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  不思議な体験
2010年06月29日

不思議な体験をしました。
この春からの勤務が、月曜から土曜までの週六日の早朝生番組に加えて、月に五本以上の長時間の収録番組となり、正直「限界を超えている」と感じています。そんなわけで、かつては趣味と実益を兼ねて受けていた泊まりがけの講演は、ここしばらく自粛していたんです。でも、行ってしまいました。泊まりがけの講演に。だって、そのお誘いは、六月の北海道という、とっても魅力的な提案だったんです。で、喜び勇んで出かけた先に、世にも不思議な体験が待っていたのです。

半月
夜七時半に講演を終えて、舞台となった名寄市市民会館から万雷の拍手に送られてタクシーに乗り込んだ私は、一路旭川に向かいました。さすが北海道です。定規で引いたような真っすぐな道が、南に向かって一直線に伸びています。当然進行方向右手が西で、左が東です。往路は高速を走ったのですが、帰路のドライバーさんは、ひたすら地道を走り続けます。
「運転手さん、高速走らないの?」
そう聞くと、彼は熱血時代の水谷豊そっくりの抑揚でこう答えました。
「いやあ、お客さん。こっちの道も信号は無いし、八十キロで走れるから、どっち通っても着く時間は変わんないんだああ。」
「はあ、そんなものか。それじゃあ何のための高速なんだ。この話はそのうち番組で使えるなあ」などと考えながら進行方向左手を見ると、そこに不思議なものが浮かんでいたのです。
それは、山の端からちょうど顔を出したばかりの見事な半月でした。
一体これがなぜ不思議か?ですって。だって、進行方向右手の西の空は、夕焼けで真っ赤に染まってるんですよ。まだ分かりませんか?太陽が西に沈んで、その直後に東から昇る月が、半月な筈ないじゃないですか?太陽が昇って直後に月が昇るということは、太陽と月とが、地球を挟んで百八十度、つまり真っすぐな位置関係にあるという事ですよね。要するにそのタイミングで昇って来る月には、地球から見て、真正面から太陽の光が当たっているはずなんです。つまり、満月じゃなきゃおかしいんですよ。それが半月なんですよ。逆に半月が昇って来る本来の時間は、月と地球と太陽を直線で結んだ時、直角になる位置関係にある時です。つまり半月は、真夜中か、お昼にしか、東の空から昇ってこないものなんです。最初に月を見ながら、上のリクツを全部思い出したわけではありません。最初は、「何かおかしい」としか感じなかったのです。そして、右手に広がる見事な茜空を見ながら、もう一度ささやかな天文知識を確認したんです。そして、確信しました。
「見間違いだ。この時間に半月が昇るはずが無い。」
そして、おそるおそる、左手の窓に視線を移しました。
そこには、、、、やはりますます美しく輝く「半」月が、藍色を深める空にぽっかりと浮かんでいたのです。
一瞬頭がくらくらするのを感じました。
そして、理解したのです。もはや、私が、本来あるべき世界にいないことを。

いつ世界は変わったのか
思えば、その日はおかしなことばかりでした。まずその仕事を受けた最大の動機は「六月の北海道」という点にありました。何せ「六月の大阪」というのは最悪の季節で、空気を絞れば水がしたたる程の湿気と、夜も下がらない気温、「たとえ一晩だけでもスッキリ寝かせてほしい」と、誰もがそんな気持ちになる毎日が続きます。そんな訳で、北海道に向かう事になったのです。
昔は伊丹空港から旭川まで直行便が出ていたのですが、今は関空からだけです。その日関空に向かうJRが、飛び込み事故の影響で遅れ、冷房の利かない車内で汗だくの一時間半を過ごすことになりました。思えば、旅の始まりから、少し様子がおかしかったんですね。
関空を飛びたった飛行機は、気流の悪さで揺れに揺れ、旭川空港に着いた時には、本当に「生きてて良かった」という気持ちでした。あと少し、あと少しで、憧れの花咲く六月の北海道です。思わず小走りになるワタシ。そして、向かった到着口の自動ドア。
「ここを過ぎれば、さわやかな北海道の大地が日常に疲れた私を癒してくれる」
そして、外に出ると、、、、、
「あ、あ、あ、あっつーい!?」
目の前の大きなデジタル温度計の数字は、なんと32.7度。その日の大阪より高い気温です。
出迎えてくれた方は、こう言いました。
「いんやー、暑いんでないの。昨日までは寒かったんだけどね。今日は、北見で37度を突破して新記録になったんだなあ。あんたも、エライ時に来たもんだなあ」 六月の北海道で気温が三十度を遥かに突破する?そんなアホな。ここで証拠写真を一枚。当日の気温を伝える地元北海道新聞の一面です。



ははは、どうです?スゴイもんでしょう。なんて感心している場合じゃありません。大阪の暑さから逃げようと思って行った北海道が、大阪より暑いんですよ。皆さん、どうしてくれるんですか?
でも本当の悲劇は、その後に待っていました。当日の会場は、前に書いたとおり、名寄市市民会館。この会館、四十年前に建てられたもので、何と冷房設備が無いんです。いくら北海道でも、最近建てられる大型の建物にはエアコンが入っているようですが、昔は、この地でエアコンは要らなかったんでしょうね。客席のキャパシティはざっと見たところ、一階が300席、二階が100席といったところでしょうか。舞台下から様子をうかがうと、一階は超満員で立ち見が出る状態なのに、二階は閑散としています。これはどうしたことかといぶかりながら、舞台に上がって、事態を理解しました。その舞台は、一階と二階の中間くらいの高さに位置しているのですが、とにかく暑いんです。いや暑いなんてもんじゃありません。建物が集めた熱に、観客の人いきれが加わって、まるでサウナ状態です。その上、舞台照明まで加わるんですから、それこそ想像を絶する暑さです。二階席が空いている理由も分かりました。その舞台よりも高い場所にある二階席は、とても座っていられるような気温じゃなかったんだと思います。でも、そんな事に文句を言おうってんじゃありません。お客さんも、スタッフも本当に親切にしてくださって、心から感謝していますし、実に気持ち良くしゃべらせてもらいました。
でも、、、、暑かったんです。おかしいでしょう。六月の北海道で熱中症になりかけるのは。理不尽です。不条理です。納得できません。
ということのあった帰り道、東の空からありえない半月が昇ったのです。

二つの月と半月
私は事態を理解しました。
村上春樹の1Q84で、主人公が見た空には月が二つ浮かんでいました。私の入り込んでしまった世界では、月が半分になってしまったのです。そうとしか、考えられません。もはやここは、昨日まで私の住んでいた世界とは違うんです。私は決めました。この別の世界で、別の人生を生きることを。手始めに、早朝の過酷な勤務なんかほっぽり出して、定年後に予定していた、ヨットでの単独太平洋横断を実現しヨット。あ、駄洒落です。スミマセン。そう考えると、世界が違って見えます。今までは如何に小さなことにとらわれていたんだろうって。だって、もう何も怖くありません。私は昨日までの私でなく、そればかりか、世界自体が昨日までの世界じゃないんですから。
私は翌日、意気揚々と羽田に向かう飛行機に乗り込みました。
復路は、羽田乗継で伊丹空港に向かいます。
「まず、大阪に帰ったら、会社に辞表をたたきつけて、今までの日常からおさらばさ!」と鼻歌交じりに、地元新聞の社会面に目を落とすと、そこには衝撃の記事が。
これがその新聞記事です。



なんと、私は、違う世界にスリップしていたのでは無かったんです。私の見たのは、月食の真っ最中の月だったんです。いんやー、ほんとうにびっくりしました。なかなか村上春樹にはなれません。また明日から早起きです。とほほ、です。