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『道浦TIME』

新・読書日記 2013_216

『アナウンサーが教える愛される話し方』(吉川美代子、朝日新書:2013、12、30)

 

やさしそうなタイトルだが、内容は硬派。おそらく吉川さんは、こんなタイトルは付けたくなかったと思う「ジャーナリストとしてのアナウンサー」「職業としてのアナウンサー」とか、そういったタイトルにしたかったと思う。でも編集部が「これじゃあ、売れませんから・・・」と説得して、こういったちょっと生ぬるいタイトルにしたんだと思う。二谷友里恵さんの『愛される理由』を思い出しました。

ということで内容は、ごくごくまっとう。アナウンサーとして当然!と思われる内容である。某週刊誌で書かれたような評価は当たらないと。

ただ、1点、大きな間違いがある。116ページ、アクセントの置き方について。「平板型」「頭高型」「中高型」「尾高型」に4分類したのはいいのだが、その「平板型」の説明が、

「音の高さが同じ、つまりアクセントがない」

と書かれているのは正しくない。共通語(標準語)のアクセントは、必ず、第1音と第2音の高さが変わるのである。ですから、

「音の高さが"第2音から後が"同じ」

とすべきところである。すべて同じならば、関西弁のアクセントのようになってしまう。アナウンス学校の先生なのだから、この説明の仕方は、ちょっといただけない、と大先輩に対して思ってしまった。ご無礼を顧みず、あえて書き記す。


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(2013、12、16読了)

2013年12月31日 12:52 | コメント (0)

新・ことば事情

5320「大事態」

 

12月26日の「ミヤネ屋」のスーパーをチェックしていたら、

「大事態」

という言葉が出て来ました。

「事態」という言葉は、プラス・マイナスはありません。ゼロです。ニーュトラル。だから、それに「大」を付けても意味がありません。「ゼロ」をいくら大きくしても「ゼロ」。だから、"味付け"は「形容詞」で、

「大変な事態」「とんでもない事態」「悲惨な事態」「非常事態」

などとは言えます。

これに対して、「騒動」は、「騒ぎ」という「マイナスの方向性」を持っています。つまり最初から「味付きの言葉」です。ですから、「大」という「程度を表すもの」が付くと、「マイナスが大きくなる」ので意味があります。たとえば、意味のある形容詞が付いて、

「とんでもない騒動」「大変な騒動」

でも、意味は深まって成り立ちますね。

スーパーを発注したディレクターは、

「大失態」

と勘違いしたのかもしれませんね。

(2013、12、27)

2013年12月30日 11:40 | コメント (0)

新・ことば事情

5319「長崎芝雄さん」

 

きのう(11月27日)のニコ生「道浦俊彦ことばのことばかり」でもしゃべりましたが、

先日、「ミヤネ屋」で、元・巨人監督の川上哲治さんの訃報をお伝えした際、テロップをチェックしていたら、テロップのオペレーターの女性(字際にテロップの文字を打っている人)が、

「あの~」

と近付いてきました。

「これって、そのままテロップを打っていいんでしょうか?」

と見せられた発注用紙には、手書き文字で、こう書かれていました。

「長崎芝雄さんもコメントを」

うん?「長崎芝雄さん」?誰これ?

何のテロップなんだろう?と思ってスタッフに聞くと、

「川上さんが亡くなったことに対するお悔やみコメントを寄せた人の名前だと思うんですけど・・・」

「ふーん」

あ!そうか!これは「長崎芝雄」ではなく、

「長嶋茂雄さん」だ!!

どんな間違い方、すんねん!ほんまに。いくら「芝エビ」の偽装が問題になった時期だったからって・・・いくら、

「崎」と「嶋」

同じ「山へん」で、

「芝」と「茂」

同じ「草かんむり」

だとしても、国民栄誉賞の長嶋さんの名前を、2か所も間違ってはいけません!!(放送に出なくてよかったあ!)

(2013、12、27)

2013年12月29日 11:39 | コメント (0)

新・ことば事情

5318「へたれ具合」

 

会社からの帰途にすれ違った女性二人の会話の断片が耳に入りました。それは、

「ボアのへたれ具合が・・・」

というものでした。うん?なんだかおかしい。

「ボア」というのは「大蛇」ではなく、コートなどの首のところ(襟)に付いているモコモコとした暖かい物ですよね。それの

「へたれ具合」

うーん、なんだか。

「屁たれ具合」

に思えてしまって、思わず「プッ」と噴き出してしまいました、あ、もちろん「口」から。

この「へたれ具合」というのは正しくは、

「へたり具合」

なのではないでしょうか?

ただ、「へたり具合」という場合の「へたり」は、

「へたる」

が原形ですよね。それであるならば、五段活用で「連体形」は、

「へたる具合」

かな?「り」になるのは「連用形」ですね。

一方、「へたる」に似た言葉には、

「へたれる」

がありますね。こちらは「下一段活用」で「連体形」は、

「へたれる具合」

になって、やはり「へたり」にはならない。あ、そうか、つまりこれは、「へたる」の「連用形」が、そのままの形で「名詞」になっている。その「名詞」である「へたり」+「具合」で「へたり具合」なのですね!

「へたれ」は、「へたれる」の「連用形」の「へたれ」が「名詞」になってそれに「具合」が付いたと考えられるかな。

ちなみに、「へたる」「へたれる」を漢字表記は、国語辞典に載っていません。あえて書くなら、

「斃(へた)る」

かなあ・・・。似ている言葉には、

「へばる」

がありますね。

いま、「ミヤネ屋」の、年内最終12月27日の放送で、AKBの指原莉乃さんのことを指して、カタカナで、

「ヘタレ」

と出ていました。これは「屁たれ」ですね。

(2013、12、27)

2013年12月28日 11:38 | コメント (0)

新・ことば事情

5317「アベノミックス」

年末、時節柄、この一年を振り返るニュースのコーナーが増えていますが、その中で取り上げられるのが景気の問題。そして、「アベノミクス」です。流行語にもなりましたが、本当にその効果が出ているのか?街頭インタビューなどで聞いたりしています。

東京で聞かれた通行人の30代ぐらいの男性が、

「中小・下請けまでは、まだアベノミックスの影響は来てないですねえ。」

と言っていました。正しくはもちろん、

「アベノミクス」

で、「安倍」首相による経済戦略、「エコノミクス」の合成語で、元は、有名なアメリカのレーガン元大統領の経済政策である、

「レーガノミクス」

ですね。そこから来ている言葉。でも「ミクス」というのが、なんとなく落ち着きがないのでしょう。大阪通天閣で12月27日に行われた「エトの引き継ぎ式」で、来年の干支「うま」の被り物をかぶった通天閣観光のの社長さんも、

「アベノミックス」

と言っていました。大阪は、

「ミックスジュース」

というフルーツジュースがあるし、お好み焼きにも「ミックス」があったりして、

「"ミックス"好きな土地柄」

だと思います。だからかもしれませんが、つい「アベノミックス」と言ってしまうみたいです。でも、大阪だけではなく、やはりなんとなく「アベノミクス」は言いにくいのか、12月26日の日本テレビ『every.』で、小山キャスターが、

「アベノミクチュ」

と言っていましたが、言い直さずにそのまま番組は進みました。大阪には、

「みっくちゅじゅーちゅ」

という名前の缶入りの「ミックスジュース」がありますけどね。

グーグル検索(12月27日)では、

「アベノミクス」 =400万0000件

「アベノミックス」= 18万7000件

「アベノミクチュ」=    3250件

で、中には、

「『アベノミクス』って言おうとするのにいつも『アベノミクチュ』って言っちゃう」

という投稿もありました。

(2013、12、27)

2013年12月27日 18:37 | コメント (0)

新・ことば事情

5316「当面の間」

 

午前11時10分、11時半からのお昼のニュース担当のWアナウンサーが、お昼のニュースの原稿を持って尋ねて来ました。

「道浦さん、『当面の間』というのは『重複表現』ですよね?」

「うん?そのとおり!これは『当面』でいいよね。おそらく『当分の間』との"混交表現"だね」

「わかりました!」

ということで、問題が解決した後に、

「あれ?でも『当分の間』も、『当分』でいいのではないかな?これも『重複表現』かな?」

と思って辞書(『精選版日本国語大辞典』)で「当分」を引いてみたら、意味は、

「ここしばらく。あとしばらく。また、今この場合。現在のところ。さしあたり」

と列挙されていました。そして、「当分の間」も載っていました。意味は、

「ここしばらくの間」

で、用例はなんと夏目漱石の『吾輩は猫である』(1905-06)で、

「翌日から当分の間といふものは<略>昼寝もしないで」

というものでした。

(2013、12、27)

2013年12月27日 14:02 | コメント (0)

新・ことば事情

5315「グリーンピース」

 

JALの飛行機に乗って機内放送を聞きました。

「コブクロ」の2人が、「DJ」というか「漫才」というか、おもしろいトークをしながら、自分たちの曲をかける、30分ぐらいの番組でした。

その中で、コブクロの黒田さんのほうが、嫌いな食べ物として、

「グリーンピース」

を挙げていました。昔から好き嫌いが激しく、大人になってからようやくいろんな物が食べられるようになったけれども、グリーンピースだけはダメだというのです。ふーん、わからないな。私なんぞは、とっても「好き」の部類ですけどね。相方の小渕さんが、

「ショック療法として、『イクラ丼』のように、丼ご飯の上にグリーンピースを敷き詰めた『グリーンピース丼』を食べたら、『嫌い』が治るのではないか?」

という話は面白かったです。ちょっと「緑一色の丼」を想像してしまいました。マメだらけ、マメマメマーメー!

その話の中で、黒田さんが、

「そもそも、何やねん、『グリーンピース』、『緑のかけら』って!」

と言っていて、相方の小渕さんも、その言葉をそのまま受け流していましたが、私は、

「緑のかけら?」

っと、引っかかりました。

「グリーンピース」の「ピース」は、「かけら」ではなく、

「豆」

なのではないでしょうか?「スイートピー」の「ピー」と同じですよね?その「ピー」に複数形の「ス」が付いて「ピース」なのですね。

家に戻ってから辞書を引くと、案の定、

green peas(緑の豆)

でした。「青豌豆(あおえんどう)」と、意味が書かれていました。「緑」も「青」の内だからね。

green piece」(緑のかけら)

ではありませんでした。

green peace」(緑の平和)

でもありませんでした。これって、ディレクターなりプロデューサーなりがチェックしていないのかなあ。まあ、間違っていて面白ければいいというトークではあるんだけど。

そんなことが気になって、なんと2回も聴いてしまいました。

(2013、12、26)

2013年12月26日 20:34 | コメント (0)

新・ことば事情

5314「なかなかありえないこと」

 

北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)第1書記の義理の叔父で、事実上の「ナンバー2」と言われた、張成沢(チャンソンテク)氏が、国家転覆の陰謀を企んでいたとして逮捕され、軍事裁判で裁かれて、即日(即時)死刑が執行されました。それを受けて新藤総務大臣が会見で、

「日本では、なかなかありえないこと」

と話しているのを、12月13日のお昼のニュースで見ました。それを聞いて耳を疑いました。

「なかなか?」

「なかなか」というのは「たまにはある」ということですよね。日本では、

「絶対にありえないこと」

ではないのでしょうか?

こういうところは、しっかり発言して頂かないと困ります。それとも「特定秘密保護法」においては「たまにはある」ということなのでしょうか?そんなわけ、ありませんよね。

日本では前日に、安倍政権で8人目となる死刑囚2人の死刑が執行されましたが、その2人の死刑執行は、かたや直前の事件から5年、かたや事件から27年たっての執行です。事件発覚から5年でも、

「結構早いな。でも、それだけ悪質で、しかも罪に疑念の入り込む余地がないからだろうな」

と感じましたが、「即日処刑」というのは、

「疑念を入り込ませないいため。」

「引き延ばすといろいろと反対の声が出て来たら困る」

「万が一冤罪(?)ということがバレても、その時にはすでに死んでいる。死人に口なし」

ということだと考えられます。こういった国は(当然ですが)、恐ろしい国だと思います。

(2013、12、13)

2013年12月22日 12:19 | コメント (0)

新・ことば事情

5313「パンパンパンパン!」

 

12月20日、北九州市で漁協の組合長が銃撃され死亡する事件がありました。日本テレビの「ストレイトニュース」で、事件の目撃者の女性がインタビューで、

「パンパンパンパンって3回、音がして」

、発砲音(銃声)について話していました。それを聞いて「おや?」っと感じ、2秒後に、

「パンパンパンパンっていったのなら、『4回』だよな」

と思いました。

まあ、「生の声」というのは、えてしてそういうもので、おそらく「3回」が正解でそれを再現しようとしたときに、

「つい、勢いで、『パン』を1回多く言ってしまった」

のでしょうね。ところが、そのあとに見たテレビ朝日のニュースでは、おそらく同じ女性にインタビューしていて、女性のインタビューの「音生かし」部分では「パンパンパンパン」というコメントの音生かしは使われず、テロップでは、銃声は、

「4回聞こえた」

と出ていました。うーむ、どちらが正しいんだろうか?

こういうことは、往々にしてありますね。その辺りの情報を「修正」しながら、考えながら情報を扱わないといけません

(2013、12、20)

2013年12月21日 12:17 | コメント (0)

新・ことば事情

5312「忌み言葉としての『で』『から』」

 

放送では「場所を示す」場合の助詞は、

「で」

を使います。古風な、

「にて」

は使わないことになっています。また「期間の始まり」を意味する、

「より」

は、「比較の『より』」と混同するといけないので使わず代わりに、

「から」

を使うようにしています。

ただし、例外があります。「演劇・興行関係」の告知では、

「『で』『から』は避ける傾向がある」

のです。たとえば、

×「松竹座で」  →○「松竹座にて」

×「4月1日から」→○「4月1日より」

のようにします。これは、

「『で』は『出』に通じて縁起が悪い」

「『から』は『空』に通じて縁起が悪い」

ということで、つまり、

「忌み言葉」

というわけですね。昔、毎日放送の三好俊行・元アナウンサーに教わった話です。

 

(2013、12、20)

2013年12月20日 17:16 | コメント (0)

新・ことば事情

5311「したさけに」

 

12月19日の朝7時ごろ、「餃子の王将」で知られる、京都市山科区の「王将フードサービス」本社前で、大東孝之社長(72)が拳銃で撃たれて死亡しました。殺人事件です。

NHKの関西ローカルのニュースでは、近所のおばあさんにインタビューしていました。そのコメントを、テロップでフォローしていたのですが、おばあさんが、

「大きな音がしたさけに」

と言っていたのに、テロップは、

「大きな音がした先に」

になっていました。関西弁が分かる人には「したさけ」というのは、

「したさかいに」

で、共通語で言えば、

「したから」

ですね。しかし、このインタビューを取った記者、編集者、デスクは、

「さけ」(=「さかい」=「から」の意味)

という京都方言を知らなかったようです。

「さかい」「さけ」ともに、確かに最近は若い人の口からは聞かなくなったような気がします。関西でも、年配の人しか使わなくなっているんでしょうね。

有名な山形県民謡に「最上川舟歌」というのがあります。この曲の中にも「さけ」の仲間が出て来ます。それは、

「酒田さ えぐはげ」

という歌詞の中の、

「はげ」

です。一見どういう意味?「はげ」がどう関係あるの?と思いますが、この「えぐはげ」「エグいハゲ」という意味ではなく、

「(酒田へ)行くから」

という意味。つまり、

「はげ」=「さけ」

なのです。「は行」と「さ行」の「音位転換」はよく見られ、

「それなら」→「ほんなら」→「ほな」

「それで」→「そんで」「そいで」→「ほいで」

もその仲間だと思われます。山形はきっと「北前船」が寄港していたでしょうから、関西弁の影響は少なからずあったのではないかなあと想像しています。

(2013、12、19)

2013年12月20日 10:06 | コメント (0)

新・ことば事情

5310「忘年パーティー」

いつも「ことば事情」にネタを提供してくれるMアナウンサーが、

「しょうもないことなんですけど・・・」

と言って提供してくれた情報。

「柳葉敏郎さんが出ている『ウコンの力』のCMで、『忘年会』のことを『忘年パーティー』って言ってたんですけど、これってどうですかね?」

たぶん見ていると思うけど、気付かなかったな。

グーグル検索(12月19日)してみたら、

「忘年パーティー」=2万1500件

も出て来ました。そのトップに出て来たのがまさにこの問題で、ツイッターのつぶやきのようですが、2013年11月20日に投稿されていました。それは、

『柳葉敏郎 勝俣州和 が出演する ハウスウェルネスフーズ ウコンの力 CM 「連日ボーネン」篇。CMを見て「忘年パーティー」という言い方に違和感を感じる人』

とまとめられてありました。しかし。そのほかは、

「女同士の忘年パーティー」「忘年パーティー!今日は大忘年会パーティー」「2013 年度最後の例会となる卒業式並びに忘年パーティーが開催されました」「忘年パーティーに参加させて頂きました」「JCの忘年パーティーがありました」

などなど、かなり使われている感じです。使っている人は特に違和感を覚えていないようですが、確かに私は、ちょっと違和感があります。私が、Mさんからこの言葉を聞いた時に思い浮かべたのは、

「立食で、仕事がらみで出席しなくてはならない、大人数が集まる忘年会」

というイメージでした。出席人数は「数十人から数百人」。

それに対して、普通の「忘年会」は、

「仲間内で、居酒屋などで、こじんまりとやる」

イメージがあり、出席人数は、「数人から十数人まで」で、「着席」で行われます。

本当にこういう違いで、いいのかな?でも「忘年パーティー」が新しい表現であるのは確かでしょう。12月10日に出たばかりの『三省堂国語辞典第7版』に載っているか、引いてみましょう!・・・「忘年()」は載っていたけど、「忘年パーティー」は載っていませんでした。

(2013、12、19)

2013年12月19日 18:04 | コメント (0)

新・ことば事情

5309「辞職と辞任4」

 

緩まぬ追及に耐え切れず、猪瀬直樹東京都知事は12月18日夜に「辞任」を表明しました。そしてきょう19日午前、都議会議長に対して「辞表」を提出しました。

日本テレビ系列では、今回、

「辞職」

という表現で統一することになりました。

NHKの19日午前10時のニュースでは、アナウンサーが、

「まもなく"辞意"を表明することにしています」

と言っていました。スーパーは左上に、

「猪瀬知事辞職表明 5,000万円問題で」

と、「辞職」も使っていました。「辞任」はどうかなあ。気付かなかった。

NHKのサイドスーパーは、

「辞職を決心」

となっていました。午前10時半すぎから始まった辞職会見で、猪瀬知事は、

「東京都知事の職を辞する決心をいたしました」

「辞職を申し出」

と話していました。

TBSは緊急ニュースで、

「猪瀬知事が辞任 5000万円で引責」

「猪瀬都知事が辞任『都民に深くおわび』」

という「辞任」を使ったサイドスーパーを、右側の上と下に2か所出していました。

その後、午前11時30分の各社のニュースを見ていたら、

(NHK)  辞職

(TBS)  辞任

(テレビ朝日)辞任

(フジテレビ)辞職

(日本テレビ)辞職

と表現が分かれていました。

また「5000万円」の表記は、NHKのみ、

「5,000万円」

「千」の単位に「,」が入っていました。

なお、平成ことば事情5295「辞職と辞任3」もお読みください。

(2013、12、19)

2013年12月19日 11:48 | コメント (0)

新・ことば事情

5308「事始め」

 

きょう12月13日は、「事始め」の日。「お正月の準備を始める日」です。

読売テレビのお昼のニュースでは、京都の京舞(きょうまい)家元・井上八千代さんの家を芸妓や舞妓が訪れて、

「おめでとうさんどす」

と挨拶している様子が流れていました。師走の風物詩ですね。

関西出身ではないアナウンサーは、ニュース原稿に出てくるこの、

「『おめでとうさんどす』と挨拶し」

という部分の、

「オメデ/ト\ーサン・ド/ス」

を読むのが難しいらしく、東京出身のあるアナウンサ-はその昔、

「オ/メデトーサン・ド\スと挨拶し」

と、変なアクセントで読んだことがありました。

そんなことを思い出しながら見ていて、井上八千代さんの部屋に、まるでひな人形の様に段々に並べられた、その数50以上はあろうかという「鏡餅」の群れを見て、

「この『事始め』を迎えるための準備もかなり大変だろうなあ・・・いつ頃から始めるのかなあ」

と思いました。つまり「事始め」の日を迎える「準備を始める日」があるはずです。それは、もしかしたら、

「『事始め』始め」

と言うのかな?と考えてしまったのでした。

(2013、12、13)

2013年12月17日 10:04 | コメント (0)

新・読書日記 2013_215

『統合失調症がやってきた』(ハウス加賀谷・松本キック、イースト・プレス、2013、8、10第1刷・2013、9、10第3刷)

 

お笑いコンビ「松本ハウス」として、「ボキャブラ天国」等の番組で人気だった二人のうち、ハウス加賀谷が「統合失調症」になり、1999年にコンビを解散してから10年の闘病生活を記したもの。10年ほど前までは「精神分裂病」という呼称であったが、最近はよいクスリもできてきて病状をコントロールできるようになってきたなどから、「統合失調症」という名称に変わった。「統合失調症」は若いうちに発症すると聞く。加賀谷の記述によると、やはり小学校の時から自覚症状はあったらしい。それを、だましだましやってきて、ついに倒れた。しかし加賀谷は、症状が軽くなるとクスリを飲まなかったり、飲み過ぎたりしたことで、結局コントロール出来なくなり、精神科病院に7か月入院することになる。そこで、復活への体調コントロールができるようになり、解散から10年たった2009年、ついに復活へと踏み出した。まさに「闘い」と言える記録。

入院中に「聖書」を読んで、マタイの福音書・第8章第28節で、キリストが「ガダラ」の地で悪霊に憑依された人に「汚れた霊、この人から出て行け」と言うと、悪霊は豚の群に乗り移り、豚たちは崖から自ら落ちて死んでしまう、という所を読んで、加賀谷は、

「以前に読んだ中島らもの『ガダラの豚』はここから来ていたのか!」

と気付くシーンが印象に残った。私も『ガダラの豚』は、もちろん以前に読んでいたが、聖書の一節から来ていたとは知らなかった。もしくは、知っていても忘れていた。つまり知らなかった。勉強になりました。

だが、加賀谷の復活からもう「4年」の歳月が流れている。加賀谷の「現状」について触れられていないのが、気になる。「復活」、マーラーの2番か。


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(2013、12、13読了)

2013年12月16日 17:58 | コメント (0)

新・読書日記 2013_214

『それでもテレビは死なない~映像制作の現場で生きる!』(奥村健太、技術評論社:2013、4、1)

たぶん日経新聞の日曜日の書評欄で「テレビ論」特集をやっていた(2~3週間ほど前)のを読んで購入。4月に出ていたのに気付かなかったなあ。

著者は制作会社のディレクター1973年生まれとあるので、私とちょうどひと回り違う。(もちろん著者の方が若い。)

「熱血ディレクター」と書いてある通り、「熱い」テレビ論が展開されている。非常に具体的で、内容もその通りだと思う。でもその具体的な内容を見ていると、その通りの部分があって胸が痛い・・・。

基本的には「テレビは死なない」というタイトル通り、テレビ自体は死なないと思う。しかし、「もうかるマスメディア」(つまり商売)としてのテレビは、これまでのような活動はできなくなりつつあるのも事実。広告費の推移を見ればインターネットが伸びているのがよくわかるし。

終章の「1年後の東北」は、本の企画段階(2010年)にはなかったのだろうけれど、だからちょっと取ってつけたような感じがするが、いい話だ。私も阪神大震災の取材の際に感じたが、「何しに来た!撮影しているヒマがあるなら、こっちの作業手伝え」とか「食糧を持って来てくれたのか?」という厳しい問いに対しては「いいえ」と。ただ「映像・音声で"記録"すること」「その記録が"歴史資料"となって"未来"に残すこと」も、メディアに課せられた仕事なのだと信じてやるしかない。

この本を読み始めた時に「誤植」が最初のほう(最初のページに1か所!)に2か所【×「一番街地」→○「一番外地」(3ペー=序章の最初のページ):×「間逆」→○「真逆」(24ページ)あって、「残念」と、ツイッターでつぶやいたところ、著者本人と思われる方から「申し訳ありません」という返事があった。

その後読み進めたら、もう1か所見つかった。【×「加熱するこの事態」→○「過熱するこの事態」(81ページ)】。ちょっと、多いよなあ。ぜひ、増刷の際は直していただきたいものです。活字媒体は、これがすぐに直せないのが悔しいなあ・・・。


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(2013、12、12読了)

2013年12月14日 11:48 | コメント (0)

新・読書日記 2013_213

『スティーブ・ジョブズ』(ヤマザキマリ、講談社:2013、8、12)

 

「スティーブ・ジョブズ」の自伝を、あの「テルマエ・ロマエ」のヤマザキマリが漫画化するという意欲作!表紙の絵が、写真か!?と思うほどの出来栄え!自伝は読んでいないのだが、この漫画には、ちょっと期待!


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(2013、12、4読了)

2013年12月13日 22:41 | コメント (0)

新・読書日記 2013_212

『目で見ることば2』(文=おかべたかし、写真=山出高士、東京書籍2013、12、3)

 

「目で見ることば」の続編が出ていた!というか、2冊同時に気付いたのですが。

今回も「40語」が紹介されている。

今回「そうだったのか!」と思ったのは「弘法も筆の誤り」。この言葉の現場は「平安京」の「應天門」。「應」の字の最初の「、」を書き忘れたのだそうだ。それを指摘された弘法大師は、なんと筆を投げて「、」を付けたと。すごい!

その「應天門」と「額」は明治28年、平安遷都1100年で復元された、現在の「平安神宮」にあるということ。知らなかった!

また「丼勘定」の「丼」は、「牛丼の、あの丼」ではなかったとか、知らないことが多いです。勉強になります!


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(2013、12、10読了)

2013年12月13日 18:07 | コメント (0)

新・読書日記 2013_211

『目で見ることば』(文=おかべたかし、写真=山出高士、東京書籍2013、2、14第1刷・2013、10、10第3刷)

たまたま本屋さんで「第1集・第2集」2冊まとめて見かけた本。ああ、これはいいな。写真集なんだけど、要は「ことば」の語源探索をして、証拠写真を撮って来る、ということですね。いいなあ、これ。やってみようかなあと思わせます。

紹介されている言葉は、「あ」の「阿吽の呼吸」に始まって、「ら」の「埒が明かない」までの40語。私は特に「天王山」と「洞ヶ峠」に注目した。どちらも我が家から近いし、行ったことがある。「天王山」に至っては、毎日家から拝んでいる。言葉も意味も知っていても、その語源を知らないものはたくさんあるし、知ると楽しいよね。


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(2013、12、10読了)

2013年12月13日 11:06 | コメント (0)

新・ことば事情

5307「ウズムジュ」

 

12月11日、ノーベル平和賞を受賞したOPCW(化学兵器禁止機関)の事務局長が代表として、授賞式に出席していました。その事務局長ですが、名前が、

「ウズムジュ」

という人でした。ウズムジュさん・・・なんだか、鼻が・・・ウズムジュしてきました、あ、ムズムズしてきました、ヘックション!!

調べてみたら、フルネームは、

「アメフット・ウズムジュ」

というそうです。こんな名前の人は、一体どこの国の他人か?知りたくて"ムズムズ"してきますよね!調べたところ、

「トルコ」

の人でした。そうかあ、トルコかあ。スッキリしました。

以前(6年前)、国連の大使で、

「ガンバリ」

という名前の人がいました。その際に、

「ミャンマーの軍事政権に対して僧侶が放棄した事件で出てきた国連の特使の人の名前が

『ガンバリ』さんでした・・・ガンバリ屋さん。日本語とはなんの関係もないのでしょうが、つい、そう口ずさんでしまいそうなお名前ですね。」

と、2007年10月2日に「メモ」していました。本当に、

「ガンバって!」「ガンバリや!」

と応援したくなる名前ですね。それ以来かなあ、こういう名前は。

ちなみに「ガンバリ」さんのフルネームは、

「イブラヒム・A・ガンバリ」

で、出身国は、

「ナイジェリア」

でした。

 

【訂正】

ウズムジュさん、「アメフット」ではなく、

「アフメット」

が正しいと、NHK放送文化研究所の塩田雄大さんからご指摘を受けました。ありがとうございました。思い込みって怖いですね。

(2013、12、13)

 

 

 

(2013、12、12)

2013年12月12日 20:25 | コメント (0)

新・読書日記 2013_210

『迷惑行為はなぜなくならないのか?~「迷惑学」から見た日本社会』(北折充隆、光文社新書:2013、10、20)

 

このところ世を騒がせている、アルバイトの人や若い学生がツイッターなどに投稿した非常識な写真。「見られていない」と思って軽い気持ちでやっているのだろうが、どっこい、世界中に自分の「アホさ」を「拡散」している。それだけでなく「迷惑行為」にあふれている現代日本。なぜなくならないのか?と思っている人は多いだろう。その謎に果敢に挑戦した一冊!

具体的には「夜の幹線道路の制限速度を、なぜ誰も守らないか?」「電車内での携帯電話の電源を切るべきか?」「なぜツイッター騒動は繰り返されるか?」「どうすれば列の横入りをやめさせられるか?」「ベビーカー問題はどうしたら解決できるか?」という問題について考察している。「歩きスマホ」についても書かれているので、いいタイミングで出た本だと思います。


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(2013、11、21読了)

2013年12月12日 18:05 | コメント (0)

新・読書日記 2013_208

『流星ひとつ』(沢木耕太郎、新潮社:2013、10、10)

 

なんと藤圭子のインタビュー集。藤圭子が引退を表明した1979年に沢木がインタビューしたものを、すべて「カギカッコ」の会話調で記した意欲的なもの。ところが、当時この本は出版されなかった。ことし8月、藤圭子が投身自殺をしたと聞いて出版を決意したという。緊急出版。

藤圭子の強烈なアイデンティティー、過剰な自我意識の感じた。

そして「しゃべり方」の特徴などは、娘の宇多田ヒカルにそっくりである。あ、宇多田が藤圭子に似てるのか。「血」だなと感じる。


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(2013、10、30読了)

2013年12月12日 12:30 | コメント (0)

新・読書日記 2013_207

『ミニ書斎をつくろう』(杉浦伝宗、メディアファクトリー新書:2013、10、31)

 

「狭小住宅」建築を手掛けてきた建築家の著者が提案する「ミニ書斎」は、「せいぜい2畳」の広さでOK。「机」と「椅子」と「本棚」があればOKだという。また「部屋」でなくて「書斎コーナー」でも良いと。そこから導き出されることは、

「大事なことは、一人になって思索する時間と場所を、如何に確保するか?」

ということのようだ。

また、家の中で「書斎」が欲しいというのは30~40代ぐらいの男性、つまり「子育て期間中」なのである。子どもが大きくなって夫婦二人になれば、スペースはいくらでもある。子どもがいる「家族」である年代に「一人で思索する時間」が大事であると説いているように感じた。

それと、子どもたちが寝静まった深夜、リビングを「時間限定の書斎」にすることも方法の一つ。「時間」を選ぶ(ずらす)ことで「空間」は生まれることがあるという提案。これは実は、私がやっていることだ。真夜中の(お酒を飲みながらの)読書は、結構快適で、はかどりますよ。


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(2013、12、9読了)

2013年12月11日 21:29 | コメント (0)

新・ことば事情

5306「舞台の裾」

 

先日、読売テレビの夕方のニュースのナレーションで、

「舞台の袖」

のことを、

「舞台の裾」

と読んでいたと、知人に指摘されました。「そで」と「すそ」、漢字は確かに少し似てはいますが・・・。私は確認していないのですが、もし本当にそう読んでいたとしたら、ゴメンナサイ。教育が行き届きませんで・・・。

きっとディレクターが「裾」を書いた(打った)のでしょうね。それか、ディレクターはちゃんと「袖」と書いていたのものを、アナウンサーかナレーターが「すそ」と間違って読んでしまったか。でも、舞台のことを少しでもやったことがある人は「そで」と「すそ」と間違えるなんてありえないんですけどねえ・・・単に漢字というか言葉の問題だけで扱うと、こんなことが出て来ちゃうのかなあ・・・・残念です。

後輩のHアナウンサーにこのことについて聞いたら、

「ええ!そんな間違いが!?もしかしたら富士山のように『裾』が広がった山の場合、その両サイドが『裾』にあたるので、舞台でも両サイドを『裾』と思い込んでいるのかも」という意見を出してくれました。

グーグル検索では(12月10日)、

「舞台の袖」=128万件

「舞台の裾」=217万件

でした・・・って、ええ!間違って使っている人の方が多いってこと?それも倍近く・・・うーむ、これは問題だ。

「袖」は「両サイド」だけど、「裾」って「下のほう」じゃないですか。全然違うよ!!

困ったもんだなあ・・・。

(2013、12、10)

2013年12月11日 16:47 | コメント (0)

新・ことば事情

5305「大根焚きの読み方」

 

2013年12月10日のNHK「正午のニュース」を見ていたら、京都市右京区「鳴滝 了徳寺」で行われた、

「大根焚き」

の様子を報じていました。その際にこの「大根焚き」を、

「だいこだき」

とアナウンサーは読んでいました。「大根」を普通に「だいこん」と読むか、今回のように「だいこ」と短く言うか?については、以前から、

「京都・千本釈迦堂」

で行われる「大根焚き」は、

「だいこだき」

と短く読んでいるように思います。実際に、過去2年間の読売テレビの報道の原稿を検索しても「千本釈迦堂」は「だいこだき」でした。(2013年12月放送)

しかし、

「姫路市の書写山の阿弥陀寺」

で行われた「大根焚き」は、

「だいこんだき」

と普通に「ん」が付いていました。(2013年11月23日放送)

ということは、もしかしたら、

「京都は『だいこ』、それ以外は『だいこん』」

なのかもしれませんね。

 

 

(追記)

2013年12月18日のNHKのお昼のニュースで和歌山・紀三井寺で行われた「大根焚き」の様子を放送していました。その際には、

「だいこんだき」

とアナウンサーは読んでいました。やはり京都以外は「だいこん」かな。

(2013、12、18)

 

(2013、12、10)

2013年12月11日 10:26 | コメント (0)

新・ことば事情

5304「借用証か?借用書か?」

 

東京都の猪瀬直樹知事が徳洲会から5000万円を借りていた問題で、11月26日、猪瀬知事が、

「あるけど、行方が分からない。捜せばある」

と言っていた、

「借用書」

が出て来て、公開されました。その「紙」には、

「借用証」

と書かれていました。そこで、

「これは『借用証』でしょうか?それとも『借用書』でしょうか?」

と「ミヤネ屋」の質問を受けました。これって、

「『領収証』か?『領収書』か?」

と同じ問題ですよね。以前位書いたような気がするが。私の回答は、

「借用したことを示すものが『借用証』。それが書かれた紙が『借用書』」

というものでした。

それで、猪瀬都知事がヒラヒラさせていたのは

「借用したしたことが記された紙」

なので、

「借用書」

でいいだろうということになりました。

 

(2013、12、10)

2013年12月10日 19:25 | コメント (0)

新・読書日記 2013_206

『教員採用のカラクリ~「高人気」職のドタバタ事情』(新井立夫+石渡嶺司、中公新書ラクレ:2013、11、10)

 

教員採用には「興味がある」とは言えないけれど、知り合いである石渡さんの新著なので購入、読んでみました。読んでいたら、大学時代に教職課程を勉強したことや、教育実習に行ったことを思い出して懐かしかった。充実してたよなあ、教育実習。毎日ヘトヘトになったけど。「実習」が「青春プレイバック」という感じで。でも、結局、教員免許は取れず(「地理Ⅱ」の単位を2単位落とした)、教員にもならず。一般企業との「併願」だと嫌がられるそうだけど、そもそも私は教師になる気がないのに「教育実習」だけは行きたかった。高校側も、よく受け入れてくれたなあと。でもそれが、大学で教えるのに役立っているんだからいいんじゃないのかな、結局は、そうやって回って来るんだもんね。もっと広い目で見ましょうや。


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(2013、12、7読了)

2013年12月10日 15:22 | コメント (0)

新・読書日記 2013_205

『国家と音楽家』(中川右介、七つ森館:2013,10、26)

 

大変勉強になった一冊。そもそも中川右介さんの本は、これまでに何冊か読んでいるが、これも読み甲斐があった。資料も含めて370ページ。

特に印象に残ったのは、トスカニーニが行ったオペラ劇場の改革。

(1) オペラ上演中に、客席の照明を暗くした

(2) 客席で飾り帽子の着用禁止

(3) 上演中のオペラ・アリアのアンコール禁止

とくに1番目の「オペラ上演中に、客席の照明を暗くした」のが、トスカニーニだったとは知らなかった。今では当たり前だが、こういった照明による演出ということも、音楽を楽しむためには重要なことである。合唱の場合、団員が100人ぐらいいると、全員が登壇するのに時間がかかるが、その間、照明を明るくするかどうかの問題。客席から拍手が起こったら、照明を上げてもいいと思うのだが。あまりステージ上を暗くし過ぎると、こけるヤツが出てくるが・・・。

また2番目の「飾り帽子」は、当時はコンサート会場は「社交の場」だったので、音楽を聴く時も、背の高い飾り帽子をかぶったままでというご婦人が多かったとか。そんな帽子の後ろの席の人は、邪魔だよねえ。帽子、防止!

そして3番目は、アリアが終わるとオペラの劇の途中でもアンコールを求めて、劇の進行が妨げられることが往々にしてあったと。うーん、元々はオペラも歌舞伎(演劇)も似たような、そういった面もあったのだろうね。それを「純粋芸術」としての音楽を求める姿勢が、トスカニーニにはあったということでしょうか。

そのほか、冒頭のフルトベングラーとヒットラーの関係。ナチスを完全に拒絶するのではないが、ヒットラーの誕生日の4月20日に国内にいてコンサートをやると「誕生日祝賀演奏会」の名目を付けられて指揮させられる。それを避けるために、国外での演奏会をスケジュールに入れるとか、ヒットラーと握手しないために「右手に指揮棒を持ったまま」だったとか、そういった細かいエピソードの丁々発止が、実に興味深かったです。

独裁者は音楽や芸術を好み、それらをも(それらをこそ)支配下に治めようとする傾向があるのかなあと。そうでなく「芸術を理解しない独裁者」もいるとは思いますが。どっちも困ったものです。


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(2013、12、5読了)

2013年12月10日 09:20 | コメント (0)

新・読書日記 2013_204

『別れの何が悲しいのですかと、三國連太郎は言った』(宇都宮直子、中央公論新社:2013、10、25)

 

ひとことで言えば、三國連太郎への長い弔辞。

長いタイトルだ。AKBの新曲のように略して「何悲(なにかな)」でどうでしょうか?

「三國連太郎」という俳優は、「個人の人生そのもの」も演じていたような気がしないでもない。でも、そんな人の近くに、懐に入り込んで行って、つぶさにその"生きよう"を見ることができたというのは、かけがえのない経験になったと思う。著者の生き方も変えてしまったのではないか。演じているようでも、その「演じ方」に「個性」がにじみ出ていたように思えた。

「三國さんは亡くなられた。だけど、その足跡は生き続ける。歴史になる。稀代の名優として長く語り継がれる。そのことを喜んでいようと思う。」

「そんな三國さんに、どこにいらしても聞こえるように、大きな声で、さようならと言う。」


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(2013、11、28読了)

2013年12月 9日 18:56 | コメント (0)

新・読書日記 2013_203

『昭和レトロ家電~増田健一コレクションの世界』(増田健一、山川出版社:2013、10、15)

 

12月6日の「ミヤネ屋」でも放送した「昭和レトロ家電」特集。放送は、実は出張中だったので見られなかったのだが、事前に原稿とテロップをチェック。この本も買って読んだ。おもしろい、というか、著者の増田さんも同世代なので、「ああ、見たことがある!」という家電がいっぱい!うちの冷蔵庫と炊飯器は、アレでした!冷蔵庫、カギがかかったんだよね。「冷蔵」に使わないときは、カギをかけて金庫代わりに・・・。廃棄されたこの冷蔵庫に入って遊んでいた子供が、カギがかかって閉じ込められて・・・なんて事件も(事故)もあったなと。なんでも増田さん、私の弟と同じ高校で同学年なんだそうです。


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(2013、12、1読了)

2013年12月 9日 13:54 | コメント (0)

新・ことば事情

5302「牛肉どまん中」

 

東京出張の帰り、東京駅で購入した、山形・米沢名物牛肉弁当の名前が、

「牛肉どまん中」

山形県なのに、なぜか関西弁の「どまん中」。

なぜだろうと気になって買ってしまいました。思う壺。あ、写真撮るの、忘れた!

そういえばお米の銘柄にも、

「はえぬきどまん中」

というのがあったのでは?調べたら、「はえぬき」と「どまんなか」は別の品種でした。「ウィキペディア」の「どまんなか」の項目には、こう記されていました。

「どまんなかは、イネの品種の1つ。1993年品種登録(登録番号:第3345号)。

『はえぬき』と同様、山形県のオリジナル品種。『はえぬき』が平野部での栽培を主眼としているのに対し、『どまんなか』は中山間地域の主力品種として位置づけられた。作付けのほとんどが山形県内である。『はえぬき』の方が作りやすく、良食味であること等から『どまんなか』の作付けは激減している。」

あ、やっぱり「どまんなか」は「山形県の稲」だったんだ!

ということは「米沢牛」に「どまんなか」と名付けたのも、その仲間、ということか!・・・あ、もしかしたら「お米」が「どまんなか」だったのかも!

しまった、容器は写真も取らずに捨ててしまた!しょうがないなあ、また東京駅に行ったら、買ってみなくては。1100円もしたんですけど。でも、山形の弁当、なんで東京駅で売ってたんだろうなあ。なんだかナゾが深まります・・・。

 

あ、そうか「牛肉どまん中」で検索すればいいんだ!...出て来ました!

ホームページには、

「山形県産米『どまんなか』をふっくら炊き上げ、その上に特製のタレで味付けした牛そぼろと牛肉煮をのせた牛丼風のお弁当です。山形新幹線開業にあわせて開発され、今では全国的に人気のある駅弁となりました。」

や、やっぱり!そうだったんだ、あのお米が「どまんなか」だったとは!気付かずに、お肉に気持ちが行っちゃってたんで・・・。綺麗にいただきました・・・。

じゃあ、やはり、

「あのお米をどうして『どまんなか』と名付けたか?」

というところが疑問として残ったということですね。それはまた次の機会に・・・。

(2013、12、8)

2013年12月 9日 12:45 | コメント (0)

新・ことば事情

5303「注目を集める」

 

最近時々出てくる表現に、

 

「注目を集める」

 

があります。一見、問題なさそうな表現ですが、そもそも「注目」は「視線を注ぐ」ことですから、それだけで「集める」ニュアンスがあります。つまりこれは、「重複表現」になってしまいます。その意味では、

 

「注目を浴びる」

 

の方がいいと思いますが、これも少しも重複のニュアンスが感じられなくもない。

一番シンプルなのは、

 

「注目される」

 

でしょうね。グーグル検索では(12月2日)、

「注目を集める」=  88万2000件

「注目を浴びる」=1530万0000件

「注目される」 =1690万0000件

でした。

(2013、12、2)

2013年12月 9日 10:28 | コメント (0)

新・読書日記 2013_202

『女子漂流』(中村うさぎ・三浦しをん、毎日新聞社;2013、11、10)

 

新聞の書評で見かけて興味を持って購入、読んでみた対談集なのだが・・・。うーん、共に「普通の女子」ではない人たちだからなあ・・・一般的ではない会話が続いて・・・どうも一般的ではない。だからおもしろいか?という・・・ちょっと組み合わせに失敗したのではないかなあ・・・。うーむ。どうでしょ?


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(2013、11、25読了)

2013年12月 9日 06:01 | コメント (0)

新・読書日記 2013_201

『福島に生きる』(玄侑宗久、双葉新書:2011、12、4)

文字通りタイトル通りの「福島に生きる」作家で僧侶の玄侑宗久さん。帯には、

「故郷に何を祈るのか。放射能とどう向き合うのか。覚悟を決めた作家の3・11とその後」

とある。この本は「おととしの12月」に出されたものだ。私が読むのをサボっている間に「2年」もの歳月がたってしまった・・・。

1章は、あの「福島第一原発」で爆発が起きたときのこと、それから1か月ほどの様子が。そして第3章、著者が「復興構想会議」のメンバーに選ばれ会議に参加する中で感じたことが。それは主に、議長の五百旗真氏に感じられた「官僚のカゲ」だった。つまり「東京から見た『フクシマ』の姿を書いている。著者をはじめとした委員たちは、必死にそれに対抗したが、報告書があがって来ると、「全然違う形」に仕上がっていて抗議したことなども。審議会や諮問会議が「一応、話し合いをやりました」という「格好付け」に使われるケースも多いと聞く。そんな事では、フクシマも日本も救えないのに・・・。

第4章では「それでも私は福島に生きる」という覚悟と、そのために具体的にどうすればいいかの玄侑さんのアイデアの提案がある。中でも私が「そうか!」と思ったのは「放射線は教育にいかすべき」という提案だ。確かにそうだ。今、勉強しないで、いつする!2年経ってしまったが、改めてその思いを強くした。


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(2013、11、15読了)

2013年12月 8日 23:59 | コメント (0)

新・読書日記 2013_200

『大泉エッセイ~僕が綴った16年』(大泉洋、メディアファクトリー;2013、4、19第1刷・2013、6、18第8刷)

 

16年も前からエッセイを書いてたんだあ!さすがに分量が多かったので、読むのに半年もかかっちゃったよ!ちょっとずつ、ちょっとずつ、分厚いので家で読んでたからね。こうやって通読すると、人間の成長というか、そういうものを感じますね。アルバムを見ているみたいで。本人も「あとから感想」を書いているけど、恥ずかしいだろうな。

それにしても、私が買った時点で8刷!ファンの人が多いのだろうなあ。

 

 

 


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(2013、11、23読了 )

2013年12月 8日 21:56 | コメント (0)

新・ことば事情

5301「肌色」

 

先日、大分市内で行われた新聞用語懇談会の秋季合同総会で、毎日新聞の用語委員から出た言葉の事例で、

「肌色」

についての話がありました。それによると、読者の方から、

「『肌色』という言葉は特定の人種を前提にしており、クレヨンや絵の具などの業界では名称を『ペールオレンジ』などとしているが新聞ではどうか?」

という趣旨の質問があったのだそうです。毎日新聞では特に規制をかけていないそうですが、対応を決めているとか論議したという社があったらご意見を、ということ。

ちなみに、この毎日新聞の委員の方が、会議の前に文房具屋さんに寄ってみたら、たしかに「ペン類」は、

「ペールオレンジ」

あるいは、

「うすだいだい色」

という表示だったそうですが、「画用紙」は、

「肌色」

と表示されていたそうです。また小学生に聞いてみたら、小学1年生は、

「うすだいだい色」

と答えたけれども、小学2年生は、

「肌色」

と答えたそうです。これに対して各社の意見は、

(NHK)5年以上前に「『肌色』という表現はおかしい」という指摘が視聴者からあった。今は「肌色」を使っていない。なかなか出ては来ないが、「ペールオレンジ」も使わない。近い色で「ベージュ」と言ったりする。年配の人が「肌色」と言うことはある。3年ほど前に調べた時、「JISの色の名称」で「肌色」は、まだあった。もちろん「焼き物」の「『はだ』の色」の「はだ色」は使える。

(テレビ東京)「肌色」を英語で「スキンカラー」と言っても、人種によっても違うので意味不明だ。もし「肌色」と使って抗議があれば、「『日本人の(黄色人種の)肌の色』という意味だ」と答えてはどうか。

というような意見が出ました。私もこの問題は何年か前に耳にしたことはありましたが、そもそも最近、放送で「肌色」って使わない気がします。

(2013、12、2)

2013年12月 3日 18:12 | コメント (0)