党首討論を取材する度に感じることだが、もう少し時間をとってじっくりと討論できないだろうか。自民党の谷垣総裁30分間、公明党の山口代表15分間ではあまりに短すぎる。時間をもっと長くした上、もっと多くの人が観ることが出来る夜のいい時間帯にやったらどうだろうか。
自民党は民主党の政策を批判して解散を求めるばかりでは駄目だという声を考慮したのか、谷垣総裁は前回の党首討論と比べて批判のトーンを抑えて前向きな討論をやろうという意識はうかがえたが、その反面迫力不足は否めなかった。討論ということに関する力量では野田首相の方が勝っていたように見えた。
公明党の山口代表も、もう少しトーンを抑えてゆっくり話したほうがいいのではないだろうか。国会議員の歳費削減についての提案はその通りだと思うが、議員定数の思い切った削減も実現して欲しい。
野田首相は討論に長けていると思う。その力を国民に向けてのメッセージ発信にもっと生かしてはどうだろうか。社会保障と税の一体改革にしても、普天間基地の移設問題にしても、もっともっと首相自身の言葉で説明を尽くして国民を納得させるべきではないか。党首討論を目の前で聞いていてあらためてそう思った。
12年2月28日(火)「#1703 民間事故調報告書」
東京電力福島第一原子力発電所事故について民間の有識者で作る独立検証委員会、いわゆる民間事故調の調査報告書が発表された。
原発事故についての事故調査委員会は3つある。政府の事故調、国会の事故調、そしてこの民間事故調である。政府事故調については、事故当時の政府自身の対応についてどこまで食い込むことが出来るか懸念の声がある。国会事故調は、政府の影響を受けずに国会の国政調査権に基づいて強制的な調査が出来る。これに対して民間事故調は、あらゆるしがらみに配慮することなく調査できる一方で強制的な調査が出来ない。今回も東京電力からの聞き取りは出来なかった。
民間事故調の報告書のポイントは、菅首相はじめ官邸の介入で事故対応が混乱した可能性を厳しく指摘した点である。この点について報告書は「菅首相の個人的資質に基づくマネジメント手法が、現場に一定の影響を及ぼしていた」とした上で、「菅首相の個性が混乱や摩擦の原因ともなったとの見方もある」と指摘した。
その具体的な例として、原発の代替バッテリーが必要となった時に菅首相が自分の携帯電話で担当者に、バッテリーの大きさ、縦横何メートルで重さについてまで質問したことや、事故直後の原発への視察を強行した際も「俺は基本的なことは分かっている。俺の質問だけに答えろ」と専門家の意見に耳を傾けなかったことなどを指摘した。
事故の直接原因については、「津波に対する供えが不十分」だったとし、冷却機能の喪失に対して素早い対応が出来なかったことは「事故が「人災」の性格を色濃く帯びていることを強く示唆している」と厳しく批判した。
3つの事故調査委員会がそれぞれの立場で独自に調査をすることで多角的な事故検証がなされるだろう。強制権を持ち政府から独立した国会事故調の調べに最も注目している。
12年2月27日(月)「#1702 社会保障と税一体改革」
今月17日に社会保障と税の一体改革の大綱が閣議決定された。閣議決定というのは政府の意思決定機関である閣議で全ての閣僚が合意し、政府の意思としてこれをやるのだと決定したということである。
一体改革の大綱は50ページにものぼるが、内閣府のホームページで誰でも読むことが出来る。その解説資料と共に全てに目を通したが、子供や孫の将来世代に借金という形でツケを先送りしないためには、現役世代が負担しなければならないのは明らかである。
一体改革では、消費税の税率アップと年金ばかりが注目を集めている。どちらも国民の関心がとても高いので当然といえば当然だが、改革を行なうためには、どのような社会を目指すのかということもたいへん重要である。
こういう社会を目指すためには、こういう具体的な法案が必要であり、その政策を実行するためにはどれだけの財源が必要だ。だから消費税率をこれだけあげる必要があるというのが、ものの順番だろう。
その目指すべき社会については大綱の第1章に書かれている。少し長くなるがそのまま以下に引用する。
「社会保障改革で目指すべき社会は、制度が出産・子育てを含めた生き方や働き方に中立的で選択できる社会、雇用などを通じて参加が保障され、誰もが居場所のある共生の社会、「分厚い中間層」が支える大きな格差のない社会、子どもが家族や社会と関わり良質な環境の中でしっかりと育つ社会、支援を必要とする人の立場に立った包括的な支援体制の構築により、地域で尊厳をもって生きられるような医療・介護の体制が実現した社会である。」。
この目指すべき社会について異論を唱える人はほとんどいないだろう。高齢者が2割を超え、非正規労働者が3割を超え、経済成長率が下がり、国と地方の借金が1000兆円に迫ろうとしている危機的状況についての認識も誰もが共有している。
それなのになぜ、一体改革についての与野党協議が行われず素案がほぼそのまま大綱になって閣議決定され、野党は反対しているのだろうか。今年か来年には行なわれる総選挙でもしもまた政権交代しても、あらたに与党になるであろう自民党は同じような方向性を持つ一体改革を行なうだろう。誰が政権を担当しても避けて通れない改革である。
改革が進まない理由は政策より政局。世の中をよくすることよりも、次の選挙をどう乗り切って政権をとるか(維持するか)ということばかり考えているからだろう。政治家は選挙のことばかりを考えるのではなく、50年後、100年後の日本について考えるべきではないか。
12年2月26日(日)「#1701 祝!祝!優勝」
やったあ~。本当に嬉しい。最高!
小学生の二男が所属する少年野球チームが、6年生最後のお別れ大会で優勝したのだ。これ以上の喜びはない。6年間、一生懸命に努力を続けてきて良かったね。やっぱり野球の神様はいました。
今日は初めて相手チームに先制された。少し嫌なムードが漂ったが、私は信じていた。このままで終わるはずがないと。
0対1で負けていた6回裏に主砲のバットが火を噴いた。レフトへの同点ホームランで流れが完全に変わった。やっぱりホームランの力は絶大である。
1対1の同点で迎えた最終回の7回裏。ワンアウト2塁という一打サヨナラの絶好の場面で二男が代打で登場した。打席に向かう二男に一言。「ファーストストライクをフルスゥイングせよ」。
お別れ大会の決勝戦の一打サヨナラの場面。これ以上のおあつらえの場面はない。こういう場面で出番が回ってくる二男は何か持っているようだ。
お父さんはといえば、声をからして声援を送りながらビデオカメラを回した。ファインダーの中の二男は初球ストライクを見逃し。振れ言うたやろ。
二球目を強振。速い打球が飛んだが、応援席からは「あ~」というため息。いい当たりのピッチャーゴロだった。チャンスを与えてくれた監督とヘッドコーチに感謝。
そして、次打者がライトオーバーのヒットを打って歓喜のサヨナラ勝ち。監督さんやコーチ陣と抱き合って喜びが爆発した。
大会の閉会式で首から金メダルをかけてもらい、優勝旗を先頭にグラウンドを行進する息子たちを見たときは、さすがに胸にこみ上げるものがあった。
絶対優勝すると言われながら、春も秋も優勝出来なかったが、最後のお別れ大会できっちりと結果を出した。6年間選手たちを怒り続けたが、最後の最後で怒るのを止めて良い所を褒め続けたら最後に優勝した。
やっぱり子どもは褒めて育てよう。そのことを教えてくれた子どもたちに感謝。やったなあ~。みんな、中学でも野球やろうね。
12年2月25日(土)「#1700 祝!1700回」
いやあ~、1600回から今日の1700回までのこの100回は正直きつかった。何を書こうかすぐに決まらないことも多く、解説委員のブログにしてはニュースについて書く機会も少なくなっているような気がする。
いわゆるスランプなのだろうか。いや、スランプというのは、好成績を収めている人が陥るものだ。ヒットもなかなか打てず、ましてやホームランを打つパワーもないこの私の場合はスランプとは呼ばないだろう。
いかん、お祝いの回だというのに、内容が後ろ向きである。前向きに、前向きに。
内容もさることながら、毎日休まずにコツコツと続けることに大きな意味があるのだと、自分自身に言い聞かせている。
100回という節目は約3ヶ月ごとにやってくる訳だが、私のことだから、おそらく節目ごとには毎回「祝!○○○回」という原稿を書いているはずである。100回目から今回まで17回も節目の原稿を書いていることになる。それだけを抜き出して読んでみたい気もするが、成長の足跡を確認出来ないかも知れない。
まあ、1800回、1900回では今までどおりに気楽に書いて、2000回には大々的に祝うと共に自分を褒めてやりたいと思う。2000回は今から300日後ということは10ヵ月後。ちょうど今年の年末である。
それまでにどんなニュースが起きるのか。個人的にはどんな変化が待っているのだろうか。
"普通の感覚"ってなんだろう。そもそも、"普通"ってなんなのだろうか。一般的な感覚かなあ。では"一般"とは何か?考えれば考えるほど難しくなってくる。
番組でコメントする時には、「普通の感覚では」とか「一般の人は」などという言い方を出来るだけしないようにしているが、ついつい言ってしまうこともある。
なぜ「普通」や「一般」という言葉を使わないようにしているかというと、その言葉が抽象的で、何が「普通」で何が「一般」なのかを定義するのが難しいからだ。これが普通で、これが一般だと、私が決めるのはおこがましいという気持ちもある。
とは言うものの、一方で"普通の感覚"や"一般的な感覚"を失わずに大切にしていきたいという思いもある。こういう仕事をしていると、何か自分が特別な存在だと勘違いだけはしないようにと、いつも自らに言い聞かせているのだ。
いわゆる"上から目線"にだけはならないように心している。
昨日に続いて健康のお話。腰が痛いと思ったら腰椎分離症。目がチカチカすると思ったらめまい。肩や首や背中の張りがなかなかとれず、指圧治療が欠かせない。
50歳を過ぎて、何だか体のあちこちにガタが来ているかのようだ。年に1回、人間ドックの際には胃の内視鏡検査を受けているが、50歳を超えたら脳ドックも受診したほうが良いと言われ気になっている。
お酒も弱くなった。ビールを2~3杯飲んだだけで顔が赤くなってほろ酔いになる。夜は早くに眠くなることが多く、そういう時にはためらわずにすぐにベッドに入るようにしている。
自分では自覚がないままに疲れが溜まることは、これまでもよくあったが、最近は疲れてきたなあと自覚症状がまず出てくるようになった。
体がしんどくなると、気力が萎えてくる。気力が充実していないと、いい仕事が出来ない。体のあちこちが悲鳴を上げているのかも知れない。それにも関わらず出張が続き3日ほど自宅に戻っていないし、今夜もこれから古い友人たちとの飲み会である。
少しゆっくりする必要があるのは分かってはいるが、やることが山ほどあるのだ。
朝の6時頃だっただろうか。先日、ベッドでふと目が覚めると、寝室の天井が小刻みに激しく左右に揺れた。一瞬、夢を見ているのかと思ったが、残念ながら現実だった。
すぐ目を閉じておそるおそる開けてみたがまだ揺れていた。しばらくすると治まったが、20~30分ほどして目を開けるとまた揺れた。
めまいになったのはいつ以来だろうか。前回めまいになった際には、天井がぐるぐる回ったような記憶がある。今回は違うタイプのめまいだろうか。
そういえば気になることがある。数週間前のことだろうか、本を読んでいたら左目の下のほうの視界の端がキラキラと輝いた。これも以前に経験したことがある症状である。この時もすぐに本を読むのを止めて目を閉じていたら治まった。今回のめまいと関係があるのではないか。
心配した妻が肩や首をマッサージしてくれたが、軽く触られただけで痛みを感じるほどパンパンに張っていた。ここからめまいが来ているのだろうか。
コンピュータや本で目を使い過ぎて疲れていることもあるのかも知れない。特別ストレスが溜まっている訳ではないので、身体的にどこか変調をきたしているのだろう。
一度、大きい病院で診てもらったほうがいいかも知れない。
最高裁判所の裁判官も難しい判断を迫られただろう。死刑判決としては異例の反対意見がついた。しかしながら一方で、無期懲役判決を最高裁が差し戻した時点で、今回の死刑判決がある程度予想できたということも言えるのではないか。
1999年に山口県光市で排水検査を装って社宅の部屋に入った少年が、母親の首を絞めて殺害して性的暴行した上、当時11ヶ月だった長女も床にたたきつけて紐で首を絞めて殺害したとして殺人と強姦致死などの罪に問われていた裁判で、最高裁は被告の上告を退ける判決を言い渡した。死刑判決が確定することになる。
この裁判では一審、二審とも無期懲役判決だったが、最高裁が「少年であることは死刑を回避すべき決定的事情ではない」として高裁判決を破棄して差し戻した。差し戻し審で広島高裁は死刑判決を言い渡し、今回最高裁がその判断を支持したのだ。
少年法では18歳未満は死刑に出来ないが、この少年は犯行当時、18歳1ヶ月だったので、少年が死刑になるかどうかが注目されていた。
裁判では少年は当初犯行を認めていたが、一度目の上告審から弁護団が交代して殺意と強姦目的の否認に転じ、母胎に帰るために性的暴行を行ったとか、赤ちゃんの遺体を押入れに入れたのはドラえもんが何とかしてくれると思ったなどと理解しがたい主張をしたことに対して批判する声が上がっていた。
最高裁は今回の判決で「何ら落ち度のない母子を殺害した冷酷、残虐で非人間的な犯行」と厳しく指摘した上で、「被告に真摯な反省もうかがえない」として差し戻し審の死刑判決を支持した。
差し戻し審の広島高裁に取材に行ったが、その際に裁判資料を読み込んで、犯行の残虐さに驚くと共に、強く死刑を求める被害者の夫の心情も理解できた。
その被害者の夫が積極的にメディアの取材に応じ、犯行の残虐性や犯罪被害者が裁判に関われないなどの理不尽な現状を広く発信したこともあり、事件は社会の大きな注目を集めた。そしてその後の活動などの結果、犯罪被害者が裁判に参加できる制度が出来た。
今回の判決で、たとえ少年であっても犯行状況によっては死刑になるという厳罰化の流れが出来たと言えるだろう。裁判員裁判も始まり、市民感覚を大切にするという世論を受けての今回の判決と言えるのではないか。
愚痴を言うなかれ、と自らに常に言い聞かせてはいるものの、気を許した仲間とお酒を飲んだりするとついつい口から出てしまう。50歳にもなったのに、会社や仕事のことで愚痴を言うなんて正直恥ずかしい。
愚痴の内容はというと、ここで書ける訳が無い。書くほどのこともない、取るに足らない内容である。
誤解なきように書いておくと、会社に入って27年。会社に行きたくない、仕事に行きたくないと思ったことは一度もない(ひどい二日酔いで休みたいと思ったことはあるが)。
こんな事をはっきり言える人は珍しいのではないか。それだけ仕事と会社に恵まれているということだろう。会社や先輩、同僚、後輩の方々に感謝している。
ではなぜ、愚痴が出るのだろうか。このブログを書くにあたって、その理由を考えてみた。ほとんどは、どこにでも誰にでもあるような些細なことである。自分自身の仕事について、もっともっと出来るということと、実際に出来ていることの間にギャップがあるといったところか。
誰でも自分自身については過大評価し、他人に対しては過小評価しがちだということだろうか。
息抜きのために、たまにこぼす愚痴は許して欲しいが、"いつも前向き"が身上である私には似つかわしくないだろう。前向きに、前向きに。
ひょっとして私が少年野球に関わってきたこの10年間でベストゲームだったかも知れない。小学生の二男がメンバーである地元の少年野球チームの6年生のお別れ大会の準決勝が行われた。相手は優勝候補の強豪チームだったが、2対0で快勝した。
今日は午前中の練習から6年生のお父さんコーチたちの様子がいつもと少し違った。負けたら小学生として最後となるお別れ大会なので、子供たちよりも緊張しているお父さんがいるのだ。昨日の夜も眠れなかったお父さんもいたほどである。
お父さんコーチは皆いつもより口数が少ない。私はといえば、もちろん勝って欲しかったが、勝つ時は勝つし負ける時は負ける。ましてや試合をするのは子供たちである。いつも通りにやれば勝つだろうとは思っていた。
両チームのエースの好投で前半戦は投手戦だった。どちらもしっかり守って相手に点をやらない。均衡が破れたのは、二男のチームのバッターが放ったレフトへのツーランホームランだった。両チームの得点は結局この2点だけ。値千金の一打だった。
勝利が決まった瞬間、選手やベンチだけでなく、お父さんやお母さんたちからも歓喜の声が上がった。
代打に備えていた二男の出番は回ってこなかったのは残念だったが、今日の試合展開では仕方がないだろう。決勝では是非頑張って欲しい。
これで決勝進出が決まったので、優勝の金メダルか準優勝の銀メダルか、メダルが決まった。ここまで来たらもちろん金メダルを獲らせてやりたい。彼らならやってくれるだろう。小学校最後の試合は悔いのないようにノビノビとプレーして欲しい。
早いもので高校生の長女が卒業式を迎えた。中学に入学して初めて娘のセーラー服姿を見た時は、ようやく中学生かと思ったものだが、あっという間に6年間が過ぎ、セーラー服を着るのも卒業式が最後である。
卒業式は国歌斉唱で始まり、厳かな雰囲気の中で君が代を唄ったが、会場のどこにも日の丸はなかった。国旗と国歌はセットだと思うのだが。
ひとりひとり卒業証書を校長先生から受け取るのを見ていると、「あ~本当に卒業するのだな」と何だかこちらまで寂しい気持ちになる。
頑張って学校を休まずに通い続けた皆勤や精勤の生徒が表彰される。我が娘はその中にはいない。続いて、外国語学習で優秀な成績を収めた生徒が学年で2人だけ壇上に上がり表彰されたのだが、有難いことにその1人が長女であった。
私の海外特派員の赴任のために家族皆でロサンゼルスで4年間を過ごし、長女も4歳から8歳まで英語の環境の中で育った。現地の小学校にも1年半ほど通ったが、日本に帰国した際にはまだ小学校2年生で、英語もすぐ忘れてしまう年齢だった。
しかし長女は英語を忘れないように帰国後も英語学校に通うなどして英語の勉強を続けた。妻も当時はまだ幼かった弟たちも一緒に連れて毎週のように車で英語学校に通わせてくれた。その努力の甲斐もあり、3人とも今でも何とか英語を話すことが出来る。
長女の努力が認められて卒業式で表彰されたことを、親として誇りに思う。このことが更なる自信となって、今後も得意の英語を生かして将来は世界に羽ばたいて行って欲しい。
蛍の光を唄って卒業式は無事終わったが、娘たちにも親たちにも涙はなかった。素晴らしい友人たちに恵まれた高校生活だった。一生の友を得て長女も幸せだと思う。家に戻ってきた時に、卒業証書と表彰状を私に見せた長女は誇らしげだった。よく頑張ったね。素晴らしい娘を持ってお父さんも幸せです。卒業、おめでとう。
12年2月17日(金)「#1692 ベルの内耳炎」
愛犬ベルの内耳炎がなかなか治らない。最初は2度ほど動物病院に連れて行けば完治するのではと思われたが、3度通ってもまだ症状がおさまらない。
ラブラドール・レトリバーはたれ耳で耳の穴がいつも塞がれており、耳の穴の中も多くの毛で覆われているので、いったん耳の病気になると治りにくいようである。
毎日、耳の中に薬を入れているのだが、週に一度、動物病院に連れて行って耳の中をクリーニングしてもらう度に、茶色のタールのような汚れがたくさん出てくる。右耳はまだ炎症もあるようだ。
ベルは9歳になるのに、最近はほとんど病院にお世話になったことがなかった。しかし、そろそろ老犬になってきたので念のため1年ほど前にペット保険に加入したのだ。
ペットの病気は当然、健康保険の対象でないので実費になり、病院で治療するとかなりの額になるのである。そのためにペット保険に入ったのだが、これまで元気だったのが、保険に入ったら耳の病気になってしまった。
病院でもそうだが、家でも耳をクリーニングされたり薬を入れられたりするのをとても嫌がる。ごめんね、ベル。あなたの為やから我慢してね。
12年2月16日(木)「#1691 事故調査委員会」
以前から取材したいと思っていた東京電力福島原子力発電所事故調査委員会の第4回委員会が国会内で開かれたのでのぞきに行ってきた。
原発事故を巡っては政府の調査委員会もあるが、こちらは法律に基づき国会に設置された民間人による調査委員会で、与野党議員からなる両院合同協議会がその上部組織としてあり、国会の国政調査権に基づいて資料の提出を要求できたり、参考人を強制的に招致できたりなどの強い権限が与えられている。
参考人から本格的な聞き取りを行なったのは今回が初めてである。私が衆議院分館にある委員室に入った時には、参考人である内閣府原子力安全委員会の班目春樹委員長に対する質疑応答が行なわれていた。
勉強会への出席があったので取材できたのは1時間弱だけだったが、そのやり取りを聞いていて、この国の原子力の安全を確保する組織のトップなのに何だか他人事のような発言が多いなと感じた。
委員から事故後の対応について聞かれた班目委員長は「技術的な助言を与えるには現状が分からなければならない。(詰めていた首相官邸の部屋には)固定電話が2回線、携帯電話が繋がらない。助言は難しかった」と述べた。
さらに「事故後、1週間ほど寝ていないので、記憶がほとんどすっ飛んでいる」と証言したのには驚いた。震災後の重要な国の会議で議事録が残されていなかったことが問題になっているが、当事者がこれでは検証にも多くの困難があるだろう。
事故後の原子炉の状態については「(事故当日の)夜の9時過ぎには炉心は溶けていないと思っていたが、だんだんと時間が経つと、格納容器の圧力が設計の2倍となり炉心は溶けたかなと思った」とも述べた。重大な責任を持つ人のこうした見立ては当時、発表されなかった。
また原発周辺の風の流れなどを分析し放射性物質がどの様に拡散するかを予測するSPEEDIというシステムの数値が事故後に発表されず住民避難に活用されなかったことについて「SPEEDIが生きていたら避難がうまく出来ていたというのは全く誤り。SPEEDIはその時点では天気予報に過ぎないが、公開はされてしかるべきだったと思う」との考えを示した。
委員会は基本的に全て公開されていてインターネットでも見ることが出来る。原発事故をしっかり検証して国内だけでなく世界に向けてもその教訓を発信することに大きな意味があるのである。
雨や出張が続いてここのところ出来ていなかった二男との朝のティー・バッティング。先日の快心ヒットが自信になったのか、親バカながらなかなかいい振りだった。
子供にとって、"出来た!"という自信がいかに大切かを改めて思い知らされる。子供は小さいうちから厳しく育てなければという思いが強すぎたからか、褒めるということをあまりやってこなかったことを大いに反省している。
普段からアメリカかぶれを自負しながら、肝心なところで褒めて育てるアメリカ流をとらずに、欠点を矯正することに重きを置いた子育てをやってきた様な気がする。
二男に対してだけでなく、彼が所属する少年野球チームのメンバーたちに対しても、怒ってばかりでなくもっと褒めて育てることを重視すべきだったと反省している。
勉強でもスポーツでも、良い点、頑張ったところに目を向けてどんどん褒めてやりたい。子育てを20年近くやってきて、今さらかも知れないが頭を切り替えようと思っている。子供たちに教えられることが多い。
12年2月14日(火)「#1689 最高裁無罪判決」
法律に詳しくない普通の人の感覚を大切にする裁判員裁判を巡って、とても重要な判決が最高裁で出された。裁判員裁判として初めて全面無罪判決が出されたか覚せい剤密輸事件について、最高裁判所第一小法廷は逆転有罪とした二審の高裁判決を破棄して無罪を言い渡した。無罪判決が確定することになる。
裁判員裁判が導入されているのは強盗殺人や殺人など凶悪な罪に問われた刑事裁判の一審だけである。日本は三審制なので、高等裁判所での二審と最高裁での三審は今までどおりプロの裁判官だけで裁かれている。
一審だけに裁判員裁判が導入される時には、国民が参加して素人目線で判断する一審の判決が、職業裁判官だけの二審で簡単にひっくり返されたら、裁判員裁判の意義が薄れるのではないかという議論になった。その際に最高裁の司法研修所は、裁判員裁判の結果を尊重するようにとの方向性を出したが、具体的な指針は示していなかった。
今回の判決で最高裁は「二審は一審と同じ立場で審理するのではなく、事後的な審査に徹するべきで、一審判決が不合理な場合にだけ破棄できる」との初めての判断をした。さらに判決は「一審判決を事実誤認として破棄するには、一審判決の事実認定が不合理であることを具体的に示す必要がある。その必要性は裁判員裁判の導入で強まっている」とも判断しており、今後の高裁での裁判に大きな影響を与えるだろう。
市民の感覚を重視するという裁判員裁判の意義を考えれば妥当な判決だろう。但し、当然のことではあるが、一審判決に誤りがあると判断すればそれを破棄することを躊躇ってはならない。
それにしてもこれだけ重要な判決が出されたにも関わらず、新聞各紙は一面で大きく報じたもののテレビでは私が観た限りほとんどこのニュースが大きく扱われなかった。映像にしにくいからという、いつものテレビ報道の限界なのか、それともニュース判断が出来ていないからか、残念なことである。
12年2月13日(月)「#1688 ホイットニー・ヒューストン」
またまたびっくりするようなニュースが飛び込んできた。世界の歌姫として愛されてきたホイットニー・ヒューストンが亡くなった。まだ48歳の若さである。
現地からの報道によると、ロサンゼルスのホテルの浴槽でぐったりしているのが見つかり、蘇生を試みたが助からなかったということだ。直接の死因はまだ分かっていないが、長年薬物に溺れていたという報道もありマイケル・ジャクソンに続いてまたかという感じである。
ホイットニーが彗星のごとくデビューした時には、その圧倒的な歌唱力に驚かされた。容姿もスタイルもモデルや女優もやっていたほど美しく、まさにスーパースターという感じだった。大阪で行なわれたコンサートにも行ったし、レコードやCDも購入した。
母親のシシー・ヒューストンも有名なゴスペル歌手であり、ホイットニーだけでなくシシーや従姉妹であるディオンヌ・ワーウィックなどの音楽も聴くようになるなど彼女の影響で色々なシンガーに興味を持つようになった。
スーパースターから典型的な転落の道をたどったきっかけは、やはりボビー・ブラウンとの結婚だろう。家庭内暴力に悩みドラッグに走ったのではとみられている。誰と結婚するのかという選択が、人生にとっていかに重要かということを改めて思い知らされる。
復帰に向けて色々な活動をしていたようだし、遺作となった映画の撮影も終わっているようである。あの歌声をもう聴けないのかと思うと本当に残念である。
それにしても大好きなシンガーが次々と亡くなっていく。河島英五、柳ジョージ、レイ・チャールズそしてホイットニー・ヒューストンも。寂しい限りである。
12年2月12日(日)「#1687 快心のヒット」
「打ちそうな気がしていた」と二男に言ったら、「お父さん、打った時だけいつもそう言うやん」と言われてしまった。そんなことはない、長男も二男も打席に立つ前の素振りや顔つき、態度、打席に入ってからの構えや雰囲気などでヒットを打ちそうな予感がするのである。長年、野球をやってきた勘とでもいおうか。
二男が所属する地元の少年野球チームの6年生は、卒団を前にして最後のお別れ大会である。優勝するのではと期待されながらも、春も秋も両シーズンとも優勝出来なかった。お別れ大会はこれまでに1勝して今日が準々決勝。負けたらこれが6年間で最後の試合になる。
二男は試合の途中で監督から代打の用意をするように言われた。ベンチの後ろで素振りをしていたが、私があれこれアドバイスすると、「素振りでけへんから、どいて」と言われてしまった。その時のスゥイングや顔の表情を見て、今日はヒット打つなと思ったのだ。
イニングの先頭バッターで代打に出た二男は、初球のボールを見逃した後、2球目をフルスゥイングすると鋭い打球がセカンドの頭上をライナーで越えた。久しぶりの公式戦での快心のヒットだった。今日は妻も観戦に来ていたので喜びも倍増である。
試合も5対0で快勝してお別れ大会の準決勝に進んだ。最後に何とか優勝させてやりたい。
試合に出たり出なかったりなので、中学に入っても野球をするのかどうか分からない。本人は野球を続けると言っているようだが、今日のヒットでまた自信がついたかも知れない。もちろん野球をやってくれれば嬉しいが、本人の気持ちを大切にしてやりたいと思っている。
12年2月11日(土・祝)「#1686 味の予感」
美味しいお店は店の門構えでだいたい分かる。お客さんがたくさん入っていたり、駐車場が車で埋まっていたりする場合は分かりやすいが、それだけでなく、店の外観や雰囲気で何となく分かることが多く、外したことはほとんどない。
妻と一緒に指圧の先生に診てもらった後、ランチを食べて帰ろうということになった。いつもは治療院の近くの韓国のスンドゥブ(豆腐のチゲ鍋)か蕎麦屋などに立ち寄ることが多いのだが、この日はちょっと離れた美味しいうどん屋さんに行こうと思った。
普段はあまり走らない道を通っている時に、「生パスタ」という看板が目に入った。美味しそうと思った瞬間に妻も同じことを感じたようで、通り過ぎていたが車で引き返し店の周りをチェックした。店の前の駐車場もすぐ横にある駐車場も満車である。店の外観もいい雰囲気である。これは良さそうということで入ることにした。
店は満席で少し待つことになった。出てくるお客さんを見ると家族連れも多いので値段も手ごろなのだろう。パスタ屋さんなので客の回転も速そうだ。
店の看板に他にも各地に店舗があると書いてあったのでチェーン店のようだ。大丈夫かなという気持ちが少しよぎったが、お店はとても繁盛している。
スープパスタとグラタンと、ピザとパスタのセットを頼んだが、どれもとっても美味しかった。最後に出てきたデザートもなかなかの味であった。自宅の近くにも支店があるようなので、今度チェックしてみることにしよう。
最近は、知っている何件かのお店をぐるぐる回っていることが多いので、今後は昔のように新たなお店を開拓したいなと思っている、その際に決め手になるのは、ここが美味しそうだという"味の予感"である。その感覚も使わなければ錆付いてしまうかもしれないので、大いに使ってみることにしよう。
高校で野球をやっている長男が前々から腰が痛いと言っていたので、一度ちゃんと診察を受けさせたほうがよいと思い、知り合いに紹介してもらったスポーツ整形のお医者さんに診てもらいに行ってきた。
その際に、ここ最近ずっと左の腰が痛い私もついでに診てもらうことにした。大学の野球部の時に左ひざの半月板損傷とじん帯損傷をやり、それをかばううちに右腰をひどく痛めた。社会人になってからも寒くなったり疲れが溜まったりすると腰痛に悩まされてきたが、いつも右腰で、左腰が痛いのは珍しかった。
病院で2人とも腰のレントゲンをとり診察室に一緒に入った。プロ野球やプロサッカーでチームドクターをやっていたという医師は10代の若者のスポーツ障害を多く診ているようで、説明も分かり易かった。
最初に長男のレントゲン写真を診てもらったのだが、お医者さんの表情がなにやら深刻そうである。「ひょっとしたら折れてるかもしれんなあ」と言われ、長男も私も大きなショックを受けた。過度の運動による度重なるストレスを受けて腰の骨が徐々にひび割れ分離する「腰椎分離症」の疑いが濃いということである。
10代のスポーツ選手に多く、小学生や中学生でも知らないうちになっていることが多いという。お医者さんによると現役のプロ野球選手の2~3割は腰椎分離症らしい。長男も腰椎分離症と診断されれば完治させるためには3~4ヶ月は練習を止める必要があるという。長男の場合は7割ぐらいの確率で折れているのではといわれ、近くの大きな病院で今すぐCT(体に様々な角度からエックス線を当て、体の輪切り画像を撮って診断する装置)検査を受けて戻って来るように言われた。
そして次に私のレントゲン写真。それを診るなりお医者さんは「お父さんは完全に腰椎分離症です。しかもさらに進んで(腰椎が横にずれる)「すべり症」になっており、やってからかなり月日が経っているので、もう元には戻りません」と言われてしまった。大学時代に既に腰椎分離症になっていたのだろう。長男よりも私のほうがひどい状態だということだ。思ってもみなかった展開に驚いた。
CT検査の結果、幸いなことに長男は腰椎分離症にはなっておらず、ストレッチと筋力アップのトレーニングをやりながら、今までどおり野球を続けてもいいということだった。
私はといえば、レントゲンで診ると腰椎の一部がかなり変形していて将来、神経を圧迫する可能性もあるということで、念のため後日にMRI(磁気共鳴画像装置、磁場と電波を用いて体内などの画像を撮影する)検査を受けることになった。
この日は、長男と一緒にストレッチとトレーニングのやり方を教わり、今後は自宅で一緒にやることになった。
長男は深刻な状態でなくてよかった。私もついでに受診したおかげで、腰の状態が分かりよかった。何が幸いするか分からない。長男と2人で腰の周りの筋肉強化に努めていきたい。
明らかな反抗期は末っ子が初めてである。小学校6年生の二男の最近の態度が気に食わない。何かを話しかけても、答えはけんか腰。こちらを見る目は睨んでいるよう。「反抗期やから」と、自分で言う始末。
まだまだ可愛い子供だと思っていた二男が日に日にやんちゃな少年になっていく。こちらは、いつまでも子供だと思っているので何かといっては絡んでいくのだが、先日はついに真顔で「お父さん、まじうざい!」と言われてしまった。
末っ子ということもあって、我が家の3人の子供の中では最もマイペースで、夕食が終わった後も、皆が集まってテレビを観ているリビングから出て行って、他の部屋で1人でテレビを観たりゲームをしたりしていることが多い。
長女や長男と顔を合わすと口げんかばかりしている。昔みたいに猫なで声で私に寄って来るのは、何か買って欲しい時だけである。
「一緒に遊ぼうよ~」と抱きついて絡んで行けるのは、もはや二男だけだったのだが、最近ではそれも叶わず寂しい思いをしている。
子供たちは既に親離れをしつつあるのだが、いつまでも子離れ出来ないでいるのは私だけのようである。反抗期か。私にもあったのかなあ。
12年2月8日(水)「#1683 普天間切り離し」
沖縄の米軍普天間飛行場の辺野古への移転問題が全く前進しない状況の中で、これとセットで実施するとされていた米海兵隊の8000人のグアムへの移転の一部や嘉手納基地以南の米軍施設の返還が普天間移設と切り離されて一部先行して実施されるという基本方針が日米両政府から発表された。
具体的には8000人のうちグアムへの移転は4700人のみとし、残り3600人はアメリカ本土やハワイ、フィリピン、オーストラリアなどに分散移転させ海兵隊員をローテーションで移動させるという内容で調整されている。
その3600人の移転の中に岩国基地へ1500人を移すという案も検討されているという報道が出ているので地元を中心に反対の声が上がっている。さらに海兵隊の移転を先行させることで、普天間の移設がなくなり固定化するという最悪のシナリオを危惧する声もある。
ワシントンで行われていた日米実務者協議を経て発表されたのだが、今回の海兵隊の先行移転はアメリカ側の都合による側面が大きい。普天間移転の目処がたたないことにアメリカ側はいらだっている。さらに財政難に苦しむアメリカではグアム移転の経費を議会が認めず、まずは出来るところから手をつけようと考えたという訳だ。さらに今年は大統領選挙の年なので、物事が進展しないことをアメリカ政府が避けたいという背景もある。
一方、日本側としても普天間移転が進まない中で海兵隊の一部移転や米軍施設の返還によって沖縄の負担軽減が進み、普天間の辺野古移転に向けての環境がすこしでも整えばという思惑もあるのだと思う。いずれにしても普天間の固定化は避けなければならない。
この難しい状況の中で、田中防衛大臣は指導力を発揮できるとはとても思えない。野田首相が一刻も早く沖縄を訪問すると共に、日本の安全保障に関する考え方や普天間に関する思いを沖縄県民や国民全体に丁寧に説明することが求められている。
単に自分自身がおじさんになって、他の人たちの行いが気になっているだけなのか。それとも、社会全体として気遣いや心配りというものが失われつつあるのだろうか。以前にもこのブログでも何度か書いたことがあるが、電車内での乗客の態度や行動に唖然とさせられることが多い。
先日、電車に乗った時に2人がけの椅子の半分が空いていた。座っているのは若い女の子。その人は自分の鞄を座席の上に置いているので、実質上は0.5人分ほどしか空いていない。そこに座ろうと思った私は、当然荷物を膝の上において私が座るスペースを空けてくれると思い「すいません」と声をかけたのだが、その人は全く無視したまま荷物をどけようともしない。
そこに無理やり座るのもどうかと思い、立っていようかとも思ったが、この非常識さを許してはいけないと思いそのまま無理やり座った。席をつめてくれると思ったが甘かった。荷物を座席に置いたまま、その人は私を睨み付けた。腹が立つより、何だか怖くなった。
逆に私が座席に座っていて、横にスペースが空いていて誰かがそこに座りに来た時には当たり前のように座りやすいように少しでも席をつめる。しかし、ほとんどの場合相手は「ありがとうございます」の一言どころか、会釈さえしない。
こういう態度をとる人はどちらかと言えば若者に多いが、中にはそういう常識を身につけていて当たり前と思われる年配の人も多い。世代の問題ではなく、他人のちょっとした心遣いに気付かないのか、気付いても礼を言う必要もないと思っているのか、この社会が悪い方向に行っているのではないかと心配になる。
人に何かをしてもらったら「有難うございます」の一言を必ず声に出して言うようにと、子供たちには厳しく言っている。子供たちは外に出た時も、ちゃんと感謝の気持ちを相手に伝えているのだろうか。
電車に乗る度に、このような乗客の振る舞いが気になるのは私だけなのだろうか。
毎週月曜日に出演させていただいている夕方のローカルニュースで、「速球解説」(このブログで以前に「直球解説」と、間違えて書いたそうでスタッフに怒られた)というニュース解説コーナーを担当している。
そのコーナーも視聴率が良くないのか(反省)、1月は一度も放送されず今日が今年初めてだった。そして今日の解説の内容は「日本再生の鍵は宝塚歌劇にあり」というなかなか大胆かつ斬新なものだった。
案の定、解説内容を提案してもデスクは戸惑っているようだった。どんな内容になるのか検討がつかなかったのか、私の力不足で信頼されていなかったのか、すぐにゴーサインは出なかった。それもそうだろう。タイトルだけを聞けば不安になるのも分かる。
いつも演出してくれるディレクターは、予想通り「面白そう」という反応だった。彼ならすぐに理解してくれるだろうなと思っていたがその通りだった。
その解説内容は、日本再生に対する提言なのか、このブログでも何度か書いた宝塚歌劇への提言なのか、その両者が混ぜ合わさったようなものだった。司会者やコメンテーターの方々のお力添えも得て何とか終えることが出来た。
温かく見守ってくれたデスクや、いつもスタジオ展開と演出を考えてくれるディレクターに放送作家、インタビューを撮ってくれたディレクターとカメラマンに編集マン、マルチ画面を作ってくれるディレクターなど多くのスタッフが支えてくれているのだ。
出来栄えについては視聴者の方々に判断していただくしかない。思い切った内容だったかなと思ったが、放送後に何人かの知り合いから携帯メールで好意的な反応があった。こんなことは初めてである。
12年2月5日(日)「#1680 アメリカン・アイドル」
アメリカが懐かしい。あの空気をまた吸いたい。サンディエゴ予選の会場はなんと驚くことに航空母艦「ミッドウェー」(もちろん退役艦だが)の艦上だった。
アメリカの5大テレビネットワークの一つであるFOXの人気番組「アメリカン・アイドル」をきょう初めて観た。素人が審査員の前でアカペラで歌うオーディション番組である。予選で審査員が合格と判定すると、その挑戦者には本選が行われるハリウッド行きのチケットが送られる。
今年がシーズン11だから、番組が始まって11年目ということだ。ジェニファー・ロペスとエアロスミスのボーカルであるスティーブン・タイラーが去年から審査員に加わった。因みにジェニファーもスティーブンも顔は分かったものの名前が出てこなかったのだが妻と娘が教えてくれた。
娘は以前からお気に入りの番組として観ていたようだ。我が家のCSがHDになって画面が綺麗になったので家族で観ていた時に番組が始まりはまってしまった。
番組に参加する挑戦者たちのノリが完全にアメリカンなのだ(当たり前だが)。審査員のリアクションも率直で容赦が無いのも面白い。
知っている人には「今さら?」と言われそうだが、よく出来た番組である。因みに、その番組が終わって今テレビからはK-POPが流れている。我が家のテレビは娘のおかげでインターナショナルである。
トップスターのサヨナラ公演を観るのは久しぶりである。月組トップスターの霧矢大夢(きりや・ひろむ)は相手役の娘役トップの蒼乃夕妃とともにこの公演を最後に退団することになっている(最後の舞台は宝塚大劇場に続いての東京宝塚劇場である)。
最近多いことだが、公演告知のポスターを見るかぎりあまり面白くなさそうだった。しかし、実際に劇場に足を運ぶとなかなか見ごたえのある舞台だった。車椅子に乗った母を連れての2人での観劇である。
演目は、ミュージカル「エドワード8世~王冠を賭けた恋~」とブリリアントステージ「Misty Station~愛の終着駅~」というお芝居とショーの二本立てである。
「エドワード8世」は、アメリカ人で離婚暦のあるシンプソン夫人と恋に落ち、王位を捨ててまで結婚した英国王エドワード8世の物語である。回転舞台などを多用した舞台装置がとにかくおしゃれである。作者のセンスを大いに感じる。霧矢はイギリス王室の素敵な男性を好演している。一方で、さすがに王冠を賭けた恋の相手と思わせるシンプソン夫人の魅力が物語に欠かせないと思うのだが、蒼乃が演じる夫人はどうみても魅力的でなかったのが残念だった。娘役に厳しすぎるだろうか。
ショーは可もなく不可もなくといったところか。トップ2人のサヨナラ公演なのだから、もう少しサヨナラムードいっぱいの見せ場がある舞台にしても良かったのではないだろうか。
次のトップになるであろう二番手男役の龍真咲よりも、三番手の明日海りおの方が輝いていたように思うのは私だけだろうか。男役にも娘役にも立ち姿の綺麗な生徒が何人も見られた。これからの月組も楽しみである。
12年2月3日(金)「#1678 ゲスト・ティーチャー」
たいへん楽しい体験だったが、15分という時間はやはり短すぎた。でも子供たちの目はキラキラしていてこちらも大いに刺激を受けることができた。
二男が通っている小学校でゲスト・ティーチャーをやらせていただく機会があった。これまでも何度か小学校で授業を担当した経験があるが、大学、高校、中学校と比べると小学校で教える機会が最も少なかったと思う。
子供が3人もお世話になった学校なので、お手伝いできることがあればいつでもやりますと学校側には伝えていたのだが、今まで残念ながらその機会がなかったのだ。
今回は幼稚園の先生や鉄道関係、ディスプレーなど様々な職種の方々と一緒にゲスト・ティチャーとして子供たちに自分がやっている仕事についての授業を行った。
それぞれの先生が決められた教室に入って、子供たちが色々な教室を回ってくるのだ。1回の授業は、仕事についての説明が10分に質問時間が5分の合わせて15分という短い時間だった。それを4回繰り返した。
私がやらせていただいた部屋はコンピュータ教室。公立の小学校だが机の上にはノートパソコンがずらりと並び、大型の液晶テレビにDVDと大抵の機器は揃っていた。授業では、私も普段出演させてもらっている番組がちょうど生放送中だったのでテレビでそれを観たり、海外特派員の時のリポートをまとめたDVDを観せたりしながら、テレビの仕事がいかに楽しいかという話をした。
大学や高校で教える時には厳しいことや辛いことなども話すのだが、今回は小学生が相手だし時間がなかったこともあり楽しいことだけを伝えるようにした。
さて、この中から将来テレビの世界で働く子供たちが何人出てくるか楽しみである。因みにわが二男は私の授業を選択しなかった。照れくさかったのだろうが残念だった。
12年2月2日(木)「#1677 プロデューサー」
いまの仕事である解説委員は楽しいし、かつて4年間やらせていただいた海外特派員は最高の仕事だった。面白くないだろうなあと思っていた報道部長という管理職も楽しかった。そして、何をやるのか当初は全く分からなかったプロデューサーという仕事もやりがいのあるポジションだった。
プロデューサーというのは番組の最高責任者である。どんな内容の番組にするのか、出演者は、制作スタッフは、予算は、と全ての権限を握っているのだ。簡単に言えば、自分の好きなようにやれる立場なのだが、それと引き換えに最終的な結果責任は負うことになっている。
会社に入って以来、ニュースVTRの編集マンから記者になり、そして念願だった海外特派員にもなれてとても幸せだった。海外から帰国するにあたり私に告げられた次のポジションがプロデューサーだった。
当初は何をする仕事なのかよく分からなかったが、やっているうちに自分なりのやり方が何となく分かってきた。どの仕事もそうであるが、肝心なのはコミュニケーションである。番組スタッフと、外部プロダクションと、出演者と、社内の関係各所と、常にコミュニケーションを密にして皆が気持ちよく番組に携われるような環境を作ることに最も力を入れた。
プロデューサーという仕事もとても向いていると自分では思っていたのだが、周りの評価は分からない。もう一度やることあるかなあ。いい仕事出来ると思うけどなあ。
毎週、東京で政治や国際関係などの勉強会や食事会に参加しているが、3日続きとなったのは久しぶりである。そのため、今週は間に番組出演のため大阪にとんぼ返りで一度戻ったものの東京に3連泊する日程となった。
東京は遊びに行くには楽しい所だが、住むにはなかなかたいへんな場所だと思う(東京の皆さん、ごめんなさい)。仕事の関係でこれまで二度、東京に単身赴任したが、二度とも寂しかった。人と人との距離感が大阪とは違うような気がする。
今回も含めて毎週のように東京に行く目的はもちろん遊びではなく仕事だ。残念ながら東京でしか会えない人たちも多いし、東京でしか開かれていない勉強会も多い。だからこそ東京へ通うのだが、東京へ行くと疲れる。
旅行も大好きだし、飛行機もホテルも全く苦にならないどころか大好きだったが、このところ少々気持ちが離れてきた。飛行機は移動手段、ホテルは寝るところと感じることが多くなってきたような気がする。
東京といっても、東京支社や日本テレビ周辺、国会のある永田町、省庁が並ぶ霞ヶ関、いくつかの勉強会が開かれる場所など狭い範囲をぐるぐる回っているだけである。たまには週末にでも東京に残ってゆっくり街歩きでも出来ればと思ったりもするが、住んでいる時でさえ結局そんな機会はほとんどなかった。
東京。またそこに住むことはあるのだろうか。
何年ぶりのバウホールだろうか。宝塚大劇場の横にある宝塚バウホールという座席数500ちょっとの小劇場で先日観劇してきた。バウホールでは若手有望株の公演やスターのリサイタルなども開かれる。こじんまりとしているが、大劇場とまた違って雰囲気のあるいい劇場である。
今回観たのは宙組の二番手で次期トップスターと思われる凰稀かなめ主演のミュージカル「ロバート・キャパ 魂の記録」である。20世紀最高の報道写真家といわれるロバート・キャパの半生を描いた物語である。
それにしても難しい地味な題材を選んだものである。ジャーナリズムで働く者にとっては有名なジャーナリストだが、そうでない人にとってはどこまで興味があるのかなと思ったが、それなりに良く出来た舞台だった。
凰稀かなめは、先日見た大劇場公演では輝いていたが、バウホールということもあるのか、抑え目の演技だった。ストーリーを考えると難しいかもしれないが、もう少し笑顔を見たかったし、心の葛藤がもう少し描かれていても良かったのでは。
今回の舞台は凰稀かなめだけでなく、相手役に抜擢された伶美うららを見ることが楽しみだった。大劇場で見た時にその美しさが目立った将来有望な娘役である。
舞台に登場したときにはパッと周りが明るくなったが、芝居が続くうちにあまり輝かなくなったのが少々残念だった。舞台に立った時に、少し足を広げて立っていることが気になった。立ち方や脚の見せ方を勉強すればもっと良くなる。
ベレー帽をかぶっていた影響もあるかも知れないが、凰稀かなめとのラブシーンでは、凰稀かなめの顔の小ささが目立っていた。
色々と課題も書いたが、歌劇団がしっかりと育てていけばトップ娘役になる人である。今後も楽しみである。
これもまた誤った政治主導の結果と言えるのではないだろうか。東日本大震災を受けて何度も開かれた原子力災害対策本部や緊急災害対策本部などの政府の重要な会議で議事録が作成されていないことが明らかになった。
国難ともいえる危機に際して、国の行く末を左右する重大な決定がどのような経緯でなされたのかを事後に検証することも出来ない。野党時代からずっと情報公開の重要性を訴えてきた民主党の信頼性を揺るがす重大な問題である。
官僚を排除して政治家だけで話し合った際なら記録が残されていないこともあるだろうが、官僚が出席した会議や会合で誰もメモを取っていないことなど考えられない。官僚はそれぞれの出身省庁に対して報告する必要があるため必ず記録を取っているものだと思う。
ここまで議事録がなければ、何か不都合なことを隠していると思われても仕方がないだろう。岡田副総理は、関係者から聞き取り調査を行うなどして議事概要を作るよう指示したが当然のことである。議事録がなければ政府や国会に設置された調査委員会による調べにも支障が出るだろう。
政治主導というなら、官僚が大いに力を発揮できる環境を作った上で大きな方向性を示して適切な指示を出すのが政治家の責任だろう。今回の問題を民主党はどこまで深刻に捉えているのだろうか。
春川正明
はるかわ まさあき
1961年5月5日生まれ
讀賣テレビ放送
報道局解説副委員長
ロサンゼルス特派員、
チーフプロデューサー、
報道部長を経て07年より現職。
関西学院大学非常勤講師
大阪市出身