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『道浦TIME』

新・読書日記 2014_152

『シモネッタのアマルコルド』(田丸公美子、文春文庫:2014、7、10)

イタリア語通訳の田丸公美子さんのエッセイ。超面白いんですけど、この本が出ていたことに気付かなかった。単行本は2011年に出ていたんですね。その文庫化。もともとはNHKのイタリア語講座のテキストに載っていたエッセイ。それをまとめたものだそうです。

この道40年の超ベテランの田丸さんは、ロシア語通訳だった故・米原万理さんの親友。タイトルの「アマルコルド」とは、フェリーニ監督の有名な映画のタイトルで『私は覚えている』という意味のロマーニャ地方の方言なのだそうだ。40年、あんなことや、こんなこと、いろいろと覚えてらっしゃるのですね。時代の移り変わりを感じつつ、冷や汗ものの、自分や他人の失敗&数々の誤訳などの舞台裏を、堪能できます。

「マルコムX(エックス)」と書かれたメモを同時通訳で「マルコメ」と読んだ人が、その後に出て来た「マラルメ」を「マラル・エックス」と読んだりとか。

通訳って、本当に幅広い知識と日本語の教養がないとできないのだなと。イタリア語通訳はイタリア語ができ来るだけではだめなのだ。なんでもそうだけどね。面白いです。


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(2014、10、21読了)

2014年10月29日 12:04 | コメント (0)

新・ことば事情

5581「延暦寺はもちろん」

 

京阪電車に乗っていたら、車内アナウンスで、沿線の名所の案内・広告をしていました。

「皆さまにご案内申し上げます。行楽の季節となりました。世界遺産・比叡山には、延暦寺はもちろん、多くの史跡があります。」

これを聞いて「?」となったのは、

「もちろん」

の部分です。これは、普通は、

「延暦寺をはじめ」

なのではないでしょうか?「もちろん」と言うと、なんだか、すっごく自信があるように感じますね。たしかに、

「京阪沿線には、ご家族連れはもちろん、カップルの方にもおすすめの名所がたくさんございます」

のように使う場合は、「もちろん」でもいいと思うのですが。

(2014、10、22)

2014年10月23日 14:46 | コメント (0)

新・ことば事情

5580「『カマをかける』のアクセント」

 

10月21日の「ミヤネ屋」で、ASKA元被告の"愛人"とされる栩内香澄美被告の第4回公判の模様をお伝えしました。その中で、栩内被告がASKA元被告に対して、

「自分の子どもにはしないようなことを、私にはするんだ」

と言ったというのは、実はASKA元被告が自分にクスリを使ったことを「自白」させるために、

「カマをかけた」

のだそうです。(コ、コワイ。)

その「カマ」のアクセントですが、川田裕美アナウンサーは、

「カ/マヲカケ\ル」

「平板アクセント」で言いましたが、正しくは、

「カ\マヲカケル」

「頭高アクセント」です。芸能デスクの川田和裕さんと、宮根さんは、正しく「頭高アクセント」で話していました。番組終わりの反省会で川田アナウンサーに、

「アクセント、違うよ。『平板』だと『釜』になっちゃうよ!」

と指摘したら、

「何も疑わずに『カ/マ』と言ってしまいました。気を付けます」

との答えが返って来ました。

そしてけさ(10月22日)、フジテレビの「トクウダネ!」を見ていたら、女性ナレーターが吹き替えで、なんと、

「カ/マ\ヲカケテ」

「尾高アクセント」で読んでいました。「ザ/マ\を見ろ」みたいなアクセントです。いろんな間違い方があるんですねえ。「2文字の単語のアクセント」って難しいんですね。

(2014、10、22)

2014年10月23日 10:45 | コメント (0)

新・読書日記 2014_151

『踊り場日本論』(小田嶋隆・岡田憲治、晶文社:2014、9、29)

 

コラムニストの小田嶋隆氏と専修大学教授の岡田憲治氏の10回にわたる対談をまとめたもの。岡田憲治という人については、不勉強で知らなかったが、1962年生まれで早稲田政治学科の大学院卒。専門はデモクラシー論。ほぼ同世代だ。同じ頃キャンパスですれ違っていたか、あるいは同じ教室で授業を受けていたかもしれない。小田嶋さんも早稲田の教育学部卒で1956年生まれなので、少し年上だが、ほぼ同世代。

対談の内容、章別にみると「選挙のことば」「取り戻したい日本はあるのか、あったのか」「どんな社会にしたいのか」「あらかじめ失われた東京民」の4本です。

安倍・自民党の唱える「日本を取り戻す」の「日本」の姿って、一体何なのか?それが「ことば」でははっきり明示されていないが、輪郭からたどると、実は「そんな実態は無かった」もしくは「『取り戻したくない日本』が浮かび上がる」ということになる。「虚像」を取り戻そうとしているのではないか。

「どんな社会にしたいのか」の中の「自己責任と互酬性」岡田さんの発言で(116ページ)、「以前、ラジオで、小田島さんがヨットで遭難したジャーナリストの辛坊治郎さんの話をしていました。小型ヨットで太平洋横断中、遭難事故を起こし一時謹慎していた。小田島さんは原則論的に、事故や遭難はどうしても起こるんであって、起こることに対してみんなで負担し合って助け合うっていうことは当たり前だよ、自己責任論って、百歩譲って自分で言うならいいけど、それを他人から『自己責任だろ』って言われるのは変だろって。なるほどそうだなと思いました。この十何年かで、僕たちの社会は何でも自己責任と、平然というようになりましたね。」

と、急に辛坊さんの話が出て来てびっくりした。

たしかにその通り。「自己責任」は「不寛容(イントレランス)」な社会の表れである。自分の胸に手を当てて、じっと考えてみる。

なんか「内田樹さん」の本と、ちょっと似た雰囲気だなあと思いました。


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(2014、10、15読了)

2014年10月23日 10:43 | コメント (0)

新・ことば事情

5579「~するも」

 

きょう(10月21日)の日本テレビ・お昼の「ストレイトニュース」で、神戸市長田区で起きた女児殺害事件で、これまで黙秘を続けてきた君野康弘容疑者が、一転して容疑認めたというニュースが、読売テレビ発で全国に放送されました。

その際に出た、画面右上のサイドスーパーで、

「黙秘続けるも・・・一転して容疑認める供述」

と出ていました。この、

「続けるも」

に違和感が。こういった場合の「~するも」の「も」は、

新聞や放送業界特有の言葉」

のような気がします。意味は「逆接」で、スポーツの原稿などによく出て来ますね。

「一気にホームを狙うも、タッチアウト」

「逆転を狙うも、1点を返すにとどまり万事休す」

といった具合です。今回のケースは、正しくは、

「黙秘続けたが・・・一転して容疑認める供述」

なのではないでしょうか?

「が」も「も」も同じように「逆接」ですが、明らかに用途・意味が違います。その意味の違いを考えてみると、

*「も」=「~するも」のように動詞にくっついて使われ、「~する」という動作・行動が、その時点でも続いている。しかしその結果、「~する」という動作・行動の「目的」が達せられなかった、ということを示します。「~する」という行動はいまだ「継続中」なのですが、その意味がなくなるような出来事が起こり、それが「も」の後に続いて提示されます。

*「が」=「~だが」「~ですが」「~しましたが」のような形で、自然に使われる。今回のケースだと、「が」の前は「黙秘を続けるが」という「現在進行形」ではなく「黙秘を続けたが」という「過去形」になる。「が」の前に行っていた動作・行動が、いったん「中止・終了」したことを示していると思います。ただ、

「言葉の意味を書き続けるも、伝わらなかった」

「言葉の意味を書き続けたが、伝わらなかった」

というような場合は、あまり「も」と「が」の意味合いに違いがないようにも感じます。その辺りが使い方で難しいところなのかもしれませんね。

(2014、10、21)

2014年10月22日 12:04 | コメント (0)

新・ことば事情

5578「アクアブレーニング」

 

10月5日、雨の鈴鹿で起きたF1の事故で、最初にマシントラブルで停車していたステーィル選手の車に、ビアンキ選手のマシンが突っ込み、ビアンキ選手は意識不明の重体となりました。現在も重篤な状態のようです。

最初に止まっていたスティール選手のコメントに、

「アクアブレーニングを起こした」

というのがありました。この「アクアブレーニング」というのは、もしかしたら、昔、教習所で習った、

「ハイドロブレーニング(現象)

のことでしょうか?

グーグル検索してみると(10月16日)、

「アクアブレーニング」   = 1万1200件

「ハイドロブレーニング」  =12万9000件

「ハイドロブレーニング現象」= 6万3600件

 

『デジタル大辞泉』では「アクアブレーニング」を引くと、「ハイドロブレーニング現象」を見よ、となっています。やっぱり!見てみると、

「《 hydroplaning 》自動車が、水のたまった道路を高速で走行すると、タイヤに水膜ができて、路面から浮いたような状態となり、ブレーキなどが効かなくなる現象。」

とありました。ネット辞書『ウィキペディア』では、

「ハイドロプレーニング現象(英: hydroplaning)、またはアクアプレーニング現象(英: aquaplaning)とは、自動車などが水の溜まった路面などを走行中に、タイヤと路面の間に水が入り込み、車が水の上を滑るようになりハンドルやブレーキが利かなくなる現象。水膜現象ともいう。

なお、パワーボートやプレジャーボートなどでの高速走行において、船底の多くを水面上に出し、水の抵抗を軽減する走法も「ハイドロプレーニング」、または単に「プレーニング」と呼ばれる。タイヤの溝パターンの最適化[1][2]や路面の排水性能を高めた排水性舗装(透水性アスファルト舗装)の採用[3][4]などにより、ハイドロプレーニング現象の抑制が可能である。」

とありました。つまり、

「ハイドロ=アクア」

なんですね。

ビアンキ選手の、一日も早い意識の回復を祈ります。

(2014、10、16)

2014年10月17日 10:38 | コメント (0)

新・ことば事情

5577「箸上げ」

 

先月「ミヤネ屋」で、川田裕美アナウンサーが遅めの夏休みを取った間、系列各局の女性アナウンサーが「ピンチヒッター」を務めるという企画があり、各曜日担当アナウンサーの「特技」等を紹介したことがありました。

その中の、あるアナウンサーが挙げていた「特技」に、

「箸上げ」

というものがありました。あまり聞いたことがないのですが、どうやら、グルメロケなどで、カメラで食べ物をアップで撮影する際に、お箸で食べ物をつまんで持ち上げることを「箸上げ」と言うようです。

彼女はその際に、お箸がプルプル震えないように持ち上げることができるとして「特技」に挙げていたのでした。

昔、そういうロケに行った時には「箸上げ」なる言葉は聞いたことがなかったのですが、最近の業界用語ではそう言うのでしょうかね?

「箸の上げ下ろし」

という言葉は聞いたことがありますけど。

『精選版日本国語大辞典』『広辞苑』『明鏡国語辞典』『デジタル大辞泉』『新明解国語辞典』『三省堂国語辞典』『岩波国語辞典』『現代用語の基礎知識2014』には、「箸上げ」は載っていません。グーグル検索してみると(10月16日)、

「箸上げ」=1万3600件

出て来ました。「ネット蕎麦辞書」というサイトには、

「箸上げ」=料理を箸ではさんで持ち上げている映像のこと。広告写真やテレビのグルメ番組などで、よくつかわれる。

また「加納」さんという人が書かれている「AD日記」というサイトの中には、

「箸上げとは料理を箸であげて、特徴的なところをピックアップして見せたり、 断面をアップに見せたり、より料理を視聴者にみせる方法です」

と記されていました。やはり「テレビ業界・広告業界用語」のようですね。

(2014、10、16)

2014年10月16日 18:37 | コメント (0)

新・ことば事情

5576「自死」

 

2014年5月に開かれた新聞用語懇談会春季合同総会の席で、新聞社の委員から、

「5月7日に『全国自死遺族連絡会』という団体から、『自殺』ではなく『自死』という表現を使ってほしいという申し入れが来た。各社どのような対応をしているか?」

という報告というか質問がありました。参加した他の新聞社では、

「どのセクションの来たのかわからないが、西部本社からその旨の内容のものが転送されてきた」

という意見が出ましたが、それ以外の社には放送局も含めて、まだそういった申し入れは届いていないようでした。

「自死」

という言葉、字を見れば意味はわかりますが、見慣れません。使ったことはありませんが、先日読んだ、『そして、人生はつづく』(川本三郎、平凡社)という本の中で、川本三郎さんが、

「『「自死できないから生きているという状態」だったという。』

という文章で「自死」を使っていました。

会議よりも前の新聞のスクラップが出て来ました。2014年3月10日付「日本経済新聞」の夕刊で、見出しは、

「『自殺』→『自死』言い換え相次ぐ ~自治体、遺族感情に配慮 

『現実隠す』懸念も」

というものでした。内容を読んでみると、公文書などで自殺を『自死』と言い換える自治体が相次いでいて、その理由は、

「『自殺』には命を粗末にしたという印象があり、残された者が一段と傷付くとの声が、一部の遺族から上がっているから」

だそうです。ただ、

「『自死』だとイメージを和らげることになり、予防の観点からは好ましくない」

という意見もあるようです。

「自死」に言い換えた自治体としては、宮城県がことし(2014年)1月から、鳥取県も去年(2013年)7月に、同様の変更をしたそうです。

こういった主張・呼びかけをしているのは、遺族約1700人で作る「全国自死遺族連絡会」(本部・仙台市:田中幸子代表)。冒頭に出て来た団体ですね。

また、「全国自死遺族総合支援センター」(本部・東京都千代田区:南部節子事務局長)では、去年10月、一律に言い換えるのではなく状況に応じた使い分けを提案するガイドラインを発表しています。

毎年3万人近くが、自らの命を絶っている状態が10年以上続いている、現代日本。「自殺」にせよ「自死」にせよ、遺族が「偏見」と思うような対応を取るのが好ましくないのは、言うまでもありませんね。ただ、放送では(新聞もそうだと思うけど)、視聴者や読者が理解しやすい表現を使うというのが原則ですので、すぐに「自死」という表現が一斉に使われるようになることは、ないのではないでしょうか。

(2014、10、14)

2014年10月15日 21:10 | コメント (0)

新・ことば事情

5575「鳴り響く」

 

9月29日の「ミヤネ屋」で、上原多香子さんの夫・TENNさんが亡くなり、葬儀が行われたというニュースのテロップをチェックしていて気付いた表現に、こういうものがありました。

「鳴り響くファンの声」

この、

「鳴り響く」

に引っかかりました。「人の声」は「鳴り響く」ものでしょうか?この表現は妥当ではありませんね。「鳴り響く」のは、

「楽器などの"音"」

であり「人の"声"」ではありません。「声」も「音」の一種ではありますが、そこは区別したい。そこで、

×「鳴り響くファンの歌声」→○「響きわたるファンの歌声」

と直して放送しました。

(2014、10、14)

2014年10月15日 18:10 | コメント (0)

新・ことば事情

5574「皇太子さまの鼻濁音」

 

10月8日、東京都内で行われた、千家国麿さんと典子さんの結婚披露宴で、乾杯のご挨拶・発生をされた皇太子さまのコメントを聞いていたら、次の2つの言葉が気になりました。

「感慨」「小学生」

この2つの言葉は共に、

「『が』という音」

を含んでいます。それを皇太子さま、しっかりと、

「鼻濁音で」

話されたのです。偉い!・・・って誰に向かって言ってるんだ!という話ですが。

「鼻濁音」がこうして皇族の間で使われているのを聞いて、なんだか安心した気がしたのでした。

(2014、10、9)

2014年10月15日 16:09 | コメント (0)

新・ことば事情

5573「助詞『に』と『を』」

 

10月13日、台風19号の中継を見ていて(聞いていて)気になった表現に、

「助詞の『に』と『を』の使い方」

がありました。例えば

「路面たたきつけるような雨」(NHK広島 12:04 芳川隆一)

「灰色の雲が一面覆っています」(NHK鹿児島 12:22 大石真弘)

「雨が屋根打ち付けています」(NHK東京 NC9 22時過ぎ 越塚優)

これらの表現に違和感がありました。これらは、

「路面たたきつけるような雨」

「灰色の雲が一面覆っています」(or「灰色の雲が一面に広がっています」)

「雨が屋根打ち付けています」

ではないのでしょうか?

こういった「助詞の使い方の間違い」は、普段から気になっているのですが、これだけ色んなアナウンサーが使うということは「乱れている」「揺れている」状態だと言えるのではないでしょうか?

(2014、10、14)

2014年10月15日 14:08 | コメント (0)

新・ことば事情

5572「いち早い対応」

10月13日、台風19号の中継を見ていたら、朝日放送の高知・桂浜から中継していたリポーターが、こんな「しめ」のコメントを言いました。

「いち早い対応が必要です」

これに違和感が。もしこれが、

「いち早く対応することが必要です」

というように「いち早く」だと違和感がないのですが、それを、

「いち早い」

とすると、かなりヘンな感じがします。『広辞苑』で「いちはやく」を引くと、

「いちはやし」

を見よとなっています。「古語」がベースの『広辞苑』らしい。そのまま「いちはやし」を引くと、「形容詞ク」と活用の形が書いてあります。例文に出て来る活用した形は、

「いちはやし」「いちはやき」

という『伊勢物語』や『蜻蛉日記』の古文の例文が出ていて、現代文の意味は、5番目に、

「(連用形を副詞的に使って)他にさきがけてすばやく。(例)「現場にいちはやくかけつける」

と載っていました。現代文の用例で、「いち早い」はありませんでした。

『三省堂国語辞典』『新明解国語辞典』『岩波国語辞典』『精選版日本国語大辞典』『明鏡国語辞典』にも「いち早く」は載っていますが、「いち早い」は載っていません。ただ、古語の「いちはやし」は載っている辞書もあります。また「いち早く」の解説の中に、

「文語形容詞『いちはやし』の連用形の副詞化」

と書いているものもありました。

夕方の『関西情報ネットten.』のチーフプロデューサーで元アナウンサーのS君に、

「『いち早い対応』って表現は、ある?」

と聞いたところ、顔をしかめながら、

「ないですね」

と即答。S君いわく、

「たぶん、『素早く』は『素早い』とも言いますから、そこからの"類推"で出て来たんじゃあないですかね?」

とのことでした。なるほど!

台風中継では、各局アナウンサーや記者を総動員で中継を展開しますので、いろんな"新しい言葉"を使う人を見かけることができました・・・。

(2014、10、14)

2014年10月15日 10:07 | コメント (0)

新・ことば事情

5571「身の安全を守る」

自然災害が次から次へとやって来る今年。こんなのはもう嫌だと思いながらも、対応せざるをえません。

自然の脅威から身を守る。

放送でもそういう表現がたくさん出て来ます。

先日、うち(読売テレビ)のニュースを見ていたら、こんな言い回しが出て来ました。

「身の安全を守ってください」

ふむ、特におかしいこともなく聞き過ごしてしまいそうですが、ちょっと待った!これは、

「身を守る」と「身の安全を確保する」の「混交表現」ではないか?

そう思うと、おかしな表現に見えて来ました。

9月19日に名古屋で開かれた新聞用語懇談会放送分科会で、各社の委員に意見を聞いたところ、

(TBS)うちでは「身の安全をはかってください」と言う。

(NHK)防災コメントは「身を守ってください」と言う。広島の被災者のコメント(インタビュー)で「身の安全を守るために避難所に来た」と話しているのを聞いた。そういうところから、広がっているのでは?

ということでした。今後、気を付けます!

(2014、10、13)

2014年10月14日 22:07 | コメント (0)

新・ことば事情

5570「体形は・・・」

 

白内障の日帰り手術を受けました。30分ぐらいのものでしたが、術着を着たり、麻酔の点滴をしたり、心電図をつけるなど、本格的な"手術"でした。

その術前、看護師さんから体温計を渡されて「体温を測ってください」と言われました。言われるがままに測ると36度3分。平熱です。それを報告すると、看護師さんが、こう言いました。

「"体形"は悪くないですか」

・・・・きっと本当は、

「"体調"は悪くないですか?」

と聞こうとしたんでしょうね。その前に「体温計」という言葉を使ったので、「体調」の「体」と、「体温計」の「計」がくっついちゃって、

「タイケイ(体形)」

になったのでしょうね。すぐに間違いに気付いたようですが、それよりも早く私が、

「・・・ちょっと、悪いです」

と答えたら笑いながら、

「ごめんなさい、"体調"は悪くないですか?」

と正しく聞き直してくれましたので、

「"体調"は、いいです」

と答えました。

(2014、10、6)

2014年10月14日 21:58 | コメント (0)

新・ことば事情

5569「祖国は国語」

10月9日の「産経新聞」朝刊を読んでいたら、ふと目に留まった記事がありました。スコットランドの独立問題について書かれたコラムで、スペインのカタルーニャやバスクなども同じような問題を抱えていると。そしてその中で、ルーマニア出身でパリで活躍した思想家・シオランという人の言葉を紹介していました。それはこういったものです。

 

「私たちは、ある国に住むのではない、ある国語に住むのだ。祖国とは、国語だ。それ以外の何ものでもない」

 

あ、これ見たことがある!作家の藤原正彦さんの著書は、まさにここから名前を取ったであろう、

「祖国とは国語」

というものだったと思います。「シオラン」という人の言葉だったのか。それも、もしかしたら書かれていたかもしれないけれども、忘れてました。今度は覚えておこう。

ネットで「シオラン」を検索してみると(ウィキペディア、10月9日)、

「エミール・ミシェル・シオラン(Emil Cioran/仏名:Émile Michel Cioran, 191148 - 1995620日)は、ルーマニアの作家・思想家。若年期のエクスタシー経験と、メランコリー、鬱、不眠など生涯にわたる精神的苦悩をもとに、特異なニヒリズム的思索を展開した。」

とありました。おや!?ついこないだまで、生きていた方なんだ、1995年まで!もうちょっと引用すると、

「彼は『私は知識人としての自分の位置付けを最もよく表現できる国籍というものを持たない』という名言を残した。彼の初期の仕事はルーマニアで、彼の後半の仕事はフランスで行われ、そのほとんどはアフォリズムと短いエッセイの形式を取った。」

「アフォリズム」というのは、いわゆる「警句」。あ、そうか、その「警句」の一つが「祖国とは国語」であり、それはルーマニア出身で、その後フランス・パリで生活したシオラン自らの体験を踏まえたものなのかもしれませんね。

そうすると、「愛国心」というのは、

「国語を愛する」

ということになるのですね・・・私は「愛国心」にあふれる人間です!

(2014、10、9)

2014年10月14日 16:49 | コメント (0)

新・読書日記 2014_150

『働かないオジサンの給料はなぜ高いのか?~人事評価の真実』(楠木 新、新潮新書:2014、4、20)

 

タイトルに惹かれて買ったのだけど、ちょっと恥ずかしいから、普段は掛けない紙のカーバーをかけて読みました。(私は「働くオジサン」だと思ってますけどね、人の2倍くらい。)途中で飽きて(?)ほったらかしになっていたのを、ようやく読み終えました。

タイトルの疑問に対する答えは、本書の後半に出てくるが、要は、「一括採用」「終身雇用制度」においては、「若いうちは安く働かせ、年を取ってからその分を支払うという形」だという、まあ、常識的な答え。(それはもう、読む前から知ってましたよ、という・・・)

著者は、『人事部は見ている』『サラリーマンは二度会社を辞める』など、ちょっと魅力的なタイトルの本を出している(読んでないけど、本屋さんで見てタイトルは知っています)。生保会社で長年、人事畑を歩んだ経験で書かれている。この本もやっぱりタイトルで買うよね。内容はそんなに奇抜ではなく、真っ当な感じの本です。会社に縛られずに、自分で生きる道を40代、遅くとも50歳になったら考えておけと。ごもっとも。

本書は、たまたま読んだ、10月13日の産経新聞朝刊でも、取り上げられていました。


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(2014、10、12読了)

2014年10月14日 10:37 | コメント (0)

新・ことば事情

5568「ということになります」

 

9月19日の新聞用語懇談会放送分科会で議題に取り上げられたのは、フジテレビの委員から出された、

「ということになります」

という表現についてでした。最近「~になります」という表現が目につくが、誤用ではないか?というのです。例えば、

「○○選手が、史上二人目となる投手と野手での選出となりました」

「昨日は貴重な晴れ間となりましたが、今日これからは広い範囲で雨となります」

「これで一つスコアを落とすことになります」

「二人のマッチレースということになります」

「最後のチャンスということになります」

などで、特にスポーツ・経済・天気の原稿で多くみられるとのこと。フジテレビでは、原稿に書いてあっても、アナウンサーが訂正するよう指導しているそうですが、徹底できていないのが現状だといいます。

各局の使用状況について、会議で意見が出ました。それによると、

(NHK)特に指導はしていない。

(日本テレビ)明らかな誤用は注意している。ここで挙げられた例は、正しいものと間違ったものが"混在"しているのではないか。「です」と断定したらよいケースも多い。

(テレビ朝日)アナウンサーはこういう言い方を使っているが、特に「言い換えろ」とは言っていない。スポーツデスクに聞くと、『2人のマッチレース』というカギカッコをきわだたせるために、その後に「ということになります」を付けているのでは?という意見だった。

(テレビ東京)指導は特にしていない。それほど多用もしていない。

(共同通信)ニュース原稿では使わない。出て来ない。

(朝日放送)多用・乱用はしていないと思うが、ゴルフ中継で、スコアがまだ確定していない段階では「スコアを1つ落とすことになります」というような使い方はしている。スポーツ中継では「~しました」が実況の基本。

(関西テレビ)ゴルフ中継の実況で、パーパットを外したようなシーンでは使う。競馬中継でも「最後方からのレースをすることになります」などと使う。アナウンサーの「時間稼ぎ」「調子を整える言い方」だと思う。

(読売テレビ)フジテレビの例は正しいものと間違った言い方が交ざっているが、要は、「婉曲表現」なのではないか?また「~します」を「~したいと思います」と言うのと同じような「時間稼ぎ」でもあると思う。

(テレビ大阪)「予測」をするコメントなのではないか?だから、もう確定した出来事に対しては使えない。既に「マッチポイント」になったのに、「『マッチポイント』ということになります」というような表現は、ダメ。

(毎日放送)ゴルフ中継では使う。天気予報で「雨になります」はダメで、「雨となるでしょう」と言うべきだ。

(TBS)ファミレス用語の「オムライスになります」などの「~になります」は、もちろんダメ。「です」で言い切れるものは「です」を使うべきだ。しかし、天気予報の「雨になります」は、かなり使っているかもしれない・・・。

 

朝日放送や関西テレビの委員の発言のように、スポーツ中継、特に「ゴルフ中継」の場合はパーパットを外して、折り返しのパットをする直前で、プロなのでおそらくボギーは取るだろうという状況では、

「これで、スコアを一つ落とすことになります」

という表現は「正しい」表現ですね。しかし、それが他のスポーツにも広がってしまったのかも知れません。

会議でこの議題が出てから、ちょっと気を付けて聞いていると、たしかに、かなり使われています。先日、耳にしたのは、アジア大会の「なでしこジャパン(女子サッカー)」の香港との試合の実況です(TBS)。

「ゴールラインへ出すのが精いっぱいという形のゲームになっています」

「チーム内ランキングで並んでいるということになります」

「残り12分半ということになっています」

「自陣からの攻めということになります」

「代表5試合目ということになりますが」

「どういう選手で構成していくかということになります」

「増矢のゴール、○○からのボールということになりました」

「あとは○○のプレーぶりはどうか?ということになっていきます」

 

また、9月27日午後4時45分ごろ、NHKラジオの大相撲中継を聞いていたら、

「○時△分に『満員御礼』ということになりました」

「九州場所も盛り上がってくれれば、ということになります」

といった「ということになります」表現が出て来ました。これも違和感がありますね。

スポーツ中継を中心に、かなり広範囲で使われている表現のようです。

 

アジア大会の実況中継では、そのほか、

「~というゲームになっています」

「コーナーキックを得ています」

「日本のフリーキックと替わっています」

「これはゴールの右にはずれています」

「きょう1ゴールを決めています」

「最後は臼井が上から狙っていった格好です」

というような表現もありました。

これを聞いていて考えたのは、

「本来実況は、見たものを伝えるので『過去形』。例えば選手が『倒れました』と表現する。しかし、より『生』ということを重要視した場合には、『倒れた』という動作が『現在も継続中』という表現の方が良い。そこで『倒れています』と言う。しかし、この表現が一般的になって使われ過ぎると、さらに『生』の情報表現が求められる。そこで出て来たのが、『倒れているということになります』、あるいは『倒れているという形になります』という表現になったのではないか?」ということです。さらに「未来形」にするには、アジア大会でのTBSのアナウンサーのように、

「あとは○○のプレーぶりはどうか?ということになっていきます」

のように、

「ということになっていきます」

という形になるのでしょう。

もちろん、実況の「口調」とか「間(ま)・テンポ」のための言葉であるのが"第一義"なんでしょうけど、もしかしたら私が考えたような事も、一つの理由ではないかなと思います。

(2014、10、13)

2014年10月14日 07:48 | コメント (0)

新・読書日記 2014_149

『NHK方式 一分で一生の信頼を勝ち取る法』(矢野香、ダイヤモンド社:2014、7、31)

 

普通、この手の本は買わないのですが、気になったので。著者はNHKキャスター歴17年というのだが、私は不勉強のためか、名前も顔も知らない。一体どういう番組に出ていたのでしょうか?もしかしたら、NHKのローカル局での話なのか?それなら、顔も名前も(他の地域の人が)知らない理由は分かる。長崎出身のようだから、長崎局かな?もしそうなら、そのことはちゃんと書いておくべきだ。NHKと書くと、普通は「東京のAK」だと思いますよ。「信頼を勝ち取る」ためには、そこを隠しちゃダメなんじゃないのかな?

しかも「NHK式」と銘打ってるけど、現在はNHKの人じゃないんですよね?いいのかな? と思って「前書き」を読むと、

「本書の『NHK式』という表現は、NHK(日本放送協会)が内容を公認したことを意味するものではありません」

と書いてあるではないですか!公認されていないのに、「NHK」を謳ってもいいのでしょう???とっても疑問。

そういった疑問はさておいて、この手の本は、よっぽど話すのが苦手という人には効果があるのかもしれないけど、でもいつも思うんだけど、これだけたくさんのことを全部頭に入れて、しかも本番で実行できる人なら、そもそも読まなくてもできると思うし、苦手な人は、たぶんこんなにいろいろと実践することはできないのではないかな?という根本的な疑問があります。


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(2014、10、12読了)

2014年10月14日 00:36 | コメント (0)

新・ことば事情

5567「立ち居振る舞い」

 

最近、時々見かける間違いに、

「立ち振る舞い」

があります。

え?どこが間違いかって?よく見て下さい、よく、何か抜けてるでしょ?そう、

「居」

が抜けているのですよ!正しくは、

「立ち居振る舞い」

です。「立ったり座ったり」する様子ですから、「立ち振る舞い」ではありません。「居」が抜けると「座ったり」の意味が無くなることになります。

こういった間違いが起きる原因としては、「立ち居(たちい)」の部分が「ち」と「い」という同じ母音が続くために、耳で聞いた時に「い」を聞き取りにくいし、しゃべる場合も「い」を短めに言ってしまうために、結果として「脱落」につながっているのです。

発音をしっかりすることから、そして漢字でしっかりこの言葉を覚えることからやらないとダメでしょうね。

(2014、10、13)

2014年10月13日 18:45 | コメント (0)

新・読書日記 2014_148

『現代日本語史における放送用語の形成の研究』(塩田雄大、三省堂:2014、9、1)

 

 

NHK放送文化研究所のエース・塩田雄大氏の初めての単著。贈って頂きました。ありがとうございます。塩田さんは、これまでに数多くの論文を書かれ、『NHK日本語発音アクセント辞典』や『三省堂国語辞典』の編纂にも携わられ、「放送における話し言葉」における現在第一人者の一人と言える。"初めての著書"というのは驚いたが、会社(NHK放送研究所)の仕事として書かれたものがほとんどだろうから、「単著」とはならなかったのだろう。しかし実質的には、これまでにたくさん書かれてきている。

本書は、ラジオ放送開始以来、日本全国に伝える「放送の言葉」を先導してきたNHKが、「放送の言葉」とはいかにあるべきか?について検討・実施してきたかの歴史を、資料に基づいて追ったものである。

NHKにおいては「放送用語委員会」という組織が発足当初から存在し、その会議録などを発掘することによって、「放送の言葉のあり方」がどのように変遷して来たかが分かる。方言への対応、参考にしたイギリスBBC放送のあり方、そして放送用語のアクセントはどのようにして決められたのか?を、資料に基づいて明らかにしていく様子は、推理小説を読むようなドキドキ感がある。太平洋戦争中から戦後・現代に至るまでの「外来語」の扱い方なども、参考になる。

放送用語、そして(NHKの)アナウンサーの話す言葉が、日本語の「規範」として視聴者から思われているという事実は、我々をして、襟を正させるものである。放送関係者、必読の一冊。


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(2014、8、28読了)

2014年10月13日 15:34 | コメント (0)

新・読書日記 2014_147

『なぜ妻は、夫のやることなすこと気に食わないのか~エイリアン妻と共生するための15の戦略』(石蔵文信、幻冬舎新書:2014、9、30)

 

この本、買ったのだけど、家で堂々と読むのは、はばかられる。いつもは買う時には、その書店の紙カバーはつけないのだけど、今回は「つけてください」とお願いしてしまいました。いや、何も後ろめたいところはないんだけどね。

しかし結論から言うと、標題に対する「防衛策」は、

「我慢しろ」

のひと事と言っていいのではないでしょうか?つまり、

「女とはそういうものなのだ」

と。これ読んで、皆さん、納得します?「そういうものだ」ということには納得しますけど、対応策がないんじゃあ、なあ・・・。

「結婚生活とは『エイリアンとの共生』である」

って、あなた、そんなこと、奥さんに直接言えますか?よう言わんわ。そんなこと。

書かれている現状には納得はできるが、対応策にはなっていない一冊ではないでしょうか?と言いつつ、全部、読んじゃったけど。


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(2014、10、9読了)

2014年10月13日 10:34 | コメント (0)

新・読書日記 2014_146

『朝鮮戦争~ポスタルメディアから読み解く現代コリア史の原点』(内藤陽介、えにし書房:2014、8、6)

 

朝鮮戦争(1950625日~1953727日休戦)から60年以上のときが流れた。北朝鮮による拉致被害者の問題は、小泉内閣のときの拉致被害者の帰国から、もう10年以上が経つ。この秋の北朝鮮との交渉は、大変注目されている。そういったタイミングで出された、切手から読み解く朝鮮戦争、つまり北朝鮮と韓国についての一冊。韓国との関係もうまくいっていない日本にとって、北朝鮮問題と共にその根本のところは一体どういった経緯で起こったのかを詳しく知ることができる。著者の内藤さんから送って頂いた。いつもありがとうございいます。

この本を出した「えにし書房」というのは、これまで内藤さんの本を担当してくれた編集者が、独立して起こした出版社で、その記念すべき1冊目の出版物が本書である。


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(2014、9、14読了)

2014年10月12日 18:33 | コメント (0)

新・読書日記 2014_144

『サバイバル宗教論』(佐藤優、文藝春秋:2014、2、20)

 

「イスラム国」の問題を挙げるまでもなく、「宗教問題」が21世紀の世界を見る上で重要であるということは、よく分かっている。しかし、イスラム教やキリスト教のことをちょっとかじったぐらいでは、なかなか理解できない。同志社大学・神学部出身の著者は、外交のプロでもあり、理論と実践の両輪で持って宗教を理解している。ゆえに、なんと「仏教」の相国寺で、お坊さん相手に講演を行った。その講演録が本書です。だから、話しかける口調で書かれているので、親しみやすい。内容は難しいけれど。

冒頭の挨拶のひと言目が、キャッチー!

「前科一犯の佐藤優です」

これって笑っていいの?ムズカシイ「ボケ方」するなあ・・と。

大変勉強になったが、それを全部は書きだせない。いくつか。

*「危機=クライシス」というのは、ギリシャ語で「峠」あるいは「分かれ道」の意味。

*「終わり」のことをギリシャ語で「テロス」。「目的」「完成」という意味も持つ。

*時間には「出発点」があり「終わり」がある。「直線的」に流れている。これはユダヤ・キリスト教の伝統。これに対してギリシャの時間は「円環」をなしている。「危機」という概念は明らかに「終わり」ということと関係している。(以上、46ページ)

*アメリカというのは思想史的に19世紀がない国。ヨーロッパの特徴を作っているのは19世紀のロマン主義。18世紀に出来た啓蒙主義だけでは、人間の問題は解決しない。ヨーロッパは、多くの戦争を経験することで、人間には非合理な要素があることを感じるようになり、森の生活とか中世とか、後ろ向きのロマン主義的な発想が出て来る。(82ページ)

*アメリカ人は、九鬼周造が言うような「いき」という感覚は分からない。「いき」は微分法的な考え方。何かに到達できるんだけど、到達する手前でとどまる。接近はするんだけど、そこには行かない。あくまで近付くという考え方。アメリカは野暮。(83ページ)

*自分の命を捨てることが出来るというのは、一見、美しいことのように見えるが、実は非常に怖いこと。なぜならば、自分の命を捨てることができるということは、他人の命を奪うことに対するハードルも著しく低くなるから。

などなど。大変勉強になりますよ!


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(2014、9、18読了)

2014年10月12日 12:04 | コメント (0)

新・読書日記 2014_143

『太陽の塔Walker』(玉置康紀・編集、KADOKAWA:2014、10、11)

 

ツイッターで見ていて「どんなものなのかなあ」と思っていたら、玉置さんが送って来てくれました。ありがとうございます。

世代的には、まさに「万博=1970年」に子ども時代を過ごした私の世代はドンピシャ!です。「超合金」の太陽の塔もカッコイイ!いくらするの?・・・え!1万8000円・・・ちょっと、大人の玩具としても高いな。うーん、それなら太陽の塔のデザイン靴の方が、いいかな。1万円。

多くの人が「太陽の塔」に惹きつけられる気持ちは分かる。しかし、これほどまでに入れ込むなんて!本まで出しちゃうんなんて!とオドロキの一冊。大阪に住んでいて、よく目にするし、「あって当然」と思っていると、ありがたみが分からないのかもしれないですね。


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(2014、10、9読了)

2014年10月11日 12:08 | コメント (0)

新・読書日記 2014_142

『ものの言い方西東』(小林隆・澤村美幸、岩波新書:2014、8、20)

 

方言として関西弁は大きな力を持っている。1200年も首都があったのだから、その後400年ぐらいの東京よりも言葉が底力を持っているのだ。古くから使われている言葉が関東にももちろん影響を与えているだろう。その「ものの言い方」の地域差を「口に出すか出さないか」「決まった言い方をするかどうか」「細かく分けるかどうか」「間接的に言うか直接的に言うか」「客観的に話すか主観的に話すか」等の「二分法」の基準を、1章~7章までで論じ、さらに8章以降は「発想法」「その背景」「どうやって生まれ、発達するか」を分析して、最後に「ものの言い方を見る目」でまとめている。

著者は2人になっているが、小林が1957年生まれの東北大学教授なのに対し、澤村は1980年生まれで現在、和歌山大学准教授という若手。全体の雰囲気としては澤村の論文を小林がチェックして、面倒を見ているような感じ、かな。

山形生まれで関西に全く縁がなかった澤村が、和歌山大学に務め関西で暮らすことで、生活の中で発見したことばの地域差の驚きというのが、本書を出すキッカケになっているという。論文みたいなわりには、読みやすいです。


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(2014、9、2読了)

2014年10月10日 21:48 | コメント (0)

新・読書日記 2014_141

『なぜ時代劇は滅びるのか』(春日太一、新潮新書:2014、9、20)

 

大変評判の良い一冊。私は、水道橋博士のツイッターで知り、購入した。帯には、

「圧倒的な熱量で放つ、時代劇への鎮魂歌」

とある。著者は1977年生まれと、若い。

「そんな若くて、なぜ『時代劇』に?」

とよく言われると言うが、実はその世代でも、再放送などで「時代劇」には親しんでいたとのこと。私の世代は、子どもの頃はよく「時代劇」見てたなあ。ゴールデンタイムでも放送していたし、午後4時台の再放送なんか『遠山の金さん』とか『隠密同心』とか『大岡越前』とか、『桃太郎侍』とか『水戸黄門』とか、全部「時代劇」だったもんなあ。『必殺!』シリーズも、一応「時代劇」だよね。

でも、その頃から、既に「時代劇」は衰退の道を歩んでいたと。その時代の"うわべ"は知っているので、その"背景"を読むと「そうだったのか!」と、まるで池上彰さんの様に納得しながら読み進める一冊。著者の"時代劇への愛情"が、とても感じられる一冊でもある。


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(2014、9、22読了)

2014年10月10日 17:47 | コメント (0)

新・読書日記 2014_140

『シャイロックの子供たち』(池井戸潤、文春文庫:2008、11、10第1刷・2013、8、1第18刷)

 

単行本は2006年に出ている。文庫本も6年前に出ている。その後「18刷」!!ロングセラーですね。

元銀行員の池井戸さんの本領が発揮される「銀行員もの」。「倍返し」は出て来ない。なかなか「倍返し」なんて出来ないんですよ、ふつうの銀行員は。本当に「堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍ぶ」。そうして出世する・・・かと思うと、そうは問屋が卸さない。思わぬ落とし穴があって・・・という、かなりニヒリズムに支配された内容。最後に「大どんでん返し」も・・・え?どうなるの?と期待して最後まで読んでくださいね!

そうそう、もちろん「シャイロック」と言えば「ベニスの商人」=「金貸し」ですね。「銀行員」は「シャイロックの子供たち=子孫」だと。メロスは怒りますよね。


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(2014、10、6読了)

2014年10月10日 15:46 | コメント (0)

新・読書日記 2014_139

『その「つぶやき」は犯罪です~知らないとマスいネットの法律知識』(鳥飼重和監修、神田芳明・香西駿一郎・前田恵美・深澤諭史、新潮新書:2014、5、20)

 

ツイッターを始めてまもなく1年、結構な頻度で"つぶやいて"しまう。こういったメディアの危険性は分かっているつもりが・・・ついつい。「犯罪」とまではならずとも、いろいろと問題が起こりそうな予感がするので、できるだけ争い事には近づかないようにはしているのだが。

やはり「バーチャル」「見えない」というところに「問題」があるのではないか、存在をリアルに実感できない中で、色々な事を表へ出してしまう。本当に「ひとりごと」なら問題ないけれど、SNSでの「つぶやき」は「発言」として捉えられてしまう性格のものだから。そこのギャップが、様々な軋轢を生みだしているのだろうな、と改めて思った。


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(2014、10、4読了)

2014年10月10日 10:45 | コメント (0)

新・ことば事情

5566「御嶽山のアクセント」

 

9月27日に噴火し、多くの人の命を奪った「御嶽山」。このアクセントは、

(1)「オ/ンタ\ケサン」

(2)「オ/ンタケ\サン」

のどちらでしょうか?

「御嶽山」になじみの深い中部地方や関西のアナウンサー地元のアナウンサーは、きっと、(1)「オ/ンタ\ケサン」

だと思います。私も(1)「オ/ンタ\ケサン」です。

しかし、ニュースなどでよく耳を澄まして聞いていると、

(10月7日)

NHK   高瀬耕造アナウンサー (2)「オ/ンタケ\サン」(正午のニュース)

日本テレビ 藤井貴彦アナウンサー (2)「オ/ンタケ\サン」(news every.

でした。読売テレビアナウンス部で聞いてみたところ、

萩原アナウンサー(1)「オ/ンタ\ケサン」

植村アナウンサー(1)「オ/ンタ\ケサン」

と、ベテランアナウンサーは(1)だったのに対して、

五十嵐アナウンサー(2)「オ/ンタケ\サン」

山本アナウンサー (2)「オ/ンタケ\サン」

増井アナウンサー (2)「オ/ンタケ\サン」

と、若手アナウンサーは、(2)「オ/ンタケ\サン」でした。

夜の7時のニュースで、NHKのベテラン・武田アナウンサーは、

(1)「オ/ンタ\ケサン」

でした。

翌10月8日、テレビ朝日「ワイド・スクランブル」の大下容子アナウンサーは、

(1)「オ/ンタ\ケサン」

また、前日は(2)で読んでいたNHKの高瀬アナウンサーもこの日は、

(1)「オ/ンタ\ケサン」

でした。読売テレビの番組では、宮根さんは「ミヤネ屋」で、

(2)「オ/ンタケ\サン」(10月8日「ミヤネ屋」)

しかし、男性ナレーターの藤田さんは、

(1)「オ/ンタ\ケサン」(10月8日「ミヤネ屋」)

でした。

傾向としては、ベテランが(1)で、若手が(2)のような気がします。

そんな中で、御嶽山の地元・長野県出身の五十嵐アナウンサーは、

「普段は『御嶽山』とは言わずに、『御嶽』ですね。アクセントは『頭高アクセント』で『オ\ンタケ』です。長根県民歌の『信濃の国』の2番の歌詞にも、『御嶽』は出て来ます!」

とのこと。

また、「御嶽山」になじみが深いという、静岡県出身の萩原アナウンサーも、

「ふだんは『御嶽山』ではなく『御嶽(オ\ンタケ)』と言いますねえ」

とのこと。私も「御嶽(オ\ンタケ)」とも言いますねえ。

普通、「○○○山(サン)」という時のアクセントは、

「高野山(コ/-ヤ\サン)」「高尾山(タ/カオ\サン)」「岩手山(イ/ワテ\サン)」「岩木山(イ/ワキ\サン)」「阿蘇山(ア/ソ\サン)」

のように、「山(サン)」の前でアクセントが下がって来ます。それが(2)のアクセントパターンですね。しかし、それではなぜ、(1)のパターンもあるのか?考えてみました。

ピンポーン!ここでハタと思いつきました。

もしかしたら、「御嶽山」になじみの深い人は「御嶽(オ\ンタケ)」と呼ぶが、それに「親しみ」と「敬いの気持ち」を込めて、

「敬称の『さん』」

を付けて、

「御嶽さん」

と呼ぶのではないか?そういう人は、それが「山(サン)」が付いたときに、「敬称の『さん』」と同じアクセントで、

(1)オ/ンタ\ケサン

となっているのではないでしょうか?

10月9日の日本テレビ・お昼のニュ-ス(「ストレイトニュース」)で、森富美アナウンサーと、現地から中継していたテレビ信州の松沢記者は、

(2)「オ/ンタケ\サン」

でした。

今後もしばらくは「御嶽山」のアクセント、注意して聴いてみたいと思います。

 

(2014、10、9)

 

 

(追記)

10月10日のテレビ朝日「ワイドスクランブル」で、大下容子アナウンサーは、8日とは違って、

(2)「オ/ンタケ\サン」

でした。現地からの中継の倉橋友和アナウンサーも、橋本大二郎キャスターも、

(2)「オ/ンタケ\サン」

でしたが、VTRの男性ナレーターと、現地の王滝村のヘリポートとなっている公園から中継していた女性アナウンサーは、

(1)「オ/ンタ\ケサン」

でした。同じテレビ朝日のお昼のニュースの平石直之アナウンサーと、現地・王滝村から中継リポートした、長野朝日放送(abn)のヘルメットをかぶった男性記者は、

(2)「オ/ンタケ\サン」

でした。

(2014、10、10)

(追記2)

10月12日のお昼のニュース。

日本テレビ・豊田順子アナウンサー、フジテレビの女性アナウンサーとも、

(2)「オ/ンタケ\サン」

でした。

(2014、10、13)

(追記3)

10月13日の「ミヤネ屋」で御嶽山の麓、長野・王滝村から中継をした、テレビ信州の男性アナウンサーは、

(1)「オ/ンタ\ケサン」

と発音していました。

(2014、10、13)

(追記4)

10月15日のお昼のテレビ朝日のニュースで、現地から中継していたANN取材団の長野朝日放送・松坂彰久アナウンサー(1957年生まれ)は、

(1)「オ/ンタ\ケサン」

でしたが、続いて中継した、同じくANN取材団で長野朝日放送の山岡秀喜アナウンサー(1987年生まれ)は、1回目は、

(1)「オ/ンタ\ケサン」

2回目と3回目は、

(2)「オ/ンタケ\サン」

と混在していました。

(2014、10、15)

 

(追記5)

10月16日のお昼の日本テレビ「ストレイトニュース」で、矢島学アナウンサーは、

(1)「オ/ンタ\ケサン」

と読んでいました。それを受けた中継先のテレビ信州・松沢亮記者も、1回目は、

(1)「オ/ンタ\ケサン」

でしたが、2回目・3回目は、

(2)「オ/ンタケ\サン」

でした。また、同じく、テレビ朝日のお昼のニュースで、現地から中継していたANN取材団・長野朝日放送(abn)の山岡秀喜アナウンサーは、きょうは、

(2)「オ/ンタケ\サン」

でした。(きのうは、混在していましたが。)

(2014、10、16)

 

(2014、10、9)

2014年10月 9日 22:51 | コメント (0)

新・読書日記 2014_138

『「自分」の壁』(養老孟司、新潮新書:2014、6、20)

例によって「語りおろし」。もう70歳をとうに過ぎているだろうに、精力的です、養老先生。一貫して同じことを述べているように感じるのだけど。哲学的です。

帯には「『自分探し』なんてムダなこと!」

「『バカの壁』のその先へ~最初から最後まで目からウロコの1冊」

とバンバン押して来ています。売れているようです。内容、結構難しいとは思うのだけど。でも一貫して同じことを言っているので、新鮮味はない。しかし勉強になる。私たちも、一回、読んでも忘れてるからね。

「アメリカ人は共生が好きではない」(56ページ)

「長期的な議論をする場が必要」(75ページ)

「政治問題化の弊害」(85ぺージ)では、

「政治問題化した緊張した状況では、なにか発言するとしてもいつも『どちらの味方なのか』だけで判断されるようになる。どちらでもない、という立場が許されなくなってしまうのです」

として、東電の問題でも「原発は悪い」「即時撤廃」とすると、今後「廃炉」など原子力の問題に取り組もうとする若い人たちがいなくなってしまう。短期間の意見としては正しくとも、長期的に取り組まなければならない問題の弊害になってしまうとして、短絡的なものの考えをする"人間"に警鐘を鳴らしています。その通りだと思います。

「日本では、土地に関する私権が強すぎるとされています。(中略)その点から考えていくと日本は昔から民主主義の国だったともいえるのです。山本七平は「『大言海』には、『下克上』とは『でもくらしい』ということと書いている」と紹介している。」(93ページ)

ここに出て来た「でもくらしい」=「デモクラシー」=「民主主義」ですね。

「日本の特殊性を示す例としては、自殺の問題も挙げられます。日本は自殺が多すぎる、といった話ではありません。むしろ逆です。(中略)一人あたりのGDPと自殺率は比例することが分かっています。一人あたりのGDPが高くなるほど、自殺は増えるというと、『逆なのでは?』と思われるかもしれません。(中略)統計を見る限り、実はそうではない。一人当たりのGDPが低いエジプトでは、自殺はほぼゼロです。なぜそんなことになるのか。理由として考えられるのは、全体のGDPが高くなると格差が拡大するために、相対的な貧乏が増えるということです。実際に、格差が広がった国では自殺率が高くなるようです。要するに、貧乏とは絶対的なものではなくて、周りに金持ちがいるときに強く感じるものだということでしょう。」(101ページ)

これなんか、「目からウロコ」でしょうね。

ほかにもいっぱい、ページの耳を折った所がありますが、これぐらいにしておきますね。あとは、本書を読んでみてください。


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(2014、10、4読了)

2014年10月 9日 22:44 | コメント (0)

新・読書日記 2014_137

『ルーズヴェルト・ゲーム』(池井戸潤、講談社:2012、2、21)

 

おもしろかった。読み終わってのカタルシス。これ、「スポ根もの」だよね。

熊本日日新聞(2009年4月3日~2010年2月27日)や、神戸新聞、信濃毎日、中国新聞等に順次連載されていて、単行本が出てすぐに買ったのに、読んでいない間に文庫本まで出ちゃった。その後、テレビドラマにもなった。他局だけど視聴率が良かった。ようやく読みました。読み始めたら440ページを2日で読み終わりました。

青島製作所という会社が舞台なのだけど、その創業者にして会長の言葉が深い。

「働くということ、社員と会社の関係、そして野球という娯楽に対する考え方。かつて社員たちが全員で共有していたほぼ単一的な価値観が、世の中の変化とともに多様化していったんだ。同時に野球部に対する社内の見方も変わっていったような気がする」(319ページ)

これは、作者の心の声なんじゃないのかな。

そして「野球で一番おもしろいとされるスコア」は、

「八対七だ。」「フランクリン・ルーズヴェルト大統領が、最もおもしろいスコアだといったというのがそもそもの起源でね。ルーズ・ヴェルトゲームだ。」

たぶん、作者はこの言葉を知った時に「これで書ける!」と思ったのではないか。これがタイトル(書名)であり、「キモ」でもあり、「始まり」だったのではないかな。それを知れば、結末もおのずと見えて来ますよね。

それと「プロローグ」と「エピローグ」を除くと「9章」から構成されているのも、あきらかに「野球」を意識した構成ですね。ということで、「7回ウラ」あたりから、それまでの苦労が報われて、カタルシスを楽しめますよ。それまでは我慢して(いや、我慢しなくても「早く先を読みたい!」と思うと思いますが)読みましょう!


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(2014、10、5読了)

2014年10月 9日 15:15 | コメント (0)

新・読書日記 2014_136

『ヒーローインタビュー』(酒井希久子、角川春樹事務所:2013、11、8)

 

盛岡駅の中にある大きな書店で、「去年のイチ押し」として出ていたので購入。表紙の子どもの描いた絵のような素朴なイラストに、バットを持ってユニフォームを着た人たちがいるので、「野球」の話だと分かる。

「野球」といえば、ことし出た(本当は去年の年末か)知り合いの放送作家・増山実さんのデビュー作『勇者たちへの伝言~いつの日か来た道』を思い浮かべるが、実は『勇者たちへの伝言』も、この盛岡駅構内の本屋さんには並んでいて「ことしのイチ押し」と書かれていた。しかも、

「『ヒーローインタビュー』の次に、今年はこれ」

と書かれていた。既に『勇者たちへの伝言』は読んでいた私は、この『ヒーローインタビュー』も、読まざるを得ないではないか!ということで読み始めたら・・・面白いです!これも「昭和」の香りをさせる物語。しかもよく見ると、出版元は『勇者~』と同じ「角川春樹事務所」ではないですか!こういう「野球路線」を狙っているのかな?

主人公は、阪神の選手ですが、「ヒーローインタビュー」を一度も受けたことのない、でも、接した誰もがその人柄に魅了され、分かる人はその実力を見抜く。みんながみんな見抜くわけではないが、見抜いた人たちは、常に彼を信じている。なんか、本編全部が「スピンオフ」のような感じなのですが、それによって主人公が浮かび上がるという、ちょっと不思議な魅力の作品です!


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(2014、9、29読了)

2014年10月 9日 10:55 | コメント (0)

新・読書日記 2014_135

『限界集落株式会社』(黒野伸一、小学館文庫:2013、10、13第1刷・2014、3、4第5刷)

 

単行本は2011年11月に出ている。

この本も盛岡駅構内の大きな本屋さんで見つけて購入。帯には「信州、東北で大ヒット!」とあった。関西では売れてないのかな?でも、たしかに本屋さんで見かけなかったな。こういう「ご当地物」は買っておかなくちゃと購入。著者の名前は知らなかったが、略歴を見たら、作品の中に『万寿子さんの庭』というのがあった。これは、何か書評か何かで見て、たしか買っているはず。ちょっと、読みさしになってどこかに埋もれているが・・・。

で、本書であるが、表紙のイラストが「ラノベ」っぽいのだが、内容は、おもしろい!グイグイ読める。主人公が結構スーパーマンで、田舎の人たちは、最初「悪く」描かれているが、だんだん、運命共同体・チームメートになっていく様子が楽しい。地元の行政や、都会の人たちとの関係なども。ちょっとマンガチックかもしれないが、おもしろい。「農業」ということについて、考えるきっかけになるかもしれないなと。こんなにうまくいくことばかりじゃないでしょうけどね。「夢」を描けていると思います。


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(2014、9、26読了)

2014年10月 8日 20:54 | コメント (0)

新・読書日記 2014_134

『50歳からの知的生活術』(三輪裕範、ちくま新書:2014、8、10第1刷・2014、9、5第2刷)

 

まあ私も、もう50歳を超えて老眼も進み白内障の手術もするぐらいだけど、知識欲と言うか「学ぶ」楽しみは知っている。趣味もいろいろとあるので、特に困っていないのだけど、興味のある本ではある。同じ著者の『40歳からの勉強法』も、10年ぐらい前に読んだような気がする。ということで読んでみた。

大体は「既にやっている」ことばかりだったので、「まあ、今のままでいい」ということの再確認のような本だった。ま、そんな感じです。


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(2014、9、27読了)

2014年10月 8日 18:53 | コメント (0)

新・読書日記 2014_133

『NHK気になることば 走らないのになぜ「ご馳走」?』(NHKアナウンス室、新潮文庫:2014、9、1)

 

単行本は、以前、出たときに買って読んだ気がするけど、まあ文庫本でもう一度おさらい。単行本は2009年に出ていたのね。

改めて読んでみても、結構、ためになる。勉強になる言葉の雑学の本ですね。雑学だからと言ってバカにしてはいけません。こうした一つ一つの知識が「線」となり「面」となって、新たな局面を開いていくのですよ!

抜き書ききを始めるときりがないから、一つだけ。

「♪○○○が鳴くから帰ろ」

の「○○○」に入るのは、何?・・・・カラス?カエル?あなたはどっち?

200ページあたりを読むと、2006年にNHK放送文化研究所がインターネットで取ったアンケートによると、「カラス」=64%、「カエル」=22%だったそうです。正解は(もともとは)「カエル」。「帰る」にひっかけていたと。ところが、1923年に発表された童謡「夕焼け小焼け」の歌詞に「カラスと一緒に帰りましょう」というのがあって、どうもそれに引っ張られているのでは?というようなお話でした。ね、面白いでしょう!?


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(2014、9、21読了)

2014年10月 8日 15:52 | コメント (0)

新・読書日記 2014_132

『日本をダメにしたB層用語辞典』(適菜収、講談社:2014、9、4)

 

もともと「B層」というような呼び方を作りだし使っているのは、「広告業界」だそうだ。それを社会学的分析に使っているのが著者・適菜収。ザックリ言うと「B層=大衆」だと思うが、本書によると、

「B層とは、大衆社会の成れの果てに出現した今の時代を象徴するような愚民です。『マスコミ報道に流されやすい「比較的」IQ(知能指数)が低い人たち』です」

というように、非常に扇情的で下劣な内容が書かれているが、これに腹を立てたら「ほうら、その通りだから怒ってるんでしょ」あるいは、「あなたはB層ではないんじゃないからいいんじゃですか?」と言われそうだし、なんとも手におえない感じがします。

内容を読んでいると、あまり私は「B層」に当てはまらない感じがするのですが、一部、当てはまる気もする。微妙です。

あんまりカッとならずに、サラッと楽しんで読むぐらいがいいのではないでしょうか?

でも、この本って、読者層をどの辺に考えているのだろうか?どんな人が買うのだろう?・・・・あ、オレか。


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(2014、9、20読了)

2014年10月 8日 10:51 | コメント (0)

新・読書日記 2014_131

『宇宙兄弟24』(小山宙太、講談社:2014、9、22)

 

宇宙飛行士・カルロの親子に隠された秘密の巻。いい話だ。あんまり宇宙の話は出て来ないが、それでもいい感じだな、この巻は。


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(2014、9、22読了)

2014年10月 7日 19:55 | コメント (0)

新・ことば事情

5565「欠航の表現」

 

台風18号を前にした10月5日のNHKニュースで、井上二郎アナウンサーが、

「欠航したか、欠航を決めています」

と原稿を読んでいました。以前は、

「欠航、あるいは欠航を決めています」

というとてもわかりにくい表現でしたから、それに比べると半歩前進。

しかし、私なら、

「欠航したか、欠航することを決めています」

と「することを」にしますね。より、わかりやすい表現だと思います。

ただ、もしかしたら「欠航する」という表現が「あり」なのか?という問題があったのかもしれません。「出航する」ならば「出る」という行為が「ある」のですが、「欠航」は「出ない」のですから「『出ない』ことが『ある』」という表現に違和感があったのかもしれません。しかし、

「欠席する」「休校する」

という表現もあるのですから、

「欠航する」

もOKだと思うのですがね。いかがでしょうか?

(2014、10、6)

2014年10月 6日 15:39 | コメント (0)

新・ことば事情

5564「『活火山』の読み方」

 

御嶽山が噴火し、多くの方が犠牲となりました。痛ましいことで、お察し申し上げます。自然災害の怖さを改めて感じます。

このニュースの関連で、

「活火山」

という言葉がよく出て来ます。この読み方は、アナウンサー的には、

「カツカザン」

です。『NHKアクセント辞典』を引くと、1番目に、

「カツカザン」

2番目に、

「カッカザン」

という促音の発音が載っていますが、アナウンサーは「カツカザン」だと教育されました。「カツ」は「母音の無声化」によってあまり聞こえないので、同じように聞こえて、より言いやすい「促音」つまり「小さいッ」の

「カッカザン」

になる傾向があります。しかし、他局も含めて聞いていると、大体アナウンサーやナレーター等のプロは、

「カツカザン」

と読んでいるようです。

それで思い出したのは、

「カツカレー」

です。これも「言いやすさ」を優先すれば「促音化」して、

「カッカレー」

となるはずですが、これは「トンカツ」の「カツ」を強調する必要があるためか「促音化」はされずに、「カツカレー」と言われますね。

「活火山」もそれと同じで、「活」ということを強調したいので、促音化せずに、

「カツカザン」

と言うのではないかなと思いました。

(2014、9、29)

2014年10月 6日 11:36 | コメント (0)