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『道浦TIME』

新・ことば事情

5563「濁流」

 

御嶽山の噴火に伴って、近隣に火山灰が降り注いでいます。その火山灰が流れ込んだ、もともとは「清流」であった川が、

「泥の川」

になっている様子(「流れ」はそれほど速くない)を指して、きょう(9月29日)の「ミヤネ屋」

「濁流」

というイメージスーパーが発注されていたのを事前チェックの際に見つけましたが、違和感がありました。

「泥流」

ならばそれでいいかなとは思いますが。「濁流」は文字通り「濁った流れ」ですが、単に濁っているだけでなく、

「勢いのある流れ」

というイメージが私はあります。『広辞苑』で「濁流」を引くと、

「にごった水の流れ」

としか書かれていませんが、用例には、

「濁流に呑まれる」

とあります。トロトロ流れる泥の川では、「呑まれる」ことはないでしょう。

また、『明鏡国語辞典』では、

「にごった川の激しい流れ」

とあります。これが本来の「濁流」であろうと思います。そもそもなぜ「濁って」いるかと言うと、大雨が降って泥を一緒に流して来るからです。ですから、流量も増えているに決まっている。火山灰で濁るケースは濁流には含まれないと思います。

ちなみに「濁流」の反対語(対語)は、

「清流」

で、こちらは単に「清い」だけでなく、

「流れもそれほど激しいものではない」

と思います。「春の小川」のように「サラサラ流れる」のが「清流」ですね。

(2014、9、29)

2014年9月29日 21:20 | コメント (0)

新・ことば事情

5562「『度』か『回』か 2」

 

「平成ことば事情5070」で書いた「『度』か『回』か」の続編です。

2014年9月28日、大相撲秋場所は、横綱・白鵬が、千代の富士並ぶ、

「31度目の優勝」

を達成しました。

その際にNHKテレビでは、実況の藤井康生アナウンサーも、字幕スーパーも、

「31回目(の優勝)」

と表現していました。

これまでの話では、「回」は「毎回必ず回ってくるもの」について使い、そうでない回数は「度」を使うということでした。それによると、いくら白鵬が強くても、

「必ず勝つとは限らない」

ので、

「31度目」

を使うのではないかなと思います。

新聞各紙は白鵬の優勝をどう伝えたか?9月29日の朝刊を見てみると、

*「31回目」=毎日

*「31度目」=読売・朝日・産経・日経

でした。毎日だけ「回」ですね。

ただ、どの新聞も「優勝回数」としていて「優勝度数」としたところはありません。

「回数」なら「回」で数えてもいいのでは? という気はします。どうでしょうね?

(2014、9、29)

2014年9月29日 19:18 | コメント (0)

新・ことば事情

5561「四大メイガチ」

 

先日、北朝鮮のニュースを「ミヤネ屋」でやったときに、隣でテロップをチェックしていたディレクターが、こう言ったのが耳に入りました。

「その『四大メイガチ』というのを『四大名所』に変えてください」

ちょ、ちょっと待った!なんだ、その、

「メイガチ」

というのは!?もしかしてそれは、

「名勝」

ではないのか?と思って、テロップの確認画面を見ると、はたしてそこには、

「四大名勝」

と書いてありました。

「おまえ、これはな『メイショウ』と読むんだよ!知らないのか?意味は確かに『名所』とあんまり変わらないいけど、景色のいいところとかさ!『名勝』って知らない?」

と聞くと、

「・・・」

答えはありませんでした。

結構、大変でしょ、テロップをチェックするのも。

(2014、9、25)

2014年9月29日 12:32 | コメント (0)

新・ことば事情

5560「ジューイチカゲツ・ジューイチフン」

 

9月9日、円安が進んで、

「5年11か月ぶりの円安」

というニュースが流れました。その「11か月」を、

「ジューイチカゲツ」

と読んでいるケースを、「テレビ朝日」と「読売テレビ」のニュース番組で耳にしました。正しくは当然、

「ジューイッカゲツ」

だと思うのですが、若い人の間に「ジューイチカゲツ」と読むような傾向があるのではないでしょうか?

そこで、9月19日に名古屋で開かれた新聞用語懇談会放送分科会で質問したところ、放送各社から以下のような意見が出ました。

(朝日放送)「ジューイチカゲツ」はわからないが、最近の若い人は、時間の「4分」は、もう全員「ヨンフン」と言う。

(毎日放送)それはもう、デスククラスまでもが「ヨンフン」と言っている。

(テレビ朝日)「11か月」について、アナウンサー7人に聞いたところ、1人だけ「ジューイチカゲツ」と言う人がいた。理由を聞くと「スポーツ中継などでは"数字を強調したいから"」ということだった。

(NHK)『NHKアクセント辞典』の改訂作業に際して「11か月」は「ジューイッカゲツ」で間違わないだろうが、同じ「11」でも「11か国」「11か所」「11か条」は、「ジューイッカ(国・所・条)」と「ジューイチカ(国・所・条)」の言い方があると思うので、悩んでいる。

(関西テレビ)「『ジューイチカゲツ』と言う」と答えた30歳の男性アナウンサーは「『ジューイチカゲツ』のほうが"丁寧な感じ"がする」と答えた。

(日本テレビ)「8」を「ハチ」と言うか、促音で「ハッ」と言うかということに似ているかもしれない。

(毎日放送)たしかに、「(0時)28分」を「ハチフン」と言うか「ハップン」と言うかだと、事件・事故のニュース原稿で「ハップン」は、軽い感じがして、違和感がある。

というような意見が出ました。ここで「ハッ!」としたのは、関西テレビの30歳の男性アナウンサーの答え、

「『ジューイチカゲツ』のほうが、"丁寧な感じ"がする」

ということでした。たしかにその気持ちはわかります。

しかし「1か月」の読み方は、これまでの歴史から言うと、

「言いやすいので促音化して『イッカゲツ』」

となったのです。だからそれに「10」が付いて「11か月」となっても、「1か月」の促音の読み方が維持されて、

「ジューイッカゲツ」

となってきたのですが、最近は「イッカゲツ」が定着していないので、「11か月」は、

「11」と「か月」

に分けて考えられて、

「ジューイチ」「カゲツ」=「ジューイチカゲツ」

となったのではないでしょうか?都言うようなことを、会議でも発言しました。

名古屋の会議の翌日、私用で盛岡に行き、さらにその翌々日、盛岡から仙台空港に向かう東北新幹線「やまびこ」の車内で聞いたアナウンス。それほど若いとは思われない男性の車掌が、到着予定時刻を次々と言っていくのですが、その中で、

「上野、ゴジジューイチフン」

といっていたではなりませんか!!

もうすでにこんなに広がっているのか!いや、もしかしたら、

「鉄道の時刻」

からこの言い方が広がったのかもしれません。「ヨンフン」にしても、

「北海道の電車のアナウンス」

で聞きましたし。詳しくは「平成ことば事情2079『3ふん前、4ふん前』」&「平成ことば事情4169『よんふん』の理由」をお読みください。

 

 

 

(追記)

11月6日のテレビ朝日「ワイド!スクランブル」で、舞鶴の女子高校生殺害事件で無罪判決を受けた中勝美容疑者が、11月5日に大阪梅田の繁華街で38歳の女性を刺して殺人未遂の現行犯で逮捕された事件位関して、男性のアナウンサーが、

「11か所を刺して」

という部分の「11か所」を、

「ジューイチカショ」

と読んでいました。普通は、

「ジューイッカショ」

なんだけどな。

(2014、11、6)

 

(2014、9、25)

2014年9月25日 17:21 | コメント (0)

新・ことば事情

5559「よだれ鶏」

 

岩手の盛岡に行ってきました。そこで入った居酒屋で、

「ピリ辛よだれ鶏」

というメニューが!この「よだれ鶏」とは一体?

(1)  あまりにおいしくて、よだれが出る鶏肉料理

(2)  いつもよだれを垂らしている鶏を使った料理

(3)  「夜垂れ鶏」という種類の地鶏を使った料理

(4)  店長のよだれがドレッシング代わりになっている鶏肉料理

さあ、あなたは何番?

店員さんに聞いたら、

「・・・・店長に聞いて参ります」

とのこと。待つこと10分。

「『よだれ鶏』は、辛めの中華ダレをかけた鶏肉で、よだれが出るくらいおいしいので、そういう名前になったとのことでした!」

ということで、正解は「1番」でした!よかった・・・。

(2014、9、24)

2014年9月25日 13:19 | コメント (0)

新・ことば事情

5558「年齢肌」

 

2014年9月1日の読売新聞に、

「20代からの年齢肌ケア」

という記事が出ていました。この、

「年齢肌」

というのが気になりました。特に引っかかる言葉ではないですが、なんだか新しい言葉のように感じます。テレビのコマーシャルなどでも使われているのではないでしょうか?

記事のリード部分を読むと、

「女性にとって、加齢による肌のシミや小じわは気になるもの。そんな人向けのエイジングケア化粧品の新顔が、続々登場している。」

とのこと。実はリードと本文に「年齢肌」という言葉は出て来ません。しかし、「これのことかな?」という表現としては、

「肌のくすみや弾力性の低下」

というのがありました。また、

「肌表面の各層は年齢とともに潤いが不足するなど、キメが乱れて化粧品が浸透しづらくなる。」

とありました。これが「年齢肌」か。

新しい言葉をいち早く取り入れる『三省堂国語辞典・第7版』を引いてみたら、「年齢肌」は載っていませんでしたが、「年齢」の用例の中に「精神年齢」「血管年齢」と並んで、

「肌年齢」

というのはありました!さすが!グーグル検索してみると(9月18日)

「年齢肌」=56万6000件

でした。トップのほうに出て来たのは、「ドモホルンリンクル」「サントリー年齢化粧品」など「化粧品の広告」で、「年齢肌化粧品」は、

「エイジングケア」

とも言うようですね。

「年齢肌化粧品」    =  1万4100件

「エイジングケア」   =157万0000件

「エイジングケア化粧品」= 28万2000件

でした。

(2014、9、18)

2014年9月18日 18:33 | コメント (0)

新・読書日記 2014_130

『ツイッターとフェイスブックそしてホリエモンの時代は終わった』(梅崎健理、講談社+α新書:2014、6、19)

 

著者は1993年生まれ。愛称は「うめけん」。4歳からパソコンに触れ、2009年6月からツイッターを始めた。その後ツイッターを始めたソフトバンクの孫正義氏に、3番目にフォローされた。2010年12月に高校在学中に「株式会社ディグナ」を設立。「~なう」で、流行語大賞を受賞。2013年から東京・歌舞伎町に拠点を構え「人間の群れの中で、もまれてこそ、ITの未来が見える」ということを実践している...というのが、本のトビラに書かれた経歴。つまり、まだ20歳か21歳の若者。この本では、

「デジタルからニューアナログへ」

ということを提唱している。意外にも、メモを取るのにパソコンではなく「手書き」で紙を使うという著者の推奨する「ニューアナログ」とは?それは、本書を読んでください。

言葉を拾ってみると、

「双方向でつながることができることが、ツイッターの最大の魅力だと思っている」

なるほどなるほど。

「ネットの世界では、アクセス数が評価や収入に直結する。だから、見出しをどこまでも刺激的、扇情的なものにする傾向がある。(中略)たとえば以前、あるサイトのニュース欄に『鈴木宗男長男痴漢逮捕』という見出しが出た。この見出しで直観的にイメージされるのは、鈴木氏の長男が『痴漢で逮捕された』というもののはず。(中略)しかし実際には、鈴木氏の長男は痴漢で逮捕されたのではなく、痴漢を捕まえた側だった。」

助詞を省略することで誤解を招くこともあるということですね。わずか20歳かそこらで、こんなことにきっちり気付いているのはエライなあと思う。倍以上生きていても、気付かない大人も、いっぱいいるのに。


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(2014、9、3読了)

2014年9月16日 20:33 | コメント (0)

新・読書日記 2014_129

『5年後、メディアは稼げるか』(佐々木紀彦、東洋経済新報社:2013、8、1第1刷・2013、9、20第3刷)

 

1979年生まれの著者は「典型的なアナログ人間」で、2002年に東洋経済新報社に入社して以来、ずっと「紙」の雑誌に携わってきた。しかし、去年1月からビジネスサイト「東洋経済オンライン」の編集長に就任して、わずか4か月で月間5301万ページビューに到達。その著者が言うには、タイトルのように「これから5年で、日本のメディア業界が激変する」とのこと。で、この(紙の)本が出てから、もうちょうど1年(「積んどく」状態だったので)経ってしまった。まだそれほど大きな動きは見られないが、恐らく今、その動きは水面下でどんどん進んでいることだろう。

いくつか言葉を抜き出してみると、

「ウェブは感情、紙は理性」「タイトルが10倍重要」「速報よりも、クオリティの高い第2報」「余韻より断言、建前より本音」「一貫性より多様性」「集団より個人」「本は紙のまま残る」など。米国のメディアは生き残れているのか?については、やはり雑誌は「紙」では残りにくい。無料ではなく「有料」でネットで販売するが、ある程度の情報までは無料でそれ以上読みたい人には有料にするパターンで「フィナンシャル・タイムズ」「ニューヨーク・タイムズ」は生き残りに成功していると。うーん、ビッグネームで、かつ内容も伴わないと難しいんだろうなあ。勉強になりました。1年遅れだけど。


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(2014、9、13読了)

2014年9月16日 15:41 | コメント (0)

新・読書日記 2014_128

『江戸しぐさの正体~教育をむしばむ偽りの伝統』(原田実、星海社新書:2014、9、25)

 

「江戸しぐさ」というのを聞いたことがあるだろうか?雨の日に狭い通りを、傘をさしてすれ違うときに、ちょっとお互いに傘を斜めにする仕草「傘かしげ」が、私の知っている「江戸しぐさ」だ。へえー、昔の人はそんなマナーが良かったのね・・・と思っていた。ところが!

これは「ウソ」だというのだ。江戸時代には、現在のような「傘」はあまり使われず、頭の上に被る「笠」が主流で、「傘かしげ」などなかったというのだ!じゃあ、「江戸しぐさ」ってどうやってできたの?その起源は江戸時代ではなく、ここ20年ぐらいで急速に広がって来たもので、検証していくと辻褄の合わないことがたくさん出て来る。

「でも、マナーが良くなればいいじゃない」

とも思うのだが、著者は「虚偽を基に組み立てられたものは、たとえその結果が善であっても、『よし』としない」という姿勢で、「江戸しぐさ」が誰によってどのように作られて広まって来たかを追跡していく。思いも寄らなかった事実が出て来て、目からウロコの一冊。


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(2014、9、6読了)

2014年9月16日 10:39 | コメント (0)

新・読書日記 2014_127

『殺人犯はそこにいる~隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』(清水潔、新潮社:2013、12、20初版・2014、2、20第6刷)

 

DNA型の再鑑定によって、無期懲役から一転、無罪となった菅家さんの足利事件。実は北関東ではその前後に相次いで幼女が行方不明になり殺害されるという事件が相次いでいた。

1979年栃木・足利市 5歳(殺害)

1984年栃木・足利市 5歳(殺害)

1987年群馬・尾島町 8歳(殺害)

1990年栃木・足利市 4歳(殺害)

1996年群馬・太田市 4歳(行方不明)

菅家さんの足利事件は、1990年の事件である。著者は、それらの事件をひとつながりのものだと見て解決に取り組んできた、日本テレビの記者だ。もとは新潮社の写真週刊誌『FOCUS』の記者で、埼玉の「桶川ストーカー殺人事件」の解明に努めた実績もある。いかに警察や検察が、犯人をでっち上げて行ったか、疑念が生じた後も、それを守ろうとしたかが、克明に記されている。「事実は小説よりも奇なり」ということが本当にその通りだと思う。菅家さんは無罪放免されたのだが、実は犯人はまだ捕まっていないのだ。タイトルは、まさにその状況を示している。

「科学」という看板を掲げることで、「だから間違うはずがない」という思い込みはコワイ。まさに「科学捜査神話」は、なんとしてでも守られねばならない、ということなのだろう。客観的視点が入らなくてはならない。


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(2014、9、1読了)

2014年9月15日 21:38 | コメント (0)

新・ことば事情

5557「道浦様の電話で間違いないでしょうか?」

ある日、自宅にかかって来た電話。いきなり若い男の声で、

「道浦様のお電話で、間違いないでしょうか?」

「・・・」

 

まず、名を名乗れ!

そもそもお前は「道浦の電話」に用があるのか、「道浦」に用があるのか、どっちだ?俺は「道浦」で「人間」だが、「道浦の電話」ではない。誰にモノを言ってるつもりだ?

・・・と思ったけど、大人だから、そんなことは言いません。(時々言うけど)

ただ一言、

 

「何の用ですか?」

 

と言うと、相手はその一瞬の無言に殺気を感じてビビったのか、

 

「す、すみません、間違えました」

 

と言って電話を切ってしまいました・・・。

その10秒後に、また電話がかかって来て、同じ若い男の声で、今度は、

 

「○○塾の××と申しますが、△△君(息子の名前)は、いらっしゃいますか?」

 

息子はいなかったので、妻に代わろうと思い、

 

「少々お待ちください」

 

と言って受話器を妻に渡しました。

よく考えると、昔は、

 

「道浦様のお宅ですか?ご主人はご在宅でしょうか?」

 

というような聞き方をしていたのですが、これは電話が、家にある、

「固定電話」

だったからですね。しかし今や主流は「携帯電話」。若い人の中には「固定電話」を使ったことがない人もいるかもしれません。それほどでもなくても、「携帯電話」で話すことが身についていることは間違いない。すると、この

「道浦様のお電話で、間違いないでしょうか?」

という話し方は、

「携帯電話での話し方」

なのではないか?「携帯」では、相手が「家」にいるかどうかわかりませんし、家にいないことのほうが多いでしょう。そこで、

「道浦様のお電話」

という確認する言い方が出て来たのではないでしょうか?

でも「電話」なんて言わなくても、

「道浦様でしょうか?」

でいいと思いませんか?私は、こちらの話し方を勧めますね。

(2014、9、15)

2014年9月15日 16:52 | コメント (0)

新・ことば事情

5556「住人、10人 2」

 

9月11日、北海道胆振(いぶり)地方は、大変猛烈な大雨となりました。

なんか、最近の雨は苛烈すぎます・・・。大阪も。昨夜の雨と雷は物凄かったですし。

11日の午前11時現在も、北海道のその地方には大雨の「特別警報」が出ていて、避難勧告も出されています。避難している人が、テレビのインタビューに答えて

「大阪のほう(池田市)で1時間に100ミリとかいう雨のニュースを見てたから、こっちも来るなと思った」

というようなことを話していました。

そのニュースを見ていたら、北海道のある地区では、

「住人10人が避難しています」

というナレーションが。これ、わかりにくいです。

「ジューニン・ジューニン」

え?一体、結局、何人なの?テロップは、

「住民10人」

でした。「住民」と「住人」は、微妙に意味は違いますが、重なる部分もありますから、この場合は、

「住民10人」

のほうがわかりやすいですね。さらにそれよりも、

「○○地区に住んでいる10人が」

と噛み砕いて言うと、もっとわかりやすいでしょう。

「平成ことば事情1546住民と住人」「3616住民と住人2」「4342住人、10人」「4881住人と住民3」もお読みくださいね。

(2014、9、11)

2014年9月15日 12:28 | コメント (0)

新・読書日記 2014_126

『『孤独のグルメ』巡礼ガイド』(週刊SPA!『孤独のグルメ』取材班、扶桑社:2014、7、24第1刷・2014、8、7第2刷)

 

テレビ東京で放送している『孤独のグルメ』という番組が"静かなブーム"のようだ。深夜の放送なので、視聴率は、大したことはない(失礼!)のだが、その分、熱狂的なファンがいるようである。

もともとは漫画で、実写のドラマ?となって、もう「シーズン4」に入っている。ためしに番組を見てみたら、確かに、出て来るお店の料理がどれもおいしそう。

その番組で紹介したお店を紹介した中身の濃い書籍が、この本である。うーん、一度「巡礼の旅」に行ってみたくなるなあ・・・。


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(2014、9、7読了)

2014年9月13日 18:08 | コメント (0)

新・読書日記 2014_125

『たった一人の生還~「たか号」漂流二十七日間の闘い』(佐野三治、ヤマケイ文庫:2014、1、5)

 

もう20年以上昔になるが、数回・・・十数回ぐらいか、ヨットに乗ったことがある。私は海の男ではないので、それほど"爽快"とは思えず、"つらい""海はこわい"と感じていた。よくタッキング(ヨットの帆の向きを変えること)の時に、回ってきたブームで頭を打った。向いていないのだ、私は。そう、たぶん例の「ヨットスクール」に入れられた子どもの気持ちは、こんな風ではなかったか?という感じ。だから、好んでヨットレースに参加するヨットマンの気持ちは、理解できない。プロはプロ。我々は全くの素人、別の世界の人。そう思っている。

しかし極限状態に置かれた人が、どうやって生還したのかという記録には興味がある。27日間、ほとんど食料も水もない中で、どうやって生き延びたのか?私より1歳年上の著者が、今から22年前にこのような奇跡の生還をしていたということも知らなかった。ヨットマンでは、有名な出来事らしいが。

読んで感じたこと。

大自然の中では、ちょっとしたミスが人間の命を奪う。人間は自然を完全にコントロールすることは出来ない。少し利用するだけである。また命があるかないかというのは、ほんの少しの幸運、神様の気まぐれでしかないということ。

この本は昨年末、ある先輩からもらった。その先輩はヨットマンで、この本の「解説」を書いている。そして昨年、著者と同じようにヨットに乗って太平洋に乗り出したものの、クジラにぶつかられてヨットは沈没、遭難した。しかし幸運にも、その日のうちに救助された。その先輩の名は、「辛坊治郎」という。


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(2014、8、19読了)

2014年9月12日 18:06 | コメント (0)

新・読書日記 2014_124

『日本劣化論』(笠井潔・白井聡、ちくま新書:2014、7、10)

 

1948年生まれの笠井と、1977年生まれの白井。親子ほどの年の差のある2人が、世代差を超えての対談している内容を収めたもの。主に「2013読書日記156」で書いた『永続敗戦論~戦後日本の核心』の著者である白井が喋り、年上の笠井は聴き手と言うか、司会と言うか、論議を導く役をしているように感じる。

「2014読書日記098」に書いた本、『愚民文明の暴走』(呉智英+適菜収、講談社)も、年の差のある2人の対談であった。あれは適菜が、年上の呉をかなりリスペクトしていたので、少し恐る恐る・・・という感じがありながらでしたが、こちらはもっと突っ込んで、白井が独走しているように感じた。(今サッカー見ながら書いてるので、表現がサッカー的。お!若武者・武藤が、ナイス先制ゴール!対ベネズエラ戦。=結局2-2の引き分け)

適菜は1975年生まれ、白井は、ほぼ同世代の1977年生まれ。この世代の論客が出て来たのだな、という感じです。


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(2014、7、24読了)

2014年9月10日 22:45 | コメント (0)

新・読書日記 2014_123

『頭に来てもアホとは戦うな!~人間関係を思い通りにし、最高のパフォーマンスを実現できる方法』(田村耕太郎、朝日新聞出版:2014、7、30)

 

これも刺激的なタイトル。直接的な、下品なタイトルですが、買って読んでしまいました。カバーは、はずして読みましたが。(恥ずかしいから)

著者は、1963年生まれ。(うーん年下かって、どうしてもつい思ってしまう)鳥取県選出の前参議院議員(2期、務めたそうです)、第一次安倍内閣で内閣府大臣政務官。シンガポールの大学の兼任教授。前・大阪日日新聞代表取締役。エール大学、ハーバード大学で研究員、早稲田大学、慶応大学大学院、フランスの大学院に留学、デューク大学などまあ、これでもか!と輝かしい履歴が並んでいるが・・・国会議員はウソじゃないだろうけど、他もウソじゃないだろうけど、「これでもか!」と、これ以上ないぐらいのきらびやかな経歴を書かれると、ちょっと、引いてしまう・・・。

内容はそんなに「上から目線」ではなく、親しみやすいんですけどね。第1章が「アホと戦うのは人生の無駄」、第2章は「臆病者のための戦略的コミュニケーションのススメ」、第3章が「どんな強者でも味方にする"人たらし"の技術」、第4章「権力と評価の密接な関係」、第5章「他人の目を気にするな」、最終章「アホとではなく自分と戦え!」と。うーん、納得できるところもあれば、反発したいところもある。そんな一冊でした。でも、この手の本って、必ず「戦略」とか言うのね。


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(2014、8、22読了)

2014年9月10日 19:41 | コメント (0)

新・ことば事情

5555「近キョリ恋愛」

 

会社の、他の人の机の上に置いてあった映画のチラシに、こんな文字が。

「近キョリ恋愛」

それを見て思ったこと。

「フツウーやんか!」

そして、なぜ「近距離恋愛」という言葉が出て来たか考えました。

思うに、遠く離れていても続く恋愛

「遠距離恋愛」

と呼ぶようになり、それがロマンと憧れを持って小説や映画、ドラマなどで取り上げられる中で、「従来の恋愛」をクローズアップする際には「対語」として「遠距離恋愛」があるので、「『遠距離』の対語」である「近距離」が出て来て、

「近距離恋愛」

という言葉になったのではないか。しかし、新しい造語である上、そのまま映画のタイトルにしたのでは、当たり前すぎる。また「距離」という漢字が画数が多くて重たい。そこで、それをカタカナで「キョリ」とすることで、

「近キョリ恋愛」

という、なにげないけれどもキャッチ―な見出し(タイトル)が出来たのではないか?と。

そして、これは「従来の電話」に対して「携帯電話」ができて定着する中で、従来の家にある固定電話を、

「家電」

と呼ぶようになったのと似ているなと。

また、最近は従来の紙の書籍に対して「電子書籍」が登場。更にそれが、

「電書」

と略されるほど普及してきた。それに対して「従来の本」を、

「紙の本」

と呼ぶことも増えて来た現状と似ているなと思ったのでした。

(2014、9、10)

2014年9月10日 15:45 | コメント (0)

新・読書日記 2014_122

『歌舞伎 家と血と藝』(中川右介、講談社現代新書:2013、8、20)

 

夏休みの最中、最後に読み終えた本。読み終わったときには、夏休みは終わっていた。でも、夏休みのような、まとまった時間のある時に、ある程度一気に読まないと読めないほど、内容の濃い本だった。新書だが、450ページもの厚み。

タイトルの「家と血と藝」というのは、なんだかキリスト教の「父と子と聖霊」の「三位一体」と似ているような。たしかに中を読んでみても、そういう部分が感じられた。歌舞伎の「家」の名前は代々継がれているが、必ずしも「血縁」だけで「伝統」がつながっているわけではないし、「血」はつながっていても「藝」はつながらなかったり。また、当然の様に「日本の一番有名な家」である「皇室」にも思いをはせた。

そして、市川團十郎家、尾上菊五郎家、中村歌右衛門家、片岡仁左衛門家、市村羽左衛門家、守田勘彌・板東三津五郎家、中村吉右衛門家、松本幸四郎家という、現代の歌舞伎の中心となっている人名たちの流れが分かった上で、いかに「歌舞伎」が「市川宗家」=「團十郎」を中心に成り立っているかという事が分かった。また、その時代、時代を仕切ってきた(「藝」だけでなく、「政治力」を持って歌舞伎界を仕切るという意味で。その影響力も)役者たちの系譜もわかった。覚えきれないけど。そんな中で、「中村勘三郎の死」というものの「マイナスの意味の大きさ」もわかった。

大変勉強になった一冊でした。


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2014年9月10日 12:40 | コメント (0)

新・ことば事情

5554「注目を集める2」

 

このところひんぱんに出て来て、それほど違和感なく聞き流してしまう表現に、

「注目を集めています」

があります。きょう(9月9日)の読売テレビ『関西情報ネットten.』のナレーションでも、

「最新型の義手・筋電義手が注目を集めています」

というナレーションがありました。これまでの義手は「能動義手」と呼ばれ、それほど重い物は持てなかったのに、「筋電義手」は重い物も持てるそうです。「魔法の手」とも呼ばれているそうです。その内容も興味深かったのですが、私は言葉の方が気になる。

「注目」が、既に「目(視線)を注ぐ」ことですから、「注目を集める」は、

「視線を注ぐものを集める」

となってしまって、おかしい。ここは、

「注目を浴びています」

という言い方が正しいんでしょうね。

しかし、なぜこのような「重複表現」が出て来たかと言うと、おそらく、

「関心を集めています」

との「混交表現」ではないでしょうか?と思いました。

(2014、9、9)

2014年9月10日 10:05 | コメント (0)

新・ことば事情

5553「暦の上では2」

 

9月9日の『関西情報ネットten.』で、女性リポーターが、

「9月に入り、暦の上では秋ですが」

という原稿を読んでいました。それを聞いて「おや?」と思いました。

ふつう、この場合の「暦(の上では)」というのは、

「中国の古い暦=二十四節気」

を指すのではないでしょうか?つまり、

「現在の8月上旬の二十四節気である『立秋』」

を過ぎてもまだまだ暑いというような場合に使うのです。

「現在の暦=太陽暦のカレンダーで『9月』」

になったら、これは、「暦の上では秋」ではなく、

「実際に秋」

だと思いますが、いかがでしょうか?

たしか、この「暦の上では」は10年以上前に書いた覚えがあります。その際に、まだそれほど有名じゃなかった「池上彰さん」に質問の手紙を出して、返事をもらった覚えがあります。検索してみると・・・出て来ました、「2000年の8月」。もう14年前でした、

「平成ことば事情149暦の上では」

それによると、2000年の8月7日が「立秋」で、「暦の上では今日からもう秋」。その「暦の上では」に関して、『日本語の「大疑問」』(講談社)という本「池上彰さんというNHKの子供向けニュースのキャスターをしている方」が書かれた、と私は書いています。池上さんは「"暦の上"とはどんなカレンダー?」という質問を子ども向けには、

「中国から伝わった昔のカレンダーの言い方で、この日になると春になると

 考えられています。」

という形にしたそうです。この「中国から伝わった昔のカレンダー」とは、何なのか?太陰暦のことなのか?分からなかったので、当の池上さん宛てに手紙を出したところ、大変丁寧なお返事をいただき、そこには、

「二十四節気のことを指しています」

と書かれていました。懐かしいなあ。

(2014、9、9)

2014年9月 9日 22:02 | コメント (0)

新・ことば事情

5552「行列必死のプリン」

 

「ミヤネ屋」のあす放送のテロップの事前チェックをしていたら、あるディレクターが発注したテロップにこんなものが。

「行列必のプリン」

こ、これはコワイ!手書き発注での間違いです。もちろん正しくは、

「行列必のプリン」

ですね。

「必至」は「必ず~に至る」。つまり「行列必のプリン」は、

必ず行列ができるほど大人気のプリン」

というわけです。これが「行列必だと、

「行列して買うと必ず死んでしまうプリン」

になってしまいます。「毒入りきけん・食べたら死ぬで」(怪人21面相=グリコ森永事件)を彷彿(ほうふつ)させる凶悪事件です!(古いか)・・・あ、でも、もしかして、

必死に行列しないと買えないプリン」

だと思ってたのかな?違いますよ!!

(2014

2014年9月 9日 19:00 | コメント (0)

新・読書日記 2014_121

『自分でつくるセーフティーネット』(佐々木俊尚、大和書房:2014、8、5)

 

すごく読みやすい調子なのは、「語りおろし」なんじゃないか?と思うくらいの「話し掛けの文体」のせいか。

「はじめに」は「猛獣になれないわたしたちが生き残るには」という共感を呼ぶタイトルから始まり、そのためには「セーフティーネットは自分でつくる時代~一生安泰はもう終わり」と続き、それはそうだなあとゆるく共感。次の「総透明社会の時代~自分を丸見えにすることで得られるもの」については、「監視社会」は別に困らない、もっとコワイのは「黙殺社会」だと言うのだが、それはどうかな・・。世の流れはたしかにそうだけど、メリットと背中合わせのデメリットもあるので、一概に「うん」とはうなずけないような感じ。そして、「ゆるいつながりの時代~強すぎる『きずな』は『同調圧力』を生み出す」は、「あ、東浩紀の『弱いつながり』とい同じじゃないか!」と思った。そして『見知らぬ人を信頼する時代~だからフェイスブックがある』は、うーん、フェイスブックやってないからなあ、と。知らないおじさんから、アメをもらってはいけないし。そして『「善い人」が生き残る時代~嘘がつけないネットでは、善い人も悪い人も丸見え』と。うーん、いいんだか悪いんだか。この第5章の最後の「寛容であること」は大事だと思うのですが、なかなか、なれないんだよなあ・・・。

最後は「生き方そのものが戦略になる時代~善悪は宗教や道徳を超える」とあります。「いつまでも若者ではいられない」「成熟するとは、汚れを引きうけること」と来ると、なんだか「処世訓」と言うか「宗教」と言うか、うーん、そうなんですけど・・・。ねえ。

「生き方」は「宗教や倫理を超えた生存戦略」というあたりには、しっかりと「戦術を立てて生きる」という「生き方」を感じさせますね。つまり「弱いつながり」で、自分でセーフティーネットを作るには、「自分が強くなきゃダメだ」ということですかね。自分の身は、自分で守る。「戦略」なんか考えもせずに生きている私としては、なんだか難しいなあ・・・という感じです。


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(2014、8、5読了)

2014年9月 9日 12:29 | コメント (0)

新・ことば事情

5551「小学生ぶり」

 

9月2日、テレビで、東京・代々木公園でロケをしていたタレントの青木英李さんが、デング熱に感染していたというニュースが流れていました。その青木さんのブログにはこう書かれていたそうです。

「小学生ぶりに虫取りをしたよ。」

この中の、

「小学生ぶり」

という表現に違和感がありました。普通は「○○ぶり」という表現の「○○」には、

「○年」「○か月」「○週間」「○日」「時間」

という「時間」が入ります。「年」「月」「週」「日」「時間」という単位は、全て、

「『時間』の単位」

です。9月4日、全米オープンテニスで「ベスト4進出」を果たした錦織(にしこり)圭選手は、日本人としては、

「96年ぶりのベスト4」

ですが、こういった使い方が正しい使い方です。

もちろん「小学生」は「時間」ではありませんから、もし、どうしても「小学生」という言葉を使いたいのであれば、

「小学生のとき以来」

とすべきです。しかし、俗にはこの「小学生ぶり」のような使い方がされることがありますね。

「おとといぶり」「先月ぶり」

のような表現、よく耳にします。グーグル検索(9月4日)してみましょう。

「小学生ぶり」 =7万6500件

「おとといぶり」=1万0800件

「先月ぶり」  =1万6100件

ちなみに「時間の単位」であっても、余りにも短い時間である「○分」「○秒」は、「ぶり」という、

「ある程度、長い時間をおいて」

という意味合いにそぐわないので、使いません。

「久しぶり」

の感覚が必要です。この「久しぶり」も、「久しい=長い時間」が「ぶり」の前に付いたものですね。

そういえば、きょう「9月4日」は、「関西国際空港開港」から20年。長い時間がたったものですね。きのうのことのように思うけれども。

最後になりましたが、面識はないけど青木さん、早くよくなって、

「○日ぶり」

に仕事に戻れることを、お祈りしています。

(2014、9、5)

2014年9月 5日 15:07 | コメント (0)

新・ことば事情

5550「三行半」

 

9月2日の「ミヤネ屋」で、ASKA被告の妻が、

「ASKA被告に三行半」

という言葉(表記)が出て来ました。この「三行半」は、

「みくだりはん」

と読みます。「熟字訓」(「老舗」を「しにせ」と読むようなもの)です。

「三行半」とは、ご存じのように、江戸時代の

「離縁状」

で、その文面が「3行半」だったところから、この表記があるのですね。

しかし、常用漢字表にはそういった読みがないので、読売新聞社の、『読売スタイルブック2014』では、

「三下り半」

と書くことになっています。しかし、今回はルビを付けて、

「三行半(みくだりはん)」

として放送しました。実は前の日に、翌日の「ラテ欄」の番組予告を考えていたMチーフプロデューサーが、

「三行半」

という表記を使いたがっていたのを知っていたのです。でも、新聞の「ラテ欄」では表記が厳しく決まっているので、仕方がなく、

「三下り半」

にしていたんですよね。改めて、本来の「三行半」とは、

「江戸時代、庶民の間で夫から妻または妻の父兄にあてた離縁状の別称」『精選版日本国語大辞典』)

です。つまり「夫→妻」へ出す物なので、その意味では、

「ASKA被告の妻→夫ASKA被告」

というのは、正確には「三行半」ではありません。

しかし、そこから転じて一般的には

「離縁する事。離縁されること、また比喩的に、関係を絶つこと」

とあるので、まあ「OK」でしょう。

(2014、9、3)

2014年9月 5日 11:03 | コメント (0)

新・ことば事情

5549「蚊を媒介する感染病」

 

9月2日放送の『関西情報ネットten.』で、東京・代々木公園で発生した「デング熱」関連のニュースを放送していました。この日は大阪・高槻市でも、8月に代々木公園へ行った10代の女性3人の患者が出たというニュースが流れました。そのニュースの中で気になった表現が、

「蚊を媒介する感染病」

という言葉でした。これは間違いですよね。正しくは、

「感染病を媒介する蚊」

もしくは、

「蚊を媒体とする感染病」

ですね。この間違いがなぜ起きたか?一つは、

「媒介する」

という言葉の解釈を間違えた。もう一つは、

「助詞の使い方に慣れていない」

ということではないでしょうか?

それと、この「媒介する」は「やりもらい表現」に使われる動詞です。

「Aを媒介するB」

と言った場合には、「A」が「病原菌」であったり「ウイルス」であったりするわけですね。そして、それ(「A」)を運ぶもの(媒介するもの)が「B」なのですね。しかし、行ったり来たりするので、「A」と「B」を間違うことがあるということなのではないかなあと思います。

気を付けましょう!

(2014、9、3)

2014年9月 4日 11:21 | コメント (0)

新・ことば事情

5548「ボーっと見つめる」

 

目医者さんの定期検診で、看護師さんと言うか女性の白衣を着た方が、機械を操作して検査を行ってくれます。何か覗き込む機械の所に顎を載せ額を当てていると、

「はい、ボーっと、真ん中の十字を見つめてください。あんまり見つめると瞳が小さくなるので、あまり見つめないようにしてくださいね」

と言われて戸惑いました。だって、「見つめたら」、「ボーッと」ではなく、

「凝視」

ではないか。一体全体、

「ボーッと、見つめないで見つめる」

とはどうすればいいのか?無茶を言うな!と思うと視線が乱れて、なかなか検査がはかどりません。係の女性が、

「もう少し十字を見てください、そうです、そうです」

と言うので、疑問をぶつけてみました。

「ボーっと見ていると、十字を見つめられないんですけど・・・」

「あ、じゃあ十字を見つめてください」

理解できないまま、検査は終わったのでした・・・。

治療や検査は、患者さんと直接対面するので、「わかりやすい表現を使う」ということが重要なんだなと、改めて思いました。

(2014、9、3)

2014年9月 3日 20:20 | コメント (0)

新・ことば事情

5547「しちく」

 

9月3日、自民党新三役の要・幹事長となった谷垣貞一氏が、記者から消費税率引き上げについて聞かれて、

「法的には、8(はっ)パーセントから10パーセントに上げることになっている。あとは景気の動向を見て判断する」

ということを述べました。その中で、

「しちくは雨などもありまして・・・」

と言うのを聞いて、一瞬「???」となりました。「しちく」・・・「破竹」?・・・・あ、

 

「7-9」

 

か!つまり、

 

「7月から9月の3か月間」=「第2四半期」

 

ということか!

専門用語は、簡単なのに難しいですね。それを音だけで判断するのは特に。

(2014、9、3)

2014年9月 3日 12:20 | コメント (0)