今年はたいへんな年であった。3月11日に東日本大震災が起きて東北地方沿岸に大津波が押し寄せて多くの命が奪われた。東京電力福島第一原子力発電所では、全電源を喪失する事態となり3つの原子炉がメルトダウン(炉心溶融)し地元福島県の住民が大量に避難する大事故となった。
適切な危機管理が出来ず右往左往する政府を尻目に、多くのボランティアが宮城、岩手、福島を中心に被災地に入り献身的なサポートを行った。
自衛隊、消防、警察、日本全国の自治体などの公の機関も被災地の命と生活を守るべく続々と東北を目指した。そしてアメリカ軍もトモダチ作戦を展開していち早く被災地支援に乗り出した。
今年の感じに選ばれた"絆"が被災地で、東北各地で、日本全国で、世界各地で結ばれた。これほど他者との関わりを実感させられた年もなかったのではないか。
今まで当たり前、常識だと思っていたことが見事に覆された。これまでの価値観の見直しが迫られた1年でもあった。
来年は社会も政治も経済もますます混迷を深め、閉塞感が漂い続け、大混乱の1年となるような気がする。それに対して1人1人が自覚と覚悟を持っていかに前向きに進んでいけるかで将来が決まってくるだろう。この大転換期を何とか乗り切ることが出来れば、明るい未来が開けてくる。公私共に勝負の年になるだろう。
11年12月30日(金)「#1643 総理の決意」
「君子豹変す」という総理の言葉に覚悟を感じる。社会保障を立て直すために消費税を上げるということについては、野田首相誕生が事実上決まった民主党代表選挙でけりがついていたはずなのに、この党のガバナンスはいつもながらに酷いものだ。いつまでも野党気分が抜けない。
民主党が社会保障と税の一体改革に関して消費税を上げる幅と時期を明記した案をようやく了承した。連日の会合は深夜まで続き、最後は野田首相が演説して実施時期を原案より半年ずらす妥協案を示してようやく決着したのだ。
それによると消費税を2014年4月に8%に、2015年10月に10%に上げるということだ。GDP(国内総生産)の2倍にもなる国の借金を抱え先進国で最悪の財政状況に加えて、社会保障費が今後も毎年1兆円も増え続ける現状では消費税のアップは避けては通れないだろう。
こんな不景気に増税してどうするとか、増税する前に削るところがあるだろうという反論も理解できるが、そう言い続けて長年増税しないままにこんな酷い財政状況になってしまったことを今こそ直視しなければならない。
消費税増税の前に、国会議員の定数削減や公務員給与の削減を行うとしたことは当然である。それなしには国民の理解は得られないだろう。民主党はどうしてこんな当たり前のことをすぐに実施できないのだろうか。
野田首相は民主党議員を前に「今決断しなければならないことから逃げるつもりはない」、「日本の未来に責任を持たなければいけない」と決意を述べた。首相が言っていた通り年内に党内をまとめたことは評価できるが、万が一まとまらなければ政権が持たなかったと思われるほど最低限のハードルをクリアしたに過ぎない。
年明けの通常国会で正念場を迎える。野田首相と民主党の覚悟が問われている。
一年に一度の自宅の大掃除。朝早くに起きてすぐに洗濯機をまわす。その間にパンの朝食を食べて朝刊に目を通す。「今日は家片付けるぞ~」と声をかけながら妻や子供たちを起こして回った。
年末最後のゴミの収集日が明日なので、今日中に大掃除を終わらなければならないのだ。ゴミ袋がいっぱいになるのを見るたびに嬉しくなる。少しでも多く不要なものを捨てて身軽になって新年を迎えたい。
長い間手を付けていなかった寝室にある引き出しや、野球のコレクションを飾っている部屋の整理整頓もようやく出来た。まだまだ不要なものがあるような感じだが、野球モノだけは捨てるのが忍びない。
夜までかけて片づけをやったが、全部終わらなかった。思い出の品が出てくるたびに、片付けの手を止めてその当時の思いにふけっていたので時間をとられたのだ。
夕食の後にもうひと踏ん張りと思っていたが、腰は痛いわ眠いわで諦めて寝ることにした。明日はやりたくなかったが、大掃除は続く。
11年12月28日(水)「#1641 環境影響評価書」
どうしてこんなやり方をするのだろうか。なぜ、人の気持ちというものを感じ取ることが出来ないのか。
沖縄にある米軍普天間飛行場の名護市辺野古沖への移設に向けて、防衛省は環境影響評価書を午前4時10分頃に沖縄県庁の警備員室に運び込んだ。
環境影響評価書とは、米軍飛行場を辺野古沖に移設した場合に、騒音など周辺の環境にどの様な影響が出るかを調べたもので、移設に向けての前提となる行政手続きである。
日本政府は辺野古沖への移設について米政府と日米合意をしており、年内に環境影響評価書を沖縄県庁に提出することを目指していた。これに対し沖縄県の仲井真知事は、あくまでも県外移転を目指すものの評価書の受け取りについては法律に基づいた手続きで断るのは難しいとして容認していた。
しかし、基地移転に反対する市民グループや労働組合のメンバーらが県庁内に座り込み評価書の受け取りを阻止する行動に出て、政府が評価書を配送業者に託すとみられると、県庁に入る業者の車を止める事態にまでなっていた。
県民の抗議行動はやり過ぎだという思いもあるが、だからといって未明にこっそりと評価書を運び込むというやり方は姑息と非難されても仕方がない。
そもそも普天間問題については、鳩山元首相が有効な代替案もないままに「最低でも県外」と言い出し大混乱させ沖縄県民の感情を逆撫でしたという経緯がある。さらに一川防衛相や沖縄防衛局長の問題発言などが続き、感情的にこじれにこじれている。
それにも関わらず野田首相はいまだに沖縄を訪れていない。評価書についてもアメリカとの約束を守るためには年内に沖縄県に提出しなければならないという事情は分かるが、野田首相自身が、それが難しければせめて防衛大臣が沖縄県庁に持参するぐらいの誠意は見せてもいいのではないだろうか。私が大臣ならそうする。
相手の気持ちになって考えるということが、なぜ出来ないのだろうか。国のトップが行くなら手ぶらでは行けないと考えているのかもしれないが、出来るだけ早く野田首相が沖縄まで自ら足を運ぶべきである。
11年12月27日(火)「#1640 政府事故調中間報告」
報告書の内容を読むと、今回の事故は"人災"との思いをあらためて強く持った。今回は中間報告で菅前首相をはじめ政治家に対するヒアリングはまだ行われていないが、それが進むともっと唖然とするような事実が明らかになるのだろうか。
東京電力福島第一原子力発電所では、東日本大震災の津波によって3つの原子炉で核燃料が溶けるメルトダウンという深刻な事故が起きた。その事故原因を解明し今後に生かすために政府の事故調査・検証委員会が中間報告をまとめた。
報告書はまず東京電力の初動対応に問題があったことを指摘した。1号機にあって原子炉内の水蒸気を水に変え原子炉を応急的に冷やす非常用復水器(IC)について、「正常に作動しているものとして誤認され、適切な現場対処が行なわれなかった」とした上で、「当直のみならず、発電所対策本部ひいては本店対策本部に至るまで、ICの機能が十分理解されていたとは思われず、このような現状は、原子力事業者として極めて不適切だった」と強い調子で批判した。
また政府の対応についても厳しく指摘している。事故直後に放射性物質がどのように広がるのか予測する緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)のデータが公表されたのは事故から12日目で、「この情報が提供されていれば、住民はより適切な避難経路や方向を選ぶことができた」としている。「政府の国民に対する情報提供の仕方には、真実を迅速・正確に伝えていないのではないか、との疑問や疑いを生じさせかねないものが多く見られた」との指摘は重い。
さらに驚いたのが、事故発生直後の首相官邸の初期対応についてだ。首相や関係閣僚、原子力安全委員会委員長、東京電力幹部らが集まって意思決定を行なっていた首相官邸の5階と地下で情報収集をしていた緊急参集チームとの間で「コミュニケーションは不十分だった」とさらっと書いているが、危機管理としてはあってはならないたいへん深刻な事態である。
今回はまだ中間報告で、今後は政治家からのヒアリングも行なわれ来年夏には最終報告が出される。また国会に設置され、より強い権限を持つ事故調査委員会の調査も始まる。何が起きたのかを全て明らかにして再発防止に生かすことは日本国内だけでなく世界に対しての責務である。
昔に比べてだいぶ速くなったとはいえ、私の読書スピードはまだまだ遅い。簡単な内容の本なら斜め読みとは言わないまでも、ある程度のスピードで読み進めることはできるようになったが、難しい本はなかなか進まない。
仕事柄、著者の方に本を贈っていただくことも増えてきた。本来ならばすぐに目を通させていただくのが礼儀だとは思うのだが、読まなければならない本が溜まってきて今はすぐに読める状況ではない。
夏休みや正月など固まって休みを取れるときに読書に励もうといつも思うのだが、その時にやらなければならない事が出てきて実現しない。
今年も正月休みに入る前に書店にでも行って、読みたい本を片っ端から買いたいと思うのだが、自宅にも会社にもまだ読んでいない本がかなりの量あるのだ。
いつも思うことだが、子供の頃からもっと本を読んでおけばよかった。そうすれば、本の内容が頭に入るスピードももう少しは速くなっていたことだろう。
子供たちにも小さい頃から読書の習慣をつけさせようと思っていたが、それも実現しなかった。自分が出来なかったことを子供にさせるのは簡単ではないことが分かった。
携帯電話もテレビも新聞もない所に行って、ゆっくりと本を読んでみたい。そんな日が来るかなあ。
11年12月25日(日)「#1638 今年最後の練習」
野球をやるような気候ではなかった。寒いのなんの。グラウンドには何度も強風が吹きつけ、その度にプレーが中断する。とにかく寒かった。
小学生の二男が所属する地元の少年野球チームの活動も、今日が今年最後である。なかなかのメンバーが揃っていたのでうまくすると優勝するかなとの思いもあったが、残念ながら春も秋もリーグ戦でうまく勝てなかった。
今日もリーグ戦の試合が行われ、二男は6番ライトで先発出場した。内野安打と内野ゴロエラーの2打数1安打で試合にも快勝した。
公式戦の後は、今年最後の練習ということでお父さんコーチと子供たちで練習試合を楽しんだ。小学生相手といえども、お父さんたちは皆、私も含めて真剣である。一切手加減はしない。しかし、5年や6年ともなると子供たちもなかなかやるのである。
それに対してお父さんたちは寄る年波には勝てない。若いお父さんたちはまだまだ元気だが、同世代のお父さんは体が付いていかないのだ。
私も腰が痛く、ボールが良く見えず、6年生のエースピッチャーからヒットが打てなかった。これだけ寒ければ仕方がないが、それでも体が思ったようには動かない。
年が明ければ6年生のお別れ大会を残すばかりで、それが終われば卒団である。最後の大会では何とか優勝してメダルを首から掛けてやりたい。
11年12月24日(土)「#1637 クリスマス・イブ」
クリスマス・イブという言葉には何ともロマンチックな響きがあるが、そんな思いを抱いて過ごしたのは今から何年前のことだろうか。もう忘れてしまった。
長男はお出かけしていたようだが、夜のクリスマス・ケーキの時間には帰ってきた。長女と二男は自宅にいて妻と4人でイブの夕食を食べた。因みにお鍋とパエリアというユニークなメニューであった。イブの日に家族5人が皆顔を揃えるというのは嬉しいことだが、年頃の子供たちを持つ父としては、各自好きに過ごしていいよという思いもちょっとだけあるのも事実である。
去年もそうだったが、今年もケーキは美味しいアイスクリーム屋さんの特製ケーキだった。予約もしていなかったので、当日にお店に行ってもあるかなと心配だったが、ほんの少しだけ残っていた。
最近の世の中の恋人たちはクリスマス・イブをどのように過ごしているのだろうか。ほっといてくれ、と言われるだろうが気になる。やはり一緒にご飯を食べてプレゼントを交換して、寒空を気にせずにツリーで飾られた夜の街を肩を寄せ合って歩くのだろうか。
サンタさんは、今年は子供たちにどんなプレゼントを届けてくれるのだろうか。今年は忙しくて自宅のイルミネーションの飾り付けをしなかったが、クリスマス・イブには小さなツリーを出してきて家の中に飾り、玄関にはサンタさんのイルミネーションだけ据え付けた。サンタさんが迷わないように。
11年12月23日(金・祝)「#1636 ザ・ニュースペーパー」
とにかく面白かった。笑い転げているうちに2時間の公演はあっという間に終わった。最新のニュースを題材にした社会風刺コント集団である「ザ・ニュースペーパー」の舞台を観に行ってきた。
前々から一度生の舞台を拝見したいと思っていたのだが、番組に出演していただいた際に公演があることを知りスケジュールも合ったので行ってきたのだ。
小泉、安部、福田、麻生、鳩山、菅という歴代の首相の形態模写は絶品である。もちろん野田首相も新たにレパートリーに加えられており、これまたそっくりである。見た目や仕草、喋り方だけでなく、その喋る内容までもが本人のようである。
今回観た中では、その他にも前原、橋下、小泉進次郎が最高だった。3人ともマネをするのが簡単そうでなかなか難しいと思うのだが、本人よりも本人らしかった。
アメリカやイギリスなどでは、政治家の物真似やパロディーはテレビなどでよく行われておりたいへんな人気を博している。日本では田中角栄元首相や大平元首相などの形態模写は以前にもあったが、これだけ最新のニュースを盛り込んだコントは初めてではないか。
今回も、舞台の緞帳が上がると、北朝鮮の指導者と見られる男性が横たわっており、その周りを後継者とみられる男性とチマチョゴリを着て泣き叫ぶ女性たちが囲んでいるシーンが再現されていて、冒頭から度肝を抜かれた。その他にも、テレビではなかなか扱えないような際どいネタも披露されていく。
コントだけではなく、その合間には歌や踊りなどもありバラエティーに富んでいる。東日本大震災の被災地を訪ねたスライドなども映し出され、頑張ろう福島というメッセージも紹介された。
日頃からニュースをちゃんと見ていないと笑えないネタも多い。それだけニュースの本質を突いている笑いの質は高く、報道に携わる者としてもとても勉強になる内容だった。常に内容は更新されるだろうから、今後も舞台を観続けて行きたいと思う。
街を歩いたり電車に乗ったりすると、真新しい黒いスーツを着てピカピカの黒い鞄を持った学生の姿が目に付くようになってきた。今月1日から大学3年生の就職活動が解禁となったのだ。就職活動の開始時期がだんだんと早くなり、大学生が勉強に集中できなくなるという声も受けて、経団連が例年の解禁日である10月1日を2ヶ月遅くしたのだ。
しかし、これでも就職活動が始まるのが早過ぎるのではと感じる。雇用環境が悪化する一方なので、一刻も早くシュウカツ(就職活動)を始めたいという学生の気持ちや、他社に先駆けて優秀な学生を確保したいという企業側の思惑も分からないではないが、シュウカツの開始は4年生になってからでもいいのではないだろうか。
私らの頃は、就職活動の解禁日はなんと4年生の10月1日だった。もちろん当時も銀行や商社などを中心に4年生の春頃から、いわゆる青田買いも行われていたが、10月1日解禁を守っている企業も多かった。
今から思えばノンビリしていたものだ。私の場合はほとんどテレビ業界しか受けなかったので、合格していなかったらどうしていたかと思うとゾッとする。大学野球の最後となる秋のリーグ戦の日程と面接日が重なり試合を休んだことは今でも残念だ。
街で就職活動の学生を見るたびに「たいへんやけど、悔いの無い様に頑張りや」と心の中で声を掛けている。就職で人生が全て決まる訳ではないが、まだまだ終身雇用の制度が多く残っている日本社会では、卒業して最初にどこの会社に入るかは重要である。
自分が何をやりたいかをじっくり考えながら、たくさんの会社を訪問して、多くの人の話を聞いて、自分にどういう仕事が向いているか客観的に考えることも必要だろう。頑張れ!応援しています。
北朝鮮の権力継承はスムーズに行くのだろうか。後継者である三男の金正恩氏はまだ30歳にもならない若さである。軍事最優先である先軍政治をすすめる北朝鮮では軍を掌握できるかどうかがポイントである。金正日総書記の後継者になるべく大将という地位は与えられたものの、まだまだ実績も経験も乏しい上、金日成世代である80歳代がずらりと並ぶ政権幹部をどう率いていくか、課題は山積である。
突然の総書記死去の報を受けて、テレビ各局は北朝鮮報道一色になった。各局の各番組には朝鮮半島の専門家といわれる方々が入れ替わり立ち代り出演した。
その中の1人である静岡県立大学の伊豆見教授が日本外国特派員協会で記者会見をしたので取材してきた。とても興味深い、勉強になる内容だった。
因みに、日本外国特派員協会は、日本に駐在している外国メディアの特派員やジャーナリストが所属する会員制のクラブで、特派員経験者の日本人ジャーナリストもいる。私も会員である。ここでは、その時々に注目されている人たちが記者会見を開くのである。
会見の中で伊豆見教授は、来年の4月に北朝鮮人民軍創建80周年の軍事パレードが行われる予定なので、早ければ今月24日にも金正恩氏が軍最高司令官に就任するだろうとの見通しを述べた。国の内外に、金正恩氏が軍を掌握し権力継承が安定的に行われているということを示すためにもそうなるだろうということである。
なぜ12月24日かというと、20年前の同じ日、1991年12月24日に金正日氏が最高司令官に就任したのであり、金日成氏の妻、つまり金正日氏の母親である金正淑(キム・ジョンスク)の誕生日という記念日でもあるということだ。専門家ならではの知識と読みである。
日米同盟と米韓同盟は今後ますます重要になり、米朝協議や六カ国協議も始まるだろうが、来年は何も成果が出ないのではないかという見立てである。
記者会見の最後に拉致問題に対する影響と、日本政府は何をすべきかという質問をした。それに対して伊豆見教授の答えは、ここ3年間全く進展していない拉致問題は、金正日総書記が死去したからといって何も影響を受けないということだった。
拉致問題を解決しても北朝鮮にとって利益になることは何もなく、日本との関係を改善しても利益が見えないので、その必要性が感じられないと北朝鮮は思っていると述べた上で、日本政府がやるべきことは、「日朝関係を改善することが北朝鮮にとって必要だと思わせること」だと指摘した。
今後の北朝鮮情勢や日本との関係を考える上で、得るものがたいへん多かった記者会見だった。
11年12月20日(火)「#1633 ダルビッシュ」
来シーズンは多くの日本人野球選手がメジャーに行くことになるが、その中でも最も注目されているのがファイターズのダルビッシュである。伝説の大投手である金田も稲尾も達成できなかった4年連続防御率1点台という成績を残している日本球界を代表する投手である。
今回は自分で自由に移籍先を選べるFA(フリー・エージェント)ではなく、ポスティング・システムという移籍手段を使ってのメジャー行きである。
ポスティングでは、選手がメジャーへの移籍を希望するのを受けて日本の所属球団が許可してメジャー機構にポスティングを申請する。それを受けてメジャーの各球団が入札し、最高額で落札したメジャー球団の金額を日本の球団が受け入れれば、そのメジャー球団がその選手との独占交渉権を獲得する。そして交渉が成立すれば晴れて入団となる。落札金額は日本球団に入り選手には支払われない。選手は希望球団を選べないというシステムである。
このシステムを使って、これまでイチローや松坂などが海を渡った。日本球団にしてみればFAになってメジャーへ移籍されると球団に一銭も入らないので、その前にポスティング希望に応えて高額な入札金額を得るというメリットもあるのだ。
注目のダルビッシュの落札球団はテキサス・レンジャースだった。2年連続でワールドシリーズで敗れ、悲願のワールド・チャンピオンを達成するためには何としてもダルビッシュの力が必要だったということだろう。上原と建山という2人の日本人投手も所属している。来年は3人の継投も見られるだろう。
ダルビッシュはローテーションの一角を占めるのはもちろん、うまくいけば最多勝や最高の投手に贈られるサイヤング賞も夢ではない。それほどメジャーでも実力を認められている存在である。
スワローズの青木の交渉権はブリュワーズが得て交渉中の他、ホークスの和田はオリオールズへの入団が決まり、同じホークスの川崎もマリナーズ入りが濃厚である。ライオンズの中島もヤンキースと交渉中である。おそらく全員が来シーズンはメジャーでプレーすることになるだろう。全部観に行きたいなあ。
11年12月19日(月)「#1632 金正日総書記死去」
テレビニュースを観ていて「エッ!」と声が出たのはいつ以来だろうか。お昼のニュースの放送中に、北朝鮮の金正日総書記が死亡したとのニュースが飛び込んできた。
2008年に脳卒中で倒れてからは健康を不安視する報道が続いていたが、テレビに映る金総書記は左半身に少し麻痺が残っているようだが、病状がそれほど深刻のようには見えなかった。
北朝鮮からの報道によると、地方視察に向かう列車の中で急性心筋梗塞で亡くなったということである。地方視察に行くということは、健康状態はそれほど悪くなかったということだろう。急な発作で命を落としたということだろうか。
北朝鮮のトップが死去したということで、真っ先に懸念するのは北朝鮮国内が流動化し混乱しないかどうかである。後継者に指名されている三男の金正恩氏はまだ28歳という若さで経験も実績も不足していると指摘され、権力継承が混乱無く行われるかどうか事態を注視する必要がある。
北朝鮮は軍事を優先する先軍政治なので、軍がどう動くかも重要なポイントである。権力継承を巡って軍の内部がゴタゴタするようであれば混乱は国内に広がるだろう。そうなれば、大量の難民が出てその一部は日本にやって来るという事態が起こらないとも限らない。
そしてもうひとつ心配されるのが、拉致問題や核、ミサイル問題に今後どういう影響が出るかということである。北朝鮮としては当分の間、内政や外交問題について大きな決断が必要になるような変化は期待できないだろう。しかしながら、中長期的にみると指導者が代わってこれまでの政策が変更される可能性もある。
日本政府としてはしっかりと情報収集をすると共に韓国やアメリカ、中国など関係諸国との情報や意見交換を緊密にして、どういう事態が起きても適切に対応できる態勢を固める必要がある。
来年はアメリカ、ロシア、フランス、韓国で大統領選があり、中国の指導者も代わる激動の年になるが、北朝鮮での政権交代という新たな事態が加わることになった。
一緒の釜の飯を食べた、という繋がりは一生ものである。久しぶりにお会いしても、一瞬にして当時の関係に戻ってしまう。
大学野球部の先輩後輩が集まっての忘年会に参加した。上は60歳代から下は20歳代までという年齢層の幅である。大学時代に一緒にやらせて頂いた人はもちろん、卒業してから知り合いになった人との間でも体育会の上下関係は強固である。先輩のお酒の減り具合がついつい気になる。少なくなればすぐにお酒を注ぐのだ。
年齢の上から順番に近況報告を兼ねて挨拶をしたのだが、上から数えた方が早い年代になってしまった。自分自身はまだまだ若い部類だと思っているが、現実は厳しい。
懐かしい方々と杯を重ねて、楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。大学時代の話に始まって、いまの仕事や今後の野球部についてなど話は尽きない。参加させていただく度に、誘っていただいて有難いなあといつも思う。先輩後輩はいいものである。
11年12月17日(土)「#1630 冷温停止状態」
原発事故が"収束"したという表現には違和感を拭えない。核燃料が溶けるメルトダウンだけでなく、溶け落ちた核燃料が圧力容器の底を貫いて格納容器に流れ落ちたメルトスルーまで起きて、いま核燃料がどこにあるかも正確に確認出来ない状況で、"冷温停止状態"と言われても本当にそうなのだろうかという思いが残る。さらに、事故が"収束"したと宣言されても、ちょっと言い過ぎではないのかと不安は拭えない。
野田首相が記者会見を開いて、東京電力福島第一原子力発電所の原子炉が冷温停止状態になり、事故収束に向けてのステップ2を完了したと宣言した。
「原子炉の底部の温度が100度以下」で「放射性物質放出の大幅抑制」という2条件を満たせば原子炉が冷温停止状態であると政府は判断してきたが、それが実現したということである。
しかし、原子炉の冷却システムや原子炉から漏れ続けている汚染水の処理システムもまだまだ完全なものとは言えず、今後また大きな地震が起きた際の対策は磐石なのか安心できない。原子炉の現状が完全に把握できていないままで、詳細な事故原因の解明もまだまだこれからである。
ここまで事故対応に必死になって取り組んできた関係者の努力には本当に頭が下がるが、まだ応急処置の段階がようやく終わったところだろう。今後もさらなる原子炉の安定や除染、30年以上かかるとも言われている廃炉など長い闘いに取り組んでいくことになる。
冷温停止状態で事故は収束したという宣言は、国内外に向けた政治的メッセージという側面が強いとの見方も出来る。実際、原子力の専門家である原子力安全委員会の班目委員長は記者会見で「(今回の事故で)『冷温停止状態』なる言葉を安全委として使ったことはない」と言い切っている。
野田政権になってからよく言われることだが、今回も国民に向けての丁寧な説明が足りないのではないだろうか。
先生や僧侶が走るほど忙しい季節、とはよく言ったものだ。12月になってからとにかく忙しい。大阪と東京を往復する回数も増えている上に、夜の勉強会や会食のスケジュールもびっしりである。
週末もゆっくり出来ない。土曜日か日曜日のどちらかぐらいは、何も予定をいれずにのんびりしたいとは思うものの、結局走り回っている。
年内に食事でも、といっても予定が既に埋まっていて、1月の約束をすることも増えてきた。こんなに先の予定が決まっていくのも年末ならではである。
お酒を飲む機会が多いので酒量も抑え気味にしているのだが、毎日続くと肝臓が悲鳴を上げそうだ。先日も、いつもお世話になっている指圧の先生に、肝臓が腫れていますよと注意されたばかりである。
この忙しさのままに今年も暮れていくのだろう。年賀状もまだ書けていない。やろうやろうと思っている自宅の片付けも出来ていない。やることがいっぱいあるのに、何も手につかない。
今年は例年以上にどたばたした年末年始になりそうである。年明けには少し休みたい。
昨日に続いて自分自身を振り返る。自分は褒められて育つタイプだと思っているのに、子供たちのことをしっかりと褒めているだろうか。いや、残念ながら出来ていない。
褒めるどころか、叱ってばかりいるような気がする。あ~しろ、こうしろ、なんでそんなにだらしないんだ、などと小言ばっかり言っている。
たしかに、長女も長男も二男も私に怒られても仕方がないような生活態度であることも少なくないが、よくやっているなと思うこともある。しかし、良くないことを指摘して怒ることはよくあるが、いい点を褒めることは少ない。
"アメリカかぶれ"らしくない。アメリカでは子供を育てる際に、よい点を褒めて伸ばすという考え方を大事にしている。もちろん間違ったことをした時には日本以上に厳しく叱る親が多いが、褒めることに関しては日本ではあまり見られないぐらいに積極的である。
スポーツでは尚更だ。特に小さい子供のうちは、欠点を矯正するよりも、長所を伸ばすということに指導の重点をおく。それなのに、自分のことを考えると、少年野球でも欠点ばかり指摘している。
怒るときに感情的になることが多いのも問題だと思っている。子供に対して自分の感情で怒ってはいけないと頭では分かっているつもりだが、ついつい感情を露にして子供を怒っている時がある。
今からでも遅くない。子供たちを褒めることをもっと大切にしたい。
11年12月14日(水)「#1627 謙虚と前向き」
知らず知らずのうちに謙虚さを失っていたのかも知れない。常に周りに対しての感謝の気持ちを忘れずに謙虚であり続けたいと思っているが、わが道を行き過ぎていたのだろうか。
どんな事があっても常に前向きでいることを自分自身大切にしてきたが、これもまた自分で気づかないうちに、文句や愚痴など後ろ向きなことをついつい口にしていたのだろうか。
メディアで働いている以上、周りの人とのコミュニケーションには気を配っているつもりだったが、それも充分ではなかったのかも知れない。
テレビに出てコメントすることを仕事にしているにも関わらず、話し方や態度が相手に不快感を与えていたことがあったのだろう。
若い頃に「春川は直球ばかりで変化球投げられへんからなあ」と先輩に言われたことを思い出す。それが自分のいい所だと、開き直る気持ちもあったが、あの頃から何も変わっていないのだなとも思う。
常に謙虚な気持ちで前向きに。自分自身を見つめ直す時なのかも知れない。
テレビの生放送ではテンポの良さも重視される。いいことを言っていても、ダラダラと話していると「長いなあ~」となってしまう。テレビでのコメントは15秒以内ということも言われるほどだ。
さらに、歯切れ良くはっきりとものを言うことが好まれるという傾向もある。良いか悪いか、好きか嫌いか、評価するかしないか、立場をはっきりさせることで論争も起きて討論が盛り上がるということもある。
しかし、実際の物事には黒か白かはっきりしないことも多い。「これは、こういうことです」とはっきり言えないことの方が多い。
ましてやずっと記者として現場を取材してきた身にとっては、自分の目で見て耳で聞いて肌で感じた内容についてははっきりと言えても、それ以外のことについては断言できないという習性がついている。
だが、当然のことながら番組で解説をやっていると、自分が直接現場に行って取材していないことについてもコメントを求められる。いや、実際取材していないことの方が多いかも知れない。それを今までの取材経験や知識、情報を総動員してコメントするのである。
解説委員という立場上、個人の意見を求められてもなかなか話にくい。こういう考え方もあれば、こういう意見もあると紹介し解説するのが本分である。
一方、一緒に番組に出演される方々は、もちろん人によって違いはあるが、皆さんどちらかといえばはっきりとものを言われる方が多い。断定的にコメントされる方も少なくない。それを横目で見ながら、断定口調にならないように気をつけている。
ところが最近、番組でコメントする際に、はっきりとした物言いをしている自分に気づくことがある。知らず知らずのうちに少し断定口調になっていて、自分でもハッとすることがある。解説委員という自らの立場を忘れてはいけないと自分に言い聞かせている。
11年12月12日(月)「#1625 見ている人」
『誰だって「この人は自分のことをきちんと見て、評価してくれている」と感じたら、一生懸命に仕事をする。言葉や態度で絶えずそうしたメッセージを伝えていくことが必要だ』。ユニクロを運営するファーストリテイリング会長兼社長が書いた「柳井正の希望を持とう」(朝日新書・柳井正著)の中で上司について書かれた一文である。
その通りだと思う。人間って些細なことで励まされたり落ち込んだりするものだ。組織では、上の者が自分のことをどう評価してくれているか、気になるところだろう。
4年前まで報道部長という管理職をやっていた。50人ほどの部下がいて毎年全員の人事評価をやっていた。一人一人の仕事ぶりを常に気にしていたし、可能な限りコミュニケーションをとるように努めていた。
取材内容や担当したニュースの出来栄えについて、良かった時も、今ひとつだった時も出来るだけ本人に直接声を掛けるようにしていた。報道は人数も多く、毎日朝から晩までニュースが流れているので、全てをチェックして評価するのは難しかったが、自分では精一杯やったつもりだった。
しかし、私にあまり声を掛けられなかったことで寂しい思いをしていた部員もいたかも知れない。当時の部下からどう思われていたかは分からない。
今度は自分が管理職を離れて解説委員という、周りから評価される立場になった。元上司だった私については評価し辛いのかも知れないが、周りから私の解説ぶりについて何か言われることは少ない。これがまた寂しいものである。
そんな中で、「見てくれている人は、ちゃんと見てくれているのだな」と実感する出来事があった。本当に嬉しかった。この仕事をやっていて良かったと思った。今後も頑張ろうとの思いがますます強くなった。有難いことである。
11年12月11日(日)「#1624 12月の仕事」
12月に入るとやらなければならない事が2つある。年賀状作りとクリスマス・イルミネーションの飾り付けである。今年はまだどちらも終わっていない。
今年こそは年賀状は長女に、イルミネーションは長男にやらせようと思っていたが、ゆっくりと教える暇もなく、結局自分でやるほうが速いということになるのだろう。
アメリカから帰国して10年間、毎年欠かさずイルミネーションの飾り付けをやってきたが、今年は断念しようかと思っている。今年は公私共に忙しく、週末もゆっくりする時間がなかなかとれなかったのだ。あっという間に12月になり、気が付けばクリスマスまで2週間となっていた。今さら飾り付けても遅いということを言い訳にして、今年は許してもらおうと思っている。
一方、年賀状は出さない訳にはいかない。今年も子供たちからのブーイングに負けずに家族の写真がいっぱいの年賀状を作り始めた。例年に比べて今年はあまり写真そのものを撮っていないので、なかなかいい写真がない。
例によって、今年も「家族の写真入り年賀状は嫌や」という声が上がっているが、聞く耳は持っていない。毎年子供たちが成長している様子を楽しみにして下さっている方々がいるのだと勝手に解釈して写真入り年賀状を作っている。
アメリカ向けにはクリスマスカードも兼ねて出すので、もう時間がない。毎晩のように続く食事会の合間をぬって年賀状を早く完成させなければ。
11年12月10日(土)「#1623 プレッシャー」
自分でも精神的に弱いとは思っていないが、「春川は鈍感やからな」と言われることがある。鈍感というのは普通は良い意味ではないのだろうが、嫌なことがあってもあまり気にせずに、いつまでも後にひかないといういい意味だと勝手に解釈している。
精神的に追い詰められて胃が痛んだという記憶はない。もちろんプレッシャーを感じることはあるが、プレッシャーが嫌だなと思うことはなく、どちらかといえばプレッシャーを楽しむことが出来る楽天的な性格だと思う。
プレッシャーを感じることが仕事でもプライベートでも少なくなってきたので、少し寂しささえ感じている。本当に言葉通りの"鈍感"になってきたのだろうか。もっともっと自分にプレッシャーをかけて追い詰めなければと思う反面、そろそろゆっくりもしたいなという思いもある。
プレッシャーといえば、野球で打席に入った時のプレッシャー、失敗が許されない一発勝負の海外からの生中継のプレッシャーなどが思い出されるが、最近ではやはり生放送で咄嗟にコメントする際のプレッシャーだろうか。
正直言うと、生放送ではプレッシャーを感じる暇もないほどの速度で番組が進行していく。生放送に出ること自体がプレッシャーなのだろうが、これだけ毎週出演していると、プレッシャーを自覚することがなくなってきた。それがいい事なのか悪い事なのかは分からない。おそらく体には悪いのだろう。
その証拠に、生放送が終わればいつもカッターシャツの腋の下が汗で濡れている。冷や汗の跡なのだろう。生放送に出演する度に寿命が縮まっている様な気がしている。
一川防衛相と山岡消費者相に対する問責決議が参議院で可決され臨時国会は閉幕した。何とも後味の悪い終わり方である。
防衛に素人という発言に始まり、ブータン国王の晩餐会を欠席しての同僚議員のパーティーへの出席、95年の沖縄での少女暴行事件について詳細を知らないという国会答弁、沖縄防衛局長の問題発言に対する責任と次から次へと問題山積である。防衛大臣の資質に欠ける、こんな人には安全保障は任せていられないと思われても仕方がない。
そして山岡大臣。大臣になってからの問題ではないが、マルチ商法を応援してきたととられても仕方がない人が消費者担当大臣とはこれ以上のブラックジョークはない。しかも警察を所管する国家公安委員長も兼任である。
野田内閣の組閣の時に、入閣した人の中でなぜこの人がと思ったのがこのお二人である。二人とも小沢元代表にとても近い人なので、党内バランスに配慮したのだとしか思えない入閣だった。
二人とも問題が多いと言わざるを得ないが、ねじれ国会の中で問責決議を出して大臣を辞めさせようとするのは政局優先としか思えない。問責決議に法的拘束力はないものの、自民党や公明党は、年明け早々にも始まる通常国会では2人が辞任しなければ冒頭から審議拒否に出る可能性も高まっている。
民主党も野党の時には大臣の問責決議を出し、自民党が野党になればまた同じことをやる。次の選挙で民主党が野に下れば、またまた問責決議を出すのだろうか。ねじれは今後もすぐには解消されないだろう。国会を正常に進めるルールやシステム作りが必要である。
一日も早い大震災からの復興と原発事故の収束が求められ、ヨーロッパの経済危機が深刻になり日本経済への影響も出ているこの時に、政治はこんなことでいいのだろうか。野党は大臣の首をとろうと問責決議を出し、政府・与党は重要法案も先送りにして早々に国会を閉じた。与党も野党もどちらもひどい。国民の政治に対する不信感、閉塞感をなぜ永田町の人たちは感じとることが出来ないのだろうか。
国会の日程で駆け引きばかりするのなら、一年中ずっと国会を開いておけばという通年国会という考え方にも共感したくなるほど事態は深刻である。なぜ、そのことが分からないのだろうか。
眠い、とにかく眠い。ひとつには会合や飲み会が続き毎晩のように遅くなっているからだ。それに加えて、最近なぜか寝つきが悪い。お酒を飲んでいるときは逆にすぐに眠りにつくのだが、そうでない時にはベッドに入ってからもなかなか眠れない。
仕事でもプライベートでも何か悩みがある訳ではないのだが、目をつぶっても頭の中で何かを考え続けているような感じだ。気になっていることがある訳でもない。パソコンの電源を落としても、ハードディスクが回り続けているようだ、とでも言えばいいのだろうか。ひどい時には、いつまでも寝付かれずに何となくウトウトして朝を迎えたような気がする時もある。
これが2~3日続くとフラフラになる。とにかく眠りが浅いのだ。あ~よく寝た、という気になることがあまりない。肩や首がこっているのだろうか。
このところ、週末にもゆっくり出来ていないので疲れが溜まっていることもあるのかも知れない。とにかく眠たい。
11年12月7日(水)「#1620 日本人メジャーリーガー」
来年は久しぶりにメジャーリーグで活躍する日本人が大きなニュースになるような予感がする。1995年に野茂がドジャースに入団以来、多くのプロ野球選手が海を渡ってアメリカで活躍してきた。トップレベルの選手だけでなく、日本ではスーパースターではなかった選手もアメリカで活躍できる時代になった。
今年11年連続の200本安打もオールスター出場も途切れたイチローは来年は必ず盛り返すだろう。まだどのチームに行くか決まっていない松井秀も、今年の成績で終わる訳には行かない。怪我からの復帰を目指す松坂も順調のようである。黒田も斎藤も福留も来シーズンの所属チームがまだ決まっていない。上原も建山も高橋も田澤も五十嵐も、彼らの能力からいえばもっともっと活躍が期待できる。ルーキーイヤーに怪我をした西岡も来年は成績を残すだろう。川上も岡島もこのままでは終わらないだろう。
そしてさらに、来年は多くのトッププレーヤーがメジャー入りする可能性が高い。ゴールデンイーグルスの岩隈、ホークスの和田と川崎、ライオンズの中島、スワローズの青木といった錚々たるメンバーがメジャーのユニフォームに袖を通すだろう。まだどうなるか分からないファイターズのダルビッシュも含めて全員WBCの優勝メンバーである。
日本人メジャーが珍しい時代ではなくなって、どれだけメジャーで活躍できるかが問われるようになった。オリンピックやWBCで国際試合を数多く経験している選手も多いので、皆ある程度は活躍できるだろう。この中から、イチローにつづくメジャーでのスーパースターが出るのが楽しみである。
来年こそは(今までも何度も行っているが)、気合を入れてメジャーリーグを観に行こうと思っている。取材で行ければ最高だが、それは難しいだろう。息子を連れてメジャーの開幕戦でも観に行こうかな。
"上から目線"。嫌な響きの言葉である。偉そうなものの言い方、ものの見方をする人のことをこう呼ぶことが多い。人のことを見下すような態度や言動が、この言葉から思い浮かぶ。
「ほんま、あの人、上から目線やなあ」などと、人のことを評することもある。もちろん批判的、否定的な意味である。
言い方の問題もあるのだろうが、テレビでコメントしていると偉そうに聞こえることもあるのかも知れない。特に政治に関しては、厳しい内容のコメントをすることが多いので、そうならないように気をつけている。
世の中の出来事や人物について批評したり批判したりすることも多い仕事なので、常に謙虚であるべきだと自戒しながら、自らの言動を振り返ることにしている。
しかしながら、短い時間でコメントする際には気をつけていても断定口調になることもあるだろうし、ついつい厳しい言い方になることもあるのかも知れない。
"上から目線"にならないように。常に自分に言い聞かせている。
忘年会シーズンである。タクシーの運転手に聞いても、今年は宴会が少なく12月も商売が厳しいという。夜の街に出ても、電車が無くなる前にサッと人手がひいていく。まだまだ不景気から抜け出せないようだ。
とはいいながらも、12月に入ると会食などでお酒を飲む機会が増えてきた。ほとんどは取材を兼ねた仕事がらみの席であるが、たまには気の置けない仲間との楽しいひと時を持つこともある。
何を食べるかも大事だが、誰とご一緒するかはもっと大切である。信頼している友と美味しい食事を食べると、お酒はついつい日本酒を、しかも冷(ひや)で飲んでしまう。美味しい日本酒は大好きなのだが、酔っ払ってしまうので気をつけなければならない。
昔に比べてお酒も弱くなり、次の日に残ることが多くなってきた。東北の被災地のお酒、曽祖父の出身地である新潟のお酒もと、おかわりするうちにいい気分で酔いが回ってきた。
タクシーに乗ったり電車に乗ったりすると気分が悪くなるので、こういう時には夜風にあたりながら少し遠い距離を駅までお散歩することにしている。このところの寒さで、少し歩くと酔いが冷めていい気分になる。
電車に乗ると車内の暖かさでまたボーッとして眠くなる。自宅近くの駅で降りると、既に最終バスは終わっているので家までとぼとぼ歩くことになる。この道のりが遠く感じる。この頃には、お酒の酔いと、お散歩の疲れが混ざって眠たくなる。
日本酒は美味しいけれど、私にとってはかなり気をつけなければいけないお酒である。
日曜日といえば週末でお休みの日だが、このところ仕事が続いている。大阪ダブル選挙の取材や投開票日の特番でも忙しかった。さらに月曜日の番組での解説コーナーの準備のための原稿を書く日になっているのだ。
自宅に仕事を持ち込まないことを大切にしてきたが、月曜日の番組なので仕方がない。毎週日曜日は小学生の二男の少年野球の練習日だ。出来るだけ参加するようにしているが、練習が終わってから原稿を書き始めたのでは遅すぎる。少しでも早くに本社に原稿を送れるように、土曜日に原稿を書き始めることも増えてきた。
こうなると土曜日も日曜日も仕事である。一週間に一度ぐらいはゆっくりしなければと思いつつ、月曜日の番組準備も重要である。
ここ数日、風邪をひきかけているようで喉が痛く体がだるい。昨夜も遅くまで自宅でブログや解説コーナーの原稿を書いていたので、今朝は起きられず、少年野球の練習も昼からの参加にした。
今夜もこうして自宅でブログの原稿を書いている。解説コーナーの原稿は先ほどメールで担当者に送った。ブログが終われば、頼まれた会報の原稿を書かなければならない。たまには日曜日にゆっくりしたい。
久しぶりの宙組(そらぐみ)公演だった。「クラシコ・イタリアーノ~最高の男の仕立て方~」と「NICE GUY!!~その男、Yによる法則~」の二本立てである。
前者は1960年代のローマを舞台に、スーツの仕立て職人たちの世界を描いたミュージカルだ。後者は男の美学を追及した宝塚歌劇らしいショーである。
トップスターの大空祐飛は、立ち姿の美しい男役である。イタリア仕立てのスーツ姿は男の私から見てもカッコいい。因みに私が愛用しているのは(私のスーツの話はどうでもいいが)、昔ながらのシンプルなアメリカン・スーツであるが、イタリアン・スーツも着てみたいと思わせるほどビシッときまっていた。
二番手の男役は、以前に雪組にいた凰稀かなめである。彼女の舞台を観るのも久しぶりの様な気がするが、さすがに二番手なだけあって以前よりもスケールが大きくなってさらに魅力的になった様な気がする。宝塚の世界でも地位は人を作るのである。
それにしても大柄な男役が多い組である。ショーのときに銀橋(舞台の手前にオーケストラボックスがあって、そのまた手前にある渡り廊下のようなもの)にずらりと並んだ男役の姿は圧巻だった。それと比べるからか、娘役の影が薄かったのが少々残念だった。
宝塚の舞台はスターシステムなので、主役のトップスターを中心に、二番手、三番手が中心になって芝居でもショーでも舞台が進んでいくのだが、その脇を固めている中にも魅力的な人たちがたくさんいるのだ。そうした人たちに注目するのも観劇の楽しみである。
今回の舞台でも、専科の汝鳥伶の存在感が際立っていた。こういうバイプレーヤーを歌劇団はもっともっと大切にするべきである。若手男役の中では、凪七瑠海がよかった。なにより舞台姿に品がある。ショーでの女役(もともとは女性ではあるが)も綺麗で目立っていた。周りに大柄な男役が多いので仕方がないが、もう少し肩の力を抜いてリラックスして笑顔を多くすれば言うことない。将来が楽しみである。
それと、もう一人気になる生徒(宝塚では歌劇団のメンバーをこう呼ぶ)がいた。ショーの所々で出てくる、尻尾がついた2人組の妖精?のピンクの方である。公演が終わってからパンフレットで確認すると伶美うららという若手の娘役だった。初めて観た時に、綺麗な生徒さんだなと思った。こうした生徒さんを見つけるのもまた楽しい。
なんか凄いマニアックな観劇日誌になってきたなあ~。とにかく、宝塚歌劇は奥深いのである。
11年12月2日(金)「#1615 "ここだけの話"」
一緒に番組に出させていただいている司会者やコメンテーターの方々と夕食などを共にさせていただくことがある。誘っていただく事もあるし、こちらからお誘いすることもある。
仕事柄、普段の会食の相手は国会議員や官僚、財界人、メディア関係の同業者などが多いが、また違った分野の方々とお話させていただくことは本当に勉強になる。
お相手にもよるが、そういう場合は、番組出演に関する感想や意見はもちろん、その時々の社会や政治情勢からお互いの仕事や家族のことまで、話の内容はどんどん広がっていくのだ。
テレビに出る仕事はどちらかといえば苦手であるが、普通に仕事をしていればお会いできない様な方々と色々なお話をさせていただく度に、いい仕事をさせて貰っているなと感謝の気持ちでいっぱいになる。
面白いもので、スタジオでコメントする際に意見が違ってちょっとした論争になったことのある方とご一緒させていただく機会も多いような気がする。自分とは考えの違う部分のある方に魅かれるのだ。そういう方に限って、色々な基本的なものの見方や価値観が同じだなと感じることが多い。
違う意見を言うと周りからは、あの人は苦手なんですかとか、もっとひどい時には嫌いなんですかなどと聞かれることもあるが、全くの逆である。人によって意見が違って当たり前、皆が同じ意見であることほど気持ち悪いことはない。
お酒が入ってお互いリラックスしてくると、本音の話もポロリと出てきてますます楽しくなる。"ここだけの話"をし合うようになると、信頼関係も深まってくるのだ。あ~、この方とご一緒出来て良かったなと思えると、本当に幸せな気分になる。
人生の先輩方からそういったお話を聞けるのが何よりも楽しみである。
記者会見での「失った時間は返ってこない」という言葉は本当に重い。逮捕から25年近くが過ぎた。無実を信じて支え続けてくれた母親は残念ながら既にこの世にいない。当事者の気持ちを思えばいたたまれない。
福井市で1986年に中学3年の女子生徒が殺害された事件で殺人罪に問われ、懲役7年の有罪判決が確定し服役した男性(46)が裁判のやり直しを求めていた再審請求で、名古屋高裁金沢支部は再審の開始を決定した。
男性は捜査段階から一貫して容疑を否認し無罪を主張してきた。一審では無罪判決が出されたが、二審で逆転有罪判決が出て最高裁で確定した。指紋などの有力な物的証拠はなく、男性が血の付いた服を着ていたのを見たなどという目撃証言などが有罪の決め手となった。
再審請求審では弁護側が検察に対して証拠の開示を求め、検察が拒否したが裁判所の勧告もあって検察が証拠の開示に応じた。その開示された中に被害者の遺体の解剖写真などがあり、そこから凶器とされた刃物と遺体の傷が合わないなどの矛盾点が明らかとなったこともあり再審が決定された。
再審決定の中で裁判所は、「(男性の)関与を示す客観的事実は一切存在せず、犯人とするには疑いが残る」と判断したのだ。
また、裁判で男性が犯人だと証言をした人が、自らにかけられた別の事件に関する嫌疑を見逃してもらうために警察のストーリーに合わせて証言をしたと打ち明けていることも明らかになっている。何ということだろうか。そんなことがあっていいのか。
裁判員制度が始まるにあたって刑事訴訟法が改正され、争点に関する証拠の開示が原則となったが、検察が集めた証拠は検察に不利(つまり被告人に有利)な証拠も含めて全て開示するよう法改正すべきではないか。検察は有罪を勝ち取ること以上に、真実の追究を求められているのだ。
一般の国民が、有罪か無罪か量刑も含めて難しい判断を求められる裁判員裁判に参加することを義務付けられていることを考えると、正しい判断が出来るように全ての証拠が明らかにされることは必須である。自らに不利な証拠を隠しているようでは、地に堕ちている検察への信頼回復は進まないだろう。
春川正明
はるかわ まさあき
1961年5月5日生まれ
讀賣テレビ放送
報道局解説副委員長
ロサンゼルス特派員、
チーフプロデューサー、
報道部長を経て07年より現職。
関西学院大学非常勤講師
大阪市出身