10年8月31日(火)「#1157 全面対決」

  よく分からない記者会見だった。小沢前幹事長が菅首相との会談を終えて民主党本部で記者会見を行った。今夜5時半過ぎにローカルニュースに出演中だったが、会見が始まる直前に画面が切り替わり記者会見の生中継になった。
  最終的に民主党代表選挙に出るのか出ないのか、小沢さんの決断に注目が集まっていたのだが、会見が始まっても出馬するのか断念したのかはっきりと分からない言い回しが延々と続いてやきもきさせられた。この人の喋りはいつも文が長く、回りくどい言い回しが続く。冒頭では出馬を決めた様にも聞こえたが、しかし、最終的には断念したともとれないこともない。結局は、菅さんとの話し合いが決裂して両者の全面対決となった。
  鳩山さんが仲介者となって党の分裂に繋がらないように挙党一致を訴えたのだが、最終的には選挙となった。これでもしも小沢さんが土壇場で立候補の取りやめをしていたら、かつての自民党政治と同じ密室談合との批判を免れなかっただろう。
  菅さん、小沢さんがそれぞれの目指す国家像、ビジョン、そしてそれを実現するための具体的な政策を戦わせて政策本位の代表選挙を実現できるなら、二週間の選挙期間も政治空白にはならないだろう。投票する民主党の国会議員、地方議員、党員、サポーターも権力闘争の数合わせではなく、一人一人の国を想う気持ちによってこの国のリーダーを選んでほしい。
  小沢さんに対しては選挙戦の中で政治とカネについての説明責任を果たすべきだという声が高まるのは明らかだが、逃げることなく丁寧に説明して欲しい。お金の集め方もそうだが、その集めた金を何に使ったのか納得できる説明をすべきである。
  何度も言うが、政局より政策。我々メディアも心してかからなければならない。

10年8月30日(月)「#1156 救急車」

  前から気になっていたことがある。救急車がサイレンを鳴らしながら走ってきても、どうして道行く車は止まらないのだろうか。運転免許をとった時の講習では、たしかサイレンを鳴らした救急車、パトカー、消防車が走ってきた時には、車を路肩に寄せて止まり緊急車両を優先させると習ったような気がする。
  アメリカでは徹底している。同じ方向に走っている車はもちろん、対向車線を走っている車も、交差点でクロスする車も全てサイレンが聞こえてくれば速やかに減速して路肩に寄せて停車し緊急車両に道を譲る。
  ところが日本ではサイレンが近づいて来ても、すぐさま止まる車は少ない。パトカーや消防車がサイレンを鳴らして走ってくると多くの車が止まり道を譲るが、なぜか救急車の場合はすぐに止まらない車が多い。ピーポーピーポーという救急車のサイレンは、パトカーや消防車のそれと比べて緊迫度合いが低いと感じるからなのだろうか。
  急病人や怪我人を一刻も早く病院に運ばなければならない救急車も重要性では同じである。運転免許をとる際の講習や、免許の更新講習で、緊急車両がサイレンを鳴らして近づいて来た際には、全ての車は速やかに止まって道を譲るということを徹底させるべきではないだろうか。初めて救急車に乗ってみて、あらためて強くそう感じた。

10年8月29日(日)「#1155 高校同窓会」

  高校を卒業してからはや30年。みんなどんな風に変わっているのかと、複雑な気持ちで高校へと向かった。以前にもブログに書いたことがあるが、高校時代は野球ばっかりやっていたので、野球部の仲間以外に友達はあまりいなかった。女の子たちと楽しい時間を過ごした記憶も残念ながらない。同窓会で再会しても、いったい何人の顔と名前が分かるのだろうかと正直不安だった。
  野球部のOB会などで数年に一度という割合で母校である大阪府立東淀川高校には来ているが、同窓会の会場となった食堂に入るのは卒業以来初めてである。ほとんど顔見知りがいなかったら嫌なので、野球部のマネージャー2人にも必ず同窓会に出席してくれるようにお願いしていたが、それでも食堂に足を踏み入れるのを少々ためらった。
  食堂の入り口で受付をやっていた人の顔も名前も分かったので少しだけホッとした。名札に名前を書き込んで席につこうとすると、何人か知っている顔が目に飛び込んできた。よかった、知りあいがいっぱいいる。私たちの学年は10クラスまであったのだが、きょうは80人ほどが集まった。食堂の中は当時の記憶のままで、たいへんお世話になった食堂のおばさんの顔もすぐ分かった。何だか30年前にタイムスリップしたようである。
  30年も経っているので、男性よりも女性のほうが変わっているだろうなと思っていたが、実際は逆だった。男性の方が時が経ったことを感じさせる人が多かった。但し、男性の顔にはほとんど記憶があったが、女性は名前も顔も分からない人が少なからずいた。
  それでも、懐かしい焼き飯など食堂のメニューを食べながら話していると、誰とでも違和感なくお喋りできるから不思議である。青春時代を共にしたという絆があるのだろう。一次会で帰るつもりだったが、楽しい時間を過ごすうちに、二次会、三次会とはしごした。やっぱり同級生というのはいいものである。
  こんなに楽しい再会を企画してくれた幹事の皆さんには心から感謝している。ありがとう。今度集まるのはいつになるのだろうか。その時にはもっと多くの同級生が集えばさらに楽しい時を過ごすことができるだろう。
  それにしても、高校時代に付き合っていたという何組かのカップルの再会は羨ましかった。野球だけでなく、そういった方面にも興味を示す余裕が当時あったら、野球ももっとうまくなっていたかも知れない。

10年8月28日(土)「#1154 はやぶさ」

  泊りがけの勉強会2日目。目が覚めて温泉で朝風呂。朝から温泉を堪能できるなんて幸せである。きょうは天気もよく、富士山が綺麗に見える。なかなかの景色である。
  きょうの講師は、先ごろ大きなニュースとなった小惑星探査機「はやぶさ」の責任者の方である。「はやぶさ」は燃料効率が非常によいイオンエンジンを使用して地球から3億キロも離れた小惑星「イトカワ」まで飛行し、「イトカワ」に着陸して物質のサンプル採取を試み地球まで戻ってきた。月以外の惑星にたどり着いて無事地球まで帰ってきたのは世界初の快挙である。
  様々な困難、トラブルを乗り越えて地球まで何とか戻ってきた。オーストラリアで回収されたカプセルの中にどんな物質が入っているのか、分析が待たれる。
  多くの人たちに支えられて壮大なミッションは成功した訳だが、最後は「技術より根性」という講師の言葉が意外だったし印象に残った。どんなことがあっても最後までやり通すのだという、ぶれない信念が大成功の鍵だったようである。
  これほど日本人を感動させ勇気や自信、誇りを与えてくれたニュースは最近ではない。普段は人の不幸で飯を食べている我々メディアにとって、世の中を明るくするようなニュースを大きく報じることはそうそうない。今回はそれができる大きなチャンスだったが、私は残念ながらきょうの話を聞くまでは、今回のミッションの本当の意義を理解できていなかったようだ。不勉強を恥じるしかない。
  講義の後に参加者全体の討論もあり充実した二日間の勉強会の日程は無事終った。今回が三回目の参加だったが、いつもながらのたいへん勉強になる有意義な内容だった。
  大阪に帰る新幹線では、元企業経営者の方と、元大学トップの方、それに心臓手術の権威である医師の方と一緒になり、これまたたいへん興味深いお話を色々とお聞きすることができた。特に、日本を代表するトップ経営者の方のお話をじっくり聞くことができたのは本当に勉強になった。貴重な経験を積むことができた勉強会に参加させていただいて心の底から感謝している。

10年8月27日(金)「#1153 森は海の恋人」

  年に一度の泊りがけの勉強会。今回が3年連続3度目の参加である。大企業の経営者や官僚OB、大学教授、医師、弁護士、ジャーナリストなどそうそうたるメンバーが集まっている。こんな中に私が参加していいのだろうかと思ってしまう。
  勉強会では毎回テーマに応じての基調講演を聴いた後で分科会に分かれて自由討論をするのだが、みなさんとても積極的である。出席しているメンバーの中で私は下から3~4番目の若さであり、社会の大先輩ばかりである。
  今日の基調講演はとてもとても面白かった。東北地方に住む漁師の方で、青い海を取り戻すために海に流れ込む川の上流の山に広葉樹の苗を植樹する運動を20年以上続けている。カキやコンブなどの海の幸は海水だけで育つのではなく、川から流れてくる森の養分が大切なのだということである。
  川の上流に住む小学生たちを教育の一環として実際に海に招待して、カキの養殖作業を経験させるなどして山と川と海の繋がりを学ばせている。今までに学んだ子供たちは1万人を超えるという。
  その運動のスローガンが「森は海の恋人」なのである。よくできたキャッチコピーである。運動が広がるにつれて、川沿いに住む人たちの環境への関心も高まり、付近の農業では農薬の使用量も減ったという。そして、ついに海には森と海を繋ぐことを示すウナギが戻ってきたのだ。
  山に木を植えることは、人の心に木を植えることにつながるという言葉がとても印象的であった。日本列島では2万1千もの川が山から海に流れ込んでいるので、その日本中の川が再生されれば魚介類はいっぱい獲れるし、海草が増えることで地球温暖化の原因といわれる二酸化炭素も吸収され日本列島は蘇るということだ。
  長年、現場で地道な運動を続けていることも素晴らしいし、その動きが全国に広がり大きな力になっていることには感動した。世の中には凄い人がいるものである。本当に勉強になるお話だった。

10年8月26日(木)「#1152 小沢出馬」

  今朝、携帯電話のニュース速報が届いた。「民主党」、「小沢」との文字が眼に入ったので、やっぱり小沢さんは代表選挙への出馬を断念したのだと一瞬思ったが、実際は正反対だった。小沢さんが出馬するとの速報だった。正直、驚いた。
  鳩山さんは、やっぱり宇宙人だ。代表選挙を巡って民主党が分裂しないようにと、菅さんと小沢さんの仲介に入ったので、これまでの流れからして当然、小沢さんに出馬しないように説得するのだと思っていたら、小沢さんを応援するという。いったい、どうなっているのだ。
  必ず勝てるという勝算がない限り小沢さんは出馬しないと思っていただけに、出馬表明は意外である。勝てる計算が出来たのか、それとも小沢さんを支持する議員の熱い想いに胸を打たれて政治生命を賭けた闘いに踏み出すことを決めたのか。
  いくら現職の総理大臣が相手でも、無投票による再選よりも誰かが出ての選挙のほうがよいとは思う。しかし、小沢さんが出馬することによって、結果次第では党の分裂や政界再編含みの展開になる可能性も出てきた。
  小沢さんも立候補する限りは、正々堂々と政策を訴えて菅さんと論争して欲しい。党が主催するであろう公開討論会だけでなく、テレビ各局による討論番組にも積極的に出演して目指すべき国家像を明らかにすべきだ。その際、自身が政治的、道義的に説明を求められている政治とカネの問題についても逃げることなく正面から説明することが求められる。
  小沢さんが代表選挙に出られないと思っていた理由は検察審査会である。自らの秘書ら3人が逮捕された政治資金規正法違反事件で小沢さんに対して検察審査会が起訴相当の議決を出し、もう一度同じ起訴相当の議決が出されると自動的に強制起訴されることになるからだ。
  しかし、もしも小沢さんが代表選挙に勝って首相になれば、国務大臣を起訴するためには首相の同意が必要であるという憲法75条の規定により、首相自身が同意しない限り起訴されることはない。しかし、その場合でも在任中には起訴されず時効がストップするというだけで、首相を辞職すれば起訴されることは可能である。
小沢さんが首相になった後で起訴相当の議決が出されれば、たとえその時点で起訴されなくても政治的には責任を問われにっちもさっちも行かなくなるだろう。そういう立場の人が、事実上、首相を選ぶ選挙に出馬することに関して国民から強い拒否反応があるのは当然である。
  前向きに考えれば、菅さんと小沢さんが真正面から激突することによって、民主党政権がマニフェストについて、財政再建について、消費税について、どういう路線をとるのかということがはっきりする可能性が出てきた。政治とカネの問題、小沢さんの二重権力の問題についても決着がつくだろう。円高株安など経済がたいへんな状況の時に政治空白を作るべきではないが、代表選挙の投票日までまだ20日ほどある。政権交代から一年で民主党は正念場を迎えることになった。

10年8月25日(水)「#1151 教養」

  いつまでも若いと思っているのは自分だけだと最近分かった。恥ずかしながら。先日、一緒に食事をした人が37歳と聞いて軽いショックを受けた。なんと一回りも下である。自分よりも年下だとは分かっていたが、なぜか同年代のような気がしていた。
  そこで分かった。自分は今でも30代後半ぐらいの感覚で仕事をしているのだ。その証拠に、自分自身でベテランと思ったことは一度もない。さすがに若手とは言わないが、いつまでも中堅という意識が強いのだ。アホか、と言われそうだが本当にそうなのである。
  来年で50歳になるなんて想像もできない。50代といえば、ベテラン中のベテランである。どうしよう。50歳になる気持ちの準備も、それに必要な教養も備わっていない。
  最近、政治家や官僚、企業経営者といった方々と食事や会合、勉強会でご一緒させていただく機会が多いのだが、その会話の中に入って自分の教養のなさに気付かされることがなんと多いか。
  子供たちに「勉強せえ」と言っているが、それは自分が勉強してこなかったことに対する後悔から来ているのだろうか。社会に出る前にもっとしっかり学べばよかった。若い頃にもっと本を読んでおけばよかった。
  25年もこの仕事をやっているから、それなりの経験も知識もあるのは当たり前だ。しかし、年相応の教養があるかといえば残念ながら答えはノーだ。ご一緒する人たちとの教養レベルの違いに愕然としてなかなか会話に入って行けない。優秀な大学を卒業された方々は学校の勉強だけでなく、歴史や哲学、文学などにも詳しい。それだけ書物を読んできたということだろう。
  こんなに教養のない人間が、テレビで偉そうにニュースの解説などをやっていていいのかと正直思ってしまう。来年50歳か。今さらどうしようもない。

10年8月24日(火)「#1150 ハードスケジュール」

  この三年あまり、基本的には毎週、大阪と東京を往復する生活をしている。多いときには週に二度、行き来することもある。飛行機での移動、ホテルでの宿泊。たまになら楽しいだろうが、これだけ回数を重ねると疲れが出てくる。この生活を20年近く続けている解説委員の先輩には頭が下がる。
  毎月毎月、その月の中旬になると翌月の番組出演のスケジュールが決まるので、フライトとホテルを1か月分予約する。定宿を決めていれば楽なのかも知れないが、色々なホテルに泊まってみたいし、翌日の仕事内容や移動にも応じて泊まるホテルをほぼ毎回変えている。
  1ヶ月先までのスケジュールが決まると共に、東京や大阪での勉強会や会食などの日程も決まってくる。もちろん、仕事柄、色々な日程が入ってくるしそれを受けて予定していた行事やミーティングのキャンセルも出てくる。
  忙しい日々だが、今週もなかなかハードである。昨日は番組に二つ出演した後で、大阪で異業種の方々との会食。今日も二番組に出演だが、急遽、夜に東京での政治家との会合が入ったので番組出演の後で東京に飛ぶことになった。今夜は遅くなるので東京で一泊。
  明日水曜日は、また大阪で番組なので朝の飛行機で大阪へ移動。夜はまた東京で大使館関係の会合なので、番組終わりですぐに飛び出して東京へ移動する。大阪の自宅には戻れない。
  木曜日は東京でメディア関係の勉強会。夜は特派員時代にお世話になった人と情報交換を兼ねての会食。金曜日から土曜日にかけては毎年参加させて頂いている年一回の泊りがけの勉強会。きょう番組終わりで東京に行けば、大阪の自宅に戻るのは土曜日の夜になる。
  因みに日曜日には仕事ではないが、高校卒業以来初めての同窓会である。翌月曜日からはまた来週の番組出演が始まる。
  かなりのハードスケジュールである。仕事柄、先々のスケジュールをブログに書くのはどうかなとも思ったが、セキュリティー上の問題がある訳でもないし、よしとしよう。ちょっと働き過ぎかな。

10年8月23日(月)「#1149 党内政局」

  それにしても情けない。9月14日の代表選挙に向けての民主党内での多数派工作という党内政局を見ていてがっかりする。経済も政治も国民の生活も問題山積でまったなしの状況なのに、権力闘争をやっている場合ではないだろう。政権交代が実現し民主党政権になって、こんな古い政治を見せられるとは思っていなかった国民からは失望の声が広がっているのではないか。
  野党時代の代表選挙と違って今回の代表選挙は事実上、日本の総理大臣を選ぶ重要な選挙である。現職の総理大臣に対して党内からの圧倒的な支持がない限りは、複数の候補者が立ってやりたい政策、目指したい国家像を掲げて正々堂々と政策論争をやるべきだとは思う。しかし、菅さんが首相になってまだ3ヶ月にもならない。参議院選挙はあったが、まだ政策を何も実行していない。この段階でまた国のトップの顔が代わっていいのだろうか。
  菅首相がどういう国づくりを目指して何をしたいのか、現時点ではよく分からない。ご本人は代表選挙で再選されて党の執行部人事も内閣改造も行って磐石の体制を築いてから国民に訴えかけようと思っているのかもしれないが、それでは遅すぎる。代表選挙での相手候補が誰になるかは分からないが、選挙戦を通じて自らの考えを国民に広く訴えるべきではないか。
  鳩山さんと小沢さんが政治とカネなどの責任をとる形で、首相、幹事長という党のトップ、ナンバー2という要職を辞任して党の出直しを図ってからまだ3ヶ月も経っていない。それなのに、鳩山さんの別荘に100人を超える国会議員が集まり、鳩山、小沢両氏を囲んで「頑張ろー」のシュプレヒコールとは、あまりに民意とかけ離れていないか。
  民主党に任せていて大丈夫だろうかという国民の思いは高まりつつある。かといって自民党政権にもまだ戻したくないという声も聞かれる。閉塞感は高まるばかりである。

10年8月22日(日)「#1148 受験」

  長女は高校生、長男は中学生。どちらもそろそろ受験が視野に入ってきた。普段の子育ては嫁さん任せで、日々の学校での生活や勉強についてもほとんど任せっぱなしである。
  長女は、大学選びにあたっては得意の英語を生かせる方向で色々と調べているようだ。大学で学ぶ分野についても国際関係に興味があるようだ。私自身は大学でジャーナリズムを学んだが国際関係にもたいへん興味があったので、娘も同じような分野に関心を示しているのを知って正直嬉しい。
  長女は大学選びに限らず、日々の色々なことについても、女同士ということもあって、基本的には嫁さんに何でも相談しているようである。私から聞けば話してくれるが、娘の方から大学についてあれこれと話してくることはほとんどない。長女に関しては嫁さんに全面的に頼りきっている。
  長男と二男の二人の息子についても嫁さん頼りだが、長男の高校受験については「俺が責任もって面倒みる」と珍しく宣言してしまった。中学の野球部でプレーしていた長男にとっては高校選びのポイントは野球である。もちろん、どこの高校を受験するかについては本人の学力に応じてということになるのだが、その際にも、どういう環境で野球を続けることができるかという点も大切なのだ。
  という訳で、私が長男の高校受験の面倒をみることになっているのだが、正直言って私自身がまだまだリサーチ不足、勉強不足である。公立高校と私立高校の双方について、受験の現状や各校の実情について調べ切れていない。これが取材だとしたら、現状では完全な出遅れである。これから一刻も早く色々と調べて準備万端にしなければいけない。
  子供たちに「勉強せえ」とばかり言っているだけでなく、私自身がもっと勉強しなければならない。調べるぞ。

10年8月21日(土)「#1147 帰国」

  末っ子というのはやはり大胆な性格の子が多いのだろうか。アメリカのロサンゼルスまで一人旅してきた二男が今夜、無事日本に帰ってきた。一人旅といっても、行き帰りの飛行機は成田空港での乗り継ぎも含めて航空会社が全部面倒をみてくれるサービスを利用した。とはいっても、まだ小学生が一人でアメリカまで行くのだから普通は心細いだろうし、親も心配である。
  しかし、二男は昨年に続いて二年連続のアメリカ一人旅なので慣れたものである。親も、親友の日系アメリカ人家庭へのホームステイなので安心なのである。
  二男のアメリカでの生活については、毎日のようにホームステイ先の親友がメールで知らせてくれるので、何をやっているのか、どこへ行ったのか、ほとんど分かっていた。毎日のようにあちこちお出かけすると共に、家ではネットを使って英語のレッスンも受けていたようである。
  ロサンゼルスに着いた当初は、英語での会話もイエスかノーの返事が多かったようだが、慣れてくるにしたがってしっかりと文章で会話できるようになったようだ。帰国した時に二男にどれくらい英語を理解できたのかと聞いたところ、90%程度は言っていることが分かったということだ。さすがアメリカ生まれ、たいしたものである。最近英語で話す機会がなく、会話になると英単語が出てこずにしどろもどろになる筆者とはえらい違いである。
  疲れているようで、アメリカでの日々について今日は詳しく聞くことができなかったが、またぼちぼちと楽しかったアメリカでの生活について教えてもらおうと思う。二男にとってアメリカは楽しい所と刷り込まれているだろうから、アメリカ国籍を生かして将来はアメリカで学校に行くということもあるのかも知れない。そのためには、もっと英語を勉強する必要がある。選択肢が色々とあって、羨ましいなあ。

10年8月20日(金)「#1146 手ごたえ」

  こんなことブログに書いていいのかどうか。毎週多くの番組に出させていただいているのだが、このところ自分のコメントに手ごたえを感じない。手を抜いている訳でも仕事を流している訳でもないのだが、自分自身で納得がいかないのだ。
  今まで切れ味のある、さすがと唸らせる内容のコメントをしていたのかと問われれば自信はない。人がどう見るかという問題ではなく、あくまで自分の中での感覚なのである。
  解説委員とはいっても、大阪のテレビ局の場合は社会、政治、経済、国際、スポーツ、時には芸能とコメントする分野は何でもありだ。当然、得意でない分野も、詳しくない話もあるが、番組で何を聞かれるかは分からない。
  記者や特派員の頃と違って、現場に出て自分の手で取材し、実際に見たことや聞いたことを原稿にまとめてリポートするという機会が激減した。東京で勉強会に出たり、多くの人に会ったりしてインプットは続けているが、インプットしている内容についてそのまま番組でコメントすることはほとんどない。
  番組がどういうニュースを取り上げるかは毎回分からないし、そのうち何についてコメントするかも分からない。いうなれば、出題範囲の決まった定期テストではなく、何が出るか分からない実力テストを毎回受け続けているという感じだろうか(ちょっと違うかな?)。
  解説委員になって3年も経つのに、まだそんなことを言っているのかと思われそうだが、解説委員も人の子。日々、悩みながら、あれこれ考えながら番組に出てコメントしているのである。
  ここまで書いていて、分かった。原因はやっぱり・・・。みなまで書くのはやめよう。

10年8月19日(木)「#1145 復刻ユニフォーム」

  タイガースの黒(実際は濃紺)のユニフォームはカッコいいなあ。ジャイアンツの昔のユニフォームも伝統を感じさせていい味を出している。プロ野球のセリーグでは「オールド・ユニホーム・シリーズ2010」と称して、各チームが期間限定で昔懐かしいユニフォームを着用して公式戦を戦っている。
  いつの時代のユニフォームかは各チームでバラバラである。タイガースは藤村や別当らが活躍してダイナマイト打線と呼ばれた1948~49年当時のビジターのユニフォームだ。帽子のマークは当時「大阪タイガース」だったので頭文字のO(オウ)である。黒とグレーの横じまのストッキングがこれまたカッコいい。このユニフォームでは、ズボンを裾まで伸ばすパンタロン型は似合わない。しっかりとストッキングを見せて欲しい。それにしても、タイガースが勝ち続けていることもあるが、この黒ユニフォームは強く見える。
  ジャイアンツはセリーグ発足時(1950年)のもので、つばが紺の白い帽子が印象的である。帽子のマークはGでストッキングには紺の二本線。ドラゴンズは初めて日本一になった1954年に着用していたホーム用で、今のものとあまり変わらない印象だ。カープは1989年の赤が基調のお馴染み赤ヘル仕様。スワローズは3度の日本一を達成した90年代のビジター用。ベイスターズは本拠地を川崎から横浜に移した1978年当時のホーム用ユニフォームだ。ホエールズ時代のグリーンとオレンジのものにして欲しかったと思うのは筆者だけだろうか。
  タイガースとジャイアンツ以外の4チームの復刻ユニフォームは、今のものとどこが違うのと一瞬思ってしまう。この4チームも、もっと昔の今のものとは明らかに違う伝統のユニフォームにして欲しかった。
  この復刻ユニフォームを着用して公式戦を戦うというアイデアはアメリカのメジャーリーグを真似したものだ。メジャーでは「ターン・バック・ザ・クロック(時計を昔に戻す)」と呼ばれ、自分のチームの古いジャージ(メジャーではユニフォームをジャージと呼ぶ)だけでなく、1920年代から40年代に存在したニグロ・リーグ(アフリカ系アメリカ人のリーグ)の地元チームのジャージを着ることもある。期間限定のジャージなのでファンにも、筆者のようなジャージ・マニアにも好評である。
  今回、選手が試合で実際に着用した(実使用という)ユニフォームはチャリティーオークションに出されるそうだ。黒のユニフォームは欲しいなあ。

10年8月18日(水)「#1144 円高」

  15年ぶりの円高である。東京外国為替市場で対ドル円相場が先週、一時1ドル=84円台となり、1995年以来の円高ドル安となった。主な原因として、アメリカの中央銀行であるFRB(米連邦準備制度理事会)がFOMC(連邦公開市場委員会)を開いてアメリカの景気判断を引き下げ、金融緩和政策を事実上続けることを決めたのを受けてアメリカ経済の先行きに不安感が広がったことが考えられる。
  ギリシャの金融危機などヨーロッパ経済が低調な影響でユーロ安が進んでいる。それに加えて、アメリカ経済の失速懸念でドル安となったので、その結果として円高となっているという訳である。残念ながら、日本経済が各国から積極的に評価されて円の価値が上がっているということではないのだ。
  ドル安、ユーロ安になった結果として欧米各国の輸出が増えれば、それぞれの国の雇用にも好影響をもたらし景気を下支えするとして、各国がユーロ安、ドル安を黙認しているという背景もある。
  円高ということは日本の通貨の価値が上がるという意味では喜ばしいのではという考え方もあるが、日本の基幹産業である自動車や電機が輸出で稼いでいるという現状を考えれば、このまま円高が進めば日本経済に大きな打撃を与えることになる。輸出関連企業では、輸出の際の想定レートを90~95円ほどで設定しているところが多い。トヨタ自動車の場合、1円円高になれば300億円の利益が吹っ飛ぶというから、円高がいかに輸出産業に大きな影響を与えるかが分かる。
  また、円高が進めば日本の企業が海外で物を作ることが進み、その結果、国内の雇用が悪化するという懸念もある。
  一方で、円高というと輸入品が安くなったり、日本人が海外に行く際に割安感があったりというメリットもある。しかし、輸入品が安くなれば日本経済をおおっているデフレがますます進行するという懸念材料にもなるのだ。
  このところの円高を受けて、日本では政府も日本銀行も注意深く見守っていくと言っている。これがいわゆる"口先介入"である。政府や日銀が円高の是正に向けて介入するのではとの思いを市場に持たせて円高の是正を目指すという訳だ。
  このまま円高が続くようであれば、政府は円の価値を下げるために市場で円を売ってドルを買うという為替介入をするか、日銀は金利をさらに下げて市場に出回るお金の量を増やして円の価値を下げるという金融緩和政策をとるかなどの対策が考えられる。
  政治は9月14日の民主党代表選挙に向けて多くの政策について様子見ムードであるが、世界経済は一刻も待ってくれない。政府と日銀が連携して事態に迅速に対応することが求められている。

10年8月17日(火)「#1143 甲子園」

  自分も高校球児だったのに、なぜか甲子園の高校野球はあまり観ない。プロ野球も含めて甲子園球場に足を運ばなくなって久しいが、甲子園で高校野球を最後に観戦したのはいつ頃だろうか。20年以上前のような気がする。
  以前はテレビ中継で甲子園の開会式を観るのが楽しみだった。激戦を勝ち抜いて甲子園にやってきた選手たちが、行進曲にのって晴れやかな姿で入場して来るのを観るだけで涙が流れた。夏の大会の大会歌である「栄冠は君に輝く」のメロディーを聴くともう駄目である。青春の思い出に浸ってしまう。生前、父が同じようにテレビで甲子園の入場行進を観ながら涙を流していたのをよく覚えている。その姿を見ながら、もしも私が実際に甲子園に出場したら父はどんなに喜ぶだろうかと思ったのを思い出す。
  それだけ思い入れたっぷりの甲子園だが、昔から春も夏もあまり野球中継は観ないし球場にも足を運ばない。どういうことなのだろうか。今になって思えば、自分が高校や大学で野球をやっていた頃は、甲子園だけが野球じゃないという反発が心のどこかにあったのかも知れない。会社に入ってからは、毎年春の大会も夏の大会も仕事でずっと関わっていたので、甲子園といえば仕事という思いがあった。
  そして、それ以後は、野球のレベルとしては最高レベルではない高校野球というスポーツをテレビで観戦することにあまり関心がなかったというのが正直なところだ。
  それが、今年は甲子園の高校野球が気になる。じっくり試合を最初から最後まで観戦することはないが、テレビでやっていれば観るようになった。長男が熱心にテレビ観戦している影響もあるだろう。もうすぐ彼が高校野球世代になるということもあるのかも知れない。甲子園が再び身近に感じるようになってきた。来年あたりは久しぶりに甲子園に足を運んでみるかな。

10年8月16日(月)「#1142 黙とう」

  きのう、このコラムで終戦記念日の甲子園での正午の黙とうについて書いた。正午にテレビのチャンネルを甲子園で行われている高校野球に合わせたが今年は黙とうをやっていなかったが、球場にいた長男に聞くと黙とうは行われたという。どうなっているのかと疑問に思っていたら、きょうの新聞で理由が分かった。
  今日の朝日新聞の朝刊に甲子園での黙とうについての写真つきの記事が出ている。その記事によると、「黙祷は1963年の第45回大会以来、正午に行ってきた。しかし、今回は第1試合終了後で、応援団の入れ替え時間と重なったことから、混乱を避けるために第2試合前の午後0時7分から行った。」(2010年8月16日、朝日新聞朝刊)ということである。
  そうだったのか。だから私が正午になってすぐにテレビで甲子園の映像を観ても黙とうをやっていなかったのだ。そう言えば、その時、グラウンドでは試合が行われておらず、選手がベンチ前でキャッチボールをやっていた。
  甲子園での高校野球では、各校の応援団はアルプス席に陣取り応援を繰り広げる。試合が終わると短い時間にその応援団が入れ替わるのだが、ちょうどその時に黙とうが行われる正午を迎えたので混乱を避けるために黙とうの時間をずらしたということだ。
  きのう黙とうについて書いた後で、仕事柄、真相が知りたいと思い知り合いの高校野球関係者にでも問い合わせようかと思っていたのだが、新聞記事で理由が分かりすっきりした。
  疑問に思ったことは自分で調べる、実際に現地へ行く、当事者や関係者に話を聞くというのが取材の基本である。休みの日に自宅でテレビを観ていても、常に仕事のアンテナは動いているようである。疲れるはずである。

10年8月15日(日)「#1141 終戦記念日」

  自宅でテレビを観ていたら正午を迎えた。65回目の終戦記念日となったきょう、日本武道館で政府主催の全国戦没者追悼式が開かれ、戦争で犠牲となった約310万人の冥福が祈られた。菅首相が式辞を述べた後、天皇、皇后両陛下が壇上に進み出られて、1分間の黙とうが行われた。
私も黙とうをすると共に、テレビのチャンネルをかえた。高校野球が行われている甲子園の様子をチェックするためだ。私の記憶では、夏の甲子園大会では終戦記念日の正午にはたとえ試合途中であったとしてもプレーを中断して選手、観客が黙とうを捧げていた。しかし、テレビで映し出された甲子園では正午に黙とうが行われていなかった。どうして黙とうをしないようになったのだろうかと疑問に思った。
そこで、きょう甲子園に観戦に行っている長男に電話で確認したところ、球場では例年通り正午に黙とうをしたという。私の観たチャンネルでは確かに黙とうをしていなかった。VTRでも流れていたのだろうか。
話を本題に戻す。今年の8月15日は民主党政権になって初めて迎える終戦記念日である。菅首相をはじめ閣僚はだれも靖国神社に参拝しなかった。戦争責任を問われているA級戦犯も合祀されていることからアジア諸国に配慮したのであろう。
それにしても、毎年この日を迎える度に首相や閣僚が参拝するかどうかがニュースになるという状況がいつまで続くのだろうか。立場を越えて誰もが参拝できる国立の追悼施設の建設に向けてなぜ政治は動かないのか。この国のために尊い命を捧げた御霊に全ての国民が感謝できる環境を一日も早く整えることは政治の責任である。各国のトップが来日した時に戦没者の慰霊のために訪問できる施設がないという状況は異常だ。
来年度の予算案でも靖国神社に代わる無宗教の国立追悼施設建設のための調査費の計上を見送る考えを菅首相が示した。またも先送りである。国のために命を捧げた人たちは、この状況をどう思っているのだろうか。

10年8月14日(土)「#1140 母の夏休み」

  今年の夏は本当に暑い、暑すぎる。日中に外に出ていると暑さで倒れそうになる。休みの日に自宅にいても、何をする気にもならないほどの酷暑である。
  実家に一人で暮らしている母のことが心配だ。毎日ちゃんとエアコンをつけているのか、水分は充分とっているのか。自分のことよりも、母が元気にやっているのかが気になるのだ。
  この週末は母を自宅に招いてゆっくり過ごすことにした。母が泊まりに来るのは久しぶりである。脚がだいぶ弱くなってきたので、二階のリビングに上がるのはつらそうだ。私が横につきながらリハビリも兼ねて階段を上り下りしている。
  家の中にいても暑い。エアコンをつけっ放しにしていると体が冷えてくるし、切ると暑くて堪らない。寝るときがたいへんだ。エアコンが自動で切れるようにタイマーをかけるが、夜中にエアコンが切れると暑さで目が覚めてしまう。結局、夜中に何度もエアコンのスイッチを入れたり切ったりするために起きてしまい寝不足になる。
  昼間は涼しいリビングでテレビでも観るか、お昼寝するかといったのんびりした週末だ。母にとっては家族みんなで食卓を囲むのがなによりも楽しいようだ。「みんなでご飯食べると美味しいね」といつも言っている。
  母にとっては大好きな二男がアメリカに行っていて家にいないのが残念なようである。アメリカから二男が電話してきた時に少し話すことができて嬉しそうだった。孫たちと過ごす夏休みが一番のようである。

10年8月13日(金)「#1139 同級生」

  高校の野球部の同級生で久し振りに集まる機会があった。仕事の関係でアメリカに長く住んでいた同級生がようやく日本に帰ってきたのだが、なんと今度はタイのバンコクに赴任することになり送別会を開いたのである。
  野球部の同級生は選手7人にマネージャー2人のあわせて9人である。そのうちの5人が集まった。1人は東京、1人は名古屋に住んでおり、1人だけ長い間、消息不明になっているので9人全員が一同に会したことは卒業以来一度もないのではないか。
  今回はマネージャー2人も参加したのだが、彼女たちに会うのはかれこれ15年ぶりぐらいだったのではないだろうか。前回会ったのがいつだったのか思い出せないほど会っていなかった。
  それでも会うと、いつも会っているように話が出来て、なんの違和感もないのだから青春時代を一緒に過ごした仲間はかけがえのない存在である。
  中学や高校の時の友人が集まると、決まって話の中心はその頃の出来事など懐かしい思い出になるのだが、いつもの様に私一人まったくついて行けない。当時の記憶がほとんどないのである。中学も高校も野球の思い出しかなく、それ以外の学校生活について覚えていないのだ。
  中学時代の同窓会を数年前に大々的に開いたのだが、その時も一人話について行けなかった。特に、誰と誰が付き合っていたとかいう話は皆目分からなかった。寂しい中学、高校時代だったのがよく分かる。
  中学は全員が同じ小学校からの持ち上がりだったので幼なじみばかりでほとんどが顔見知りだった。しかし、高校ではあちこちの中学から生徒が集まっている上に、中学の時以上に野球にばかり打ち込んでいたので、当時から顔も名前も知らない同級生がかなりいたのだ。ましてや、今会えばほとんど分からない人だらけだろう。
  その高校の同窓会が今月末に開かれることになった。卒業から30年で初めてである。このブログのコメント欄でも同級生からお誘いを受けて出席することにしているのだが、今から少々不安である。はたしてどれ位の人のことが分かるのだろうか。高校の時の卒業アルバムを引っ張り出してきて、事前に名前と顔を思い出す努力をしようかと思っている。

10年8月12日(木)「#1138 一人旅」

  可愛い子には旅をさせよ、とはよく言ったものだ。とまで書いて、昨年8月のブログを読み直したら、全く同じ書き出しだった。自分の文才のなさに愕然とする。タイトルまで同じだった。恥ずかしい。
  昨年の夏に続いて小学生の二男がまた一人でアメリカに旅立った。今年はどうするのかと思っていたが、昨年ホームステイで受け入れてくれたロサンゼルスに住む日系アメリカ人の親友夫妻が今年も二男を誘ってくれたのだ。
  今回は期間も短いので、サマーキャンプには入らず毎日色々なところに連れて行ってもらいながら英語の力を磨くことになった。昨年もそうだったが、一人で飛行機に乗ることも知り合いの家に泊まることも何でもないようだ。長女も長男も声を揃えて「絶対無理」と言っているのが面白い。
  二男は小さいときから人見知りをしなかった。たしか彼が小学1年の時のことだ。家族でロサンゼルスに遊びに行っていた時に地元のテレビ局であるNBCに勤める親友の家のパーティーに招かれた。その夜は大いに盛り上がり楽しい時を大勢で過ごしたのだが、なんと二男はその親友の家に泊まると言い出したのだ。彼がその家に行ったのは初めてだったし、同年代の子供さんが居る訳でもない。その家と家族が気に入ったようだ。結局、二男はその夜一人でその友人宅に泊まったのだが、それが彼にとって初めてのお泊りだった。
  二男はロサンゼルス生まれなのでアメリカ国籍も持っているのだが、2歳で日本に帰国したため現地で英語を覚えるには至らなかった。せっかくアメリカ国籍を持っているのだからということで、幼稚園は先生が外国人で完全に英語でお勉強をするインターナショナルの幼稚園に通った。今もインターネットでの英会話学習を続けているので、英語でコミュニケーションすることはできるのだ。
  アメリカ国籍を持っているので、将来はアメリカの大学に行ったりするのだろうか。彼ならそういう道を選ぶかもしれない。いつの日か、アメリカ人になるのかなあ。

10年8月11日(水)「#1137 売れている本」

  昔は本を複数冊同時に読むことが出来なかった。一度読み始めたら、内容が面白くなくても取り敢えず最後まで読んでいた。速読どころか斜め読みも性格上できない。本を読むスピードがとても遅いのだ。
  最近は忙しくて、ゆっくり書店巡りをする暇もないが、何時間かかけて大きな書店の店内をまわって気になった本を手にしていくのも大好きだ。
  ジャンルは気にせず何でも読む乱読だが、やはり仕事にからむ内容の本が多い。お気に入りの作家の小説は読むが、基本的には小説よりノンフィクションを読むことが多い。
  何年か前に読んだ本で、複数の本を同時に楽しく読むことを学んだ。それから、あっちこっちに浮気しながら何冊かの本を同時に読み進んでいくことを覚えた。楽しい本はページが進むが、あまり面白くない本はなかなか読み終えることができない。
  仕事柄、話題の本を読むことも多いが、いわゆるベストセラーとなっている本には手が伸びない。そういう性格なのである。書店で平積みになっている本にはもちろん興味があり、手にとってパラパラと見るが実際に買うことはあまりない。
  東京に出張する際には荷物が重くなるのが嫌なので、できるだけ文庫本を持ち歩くことにしている。しかし、空港の書店や、乗り換えのターミナルの本屋さんにふと立ち寄って、本の表紙と目が合ってしまってついつい買ってしまうこともある。荷物になって嫌なのだが。
  先日も、空港の書店で本の帯に「売れています」と書かれた本が目に入った。以前から本屋で平積みされているのが気になっていた本だ。少し立ち読みすると面白そうだ。個人的に興味のある航空関係の書籍だ。
  このコラムでは後ろ向きな話や、ましてや悪口は書きたくないのだが、まあー、この本は酷かった。看板に偽りありとはこのことだ。内容がないばかりか、業界にとって最も大切な顧客の悪口が書いてあるのだ。読んでいて気分が悪くなると共に、この本を選んだ自分の見る目のなさが嫌になった(それ程大げさなことではないが)。
  あ、これも他人の悪口か。これぐらいにしておこう。

10年8月10日(火)「#1136 高齢者所在不明」

  その数はまだまだ増えるだろう。全国で100歳以上の高齢者の所在が分からなくなっているケースが次々と明らかになっている。東京都足立区で111歳の都内最高齢とされていた男性が自宅の部屋でミイラ化した遺体で見つかったのがきっかけだった。このこと自体が信じられない出来事だが、これを受けて各自治体が100歳以上の高齢者が元気でいるかどうか調べ始めたところ、所在確認できないケースが相次いでいるのだ。
  家庭内では色々な事情があるだろうが、自分の父親や母親がどこにいるかどころか、生きているのか死んでいるのかも、もう何十年も分からないということがあるのが不思議である。すぐには信じられない。兄弟が仲違いしてというならまだ分かるが、親の行方を知らないという子供がいるのだろうか。
  自治体では100歳以上の高齢者に祝い金や記念品などを渡すところも多い。公金を支出するのに、当該する人物が存在するのかどうかも確認しないという対応はまさにお役所仕事である。死亡しているにも関わらず、年金などを不正に受け取っているという可能性もある。
  知り合いの民生委員に聞いたところでは、個人情報保護法で難しくなった所在確認の結果、以前から地域には行方不明の高齢者がおり役所に伝えていたが、役所側ではなんの対応もとってこなかったということである。東京のケースが大きなニュースになり、あわてて調べたところ、同じようなケースがたくさん出てきたのだ。
  100歳を超えて医療保険も介護保険も全く使用しないというケースはあまり考えられない。そういったケースでは本人の生存確認を当然すべきである。その際、医療や介護などの個人情報を目的外使用しないという個人情報保護法に過剰に反応しているのではないのだろうか。法律では相当な理由がある場合は内部利用ができるとなっている。生存確認は、まさに相当な理由だろう。
  100歳を超える高齢者は約4万人いるので、所在確認できない人はまだまだ増えるだろう。対象年齢をもっと下げると、その数はとんでもないことになるだろう。この際、徹底的な調査が必要だろう。
  今回の事態を受けて、核家族化や地域社会の繋がりのなさを指摘する声もあるが、中には何十年も前から親子間で所在が分からないケースもある。最近だけの現象ではないのだろう。この国はいったいどうなっているのだろうか。

10年8月9日(月)「#1135 虐待」

  なんという世の中なのだろうか。番組でコメントしていても何とも言えない暗い気持ちになる。親による子供への虐待事件が相次いでいる。虐待のニュースは以前からあったが、最近の虐待はその内容があまりに悲惨過ぎる。
  大阪では風俗店従業員の23歳の母親が、3歳の長女と1歳の長男を自宅のマンションに食べ物も与えず1ヶ月以上置き去りにして、2人とも遺体で見つかった。幼い2人の子供の胃には何も残っていなかった。部屋のドアには外に出られないようにテープが貼ってあった。その間、母親は遊び歩いており、「自分の時間が欲しかった」と警察に供述しているという。
  大阪府寝屋川市では14歳の息子の背中にオイルをかけてライターで火を点けたとして父親が殺人未遂容疑で逮捕されるという事件もあった。福岡県久留米市では、5歳の女の子が母親に手足を縛られた上で洗濯機で回されるなどの虐待を受け死亡した。
  映画か小説の中の話のようで、現実に親によって行われたこととは想像できない酷さである。私自身3人の子供を持つ親として、どうしてそこまでするのかとショックである。
  ニュースで取り上げられることも多いが、実際、虐待の件数自体も増えている。厚生労働省によると、2009年度に児童相談所が対応した児童虐待件数は4万4210件にもなり過去最多である。
  児童虐待防止法では、虐待と疑われるケースを見聞きした人は通報する義務がある。その際、誰が通告したかの秘密は守られるし、結果的に虐待でなかったとしても責任を問われることはないのだ。虐待ではないかと思った場合は、積極的に児童相談所などに通報することが重要なのだ。
  法律が改正されて、児童相談所も立ち入り調査が出来るようになったが、保護者の氏名を特定して裁判所の許可を得る必要があるなど要件が厳しく、2年前の改正以来、実際に立ち入り調査が行われたケースはたった3件である。
  児童相談所の職員の及び腰も指摘されるが、具体的な虐待事案に実際に対応する児童福祉士が全国で2446人しかおらず特に都市部で不足しており、充分な対応ができる体制になっていない。
  行政の対応を批判するだけでなく、政治がしっかりしなければならない。児童虐待に取り組む職員も予算もきっちりと手当てし、法律がしっかりと運用されるようにする。必要なら法律をさらに改正する。子育て支援も含めて、政治と行政が取り組むべき課題はまだまだ多い。社会全体で、虐待を防ぐ仕組み、子供を守るのだという強い決意と取り組みが求められている。

10年8月8日(日)「#1134 盆踊り」

  盆踊りに参加したのはいつ以来だろうか。小学校の頃は校庭で毎年行われる盆踊りがとても楽しみだった。盆踊りがというより、夜に子供だけで集まれるのが嬉しかったのだろう。今年も我が家の子供たちは地元の小学校の盆踊りに大喜びだった。
  きょう参加したのは特別養護老人ホームで開かれた盆踊り。地元の町内会の人たちと一緒に催す手作りの盆踊りだった。櫓が組まれて、その周りをまわる踊りの輪に車いすに乗ったお年寄りの方々も入っている。みな楽しそうだ。
  たこ焼きに焼きそば、おでんにチヂミ、かき氷にフランクフルトソーセージと食べ物の屋台もずらりと並んでいる。母と娘を連れて、叔母が入所している老人ホームの夏祭りに参加した。叔母が長年お世話になっている地元の民生委員の方もご一緒だった。
  祭りの後で3人でご飯を食べに行こうと思っていたが、ちょうどお腹も空いてきたので、屋台の食べ物を食べることにした。盆踊りの音楽を聴きながら食べたたこ焼きもかき氷もとても美味しかった。施設や地元の方々の温かい思いやりにあふれた素晴らしい夏祭りだった。お年寄りの方々はみなとても楽しそうな笑顔だった。
  民生委員の方にも長い間、何から何まで本当にお世話になっている。この方がいて下さったおかげで、叔母もご近所の方々に支えられてこれまで1人で何とか暮らすことが出来たのだ。心から感謝している。
  母も久しぶりに叔母に会うことが出来て喜んでいた。それにしても、これだけ暑い日が続くと母のことも心配である。娘が母の面倒をよくみてくれるので母も幸せそうだった。やはり孫は可愛いようである。

10年8月7日(土)「#1133 ご近所」

  アメリカから帰ってきた次の年だから、いまの家に住み始めたのは2002年春のことである。それから8年。それまで何の縁もゆかりもなかったが、今ではすっかり住み慣れた土地である。
  古くからの住宅街のため、ご近所には小さい子がほとんど居なかったが、我が家が引っ越してきてさぞや賑やかになったことだろう。賑やかというのを通り越して、ワイワイガヤガヤうるさく、ご近所の方々にはこれまでご迷惑をかけてきたかも知れない。皆さんいい方ばかりで、おかげ様で快適に暮らしている。
  ご近所以外の地元の付き合いといえば、やはり子供の関係である。子供の学校の友達のお父さんやお母さん。そして私にとってのご近所づきあいといえば、息子が所属する地元の少年野球のコーチ仲間である。
  少年野球のコーチも長男の時から始まって今年ではや9年目である。始めた頃は私も元気満々だったが、最近では体調と相談の上のマイペースになりつつある。
  現在の二男の学年のお父さんたちは熱心な方が多く、みなさん毎週積極的に練習に参加するのだ。この学年は子供たちも仲が良くヤンチャ揃いだが、お父さんたちもいい人ばかりで仲がいいのだ。
  練習では自分の子供ばかりでなく、他の子供たちのことも常に気にかけ、時には自分の子供でない子も叱りつけたりする。誰の子供というより、みんなの(オジサン達の)子供たちという感じである。いい感じだ。
  その学年の1人が去年引っ越したのだが、その親子が久しぶりに地元に戻ってきた。という訳で、今からオジサン仲間の歓迎飲み会である。どんな飲み会になるか、楽しみである。

10年8月6日(金)「#1132 原爆忌」

  広島に原爆が落とされてから65年目の夏である。今年は大きな節目の年となった。国連のトップである潘基文(パン・ギムン)事務総長が、事務総長として初めて平和式典に出席したのに加えて、原爆を投下したアメリカ政府の代表も初めて出席した。ルース駐日大使である。また核保有国であるイギリスとフランスの政府代表も初めて参列するなど、史上最多の74カ国の代表が広島に集まった。
  その背景には、アメリカのオバマ大統領が「核のない世界」を提唱し、その流れが世界的に広がっているという核を巡る世界の現状がある。
  潘事務総長は広島の前には長崎も訪問した上、広島での平和式典の後も多くの被爆者と交流するなど精力的に動いた。国連のトップが核のない世界を目指そうという強い決意を持って行動する意味は大きい。
  それに対してアメリカのルース大使は、平和式典の後、メディアの問いかけに答えることも、被爆者と会うこともなく早々に広島から去った。アメリカでは今でも、原爆投下は戦争終結を早めて多くの命を救った正しい選択だったというのが主流の考え方なので、あまりアメリカの保守層を刺激したくなかったという思惑もあるのだろう。大使が出席したこと自体が画期的であるが、せっかくこのタイミングで広島まで来たのだから、立場上、謝罪は難しいとしても、被爆者との交流はして欲しかった。
  11月には横浜で開かれるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の首脳会合に出席するためオバマ大統領が来日する。その時には是非、広島まで足を運んで原爆資料館を見学し核廃絶に向けての平和メッセージを発信して欲しい。広島の地でアメリカの大統領がメッセージを出せば、歴史的名演説となった昨年4月のチェコのプラハでの演説と同じくらいのインパクトとなるのではないか。
  唯一の戦争被爆国として、日本政府はオバマ大統領に広島訪問を働きかけると共に、アメリカ政府と歩調を合わせて核のない世界に向けてリーダーシップを発揮すべきである。

10年8月5日(木)「#1131 大学野球」

  朝の飛行機で東京。機内で読んでいた新聞で、世界大学野球選手権の記事を見つけた。前から気になっていたが詳しいスケジュールをチェックしていなかった。今日、横浜スタジアムで準決勝二試合が行われる。キューバ対韓国と日本対アメリカという興味深い対戦である。しかも、日本の先発は早稲田大学の斎藤である。心が動く。
  メディアの勉強会に出席した後、国会へと向かう。菅内閣として初めての予算委員会での論戦を聞きに行きたかったが、番組出演が続きこれまで実現しなかった。きょうは参議院での予算委員会二日目。最終日である。
  菅首相はテレビや新聞で報じられているとおり、この日も安全運転に徹して迫力がなかった。9月14日の民主党の代表選挙までは、失言やミスをすることなく無難に行こうというのが見て取れる。総理大臣になったのだから仕方がないのかも知れないが、野党時代の迫力が感じられないのは残念である。
  国会の後、日本テレビへ。取材中に遭難し亡くなった記者とカメラマンの遺影に手を合わせた。いまだに信じられない。「ごめん、心配かけたな」と言ってひょっこりと現れそうな気がする。報道フロアで多くの方と今回の件についてお話をした。
  夜は会合に出席する予定だったが、急遽キャンセルして横浜へ向かった。初めての横浜スタジアム。日本対アメリカの準決勝を観戦した。今回が第5回大会となる世界大学選手権は初めての日本での開催だ。初の金メダルを目指して大会三連覇中のアメリカと対戦。
  大事な試合の先発は全日本のエースである斎藤。甲子園でスターになり早稲田に進学後も活躍しているが、彼のピッチングを実際に観るのは初めてだ。マウンド上の姿を見て、小さいなーというのが第一印象。パンフレットで確認すると身長175センチである。いいピッチャーは身長が低くてもマウンド上で大きく見えるものだが、存在感をあまり感じなかった。いわゆるオーラが出ていない。少々心配である。
  試合が始まるとアメリカの先発ピッチャーはいきなり150キロを超える速球を連発である。これでは日本チームは簡単には点が取れないだろう。1回表に、フォアボールと牽制悪送球、バントと内野ゴロとノーヒットで日本は1点を先制した。日本らしい点の取り方である。
  その裏の斎藤。ストレートは140キロ台前半。スライダーやツーシームなど変化球で打たせてとるのが持ち味のようだが、今日はいいボールと悪いボールがはっきりしている。四球、ヒット、死球でフルベースとなり左中間に満塁ホームランを叩き込まれた。やっぱり。マウンド上の姿が小さく見えたのが心配だったがその通りになった。
  日本の打者はアメリカの速球に押されっぱなしである。全日本の選手のほとんどは将来プロ野球に進むだろうが、全体に小粒な感じである。リリーフで登板した早稲田の大石は堂々としていて球のキレもスピードも申し分なかった。
  それにしても大学で日の丸を背負ってプレーする選手たちが羨ましい。ジャパンのユニフォーム姿が格好良かった。
  試合は結局2対4で日本が敗れた。どうしても負けないぞという気迫のようなものを感じなかったのが少し残念だった。キューバとの決勝戦が観たかった。

10年8月4日(水)「#1130 ベルのウンチ」

  自宅に帰ってきてドアを開けると最初に出迎えてくれるのは愛犬ベルである。この冬で8歳になる茶色のラブラドール・レトリバーの雌である。遊んでくれ、散歩に連れて行け、と私のそばから離れない。私の目をずっと見続け目線を外さない。
  この猛暑の中では日中の散歩は無理である。暑すぎる。強烈な日差しで温度が上昇しているアスファルトの上を歩いたら、ベルの足の裏の肉球はやけどするだろう。毎朝7時頃に起きるのだが、その時間には既に暑くなっているので散歩はしんどい。ということで、ベルとの散歩は夜遅くになることが多い。
  散歩の回数も減っている上、散歩する時間も短くなっているのでベルはストレスが溜まっているのだろう。散歩に出かけるとなると、興奮モードは最高潮になる。大型犬なのだが家の中で飼っているので余計に外に出るのが楽しみなのだろう。
  散歩中にウンチをしないように躾が入っていて、散歩に出る前にウンチをさせるようにしてきた。ベルは我が家のトイレの中に作った犬用のトイレを使っているのだ。しかし、ここ1~2年は私と散歩する時に限り、必ず外でウンチする癖がついてしまった。私と散歩に出ればウンチが出来ると刷り込まれてしまったようだ。
  以前は外で絶対にウンチさせないようにしていたのだが、散歩の機会が減ってきたのでたまにはいいかと甘やかしたのが間違いだった。
  ウンチをしたそうな素振りを見せるとあわてて家に戻ることにしていたのだが、最近では抗議の意思を示すためか、自宅の前まで帰ってきたところで無理やりでもウンチするようになった。もっと散歩に連れて行けというアピールなのだろう。たまに妻や子供たちが散歩に連れて行っても、外ではウンチはしないようだ。私と一緒に散歩に出た時にだけ外でするのだ。
  犬だから、散歩に出た時にウンチをするのが当たり前なのかもしれないが、一緒にオープンカフェにでも行けるように外ではウンチしないよう躾けたのだ。私と散歩に出るときはウンチするという回路が頭に埋め込まれてしまったようだ。
  どうしたらいいのだろうか。外でウンチをするのが自然だから仕方がないのだろうか。犬と散歩とウンチについて詳しい方、教えてください。

10年8月3日(火)「#1129 感謝」

  周りの人たちに支えられているんだなと思う事が近頃多い。友人というものは本当にいいものである。いくら感謝しても感謝しきれないぐらい有難く思っている。
  自分が置かれている状況について、ひょっとしたら自分以上に分かってくれているのかも知れない。やばいかなと思ったら、先回りして声をかけてくれる。
  久しぶりに電話しても、毎日喋っているかのような会話が始まる。電話の向こう側で私の心の中が見えているようだ。こちらが励まそうと思って電話したのに、逆に勇気づけられる。有難いとしか言いようがない。
  無理をお願いしたら、自分のことのように何から何まで面倒をみてくれる。何を求めているのかについて細かく伝えなくても、全て理解したうえでベストを尽くしてくれる。お互いの気持ちが手に取るように分かるので、多くの言葉は必要ない。
  いつも私の事を気にかけてくれて、ここぞという時に大切な人に引き合わせてくれる。ここのところ、ゆっくり話をする機会がないが私のことをずっと見守ってくれているようだ。
  突然電話をしたり、電話がかかってきたり。お互いのスケジュールがあえば食事を共にする。何か特別な話をする訳でもない。ゆっくり二軒目に行くこともほとんどない。またな、と言ってさっと別れる。
  これらの多くの友人に支えられている訳だが、反対に私は彼らを支えているのだろうか。友人同士というのは損得勘定ではない訳だから、そんなことを考えても仕方がないのだが、私も微力ながら少しでも彼らのお役に立てればと思っている。
  かけがえのない友人が周りにいてくれて私は幸せである。

10年8月2日(月)「#1128 仲間の死」

  最初にそのニュースを知ったのは携帯電話のニュース速報だった。埼玉県秩父市のヘリコプター墜落事故現場の近くで日本テレビの記者とカメラマンの2人が意識がない状態で発見されたというものだった。読売テレビの系列の日本テレビ報道局には多くの知り合いがいる。誰だろうと心配になった。
  少しするとテレビのニュースを観た妻から電話が入った。心肺停止状態になっているカメラマンは古くからの友人だった。仕事関係の知り合い何人かに電話をして事実関係を確認した。残念ながら2人とも死亡が確認された。
  日本テレビの記者会見などによると、2人は山岳ガイドを伴ってヘリコプターの墜落現場を取材するために登山口から山に入った。沢に下りて撮影をした後、ガイドの判断で引き返すことにした。しかし、2人は尾根の登山道から機体が見える場所がないか探すと言ってガイドと別れて再び山に入った。
  予定の時間を過ぎても2人が戻ってこないため、警察が捜索することになり、2人は沢で発見された。解剖の結果、死因は溺死だった。2人がどういう状況で亡くなったのかなど詳しい状況は分かっていない。
  記者会見したガイドによると、2人の装備が充分でないと感じ、天候も悪くなってきたことから引き返すことにしたという。
  亡くなったカメラマンとは20年ほどの付き合いだった。大切な仕事仲間だ。彼はニューヨーク、私はロサンゼルスとアメリカ特派員としても各地で一緒に仕事をしてきた仲間だ。少し前にもメールでやりとりしたばかりだった。
  前へ前へと進んでいく明るい性格だった。取材現場でも周りに気を配る優秀なカメラマンだった。残念で仕方がない。あの明るい笑顔が忘れられない。
  我々ジャーナリストの仕事は危険とは常に隣合わせだ。飛行機が落ちたら墜落現場に駆け付け、日本人が誘拐されたら危険な誘拐現場に急行する。自分の足で現場に立ち取材したいという思いを常に抱きながら仕事をしている。
  現時点では何があったのかは分からないが、二度とこういう事故が起きないように今回の経緯を徹底的に検証して欲しい。二人の死を無駄にしないためにも。
  本当にいい仲間だった。心からご冥福をお祈りします。安らかに眠ってください。

10年8月1日(日)「#1127 硬式野球」

  初めての硬式ボールの感触はどうだったのだろうか。中学生の長男を連れて、近畿のある高校の学校説明会に出席し、長男は野球部の体験練習にも参加した。そこで、硬式ボールでノックを受け、バッティングもさせてもらった。
  野球に詳しくない方のために少し説明すると、野球のボールは本来は牛の皮でできた硬い硬式ボールである。しかし、日本では子供たちも手軽に野球が出来るようにとゴムでできた軟式ボールが作られ、小学生や中学生、それに大人の草野球などで使われている。
  高校になったら硬式ボールを使うようになるのだが、高校でも軟式野球部もあるし、トップボールと呼ばれる硬いゴムのボールを使う準硬式野球部というものもある。
  硬式と軟式ではボールの硬さも重さも全く違う。打球の弾み方も違うし、打ち方も違ってくるのだ。私も高校生になって初めて硬式を経験したが、最初は硬式ボールに慣れるまでに少し時間がかかる。
  長男は中学の野球部で軟式野球をやっていた。小学生の時に夏休みに行ったアメリカでベースボール・キャンプに二週間ほど参加し硬式ボールでプレーした経験はあるが、その時はお遊びみたいなものである。
  今回、体験入部させていただいた高校野球部の監督が私の大学時代の野球部の先輩であり、甲子園に出場するレベルの高校がどんな練習をするのかという興味もあって長男を誘ったのだ。
  体験入部を私もグラウンドのベンチから見たが、ほとんど初めての硬式ボールで長男がちゃんとプレーできるのか気になった。最初のキャッチボールでは他の体験入部している中学生と比べて遠投はきつそうだった。しかし、つづく内野ノックではショートのポジションに入り、軟式用のグラブで無難に守備をこなしていたのを見て感心した。
  続くフリーバッティングではさすがに硬式ボールに手こずっていた。参加者は中学時代にシニアリーグなどで硬式でプレーしていた生徒がほとんどのようで、硬式に慣れた打ち方をしていた。それに比べて長男は、硬式の重いボールに戸惑っているようだった。特に、マシンのカーブボールは初めての体験で打ちずらそうだった。
  練習後には、硬式のボールを打って手が痛いと言っていた。それもいい経験だ。どうやら高校でも野球を続けたいようなので、同じ年頃の甲子園レベルの野球を目指す中学生と一緒に短い間でもプレーできたことは貴重な経験になったと思う。全く知らない中学生ばかりの中に混じって、何人かと話もできたようだ。緊張しているのかと思っていたが、親が思っている以上に図太いのかも知れない。
  今後も出来るだけ多くの高校の学校見学会などに参加して、長男に色々な学校を見せてやりたい。どんな所で学び、野球をするのか、自分自身の目で見て確かめることが重要ではないかと思っている。

10年7月31日(土)「#1126 合宿」

  息子の少年野球の夏合宿に参加するのはこれで何回目だろうか。長男がたしか小学校2年か3年の時に初めて参加し、いまは二男が小学校高学年になったから今年で8回目か9回目の参加だと思う。時が経つのは早いものだ。
  毎年、夏の盛りに行われるのだが、今年の合宿は例年と比べてもかなり暑かった。グラウンドに立つと、下からの照り返しと共に、地面からの熱気も伝わってくるほどだった。低学年の子供たちを中心に、練習中にしんどくなる子が例年よりも多かった。これだけの暑さなら仕方がない。合宿に参加して手伝って下さるお父さんやお母さん方が常に子供たちの様子を気にかけて下さっていたので、早め早めに具合の悪そうな子供たちを休ませることができた。
  合宿だからといって特別な練習をする訳でもないのだが、練習するだけでなく一緒に御飯を食べて、お風呂に入って、大騒ぎをしながら寝るという集団生活を経験することで子供たちがぐんと成長するのを毎年感じる。真っ黒に日焼けして合宿から帰ってくると、気のせいかみんなお兄ちゃんになったような気がするから不思議である。
  合宿ではお父さんコーチも多数参加するので、夜はお酒も飲みながらのコーチ会議並びに懇親会である。ここで、コーチ陣の親睦をはかりチームとしてのまとまりもできるのである。と、偉そうに書きながら、今年もまた私は早々に脱落してしまった。
  このところ、仕事が忙しく寝不足が続いていたということもあるのだが、眠たくて眠たくてアルコールが入った途端に眠気が襲ってきて1人だけ先に部屋に戻り眠ってしまったのだ。チームの和を乱しかねない勝手な行動ととられても仕方がないが、懇親会の席で一人だけ寝るわけにもいかず部屋に戻ったのだ。
  そういえば、昔から友人らと一緒に泊まりに行ったりした時も、一人だけ先に寝て周りからよくヒンシュクを浴びたのを思い出す。その場が楽しくない訳ではなく、温泉につかった後にアルコールが入り、横になれる環境があればすぐにでも眠りたくなるのだ。
  こういう場合、普通は一人だけ席を外して寝るということはしないだろう。もしも他の人が同じような行動をとれば体調が悪いのか、気分を害したのかと気にかかるだろう。私の行動は少しマイペースが過ぎるのかも知れない。
  そういえば、コーチの懇親会だけでなく、子供たちや親御さん全員が参加してゲームなどをやって楽しむ合宿恒例のお楽しみ会でも、ことしも又、会場の隅で布団の山に横になり一人ウトウトとしてしまった。勝手なことして、ごめんなさい。
  楽しい合宿について書こうと思ったが、私の自分勝手な?マイペースな行動の言い訳ばかりになってしまった。今年もバーベキューが美味しかった。みなさん、お疲れ様でした。

10年7月30日(金)「#1125 体力」

  このブログの持ち味の一つは、「何でも物事を前向きに捉えていく」ということなので、あまりこの手の話は書きたくないのだが。最近、体力の衰えを感じることが多くなってきた。来年の誕生日が来れば50歳だから仕方がないのかもしれないが、ここ1年ほどで急速に弱ってきているように感じる。
  今年の夏は例年に比べても暑いので、余計にそう感じるのかもしれない。以前なら、暑くてももう少し頑張ろうと思ったのだが、最近では、出来るだけ無理はしないでおこうと思う。頑張るなんてとんでもない。しんどいことは最初から止めておこうという思いが先にたつことが多くなった。無理はしないように、という体のサインを脳が感じ取っているかのようである。
  先日、お風呂上りの自分の体を見て少々驚いた。恥ずかしながら、お尻の張りがないというか、お尻の筋肉が落ちてきているのだ。これはショックだった。野球のユニフォームを着た時はお尻のラインが重要なのである。これでは、ユニフォーム姿が美しくない。
  お腹も少し出てきたかな。食後すぐにお菓子などについつい手を出してしまう。これでは体重も増えてくるだろう。食べることに関しても、我慢することが減ってきた。食べたいものを食べたい時に、という感じである。これでは体形も崩れてくるだろう。
  それにしても後ろ向きな話ばかりである。こういう後ろ向きな話をブログに平気で書けるようになってきたのも、歳をとった証拠だろうか。いかんなあ、話がなかなか前向きにならない。
  愛犬ベルとの散歩もご無沙汰続きだし、息子の少年野球のコーチに行ってもあまり動かないし、運動する機会が確実に減ってきている。かといって、今さらジムに通って無理やり体を動かす気もないし。
  今年は異常な暑さなので、しばらくはじっとしておこう、ということにしたい。秋になって涼しくなったら素振りでも始めるかな。やっぱり、野球しかないか。

春川正明

はるかわ まさあき
1961年5月5日生まれ
讀賣テレビ放送
報道局解説副委員長
ロサンゼルス特派員、
チーフプロデューサー、
報道部長を経て07年より現職。
関西学院大学非常勤講師
大阪市出身