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『道浦TIME』

新・読書日記 2015_114

『九月、東京の路上で~1923年関東大震災 ジェノサイドの残響』(加藤直樹、ころから:2014、3、11第1刷・2014、4、1第2刷)

 

去年の春に出てすぐに購入し、9月1日までに読もうと思ったけど読めなくて寝かせてあった。今年こそ9月1日までに読もうと。なんとか読めました。

「9月1日」は「関東大震災」。今から82年前、サブタイトルにあるように「ジェノサイド」=「大虐殺」があった。「朝鮮人が井戸に毒を入れた」などのデマ、流言飛語が飛び交い、暴動が起き、多くの罪もない朝鮮人が殺されたということは、歴史上の出来事として知っていたが、その詳細を読んだのは初めて。朝鮮人と間違えられて、日本人も多く殺されている。また、朝鮮人を「仲間」として守った日本人もいた。「群集心理」「パニック状態」において、どのような行為が起こり得るのか。虐殺は、震災当日と翌日限りのものではなく、数日にわたり続いたというのは、知らなかった。また警察や軍が、最初のデマを否定しなかったということも。阪神大震災や、東日本大震災においては、整然とした行動に海外からも称賛の声が上がったが、昨今の「ヘイトスピーチ」などを見ていると、いつまた、関東大震災のときのようなことが起きないとも限らない。しっかりと学ぶべきである。


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(2015、8、19読了)

2015年8月29日 22:18 | コメント (0)

新・読書日記 2015_113

『戦争をしない国~明仁天皇メッセージ』(文・矢部宏治、写真・須田慎太郎、小学館:2015、7、5)

 

8月15日、太平洋戦争の終結=敗戦から70年の日。前日の安倍首相による「戦後70年の談話」、そしてこの日の「戦没者慰霊祭」での今上天皇の「お言葉」。「国民」のことを本当によく考えているは、首相なのか天皇陛下なのかが、よくわかった。

須田慎太郎氏の美しい写真に合わせて、今上天皇のこれまでの「お言葉」を並べた一冊。

「積極的平和主義」は「『平和』のためなら戦争も辞さない」という「正義」を振りかざす。日本で一番「平和の尊さ、ありがたさ」を考えているのは、天皇陛下ではないかという思いを、さらに強くした一冊。


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(2015、7、28読了)

2015年8月28日 16:49 | コメント (0)

新・ことば事情

5855「連チャンのチャン」

 

突然、ひらめきました。

 

「何かを連続して行うことを、俗語で『連チャン』というが、この『チャン』は、麻雀の『半荘(ハンチャン)』の『荘(チャン)』だ!」

 

「麻雀用語」から来ていたのか。

『広辞苑』『明鏡国語辞典』『新明解国語辞典』には載っていませんでしたが、大きい辞書(『精選版日本国語大辞典』)を引いたら、ちゃんと載っていました。

 

「レンチャン(連荘)」=(1)麻雀で、荘家()が上がったり、または誰も上がれなかったりして、同一の親が続くこと。※用例省略(2)((1)から転じて)同じ事が続くことをいう俗語。(例)連荘で飲む

 

そうだったのか。今頃、気付くとは!

そして、これも驚いたことに、小さい辞書(『三省堂国語辞典』)にも載っているではないですか!

「れんチャン(連荘)」=【チャン(=荘)は中国語】(1)マージャンで親が続けて上がること。(例)三連荘(2)(俗)同種のことが続くこと。(例)会議の連荘

やっぱり、今も使われている言葉なんですね。

(2015、8、27)

2015年8月28日 12:46 | コメント (0)

新・ことば事情

5854「在廊」

 

ツイッターを見ていたら、画廊で「個展」を開いているある方が、

「○日は、○時まで在廊します」

と書いているのを見つけました。この、

「在廊」

という言葉は、初めて見ました。グーグル検索してみると(8月27日)

「在廊」=48万3000件

も出て来てビックリ!

「在廊日」=12万1000件

というのも、結構ありました。専門用語のようですね。

「家にいる」ことは、

「在宅」

と言いますね。「学校に在籍している」ことは、

「在校」

と言います。「会社にいること」は何と言うのだろう?

「在社」

だと、「その会社に在籍していること」だなあ。その辺があいまいです。よく、会社にかかってきた電話に応えて、

「○○は、もう退社しました」

って言うと、「その日はもう帰った」のか、「会社をやめた」のかが分かりにくいという話と同じですね。(特に、定年間際の年配の社員の場合。)

「在」「退」は、

「その時点でのその場所の存在」

の場合と、

「少し長いスパンで見た所属」

の場合と、両方あるということですね。

(2015、8、27)

2015年8月27日 20:45 | コメント (0)

新・ことば事情

5853「ヒゲソリ顔」

カミソリの広告にこんな文句(コピー)が。

「こんなヒゲソリ顔をしなくても、剃り残しを減らすことはできる」

そのコメントの横には、白いヒゲソリクリームを塗った左の頬を引っ込ませて、ちょっと横を向いた男の人の顔写真が。

そうか、あの顔ね!するする!あれを、

「ヒゲソリ顔」

と言うんですね!って、勝手に広告で言っているだけかもしれませんが。

グーグル検索してみると(8月27日)、

「ヒゲソリ顔」=378件

でした。まあ、「広告用の言葉」のようですね。

でも、色んな言葉が作られるものだなあと思いました。

(2015、8、27)

2015年8月27日 16:44 | コメント (0)

新・ことば事情

5852「米軍・米兵の読み方2」

 

平成ことば事情5842で取り上げた「米軍・米兵の読み方」、その後も注目しています。

8月24日の未明に神奈川・相模原市の米軍基地で爆発事故がありましたが、それを伝えた8月24日のテレビ朝日のお昼のニュースでは、「在日米軍」を、

「ざいにち・べいぐん」

と呼んでいました。また、菅官房長官が会見で「米軍施設」を、

「べいぐん・しせつ」

と言っていました。同じ日の夜のテレビ朝日「報道ステーション」では、スーパーで出て来た、「米陸軍」「米軍」「米軍側」の「米」に関しては全て、

「アメリカ」

と読んでいましたが、VTRの途中から出て来た、「米軍基地」に関しては、

「べいぐん」

でしたし、その後の、

「米軍の原因究明はアメリカ側の許可がないとできない」

は最初の「米軍」は、

「べいぐん」

で、スーパーで「アメリカ側」はそのまま、

「あめりかがわ」

でした。また、サイドスーパーは、

「相模原で米軍倉庫が爆発」

でした。

同じ日のNHKの午後7時のニュースでは、テロップは、

「米軍に対して」

で、ナレーションは、

「アメリカ軍に対して」

でした。また、

「日米地位協定に基づきアメリカ軍が行う」

は、テロップもナレーションもその通りで、「日米」は「にちべい」で、テロップも「米軍」ではなく「アメリカ軍」と出ていました。

そして、同じ日の日本テレビ「ニュースZERO」では、リードのナレーションは、

「アメリカ軍の倉庫」

というように、

「あめりか」

と読んで、なぜか本文は、

「米軍倉庫」

とスーパーが出て、ナレーションも、

「べいぐん」

でした。

その後、8月27日のお昼の「ストレイトニュース」では、テロップは、

「米軍」

でしたが、矢島アナウンサーのナレーションは全て、

「アメリカ軍」

でした。

(2015、8、27)

2015年8月27日 13:21 | コメント (0)

新・ことば事情

5851「『拝啓総理大臣様』の言葉」

 

野村芳太郎監督、渥美清主演の映画、

『拝啓総理大臣様』

のDVDを借りて来て見ました。「1964年」の作品、今から半世紀以上前の映画です。カラー作品でした。渥美清の元・漫才の相方の役を演じていた長門裕之さん、まるでサザンオールスターズの桑田佳祐さんのようでした、若い!

その映画で、あまり最近は耳にしない言葉の数々が出て来たので、記しておきます。

「犬殺し・ルンペン・クロンボ・キイロンボ・どもり・コールガール・おこも・オコジキ・つんぼになって・気違いじみた・アメ公・アメちゃんのパン助」

いやあ、現在のテレビ放送では出て来ない言葉ばかりです。いわゆる、

「差別語」

と呼ばれるものですね。ほとんどが、現在は、

「死語」

になっていると思われる言葉です。たぶん、若い人が見て(聞いて)も、意味がわからないのではないでしょうか?

もし、テレビでこの映画を放送するとしたら、映画の前後に、

「この映画の中には、現在では差別的だと思われる言葉が出て来ますが、映画の芸術性にかんがみ、そのままで放送します」

というような「おことわり」が付くでしょうね。しかし、今「テレビで」見ても面白いのか?みんなが見たいのか?ということから言うと、テレビには出ないのではないでしょうか。「作品そのものの価値」は変わらないかもしれないけれど、「評価」は時代によって変わるのではないかなあと感じました。

ちなみに、この時の「総理大臣」は、

「池田勇人首相」

でした。

 

(2015、8、17)

2015年8月27日 12:15 | コメント (0)

新・読書日記 2015_112

『それでも薬剤師は薬を飲まない~食事が変わると、健康になる』(宇田川久美子、廣済堂出版・健康人新書:2015、7、7)

 

うーん、タイトルにつられ、廣済堂出版なので大丈夫かと、見慣れない新書を好奇心で購入したものの・・・タイトルとサブタイトルが全てですね。


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(2015、8、24読了)

2015年8月26日 18:14 | コメント (0)

新・ことば事情

5850「武藤と元」

 

8月20日の「ミヤネ屋」で、前の日に自民党を離党した、

「武藤貴也 衆院議員」

のニュースを取り上げました。本番前にスーパーのチェックをしていたら、こんなものが。

「武藤貴也 元自民党衆院議員」

武藤議員は、自民党は離党したのでたしかに、

「元自民党」

というのは正しいのですが、「議員」はまだ辞めていませんから、その後に「衆院議員」が付いてしまうと、「衆院議員」まで「元」のように見えてしまう恐れがあるので、これはよくありません。

○「武藤貴也 衆院議員」

と直しました。その説明を口頭でしていたら、ややこしい問題が。

「元議員じゃないよ、武藤議員だよ!」

この「元」と「武藤」が、聞き取りにくいんですよね。

・「元」 =「MOTO」

・「武藤」=「MUTOU」

ということで、実際にしゃべってみるとわかりますが、似ています。「O」と「U」の母音は、近いんですね。

ハッキリと発音して、何なら文字で書いて示すようにしないと、間違われてしまう恐れが。

同じようなものには、

「名前や名字の最後が『元』という漢字」

の人にも起こって、例えば、プロ野球の東北楽天イーグルス監督の「デーブ」こと、

「大久保博元」

さんの場合、

「大久保博元監督」

とフルネームで書くと、

「大久保博元・監督」

が正しいのですが、

「大久保博・元監督」

だと思われる恐れがあります。例えば「西前」さんという名字の方が校長先生だとしたら、「西前校長」と書くと、

「西・前校長」

だと誤解されるかもしれません。

こういった「文字」あるいは「発音」で混同されやすい名前の場合は、注意が必要ですよね。

(2015、8、25)

2015年8月26日 10:26 | コメント (0)

新・読書日記 2015_111

『じみへん(最終回)』(中崎タツヤ、小学館:2015、8、10)

 

創刊時から欠かさず読んできた週刊漫画雑誌『ビッグコミックスピリッツ』。最近「興味を持って読める漫画が減ったなあ・・・1週間で読み切れないしなあ・・・年だなあ」と感じ、毎週購入することは、なくなっていた。たまたまほかに読むマンが無くて買ったら、なんと48人もの漫画家が、各自1コマずつ描いた「じみへん」へのオマージュが並んでいるではないですか!そう、この号が「じみへん」の最終回だったのです!たまたま買ったら、「最終回」に巡り合わせてしまったと。これも一つの「運命」ですよねえ・・・。連載は26年間、最終回は1251回だったそうです。中途半端な数字ですが、週刊誌で1251回ってスゴイの一言ですね。これも気負わずになんとなく続いてしまったということでしょうねえ。最終回の本編は、いつもと全く変わらない、気負わない内容でした。どんな話だったか、覚えてないぐらい・・・。

「じみへん」は、連載が始まった頃の最初の単行本を持っています。持っているはずです、また捜しておきますが。最終回が載った単行本、出たら買おうかなあ。

なお、「じみへん」とは「ジミー・ヘンドリックス」の略称・通称と同じ響きですが、音楽とはあまり関係なく、「地味」で「変」な漫画という意味だと思います。そう言えばこの間、中崎さんの本を買って読んだなあ。なんでも捨てちゃうっていう内容の・・・。(読書日記を捜してください・・・あ、あった。「2015読書日記088『もたない男』(中崎タツヤ、新潮文庫:2015、6、1)」でした。)

中崎さん、長い間の連載、お疲れ様でした!


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(2015、8、10読了)

2015年8月25日 18:02 | コメント (0)

新・ことば事情

5849「ピルピル」

 

先日、行きつけのスペインバルで、バルセロナの3つ星レストランで働く日本人女性シェフが里帰りしたので、その料理を味わう会というのが催され、出席しました。料理はどれも色鮮やかで、オシャレで、まるでフレンチのようでありながらスペイン料理という、楽しくおいしい物でした。その中の前菜の一つに、

「バカラオ(塩タラ)の皮を湯通しした料理」

があり、その名前が、

「ピルピル」

というのだそうです。見た目は「フグの皮」みたいな感じ。名前の由来を聞くと、

「皮を湯通しする時に、縮こまって『ピルピル』と音を立てるから」

なのだそうです。

それで思い出したのは、以前、スペインのバラハス空港で、飛行機から燃料が流れ出したという事故があった時に、スペイン人の乗客がビデオを回しながら、

「チョーロ、チョーロ!」

と言っていて、そこに日本語字幕で、

「燃料が、チョロチョロ流れ出している!」

とあったのです。つまり、ススペイン語で「流れ出す」を「チョロ」と言うと。日本語の擬態語・擬声語と、スペイン語の擬声語は似ているなと思ったのですが、この「ピルピル」も、そういう意味で共通点を感じますね。

「平成ことば事情413チョロ、チョロ、チョロ」も、あわせてお読みください。

(2015、8、24)

2015年8月25日 10:37 | コメント (0)

新・ことば事情

5848「LINE」

 

大阪・高槻市で中1(13歳)の少女・平田奈津美さんの遺体が遺棄された事件で、平田さんの「LINE」の通話履歴が出て来ています。その「LINE」を、新聞各紙がどう表現・説明しているか、8月20日(読売は20日の紙面になかったので18日)の朝刊で比べてみました。

(読売)無料通話アプリ「LINE(ライン)」

(朝日)携帯電話の無料通信「LINE」※横ルビで(ライン)

(毎日)無料アプリ「LINE(ライン)」

(産経)スマートフォンの無料通信アプリ「LINE(ライン)」

(日経)無料通信アプリLINE(ライン)

全部同じように見えて、微妙な違いがありますね。

まず「無料」ということは全社書いていますが、「通信アプリ」としているのが「朝日・産経・日経」、「毎日」は「無料アプリ」で「無料」の「何のアプリか」はわかりません。「読売」は「通話」としていますが、今回の「LINE」は、

「文字や絵によって、漫画の吹き出しの会話のようにコミュニケーションを取る」

ものなので、音声による「通話」ではないでしょう。この場合「通信」のほうが適当に思われます。(「LINE」の無料通話もありますが、今回は音声ではなく文字でのやり取りです。)

また、商品名ですからそれを強調するために各社「カギカッコ」で「LINE」をくくっていますが、「日経」だけは、くくっていません。これは恐らく「LINE」はアルファベットなので、漢字や平仮名による「地の文」と区別できるからと考えたからではないかと思われます。

あと「ライン」というルビは、「朝日」だけが「横ルビ」で、他社は(丸カッコ)でくくった「後ルビ」です。

そして、「朝日」は「携帯電話」の無料通信アプリとしているのに対して、産経は「スマートフォン」の無料通信アプリとしています。これは「スマートフォン」のほうがより正確ですが、何しろ文字数が「スマートフォン」は7文字、「携帯電話」は4文字ですから、そのあたりの事情があるのでしょう。

なお、放送では、NHKの8月21日のニュースでは、

「無料通話アプリで」

と、「LINE」という言葉を使わずに報道していました。

 

※これを書いた翌日の21日夜、山田浩二容疑者(45)が逮捕・送検されました。また、星野凌斗くん(12)の遺体も、大阪・柏原市内の竹林から見つかりました。合掌。

(2015、8、24)

2015年8月24日 22:35 | コメント (0)

新・ことば事情

5847「子どものうち1人は2人の子ども」

 

8月10日に日本テレビ『スッキリ!!』が伝えていた、アメリカで元夫が民家に押し入り8人を殺害したという痛ましいニュース。その中で、こういうスーパーが出ていました。

「殺された子どものうち1人は2人の子ども」

???

「1人は2人?」

これはつまり、元夫に殺されたうちの1人(=子ども)は、

「元夫と元妻=『ふたり』の間に生まれた子どもであった」

ということを言いたかったのでしょうね。

「ミヤネ屋」では日頃から、

*「単なる人数=洋数字」

*「意味を持つ数字=漢数字」

と使い分けるようにしています。その意味では、今回の、

「"ふたり"の子ども」

という場合の「ふたり」は「(元)夫婦」を意味しますので、漢数字で、

「二人」

として、

「殺された子どものうち1人は 二人の子ども」

と表記します。「洋数字」と「漢数字」で意味が違うのだということがわかりやすい例だと思いました。(平仮名で「ふたり」でも、いいんですけどね。平仮名だと目立たないんで。)

(2015、8、20)

2015年8月24日 19:33 | コメント (0)

新・ことば事情

5846「国内外」

 

「国内外」

という言葉を、時々目にしますが、放送では、

「国の内外」

「の」を入れるか、

「くに・ないがい」

と読むように指導しています。日本新聞協会の新聞用語懇談会放送分科会が出した『放送で気になる言葉2011』の84ページにも、

「比較的新しい言葉で、『コクナイガイから大勢の参加者が・・・』のように使われる。放送でときたま耳にするほか政治家にも使う人がいるようだ。しかし、理解するのに一瞬時間がかかる。『国内』を一つの熟した言葉と見ると『ガイ』が半端になるし、『内外』をまとまりとしてとらええると『コク』が理解しにくいからだろう。文字は簡単だが、耳慣れた言葉ではない。『国の内外』『国内・国外(海外)』と聞きやすく表現したい」

と載っています。しかし実態としては、

「こくないがい」

と読まれることが多いです。

そんな中で、8月14日、安倍総理の「戦後70年談話」の中にも、この言葉が出て来ましたが、安倍総理はこれを、

「くにないがい」

と読みました。

(2015、8、17)

2015年8月21日 18:22 | コメント (0)

新・ことば事情

5845「戦死」

 

8月14日の「ミヤネ屋」は「戦後70年」の特集で、硫黄島(いおうとう)からの全編生中継でお送りしました。「全編」とは言いつつ、実は「VTR」部分だけでも70分以上ありました。そのVTR部分を、原稿とスーパー合わせて事前にチェックしていました。

その際に、硫黄島の旧島民で、18歳と16歳の2人のお兄さんが「軍属」として島に残されたという奥山登喜子さん(82)。2人の兄は、戦争で亡くなりました。その「死」を、最初の原稿では、

「戦死しました」

と書いてあったのですが、それに疑問が。というのも、「軍属」というのは、

「軍人ではなく軍に所属する文官・文官待遇者など」(「広辞苑」)

なのです。「戦死」というのは、

「『軍人』が死んだ場合だけ」

なのではないでしょうか。「軍属」や「民間人」が死んだ場合は「戦死」とは言わないのではないでしょうか?そう思ったので、一応、「戦死しました」という表現はやめて、

「亡くなりました」

にしました。その後、国語辞典を引いてみると、

(広辞苑)戦闘で死ぬこと。うちじに。

(明鏡国語辞典)軍人が戦闘によって死ぬこと。

(精選版日本国語大辞典)軍人・兵士が戦場で死ぬこと。うちじに。

(デジタル大辞泉)戦いに参加して死ぬこと。

(岩波国語辞典)戦争に行って戦闘によって死ぬこと。

(三省堂国語辞典)戦争に参加して、戦って死ぬこと。

(新明解国語辞典)戦闘に参加して死ぬこと。

というようなことで、「戦死」が「軍人・兵士」と記しているのは、

「精選版日本国語大辞典」「明鏡国語辞典」

だけでした。でも、きっとそうだよな。だって、「民間人」が空襲で亡くなっても「戦死」とは言わないですよね。

あと、少し疑問に思ったのは、

「戦闘によって死ぬこと」

とあるのですが、たとえば「兵糧」が断たれたりして、

「戦闘することなく病死・餓死」

した場合は、「戦死ではない」のか?いや、これは「戦死」に当たると思いますが、どうなんでしょうか?

また「戦争に参加して」という表現が多い中で、「岩波国語辞典」は、

「戦争に行って」

とありますが、「戦場」は必ずしも「国外」とは限らないので、「行って」という表現はどうなのか。

こんなことは考えなくてもいい世の中にしたいものですが・・・。

(2015、8、17)

2015年8月21日 11:20 | コメント (0)

新・ことば事情

5844「隣接する」

 

先週、大阪府高槻市で、8歳~15歳と見られる女性の遺体が見つかった事件で、被害者の女性は、行方不明になっていた大阪府寝屋川市の中学1年生(13)だとわかりました。

8月18日のお昼のニュースで、寝屋川警察署から中継した朝日放送の男性記者は、

「高槻市に隣接する寝屋川市に住む・・・」

と言っていたのですが、この、

「隣接する」

が引っかかりました。近くの「枚方(ひらかた)市」に住んでいる私としては、

「『寝屋川市』が『高槻市』と『隣接している』という感覚はない」

のです。なにせ、「高槻市」と「寝屋川市」は「淀川」によって隔てられており、「高槻市」は「北摂」ですが、「寝屋川市」は「北河内」です。

「隣接する」

というのは文字通り、

「隣り合う」

だと思うのですが、「高槻市」と「寝屋川市」が「隣り合っている」というイメージはありません。地図を見ると、たしかに、

「高槻市の南端と、寝屋川市の北の端は、少し接してはいる」

でですが、それも、

「淀川を境界線として」

ですから、地面は、直接は、接していません。

そして、「隣」を「広辞苑」で引くと、

「隣」=「横に相接した位置。またその位置にあるもの」

とあります。ほらね!「横」というのは、地図で言うと、

「東西」

ですよね。でも「高槻市」と「寝屋川市」は「南北」には接しているが、「東西」には接していない!つまり「隣」ではないのです!違和感の正体がハッキリした!

これが、「高槻市」の西隣の「茨木市」とならば、「隣接した」で良いと思うのです。「高槻市」の「淀川を挟んで東側」の「枚方市」でも、何とか許容範囲です。

その後見たNHKのお昼のニュースの中継では、女性記者が、

「高槻市の隣の寝屋川市」

と言っていました。うーん、同じ理由でこれも「隣」ではないと思うなあ。

若い命が無残にも失われ、今も同級生の男の子の行方が分からず、事件は解決していないのですが、その最中でのリポートの表現が見になりました。

ちなみに、遺体発見現場の「高槻市番田」は、枚方大橋を渡って川沿いに西へ向かう道沿いで、「寝屋川市と接する部分」ではありません。

(2015、8、18)

2015年8月20日 18:19 | コメント (0)

新・ことば事情

5843「ニホン軍か?ニッポン軍か?」

 

「日本軍」

を読むときにいつも悩むのが、

「ニホン軍」か?「ニッポン軍」か?

という読み方です。戦争当時は、

「帝国陸軍」「帝国海軍」

と呼ばれていたでしょうし、「日本」が付くなら、

「大日本帝国陸軍」「大日本帝国海軍」

で、この「大日本」は「ダイニッポン」でしょう。そうすると「日本軍」という言葉が、当時は、あまり使わなかったのではないか?という気もします。

ことしは「戦後70年」ということで、「ミヤネ屋」では8月14日に「硫黄島(いおうとう)」から全編生中継を行いました。その特別企画の中で、VTRでインタビューに答えてくれた、硫黄島のからの生還兵・大越晴則さん(87)は、

「ニホンヘイ」

と話していました。(「軍」ではなく「兵」ですが。)

8月14日、安倍晋三首相が発表した「戦後70年談話」で、安倍首相は、

「ニッポングンによって」

と読んでいました。

8月6日のNHK、午後7時のニュースで武田アナウンサーは、「旧日本軍」を、

「キュー・ニホングン」

と読んでいました。参考までに記録しておきます。

(2015、8、17)

2015年8月20日 10:28 | コメント (0)

新・ことば事情

5842「米軍・米兵の読み方」

 

新聞など「文字」のメディアでは「アメリカ軍」「アメリカ兵」のことを、

「米軍」「米兵」

と書きますが、これを「読む」ときに、

「ベイグン」「ベイヘイ」

とそのまま読むのか、あくまでも「米」は「アメリカ」を略した「表記」に過ぎないので、読む際には、

「アメリカグン」「アメリカヘイ」

と読むのか?といった問題が、「音声」のメディアでもある「テレビ」では生じます。もちろん「音声」のメディアである「ラジオ」でも。

「どっちでも、おんなじやん」

とは思いますし、そんなに気にはならない(と思う)のですが、気にしだすと気になります。

以前、新聞用語懇談会の放送分科会で、これを議題に出したことがありました。まず、10年前(戦後60年)の「2005年7月」。

『最近「米軍」と書かれたものを、そのまま「ベイグン」と読んでいるのをよく耳にするが、これは「アメリカグン」と読み直すべきではないか?「英国」「独」「仏」にしてもそのまま読むことは少ないのではないか?』

これに対する各社の反応は、

『基本は「アメリカグン」と読み直すべきであろう。例外として「米」をそのまま「ベイ」と読むケースとしては、「米軍基地」「在日米軍」「日米首脳会談」「日米関係」などがある。「英国」も基本的には「イギリス」と読み直す。「独」「仏」も「ドイツ」「フランス」と言うべきである。おそらく、最近は新聞を紹介するコーナーが増え、新聞の見出しや本文の中のそういった漢字を、そのまま読んでしまっているケースが増えたのではないか。』

というものでした。

また、それから5年後の「2010年2月」にも、議題に上がっています。

『「米軍基地」「在日米軍」と文字で書かれている場合の「米軍」は、「アメリカ軍」に言い直しているか?』

これに対する回答は、TBSが、

『以前は必ず「アメリカ軍」と言い直すように指導されたし徹底していたが、今はバラバラになっているかも・・・。「在日」は「日本に滞在している」、「駐日」も「日本に駐在している」と言い直すように言われたが、今はそのままのことが多い。』

それ以外の社は、「うーん」というような表情で、

「たしかに言い直した方がいいだろうけど、必ずしもやっていないかなあ・・・」

というような感じでした。

「ミヤネ屋」のきょう(2015年8月14日)の放送は、「戦後70年」の節目ということで、「硫黄島から全編生中継」でお伝えしました。その際に出て来たVTRの中の「米軍」「米兵」の読み方は、当時の話で「旧日本軍の視点」は、原則、

「ベイグン」「ベイヘイ」

としました。ただ「アメリカ側の視点」や「現在のアメリカ」の話の中では、

「アメリカグン」「アメリカヘイ」

という読み方もOKとしました。混在はしていますが、それぞれ「どちらの読み方にするか」を検討した上での読み方です。

そもそも「アメリカ軍」「アメリカ兵」のことを、表記上の略字として「米軍」「米兵」と書くのは、「アメリカ合衆国」「アメリカ」も「米国」「米」と書くのと同じですね。でも、それは「文字表記上の省略」であって、読む場合は略さずに、

「アメリカグン」「アメリカヘイ」「アメリカ」

と読むのが、やはり原則です。

しかし、歴史的には(つまり「太平洋戦争中」は)「米軍」「米兵」「米国」と書いて、

「ベイグン」「ベイヘイ」「ベイコク」

と読んでいた(呼んでいた)と思われます。クリントイーストウッド監督の映画、

『硫黄島からの手紙』

の中でも、渡辺謙扮する栗林中将率いる旧日本軍は、

「米軍(ベイグン)」

と言っていました。こういった場合はやはり、

「ベイグン」「ベイヘイ」

とするのが、一番良いのではないでしょうか。

ちなみに、最近の他局の放送では、7月30日のテレビ朝日のお昼のニュースでは、

「米軍機」

を、

「ベイグンキ」

と読んでいました。同じ日のNHKのお昼のニュースでは、スーパーは、

「米軍機」

でしたが、アナウンサーの「読み」は、

「アメリカ軍機」

でした。

 

(追記)

8月14日の「ミヤネ屋」は、「戦後70年」特集で硫黄島(いおうとう)から全編生中継でした。その番組の中のVTRでインタビューに答えた硫黄島からの生還兵・大越晴則さん(87)「米軍」を、

「ベイグンに見つかってはいけない」

と、「ベイグン」と呼んでいました。

(2015、8、17)

 

(2015、8、14)

2015年8月17日 11:18 | コメント (0)

新・ことば事情

5841「匍匐前進」

 

「匍匐」

は、「ぶどう」ではなく、「ほふく」と読みます。

うつぶせに這いつくばって、前に進むのが「匍匐前進」ですね。

「ぶどう」は、

「葡萄」

あ!似てますね!「葡萄」の「葡」と「匍匐前進」の「匍」は同じ漢字だ!と思うぐらい。よく見ると「ぶどう」は「草かんむり」があり、「匍匐」にはない。

「草」を頭に載せて「匍匐前進」したら、

「葡萄前進」

になるかも?・・・なりませんけど。

8月12日の「かんさい情報ネットten.」で、「戦後70年」の戦争遺跡を訪ねるカメラマンのミニ企画(1分半~2分ぐらい)で、和歌山の「友が島」の旧日本軍の遺構を紹介していました。友が島には、そういった戦争の歴史を観光客に伝える「語り部」の方がいらっしゃるようで、その語り部さんが「匍匐前進」のことを、こう言っていました。

 

「ホーフクデンシン」

 

「ホフク」がちょっと伸びて「ホーフク」。これだと「報復」のようです。

「ゼンシン」が「デンシン」になっているのは、

「ああ、和歌山だなあ」

と思いました。

(2015、8、14)

2015年8月16日 21:17 | コメント (0)

新・ことば事情

5840「ゆうりょう講習」

 

運転免許の更新に行って来ました。いつもは平日の午前中に、会社へ行くのはちょっと遅くさせてもらって、家の近く(15分ぐらい)の警察署に行って、手続きと講習で1時間ちょっと、免許証は後日、郵送してもらっていたのですが、今回は、

「平日は、午前中でも抜けてもらっては困る」

という「ミヤネ屋」スタッフの声で、平日午前中に抜け出すことができず(頼りにされているのはうれしいけれど、5年に1回しかないんだから少しぐらい抜けてもいいだろうというという不満も抱えつつ)、日曜日に、家から少し遠い(1時間15分ぐらいの)古川橋の運転免許場まで行ってきました。

久々に行ってみたら(たぶん20年ぶりぐらい?)、とっても新しくキレイになっていてビックリ!遠い所を行くだけあって、ここでは免許証が「即日交付」されます。まあ、2時間ほど、時間はかかるんですが。

広い構内には、説明のための係員はあまりおらず、それでも、粛々と更新者の皆さんは動いています。係員を無駄に増やして税金を使うよりは、いいのか。

写真撮影まで終わって、後は「30分の講習」を受けるだけです。「ゴールド免許」の、

「優良ドライバー」

なので。これが5年間に何らかの違反を犯していたら「60分」の講習を受けなくてはなりません。講習は「30分」でも、それまでに「60分」待たせたら、別におんなじだよなあ、待ち時間も短くしてくれなきゃ。「講義室」の前にたくさん並んで待っているんですが、いつから講習が始まるのか、全く案内がありません。15分ほど待って、トイレに行っていた隙に何らかの案内があったようで、先ほどまで閉まっていた講義室の一つの扉が開いて、係員の女性に名前を呼ばれたらしき何人かが、部屋の中に入って行きます。

私の名前も呼ばれたのか?と思い、女性係員に、

「名前、呼びましたか?」

と聞いて書類を見せたら、

「『ゆうりょう講習』は、こちらではありません」

と言われました。

「有料講習?金、取るのか?『無料』講習はないんですか?」

と聞こうかと思ったら、違いました。

「優良講習」

でした。もう「者」ぐらい略さないで、

「優良者講習」

とちゃんと言ってほしいと思いました。おちおち、トイレにも行ってられない。

(2015、8、14)

2015年8月16日 13:16 | コメント (0)

新・ことば事情

5839「きょうだい」

 

「兄弟」

と書いて、「きょうだい」と読み、女ばかりの場合は、

「姉妹(しまい)」

とするのは、小学校低学年の子どもでも知っています。問題は、

「男と女が交ざっている場合の表記」

です。一般的には「姉妹」以外は全て「きょうだい」と言い、表記も「兄弟」で問題はないはずです。しかし最近は、なんとなく違和感があります。「兄と妹の2人」「姉と弟の2人」の兄弟の場合は、

「兄妹」「姉弟」

と書いて、「読み」は「きょうだい」と読むことも、実際にはあります。

2015年7月、大分の自衛官(広島に単身赴任)が、夫婦げんかの末に自宅に放火した事件では、「8人兄弟」のうち、3人が亡くなったのですが、

「残された兄妹(きょうだい)」

という表記が出て来ました。

しかし、問題は「兄と妹」「姉と弟」だけならばいいのですが、子どもの数が、

「3人以上で、男女混合の場合」

の表記です。これまでどおり「兄弟」という表記でひっくるめて済ましてしまうのか、それとも、漢字にこだわらず、

「平仮名で『きょうだい』と書く」

のか。

『AERA』2015年8月17日号(最新号)の表紙に書かれている特集のタイトルは、

「きょうだいは リスクか資産か」

というもので、「きょうだい」が「平仮名」で書かれていたのですが、このあたりに配慮した表記なのでしょう。

関連で、お母さんが多くても、以前は何の違和感もなく

「父兄会」

と言っていたのが、

「『父兄』というのは『男尊女卑』的だ。」

ということで、最近(と言っても、ここ20年ぐらい)は、

「保護者会」

となったのも、少し、社会の雰囲気としては関連があるかもしれません。

(2015、8、14)

2015年8月15日 21:15 | コメント (0)

新・ことば事情

5838「地肌の約半分は毛穴」

 

テレビを見ていたら、コマーシャルで、

「地肌の約半分は毛穴。その毛穴に注目しました」

というコメントが。それを聞いて思い浮かべたのは、

「ドーナツの穴」

ですね。つまり、

「ドーナツの約半分は穴。その穴に注目しました」

みたいな物かな。それと、滋賀県民からは否定されるでしょうけど、

「琵琶湖」

ですね。

「滋賀県の約半分は琵琶湖。その琵琶湖に注目しました」

みたいな。

本当は、琵琶湖は滋賀県の「6分の1」にすぎないんですが・・・。

(2015、8、13)

2015年8月15日 18:00 | コメント (0)

新・読書日記 2015_110

『大林宣彦の体験的仕事論~人生を豊かに生き抜くための哲学と技術』(語り・大林宣彦、構成・中川右介、PHP新書:2015、7、29)

 

この本を構成した中川右介さんから送って頂きました。ありがとうございます。

全部で370ページ近くあり、6章プラス巻末対談までついた分厚い本だが、基本的にインタビューの語りで構成されているので、読みやすい。80ページぐらいまで(つまり第1章)は、一気に読んでしまいました。

大林監督と言えば「尾道3部作」のイメージが強いが、大林監督は、実は地元・尾道からは当初、嫌われていたという。なぜならば監督は、「昔のままの風情を残している尾道」に「尾道の良さ」を求めたのに対して、尾道の町の人たちは「映画の舞台になることで、町が繁栄・発展すること」を望んでいたから。しかし、のちに「いかに昔のままで残ることに価値があるか」に、皆、気付いたという。

趣味の8ミリ映画から始まり、コマーシャルフィルムを取るようになり、そこから商業映画に。商業映画の監督になった時には、もう39歳になっていた・・・。そして角川映画と大林監督の出会い・付き合い、全てはつながっている。迷った時には16歳ぐらいの自分に戻る、16歳の自分だったらどう思うだろうか?を原点にする。「ベテランの16歳」という言葉は、「初心、忘るべからず」ってことですね。

「トラブルに遭ったら、チャンスが来たと考える」なんていうのは、ビジネス論っぽいな。

一応、これは「ビジネス書」なんだそうですが。読んでいると、本当に大林監督に会って話を聞いている、インタビューをしているような気持ちになりますね。

「前例のないことだけをやる」という大林監督、映画会社の枠を超えて映画を撮る、東宝の社員でない大林監督が、東宝映画を撮る場面(73~74ページ)で、映画に使う「タオル」と「手拭い」では「持ち場が違う」という話は、面白かったですね。「タオル」は「小道具部」で、「手拭い」は「衣装部」だって。縦割りの職業集団、プロの集まりが一緒になって創っているという感じが分かったけど、これでは図体がでかくなってしまって、動かすのが大変だと思いましたね。ある意味「どっちも、まとめてやればいいじゃん」という合理主義は、受け入れられないだろうなって。ちょっと、わかります。

また、黒澤明監督の『用心棒』のときの「フォーカスマン」だった木村大作さん(のちの名カメラマンで『剱岳・点の記』の監督)が、ピントを合わせる名人で、木村さんがフォーカスを合わせたら、一発で黒澤監督が「OK!」を出し、セットを壊しちゃったという。ある種のバクチだと思うけど、そこまで信頼している(信頼される実力がある)というのは、スゴイなあと思うエピソードでしたね。リハと全く同じ動きができる(する)三船敏郎も凄いけど。

大林監督の作品で、まだ見ていない物(の方が多いと思うが)、「HOUSE/ハウス」や「野のなななのか」「なごり雪」「この空の花~長岡花火物語」も「見たい!」と思いました。「時をかける処女」じゃねーや「時をかける少女」も見たい!(昔、見たとは思うが→これを書いた日に、借りて来て見ました!こんな映画だったのか。筒井康隆の原作は、小学校の時に読んでいたけど。時代を感じさせる映像部分もあったし、岸部一徳や根岸季衣が若い!尾美としのりは、全然変わらない。当時の原田知世って、今の剛力彩芽みたい!尾道の町の魅力全面PRとも言うべきロケじゃないか!)福永武彦の『草の花』も、たぶん高校の頃に読んだけど、また、読んでみようかな。

ここで、いつものように「校閲チェック」。297ページ後ろから6行目、

「美智子さん-― 本音は美智子様なんでしょうけど、僕は親しみをこめて美智子さん」

という「本音は」はというの、「本当は」の誤植では?

それと、342ページの8行目の、

「意志を継いで」

の「意志」も「遺志」ですよね。

最後に、346ページの大林監督の言葉で締めましょう。

「『プラカード』は『正義』を主張しますが、『エッセイ』は『正気』を語るもの。日本の『正義』とアメリカの『正義』が戦ったのがあの戦争で、終われば勝ったほうの『正義』が正しかったってのが戦争。だから『敗戦少年』の僕など『正義』より『正気』を信じます。世界中の人が『正気』になれば、世界は平和になると。』


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(2015、7、27読了)

2015年8月15日 12:29 | コメント (0)

新・読書日記 2015_109

『せんべろ探偵が行く』(中島らも・小堀純、集英社文庫:2011、7、25)

 中島らもさんが亡くなったのが、2004年7月26日。それからもう11年が経ってしまった。2001年から2003年にかけて雑誌に連載され、らもさんが大麻取締法違反で逮捕されて、執行猶予期間中の単行本の出版。そして執行猶予期間中に亡くなってしまったのである。

タイトルの「せんべろ」とは「千円でべろべろに酔える(店)」ということだそうだ。実は別の本を読んでいて、らもさんがらみでこの言葉が出て来たので、「平成ことば事情4654せんべろ」で書いている。3年前のこと。

この文庫本は2011年の、らもさんの命日の前日に出ているが、それからでも4年も経っている。それを、なんと大阪・堺市の光明池の「天牛堺書店」で見つけ購入。「買ってくれ!」と言わんんばかりに、目立つ所に置かれていた。光明池に来るのは10年ぶりぐらいか。前に来たのは、選挙取材で田中康夫だか辻元清美だかを追いかけて、街頭演説を聴きに来たとき。ゲリラ豪雨に遭ったのを覚えている。おそらく、それ以来。今回、なぜ光明池に来たかと言うと、妻の祖母の通夜があったからだ。101歳での大往生。その帰りに、亡くなったらもさんの本と巡り会ったのも、何かのお導きであろう。

読んでいたら、2年前に訪ねつい最近も話題に上がった東京・十条の「斎藤酒店」が紹介されているではないか!また、大阪・阿倍野の「明治屋」に至っては、先月行ったばかりだ!といっても、どちらの店も「行きつけ」ではなく、たまたまその1回しか行ったことがないのだが。

紹介されている店のうち、かなりの数の店は、今はもう閉店しているという。時の流れは止められないのか、、、合掌。

(追記)

先日、5年ぶりに運転免許の更新に行ったのだが(当日交付)その際の待ち時間に読んでいたのがこの本。「運転免許」の更新を待つ間に「せんべろ」の本を読んでいて、捕まらないか、ドキドキしました。


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(2015、8、11読了)

2015年8月14日 12:25 | コメント (0)

新・ことば事情

5837『ボウガン』か?『ボーガン』か?2」

 

平成ことば事情3931で書いた「『ボウガン』か?『ボーガン』か?」の続編です。

2015年4月の新聞用語懇談会放送分科会で、フジテレビの委員から、「クロスボウ」「ボーガン」「ボウガン」の使い分けにいて、

『男性が矢で撃たれたというニュースの中で撃ったものの表記が、社によって「ボーガン」「ボウガン」「クロスボウ」に分かれています。確か「ボウガン」は「登録商標」ということで、弊社では2001~02年頃までは「クロスボウ」を使用していましたが、現在では「ボーガン」を使用しています。何かきっかけがあったと思うのですが、古いことで記録が残っていません。各社どちらを使用されているのか、またその経緯をご存じの方がいらしたら教えてください。』

と質問が出ました。その際の各社の回答は、

(NHK)「ボウガン」という名前は、そもそも日本で作られた。「ボウガン社」の商標権は、今は切れているので使える。NHKでは「クロスボウ」「ボーガン」両方出ている。

(TBS)最初は「洋弓銃」としていたが、2008年に「ボウガン」が特定商品名でなくなったので「洋弓銃・ボウガン」として、その後「いわゆる弓型の銃・ボウガン」そして「ボウガン」となった。

(NTV)「クロスボウ」

(テレビ朝日)過去5年の原稿では「クロスボウ」と「ボウガン」が拮抗しているが、少し「クロスボウ」が多い。2002年11月、当時「ボウガン」は商標名のリストに載っていたが、ボウガン社がそれほど主張しなかったので「ボウガン」を使おうか?という話も出たが、結局その話もここ10年忘れられて、「クロスボウ」も使われている状態。

(テレビ東京)過去10年の原稿を見たが「ボーガン」で統一されている。

(共同通信)「ボーガン」にしている。「クロスボウ」は出て来ない。2006年の「記者ハンドブック第10版」では「×ボーガン→○洋弓銃」としていたが、「ボウガン」が特定商品名ではなくなったので「ボーガン」に直した。なお、「スタンガン」も、当初は「高圧電流銃」だったが、その後「スタンガン」にした。

(ytv)日テレに倣って「クロスボウ」。2010年に奈良公園で、シカが矢で撃たれたことがあった。そのときも「クロスボウ」だった。日本語表記だと「石弓」だ。これは「ウィリアム・テル」が使っていたとされる物と同じ形。

(読売新聞・関根氏)以前は「クロスボウ」。というのも「ボウガン」が商標だったから。2000年代に解除されて「ボウガン」も使うようになって、今はどちらも使っている。他社で「クロスボウのような"矢"で撃たれた」という表現があったが、これは「矢」ではなく「弓」だろう(刺さったのは「矢」)。

 

というものでした。

あれから3か月、8月12日の午前2時45分頃、愛知県の武豊町で、31歳の新聞配達の男性が、黒の目出し帽を被った男に襲われて重傷を負うという事件が起きました。

その際に被害者の男性が、

「ボウガンのようなもので撃たれた」

と証言しています。そのニュースを報じた日本テレビ(読売テレビ・「ミヤネ屋」)では、

「ボウガン」

と表記しました。テレビ朝日も、

「ボウガン」

でした。新聞(8月13日付)を見てみると、

(読売新聞)ボウガン

(毎日新聞)ボーガン(洋弓銃)

(産経新聞)ボーガン

(スポーツ報知)ボーガン

(スポニチ)ボーガン

(日刊スポーツ)ボーガン

でした。日本テレビは、ことし4月は「クロスボウ」でしたが、4か月たったら「ボウガン」。たぶん、

「どちらも可」

で、今回は被害に遭った男性が、

「ボウガン」

と言っている(警察発表だと思いますが。中京テレビの取材)ので、それに従ったのだと思います。

(205、8、13)

2015年8月13日 21:57 | コメント (0)

新・ことば事情

5836「ワンナウト、ランナー満塁」

8月13日、注目の清宮選手を擁する「早稲田実業」と「広島新庄「」の試合は、7対6という大接戦で、早実が制しましたが、そのNHKテレビ実況を聴いていたら、アナウンサーが、

「ワンナウト、ランナー満塁!」

と言ったのが気になりました。というのも、「満塁」の場合は「ランナー」は付けずに、

「ワンナウト満塁」

と言うのが普通ではないでしょうか?万が一「ランナー」を入れるのであれば、

「ワンナウトランナー、一塁、二塁、三塁」

と、全ての塁を言うべきではないか?(言わないが。)もちろん「満塁」でない場合は、

「ワンナウト、ランナー一塁」

「ワンナウト、ランナー三塁、二塁(二塁、三塁)」

とは言うのですが、「ランナー満塁」は耳慣れません。たまたま言い間違えたのかな?と思っていたら、その後も、

「ツーアウト、ランナー満塁」

と言っていたので、このアナウンサーは、こういう言い方をずっとしているのでしょう。なんか違和感あったなあ。

ちなみに、

「ランナー三塁、二塁」(あるいは「ランナー、二塁、一塁」)

という言い方は、「テレビ的」です。カメラの映像が、まず得点圏に近い「三塁ランナー」を写してから、

「もう一人、ランナーがいるよ」

と「二塁ランナー」を写す、その映像の順番にあわせた実況です。普通は、

「ランナー二塁、三塁」「ランナー一塁、二塁」

という「数字の順番」に言いますからね。ですから、ラジオ実況では「三塁、二塁」とは言わないのじゃないかなとも思いますが、最近、あまりラジオで野球を聞いていないのでわかりません。もしかしたら、テレビと同じ理屈で「得点に近いランナー(三塁)を先に言う」のかもしれませんが。今度、ラジオ実況のアナウンサーの方に聞いてみます。

(2015、8、13)

2015年8月13日 15:27 | コメント (0)

新・読書日記 2015_108

『古語と現代語のあいだ~ミッシングリンクを紐解く』(白石良夫、NHK出版新書:2013、6、10)

 

実は2013年6月24日に、以下のような文章を書いている。

****************************************

著者は、元・文部省の教科書検定官で、現在は佐賀大学教授。

タイトルは「冷静と情熱のあいだ」みたいです。

我々は「古語」は、現代の言葉とは全然"別物"だと考えているが、「歴史」がつながっているのと同じく、当然、「現代語」と「古語」はつながっている。しかしそれが「断絶」だと思われるのは、この二つを結ぶ"何か"が欠けているからではないか?それが「ミッシングリンク」。古語と現代語をつなぐ"カギ"となるのは何か?それを「短歌」「擬古文」「仮名遣い」をキーワードとして、古語と現代語を「地続き」にしようとする試みである。

そういえば、「死語」は、「古語」になる前の段階だから、もしかしたら「死語」は「ミッシングリンクの一つの解明手段」として「死語研究」をすることも有効かもしれないなと思った。まだ「まえがき」しか、読んでないんだけれど。

****************************************そのまま2年が経過して、ようやく読み終えました。ほったらかしになっていたわけです。

内容は、まず「古語のきりぎりす」は「現代のこおろぎ」なのか?という疑問の提起から始まる。この説が正しいとしても、それが定着したのは江戸時代の早い時期なので、「古語」というのは「それよりも前」。だから「芭蕉の句」に「きりぎりす」と出て来ても、それは「現代のきりぎりすと同じ」であって「現代のこおろぎ」ではない。でも、芥川の『羅生門』に「きりぎりす」と出て来たら、書かれたのは「大正時代」であっても、舞台が「平安末期」なので、これは「現在で言うこおろぎ」となる。

というように、「ことば」を吟味していく。一口で「古語」と言っても、幅が広いのである。

そうすると「擬古調」で書かれた文章をどう扱うか?という問題にぶち当たる。私達は普段ぶち当たらないが、研究者はぶち当たる。そこで、従来の学者は解釈を間違っているのではないか?というような問題提起をした一冊、ということだと、2年がかりで理解しました。


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(2015、8、6読了)

2015年8月13日 12:23 | コメント (0)

新・ことば事情

5835「『トムとジェリー』と『手のひらを太陽に』」

 

先日、ふと気付きました。

昔、見たアニメーション漫画、

『トムとジェリー』

の主題歌の歌詞と、これも子どもの頃によく歌った、

『手のひらを太陽に』

の歌詞が、「似ている」のではないか?と。比べて見ましょう。

 

「トムトジェリー」=「ネズミだって生き物さ、猫だって生き物さ」

 

これの作詞は、なんと「冗談工房」の、

「三木鶏郎」

さんだったんですね!「三木鶏郎」という名前は、大好きだった、

「ミッキーマウス」

になぞらえて、

「ミッキートリオ」

と読む(読ませる)はずが、司会者が、「トリオ」の所を、

「トリロー」

と読んでしまったので、「じゃあ、しゃあない、それで行くか」となったんだそうです。司会者の責任、重大ですなあ。

話がそれました、一方の『手のひらを太陽に』は、

 

『手のひらを太陽に』=「ミミズだってオケラだってアメンボだって、みんなみんな、生きているんだ、友達なんだ」

 

こちらは「アンパンマン」でおなじみの漫画家の、

「やなせたかし」

さんの作詞だということは、よく知られていますね。

発想が似ていますよね、この2つの歌詞は。根底にあるのは明らかに、

「リベラリズム」「平等」

です。これは、

「困っている人がいたら助ける」

「おなかが空いている人がいたら、自分の顔を食べさせてあげる」

といった「アンパンマン」の精神にも通じますね。

「三木鶏郎」と「やなせたかし」、年齢も近いのでは?と調べてみたところ、

*三木鶏郎  =1914年1月28日(生きていれば、101歳)

*やなせたかし=1919年2月 6日(生きていれば、 96歳)

ということで、たったの「5歳違い」。やはり、

「同じ時代を生きて来た人」

たちと言えそうですね。

2人は、太平洋戦争終結時(敗戦時)の年齢は、31歳と26歳。大人です。というより、まさに戦争に駆り出された世代の人たちではないでしょうか。多くの友人、先輩・後輩を亡くした。戦後、どういう思いでこういった曲の作詞をしたのでしょうか。

「手のひらを太陽に」は1961年(昭和36年)の曲。私の生まれた年です。

「トムトジェリー」の主題歌は、1964年(昭和39年)5月13日から(1966年(昭和41年)2月23日まで)流れていたようです。戦後16年から19年というところです。

当時、三木鶏郎さんは50歳、やなせさんは42歳。時代は、まさに高度経済成長の時代です。

1956年(昭和31年)が、「もはや戦後ではない」と言われた年。

最近読んだ本に、「高度経済成長」を支えたのは「一億総中流」の「中間層」であったと、そしてその「中間層」が「民主主義」も支えて来ていた、しかし現代は、その「中間層」が崩壊して「二極化」していると説くものがありましたが、高度経済成長によって「中間層=中流」が大勢を占めていく中で、「リベラル思想=平等」という考え方も広がって行ったのではないかなあと、感じます。その真っ只中を、お二人は生きていらっしゃったのではないかと。そして、21世紀の現在、「中流の崩壊」の中で、どう生きて行けばいいのか・・・。考えても、すぐには、答えは出ません。ただ、「戦前」と同じレールの上にだけは、乗ってはいけないということはわかります。三木鶏郎、やなせたかしのお二人が生きていたら、どのような曲・歌詞を書いてくれたことでしょうか。

(2015、8、11)

2015年8月12日 18:25 | コメント (0)

新・読書日記 2015_107

『宇宙兄弟26』(小山宙哉、講談社:2015、7、23)

 

ちょうど油井宇宙飛行士が、カザフスタンのバイコヌール宇宙基地から「ソユーズ」で宇宙へ飛び立った日に、この本が出た。しかも主人公・ムッタも宇宙へ!なんという奇跡の巡り合わせ!?油井宇宙飛行士のニュースを見ながら読むという、ムッタと油井宇宙飛行士、お話と現実が一体化して・・・ムッタも遂に宇宙へ そして月面に!しかし!そこで待ち受けていた大トラブル、危うし、ムッタ!!なかなか充実した一冊ですよ。


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(2015、7、25読了)

2015年8月12日 12:14 | コメント (0)

新・読書日記 2015_106

『ネットで見かけた信じられない日本語』(三條雅人、社会評論社:2015、8、1)

 

かなり分厚くて重い本が送られてきました。著者の三條さんは存じ上げないのですが、献本してもらいました、ありがとうございます。同好の士ということで。

「ネット誤植辞典」「約700の珍言葉収録」とあります。変換ミスや打ち間違い、言葉をうろ覚えで間違ったりということから生まれて来た言葉の数々。読んでいて思い出したのは昔の宝島社の「VOW」ですね。あれもおかしかったなあ・・・今回は、「あるある!」と思いながら読み進むことが出来ました。そして「よく、こんなにたくさん集めたな」と、その周年に脱帽。あ、間違えた「執念」だ。

思わずクスクス笑ってしまいました。いくつか挙げると、

×「引っ込み事案」→○「引っ込み思案」

×「息統合」→○「意気投合」

×「じくじくたる思い」→○「じくじたる思い」

×「行き当たりばっかり」→○「行き当たりばったり」

×「戦意創出」→○「戦意喪失」

×「何者入り」→○「鳴り物入り」

×「関節キス」→○「間接キス」

ワッハッハ!笑い飛ばすしかないですね!

でも笑い飛ばせないのは、この本にもやはり「誤植」があったこと。205ページ、左が「間違い」で、矢印の先の右側が「本来の正しい表記」であるはずなのに、そこには、

「ブログの更新」→「ブログの行進?」

となっていました。

「ブログの行進」→「ブログの更新?」

とすべきでしたね。これでは「ブログの後進」です・・・。

まさに「痛"根"の極み」・・・ではなく「痛"恨"の極み」乙女ですね。でも、おもしろかったですよ!私も毎日「ミヤネ屋」スタッフに送っている「間違いチェックのメール」をまとめたら、こんな本になるかな?きょうも、こんなのがありました。

「米・ミソネタ州」

もう「戦意創出」です・・・アベちゃんは文字通り「戦意創出」のようですが・・・。


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(2015、8、7読了)

2015年8月11日 11:09 | コメント (0)

新・ことば事情

5834「性別適合手術」

 

8月5日に「ミヤネ屋」で放送した、「KABA.ちゃん」が「男」から「女」になろうとしているという話題で、スタジオのリード部分では、

「性転換手術」

と言いましたが、VTRやスーパー、スタジオコメントでは、

「性適合手術」

と言っていました。その昔は「性転換手術」と言っていましたが、10年以上前からは、

「性適合(化)手術」

と言うようになっています。これは「性転換」という言葉についた「悪いイメージ」を払拭するためでもありました。この話題を報じた女性誌やスポーツ紙には、

(見出し)    (本文)

「女性自身(8/1825号)」 性転換手術   性別適合手術、いわゆる性転換手術

「デーリー(7/27)」   ****    性転換手術

「日刊スポーツ(7/22)」 性転換"工事"  性別適合手術(性転換手術)

「日刊スポーツ(7/14)」 性転換手術    性別適合手術(性転換手術)

「スポーツ報知(7/14)」 性転換手術    性別適合手術(性転換手術)

「スポニチ(7/14)」   性別適合手術   性別適合手術(性転換手術)

とありました。

「性適合手術」というのは、

「性同一性障害」

という「疾患(病気)」を治す手段としての手術だということを、定着させるための名称変更でした。

さらに、去年(2014年)春には、日本精神神経学会が、「精神疾患の病名」の新しい指針を公表しました。それによると、

「性同一性障害」⇒「性別違和」

などに変更されています。差別意識や不快感を生まないようにしながら、病名を周知させるのが狙いだとのことです。

しかし、「性同一性障害」は法律名(「性同一性障害特例法」)にもなっていて、まだ名称が変わっていませんので、マスコミ各社も「性同一性障害」のままです。

国(厚生労働省)が決定したら、その段階で「新しい名称を採用する」ことになるだろうというのが、2014年6月に開かれた「新聞用語懇談会 放送分科会」での各社の用語委員の見解でした。

『読売テレビ放送用語ハンドブック第三版』の50ページにも「性同一性障害」とは、

「自分の心の性と身体の性との不一致が容認できないこと。2004年に『性同一性障害特例法』が施行され、一定の条件下で『性別の取り扱いの変更審判』を受けることが認められている。『性同一性障害』が疾患のひとつであることを理解し、この言葉を適切に使うことに留意すべきである。」

とあります。このところ、

「LGBT」

に、スポットライトが当たっています。すなわち、

「L」=Lesbian(レズビアン、女性同性愛者)

「G」=Gay(ゲイ、男性同性愛者)

「B」=Bisexual(バイセクシュアル、両性愛者)

「T」=Transgender(トランスジェンダー、性同一性障害含む性別越境者など)

の人々を意味する「頭文字」をつなげたものです。

また、京都世田谷区は先月(7月)、同性カップルから申請があれば「結婚に準じる関係」と認める公的書類を発行する方針を決め、11月をめどに実施することになりました。ことし4月に同性パートナーシップ条例を施行した「渋谷区」に次いで、全国で2例目となります。日本もそういう方向に、時代は動いているようです。

(2015、8、5)

2015年8月 6日 18:42 | コメント (0)

新・ことば事情

5833「恋は盲目」

 

先日、

「恋は盲目」

という表現が出て来ました。比較的よく見る・聞く表現です。

しかしこの言葉は(放送で使ってはいけないわけではないのですが)、使用に際しては注意が必要な言葉です。なぜならば、「"盲"を含む語」に関しては、

「"盲"の字には侮辱の意味が含まれることがある」

からです。具体的には、

 

*「使用できる語」=盲腸、盲目、盲点、盲人

*「できるだけ使わない言葉」=色盲、文盲(もんもう)、盲愛、盲信、盲従、盲目的

 

といったところです。その基準で言うと「盲目」は使えるのですが、

「比喩的に『盲』を使うもの」

が、あまり余り好ましく思われないようです。「恋は盲目」の意味は、

「恋をすると盲人のように、その人のことしか見えなくなってしまうこと」

なので、その意味では「盲目的」と同じともいえるので「微妙かなあ」と感じました。

というのも、私も、小さい時から目が悪く、「見えない」ということに関しては、目がいい人よりは気になるほうですが、「ことわざ」や「熟語・成句」となると、元の言葉に含まれている意味までは、なかなか配慮が届かないことがあります。

一応、担当部署に相談したところ、

「侮蔑的な使い方でなく、人口に膾炙(かいしゃ)した言葉なのでOK」

という判断でしたので、そのまま放送しました。

(2015、7、31)

2015年8月 5日 17:14 | コメント (0)

新・ことば事情

5832「櫻井と桜井」

 

「嵐」の「櫻井翔」君のお父さんが、総務省の「事務次官」になるというニュースを、7月29日の「ミヤネ屋」で放送しました。その際に、父と子の「さくらい」という名字の漢字の「字体」が違いました。アイドルの息子は、

「櫻井」

という「旧字体」の「櫻」。昔、

「2階(貝)の女に気(木)がかかる」

と言って覚えた感じです。え?知らない?あ、そう。

それに対して、今回、事務次官になることが決まったお父さんは、

「桜井」

新字体の簡単な「桜」です。たぶん、「お役人」のお父さんは、当然「常用漢字」の範囲内で書かないといけないとかそういうことなんでしょうね。それに対して「アイドル」の息子は、他にはない、インパクトの強い漢字を使いたいということで「2貝の女」なのではないでしょうか?

ちなみに、この日のスポーツ紙の記事を見てみると、

(父・俊)(息子・翔)

「デイリー」   桜井   桜井

「スポニチ」   桜井   櫻井

「日刊スポーツ」 桜井   櫻井

「スポーツ報知」 桜井   櫻井

で、お父さんは全部簡単な「桜井」で、息子は「デイリー」を除いて、難しい「櫻井」でした。一般紙は、

(父・俊)(息子・翔)

「読売」  桜井   桜井

「産経」  桜井   ***

で、「読売」は「デイリー」と同じく、父も息子も簡単な「桜井」でした。あとの新聞では、記事を見つけられませんでした。また、見かけたら追記します。

(2015、7、29)

2015年8月 4日 21:32 | コメント (0)

新・ことば事情

5831「ザハ氏か?ハディド氏か?」

新国立競技場問題、大ごとになっていますね。その、最初にコンペで採用されたデザインを担当したのは、イラク出身でイギリス在住の、

「ザハ・ハディド」

という女性建築家ですね。この人のことを呼ぶのに、2種類の呼び方が混在しています。つまり、

「ザハ氏」と「ハディド氏」

です。普通は、

「名字+氏」

ですから、おそらく、

「ハディド氏」

が正しいのではないかと思うのですが、現在、「ミヤネ屋」及び日本テレビのニュースでは、

「ザハ氏」

で放送しています。

7月29日に見た範囲で言うと、

(日本テレビ)ザハ氏

(テレビ朝日)ザハ氏

(NHK)ハディド氏

(読売新聞)7月29日夕刊 見出し「ザハ氏」 本文「ザハ・ハディド氏」

(日経新聞)7月29日夕刊 見出し&本文「ハディド氏」

でした。また、ネットで検索してみたら、

(読売新聞)7月29日 17:50 見出し「ザハ氏」

7月30日 09:04 見出し「ハディド氏」

(朝日新聞)7月18日 00:45 見出し「ハディド氏」

7月28日 23:24 見出し「ザハ氏」

(日経新聞)7月29日 12:25 見出し&本文「ハディド氏」

(日刊スポーツ)7月29日 11:05見出し&本文「ザハ氏」

(スポ二チ)7月29日 05:30 見出し「ザハ氏」

(産経新聞・共同通信)7月28日 23:32 見出し&本文「ハディド氏」

(時事通信)7月29日 12:52 見出し&本文「ハディド氏」

(東京新聞・共同通信)7月29日 時間不明 見出し「ハディド氏」

(フジテレビ)7月17日 20:07「ザハ氏」

(TBS)7月29日 00:46「ハディド氏」

 

まとめてみますと、

【ザハ氏】日本テレビ・テレビ朝日・フジテレビ・日刊スポーツ・スポニチ

【ハディド氏】NHK・TBS・日経新聞・産経新聞・共同通信・時事通信・東京新聞

【両方】読売新聞・朝日新聞

ということですね。

「ザハ」を使う社は、「ザハ」のほうが短いし発音しやすいということがあるんですかね?

両方使っている「読売新聞」と「朝日新聞」は、どんな理由があるんでしょうか?しかも「ザハ→ハディド」「ハディド→ザハ」

と変化の方向が逆です。これも不思議。

(2015、7、30)

2015年8月 4日 16:28 | コメント (0)