読売テレビ

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  再開、メディア論
2008年3月18日
メディアは平気で嘘をつく。メディアで働いていて、他のメディアを見ていてつくづくそう思う。中には、意図的につかれる性質の悪い嘘もあるが、多くは、ある思い込みで取材を始めたものの、取材の過程でその思い込みが間違っていると分かった時に、最初のストーリーにこだわることによって、結果的に嘘をついてしまうケースだ。なんで突然そんな話を始めたかというと、一連の中国野菜の報道だ。
あるワイドショーを見ていたら、「中国野菜なしで食卓が成り立たない」というテーマのVTRが放送されていた。これには無理がある。一連の毒入り餃子騒動の以前ですら、中国産の野菜など、一般のスーパーにはほとんど並んでいなかったのだ。私は、自分で買い物に行くから、そのあたりの事情はよく分かっている。買い物に行って目にする中国産農産物といえばせいぜい、にんにく、ねぎ、ごぼう、そして、椎茸くらいなものである。いずれも、中国からの輸入が止まったからといって、夕食のメニューに大きな影響が及ぶことなど、およそありえない。しかし、そんなことも知らないプロデューサーから、「中国野菜が止まって困る食卓」の取材に行かされたディレクターは困惑したことだろう。で、取材対象の主婦が夕食メニューに選んだのは、餃子。これなら、中国野菜の中で唯一、中国産の依存度が高いにんにくを話題にすることができる。そして、安い中国産のにんにくを避けて、高い国産にんにくを使う主婦に、家計の苦しさを語らせる。これは、かなり無茶な取材だ。いったい家庭で餃子を作るのに、どれほどのにんにくを使うというのだ。はっきり結論から言おう。少なくとも今は、中国産の野菜が日本から消えたからといって、日本の食卓への影響はほとんど無い。
このテレビ番組は、特殊な例ではない。今、多くのメディアで、中国食品について、一定の意図の下に作り出された情報が氾濫している。曰く、「今や中国産の食料なしに、我々の生活は成り立たない。だから、農薬入り餃子のような事件があっても、中国産の食材に頼らない生活は考えられない」と。
そして、はっきりとは言わないが、「現在の日中間の諸問題を越えて、中国産の食品輸入を本格的に再開しようよ」と、暗に呼びかけるのである。

ある日の新聞記事
典型的な記事は、三月十二日の某新聞朝刊だ。この記事では、日本の食料自給率は39%であり、中国産食品の輸入は増え続けて、2006年には全輸入の13%を占めるに至ったというグラフを示しながら、毒餃子問題について、「肝心の原因究明は、日中両国の捜査機関の意見が対立し、協力関係がうまくいっていない」と、あたかも日本側にも、中国と同様の問題点があるがごとき論を展開している。そして、「食品の物流が停滞すれば、中国産食材を多く利用している外国産業やコンビニ弁当の製造に支障がでたり、値上がりしたりする可能性もある。」と読者を脅かすのだ。
しかし、この記事を書いた記者は、おそらくはっきりと自覚しているはずだ。記事中で示されている二つのグラフを、「ある意図」の下に並べたことを。そして、その「ある意図」を隠して、無理な論を運んでいるということを。
何が問題なのか。この記事中の食料自給率のデータが、カロリーベースのものであり、農産物の輸入先のグラフは金額ベースである点だ。

食料自給率39%の嘘
「食料自給率四割」という数字がメディアで大きく取り上げられ始めた時期には、但し書きなしで、このデータが報道されていた時期もある。しかし今では、心ある記者の間でこのデータは、多額の農業助成金をばら撒くための世論の説得材料として、農水省が編み出した数字であるということが常識となってきたため、この「39%」という数字をニュースで使う時には、それがカロリーベースであることを明記するのがマナーとなっている。しかし、この某紙の記事の中には、一切、この「あるべき但し書き」がなかった。記事はこう続く。
「日本の食料自給率は(中略)減り続け、06年度は39%と、先進国では最低の水準になっている。食料の輸入先では、トップの米国のシェアが落ち、2位の中国が年々伸ばしている。」
この記事と、添えられている図表を見た読者の大半は、日本の食糧の61%が輸入でまかなわれ、そのうち13%が中国からのものだと認識したはずだ。しかし、これは間違いであり、嘘であるのだ。
まず、記事中で、「食料の輸入先」と表記されているが、データの方はあくまでも、「農産物の輸入先」であり、たとえば、マグロや、海老などの海産物などについてのデータは一切明示されていない。つまり、輸入食料の中で、農産物の13%が中国産なのであって、食料全体の13%ではないということなのだ。これが一つ目の嘘だ。しかし、これは、これから述べる嘘に比べれば、小さな嘘に過ぎない。

大きな嘘
この記事を書くにあたって、記者が隠したかったのは、39%という日本の食料自給率の数字はあくまでもカロリーベースのものであり、農産物の輸入先のデータは、金額ベースの数字であるということだ。本来、この二つのデータを並べて表示して、その中から、何かの結論を出すことは出来ないはずだ。しかし、中国産の野菜について、過大な評価をしたい記者にとって、この数字は、便利な数字だったのだ。なぜなら、カロリーベースなら、日本の外国産の食糧依存度を最大に見せることが出来、さらに輸入食料を金額ベースで表記すれば、中国の輸入を最大に示すことが出来る。そして、これら二つのデータによって、中国産食品の依存度を最大に印象付けることが出来るのだ。 日本のカロリーを支えているのは、どの国の、どんな食品か。それは、アメリカ、カナダ、オーストラリアから輸入される小麦、大豆、飼料用とうもろこしだ。中国からの輸入農産物は、にら、ねぎ、にんにくに代表される一部の生鮮野菜と、冷凍食品などの加工食品だ。これらは、小麦粉などに比べて、圧倒的にカロリーあたりの単価が高い。つまり、金額ベースでは、中国産の農産物の輸入はアメリカに次ぐとはいうものの、カロリーベースで見ると、その割合はずっと低いということなのだ。米国からの輸入30%(価格ベース)で得られるカロリーと、中国からの13%の輸入によって得られるカロリーとでは、それこそ、天文学的な開きがある。 はっきり言えば、食糧安保という観点に立ったときに、少なくとも現時点において、中国産の農産物の占める割合は、無視できるくらい小さいのだ。

中国産食品が止まったら
一般の食卓から中国産農産物が消えても、いまだに中国から一定量の食品輸入が続くのはなぜか。それは、老人福祉施設、病院、外食産業、弁当産業などで、中国で加工された冷凍食品などが一定のシェアを占めているからだ。こうしてみると、中国から輸入しているのは、実は食品ではなくて、「加工の人手」だといことが分かる。しかし、中国からのこれらの輸入が途絶えれば、国内産の農産物価格に影響が出てくるのが避けられない、というのは事実だろう。しかし、重要なのは、少なくとも現段階では、中国産の農産物がなければ、日本国内のカロリーを満たせないという状況にはまったくないということなのだ。
私は、カロリーベースの自給率39%は大問題だと思う。そして、残りをアメリカ、オーストラリア、カナダの穀物に頼っている現状が危険であることにも全面的に同意する。しかし、これを解決するために、中国産食品の安定供給を企図するのはもっと間違いだろう。
重要なのは、「米を作らなければ補助金をもらえる」という政策に代表される、需要と供給を無視した農家保護を即刻止めることだ。日本には、埼玉県の面積に匹敵する広さの休耕田と、世界の国の中できわめてまれな、豊かな水と光の恵みがある。この環境の価値は、アラブの石油に比べてもきわめて価値が高く安定したものだ。日本は、資源小国といわれるが、それもまた嘘である。これほどの自然環境を有する国が、世界の中でいかに稀有な存在か、我々は、もう少し認識を深めるべきだろう。戦後の急速な経済発展も、敗戦後のごく一時期を除けば、主食の米を完全に自給できていたからこそなのだ。話が横へそれた。この農業問題は、また改めて記すとして、本論に戻ろう。
メディアの嘘に騙されてはいけない。先ほどの記事の書き手は、私に指摘されるまでもなく、以上の論点を認識していたはずだ。だからこそ、記事を書くにあたって都合の悪い前提、つまり、一方が金額ベース、他方がカロリーベースという、本来まったく比較のしようがないデータを使っているということを隠したのだ。ここまでタチの悪い記事は珍しいが、同様の仕掛けは、メディアのいたるところにある。このコラムでは、折に触れて、メディアの見方を解説してゆく。

正しい数字は?
ちなみに、日本の金額ベースの食料自給率は68%であり残る32%が輸入食料である。先ほどの某紙のデータは、金額ベースの国別農産物輸入額であるので、このデータを海産物なども含めた全輸入食料の国別割合と見なすことが出来ないのは前述の通りだが、仮にこの数字を使って計算すると、32%のうちの13%が中国食品ということになる。0.32×0.13=0.0416、つまり、日本が金額ベースで依存する中国食材は、わずかに4%に過ぎないのだ。これが、真実の数字だ。中国産農産物を、百円ショップで売られている、中国産雑貨の占有率と同一視してはいけない。