Top

『道浦TIME』

新・読書日記 2015_100

『武庫川女子大学言語文化研究所年報 第25号~佐竹秀雄教授退職記念号』(武庫川女子大学言語文化編研究所:2015、3、31)

 

武庫川女子大学言語文化研究所の佐竹秀雄先生が定年退職されたことを受けて、ゆかりの方々が言葉を寄せた一冊。僭越ながら、私も佐竹先生とのかかわりについて書かせてもらった。ほかの先生方、朝日新聞の河合記者、先生の教え子の方々、さらに佐竹先生御自身が「言語文化研究所創設25年と私」という一文を記してらっしゃり、読んでいて「そうだったのか」と思うようなことも多く、興味深く読めました。

と言っても、「非売品」で関係者しか読めないと思うので、参考までに、私の書いた文章を載せて置きます。

****************************************

「佐竹先生のご退職に寄せて」

2015、1、6

読売テレビ 道浦俊彦

ここに、一冊の古い大学ノートがある。

表紙には「1998~ 平成ことば事情 関係者リスト」とある。

今から17年前、当時、読売テレビの夕方のニュース番組『ニュース・スクランブル』の中で、「ことば」をテーマに特集コーナーを作ろうと企画した。

「1998年」は「平成10年」、つまり「平成」になって10年、"新しい"年号にも慣れた今、「平成」の世の中のことばの動向を捉えてみてはどうだろうか?「昭和」のことばと、何がどのように変わったのか探ってみよう!というのが、このコーナーの企画意図であった。(ちょうど『広辞苑』の「第5版」が出た年でもある。)

6月に第1弾「アクセントの平板化問題」、第2弾「じゃないですか言葉」について放送してから4か月後の10月6日、「~のほう」という言葉を取り上げた。「メニューのほう、よろしかったですか?」のような"婉曲表現"としての「のほう」である。これについて伺った専門家が、佐竹先生だった。初めて武庫川女子大学にお邪魔してインタビューをした。「~のほう」について取り上げたものとしては、比較的早い時期だったと思う。

佐竹先生がお答えになったインタビュー内容が良かったためだろう、この回の視聴率は、12、1%と、コーナーとして初めて「2ケタ」を記録している。夕方の番組としては、相当に良い数字である。ノートに残る記録を見ると、その年度(平成10年度)は、もう一度、年が明けた1月6日に「なんでそんなことするかなあ」(「する"の"かなあ」ではなく)という言葉について、佐竹先生にインタビューしている。

このノートには、佐竹先生から届いた「住所変更のメール」のコピーが張り付けてあった。1999年10月12日のものだ。この日は「ぼんさんがへをこいた」という「1から10まで」を数える代わりに言う「子どもの遊び言葉」について取り上げた。当時、既にこの「ぼんさんがへをこいた」が、関東発祥と見られる「だるまさんがころんだ」に取って代わられているという現状を分析した特集だった。この言葉に関してはその昔、ことばの専門誌『言語生活』で調査したことがあったと言うことで、その「最後の編集長」を務められた佐竹先生にインタビューしたのだ。インタビューでの肩書は「『言語生活』元編集長」としたのだが、放送を見た先生からの感想メールには、「私の肩書きの『元編集長』は恥かしかったです」と書いてあった。

『ニュース・スクランブル』の「平成ことば事情」での専門家としての出演回数は、おそらく佐竹先生が一番多かったと思う。理由は「何を聞いても、うまく答えてくれるから」である。「平成ことば事情」のコーナーは、その後「新世紀ことば探検隊」と名前を変えて2003年1月まで続いた。

コーナーがなくなった後も、(1999年から)私は、読売テレビのホームページやブログで「ことば」について書き続けた。その数は、5600回を超えた(2015年1月現在)。そして「ことば」についてわからないことがあると、自分で調べてもわからないことは佐竹先生に頼った。また、言語文化研究所の講演にも「取材」と称して、カメラマンと一緒に、あるいはカメラマンなしでも、足しげく通った。

そうこうしているうちに、書き溜めたコラムが1000回に達しようとした2003年、「本にまとめませんか?」という声がPHP文庫からかかり、5月に『「ことばの雑学」放送局』という、私としては初めての著書になった。(すでに絶版になったけれども・・・。)

さらにその年の秋、佐竹先生からも「言語文化セミナーで、ゲストスピーカーとして話してくれませんか?」というお話を頂いた(たしか、その前の回のゲストスピーカーは、タレントの遙洋子さんだったような気がする)。当時のレジュメを検索すると、出て来ました、

「2003、11、14 武庫川女子大学言語文化セミナー『平成カタカナことば事情』読売テレビアナウンサー・道浦俊彦」

今、レジュメを改めて読んでみると、なかなか専門的で奥が深い。あ、そう言えば、この「奥が深い」という言葉に関して、佐竹先生は2005年11月1日付の読売新聞・夕刊のコラム「ことばのこばこ」に、

「『日本語は奥が深いと思いました』。学生にレポートを書かせると、出来のよくないものにこの感想が付いてくることが多い」

『「関係者には大問題だが、一般の人にはどうでもいいことだし、よく分らない」を穏やかに表現したものが「奥が深い」ということらしい。』

と書いてらっしゃる。これを読んで以来、「奥が深い」とは、簡単に口に出せなくなったよなあ・・・。

武庫川女子大を退官されても、週5日は京都と神戸で「ことば」に携わっていらっしゃるとか。今年(2015年)の年賀状には、「現役時代の3倍の労働で、収入は3分の1・・・」と記されていた。お元気でご活躍、何よりです!次は「古希」か「喜寿」の記念号に書かせて頂きますね!!

 


star4

(2015、7、12読了)

2015年7月18日 20:06 | コメント (0)