読売テレビ
最新記事 過去の記事一覧
  ニュースな独り言(6)
2009年02月12日
警察官が職務としてピストルを発砲した行為を、いちいちニュースとして取り上げる国は恐らく日本くらいではないだろうか。例えば、公務執行妨害の容疑者や一般市民に危害を加える恐れがある容疑者に対して威嚇発砲したようなケースでも、原稿の最後には必ず、「発砲は正当な行為であったと考える」などと警察サイドのコメントが付け加えられる。もちろん、野放図に発砲して良いわけではないから、その行為が正当であったかどうかを事後に検証することは大切なのだが、そんな理屈ではなく、ただ単に古くからの「ニュースの定型」をなぞっているだけのような気がしないわけでもない。

◆ ◆ ◆

先日、香川県さぬき市で、77歳の男性が散歩をしていたところ、突然、イノシシに襲われ、頭を噛まれたり体当たりを繰り返されるといった出来事があった。近くにいた女性が警察に通報。現場に駆けつけた警察官は、警棒でイノシシを叩いて追い払おうとしたものの体当たりをやめなかったため、ピストルを1発撃って射殺したという。このニュースを配信してきた通信社の原稿を見て、私は思わず苦笑いしてしまった。原稿の最後にあったのは、「男性の生命を守るため、やむを得ず発砲したと、警察では話している」との一文。つまり、このニュース原稿は「男性がイノシシに襲われたこと」よりも、「警察官がイノシシを射殺したこと」を主眼に置いて書いたのでは?と思える構成だったのだ。

◆ ◆ ◆

極端とも言えるほどの平和主義に慣らされた日本人は武力を使うことに臆病である。たとえ、それが正当な行為であったとしても「100%正しいわけではない」という少なからぬ疑念がどこかに潜んでいるようだ。果して、さぬきのイノシシはピストルを使わずに撃退することが正しかったとでもいうのだろうか。いや、治安上の話だけではない。主権にかかわる国防上の問題でも同じような背景が読み取れる。海賊行為がやまないソマリア沖に自衛隊を派遣するにあたり、武器の使用をどうするかという議論はその最たるものだろう。教条主義に凝り固まるのではなく、もっと前向きにもっと建設的に日本人の思考を進化させるべきときではないだろうか。