7月16日 17:48 | コメント (0)

新・ことば事情

6869「抜去2」

「平成ことば事情6855抜去」を読んでくださった、川崎市の西尾さんから、メールが届きました。

『「抜去」はいくつかの国語辞典に載っているようです。

*『広辞苑』(第七版)

ばっきょ【抜去】 抜き取ること。「カテーテルを―する」

*『大辞林』(第三版)

ばっきょ【抜去】 抜き去ること。 「チューブの―」

*『デジタル大辞泉』

ばっ‐きょ【抜去】[名](スル)抜き去ること。「歯を抜去する」

(「抜歯」や「抜糸」は小型辞典にも載っていますが)

農業・林業分野で、雑草や切り株を抜き取ることを「抜去」と言うようです。

「除草」だと、ヤギに任せる・刈り取る・焼き払う・除草剤で枯らすなども考えられます。

大麻草などの処分は根こそぎ「抜去」のほうが適切なのかもしれません。

電気・電子分野でも「挿入」と「抜去」を対で使います。書きことばとして。

パソコンの漢字変換でもふつうに出てきます。

(追伸)

日本国語大辞典(2版)には載っていません。意外です。』

西尾さん、詳しくご教示くださり、ありがとうございます。

『大辞泉』は印刷版の第2版でも確認してくださいました。また『初版』には載っていなかったそうです。

私が調べた『広辞苑』『デジタル大辞泉』には「抜去」は載っていなかったのですが、共に「電子辞書」

でした。つまり少し「版」が古い。『広辞苑』は「第六版」なのは、わかっていましたが、最新の「紙」の「第七版」の確認を怠りました。

改めて引いてみたら載っていました。

あれ?ということは、

「『抜去』は、『広辞苑・第七版』で新たに採用された言葉」

ということですね!

思わぬことから気付いてしまいました!

(2018、7、10)

2018年7月16日 12:26 | コメント (0)

新・読書日記 2018_091

『サッカーと愛国』(清義明、イースト・プレス:2016、7、20)

これももう2年前に出ていた本で気付かなかったんだけど、ツイッターでこの本の存在を知って購入。読んでよかったです。「第27回ミズノスポーツライター賞優秀賞」&「サッカー本大賞2017優秀作品」W受章と、帯に華々しく記されています。

「愛国」につながる「レイシズム・ヘイトスピーチ」に関する似たようなタイトルで、私が過去に読んだ本には、

2012読書日記201『ネットと愛国~在特会の「闇」を追いかけて』(安田浩一)

2011読書日記229『ラーメンと愛国』(速水健朗)

2007読書日記011『個人的な愛国心』(日垣隆)

2006読書日記077『愛国者は信用できるか』(鈴木邦男)

2004読書日記119『<私>の愛国心』(香山リカ)

がありました。

この本の「章立て」は、

「第1章 モンスター化した『ぷちナショナリズム』」

「第2章 ソウルに翻る旭日旗」

「第3章 『JAPANESE ONLY』 の暗闇」

「第4章 バナナを食べるサッカー選手たち」

「第5章 サポーターは世界で戦う」

という5章からなる。中でも第3章『JAPANESE ONLY』 問題はニュースで知っていたが、その背景などがよく分かった。

また、「北朝鮮代表」だったチョン・テセ選手が「韓国籍」だというのは知らなかった。「国籍」というのも難しい。全世界統一でもないし、また「サッカー」の世界とは違うこともあるし。考えれば考えるほど難しいが、サッカーの世界の方が、世の中の国籍問題よりは自由な感じがする。地球も丸いが、サッカーボールも丸い。


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(2018、7、11読了)

2018年7月13日 18:49 | コメント (0)

新・読書日記 2018_090

『ロシアW杯サムライブルーの奇跡~AERA増刊』(朝日新聞出版:2018、7、15(7月6日発売))

「サッカーマガジン増刊号」よりも、こちら写真の方が、アップで迫力があり、独自目線で迫力があった。構成は、週刊誌らしい文字を中心としながらも、写真はバンバンと印象的な一瞬を切り取ったものが多い気がした。岡崎のダイビングヘッドの写真なんて「空中浮遊」してるようだもんね。オススメ。


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(2018、7、7読了)

2018年7月13日 18:48 | コメント (0)

新・読書日記 2018_089

『ロシアワールドカップ2018BEST16~西野ジャパンロシア激闘録~【保存版】日本代表世界に迫った16強サッカーマガジン8月増刊』(ベースボールマガジン社:2018、7、6)

ワールドカップロシア大会、日本がベスト16進出を決めたので、写真集とか雑誌が、ババーンとたくさん出ています。記念に買って残しておこうと。もうどれがタイトルかよくわからないぐらい大きな文字と写真でつづった速報記録版。「サッカーマガジン」だから大丈夫だろうと思って買いました。でも、写真の迫力は「AERA増刊」の方があったね。


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(2018、7、7読了)

2018年7月13日 18:46 | コメント (0)

新・読書日記 2018_088

『小田嶋隆のコラム道』(小田嶋隆、ミシマ社:2012、6、3)

小田嶋さんはツイッターをフォローしているので、お会いしたことはないが親近感を覚える。先日、近くの書店で「ミシマ社フェアー」をやっていて、その際に購入した一冊。(もう一冊は「2018読書日記082」で書いた『上を向いてアルコール~「元アル中」コラムニストの告白』)

6年前に出た本で、うーん、どうだろう、コラムを自分もまあ書いているわけでが、書いている人にとっては、他の人の書き方は参考にはなるが、ほっといても書けるわけで、今更、書き方を他人から学んで・・・というような気にはならないので、流し読みになってしまいました。実際に書かれた他人のコラムは参考になるが「書き方」はどうなんだろうなあと。でもこれは「書き方」についての「コラム」なわけで、そういう目線で読めば、また違った味わいが出来るのかなと思いました。

217ページ辺りの「おバカキャラ批判」は参考になった。

また、巻末の内田樹さんとの対談で「ワープロで書く」という話が出て来た「やっぱり、パソコンで書いていても、『ワープロで書く』って言うよなあ」と思いました。(123ページ・210ページ・235~238ページ)

また、「知識の外付け」は、コラムを書く人間にとっては致命的であると。我が意を得たり!


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(2018、7、9読了)

2018年7月13日 18:45 | コメント (0)

新・読書日記 2018_087

『このくにのサッカー~賀川浩対談集』(賀川浩、苦楽堂:2017、5、17)

賀川浩さんと言えば、知る人ぞ知る日本サッカージャーナリスト最年長の現役記者。元・産経新聞。1924年・神戸生まれですから、ことし94歳。ワールドカップの取材は、1974年の西ドイツ大会から、前回の2014年ブラジル大会まで11回!すごい!今回ロシアに行かれたのかどうかはわからないんですけど、行ってるんかなあ・・・???

その賀川さんが、日本サッカーの歴史を、

「戦術」(経営者など)=岡田武史、川渕三郎、櫻井嘉人

「戦場にて」(選手出身者)=釜本邦茂、澤穂希

「育む」(監督・解説者)=セルジオ越後、黒田和生、加藤寛、佐々木則夫

「広める」(ショップ、写真家)=加茂建、岸本健

「温故知新」(関係者)=石井幹子、岡野俊一郎、デットマール・クラーマー

という14人と対談している。かなり玄人好みの人選では?普通は、選手や監督などにインタビューしますよね。

この中で、私がお名前を存じ上げなかったのは、櫻井嘉人、岸本健のお二人。櫻井さんは、フットサルの世界では有名な方のようです。また岸本さんは写真家。フォトオフィスを経営されている。そいういえば「フォート・キシモト」は聞いたことがある。

そして石井幹子さんは「照明デザイナー」としては、もちろんお名前は存じ上げているが、サッカーとの関係は?と思ったら、石井さんのお父さん・竹内悌三さんは、1936年ベルリン五輪で日本代表が強豪スウェーデンを破った時の代表チームの主将だったと!竹内さんはその後、シベリアに抑留され、異国の地で若くして亡くなったそうだが、その長女である石井さんは、そういった関係もあってJリーグの理事も務められたという。

なるほど、勉強になりました。


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(2018、7、3読了)

2018年7月13日 18:44 | コメント (0)

新・読書日記 2018_086

『日本サッカー辛航記』(佐山一郎、光文社新書:2018、5、30)

ワールドカップ開催に合わせて今月は「サッカー本」三昧。サッカーライターとして、私も名前を存じ上げている佐山一郎氏。日本サッカーの歴史を1920年代から現在に至るまでを、第1章=1920~1960年代

第2章=1960~1970年代前半

第3章=1970年代

第4章=1980年代前半

第5章=1980年代後半から1990年代前半

第6章=1992~1997年

第7章=1998~2006年

第8章=2007~2018年

と細かく分けられている。

私がサッカーを始めたのが1968年=メキシコ五輪の銅メダルに刺激を受けて、でしたから、今年50年になるんですけど、それぞれの時代に思い出がありますねえ。

タイトルの「辛航記」は、柳瀬尚紀の『フィネガン辛航記』から取ったそうで、愛と憎しみの相克するサッカーの混沌の時代を、「サッカー批評」というか「サッカージャーナリズム」に焦点を当てて描くからだ。自らが身を投じたその世界を通じて「日本サッカーの歴史」を浮かびあげさせる一冊。帯には、

「繰り返される解任と内紛~ハリルホジッチ更迭!どうなる西野ジャパン!?緊急出版!」

とありました。西野ジャパン、まあ無難な結果になりました。惜しかったけどね。課題を残しつつ・・・。


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(2018、6、20読了)

2018年7月13日 18:42 | コメント (0)

新・ことば事情

6868「天然ダム・土砂ダム」

今回の西日本豪雨災害のニュース。7月12日の「ミヤネ屋」のフリップをチェックしていたら、

「土砂崩れによって川がせき止められてできてしまった湖のようなところ」

を発注では、

「天然ダム」

と書かれていました。ちょっと待てよ、この言葉はそのまま使って良かったんだっけ?と思って調べたところ、14年前の「2004年11月」に書いたものが出て来ました。

「平成ことば事情1978天然ダム」

です。そのまま引用しますね。

『新潟県中越地震による土砂崩れで、山古志村などの芋川流域にできた「天然ダム」について、国土交通省は11月12日、北陸地方整備局内に、「河道閉塞現地対策室」を設置しました。対策室の名前に「天然ダム」を使わなかったことについては、

「天然という言葉には美しいイメージがあり、災害時にはふさわしくない」

とのことで、

「山古志村の村長も『天然ダム』という表現を避けているし、新聞の投書欄にも指摘があったことに配慮した」

そうです。(読売新聞、11月12日夕刊)当初は、「地滑りによって川がせき止められら湛水(たんすい)域対策室」という長い名称も検討されたそうですが、学術用語の「河道閉塞」を選んだということです。

GOOGLE検索(2004年11月14日)では

「天然ダム」=11万0000件

「河道閉塞」=    830件

「天然ダム、新潟県中越地震」=2万2200件

でした。

実はこの決定が出るより前に、NHKの原田邦博さん(当時)から、「天然ダム」についてメールをもらっていました。それによると、

「災害報道でさかんに『天然ダム』が使われているが、『天然ダム』は、もともとは森林などの保水能力の例えだったはず。NHKではなるべく使わないようにしている。」

とのことでした。つまり「天然ダム」の意味が違うという観点から使わないというご意見でした。また読売新聞は11月13日の朝刊で、

「新潟県中越地震でできた『天然ダム』の呼称を、本紙は今後『土砂崩れダム』に改めます」

という「おことわり」を出しました。(2004、11、14)』

そして、2004年11月に大分県で行われた新聞用語懇談会秋季合同総会でも、この言葉は議題に上がりました。以下のような討論が行われました。

『*天然ダムか?土砂ダムか?=2004年11月(大分)

「天然ダム」の呼称に付いて、各社はどうしているか?という質問も出ました。

国土交通省は「河道閉塞ダム」としたのですが、各社は、

(読売)土砂崩れダム

(朝日)土砂ダム

(毎日)土砂でせき止められてできた水面

(日経)「土砂で崩れてできたダム」

(TBS)当初「震災ダム」、その後「土砂によってできたダム」

とのことでした。これに関しては11月26日の読売新聞「ことばのファイル」で取り上げていました。それによると、「天然ダム」というのは土木学の専門用語で、「ナチュラル・ダム」の和訳。』

とのことでした。(その後、NHKは「せき止め湖」を使っていたようです。)

いずれにも、系列キー局・日本テレビでの当時の呼び方は書かれていないんですが、たしか「天然ダム」という呼び方はしなくなったと思います。

そこで、きのうの「ミヤネ屋」では、

「土砂ダム」

という表現にしました。当日「ミヤネ屋」に出演された専門家・山村武彦さんも、

「土砂ダム」「せき止めダム」

と言っていました。

(2018、7、13)

2018年7月13日 16:48 | コメント (0)

新・ことば事情

6867「大雨・暴風のアクセント」

今回の西日本の大雨で「ミヤネ屋」ナレーターの松尾さんから質問を受けました。

「『大雨』のアクセントは、『オ/ーアメ』(平板)ですか?それとも『オ/ーア\メ』(中高)ですか?」

私は迷うことなく、

「オ/ーア\メ(中高アクセント)です」

と答えました。ちなみに、よく似た言葉の、

「暴風」

は、以前の『NHKアクセント辞典』では、

「ボ/ーフ\ー」(中高アクセント)

だけしか載せていなかったのですが、新しい『NHK日本語発音アクセント新辞典』では「中高」と併せて「平板アクセント」の、

「ボ/ーフー」

も載せています。(※これは「暴風雨」=「ボ/ーフ\ーウ」(中高アクセント)と「暴風」=「ボ/ーフ\ー」(中高アクセント)と区別をしたいという意図もあるようです。)

しかし「大雨」は、「新しいアクセント辞典」でも、この「中高アクセント」の、

「オ/ーア\メ」

しか載っていませんでした。

以下は、「14年前」の「2004年」に、NHK(当時)の原田邦博さんからもらったメールです。

『台風シーズンですが、NHKのアクセント辞典の「ボーフー」は、「暴風」「防風」ともに、「中高アクセント」しか採用していません。現場からは「平板」ではないかとの声もあがっています。『日本国語大辞典』では、標準式が「中高」、京式が「平板」となっていますが、

東京アクセントを優先する『新明解』では、なぜか①「平板」②「中高」となっています。

関西地区では、ごく普通に「平板」ではないかと推察しますが、いかがでしょうか。」

うーむ、確かに「京阪式=関西」では「平板アクセント」で、

「ボー/フー」「オ/オアメ」

と言いそうですね。でも起伏型の「中高アクセント」の方が「暴風」と「大雨」を強調できるから、

「放送では『中高アクセント』」がいい」

のではないかなあと思いました。

あ!それと、今回の西日本豪雨で「問題となった言葉」について書いているのですが、そのさいに「過去に書いたもの」を検索すると、出て来るのは

「2004年に書いたもの」

なのです。ということは、

「『平成ことば事情』から見た今回の災害は、2004年以来14年ぶりの規模」

と言えるのではないでしょうか?

(追記)

「暴風」のアクセントについては2016年2月と12月の用語懇談会で話し合われていました。その内容を以下に示します。

【2016年2月】

「暴風」のアクセントは、今は「ボ/ーフ\ー」という「中高アクセント」しか載っていないが、これだと「暴風雨(ボ/ーフ\ーウ)」と区別が付きにくい。これは『NHK日本語発音アクセント新辞典』では、どちらを採用したのか?

→結局これまで通り「中高アクセント」の「ボ/ーフ\ー」を①とし、「平板アクセント」の「ボ/ーフー」は②とした。というのも、NHKの全国のアナウンサーへのアンケート(重複回答)では、

・「ボ/ーフ\ー」(中高アクセン)=92%

・「ボ/ーフー」(平板アクセント)=46%

で、「掲載の基準」として「50%以下は(メーンでは)載せない」というのがあるので、それに従った。

というような説明と質疑応答がありました。

【2016年12月】

(日本テレビ)新NHKアクセント辞典は「データ主義」ということだが、全て「第1アクセント」が一番支持率が高く、「第2アクセント」はそれよりも低いというような順番になっているのか?

(NHK)「第1」と「第2」に「優劣の差」はない。「これまで載っていたかどうか?」も順番の要素になっている。例えば「暴風」のアクセントはこれまで「ボ/ーフ\ー」という「中高アクセント」しか載せていなかったが、今回の調査では、

・「ボ/ーフ\ー」(中高)=92%

・「ボ/ーフー」(平板) =46%

だった。50%に達していないが、「平板アクセント」の「ボ/ーフー」を2番目に載せたというようなこともある。

(2018、7、17)


(2017、7、13)

2018年7月13日 16:46 | コメント (0)

新・ことば事情

6866「付き人と付け人」

大相撲・貴乃花部屋の双子関取の兄・貴公俊の「付け人」への暴行問題で出て来たこの、

「付け人」

という言葉、以前から、

「『付き人』と、どう違うのか?」

という疑問が出ていました。それに対して2018年4月4日の読売新聞夕刊で、相撲に詳しい落語家の桂文福さんのコラム『桂文福の一番太鼓』で、

「『付け人』『付き人どう違う?』

という、正にこのテーマについて書かれていました。

「『付き人』と『付け人』は、どう違うでしょうか?」

それによると、

「我々、芸能界は『付き人』。この師匠、この先生に憧れて弟子になりたい、付いて修業、勉強したいから『付き人』です。相撲界は、親方から『お前、この関取に付け!!』と言われる。従って若い関取にベテランの幕下以下の兄弟子が付く場合も多い。その『付け人』が『何くそ!!俺も関取に出世するぞ』と気持ちを燃えさせる効果もあるし、若い関取に付いて立ち居振る舞いを指導することもあるんですね。」

とありました。

なるほど。ちょっと、落語に出て来る、

「長屋の物知りご隠居さん」

のような感じがしないでもないですが。

「御隠居さん、こんちは!」

「ああ、こんにちは。きょうは、どうしたんだい?」

「物知りのご隠居さんに、ちょっとモノを教えてもらいたいんですけどね」

「なんでも聞いとくれ」

「あの『ウワバミ』ってのがいるでしょ」

「ふむ、『ウワバミ』。大蛇じゃな」

「その大蛇の『ウワバミ』は、なんで『ウワバミ』って言うんですか?」

「うーーーーーーーん」

「・・・知らないんだな」

「人聞きの悪いことを言うな、知らないことはない、思い出しているだけだ。」

「やけに長いね、思い出すのが」

「うん、思い出した。」

「思い出しましたか!」

「思い出した」

「思いついたんじゃなくて?」

「うるさいな、話を聞く気が、あるのかないのか!」

「聞きます聞きます!」

「昔な、『ウワ』という、体の長い動物がいたと思いなさい

「思いました!」

「その『ウワ』がだな・・・『バム』んだな」

「へえー、『ウワ』は『バミ』ますかね?」

「バム!バマないと、『ウワバミ 』にならない」

おあとがよろしいようで・・・。

♪チャカ、チャンリン、チャンリン、チャンリン、チャンリン・・・

(2017、7、13)

2018年7月13日 16:45 | コメント (0)

新・ことば事情

6865「平成最後の・・・」

さっき(7月13日)ネットで配信された「神戸新聞」の記事の見出しが、

「平成最後の夏、スタート」

でした。この「平成最後の」が、これから9か月間、乱造される予感がします。

思えば、「西暦」であれば、

「20世紀最後の」「90年代最後の」

というような表現が可能でしたが、明治以降は、天皇が亡くなられてから元号が代わったわけですから、現在進行形で「昭和最後の」「平成最後の」という言い方はできませんでした。後から振り返って言うことは可能でしたが。

その意味では、この「平成最後の~」は、「平成」に特有の表現ということができるでしょうが、これから「平成31年4月30日」まで、「1年に1回」の出来事に関しては、枕詞のように、

「平成最後の」

がついて回るのではないでしょうか。「流行語大賞」にもノミネートされるのでは?

そんな気がします。

そうやって時代の名残を惜しむ感覚は、「季節」に対するものと似ていますね。

ちなみに「平成最後の平成ことば事情」は「平成31年4月30日」に書く予定です。

(2018、7、13)

2018年7月13日 12:28 | コメント (0)

新・ことば事情

6864「タオマフ」

ネットで見かけたこんな言葉、

「タオマフ」

私は使ったことがありませんが、おそらく、

「タオマフ=タオルマフラー」

のことなんでしょうね。サッカーの応援の時に両手で持って広げて、そこにチームの名前とかマーク(ロゴ)なんかが書いてある、

「小さな横断幕」

の役を果たす。普段は首に巻いたりしますが、マフラーにしては、ちょっと幅が狭くて短い感じで、タオルにしては分厚い、アレです。

「サッカー観戦の必需品」

と書いてあるサイトもあります。最近、スタジアムに行ってないので、「必需品」になっているとは知りませんでした。

「タオルマフラー」は「7文字」あるので、やはり、長い。省略するなら「3文字」か「4文字」ですが、「前項=タオル」から「2文字」、「後項=マフラー」からも「2文字」取ってつなげたら、

「タオマフ」

になったのでしょう。グーグル検索では(7月13日)、

「タオマフ」=10万8000件

でした。

(2018、7、13)

2018年7月13日 12:27 | コメント (0)

新・ことば事情

6863「お風呂」

「平成30年西日本豪雨」は、本当に想像を絶する量の雨が降り、平成最悪の被害をもたらしました。現時点で200人近い方が亡くなっています・・・。今もなお、避難所生活を強いられている方々、行方の分からない・安否不明の方々がいます。

お察し申し上げます。

7月12日の日本テレビお昼のニュース(「ストレイトニュース」)で、断水が続く愛媛県大洲市からの中継の前に、日本テレビ・矢島学アナウンサーが東京のスタジオから、

「待望のお風呂が設置された、愛媛県大洲市から中継です」

というような「フリ」をしました。その後、愛媛から南海放送の「女性アナウンサー」が中継をしました。そこでも、

「仮設のお風呂が設置され」「お風呂は午前〇時から」

というように、

「お風呂」

という言葉が連発されました。

私はニュースの原稿としては「お」は要らないのではないか?と思ったのです。

この「美化語」の「お」は難しいです。

「女性」が使う場合はそれほど不自然ではありませんが、「男性」が使うと、

「ちょっと幼稚な感じ」

にも聞こえる。しかし、もちろん「お」を付けた方が「丁寧」ですよね。中継などの「話し言葉・フリートーク」に近ければ「お」が付いていても自然ですが、「書き言葉の原稿」を読んでいるときに「お風呂」は違和感があります。他には、

「お茶」「お弁当」「お餅」「お水」「お花」

などもあります。どうすればいいんでしょうねえ・・・。

(2018、7、12)

2018年7月12日 21:44 | コメント (0)

新・ことば事情

6862「安否不明と行方不明2」

ことし(2018年)4月に書きかけて、ほったらかしになっていた、

「平成ことば事情6861安否不明と行方不明」

の続きで書きます。

2014年8月20日に広島市で起きた局地的な豪雨のときに書いた「平成ことば事情5533行方不明者と安否不明者」の関連ですもあります。

思えば、あの広島の豪雨災害から「4年」たったのですね。

今回の「平成宇30年西日本豪雨」は・・・。

7月11日の各紙夕刊を見ると、

(読売)行方不明者

(朝日)行方不明(行方不明には安否不明確認中を含む)

(毎日)安否不明(安否不明は行方不明を含む)

(産経)安否がわからないとして:県内の不明者(地図は「行方不明者」)

この「朝日」と「毎日」が、「行方不明」と「安否不明」が逆なのですが、「注釈」を読むと、

「どちらも同じではないか?」

と思ってしまいます。

7月11日のNHK「ニュース7」(夜7時)のテロップは、

「死亡175人 安否不明 88人」

でした。

7月12日の午前0時に見たネットニュースで、「共同通信」は、

「安否不明者」

を使っていました。

7月12日のお昼の日本テレビ系列「ストレイトニュース」では、ナレーションと帯スーパーは、

「行方不明」

で、犠牲者などの人数のテロップは、

「死者184人 不明64人」

というように「安否」も「行方」もない、

「不明」

でした。

同じく7月12日のテレビ朝日のお昼のニュースでは、ナレーションとサイドスーパーは、

「行方不明者」

でした。

今回は、岡山県倉敷市真備町で「行方不明届」が出ていた人の家に行っていたら、避難所に避難しないで、

「家族で家にいた」

というケースが相次いだと。家にいたのに「行方不明」になるのか?という問題も出て来ました。

(2018、7、12)

2018年7月12日 21:43 | コメント (0)

新・ことば事情

6861「安否不明と行方不明」

2018年4月11日の未明に、大分県中津市耶馬渓町(やばけいまち)で、民家の裏山が崩れた事故で6人の安否が不明でしたが、その日のうちに男性1人の死亡が確認され、翌12日に、さらに1人の死亡が確認されました。ここに出て来た、

「安否不明」

と、よく使われる、

「行方不明」

はどう違うのでしょうか?考えてみました。

私の考えでは、「行方不明」はどこへ行ったかわからない人で、「安否不明」は、今回の場合、土砂崩れの中にいることは間違いないが「安否」がわからない人。

「行方不明」の人は、普通は同時に「安否不明」。

中には「誘拐」や「探さないで」と伝えて、どこかへ行ったかはわからないもののメールや郵便が来る場合、

「生きているのは確認できているが、居場所がわからない」

という「行方不明」もありますね。

そういう使い分けではないのかなと思いました。

「平成ことば事情5533行方不明者と安否不明者」でも、ほぼ同じような結論に達しています。お読みください。

(2018、4、13)

2018年7月12日 21:42 | コメント (0)

新・ことば事情

6860「高座のアクセント3」

2018年7月2日、日本テレビの「笑点」に半世紀・50年間出演し続けた、噺家の、

桂歌丸さんが、亡くなりました。81歳でした。

7月12日の夜7時から、日本テレビで追悼番組が生放送で、「笑点」メンバーも参加して華やかに賑やかに、少ししめやかに営ま・・・放送されました。

そのナレーションで、何度も何度も出て来た男性ベテランナレーターの「高座」のアクセントは、「頭高アクセント」の、

「コ\ーザ」

でした。また、歌丸さんの後の「笑点」の司会者となった春風亭昇太さんも、「頭高アクセント」で、

「コ\ーザ」

でした。ちなみに「私たちの高座」をイタリア語では、

「コーザ・ノストラ」

と言います。ウソです。それは、マフィアです。これ、前にも書きました。たまたま同じネタです。

「平成ことば事情2973 高座のアクセント」

「平成ことば事情3768 高座のアクセント」

「平成ことば事情5964 続・高座のアクセント」

もお読みください。・・・と書いて、よく見ると、「平成ことば事情5964 続・高座のアクセント」は、

「2016年1月20日」

に書きかけのままで、まだネットにアップしていなかった!(未完)

何を書きかけていたかというと、こんなことでした。

「桂春団治追悼番組で。小佐田定雄さんも、桂春の輔師匠も、

『コ/ーザ』

と『平板アクセント』でした!」

つまり、

「江戸落語では『高座』は『頭高アクセント』の『コ\ーザ』だが、

上方落語では『平板アクセント』の『コ/ーザ』だ」

と言いたかったのですね。

それにしても「平成ことば事情2973高座のアクセント」「平成ことば事情3768高座のアクセント」は、「同じこと」を「全く同じタイトル」で書いていたか。

改めて読み直してみると、「平成ことば事情3768高座のアクセント」と「平成ことば事情5964(未完)続・高座のアクセント」は、それぞれ「名人落語家が亡くなった時」なんですよね・・・。

「平成ことば事情3768 高座のアクセント」

=五代目・三遊亭円楽(2009年10月29日没)

「平成ことば事情5964(未完) 続・高座のアクセント」

=三代目・桂春団治(2016年1月9日没)

そして今回が、

=桂歌丸(2108年7月2日没)

さんです。合掌。

(2018、7、12)

2018年7月12日 21:02 | コメント (0)

新・ことば事情 (2018、7、10)

6859「ジジイ、早すぎる」

落語家・桂歌丸さん(81歳)が亡くなったことを受けて、『笑点』のメンバーが会見を行ったそうです。その中で、「笑点」の大喜利では、歌丸さんを目の敵にして「ライバル」を務めていた六代目・三遊亭円楽さんが、こう言ったそうです。

「ジジイ、早すぎる。」

この、

「ジジイ」

という言葉、それだけを文脈に置かないで聞くと、

「下品で乱暴な言葉」

で、決してお薦めできない言葉なんですが、円楽さん・・・いや楽太郎さんと言うほうが落ち着くな、楽太郎さんと歌丸さんのこれまでの付き合いの中で捉えると、

「なんて愛情深い言葉なんだろうか」

と思わざるを得ないですね。

毒蝮三太夫さんもラジオで、

「ジジイ、ババア」

を連発してるのに大人気だそうだし。毒蝮さん自身が、もうお年が「ジジイ」かもしれませんが・・・。

やはり「愛情」なのですね。言葉は難しい。誰もがマネをしていいというものではない。

不思議と言えば、

「ジージ」「バーバ」

と言うと「かわいらしい」のに、

「ジジー」「ババー」

と伸ばすところを変えると「憎たらしくなる」のは、なぜなんでしょうね?

言葉って、単語単独ではなくて、文脈の中で、いかようにも意味を持たせられる。そういうことを考えさせてくれる一言でありました。合掌。

2018年7月12日 21:01 | コメント (0)

新・ことば事情

6858「力尽く」

「力尽きる」

というのは「口語・現代語」ですが、

「力尽く」

というのは「文語」だと思います。

しかし「尽きる」だと「3文字」なのに対して「尽く」は「2文字」と、

「1文字少ない」

ために、割とよく新聞などの「見出し」で目にする表現です。

ところが、これを声に出して読んでみると、

「チカラツク」

となり、「口語・現代語」の感覚で言うと、

「力付く」

に聞こえて違和感があります。「力が付く」という意味です。

これは、先日「平成ことば事情6856」で書いた「袂を分かつ」の過去形を、「袂を分かった」とすると「分かった」が「理解した」の「分かった」のように感じられて違和感があるのと同じですね。

これらは「文語的」表現が「現代語表現」の中に取り入れられていることによって、従来の現代語表現と衝突を起こす現象と言えましょう。文法的には間違っていないのに、ヘンな感じがするのです。

こういった例は、他にも結構あるのではないでしょうか?

(2018、7、11)

2018年7月12日 19:39 | コメント (0)

新・ことば事情

6857「中華料理」

6月の新聞用語懇談会放送分科会で、

「『中華料理』という表現はよろしくないので、『中国料理』とすべきだと、以前、聞いたことがあるのですが、各社『中華料理』を『中国料理』置き換えていますか?」

と質問したところ、幹事社から、

「なぜ『中華料理』は『よろしくない』んですか?」

と逆に質問が出ました。

「たぶん『中華思想』の『中華』を、『料理』の上に付けるのが『よろしくない』のかと・・・。」

と答えたところ、参加社の中から、

「2014年9月の用語懇談会・関東幹事会で、これに関してNHKから質問が出た。その際に『NHKは「中国料理」としている』と言っていた。『中華思想』との関連だったと思う。新聞社で『中国料理とする』と決めている社はなかった。大体『中華料理』。データベースでは、過去10年で『中華料理』=625件、『中国料理』=409件だった。『中国料理』は『首相動静』で出て来る。一般的には『中華料理』」

という詳しい回答が。これに対して名前が挙がったNHKは、

「『NHKことばのハンドブック』の132ページに『原則「中国料理」とする』と載せている。「『中華料理』がダメ」とは書いていない。料理の名前は、原則として『国名+料理』という呼び方にしている。しかし『中華鍋』『中華そば』は使っている」

という回答。そして、話を聞いていたら、どうやらこれは、

「昭和40年代」

に決められて、そのまま変っていなかったようで、なぜ「中国料理」という表現が出て来たかというと、そもそもは、

「支那料理」

という呼び方の「支那」がダメなので、その言い換えで出てきたようなのです。

「支那」というのは、日本が中国を占領していた時代の呼び名なので、中国側から、

「使ってほしくない」

という要請が出て使わなくなった経緯があり、石原慎太郎・元東京都知事などが使って物議を醸したこともありました。

しかし、世の中全般としては「中華料理」のほうが一般的。そこでNHKでも、現在「中国料理」から「中華料理」への変更について、検討中なのだそうです。

そのNHKに対して、

「『国名+料理』が原則とすると、『台湾』は『国名』ではないので『台湾料理』とは言わないのか?」

という質問が。これについては、

「『台湾料理』は『中国料理』には入らない」

という立場だそうです。

しかしもし「料理の名前」には「中華」ではなく「中国」という「国名」を付けるとなると、

「冷やし中華」

が、

「冷やし中国」

となってしまいますが、そんなの、聞いたことがありませんし、「国名+料理」とするのであれば「省」(つまり地方・地域)の名前を使った、

「四川料理」

も使わずに、「中国料理」と括ってしまうのか?と尋ねたところ、

「(調べていないのでわからないが)たぶん『四川料理』は使っていると思う。」

ということで、必ずしも徹底されているわけではないようです。

また、他局の委員から、

「テレビ東京系列で上海支局のデスクを務めた者に聞いてみたところ、あくまで個人的な見解だと言いつつ、「『中国料理』は『本格的なもの』で、『中華料理』は『中国料理をベースに日本で完成された大衆料理』だと思う」ということだった。」

という意見が出て、「なるほど」と思いました。

(2018、7、11)

2018年7月12日 19:34 | コメント (0)

新・ことば事情

6856「袂を分かつ」

きょう(2018年4月3日)、ビートたけしさんの事務所からの独立問題がらみで、森社長とたけしさんが、ビジネスパートナーではなくなったということを指して、

「袂(たもと)を分かった2人」

という表現が出て来ました。これに違和感が。

「袂を分かつ」

という終止形での言葉は言いますが、これは「古語」ですよね?現代語で「分かつ」ではないですよね?

そうすると活用させると、

「袂を分かちぬ」

「袂を分かちぬる2人」

になるのではないか?と。

「古語」でも、「現代語」の中に「定型」として残っている表現はありますが、それを「現代文の活用」をするのはルール違反ではないのかな?と思ったので、

「袂を分かつ 二人」

と、「分かつ」と「二人」の間を少し空けるテロップにしたのですが。

これはどんなもんでしょうか???

これに関して、6月の新聞用語懇談会放送分科会で議題に出して、委員の皆さんのご意見を伺いました。口火を切って答えて下さったのは読売新聞からオブザーバー参加の関根さんでした。

『常用漢字表に「分かつ」は載っているので「現代語」ともいえる。活用させると過去形は「分かった」で正しい。しかし「分かった」という過去形は「理解した」という意味の「分かる」の過去形というイメージがあるので、「分ける」意味の「分かつ」の過去形としては「違和感がある」という気持ちもわかるので、「袂を分かつことになった」と表現すればどうか。』

その後各社から、

(ABC)「袂を分けた」ではダメなのか?

(ytv)あくまで「袂を分かつ」という「慣用句」を使いたいみたいなので・・・。

(テレビ大阪)「関係を断った」のように言い換えてみてはどうか。「袂を分かった」で過去形は正しいとしても、「分かつ」はやはり「文語」だろう。

最後に、日本新聞協会の用語担当のご意見番・伊藤氏が、

『「袂を分かって」という「連用形」なら違和感はない。本来「文語」だが「常用漢字表」に載っている動詞としては、「間違える」の意味の「あやまつ」がある。これも過去形にすると「あやまった」になって「謝罪」しているような感じがして違和感がある。』

と意見を述べて、この議題はオシマイになりました。

(2018、7、11)

2018年7月11日 19:06 | コメント (0)

新・ことば事情

6855「抜去」

国会議員の事務所などが入っている参議院議員会館の敷地内に、なんと「大麻草」が生えていることが分かり、東京都福祉保健局の担当者によって、

「抜去」

されたそうです。(6月22日)

この「抜去」という言葉、読み方は、

「ばっきょ」

でしょうね。意味は、字の示すごとく、

「抜き去る」

でしょうが、あまり目にしない言葉です。

国語辞典には載っているのか、調べてみました。

『広辞苑』『明鏡国語辞典』『新明解国語辞典』『旺文社標準国語辞典』『デジタル大辞泉』『三省堂国語辞典』『現代国語例解辞典』『岩波国語辞典』『精選版日本国語大辞典』『NHK日本語発音アクセント新辞典』にも「抜去」は載っていませんでした。

もしかしたら「専門用語」かもしれませんね。同じような響きで全く別の言葉、アメリカンフットボール用語の、

「罰退(ばったい)」

も載っていませんでしたから。

グーグル検索では(7月9日)、

「抜去」=58万4000件

出て来ましたが、その上位に出て来たものを見ると、どうやら、

「歯科用語」

として、よく使われているようです。すなわち、

「歯を抜去する」

というような形で。また、やはり医学関連では、

「自己抜去」

という言葉も出てきて(看護用語)、これは、

「患者が点滴のチューブなどを無意識、あるいは、故意に引き抜いてしまうこと」

だそうです。他にも、

「カテーテルの抜去」

がありました。ということは「抜去」はそもそも、

「医学用語」

のようですね。それを「大麻草」に使うというのは、

「大麻草は医学用語」

という判断なのですかね?

(2018、7、9)

2018年7月 9日 18:57 | コメント (0)

新・ことば事情

6854「国手」

海堂尊さんの『ブレイズメス1990』(講談社文庫)を読んでいたら、127ページに、

「さすが天下の国手 佐伯教授ですね」

というセリフが出て来ました。また、その続編『スリジエセンター1991』(海堂尊、講談社文庫)の109ページにも、

「超然としているのが白眉の国手、佐伯清剛教授だ。」

298ページにも、

「でも天城先生の後ろ盾に白眉の国手、佐伯病院長が控えていることが問題なんだ。」

というセリフがありました。この、

「国手(こくしゅ)」

ってどういう意味?辞書に載っているんでしょうか?さっそく辞書を引いてみました。

『広辞苑』では、

「国手」=(1)(国を医する名手の意)名医。名人の医師。(2)囲碁の名手。

とありました。載ってるんだ!

『明鏡国語辞典』も、

「国主」(1)名医、また、医師の敬称。△国を医する名手の意から。(2)囲碁の名人。

とこれもほぼ同じシンプルな記述。

『新明解国語辞典』は、

「国手」=(「上医は国を医し、その次は人救う」ということから)「医師、特に名医」の意の古風な表現(広義では、碁の名人をも指す)。

と、少し詳しく載っていました。私にとってはあまり聞いたことがない言葉だったのは、私が医者にはあまり縁がないからのか、古風な表現をあまり目に・耳にしなくなっているからかわかりませんが、一つ言葉を覚えました。

(2018、7、6)

2018年7月 6日 18:44 | コメント (0)

新・ことば事情

6853「酒類の読み方」

「酒類販売業」「酒類販売免許」

のような、

「酒類」

の読み方は、

「シュルイ」「サケルイ」

のどちらでしょうか?6月21日の日本テレビ「スッキリ」に出演していたレギュラーコメンテーターの男性(経済評論家?の人)は、

「サケルイ」

と言っていました。たしかに「シュルイ」と言うと、

「種類」

と間違うような気がしますから、

「サケルイ」

のほうがわかりやすい気がします。これは、

「期日前投票」

の「前」の読み方は、総務省的には、つまり正しくは、

「ぜん」

なのですが放送では、聞いて、よりわかりやすいように

「まえ」

と読むようにしているのと似ています。

私が引いてみた6種類の国語辞典(『広辞苑』『三省堂国語辞典』『明鏡国語辞典』新明解国語辞典』『精選版日本国語大辞典』『デジタル大辞泉』)では、「酒類」の見出し(読み方)は全て、

「シュルイ」

でした。『NHK日本語発音アクセント新辞典』には「酒類」は「シュルイ」も「サケルイ」も載っていませんでした。

と、するとアクセントは?『新明解国語辞典』で見てみると、「酒類」「種類」共に「頭高アセント」の、

「シュ\ルイ」

でした。

(2018、6、21)

2018年7月 5日 17:06 | コメント (0)