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『道浦TIME』

新・ことば事情

6010「ハスか?スイレンか?」

 

 

2月23日の「ミヤネ屋」の放送で、清原容疑者が、

「ハスが、一番好きな花です」

(メールで)言ったという際の説明で、「ハス」の花のイメージ写真が写っているのですが、この写真の花が、

「『ハス』ではなく『スイレン』だ」

という視聴者からのご指摘がありました。

結論から言うと、「視聴者のご指摘通り」なのですが、間違っていた(「スイレン」の写真を載せていた)のは、「スポーツニッポン」(東京版)2月10日付紙面で、「ミヤネ屋」で作ったVTRでは、正しく「ハス」の花のイメージ映像を出していたということのようでした。しかし、「スポニチ」の写真が間違っているということには、全然、気付いていませんでした。

ちなみに「ハス」と「スイレン」の見分け方は、主にですが、

*「ハス」 

=(1)茎が水面から伸びて、その先に花が咲く。

 (2)葉っぱは、完全に閉じた円形で、水面に浮かんでいる。

*「スイレン」

=(1)茎が水面下にあり、花が水面に浮かんでいるように咲く。

 (2)葉っぱは円が少し割れて「カニのハサミ」のような形をしていて、

水面から離れて伸びた茎の先にある。

のだそうです。

「ハス」はお釈迦様の「仏教画」に出て来ますし、「スイレン」は「モネ」の絵で有名ですね。3月1日からの京都市美術館での「モネ展」にでも行って勉強するとしましょう。

それにしても、視聴者の方はよく見ていますね。勉強になりました!

 

(2016、2、24)

2016年2月29日 22:53 | コメント (0)

新・ことば事情

6009「貯玉・貯メダル」

 

 

車で走っていて、信号待ちのときに目に入った、大阪・枚方市のパチンコ屋さんの看板にこんな文字が。

「貯玉、貯メダル始めました」

「貯金」は知っていますが、

「貯玉」

は、意味は大体わかりますが、初めて見た気がします。ましてや。「貯メダル」!違和感ありありです!

「ボトルキープ」

みたいな感じですかね。固定客、リピーターを増やすための作戦だと思いますが、ふつうは玉を貯めずに「景品に交換」するのではないかな?という気もしますけど、お年寄りなどは「遊ぶことが目的」で「貯玉・貯メダル」をするのでしょうかね?

グーグル検索では(2月29日)

「貯玉」  =40万9000件

「貯メダル」= 8万7800件

でした。

と、ここまで書いて、「待てよ」と。「貯玉」、以前に見たことがある気がして来たぞ。

「貯玉・道浦」

で検索したら、出て来ました!「平成ことば事情2638」のタイトルが、ズバリ「貯玉」でした。書いたのは、2006年の9月9日。ちょうど10年前ですね。その際に見かけたパチンコ屋さん(大阪・茨木市)の看板は、

「全貯玉、再プレイOK

でした。これが、私が「貯玉」を目にした最初だったんですね。当時のネット検索(グーグル検索)では、

「貯玉」=101000

でした。それから10年で「4倍」になっていますね。

「玉を預けると、利子の玉がつくのかな?」

という疑問が出て調べています。それによると、

「玉・メダルをその日のうちに景品と交換しなくてもよいため、例えば閉店間際で混雑した景品カウンターに並ぶ必要がありません。端玉を貯めることができるので、欲しくない物と交換する必要がありません。また、一回の遊技では手が届かなかった高額な景品なども、貯玉をためれば交換することができます。」

なるほど、なるほど。そういうことか。この10年間、いや20年以上、一回もパチンコ屋さんに行ってないので、全然わかりませんでした。

また、読み方について、「ちょだま」か「ちょぎょく」か?という疑問についても、当時書いていますが、これは「ちょだま」でしょうね。

 

(2016、2、29)

2016年2月29日 22:51 | コメント (0)

新・ことば事情

6008「パヤパヤ」

 

 

このところ、日本テレビの『月曜から夜ふかし』で、マツコ・デラックスさんが連発している言葉(ギャグ?)に、

「パヤパヤ」

があります。私なんかの語感だと「パヤパヤ」は、

「やめてけれ」

で一世を風靡した、

「老人と子供のポルカ」

を思い出します、ズビズバー、左卜全。マツコさんは、

「恵比寿の個室合コンで、パヤパヤしてるんでしょ」

などと怒気をはらんだ声で話しています。

意味合いから言うと、

「イチャイチャ」

とか、その昔に流行った

「ニャンニャン」

に当たるような感じですが、「パ」という「半濁音」が、

「あっけらかんとした能天気さ」

を示しており、また「ヤ」という「あの母音の明るさ」は、「イチャイチャ」「ニャンヤン」にあった「拗音の粘り気」がありません。その分「あっけらかん」として

「何も考えていない感じ」

が強調されているように感じます。その「何も考えていない」ことに、マツコさんは苛立ちを覚えるのではないでしょうか?

また「恵比寿」という土地にも、かなり、

「恨みの感情」

を持っているように感じます。ある意味、具体的な地名として「恵比寿」を例示するのは、「悪意」を感じますもんね。一体、何があったのか?ぜひ、「夜ふかし」で取材してほしいものです。

 

(2016、2、29)

2016年2月29日 20:49 | コメント (0)

新・ことば事情

6007「彷徨う」

 

 

報道フロアでコピーしていると、そのコピー機の隣の席にいる女性スタッフから質問を受けました。

「『テプラ』で『彷徨う』(さまよう)と打ちたいのですけど、どうすれば出ますか?」

と質問を受けた。

「それは『ほうこう』で変換してみたら?」

と言うと、すぐに

「彷徨」

と出ました。

「それに平仮名の『う』を打てばいいね」

「すごーい!」

と尊敬されました。ついでに、薀蓄を垂れました。

「昔、"新田次郎"って人の作品に『八甲田山死の彷徨』というのがあって映画化もされたけど、僕はその本で『彷徨(ほうこう)』って言葉を覚えたんですよ。中学生の時。新田次郎は気象庁に勤めていて、登山が趣味だったので山岳小説が多かったね。『アイガー北壁』とか『栄光の岩壁』とか『孤高の人』とか『聖職の碑』とか。その後作家一本でやるようになったけど。この人の息子さんが、"藤原正彦"っていうお茶の水女子大の教授をやっていた人で、『国家の品格』などのベストセラーも書いた人で、また新田次郎の妻・藤原正彦の母親の"藤原てい"は『流れる星は生きている』という、中国大陸から引き揚げて来る際の話を書いて、これまた、戦後すぐの時期にベストセラーになった本があるね。ちなみに、『さまよう』は和語で、意味が似ている『彷徨』という漢字をあてた『当て字』だし、熟字訓でも採用されていないから、今のパソコンのワープロ機能なら変換で出るかもしれないけど、『テプラ』では出ないだろうね。」

「勉強になりました。ありがとうございます!」

いえいえ、こちらこそ、おっさんの話相手になってくれて、ありがとうございました。

 

(2016、2、26)

2016年2月29日 11:47 | コメント (0)

新・ことば事情

6006「停波」

 

 

2週間ほど前の、高市総務大臣の、

放送局の電波を停止させることもありうる」

というふうに取れる趣旨の発言(答弁)をして論議を呼んでいます。その後、

「そういう意図ではなかった」

という発言もしているようにも見えますが、その関連のニュースを読んでいた、2月10日の日本テレビ「every.」の女性アナウンサーが、「電波が止まる」という意味の「電波停止」の略語

「停波」

という言葉を、

「テ/イハ」

「平板アクセント」で読んでいたので、違和感を覚えました。

私は、入社以来32年間、ずっーーと、

「テ\イハ」

「頭高アクセント」で読んできたからです。周囲でもみんな「頭高アクセント」でした。それは「関西のテレビ局」だからでしょうかね?

これは辞書を引いてみなくちゃ!ということで、さっそく引いてみると、なんと、この言葉、『NHK日本語発音アクセント辞典』にも『日本国語大辞典』も、『広辞苑』も『新明解国語辞典』にも載っていないのです!

「停○」

という語構成の言葉は、他にどういうものがあるかを考えると、

「停止」(テ/イシ)

「停電」(テ/イデン)

「停車」(テ/イシャ)

「停滞」「(テ/イタイ)

「停泊」(テ/イハク)

などが思い浮かびますが、たしかに、これらのアクセントは全て、

「テ/イ○○」

「平板アクセント」です。しかし、逆に、

「○○波」

という語構成の言葉を考えてみると、

「電波」(デ\ンパ)

「周波・秋波」(シュ\ーハ)

「音波」(オ\ンパ)

「電磁波」(デ/ンジ\ハ)

など、「平板ではないアクセント」ばかりです。特に「2文字」の、

「○波」

「頭高アクセント」です。「波」ではありませんが、尾形光琳などの障壁画などの流派、

「琳派」(リ\ンパ)

「頭高アクセント」で、

「流派」(リュ\ーハ)

「宗派」(シュ\ーハ)

「頭高アクセント」です。

そして今回の「停波」は、「電波・停止」の意味の略語ですから、「停○」のアクセントパターンではなく、「電波」と同じ「頭高アクセント」の、

「テ\イハー」(テ\ーハ)

がふさわしいと思うのですが、いかがでしょうか?

2月17日の日本テレビ「ニュースゼロ」で、男性アナウンサーは、「停波」を、

「テ\イハ」

と「頭高アクセント」で読んでいました。

結局、今のところ「平板アクセント」で読んでいるのを聞いたのは、2月10日の「every.」の女性アナウンサーだけ、ということです。

あ、それと、実際の発音では「イ」は発音せずに「長音」で、

「テ\ーハ」

ですね。

 

(2016、2、18)

2016年2月28日 18:15 | コメント (0)

新・読書日記 2016_034

『脳・戦争・ナショナリズム~近代的人間観の超克』(中野剛志・中野信子・適菜収)

 

 

中野剛志・中野信子・適菜収という3人の鼎談集。

中野剛志さんと適菜収さんは名前を知っていて、本を読んだこともあるが、中野信子さんという人は知らなかった。最初「中野剛志さんの奥さんかな?」と思ったけど、違うみたい。1975年生まれの脳科学者。本の帯にこの3人の肖像が載っているのだけど、適菜収さんだけ、「ふざけた似顔絵」というか、なんか一筆書きか落書きの様な感じの絵で、他の2人は写真。適菜さんは「顔出し不可」なのね。ネット論壇の人は顔を出さない人が多いというようなことを聞いたことがあるが。狙われるからか?

世の中の様々な政治的な出来事に関して、「脳科学の視点」から分析していくという、かなり画期的なおもしろい視点の鼎談。

帯の赤字の文句は、

「脳内物質オキシトシンが 人類を戦争に駆り立てる」

という扇情的なもの。で、一体「オキシトシン」って何?

この本を読むと「オキシトシン」とは、人間が集団になると幸せを感じるという、

「幸せホルモン」

なんだそうだ。集団だと愛着がわき、妬みの感情を強める、つまり「内集団バイアス」が強まるのだそうだ。関連の記述で言うと、

「オキシトシンを投与すると、妬みに感情は強まる」(203ページ)

「オキシトシンは子宮頸部を刺激すると分泌される。出産を経験すると、オキシトシン濃度は高まる。オキシトシン濃度が高まった途端、向社会性が高まり、些細なことから紛争が勃発する」

どーなんでしょうか?今の日本にとって、実は一番大きな課題は、

「いかにして戦争をしない、戦争に巻き込まれない、で平和を保っていけるか」

だと思う。その意味では「戦争に駆り立てる原因」が、その「脳内物質オキシトシン」を抑えることができれば、戦争を未然に防げるのでないか?とも思うのだが。

目次などを見直して、読んで面白かったところは、と言うと、

「近代を疑え!」

「保守の本質は女性的」

「観相学で『左翼はみんな丸メガネをかける』。大江健三郎、坂本龍一、井上ひさし・・・」

「女性が不安がるのは、セロトニンが少ないから」

「ドーパミンの多い民族は外交上手だが、浮気もする」

「特に男性は、外見と知能の関係性が、女性より強い」(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのサトシ・カナザワ准教授の研究)

「幸せな女性のほうが右っぽくて、不幸な女性が左っぽい」(203ページ)

なんだか、人間&民族の行動が、全て「脳内物質の分泌」で決まっているかのような感じ。ホンマかいな。

「日本人は『保守的』な個体が遺伝子を残しやすかった」

「『聖的なもの』がなくなると社会は崩壊する」

「ISはなぜ古代遺跡を破壊するのか」

「グローバリゼーションの申し子・IS」

「左翼がナショナリズムを嫌う理由」

「『知能』は暴走進化である」

「賢いからこそバカを支持する」

「オキシトシンの出にくい人は橋下支持?」

「正しいを美しいと錯覚する脳」

「腋のにおいが子作りのためのフェロモン」

「サイコパスは正義を擬態する」

「政治は二十年遅れでしか進まない」

「観察者がいて真理が決まる」

などなど、どれも興味深かった。刺激的な内容です。

ところで、

「安倍首相は成蹊大学を出ているのに『成』の字が書けなかった」(34ページ)って、ホンマかいな。(2度目。)

オルテガの『大衆の反逆』やD.リースマンの著作、やっぱりちゃんと読んどかなきゃだめだなと思いました。

 

 


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(2016、2、4読了)

2016年2月28日 12:12 | コメント (0)

新・ことば事情

6005「空気感」

 

 

2月24日の日テレ『スッキリ!!』で、デジカメが主流の現在、フィルム付きレンズの

「写ルンです」

がブームだという話題を放送していました。その中で、なぜ「写ルンです」なのか?という問いに対して答えた、「写ルンです」愛用者の女性が、

「デジカメとは違う『空気感』がいい」

と言っていました。この、

「空気感」

という言葉、何気なく聞き逃しそうですが、恐らく「辞書に載っていない言葉」なのではないでしょうか?同じ意味の別の言葉に言い換えると、

「雰囲気」「ニュアンス」

のような言葉になると思います。グーグル検索では(2月24日)、

「空気感」=97万8000件

も出て来ました。「ウィキペディア」では、

*「空気感(くうきかん)とは芸術表現に用いられる形容の一つ。そのものが直接的に表現されていなくても、間接的な情報のみで存在することが示唆されている様子を表す。写真表現で用いられる場合は、二次元である写真がまるで立体のように見えることを指す。(以下略)

とあり、まさに今回のケースに当てはまる言葉です。そうか、「写真」関係の専門用語なのか。でも最近、一般の会話でも耳にする気はします。

また、ネットの「goo辞書」では、

*「人や場所などがもつ雰囲気。また、写真や映像などで、その場の雰囲気を感じさせる表現のこと。()『旅の―を楽しむ』『―のある写真』

として、「写真、映像」が元だけど、より広い意味でも使われている例が載っていますね。

本当に「辞書に載っていない」のか、実際に「国語辞典」を引いてみましょう。

『精選版日本国語大辞典』『明鏡国語辞典』『デジタル大辞泉』『新明解国語辞典』『岩波国語辞典』『広辞苑・第6版』には「空気感染」は載っていても、「空気感」は載っていませんでした。

しかし、新しい言葉をいち早く載せることで有名な『三省堂国語辞典・第7版』を引くと、やっぱり載せていました!

*「空気感」=ふんいき。(例)ユーモラスな空気感

さすが、飯間さん、早い!シンプルです。「三国」が載せているということは、かなり世の中で使われている言葉であるということだと思います。 

 

(2016、2、24)

2016年2月27日 18:14 | コメント (0)

新・読書日記 2016_033

『ショッピングモールから考える~ユートピア・バックヤード・未来都市』(東浩紀・大山顕、幻冬舎新書:2016、1、30)

 

 

哲学者・東浩紀と、"工場萌え"の写真家・大山顕の対談集。東は1971年生まれ、大山は1972生まれの同世代だ。私よりは一回り若い。

冒頭、今、日本全国に広がっている「ショッピングモ-ル」は、日本のみならず全世界に広がっているとして紹介されるのは、シンガポールのセントーサ島へ渡る入り口にあるショッピングモール「ヴィヴォシティ」(設計は、あの伊東豊雄さんだって!)と、UAE・ドバイにある「ドバイ・モール」、そしてアメリカ・ミネアポリスの「モール・オブ・アメリカ」の3つ。読んでいて驚いたのだが、なんとこのうち「ヴィヴォシティ」と「ドバイ・モール」には行ったことがあった!そういえば...と思い出す。「ドバイ・モール」は印象深く、「世界は今、こうなっているのか!」と驚いたし、同じくドバイの空港も、その規模と、24時間稼働の実態を見て本当に驚いた。それが、6年前(2010年)の夏のことだ。

この本は、「ショッピングモール社会学」とでも言うべき"新しい視点"を打ち出している。「ショッピングモール」は、「新しい公共」を打ち出す「場」として機能しているのだという。また、「モール」は「内と外が逆転した新たなユートピア」(第2章)であると。確かに建物の「外観」はあまり気にせず、「内装」が全て。しかもその「内部」は窓がなく閉じていて、直線的ではなく「曲線」で構成されている。つまり「見通しが利かない迷路性」を持っているのだが、その一方で、どの国のどのモールでも言葉が分からなくても「トイレ」のある場所などは、"直感的にわかる"ように配備されているという。そして閉ざされた「内部」は、一定の気温・湿度に保たれた「ユートピア」。特に砂漠地帯にある「ドバイ・モール」などでは、「ショッピングモール」は「オアシス」なので、その内部に「水」(水路や噴水)が組み込まれているという。日本の「モール」がそれほど「水」にこだわらないのは、砂漠ではなく水に恵まれた「温帯」だからではないか?などと言っている。しかし、そんなことはないよ!日本でも「地下街」には「噴水」や「川」があったよ!

そもそも、日本でまだ「モール」なんて言葉が一般的ではなかった1970年代前半からから、私は「モール」を身近に活用して来ました。大阪・枚方市にある「くずはモール」です。当時のモールは「開放的」で、決して閉じてなどいなかった。当時「閉じていた」のは、「地下街」です。特に日本一の面積を持つ「大阪の地下街」は、もちろん「閉じている」し、「窓はない(地下だから当然)」し、一定の温度、そして、さっきも言ったように、「虹の街」や「阪急三番街」には「川」や「噴水」があったので、今の「ショッピングモール」の原型は「地下街」にあるのではないか?と読んでいて思いました。これは著者たちより10年早く生まれている分、知っていることもあるということですね、肌感覚で。ということは、私より10歳年上の人たちは「違う違う、そうじゃないんだよ!」という私たちの知らないことを、知っているのかもしれませんね。

今の「ショッピングモール」は「空港」にも似ているし、「クルージング船」にも似ている。はたまた「宇宙船」にも!(同じ「船」だしね。)また「ディズニーランド」のようなテーマパークも、閉じられた世界に「一つの別世界」を作るという意味では「ショッピングモール」と似ていると、話は広がって行って、大変面白い。「イッツ・ア・スモール・ワールド」「カリブの海賊」などのアトラクションも、閉じられた空間に世界を封じ込めて、しかも「水路」で行くなんて、「モール的」ですね!知的興奮を覚える一冊です。

 

その後、以前読みかけた本を見ていて「あっ、そうか!その視点もあったか!」と思ったのは、酒井順子の『裏が、幸せ』。「裏」とは「日本海側」、いわゆる「裏日本」と差別的呼称で呼ばれていた地域のことである。「表日本」=「太平洋側」の「都市(都会)」で生まれ育った著者(酒井順子)にとって、「裏日本=日本海側」の豊かさは、ものすごく目新しく、「こちら側に本当の幸せがあるのではないか」と感じたことについてのエッセイ集。(まだ、読みかけですが。)

「裏日本」は、「表日本」へ向けての「供給基地=バックヤード」であった。「表日本」=「太平洋側」は「消費地」である。これって「ショッピングモール」の「内と外」に似てませんか?「バックヤードの見えないショッピングモール」と、「ひたすら消費し続ける表日本と、バックヤードとして供給を続ける裏日本」。「電力」の供給で、福島・福井が、関東・関西へ電気を供給しているのも、同じ構図では?

「都市」とは「人が合理的に集積(密集)して、効率的に消費する場所」。それはまさに「ショッピングモール」なのではないか?

次の本では、ぜひこのあたりまで議論を広げてほしいなあと思いました。(一部、「福島原発の遊園地化計画」という、ちょっと聞くと「何を考えてるんだあ!」と怒られそうな話が出てきて、その辺りとも、これはちょっと関連するかもしれません。)

 

 


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(2016、2、18読了)

2016年2月27日 12:13 | コメント (0)

新・ことば事情

6004「難度の高い技」

 

 

水泳の「飛び込み」のリオ五輪へ向けての大会のニュースで

「難度の高い技」

という言葉が出て来ました。この中の、

「難度」

という言葉、同じ意味で、

「難易度」

という言葉も出て来ることがありますが、今回の場合は「難度」が妥当でしょう。

これが、

「難しいか易しいか」

だと「難易度」を使うのも「あり」ではないかと思います。

*「難度」=ベクトルが、一方向

*「難易度」=ベクトルが、左右二方向

という違いがあるように感じますね。

2016年2月26日 10:13 | コメント (0)

新・読書日記 2016_032

『七つの会議』(池井戸潤、集英社文庫:2016、2、25)

 

 

「池井戸潤 文庫最新文庫!」

という帯の文句につられて、つい買ってしまってから、

「たしかこれ、家に昔、買った単行本があったはず」

と思ったが、

「まあ、いいや!読みやすい形の本で読むのが一番!その単行本、買ったけどまだ読んでないもんな」

と思い直して読み始めたら、止まらない面白さ!500ページ近い本書を、2日かけてほぼ一気読みしてしまった!

うーん、「七つの会議」を中心とした「8章」で、最初の主人公から、もう一人の主人公に上手く話が回っていく。やはり映像をイメージしてしまう小説だ。既にテレビドラマ化、されたよね、他局で。

「ソニック」という大阪本社の電機メーカーは、誰でも「パナソニック」をイメージしてしまうが、まあ、必ずしも特定の実在の会社ではないでしょう。その子会社で起きた小さな「パワハラ」事案が、実は「大きな問題」につながっていくというミステリー。針の穴からどんどん「らせん状」に(?)深く広がっていく闇は、グイグイと読者を引きずり込んでいきます。

 

 


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(2016、2、22読了)

2016年2月25日 17:19 | コメント (0)

新・ことば事情

6003「じょせいき」

 

 

2月22日放送の日本テレビ『月曜から夜ふかし』を見ていたら、

「最近のあなたに関するニュースは?」

という街頭インタビューの質問に、東京・日暮里駅周辺にいた、「芸能界」で働くことを目指してるという千葉県我孫子市在住の若い男性アルバイターが、こう答えました。

 

「最近『じょせいき』が出るようになりました」

 

え?何言ってるの?いくら深夜の番組でも、テレビカメラに向かって、それはないでしょう?男性でしょ、あなた?

間違いなく、インタビューしていたディレクターも同じ思いで、

「え?なんですか?」

と聞き返したところ、若い男性は、

 

「最近、『じょせいき』が出るようになりました・・・あ、『女性キー』、『女性のキー』が出るようになったんです」

 

こるあ!「の」は省略するなー!あービックリした!

彼はその後、ディレクターのリクエストに応えて「女性キー」を披露していました。

ああ、びっくりした!

ちなみに、この日の『月曜から夜ふかし』の視聴率は、関西・関東ともに「9,4%」でした・・・・。

 

(2016、2、24)

2016年2月25日 16:11 | コメント (0)

新・読書日記 2016_031

『現代日本バカ図鑑』(適菜収、文藝春秋:2016、1、15)

 

 

タイトルからして、ちょっと手を出しにくい「品のなさ」。そこで取り上げている人たちの「品のなさ」は、更にそれを上回る。とても危険な一冊。こんな本を読んでいることがバレたら、品性を疑われること、必至である。でも、つい、読んでしまう。

2013年5月から2015年8月までに『週刊文春』に連載された「今週のバカ」をまとめたもの・・・ってことは、『文春』を愛読している私は、読んでいるはず。でも改めて読むと勉強になった。第1章で取り上げられた「バカ」は、石原新太郎、小沢一郎、、東国原英夫、細野豪志、橋本徹、松井一郎、鳩山由紀夫、菅義偉、菅直人、山本太郎、アントニオ猪木と、「政治家」ばかり(タレント政治家もいますが)。政治家以外で名前が挙がっているのは、三木谷浩史と辛坊治郎・・・ウン?辛坊治郎?取り上げられてるんだ!シンボウさん!と改めて。ヨットがクジラにぶつかって自衛隊に救助された時の写真が使われています。

第2章では野田佳彦、松井一郎(2回目)、徳田毅、橋本徹(2回目)、安倍晋三、小泉純一郎、黒岩裕治、山本太郎、朴槿恵、江田憲司、細川護煕、小泉純一郎(2回目)、河村たかし、河野洋平、安倍晋三(2回目)、唯一の「政治家以外の有名バカ」とされているのが、みのもんた。何回も取り上げられるのは、それだけ「バカ」度が高いと筆者は判断しているのであろう。全部書くのは面倒だし、読んでもらえばいいから、このへんにしておきますが、こんな調子で全部で「5章」まであります。毒舌は面白いが、少し食傷気味になります。

しかし、やっぱり「きっちり」しないといけない職業の人たちが「きっちりしていない」ということが、「この2年間だけ」でも、こんなにあるんだと思うと、本当にうんざりです。

最後に、「バカボンのパパ」みたいに、「これでいいのだ!」と言えないところが、悲しい。

 

 


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(2016、2、20読了)

2016年2月25日 11:18 | コメント (0)

新・ことば事情

6002「丒澤」

 

 

一昨年11月~12月にかけて、神奈川・川崎市の老人ホームで起きた3件の転落事故、実は、職員が投げ落としていた連続殺人事件であることが分かりました。おぞましい事件です。

その被害者となった3人の内の一人、

「丑澤民雄さん(当時87)」

の「名字の表記」ですが、全国紙(読売・朝日・毎日・産経・日経)はすべて、「澤」の字は略字の「沢」で書いて、

「丑沢」

としています。私が見た限りでは、日本テレビ・読売テレビ、テレビ朝日も、簡単な

「沢」

っです。ところが!NHKのニュースでは、難しい正字の「澤」を用いるのはもちろんのこと、干支の「ウシ」でおなじみの「丑」の字も、

「丒」

という、見たこともない字体で書いていたのです!「刃」の下に「一」がある字です。もちろんこれは、

「異体字」

ですが、おそらく「俗字」なのではないでしょうか?

人名で使う漢字は、一応、法務省管轄の「人名用漢字表」で「862字」が定められ、それプラス「常用漢字表」に載っている漢字「2136字」の合計「2998字」が使えますが、「名字」の字体に関する決まりは、恐らくないのではないでしょうか?

「渡辺」の「辺」の字体が「何十種類」もあるのは、よく知られていますが、新聞や放送では、原則、

「簡単な、わかりやすい字体を用いる」

ことになっています。ただ、

「本人から強い要望があった場合」

は、この限りではないのですが、どこまでそれを受け入れるのかは、とても難しい問題ですね。

先日、日本テレビの『スッキリ!!』では、「渡辺」の「辺」の字体が「邊」「邉」など、

「よく見ないと違いが分からない字体」

がたくさんあることに目を付けた、

「20種類の『辺』の異体字を合わせる"神経衰弱"のカードゲーム」

を紹介していました。あれはちょっと、面白そう。

そしてまた先日、文化庁が、

「漢字の字体の『とめ・はね』などは、どれか一つが絶対正しいというものではない」

ということを、改めてアピールしていました。「手書き」と「印刷体」はそもそも違うのです。しかし、ワープロソフトの普及で、

「字は、打つもの」

になり、「打って出た活字体」が「規範」になってきたことで、

「手書きの、人によって幅のある字体が、許容されなくなって来ている」

と言えるのではないでしょうか。

いま、世の中は「不寛容の時代」に突入し、「コンプライアンス」に雁字絡めになっていて、

「ルールから少しでも外れるとアウト!」

という雰囲気になっていますが、今回の文化庁のアピールは、

「それが『漢字の字体』にまで及んで来ている」

ということへの"警鐘"ではないでしょうか。

 

(2016、2、18)

2016年2月24日 23:08 | コメント (0)

新・読書日記 2016_030

『英国郵便史 ペニー・ブラック物語』(内藤陽介、日本郵趣出版:2015、11、15)

 

 

著者の内藤さんから贈って頂いた。ありがとうございます。読むのが遅くなってすみません。

「ペニー・ブラック」

こう聞いて、すぐにそれが指すものが分かる人は、どのくらいいるのだろうか?

実は私は、小学校2年生の時から知っていました。1969年(昭和44年)、今から47年前ですね。当時流行していた切手収集が趣味だった私は、切手の歴史などにも興味を持ち、1840年に世界で初めて発行された切手=イギリスの「黒い1ペニー切手」、通称「ペニーブラック」と、「郵便の父」と呼ばれる「ローランド・ヒル」について、「水原明窓さん」という方が書かれた冊子を読んで知っていました。「ポンド」の下の通貨単位が「ペンス」で、「ペンス」は複数形で、単数形は「ペニー」と呼ぶことも知っていました。そして、その話を、小学校の国語授業の中で当時行っていた、興味のある出来事について1分か2分、話すという「お話の時間」(つまり、「スピーチ」ですね。当時の担任の久保井寛子先生、先進的な国語教育をされていたと思います。毎日「詩」も書いていました。そして大阪の堺市では「はとぶえ」という月刊の冊子があって、そこに小学生たちの作文や詩、習字の作品を出して、優秀作が掲載されていました。))に披露したのを、今も覚えています。(あれって、聞いてるみんなは、分かってくれたのだろうか?)

本書で47年ぶりに、「ペニー・ブラック」と再会(と言っても、実物にお目にかかったことはないのだけれど)を果たすことが出来ました。

内藤さんったら、いきなり「もし、『ペニーブラック』を買うとしたら、使用済み切手なら、結構、手軽に手に入りますよ」なんてお誘いをかけているが、まあ、買うことはないでしょう。(でも、「一番安い種類のだと、5000円とか」言われると...ちょっとだけ、食指が・・・)

本書はカラー写真をふんだんに掲載し、しかも109ページというコンパクトさ。(お値段は、2350円+税と、少し値が張りますが)内容は、2段組み(本当は3段だけど、写真があったりするので、文章は1段か2段)で、内容は大変濃い。

切手が登場する前のイギリスの郵便制度の話から始まって、「ヘンリー8世」の時代(16世紀)の駅逓長官の話など興味深い。「ヘンリー8世」って、離婚できないカトリックを嫌って「英国国教会」を創っちゃった王様でしょ?本書には、こう記されている。

「世継ぎを確保し、自らの性欲を満たすため、生涯に何度も離婚と結婚を繰り返した国王としても知られ、1535年、英国国教会を創立したことでも有名です」

世界史の教科書には「性欲満たすため」なんて、絶対に書かれていませんから、これは「大人のおも・・」もとい、「大人の教科書」ですね。しかもちゃんと「ヘンリー8世の肖像が描かれた切手」もカラーで載っていて、

「こんな『トランプのK(キング)』に出て来そうな顔をしたヤツだったのか、ヘンリーは!」と思いました。

1か所、36ページに「誤植では?」と思われる箇所が。(最近、こんなの見つけてばっかりで、済みません)恐らくですが、

×「星室庁」→○「皇室庁」or「王室庁」では?

と思ってネット検索したら、合ってました!あったんですね、

「星室庁」

というのが!ウィキペディアですが、

『「星室庁(せいしつちょう)」=(The Court of Star Chamber)は、テューダー朝からステュアート朝前期のイングランドにおいて、国王大権のもと開かれた裁判所である。』

知りませんでした。勉強になりました、ありがとうございます!

 

 


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(2016、2、22読了)

2016年2月24日 21:16 | コメント (0)

新・読書日記 2016_029

『冒険訓~「辛坊訓2」』(辛坊治郎、光文社:2014、9、20)

 

 

光文社発行の週刊誌『FLASH』に連載しているコラムをまとめたもの。この単行本は出てすぐ買った(最近は、辛坊さん、くれないので。それと、売り上げにささやかながら貢献しようと思って。)週刊誌のコラムは毎週、会社で読んでいるので「まあ、読まなくても...」と思っているうちに1年半が経ち、「そろそろ読んでおかないといけないな」と思って読みました。

既に一度読んでいるはずなのに、これが意外にも勉強になる。

「へえー、そうだったのか!」

ということも多かったです。ちょっと、ダジャレやナツメロをイントロにして饒舌な部分も多いですが、それは週刊のコラム、「FLASH」の読者層を何とか引きつけようという工夫でしょう。

日本の「ロケットの打ち上げ」の持つ意味、それは「大陸間弾道ミサイル」につながる技術でもあるという話で、ポイントは「液体燃料か、固形燃料か」。固形燃料はネズミ花火のようにコントロールが難しいが、すぐに打ち上げられるので「迎撃ミサイル」の技術として使える、つまり「核ミサイル」の「相互確証破壊」として担保できるが、「液体燃料」は、保存が利かないし、燃料注入に何時間もかかるので、「迎撃ミサイル」には使えないということは初めて知った。そう言えば、きのう打ち上げていたのは「液体燃料」だった。ということは「武器にはならない」。ということは、「平和利用」と言える「固形燃料」は、「平和利用」と言っていても「もしかしたら、兵器かも・・・」と、他国には思われているということか。勉強になった。

一番笑ったのは、「通信傍受」のコラムの最後。重要な事はネットでやり取りせずに、リアルな世界で行わないと、全て傍受されている恐れがあると書いた後に、こう記してある。

「すでに目端の利くテロリストたちは、重要なやり取りにコンピュータを使ったりしません。エロ画像だって、パソコンで見るなんてアホのすることです。賢い人は、今でもちゃんと『FLASH』を買っています。」

宣伝かよ!!

あ、辛坊さんがヨットでクジラにぶつかって死にかけた話は、「はじめに」と「あとがき」で挟み込むようにたっぷり書いてあります。生還から1周年の日に「あとがき」を書いていますが、その「生還1周年」から、もう「2年」たつんですねえ。(つまり、クジラにぶつかったのは、3年前の2013年だったか・・・・。)

 

 


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(2016、2、19)

2016年2月24日 18:13 | コメント (0)

新・読書日記 2016_028

『1998年の宇多田ヒカル』(宇野維正、新潮新書:2016、1、20)

 

宇多田ヒカルさんのファンです。

結構、CDなども持っています。デビューした時は、衝撃的でした。

「たった16歳で、こんな歌を歌えるなんて!」

とビックリしたのです。

そして「1998年」という20世紀末のこの年も、記憶に残る年でした。私にとっては、サッカーの「フランスワールドカップ」を見に行った年ですし、最後にアメリカ・ニューヨークを訪れた年ですし、用語懇談会の委員になった年でもありました。いろいろ、記憶に残っています。

その「2つのキーワード」がタイトルとなったこの本、実は「1998年」というのは、「史上最もCDが売れた年」でもあったそうです。知らなかったが、確かにその頃は、CDをたくさん買っていました。

その年にデビューした「4人の歌姫」、すなわち「宇多田ヒカル・椎名林檎・aiko・浜崎あゆみ」。同期だと言っても、なんか繋がりがなさそうに感じるのだが、それぞれこの17年を生き抜いて活躍し、実はつながりも・・・。当時を振り返りながらその後の活動も追って、今後の展望を予想する。

恐ろしいことに、この本を読み終えた日に、6年間の休業中の宇多田ヒカルが活動を再開させ、4月からのNHKの朝ドラの主題歌を歌うというニュースが流れた。ツイッターで知った。この偶然の一致にビックリ。

著者は、本書の最後の最後に、こう書いていたのだ。

「1998年、宇多田ヒカルは日本の音楽シーンのルールを変えた。

2016年、宇多田ヒカルは日本の音楽シーンの延命装置をすべて外してしまうことになるかもしれない」

なんだか、「予言」のような・・・。

 

(☆4つ)


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(2016、1、20読了)

2016年2月24日 10:00 | コメント (0)

新・読書日記 2016_027

『イスラム化するヨーロッパ』(三井美奈、新潮新書:2015、12、20)

 

 

読書日記026「メディアとテロリズム」に続けて読んだ。

6年の時を経て、「テロ」とどう向き合うのか、まだ答えは出ていない。

 

著者は読売新聞のパリ特派員だった。ちょうど任期を終えて帰国準備をしているときに、去年11月のパリのテロが起きた。

著者が過去に取材した、「イスラム国」に志願して一人で行ってしまった少女の家族の話や、フランス国内で、旧植民地・アルジェリアからの移民への差別、その息子たちの世代になって、フランス生まれの仏蘭西育ちのアルジェリア系フランス人が、やはり、差別を受ける現実。その中で、自らもフランス人にも拘わらず、「フランス」への憎しみの気持ちが育ち、テロリストになっていく「ホームグロウン・テロリスト」が生まれるまで。

「共存」を謳ったフランスの実験・挑戦は、果たして失敗してしまったのか?

ヨーロッパの他の国々より一歩先に「共存」の試みをしていたフランスでのテロは、他の国に波及していくのか?「国」の形とは?「共存」とは?について考えさせられる。

1998年に、サッカーの「フランスワールドカップ」を見に行った。その年は、地元・フランスが初優勝を飾り、シャンゼリゼ通りには100万人が押し寄せて、凱旋パレードをした。チームの主将は、アルジェリア出身の「ジダン選手」だった。チーム内で、「共存」が出来て、その後、国内もうまくいっていると思っていたのに・・・。

あれから20年近くたってこんな状況。次の希望は何なのか?ジダンは、去年末からスペインの「レアル・マドリード」の監督として、良い滑り出しを見せているが、スポーツと国民の生活は、やはり違うのだろうか。考えさせさせられる一冊。

 

 


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(2016、1、8読了)

2016年2月23日 18:58 | コメント (0)

新・読書日記 2016_026

『メディアとテロリズム』(福田充、新潮新書:2009、8、20)

 

 

もう7年前に、出てすぐに買ったのに、なかなか全部読み通せなかったが、正月休みに、やっと読み終えた。

でも今、この時期に読むからこそ「なるほど」と思えるものもあった。フランス・パリの新聞社「シャルリ・エブド」へのテロがあってから1年、そして、パリの「ソフトターゲット」を狙ったテロから3か月という時期、その背景にどういったことがあるのか、少し遡って振り返ってみることも必要だ。

本の帯には、

「テロリストは言った。『ゴールデンタイムまで撃つな!』」

とある。つまりテロリストは、単に襲撃や自爆テロを行うだけではなく、メディアを通じて、より多くの人たちに「テロル(恐怖)」を与えることが一番の目的なのだと考えて行動しているということだ。その意味では、その手段が「テレビ」や「新聞」しかなかった時代よりも、「インターネット」が普及した現代の方が、「テロ向きの世の中」なのだろう。21世紀初頭が「テロの世紀」になっている背景には、そういったこともあるように思う。

「第7章 テロリズムに対してメディアはどうあるべきか」は、考える材料になった。

 

 


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(2016、1、4読了)

2016年2月23日 12:29 | コメント (0)

新・読書日記 2016_025

『怖いクラシック』(中川右介、NHK出版新書:2016、2、10)

 

 

著者の中川さんから頂きました。ありがとうございます。それにしてもすごい筆力。次々と本を出されます。

この本は、クラシックの「8つの怖い面」で「主に9人の作曲家」にスポットを当てている。

「第一の恐怖」は「父」。父のプレッシャーの中から、数多くの心地よい音楽を紡ぎ出した「モーツァルト」の「怖い音楽」とは。

「第二の恐怖」は「自然」。自然の中の風景、その怖さを発見した「ベートーベン」。

「第三の恐怖」は「狂気」。音楽家の子ではない音楽家「ベルリオーズ」の、ベートーベン+ゲーテの世界「幻想交響曲」。

「第四の恐怖」は「死」。「葬送行進曲」に代表される「ショパン」の死のイメージ。

「第五の恐怖」は「神」。「ヴェルディ」は、神へ捧げるための「宗教音楽」を「コンテンツ」として確立させた。

「第六の恐怖」は「孤独」。これは正に「近代的・現代的な怖さ」であろう。ラフマニノフとマーラーを取り上げている。

「第七の恐怖」は「戦争」。これも「近代の戦争」、総力戦の恐怖。そして「ヴォーン=ウィリアムズ」の戦争を題材にした音楽の世界と時代。

最後の「第八の恐怖」は、「国家権力の恐怖」。戦争が終わった後にやって来た、ソ連の社会主義体制・スターリンの粛清の中で、言いたいことを言えない、表現したいことを表現できない中で、「隠喩」として表現していく音楽家「ショスタコーヴィチ」。

時代の流れと音楽家の生き方を通じて、歴史を学ぶことが出来る一冊。読んだ後は、当然、ここに出て来る音楽を聴きたくなります。一番良いのは、その音楽を聴きながら読むことですね。(119ページ真ん中の「七十年数年後」は、「年」が一つ多い。誤植ですね。「七十数年後」が正解。増刷では直してくださいね!)

 

 


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(2016、2、15読了)

2016年2月22日 12:28 | コメント (0)

新・読書日記 2016_024

『オリンピアと嘆きの天使~ヒトラーと映画女優たち』(中川右介、毎日新聞出版:2015、12、15)

 

 

著者の中川さんから贈って頂いた。ありがとうございます。

女優「マレーネ・デートリッヒ」(この本では「マルレーネ・デートリッヒ」と記しているが)と、映画女優で映画監督の「レニ・リーフェンシュタール」、この二人は同世代人だった。しかも「ヒトラー」を取り巻く人脈の中に、時代の流れの中で、否応なく巻き込まれてしまったが、片やドイツを出てアメリカへ、片やドイツに残りナチスの"宣伝映画"である「ベルリン五輪の記録映画」を撮る。この二人を軸に、当時の時代の流れを描いた一冊。

終りの方で、ちょこっと「原節子」も出て来るが、この本が出る直前に「原節子死去」の報が。「時代」の流れである。事実の積み重ねが、「時間の流れ」の中で「歴史」を作っていく。「歴史」は「夜つくられる」だけではないのである。現代に連なる時代の流れを感じることが出来る一冊。

 

 


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(2016、1、4読了)

2016年2月21日 12:27 | コメント (0)

新・読書日記 2016_023

『人生をいじくり回してはいけない』(水木しげる、日本図書センター:2010、4、25第1刷・201、9、30第6刷)

 

 

去年11月に亡くなった水木しげるさん。2010年に出た本も、おそらく、その「追悼」に合わせて増刷されたんでしょうね。出張で行った東京のプレスセンターの1階の本屋さんで見つけました。

何冊か水木さんの本を読んでいると、同じ話が何回も出て来るので、まるで「復習」しているように、頭の中に入って来ます。

やはり、戦争で行ったラバウルでの経験が、それまでの水木さんの、そもそもの性格をより増幅して、「妖怪」と友達になれるような世界に住むようになったのでしょうねえ。

笑ってはいけないのだが一番笑ってしまったのは、水木さんが徹夜ので見張りに立っていて、本当は、敵が襲ってこないかどうかを見張っていなければいけないのに、明け方に、綺麗なオウムがいるのを双眼鏡でずっと飽きることなく見つめていたら、いつの間にか兵舎を包囲していた米軍が攻めて来て、部隊が全滅。自分だけが助かったと。うーん、何かとてつもない「運」を持っているのでしょう。もしくは「あの世」のものに取り憑かれて「この世」に生き残ったのかもしれません。水木さんは言います。「妖怪は明るい所にはすまない」と。昔は「闇」がたくさんあって、そこに「妖怪」が住んでいたんだなあ。

 

 


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(2016、2、15読了)

2016年2月20日 18:25 | コメント (0)

新・ことば事情

6001「異例な事態」

 

 

TBSの番組を見ていたら、こんなスーパーが。

「異例な事態」

これは間違いですよね?私の「語感」によると、正しくは、

「異例の事態」

だと思います。「な」は付きません。恐らく、「な」が付く、よく似た意味の言葉である、

「異常な事態」

との「混交表現」だと思われます。こんな言葉が使われるのは、「日本語」にとっては、

「異常な事態」

だと思います。まさに、

「問題な日本語」

だと思います。これで思い出すのは『問題な日本語』というベストセラー本。あの本が出たのは「2004年12月」で、もう12年も前のことになるのですねえ。ということは、この言い方は「ゼロ年代」に定着したと言えるのかもしれません。

つまりこういった「ものの言い方」が、決して、

「異例の事態」

ではないのが現状です。TBSのみならず、わが「ミヤネ屋」でも、他の番組でも、こういった間違いをしばしば目にするのです。「異例の」と「異常な」の区別のつかない人が増えているのではないでしょうか?これは、「異常な事態」でしょ?え?

「非常事態」

ですって?

こうやって日本語は変わっていくのかもしれませんが、最後まで その防波堤となるべく、このような間違いを出さないように努めていきたいと思います!

 

 

(2016、2、18)

2016年2月20日 12:08 | コメント (0)

新・ことば事情

6000「立ち振る舞い」

 

 

最近、よく目にする言葉に

「立ち振る舞い」

があります。漫画雑誌の『ビッグコミック』(小学館)の2016年2月10日号で連載されている『総務部 総務課 山口六平太』の「第712話 靴・靴・靴」の中で、主人公の山口六平太が、たまたま街で出会った就職活動中の若者と、バーに行きます。そこでその若者が、

「就活生なんて、みんな同じような格好してますものね」

というと、六平太が、

「だね」

と一言。それに対して就活生が、

「あとは立ち振る舞いとか。」

と言わせています。原作は林律雄さん、作画は高井研一郎さんです。

また、『週刊文春』(1月28日号)の「Close Up」では、取り上げた女優の、

「松岡茉優さん」

に、主演映画『猫なんかよんでもこない。』について聞いています。その中で、共演者の風間俊介さんと以前共演したNHK木曜時代劇『銀二貫』の中での、風間さんの様子・人柄を紹介して、松岡さんは、こう言っています。

「住宅街でのオールロケだったのですが、住民の方々に『何の撮影しているんですか?』と尋ねられると、風間さんが率先して説明したり、道をあけたりしてるんですよ。主演俳優のそんな"立ち振る舞い"をみたのは初めてで、こんな人になりたいと思いました。」

ここでも「立ち振る舞い」が出て来ました。

これは本来「間違い」だと、私は思います。正しくは、

「立ち居振る舞い」

どこが違うかと言うと、「居」が入るか、入らないか。「立ち居」で「立ったり」「座ったり」の「振る舞い」だと思うので。

ところが!『悩ましい国語辞典』(神永暁、時事通信社)を読んでいて驚きました!「立ち振る舞い」という「居」が抜けている形も、結構、古くから使われていると言うのです!(163~164ページ)それによると、神永さんが編集を担当した『日本国語大辞典』には『立ち居振る舞い』の初出は、臨済宗の僧・桃源瑞仙が書いた中国の歴史書『史記』の講義録である『史記抄』(1477年)であり、一方「立ち振る舞い」の初出は、世阿弥が書いた能楽論集『風姿花伝』(1400~1402年ごろ)なのだそうです。ということは、「立ち振る舞い」の方が古いことになります。更に、キリシタン宣教師がまとめた『日葡辞書』(1603~1604年)には「タチフルマイ」で載っているというのです!

ショックです。

ただし、明治時代以降の文学作品の用例では「立ち居振る舞い」が圧倒的に多いそうです。

辞書では『三省堂国語辞典』は、両方載せています。『新明解国語辞典』『岩波国語辞典』は、「立ち振る舞い」は「空見出し」です。「デジタル大辞泉」も両方載せていますが「立ち居振る舞い」の意味では「立ち振る舞い」は「空見出し」で「立ち振る舞い」のほうは「たちぶるまい」と読ませる別の意味になっています。『明鏡国語辞典』『新潮現代国語辞典』『広辞苑』『大辞林』も両方載せています。

うーん、こうなると、両方認めるしかないのかなあ。また、次の用語懇談会で聞いてみるかな。

(2016、2、15)

2016年2月19日 22:00 | コメント (0)

新・ことば事情

5999「ドローン没収」

 

 

去年4月、首相官邸にドローンを飛ばした(屋上で見つかった)として、

「威力業務妨害」

などの罪に問われた41歳の男に対して、2月16日、東京地裁は、

「懲役2年、執行猶予4年、ドローン没収」(求刑は懲役3年、ドローン没収)

の判決を言い渡しました。この判決の中の、

「ドローン没収」

に、ちょっと笑ってしまいました。子どもがいたずらをして、玩具を取り上げられたような感じがしたのです。しかしここで、

「なぜ、判決内容に『ドローン没収』などという文言が入っているのだろうか?」

という疑問が出て来ました。

2月17日付「日経新聞」朝刊を読むと、男は無罪を主張していた上、「ドローンを返してほしい」と述べていたそうです。

もし、没収された物が、

「拳銃や刀」

等であれば、「銃刀法違反」などで、当然、没収されるでしょう。法律で、原則「所持が禁止」されていますからね。しかし「ドローン」は、所有が禁止されているわけではありません。「改正航空法」で「飛行区域」などに関しては制限する法律ができましたが、持っているだけで没収されるものではないのです。であるとすれば、そのドローンが「威力業務妨害」という罪を起こす際に使われたとしても、「私有財産」なので原則的には、

「没収されない」

はずです。それを「没収する」というのであるなら「判決文にその一文を入れないとダメ」ということなんでしょう。でも、「クローン」を没収しても、

「また、購入することはできる」

はずなので、どれだけ意味があるのか?という疑問もあります。これは、

「経済的な打撃」

を与えることにはなりますから、その意味では、

「罰金」

に相当するのかもしれません。

ちなみに、去年4月時点では「ドローン」を「飛ばす」ことは違法ではなく(法律がなかったから)、起訴容疑の、

「威力業務妨害」

とは、

「ドローンを除去し、また警備体制を強化させるなど警備の人の手を煩わせたことによって、通常の業務を妨げた」

ことにより「有罪」と断定されたのですが、それで「懲役2年」というのは、執行猶予が付いていても(それも「4年」と長い)「重い」ようにも思えます。そもそも、警備の人たちは、

「予期せぬ出来事にも備えてコトにあたることこそ『業務』」

なのですから、その意味では今回の「ドローンを飛ばしたこと」は「業務妨害」ではなく、

「業務推進」「業務推進幇助」

なのではないでしょうか。しかし、本当の「罪」は、

「首相官邸に、人知れずドローンを飛ばすことができることを証明したこと」

なのでしょう。東京地裁の田辺三保子裁判長が述べた、

「模倣性の高さを考慮すると、結果は軽視できない」

というのは、

「首相官邸など国の中枢施設を、ドローンに武器を搭載して攻撃する"テロ行為"を誘発する恐れがある」

ことを示しており、その意味では、

「準テロ行為」

と判断して思いう判決になったのでしょうね。それでは、「ドローン没収」も仕方がありません。

さらに言うと、もしこれが、「たまたま」首相官邸付近でドローンで遊んでいたら、「誤って」(操縦ミスで)首相官邸の屋上ドローンが落ちちゃった、ということであれば、これほど重い判決は出なかったのではないでしょうか?「過失」であり「悪意はない」ということになりますからね。(「それを装っていて、真意は別」ということならば、話は別ですが。)

つまり、

「生じた結果は同じでも、その行為の"意図"によって、罪の重さは変わる」

ということで、

「『過失致死』と『殺人』では、『人を殺した』ことは同じでも、罪の重さは違う」

というのは、まさにそのことを示していますね。「倫理的な罪」と「法的な罪」は、必ずしも一致しないのです。

そうすると、今回の判決は、「テロ」を未然に防ぐ

「予防的措置としての判決」

と言えるのかもしれません。

(2016、2、17)

2016年2月19日 20:00 | コメント (0)

新・ことば事情

5998「大阪の『ウチ』と京都の『ウチ』」

 

 

「自分」=「一人称」を指す関西弁の、

「うち」

ですが、大阪弁の「ウチ」と、京都弁の「ウチ」は、アクセントが違います。

*「大阪」=「ウ\チ」(頭高アクセント)

*「京都」=「ウ/チ」(平板アクセント)

です。NHKの朝ドラ『あさが来た』で、主人公あさと、娘の千代が「自分」を指す言葉のアクセントは、

「ウ\チは」

「頭高アクセント」でした。『大阪ことば事典』(牧村史陽)でも「ウチ」を引くと、

「ウ\チ」

と「頭高アクセント」になっています。そして、

「これを『ウ/チ』と発音すると、品が悪くなる。『アン/タ』(貴方)と同じ用法である」

と記してあります。やっぱり大阪と京都は、違うんだな・・・というか、京都を攻撃してませんか?牧村さん。

『あさが来た』の中で気になる関西弁のアクセントとしては、

「女学校」

があります。ドラマでは、

「ジョ/ガッ\コー」

「中高アクセント」でしたが、これでは「共通語と同じアクセント」です。

この「大阪弁」のアクセントは、

「ジョ\ガッコー」

「頭高アクセント」なのではないでしょうか?私が子どもの頃に聞いた、祖母などの会話では、アクセントは「頭高」で、

「ジョ\ガッコー」

だったと記憶しています。我ながら、よくそんなの覚えているもんだなあ。でも、自然と頭に残っていますね。祖母の生まれ育ちは、三重県の伊賀上野なんですが、大体アクセントは「関西風」でした。ただ、「京都風」の言葉と「大阪風」の言葉が交ざっていたような気もします。祖母は、

「あれ、コワイ」(ア\レ・コ\ワイ)

「どんならんこって」(ド\ン・ナ\ランコッテ)

と口癖のように言っていました。「あれ」は、「まあ」「あら」というような「間投詞・感嘆詞」ですね。「コワイ」は、

「大変!」

みたいな意味です。また「どんならん」は、

「どうもならん」

が訛った「大阪弁」だと、後で知りましたが、当時見ていた人形劇『ひょっこりひょうたん島』の登場人物、

「ドン・ガバチョ」

みたいだなと、子ども心に思っていました。今じゃもう、耳にしなくなった言葉ですねえ。

最近ほとんど耳にしなくなった言葉と言えば、このドラマでよく出て来る言い回しに、

「あらしまへん」

がありますね。これも、懐かしい響きの言葉ですねえ。

(2016、2、17)

2016年2月19日 18:38 | コメント (0)

新・ことば事情

5997「12光分」

 

 

5か月ぶりに映画館で映画を見ました。リドリー・スコット監督の、火星でのサバイバルを描いた映画『オデッセイ』(原題『The Marthan』=「火星人」)。リドリー・スコット監督と言うと、『エイリアン』『ブレードランナー』『レジェンド~光と闇の伝説』『ブラックレイン』『グラディエーター』『テルマ&ルイーズ』『ハンイバル』『1492』など、様々な映画で私たちを楽しませてくれてきましたね。

この「火星」の映画、上映時間は「2時間22分」と結構、長めですが、それほど長さが気になりませんでした。しかもあとで知りましたが、「火星」のように見える場所は、「火星」でも「CG」でもなく「地球」の「ヨルダン」に「実際にある場所」なんだそうです!一見の価値があります。昼でも夜だん。

物語は、火星探査の宇宙飛行士が事故で死んだと思われて、火星に一人取り残されてしまうという話です。主演のマット・デイモン、頑張っています。

その映画の中で、「地球から火星までの距離」を、

「12光分」

と言っている「字幕」が目に留まりました。「12光『年』」ではなく、

「光分」

という言葉、それは初めて知りましたが、まあ理屈から言うと、意味は分かります。

「光年」は、ご存じのように、

「光の速さ(=秒速30万km)で1年間に進む距離」

だから、「光分」は、

「光の速さ(=秒速30万km)で1分間(=60秒)に進む距離」

なのでしょう。計算は、すぐにできますね。「1光分」は、

「30万km×60秒=1800万km」

です。「12光分」は、その「12倍」ですから、

「1800万km×12分=2億1600万km」

ということになりますね。計算は簡単ですが、この距離を理解するのは難しい。正直、よくわかりません。ちなみに、当然ですが、火星までの「往復距」離は「24光分」です。

『精選版日本国語大辞典』『三省堂国語辞典』『デジタル大辞泉』『明鏡国語辞典』には「光分」は載っていませんでした。

いやあ、しかし、「光分」の話をすると、「コウフン」しますね!(光速のダジャレで、シメ!)

 

(2016、2、16)

2016年2月19日 15:30 | コメント (0)

新・読書日記 2016_022

『悩ましい国語辞典』(神永暁、時事通信社:2015、12、10)

 

 

新聞用語懇談会放送分科会の会議で東京出張した。プレスセンターの8階の会議室である。いつも時間があれば1回の書店に寄る。場所柄、メディア関連の本が多いのです。そこで全会の出張で、時間つぶしにうろうろしていて見つけた一冊。去年の12月に出てたんだ!全然、知らなかった。小学館の『日本国語大辞典』の編纂に携わった著者が、変わりつつある「日本語」の変化について、辞書のように記しています。しかし、「言葉は、時代と共に移り変わる」ということについて、しっかりと認識している著者は、「時代を写す鏡」としての辞書を作るべきか、「皆の規範となる言葉の意味を記す鑑」としての辞書を作るべきか、思い悩んでいます。「その言い方は間違い!」と非難されるものが、実は、より古くから使われていた意味だったりするケースも、いくつも記されていて、ある意味、目からウロコが落ちるものも記されています。例えば、私も著者も「立ち居振る舞い」が正しくて「立ち振る舞い」は間違いだと思っていたのですが、どうやら「立ち振る舞い」の方が古い言い方のようなのですね。ええ?本当!と、出張帰りの新幹線の中で、思わず声を上げそうになったぐらいです。この本を読んで、お勉強しましょう!!

 

 


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(2016、2、9読了)

2016年2月19日 13:24 | コメント (0)

新・ことば事情

5996「坊主頭か?丸刈りか?」

 

 

1月26日、架空の出張を繰り返して出張費用をだまし取ったとされる、元兵庫県議の野々村竜太郎被告を巡る裁判。去年11月の初公判は、異例の「すっぽかし」で、出廷しなかったので、この日の裁判が「初公判」でした。また逃げるといけないので、これも異例の、

「勾引状を発付」

して、身柄を前の日から押さえるという展開。

この日のヘアースタイルを指して、

「坊主頭」

という表現で「ミヤネ屋」では放送しました。

「坊主頭」は、「坊主(=僧侶)」をバカにしているように感じられる使い方の場面ではダメですが、絶対に使ってはいけない表現というわけではありません。「坊主」という言葉自体、「職業」や「僧侶本人」を指すのに使うのは避けたほうが良いですが、

「てるてる坊主・坊主頭・ネギ坊主」

などの言葉は、侮蔑的ニュアンスと結びついていないと思われるので、使ってもいいと思われます。

ただ、「高校球児」などは(僧侶ではないし)、

「丸刈り」

が妥当だと思いますし、「ネオナチ」のような連中は、

「スキンヘッド」

と呼んだ方が妥当でしょう。しかし、今回の野々村被告の場合は、法廷画を見て、

「坊主頭」

が妥当かと思ったので、それで放送しました。

しかし、読売テレビの夕方のニュース番組「かんさい情報ネットten.」では、

「丸刈り姿」

と表現。他社もほとんど「丸刈り」だったようです。

1月26日の夕刊各紙の表現は、

(読売新聞)髪を短く刈った野々村被告

(朝日新聞)頭を短く刈り込み

(毎日新聞)頭を丸刈りにし

(産経新聞)(見出し)丸狩り姿 (本文)丸狩り頭

(日経新聞)頭をそり上げ

でした。

翌1月27日の日本テレビ『スッキリ!!』では、サイドスーパーでは、

「スキンヘッド」

と記していました。同じ日のフジテレビ「とくダネ!」のサイドスーパーでは、

「丸刈り姿」

でした。

そして翌日の1月27日、今度は、危険ドラッグを吸い、隣人女性を切りつけた罪に問われた、いわゆる「しぇしぇしぇ男」こと田中勝彦被告の東京高裁での控訴審では、長髪だった髪を短く切って法廷に現れた被告の髪形を、この日の「ミヤネ屋」では、

「丸狩り」

と表現しました。(判決は「懲役2年4か月」。一審(懲役2年6か月)よりも「2か月」、短くなりました。)

「(形の上で)反省して髪を切った」という意味であるなら「丸刈り」でいいと考えたからです。

また過去のメモを検索してみると、私がニュース原稿の「犯人の容貌」に関して、初めて、

「スキンヘッド」

という言葉を目にしたのは、

「2010年8月17日」

でした。

「逃げた犯人の人着(にんちゃく)。ニュースでは初出?坊主頭でも、丸刈りでもない。丸剃り?スキンヘッドの訳語は?」

というメモが残っていました。

また、2008年3月19、茨城・土浦市で起きた8人殺傷事件の報道で、NHKは発生当初は、容疑者の金川真大・元死刑囚(2013年2月21日死刑執行)の髪形を、

「坊主頭」

としていて、翌日の朝のニュースから、

「丸刈り」

に変えていました。原則は「丸刈り」のようです。ただ、

「警察発表が『坊主頭』」

の場合には、初出では、それがそのまま原稿に出ることも、各社あるようです。

 

(2016、2、3)

2016年2月19日 10:38 | コメント (0)

新・読書日記 2016_021

『生まれたときから下手くそ(1)』(安倍夜郎、小学館:2016、2、3)

 

 

実写映画にもなった漫画『深夜食堂』、原作を描いているのが、この漫画本の著者・安倍夜郎。本書は、著者が、子どもの頃の話=故郷の高知・四万十で過ごした、今は亡き父との話など、これと言って、取り立てて何もない=「なんちゃない話」を漫画で綴っているが、それこそ「三丁目の夕日」的な郷愁を呼び起こされる一冊。心、癒やされます。

 

 


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(2016、2、6読了)

2016年2月18日 22:15 | コメント (0)

新・ことば事情

5995「都内か?東京都内か?」

 

 

全国に「47」ある「都道府県」のうち、「1つ」しかないのが「都」、つまり「東京都」です。ですから、

「『都内』と言えば『東京都』に決まっている」

し、「文字数を2つ省略できる」ことから、

「都内の病院」「都内の自宅」

と書かれることが多いですね。しかしそれは、明らかに

「東京目線」

の表現であり、

「東京は特別」

というような「自尊心(プライド)」的なものを感じます。(「首都」ですから、当然と言えば当然なのですが。)

東京のキー局からの放送であれば、それも「許容」だと思いますし、関東ローカル放送の場合は、「都内」でOKだと思います。しかし我々のように、

「大阪から全国に放送する場合はどうか?」

と考えた場合に、

「『東京』だけ『都』と省略するのは、いかがなものか?」

と私は考えます。

「関西ローカル」の放送で「大阪府」や「京都府」を「府内」と略してもいいと思いますし、これが「兵庫(奈良・滋賀・和歌山)県」の場合も「県内」でOKでしょう。

でも「全国ニュース」の場合は、

「大阪府内」「京都府内」「兵庫(奈良・滋賀・和歌山)県内」

とするべきです。それと同じように、

「たとえ1つしかない『都』でも『東京都内』と書くべきだ」

と私は考えており、それで、

「『ミヤネ屋』ではことごとく、『都内』を『東京都内』と書き直している」

のです。これは一つの矜持であり、東京以外の地方への配慮だと考えています。

なお、同じ方針は「共同通信」も取っています。

 

(2016、2、11)

2016年2月18日 20:37 | コメント (0)

新・ことば事情

5994「『していた』のアクセント」

 

 

甘利前経済再生担当大臣の元秘書の、千葉県の建設会社とUR(都市再生機構)との補償交渉への関与に関して、URの上西郁夫理事長は、2月16日の衆院予算委員会で、

「(補償交渉に)同席していたことが関与していたと定義すれば、その通りだ」と、事実上、

「関与していた」

という内容の証言をしました。

この、「していた」部分のアクセントを、日本テレビの矢島アナウンサーは、2月16日お昼の「ストレイトニュース」で

「シ/テイ\タト」

と読みましたが、これは正しくは、

「シ/テイタ\ト」

でしょう。最近・・・と言っても、ここもう15年ぐらいですが、(日本テレビの小栗さんが、私が最初にこのアクセントに気付いた人です。)

「イ\タ」

というアクセント、気になります。しかし、アナウンサーの中でも、かなり主流になって来ているようですが、私は断固、戦います!

なお、2000年に書かれた「平成ことば事情102 して いて」も、お読みください。

 

(2016、2、16)

2016年2月18日 16:36 | コメント (0)

新・ことば事情

5993「発表か発令か?」

 

 

2月5日の新聞用語懇談会放送分科会で、こういう質問をしました。

『「発表」「発令」の表現について~中国で「PM2.5」の大気汚染がひどい日に「赤色警報」というのが出されましたが、これは「発表されました」でしょうか?それとも「発令されました」でしょうか?今回「発令」を使った報道を、いくつか耳にしました。10年ほど前に気象庁に電話して尋ねた際は、「注意報」も「警報」も「発表」であるとういう答えで、「大雨洪水警報や光化学スモッグ注意報・警報は、『発令』と言っていた気がするんですが・・・」と聞いたところ、「いえ、『発表』です。基本的に『発令』というのは『命令』ですから、気象庁にはそういう権限はありません。『避難命令』などを『発令』するのは、自治体の首長です」という答えだったのでした。各社の「発表」と「発令」の使い分けの現状は、いかがでしょうか?』

これに対する各社の回答は、

(MBS)気象庁の出すものは「発表」。「避難命令」は「自治体の首長」が出し、「光化学スモッグ」も「都道府県」(の首長)が出すので「発令」。

(ABC)「災害対策基本法」に基づく「命令」は「発令」。

(フジテレビ)中国の「赤色警報」の場合は、「外出規制」や「工場の操業制限」などの「命令」を伴うので「発令」。

(日本テレビ)中国の「赤色警報」は、「学校の休校措置」などを伴うので「発令」。

(テレビ朝日)「発表」も「発令」も使わず、全部「出されました」。中国の「北京環境保護局重度大気汚染応急措置部」では、「赤色」ではなく「"紅色"警報」と書いているらしい。また、中国語の漢字では「発令」ではなく「発布」と書いて、意味上は「発表」に近いようだ。

(NHK)「気象警報」は全て、「発令」ではなく「発表」か「出された」。

というものでした。

 

 

(2016、2、15)

2016年2月18日 11:20 | コメント (0)

新・読書日記 2016_020

『112日間のママ』(清水健、小学館:2016、2、13)

 

 

アシミケンの愛称で知られる、読売テレビの後輩・清水健アナウンサーが、本を出しました。これは応援してやらねば!と、本屋さんでさっそく購入。読み出すと、一晩で読んでしまいました。まあ、登場人物がみんな、知ってる人ばかりというのもあるし。

ご存じの方も多いと思いますが、清水アナウンサーは、2013年5月に結婚して、翌年秋に長男が生まれたのですが、その4か月後に、奥さんが「乳がん」で、29歳の若さで亡くなってしまうのです。「幸せの絶頂」と「不幸のどん底」を、まるでジェットコースターのように味わってしまいました。

奥さんはスタイリスト。私もお世話になったことがあります。シミケンとは「職場結婚」です。「がん」が発覚するのと「妊娠」が分かるのが、ほぼ同時。しかも「がん」は見つかった時には、もうかなり進んだ状況であった。「産むか、産まないか」。「がん」の治療はどうするのか。命のろうそくの炎が、いつまで燃えることができるのかもわからない中で、究極の選択を、奥さんとシミケンは選ばなければならない。しかもそれは「2つの命の選択」という重いものなのです。

本書には、シミケンがキャスターを務める『かんさい情報ネットten.』の坂チーフプロデューサーが、シミケンの結婚披露パーティーの祝辞で述べた言葉が引用されています。

「皆さん、ご承知のとおり、この男は人一倍、小心者です。そして、にもかかわらず人一倍、かっこつけたがりです。そして、人一倍、見栄っ張りです。(中略)けれども皆さん、これまた皆さんご承知のとおり、それでもなお、彼は憎めないやつなんですね。この上は、皆さん、ぜひこの清水健を、『かんさい情報ネットten.』で一番にしてやっていただきたい。報道キャスターとしての挑戦を、ぜひ成功に導いてやっていただきたいと、切にお願いいたします」

これ、当時、現場で生で聞きましたけどね。その通りなんだけど、「選挙演説か!」思って失笑してしまいましたが・・・。あ、堺市長選で、維新から出馬要請が来たときの話も、出て来ます。

この本は、シミケンの「奥さんへの愛」を「形として」残しておきたい、世間の人に「僕の素敵な奥さん、こんなに頑張ったんだよ」と知ってもらいたいという思いから生まれたのだろう。また、天国にいる奥さんにも、「頑張ってるで!心配せんでもええで!」と伝えたい気持ちで書かれたんだと思う。大変な体験をして、最愛の人を失い、最愛の息子を得ることが出来たシミケンの人生の闘いは、まだその途上です。頑張れ!

(「あとがき」は、この本には書かない方が良かった。君の心の中だけに残しておいた方が良かったと思う。)

 

 


star4

(2016、2、14読了)

2016年2月17日 20:30 | コメント (0)

新・ことば事情

5992「ルーチンかルーティンかルーティーンか?」

 

 

2月5日の用語懇談会放送分科会で、フジテレビの向坂アナウンサーから出たテーマは、

『「ルーチン」「ルーティン」を「ルーティーン」とアナウンスする傾向について』

でした。向坂さんによると、

「『新聞用語集2007年版』では「ルーチン〔スポーツ関係では「ルーティン」とも〕」、

『記者ハンドブック第12版』(共同通信社)では「ルーティン」と記してあり、最新の主だった国語辞書の表記は以下の通りです。各社、統一などはされていますか?「ルーティーン」という公判を伸ばすアナウンスも、よく耳にするのですが。」とのことでした。

 

 

 

 

 

三省堂

国語辞典

7

(発行:2014110)

・ルーティ(ー)ン⇒ルーチンを参照

・ルーチン:①決まりきった仕事。機械的な日常業務。

②かたどおりの手順。慣例。

③(コンピューターのプログラムの)一連の命令群。

④(ふつう「ルーティン」の形で)シンクロナイズドスイミングの演技(テクニカル―、フリー―)

 

新明解国語辞典

7

(発行:2012110)

・ルーチン:①(routine=「踏み固められた道」の意のフランス語に由来)(決まっている)日常(の業務)

②(コンピューターで)プログラムの中のひとまとまりの作業をする部分。ルーティン。ルーティーン。

 

大辞林

3

(発行:20061027)

・ルーチン(ルーティーン、ルーティンとも):①きまりきった仕事。日々の作業。ルーチンワーク。

②コンピューターのプログラムの部分をなし、ある機能を持った一連の命令群。

③「ルーチン競技」に同じ。

・-競技:シンクロナイズドスイミングで、音楽に合わせて演技し、技術・同調性・演技構成などを競うもの。ルーチン。

小学館

新選国語辞典

9版第4

(発行:201311)

・ルーチン(=ルーティン):①きまりきった手続きや仕事。日課。

②コンピューターのプログラムで、ひとまとまりの機能をもった命令群。

大修館書店

明鏡国語辞典

2版第6

(発行:201541)

・ルーチン:①いつもの手順。また、日常の仕事。日課。

②コンピューターのプログラムの中で、ある機能を実行するための一連の命令。「ルーティン」とも。

岩波

岩波国語辞典

7版新版第4

(発行:2015115)

・ルーチン:①日常の仕事などで、型どおりの決まり切ったもの。

②コンピュータのプログラムの、ある機能を果たすひとまとまりの部分。中心的な機能を果たすメーン ルーチンと、下請け的な仕事を受け持つサブルーチンとにわけられる。

 

広辞苑

6版第5

(発行:2014221)

・ルーチン:①きまりきった仕事。

②ある機能を持った一連の手順。コンピューターのプログラムなどでいう。

 

 

 

 

 

 

 

それに対する各社の回答は、

(NHK)「決まり」はない。ハンドブックは「ルーチン」と書いてあるが、「アクセント辞典」に記載はない。ことし4月~5月発行予定の「新しいアクセント辞典」では、「ルーチン・ルーティン・ルーティーン」の3つとも「読み」を載せる予定。「表記」も3通り認める。スポーツコーナーでは「ルーティーン」が多い。

(TBS)「ガイドブック」では、「ルーチン(ルーティン)」しかし、スポーツニュース部に聞いたところ、表記も読みも「ルーティーン」が多いとのこと。表記のルールがあることを知らない人も多いと思う。「ルーティーン」と伸ばす人も「ルーティンワーク」となった場合は「ルーティン」と短くして、伸ばさない。ラグビーの五郎丸選手で話題になる前は、イチロー選手の話題のときに出て来たぐらいの言葉。

(日本テレビ)情報番組担当者は「ルーティーン」と伸ばして言っている。読み方の統一はしていない。表記は「用語集」で「ルーティン」と短く書くことになっている。

(テレビ朝日)「ルーチン」は使っていない。「ルーティン」か「ルーティーン」。五郎丸選手のは「ル\ーティン」と言っている。ゴルフ中継担当の森下桂吉アナウンサーに聞いたところ、ゴルフ中継では「ショットまでの尺(時間)の長さによって、長くなったり短くなったりする」とのことでした。

(テレビ東京)表記は「ルーティン」。アナウンス部で聞いたところ、無意識のうちに「ルーティーン」と長くなっているのではないか?と。

(MBS)「ルーティン」と書いて「ルーティーン」と読んでいる。ただし「ティーン」は伸ばしすぎない程度に。原語の英語では「ティ」の所にアクセントがあるので、伸びたように感じるのではないか。

(ABC)表記は「ルーティン」。アナウンサーは「ルーティーン」と伸ばして読むことが多い。「ルーチン」は「IT用語の雑誌」には出て来る。

(KTV)「ルーティーン」と書かれてあれば、そのまま伸ばして読んでいる。五郎丸選手の場合は「おなじみの、あのポーズ」などと言う場合も。

(ytv)アナウンス部で20人ほどに「読み方」を聞いたところ「ルーティーン:ルーティン」=「3:1」ぐらいで、伸ばすほうが多かった。先日、30年ぶりぐらいに復活したラグビー中継を担当したアナウンサーも「ルーティーン」と伸ばすとのことだった。昔「ローティーン」と聞き間違えないように「ルーティン」と短く言うと、聞いた覚えがある。

先日の「ミヤネ屋」では、表記は「ルーティン」と短く『新聞用語集』に合わせ、読み方は「自由に読んでください」と、ナレーターさんに指示した。

(TVO)テレビなので「ごらんのポーズ」のような言い方をする。また「中小企業の社長のルーティン」などと出て来ることもある。きょう、新幹線で東京に来る時に読んだ「週刊文春」の甘利前大臣の記事には、「ルーティン」と短く書いてあった。

(WOWOW)「ルーティーン」が多い。かつての「イチロー」の中継の時によく出て来た。ただし、さきほどTBSの斎藤委員が言った通り「ルーティンワーク」の場合は、伸ばさない。

(共同通信)弊社「記者ハンドブック」は1994年3月の「第7版」で、それまでの「ルーチン」から「ルーティン」に変更して、現行の「第12版」でも、そのまま。

(新聞協会・伊藤専門委員)「新聞用語集」を作った時には、シンクロナイズドスイミングの「フリー」と「ルーチン」で出て来た言葉。アナウンサーは、当時から「ルーチン」とは言わずに「ルーティン」あるいは「ルーティーン」と言っていた。

といったものでした。

全くもって、外来語の表記・発音の問題は難しいです!!

 

(2016、2、15)

2016年2月17日 19:19 | コメント (0)

新・ことば事情

5991「トーループかトゥループか?」

 

 

2月5日に行われた新聞用語懇談会放送分科会で、こんな質問をしました。

『フィギュアスケートの技の表記・読みについて~フィギュアスケートの技「トゥループ」・「トーループ」、「サルコウ」・「サルコー」の表記・読みは、どちらを使われていますか?』

これに対する各社の用語委員からの回答は以下の通り。

(共同通信)「トーループ」「サルコー」

(テレビ東京)「トゥループ」「サルコウ」と書く。発音は「サルコー」と音引き。

(テレビ朝日)ことし(今シーズン)から、表記も読みも「トーループ」になった。それまでは、表記は「トゥループ」で、読みは「トー(ループ)」だった。また「サルコウ」と書いて「サルコー」と読む。フィギュアスケート解説者の佐野稔さんや織田信成さんは、「サ\ルコ」と、語尾を伸ばさないで止めて言う傾向がある。

(フジテレビ)原稿には、両方出ているが「トーループ」が多い。「サルコウ」「サルコー」は、同じぐらい出て来る。原則は「共同通信記者ハンドブック」に準拠。

(TBS)2013年度に日本スケート連盟が「トウループ」(=「ウ」は大きい)「サルコウ」と表記を決めた際に、それに従った。読みは「トーループ」「サルコー」と、共に音引き。

とう答えでした。日本スケート連盟の、そんな決定があったとは知りませんでした。

普段、テレビ画面や新聞では、両方の表記が出て来ていると思いますが、それをなんとなく両方、受け入れてしまっていますが、いざ、自分で書こうとすると、

「あれ?どっちだっけ?」

となるんです。外来語表記は難しい!

 

(2016、2、15)

2016年2月17日 16:18 | コメント (0)

新・読書日記 2016_019

『敗走記』(水木しげる、講談社文庫:2010年7月15日第1刷・2015、12、22第10刷)

 

 

昨年11月に亡くなった水木しげるさんの漫画の本。新聞用語懇談会放送分科会の会議で行った東京・内幸町のプレスセンタービルの1階にある書店で発見して購入。帯には、

「追悼、水木しげる先生~生と死、戦争の悲惨さ。人間の尊厳を問い続けた 水木しげるの原点!!」

とありました。

「敗走記」「ダンピール海峡」「レーモン河畔」「KANDERE」「ごきぶり」「幽霊艦長」という作品。非常に冷静に戦場の実態を描いている。また、現地の住民(=土人)との交流も描かれています。その中で水木さんは、「この世の天国」のような南洋の島で、「生と死=この世とあの世」の間を彷徨(さまよ)って、どちらの世界にも行き来できるようになった。その「どこでもドア」的なツールが「妖怪」なのではないかと思った。つまり、まさに「妖怪=水木しげる」の思想の原点を知ることができる一冊である。

「上陸用舟艇」のことは「大発(ダイハツ)」というのを知りました。また、水木先生はあとがきで、「フィリピン」のことを「ヒリッピン人」と書いてます。

 

 


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(2016、2、7読了)

2016年2月17日 14:03 | コメント (0)

新・ことば事情

5990「人間ドッグ」

 

 

2月9日、俳優の渡辺謙さんが初期の胃がんが見つかり、既に手術をしたというニュースが入りました。各メディアには渡辺謙さん自筆のファクスが届きましたが、縦書きのその文面は、大変達筆で力強いものでありました。「ミヤネ屋」でも、その文面をご紹介したのですが、その中で1か所、「おや?」と思ったところがありました。それは、「胃がん」が、妻の勧めで行った、

「人間ドッグで見つかった」

という箇所です。

「人間ドッグ」

だと、

「人間犬」

になってしまいます。これはやはり、

「人間ドック」

と、語尾の「ク」は濁らないですよね。謙さんはツイッターの文章も

「人間ドッグ」

になっていました。「ミヤネ屋」では、「吹き替え」もその文面を「テロップ」で出す時も、

「人間ドック」

と濁らないほうに直して、放送させてもらいました。

「濁る」のと「濁らない」のが逆になる傾向は、比較的「関西人」に多いように思います。野球の「送りバント」を「送りバンド」と濁って「ベルト」のようになったり、寝る「ベッド」を「ベット」と濁らないで「賭け事」になったり(ベットの代金は"別途"請求)、カバンの「バッグ」を「バック」と濁らずに「背中・後ろ」になったり。

「バックを前から取られた」

なんて言うと、「前」なのか「後ろ」なのか、迷いそうです。

謙さんは、熱狂的な「阪神タイガースファン」でも知られていますから、もしかしたら、そういう「関西風の言い方」が身に着いていて、「ドック」を「ドッグ」と書いてしまったのかもしれないなと思ったのでした。

(2016、2、15)

2016年2月17日 11:43 | コメント (0)

新・読書日記 2016_018

『新しい天体』(開高健、新潮文庫:1976、3、30第1刷・1985、8、10第16刷)

 

 

タイトルに「天体」とあるから「科学小説」かと思っていたら「美食小説」である、ということを、去年の年末の日経新聞の野瀬泰申さんの「たこ焼き」コラムで知って、「読んでみたいな」と思い、本屋さんに取り寄せの注文をしたところ、なんと「絶版品切れ、再版予定ナシ」。そこで、改めて自宅の本棚を捜してみたところ、ありました!昔(30年前)に買って、読まずに「積ん読」になっていた。もうページの紙が黄色く変色して、30年の時の流れを表している。それに字が小さいこと!老眼になった私には、結構、厳しい。

読んでみると、開高独特の文章の流れを感じる。これが作家の「文体」なんだなあ。

景気の動向を探るために、お役所の余った予算を使い切って日本全国を飛び回って美食を食べ尽くす任務を帯びた主人公。流石に小説でなければありえないアイデア。

途中(68~69ページ)で気になったのは、開高が「地下街」に関して記しているところ。

「大阪は穴だらけ、空洞だらけになってしまったのだ。(中略)地下街は大地の水をぬきとることで足のうらにさらに巨大な空洞を造成しつつあるのだといえはしないだろうか。もしそうならば、この地下街はそのコンクリのものすごい重量でゆっくりと沈下しつつあるのだといえる。(中略)もうここに地震がきたらどうなるのだろうかと思うと、とらえようのない恐怖をおぼえずにはいられない。関東大震災だけが地震ではあるまい。もっと強大で深遠な衝撃が起こるものと考えておかなければならないはずのものである。<つねに最悪の事態に備える覚悟をしておけ>といったのは明治の福沢諭吉だが、それはこの国で暮らしていくについての、五十年たとうが百年たとうがけっして消してしまってはならぬはずのものである。」

うーん、慧眼ですね。

それと瀬戸内晴美と岡部冬彦と思しき人たちが出てきたりして、楽しい。

二人の会話として記されていたのが、岡部が朝鮮戦争の時に、北朝鮮軍が38度線を越えてなだれ込んで来て国連軍が迎え撃つことになったとき、ブラジルは出兵するかどうか、国連本部に派遣している大使の判断を仰ごうということになった。ニューヨークから届いた電報には「キンタマ」と書いてあった。暗号か?と思い大臣連中が頭をひねったが、ちっとも解けない。すると、その場に通りかかった掃除のおじいさんがヒョイと覗いて、たちどころに、この意味を解いたという。その意味とは!!CMのあと、ではなく、

「協力はすれども、介入はせず」

だそうです。なんかこの話、聞いたことがある。出典はココだったのか!

 


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2016、1、29読了)

2016年2月16日 21:01 | コメント (0)

新・ことば事情

5989「調進する」

 

 

先日の東京出張の際、新幹線の中で、京都駅で買った駅弁(「鶏の照り焼き 京のおばんざい弁当」)を食べようとして見た包み紙に、こんな文字があるのが、目に留まりました。

「ごはんも具材も早朝より調進いたしております。」

この文章の中の、

「調進」

という言葉、初めて見ました。弁当を作っていたのは「京都・祇園なかがわ」というお店。料亭のようです。

「調進」を辞書で引いてみましょう。

「精選版日本国語語大辞典」に載っていました。

*「調進」=ととのえて目上の人にさしあげること。注文に応じて物をつくり、貴人などに納め届けること。一般に物を作って提供することをていねいにいう。調達。

用例は「明衡往来」(11世紀中ごろか)からでした。

「デジタル大辞泉」にも載っていました。

*「調進」=注文に応じ、品物をととのえて差し上げること。調達。(例)和菓子を調進する。

ほう、なんだか、

「宮内庁御用達」

みたいな感じですね。

「謹製」

というのは目にしたことがありますが、「調進」は知らなかったなあ。

ほかの辞書も引いてみると、「明鏡国語辞典」にも載っていました。

*「調進」=注文の品をととのえて納めること。調達。(例)引き出物の菓子を調進する。

「三省堂国語辞典」にも載っていましたが、<文>という印があったので「文語」扱いなのですね。

*「調進」=<文>注文に応じてつくること。(例)商品券調進・菓子調進所

普段は見慣れない言葉も、こうやって駅弁の片隅に生きていると。「京都らしい言葉」ではありました。

 

(2016、2、15)

2016年2月16日 16:45 | コメント (0)

新・読書日記 2016_017

『マドンナ・ヴェルデ』(海堂尊、新潮文庫:2013、3、1)

 

 

一時、海堂尊の作品は、むさぼるように読んだ。「スピンアウト作品」が多く、主人公が次々変わっていく一つの「海堂ワールド」が出来上がっていることに驚嘆し、その世界の中に取り込まれていったが、その舞台となった「桜宮市」や北海道の「極北市」(だっけか?名前、忘れた)の中で物語に少し食傷気味になったのと、余りにもたくさん出て来る登場人物の関係に頭の中がこんがらがってしまい(当然のことながら作品が増えるほど、情報量は増えていくので、もう大変!)しばらく、読んでなかった。以前、買ったままだった本書は、全く予備知識のない状態で読んだ。

「ママ、私の子どもを産んでくれない?」

と産婦人科医である娘に言われ、娘の子どもを産むことになった主人公。日本では、まだ法律が整備されていない。娘の子どもを産むことになった母の心理描写に注目。「娘の受精卵」を「産む」と、日本の法律上は「自分の子ども」になるが、遺伝子上は「孫」である???なんじゃそりゃ!

これを読み終わった次の日(2月2日)に、なんとこんな記事が!

『将来の出産に備え、自らの卵子を凍結保存していた大阪府内の40歳代の女性が昨春、その卵子で女児を出産したことがわかった。がんなどの治療を受ける女性が卵子を凍結し、妊娠・出産した例はあるが、健康な女性が出産したケースが公になるのは例がないという。』

しかも、その出産に当たって卵子を凍結したクリニックが「オーク住吉産婦人科」(大阪市)!いつも「ミヤネ屋」で、ゲスト出演してくれている船曳先生のクリニックではないか!この偶然には、ビックリしました。

 

 


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(2016、2、1読了)

2016年2月16日 14:00 | コメント (0)

新・ことば事情

5988「かのぼ」

 

 

小5の娘に教わった「若者言葉」第2弾!これも略語です。

「かのぼ」

例によってアクセントは「中高アクセント」で、

「カ/ノ\ボ」

だそうです。「スノボ」ではありません。「カネボウ」でもありません。意味は、

「彼女募集中」

なんだなんだ、小学生、マセとんな!

そして、「かのぼ」であることを示す「サイン」があるそうで、それは、

「パーカのフードが裏返っていたら、『かのぼ』の意思表示」

なんだそうです。で、他人のパーカのフードを勝手に裏返したりするいたずらが流行っていたとか。それは、小学生がやりそうだな。

グーグル検索では(2月15日)、

「カノボ」=   1470件

「かのぼ」=27万5000件

「カノぼ」=    421件

ふえー、結構、多いのね!これって、逆に「彼氏募集中」は、

「カレボ」

なのかな?これもグーグル検索では(2月15日)

「カレボ」=  6830件

「かれぼ」=1万1500件

「カレぼ」=  6790件

あれ?圧倒的に「かのぼ」のほうが多いですね。「彼氏募集中」は、少ないです。これは「男性の方が積極的にアピールしている」ということかな?

また、「日本語俗語辞書」というサイトでは、

*「カノぼ、カレぼ」=カノぼ、カレぼとは、恋人を募集していること。

【年代】 平成時代 【種類】 若者言葉

【解説】「カノぼ」とは彼女募集中の略。「カレぼ」とは彼氏募集中の略で、それぞれ恋人を募集していることを意味する。「恋活」の中で使われるもので、一般的にはあまり浸透していない。

のだそうです。道理で知らなかったはずだ。「若者」じゃあないし。

(2016、2、15)

2016年2月16日 11:12 | コメント (0)

新・読書日記 2016_016

『ようこそ、我が家へ』(池井戸潤、小学館文庫:2013、7、1)

 

 

季刊雑誌に2005年から2007年にかけて連載したものを文庫オリジナルでまとめたもの。池井戸潤の作品は、以前から大体読んでいたが、以前に買ったものの、まだ読んでいないものも、いくつかある。そのうちの一冊。たまに読むと、やっぱり面白い。

「ストーカー」ものだが、一体そのストーカー犯人は、誰なのか?姿が見えないだけに、余計に恐怖が募る。事を荒立てない生き方だったのに、出向している会社でも、通勤途中の駅でも、ついちょっと「正義感」が出てしまったがために陥る身の危険・・・これは、かなりコワイ。気を付けよう。思わぬところで恨みを買っていることも。自分は全く悪くないんだけどね。恨む方が悪い。でも、世の中そう理屈通りにはいかないという小説。

 

 


star4

(2016、1、22読了)

2016年2月15日 20:59 | コメント (0)

新・ことば事情

5987「かねも」

 

 

「かねも」

というのは、小学5年生の娘が教えてくれた「若者言葉」です。アクセントは「中高」で、

「カ/ネ\モ」

だそうで、意味は、

「お金持ち」

何だそうです。「かねもち」の「ち」だけ省略か。

「おまえ、かねも(金持ち)やろ?」

というように使うそうです。へえーー。「かもね」かと思った。

グーグル検索(2月15日)では、

「かねも。金持ち」=1万8900件

でした。ネットの「若者語辞典」には載っていました。へえ。

 

(2016、2、15)

2016年2月15日 18:55 | コメント (0)

新・ことば事情

5986「『豪華賞品』のアクセント」

 

 

2月12日の読売テレビ『かんさい情報ネットten.』を見ていたら、中谷しのぶアナウンサーが、こんな風にコメントしていました。

「ここでお知らせです。読売テレビでは豪華賞品が当たる・・・」

この中の、

「豪華賞品」

のアクセントが、

「ゴ\ーカ・ショ\ーヒン」

でした。これだと、

「豪華商品」

になってしまいます。

*「賞品」

×「ショ\ーヒン」→○「ショ/ーヒン」

*「商品」

×「ショ/ーヒン」→○「ショ\ーヒン」

です。複合語になった「豪華賞品」のアクセントは、

×「ゴ\ーカ・ショ\ーヒン」→○「ゴ\ーカ・ショ/ーヒン」

です。コンパウンドしたら、

「ゴ/ーカショ\ーヒン」

ですが、これもあまり、好ましくない。そいう場合には、

「豪華な賞品が当たる」

と言い換えればよいですね。アクセントは、

「ゴ\ーカナ・ショ/ーヒンガ・ア/タル」

ですね。

 

(2016、2、12)

2016年2月15日 12:34 | コメント (0)

新・ことば事情

5985「ホンシンテンカン」

 

 

2月9日のテレビ朝日のお昼のニュースを見ていたら、

「定数削減 する?しない?~ 鶴の一声で 自民迷走」

というニュースで、自民党本部前から中継していた女性記者が、

「ホンシンテンカン」

という言葉を話していました。もちろん、本当は、

「方針転換」

と言おうとして言い間違えたのですが。これって確かに間違いやすい言葉の構造になっています。なぜならば、

「方針転換」=「ホーシンテンカン」

は、後半の「シンテンカン」に全部「ン」が付いていて、最初だけ「ホー」と長音の音引きなんですね。それで後ろの「ン」につられて、

「ホンシンテンカン」

と言ってしまうんですね。

似たようなものには、北朝鮮の船の名前の、

「万景峰号」

があります。これの読み方は正しくは、

「マンギョンボンゴー」

なのですが、前半の3つは「マンギョンボン」と全部「ン」が付いていて、最後だけ「ゴー」と長音・音引きで引っ張るのですね。でも、つい、つられて、

「マンギョンボンゴン」

と言ってしまうことが多い。

人間の頭って「慣性の法則」で、同じリズムパターンを踏襲してしまうんだなあと思って、そのニュースを見ていました。はて、何のニュースだっけ?

 

(2016、2、11)

2016年2月15日 11:05 | コメント (0)

新・ことば事情

5984「御党」

 

 

1月26日のNHKの夜7時のニュースを見ていたら、安倍首相の姿が流れていました。その中で安倍首相は「維新の党」を指して、こんな言葉を使いました。

「御党」

アクセントは「頭高アクセント」で、

「オ\ントー」

でした。「相手の会社のこと」を敬語で言うと、

「御社」(オ\ンシャ)

と言いますが、それの「政党版」ですね。

ただちょっと違和感があったのは、「党」に敬語を付けた場合の呼び方には、

「貴党」

というのもあったのかなと思ったので。しかし「貴党」は「書き言葉的」なので「御党」のほうが「話し言葉」としては、

「オントー(穏当)」

なのかな、と思いました。グーグル検索では(2月11日)、

「御党」=1万3300件

「貴党」=  8640件

でした。「貴党」は「京都府慢性期医療協会」という団体が民主党へ出した「要望書」の中で、

「貴党におかれましては」

と使っていました。「御党」は、2014年10月29日に石破地方創生大臣が「維新の党」に対して、

「御党と方向性に差異はない」

と使い、また、2016年2月5に公開された映像で、高市総務大臣が「おおさか維新の会」の議員に対して

「私も御党とは、血で血を洗う選挙を戦ってきましたので」

と使っています。

 

(2016、2、11)

2016年2月14日 21:04 | コメント (0)

新・ことば事情

5983「『三千院』のアクセント」

 

 

京都大原の「三千院」で、「大根(だいこん)焚き」が行われているというニュースが2月11日のお昼のニュースに出て来ました。「三千院」は「『だいこん』だき」だそうです、「『だいこ』だき」ではなく。

そのニュースの下読みをしていた増井アナウンサーが、質問して来ました。

「この『三千院』のアクセントは『サ/ンゼンイン』(平板アクセント)でしょうか?それとも『サ/ンゼ\ンイン』(中高アクセント)でしょうか?」

「うーん、それって京都の『嵐山』のアクセントの問題に似てるね。あれは『中高アクセント』で『ア/ラシ\ヤマ』だったね。『平板』で『ア/ラシヤマ』と読むと、地元の人から苦情が来るからね。その感じで言うと、『中高』で『サ/ンゼ\ンイン』がいいんじゃないかな」

「わかりました!」

ということで、お昼のニュースでは、

「サ/ンゼ\ンイン」

と読まれました。私が「平板アクセント」を避けた根拠としては、この「三千院」というお寺の名前(地名)が「全国区」になったのは、例の「デュークエイセス」が歌う、

「♪きょうとー、おーはら、さんぜんいん(京都・大原三千院)」

の歌詞・メロディーで有名な、「女ひとり」。あの曲では、

「サンゼンイン」

が、ほぼ「平板アクセント」のように歌われるのですが、実際の「三千院」のアクセントは、「そうではない」と聞いた覚えがあったからです。

そう思って、夕方、「かんさい情報ネットten.」を見ていたら、中谷アナウンサーは、

「サ/ンゼンイン」

と、デュークエイセスの歌のように「平板アクセント」で読んでいました・・・・。ま、彼女は「デュークエイセス」も「女ひとり」も知らないと思うけど・・・。

 

(2016、2、11)

2016年2月14日 18:04 | コメント (0)

新・ことば事情

5982「全治不明」

 

 

大分・杵築市で、父親が自宅に灯油を撒き子ども4人が死んだ火事の裁判が1月26日に開かれました。そのニュースで、生き残った三女の「やけどの程度」が、

「全治不明の大やけど」

と出て来ました。この、

「全治不明」

という言葉は初めて見ました。普通は、

「全治2か月」

など「全治」の後には、

「治るまでの期間」

が記されます。それが「不明」だというのですね。意味はわかります。

検察側の書類を確認すると、そこに「全治不明」と書かれていたので、放送ではそのまま出して放送しました。

グーグル検索(2月3日)では、

「全治不明」=1万9400件

でした。その中でトップに出て来た「ヤフー知恵袋」に、

「傷害事件等のニュース記事にある『全治不詳』のケガというのは、どの程度のケガの事を言うのでしょうか?また、『全治不明』のケガと違うのでしょうか?」

という質問があり、これに対する回答では、

「概ね、1年以上の全治期間がかかるものは、このように表現されているようです。1年以上の全治期間というと、ほとんど後遺症が残るなど"全治"とは言いがたいケガなのだろうと思います。 "全治不詳"と"全治不明"は同じ意味と理解してよいと思います。」

とありました。友人の内科医に聞いてみたところ、

「普通は『全治1か月の大ケガ』のように言うから『全治不明』というのは単に回復までの期間が予想できないくらい重症ということでしょうか?少なくとも内科医は使わない言葉ですね。『全治』って久しぶりに聞きました。外科医が扱う事故などの外傷の場合、補償する期間の目安が欲しいのかもしれませんね」

ということでした。お医者さんでも「全治」を使う医者と、使わない医者があるんですね。

 

(2016、2、3)

2016年2月14日 11:40 | コメント (0)

新・ことば事情

5981「初対面と初体験」

 

 

「初対面」

という言葉を、これまでは、

「ショタイメン」

と呼んできましたが、最近、

「ハツタイメン」

というのを、よく聞くようになりました。同じようなものには、

「初体験」

があります。「ショタイケン」と読んで、ちょっと「性的な意味」がある感じもしますが、それ以外は「ハツタイケン」なのかどうか?

ちなみに、国語辞典を引いてみると、新しい言葉を素早く取り入れることで知られる『三省堂国語辞典・第7版』では、「ハツタイケン」が見出しで「ショタイケン」は空見出し。「ショタイメン」は見出しにありますが「ハツタイメン」はありません。

『精選版日本国語大辞典』は「ショタイケン」「ハツタイケン」ともに見出しはなし。「ショタイメン」は見出しがあり、その中の意味で「ハツタイメン」は書かれているが、見出しはなし。

『明鏡国語辞典』も「ショタイケン」「ハツタイケン」は見出しなし。「ショタイメン」は見出しにあるが「ハツタイメン」はなし、でした。

そのあたりの事情を、2月5日に行われた用語懇談会放送分科会で、

『辞書的には「初対面」「初体験」の読み方は、「ショタイメン」「ショタイケン」だと思いますが、最近は、しばしば、「ハツタイメン」「ハツタイケン」という読み方も耳にします。この2つの読み方に、使い分けはあるのでしょうか?』

と、質問を出して、各社の意見を聞きました。

(WOWOW)きのう(2月4日)の「ゴチバトル」を見ていたら、神木隆之介と岡村隆史が「初対面」だという話で、出演していた3人が「ハツタイメン」と言っていた。

(NHK)相撲では「初顔合わせ」は「ハツ顔合わせ」。略して「初顔(ハツガオ)」。高校野球の甲子園は「初(ハツ)出場」「初(ハツ)体験」。

(テレビ朝日)「初めて」の意味では「ハツ」で良い。「初(ハツ)」は接頭語だ。「初舞台」「初公演」「初公演」など、後ろに「2文字」の言葉が来ると「ハツ」ではないか?「ショ」と読む「初期」「初動」「初見」「初回」などは、後ろに続く漢字が「1文字」。「初七日」は後ろに続く文字が「2文字」だが「ショ」。例外もある。

(共同通信)文化庁が出している「言葉に関する問答集」(1995年3月)の380ページに、正にこの「初対面・初体験の『初』は、『ショ』か『ハツ』か?」という問題について書かれている。それによると、「初体験」は各種辞書を100種余り当たったところ、見出し語にしているのは『学研国語大辞典』(1978年初版)のみで、その読み方は「はつたいけん」であり、「初めての体験。特に初めて異性と肉体関係を持つこと。」とあり「ショタイケン」という語形は掲げていないと。また「見出し語」としてはないが『新明解国語辞典・第3版』(1981年初版)では、「体験」の項目に「初(はつ)体験」とあり、「常用漢字・送り仮名用字用語辞典」(1982年初版)の「初(はつ)」の項目に「初体験」があるということで、「はつたいけん」が優勢のようだと。

また「初対面」は、ほとんどの辞書に掲載されていて、

・「ショタイメン」を見出しで採録=64種

・「ショタイメン」の意味の説明の中に「ハツタイメン」も=18種

・「ハツタイメン」を見出しで採録=4種

・「両方」見出しに採録していない=5種

ということで、現在(1995年)においては「ショタイメン」が、安定した形で一般に使われているが、「ハツ対面」も否定できないと結論付けている。また、

*「ショ」が接頭語で付く語

=「初発心」「初転法論」「初一念」「初感染」「初対面」「初年度」

*「ハツ」が接頭語で付く語

 =「初演奏」「初会合」「初冠雪」「初協定」「初喧嘩」「初公開」「初参加」「初出場」

「初節句」「初対局」「初挑戦」「初通話」「初天神」「初登場」「初入選」「初舞台」「初優勝」「初輸出」「初要請」

のように「ショ」が付くものは「限定」されているのに対して、「ハツ」が付く語は、これ以外にも多く、「ハツ体験」と「初」を訓読みするのも不自然ではなく、違和感もないと締めくくっている。

というさまざまな意見が出ましたが、そもそも「ハツ」と付くものが多くて、「ショ」と読むものは少なかったのですね。だから今は「ハツ」が優勢になって、元は「ショ」と読んでいたものも「ハツ」に押されている状況のようです。

その後たまたま見た、NHK木曜夜8時からの、近松門左衛門が主人公の新感覚時代劇「ちかえもん」の番組宣伝で、

「近松が、忠衛門とお初を対面させようとする」

と言っていました。これは「ショ対面」ではなく「ハツ対面」ですよね!相手が、

「お初」

だし。で、

「お初に目にかかります」

なんちゃって!!

 

(2016、2、11)

2016年2月13日 18:39 | コメント (0)

新・ことば事情

5980「宮崎アニメ」

 

 

「宮崎アニメ」

という言葉を耳にしました。もちろん、

「宮崎駿監督のアニメ」

という意味です。これまでも聞いたことは何度もあったけど、この時には「ハッ」と思いました。というのも、「宮崎アニメ」と「宮崎」と「アニメ」の間に「の」が入らないということは、

「『宮崎アニメ』は『1語』」

だということですね。専門語として認知されているのです。普通なら、

「宮崎のアニメ」「宮崎駿のアニメ」

「の」が入る「2語」のはずです。

「その分野において超一流・第一人者である」

と社会から認識されないと、出てこない言葉なんだと思った訳です。漫画における「手塚治虫」の、

「手塚漫画」

みたいな感じ。映画なら、黒澤明監督の映画、小津安二郎監督の映画を、

「黒沢映画」「小津映画」

と呼ぶようなものですか。サッカーの、

「ジーコ・ジャパン」(古っ!)

も似ていますが、これは、

「『ジーコ監督』が率いる『サッカー日本代表チーム』」

という意味で、「黒澤映画」「小津映画」とは、頭に冠する名前が「監督」の名前というところが共通している。今は、

「ハリル・ジャパン」

です。「ジャパン」は「その競技の日本代表チーム」という意味。この場合はもちろん競技(球技)は「サッカー」ですが。「ハリルホジッチ」は長いから「3文字」に省略されています。この「チーム」は、

「世界に一つしかない」

ですが、「アニメ」「映画」などの作品は、無数にありますね。サッカーの代表チームも、

「無数にいるサッカープレーヤーの中から選ばれた、唯一の代表チーム」

ということで、「指揮官の名前」を冠しているのかもしれませんね。

 

(2016、2、11)

2016年2月13日 11:37 | コメント (0)

新・ことば事情

5979「警察学校に入学入行?」

 

(2015年5月15日に書き始めました)

 

「ミヤネ屋」のスタッフに、質問を受けました。

「道浦さん、『警察学校』に入ることは、『入学』 でしょうか?それとも『入校』でしょうか?」

はあ、なるほど。一般的に「学校に入る」ことは、

「入学」

って言うけど、

「入校」

という言葉もあるよな。その違いは何かな?と思って辞書を引くと、

*「入学」=学校に入ること

*「入校」=(1)学校などの施設に入る事。入学。(2)その学校の敷地内に入ること。

とありました。「入学」は間違いなく「学校」に入ることだけど、「入校」は、

「学校などの施設」

で、「学校ではない施設に入る」ことも言う、ということですね。

では、そもそも「学校」とは何か?これも辞書を引くと、

*「学校」=学問をする所

とありました。(そりゃそうだ。)そうであるならば、「実学系」「技を習得するために学ぶ所」である

「『専門学校』や『自動車学校(教習所)』」

などは「入校」がふさわしい。

「警察学校」「警察官になる」という「職業学校」であり、いわゆる「学問系」ではないので、

「入校」

のほうが適当ではないか?

結論としては「どちらでも良い」ですが、あえて意味付けをしたいのならば「入校」かな、ということになりました。

 

これを書きかけて、ほったらかしにしておいてから半年たって、「警察学校」を舞台にした小説『教場』(長岡弘樹、小学館文庫)を読みました。この小説の中では、

「入校」

が使われていました。

 

(2016、2、3)

2016年2月12日 21:12 | コメント (0)

新・ことば事情

5978「返さないつもりはなかった」

 

 

2月10日、被害総額113億円の詐欺事件の初公判が、神戸地裁姫路支部で開かれ、その裁判で藤原道子被告は、

「金を返さないつもりはなかった」

と話したと、読売テレビの夕方のニュース番組『関西情報ネットten.』で伝えていました。

これって、なんかおかしな日本語です。引っかかります。「二重否定」です。普通は、こう言うのではないでしょうか?

「金は返すつもりだった」

これならば、すんなり入って来ます。腑に落ちます。なぜ藤原被告は、こんな言い方をしたのか?考えてみました。

「返さないつもりはなかった」

の背景には、

「実際には、『返していない』という事実」

がありますね。だから捕まったわけで。そして、捜査当局は「詐欺」で捕まえているわけですから、当然「詐欺の犯意」を立証しようとします。つまり、藤原被告に対しては、

「最初から、『金を返さないつもり』だったのだろう!」

と追い込みますな。それに対する藤原被告の答えが、

「『金を返さないつもり』はなかった」

になったのではないでしょうか?

もしこれが、捜査当局からの問いかけが、

「金を返すつもりは『なかった』のだろう!」

であったならば、

「金を返すつもりは『あった』」

と普通ならば、返答があると思うのですが。

それと、本心から金を返すつもりがあったとしたら、

「『返さない』が主語になるような返答はしなかった」

はずで、その意味でも、

「全額返さない、というつもりはなかった。少しは、返そうと思っていた」

ぐらいのニュアンスがにじむと、

「金は返さないつもりはなかった」

という、とてもひねくれた「二重否定」になるのではないか?と分析しました。

いかがでしょうか?

 

(2016、2、10)

2016年2月12日 17:08 | コメント (0)

新・ことば事情

5977「安倍首相のご冥福をお祈りします」

 

 

2月6日起きた台湾南部のマグニチュード6,4の大地震。16階建てのマンションが倒壊し、30数人が死亡、今なお行方不明の人たちが100人以上いる模様です。

安倍首相は、この地震のお見舞いメッセージを、台湾の馬英九総統へ向けて送りました。その中に、こういう言葉がありました。

「亡くなった方々のご冥福をお祈りします」

台湾の人の死を悼むのに、

「ご冥福をお祈りします」

というのは、妥当なんでしょうか?どうなんでしょうか?気になりました。

詳しくは、「平成ことば事情4748ご冥福をお祈りします」をお読みください。

 

(2016、2、10)

2016年2月12日 10:49 | コメント (0)

新・ことば事情

5976「サ-キュレーター」

 

 

「サーキュレーター」

という名前を、最近知りました。会社の机の上などに置いてある

「小さな扇風機」

のことのようです。これって「扇風機」とどう違うんでしょうか?

『三省堂国語辞典・第7版』を引いてみたら、さすが、載っていました。

*「サーキュレーター」=室内の空気を循環させる扇風機のような機械。エアサーキュレーター。

でも「机上に置く小さいの」は、「室内の空気を循環させる」ほどの威力はないですよね?あれは「サーキュレーター」ではないのか?それに、そうだったら「扇風機」も「サーキュレーター」と呼んでいいのでは?差がわかりません。

グーグル検索では(2月10日)、

「サーキュレーター」=433万件

も出て来ました。その中の「ヤフー知恵袋」での「ベストアンサー」は、

「『扇風機』は、体に風を当て、暑さをしのぐためのものです。それに対し『サーキュレーター』は、直進性の高い風を発生させ、冷暖房効率を高めるために室内の空気を循環させるものです。構造上も大きな違いがあります。 『扇風機』は単純に風を起こし、涼感を得るためのものですから、その風にはあまり直進性がありません。『サーキュレーター』のなかには、本体前面の保護網が直線状ではなく、 放射状になっているものがあります。あれは、渦巻状の風を発生させ、風の直進性を高めるためのつくりです。」

ということでした。なるほど、似ているようで目的も違うし、構造もちょっと違うのですね。そうすると、机の上に置く小さいのは、あれは「扇風機」だな。

(2016、2、11)

2016年2月11日 21:45 | コメント (0)

新・ことば事情

5975「ウエムラさんのアクセント」

 

 

去年2月、神奈川・川崎市の中学1年生上村遼太さんが、当時18歳の少年らに殺された事件。少年事件ですが「逆送」されて、成人と同じような裁判を受けることになった、その初公判が、2月2日、横浜地裁で行われています。

被害者の「上村遼太さん」の名字、

「上村」

のアクセントに関して、吹き替えを担当する「ミヤネ屋」スタッフから質問を受けました。「『ウ/エ\ムラ』でしょうか?それとも『ウ/エムラ』でしょうか?」

「うーん、どっちでもいいような気がするけど。両方、耳にするよね。そうだ、植村なおみアナウンサーに聞いてみよう!

とアナウンス部に電話をしたら、ちょうど植村なおみアナウンサーが在席していました。件の問題について「自分の名字は、どう発音しているか?」と聞くと、

「うーん、ふだんは『ウ/エムラ』と『平板』ですね。でも、ゆっくり確認するように言う時は『ウ・/エ・\ム・ラ』と『ム』を上げることもあります。でも『上』と書く『上村』の場合は大体いつも『平板アクセント』で『ウ/エムラ』ですね。『植える』ほうの『植村』は両方のアクセントがあるけど、『上』のほうの『上村』は『平板アクセント』しかないような気がします。」

「あ、そうか、そういえば『上村』の対の『下村』は、『シ/モムラ』と『平板』でしか言わないよね。『シ/モ\ムラ』とは絶対言わないね。」

という話になりました。

2月3日の日本テレビ『スッキリ!!』では、検察側の「吹き替え」では、

「ウ/エ\ムラさん」

「中高アクセント」でしたが、「ナレーション」は、基本的に、

「ウ/エムラさん」

「平板アクセント」でした。検察側の「吹き替え」の「中高アクセント」直後のナレーションは、1回だけ、つられたのか、

「ウ/エ\ムラさん」

にと「中高」になってしまいましたが、その後はまた、

「ウ/エムラさん」

と「平板」に戻っていました。弁護側は、検察側の「吹き替え」と同じく、

「ウ/エ\ムラくん」

「中高アクセント」でした。

また、2月3日の日本テレビ「NEWS ZERO」でキャスターの右松健太アナウンサーは、一貫して、

「ウ/エ\ムラサン」「ウ/エ\ムラクン」

「中高アクセント」でした。

おなじ2月3日のTBS「ニュース23」で、男性アナウンサーは、

「ウ/エムラクン」

「平板アクセント」でした。また、日本テレビは「さん」付け「上村さん」でしたが、TBSは「君」付けで「上村君」でした。

 

なお、2月10日に主犯格の少年Aに対して、「懲役9年~13年の不定期刑」の裁判員による判決が出ました。

 

(2016、2、11)

2016年2月11日 17:40 | コメント (0)

新・読書日記 2016_015

『文化庁国語科の勘違いしやすい日本語』(文化庁国語課、幻冬舎:20165、12、15)

 

 

たまたま家の近くの本屋さん見つけた。こんな本が、出ていたんだ、全然、気付かなかった。しかも「幻冬舎から!」というのは驚き。

これはお勧めです!まさに「勘違いしやすい日本語」が列挙されています。まあ、私は当然、専門家なので知っていますけど、改めて確認できます。しかも、世の中の人が正しい意味のほうで使っているか、間違った新しい意味のほうで使っているかの「文化庁による調査結果」も載っていて、確認できます。コンパクトでインパクト。どんな言葉が載っているか、一部紹介すると、

「敷居が高い」「流れに棹さす」「枯れ木も山のにぎわい」「破天荒」「さわりだけ」「憮然」

「檄を飛ばす」などなど。

知っている人も多いとは思いますが、確かに「どっちの意味だっけ?」と思うことも多いはず。本書を読んで、勉強しよう!

 

 


star4_half

(2016、1、20読了)

2016年2月10日 11:25 | コメント (0)

新・ことば事情

5974「身動きもせず」

 

 

1月26日の「ミヤネ屋」の放送の中に、この日「初公判」を迎えた元兵庫県議の野々村被告の様子を表現したスーパーに、

「身動きもせず」

というのがあって、そのまま出しました。しかし、

「みうごき」

という言葉は、

「身動きが取れない」

などとは使いますが、

「ピクリとも動かない」「微動だにせず」

という意味の伝統的な言葉では、

「身じろぎもせず」

ではないのかな?と思いました。

しかし、直す時間も無かったので、そのまま放送しました。あとで辞書で、

「みじろぎ」

を引いてみると、その漢字表記は、

「身動ぎ」

と書かれていました。なんだ、表記は「おんなじ」じゃないか。そうすると、

「『みじろぎ』と、ルビを振るかどうか」

という問題だったようですね。

 

(2016、2、3)

2016年2月 4日 17:28 | コメント (0)

新・ことば事情

5973「ゲス乙女か?ゲス極か?」

 

 

年明けから、ベッキーとの不倫騒動で世の中をにぎわせている、

「ゲスの極み乙女。」

というバンドのボーカル・川谷絵音(えおん)。辞任した甘利大臣が、このバンドのヒット曲を替え歌にして「マイナンバーカードの」のPRをしていたのは記憶に新しいのですが、なんか関わった人が年明けから相次いで災難に遭っているのは、縁起が悪い感じが・・・。

その「バンド名」を「省略する」際には、

「ゲス乙女」

とすべきでしょうか?それとも、

「ゲス極(み)」

なのでしょうか?それとも、一気に省略して

「ゲス」

なのでしょうか?どうでもいいと言えば、どうでもいいのですが、例えば、

「モーニング娘。」

などはもう、

「モー娘。」

と略して書いて(なぜか語尾に「。」は入る)、

「モームス」

と読みますよね。さて「ゲスの極み乙女。」は?

「ミヤネ屋」では、

「ゲス乙女」

と略しました。「。」はなし。

この記事を出すきっかけとなった『週刊文春』を見てみると、

「ゲス乙女(の妻)」

になっていました。スポーツ紙の見出しを見ると、

【スポニチ】「ゲス乙女」川谷(1月8日)、「ゲス極あすMステ生出演」「ゲス川谷の妻」(1月14日)

【報知】「ゲス乙女」(1月7・8日)、「ゲス川谷妻」(1月14日)

【日刊【「ゲス乙女」(去年11月22日)、「ゲスの極み不倫否定」(1月7日)、「『ゲス』川谷」(1月9日)、「ゲス川谷」(1月10日)

【スポニチ】「ゲス乙女」(1月7日)、「ゲス川谷」(1月9日)、「ゲス川谷」(1月10日)

【サンスポ】「ゲス乙女」

【デイリー】「ゲスの極み乙女の川谷」(1月7日)、「ゲスの極み川谷」(1月8日)

【サンスポ】「ゲス乙女」(1月7日)

となっていました。どちらかといえば「ゲス乙女」が多いかな。それがだんだん「ゲス」になって来ているような。

どうでもいいと言えばどうでもいい、ゲスな話でゲス。

(2016、2、3)

2016年2月 4日 11:24 | コメント (0)

新・ことば事情

5972「覚せい剤か?覚醒剤か?」

 

 

2月2日夜、元プロ野球選手の清原和博容疑者(48)が、覚醒剤所持の現行犯で、警視庁に逮捕されました。2年前の『週刊文春』の記事以来、黒い噂は付きまとっていたものの、本当の本当に捕まるとは!しかも、プロ野球キャプイン間もないこの時期に、というのは驚きでした。

これを報じた2月3日のスポーツ紙各紙の「覚醒剤」の表記は、

「覚せい剤」「覚醒剤」

の2種類がありました。

【覚せい剤】=サンスポ・スポニチ・デイリー

【覚覚醒剤】=ニッカン・報知

実は、2010年11月までは、「醒」の字が「表外字」(=常用漢字ではない)だったために、新聞も放送も、

「覚せい剤」

「せい」を平仮名で書いていました。しかし、2010年11月30日に「改定常用漢字表」が発表されて、そこに「醒」の字が入ったので、各社漢字で、

「覚醒剤」

と書くようになりました。読売テレビでも、そうしています。ただし、

「覚せい剤取締法」

という「法律名」は、今田に平仮名で書いた「交ぜ書き」の「覚せい剤」なので、

*「薬物名」=覚醒剤(を所持していた疑い)

*「法律名」=覚せい剤(取締法違反)

という「書き分け」を強いられているのです。私は、常用漢字の改定があったら、速やかに法律名の漢字表記も自動的に変わるのだと思っていたのですが、そうではなく、表記を変えるのも「法律改正」に当たるようで、

「内容が変わらないのに、表記を変えるだけのためには、改正は行わない方針」

のようなので、こんな中途半端なことになっています。

それにとらわれずに、「読売新聞」と「朝日新聞」は、

「実質的には『覚醒剤』と書けるのだから、法律名も漢字で『覚醒剤取締法』と書く」

という方針で、「薬物名」も「法律名」も全部漢字で、「覚醒剤」と書いています。

だから、恐らくスポーツ紙も「朝日系」の「日刊スポーツ」と「読売系」の「スポーツ報知」は、漢字で「覚醒剤」と書いているのでしょう。

他のスポーツ紙が、なぜ「覚せい剤」と「せい」を平仮名で書くのかは、わかりません。

ところで、"清原選手"といえばプロ入り間もない時期に、「警察庁作成のポスター」に登場したことがありました。その際のポスターの文言は、

「覚醒剤打たずに、ホームラン打とう!」

という衝撃的なものでした。その標語どおりにしていれば良かったのに、順番が逆になってしまって、

「ホームラン打たずに、覚醒剤を打って」

に逮捕されてしまった、清原容疑者・・・。

覚醒剤を所持・使用するというのは、反社会的な行為で犯罪です。もちろん悪いことですが、「番長」と呼ばれる「悪ガキ」風の風貌でありながら、実は気の弱い一面も垣間見える彼が、なぜそんなことに手を染めなければいけなくなったのか。彼の「ドラフト」からの30年を考えると、可哀想な気もします。

「48歳」と言えば、もう十二分に「いい大人」ですが、「心の中の悪い鬼」を早く追い出して、更生してほしいです。

 

 

(2016、2、3)

2016年2月 3日 22:46 | コメント (0)

新・ことば事情

5971「走り出すこと40分」

 

 

読売テレビの夕方のニュース番組『かんさい情報ネットten.』を見ていたら、こんなフレーズが出て来ました。

「走り出すこと40分」

これっておかしいですよね?正しくは、

「走り出して(から)40分」

「走ること40分」

あるいは、

「走り続けること40分」

だと思います。「走り出した」ということと、「走り続けること」とが合体した結果、

「走り出すこと40分」

という、まるで、

「スタートダッシュの練習を40分も繰り返し行っているような表現」

になってしまいました。ヘンなの!

 

(2016、2、2)

2016年2月 3日 20:46 | コメント (0)

新・ことば事情

5970「元カレ・元カノ・元妻」

 

 

若者言葉ですが、いつの間にか通じるようになってよく使われている言葉に、

「元カレ」「元カノ」

があります。(「ミヤネ屋」では、よく出て来るような気がします)もちろん、

「元の彼(ボーイフレンド)」「元の彼女(ガールフレンド)」

の意味です。このうち「元カレ」は「の」を抜いただけだからいいとして、「元カノ」は、ちょっと無理がある気がしないでもありません。

というのも「元カレ」は、2字とも漢字で書いて「元彼」としても使えます(読めます)が、「元カノ」は全部漢字で書くと、

「元彼」

となってしまって、

「『元カレ』と区別が付かない」

ので、「彼女」の意味の「彼」は「カタカナ」で、

「元カノ」

としか書けないですよね。話し言葉ではいいですが、書く場合には、ちょっと悩みます。

話し言葉でのアクセントは、

「モ/トカレ」「モ/トカノ」(関西弁では「モトカ/レ」「モトカ/ノ」)

です。「モ\ト・カ\レ」と2語に区切ると普通で、新しい言葉(今使われている言葉)ではありませんからね。

その「元カレ」「元カノ」も、年月が経って結婚します。しかし、4組に1組(以上の)割合で別れます。そうすると今度は、

「元夫」「元妻」

という言葉が出て来ます。これらは昔からあった言葉で、「2語」に区切って、

「モ\ト・オッ/ト」「モ\ト・ツ\マ」

ですよね。ところが最近、このうちの「元妻」を、「ミヤネ屋」の若いADさんは、「元カレ」「元カノ」と同じように「平板アクセント」で、

「モ/トヅマ」

言っていました。しかも「ヅマ」と濁ってしゃべっていました。

さっきも書いたように、本来、「元妻」は、「モ\ト・ツ\マ」で2語に区切って「頭高アクセント」で読むべきですが、去年のクリスマスの「ミヤネ屋」でこの言葉を読む場面が出て来ました。今回は、クリスマスイブに、

「昔の『彼・彼女・妻』」

からもらったプレゼントを「オークションに出す」という話題だったので、

「モ/トカレ」「モ/トカノ」

という「平板アクセント」に合わせて、

「モ/トツマ」

と「平板アクセント」で読みました。ただし「モ/トヅマ」とは濁らず、

「モ/トツマ」

と「清音」で「平板アクセント」で読みました。

 

(2015、12、25)

2016年2月 3日 16:45 | コメント (0)

新・読書日記 2016_014

『教場』(長岡弘樹、小学館文庫:2015、12、13)

 

 

単行本は2013年に出ていた。

警察学校が舞台の小説。つい一晩で読んでしまった。でも「学校」が舞台だから、「いじめ」とかがあって、それを乗り越えて一人前になる、というような感じでは、いわゆる「学校小説」的な世界。そこに「軍隊もの」的要素も入って来る。「グローイングアップもの」のような感じ。

「肝に命じる」と日記に書いてあったシーンで「あっ、誤植だ!」と思ったら、それはひっかけで、「危ない危ない、『肝に銘じる』は『銘じる』だった!」という一文が、次のページに出て来て、「あ、やられた!」と思いました。

 

 


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(2016、1、26読了)

2016年2月 1日 17:32 | コメント (0)