何ともすっきりしないニュースである。千葉法務相はきのう東京拘置所で2人の死刑囚に対して死刑を執行したと発表した。民主党政権になって初めての死刑執行である。因みに、死刑囚は死刑という罪が確定しているので刑務所ではなく、本来は未決(まだ刑が決まっていない)の被疑者、被告人が収容されている拘置所にいるのである。死刑も拘置所内で執行される。
千葉法務相は先の参院選で落選したので議員の身分を失い民間人の大臣となった。死刑執行の命令書にサインしたのは議員としての任期が切れる直前の今月24日だった。千葉法務相は死刑廃止議員連盟に籍をおいていたことがあり、元々は死刑に反対する立場をとっていた。去年の9月に法務相に就任以来、死刑を一件も執行していないと批判する声があったが、参院選が終わり議員でなくなるというタイミングでの執行である。
そもそも、選挙で負けた人がなぜそのまま大臣をやっているのか、はなはだ疑問である。ご本人も敗戦の弁で述べていたように、有権者が「もういいのでは」と判断したのである。その人を交代させることなく、9月の民主党の代表選で菅首相が再選されたら行うであろう内閣改造までそのままやらせるというのが理解できない。有権者をバカにしているのではないか。
もっと言うなら、死刑に反対しているような人をなぜ法務大臣にするのだろうか。もちろん色々な考え方があるのだから、死刑廃止論を否定するつもりはない。死刑の存廃については大いに国民的議論をやればいいと思う。しかし、現状では日本には死刑制度があり、刑事訴訟法では、再審請求されている場合などをのぞき判決が確定してから6ヶ月以内に死刑執行するよう定められている。しかし、自民党政権でも実際には長い間執行されないことも多く、刑が確定した死刑囚の数は今回の執行前には109人となり、これまでで最高水準となっていた。
法治国家の法務行政のトップである法務大臣が法律を守らないということは許されない。死刑執行の命令書にサインするつもりのない人が大臣になるべきではないし、そのような人を任命すべきでない。
大臣本人は、今回の死刑執行と選挙結果との関連について「まったくない」と否定したが、このタイミングの執行では説得力がない。
また大臣は死刑についての勉強会を設置することを明らかにしたが、この10ヶ月間いったい何をしていたのだろうか。なぜ、今さら勉強会なのだ。就任してすぐにでも始めるべきだったのではないか。
大臣は死刑執行に自ら立ち会ったということで、歴代の大臣で初めてだとみられている。死刑執行が行われる刑場についてもメディアに公開する方針だという。これまで死刑に関して法務省は秘密主義を貫き情報を公開してこなかった。執行された死刑囚の名前を公表するようになったのは2007年だ。死刑の存廃について国民的議論をするなら、その前提として死刑に関する情報公開を進めるべきだろう。
死刑については私自身、複雑な思いはある。冤罪の可能性を考えると、死刑制度を廃止して終身刑を導入すべきだとも思うが、その一方で被害者の遺族の気持ちを考えると死をもって罪を償うべきだとも思う。もしも自分の身内が被害者になったら犯人には極刑を求めるだろう。無期懲役といってもいずれ出所してくる現在の制度では、死刑制度存続は止むを得ないと思う。
世界最新鋭の石炭火力発電所の見学会に参加した。Jパワー(電源開発株式会社)がもっている横浜の磯子火力発電所である。Jパワーというのは、関西電力や東京電力といった地域の電力会社ではなく、全国に数多くの水力や火力の発電所や送電線などを持ち各地の電力会社に電気を売る、いわば日本最大の電力の卸売り会社である。元は日本政府が株を持つ特殊会社だったが、今は民間会社である。
私の全くの勉強不足で、石炭を使った火力発電所は環境に悪く時代に逆行していると思っていたが、そうではないのだ。世界の最先端をゆく日本の技術により、この磯子発電所は世界最高水準のエネルギー効率をもつ総出力120万kWの石炭火力発電所なのだ。
これまた勉強不足で、世界でも日本でも石油やLNG(液化天然ガス)を使った火力発電所や原子力発電所がメインだと思っていたが、世界の発電量の48%、日本でも28%が石炭火力発電だということである。
見学会での説明によると、石油はあと40年ほどで枯渇すると言われているが(恥ずかしながら、これも知らなかった)、石炭資源はまだ豊富でこれから先150年はもつということだ。石炭という資源を有効に使わない手はない。
石炭といえば、燃やせばもくもくと黒い煙が出て環境にもの凄く悪いというイメージがあったが、この発電所の煙突からは煙が出ているのが見えない。発電所から排出される大気汚染物質であるNOx(窒素酸化物)もSOx(硫黄酸化物)も濃度がもの凄く低く抑えられている。
石炭をボイラーの中で600度という高温で燃焼させる技術によって発電効率を上げることが可能になった。燃焼の際に発生する熱でタービンを回し発電するのだ。
以前は発電所の中を見学すると熱さで汗が流れるほどだったらしいが、今回の見学では場所によっては熱さを感じたが思っていた程ではなかった。
この世界最先端の発電効率技術を世界中の石炭火力発電所で使用できたら、なんと日本全体で1年間に排出する二酸化炭素量を削減するのと同じ効果があるということだ。この技術を世界に輸出することで地球環境に貢献できると共に、日本経済の成長にも繋がるという訳だ。
やはり現場に直接出向いてこの目で見て、専門家の話を実際に聞くことが大事である。自分がいかにものを知らないか、いかに先入観に囚われているかということを実感した。やはり現場である。
講義を担当していた大学生の採点がようやく終わった。今年は春学期の担当だったので、全14回の講義を終わって最終回のリポートも採点し終わり、春学期を通した採点をしていたのだ。毎回毎回の講義で学生に書かせるリポートを採点し、そのトータルの評価について出席回数も加味して一人一人採点していくのである。
今年は受講している学生は150人ほどだと思っていたが、正確に数えてみたらなんと200人を超えていた。受講生の数も知らないなんて、いい加減なものである。どおりで学生から、教室が狭いので何とかしてくれとのお願いが出ていたはずである。教室の広さを私に言われてもどうすることも出来ないのだが。
私の講義は出席重視なので、一度も休まず受講した学生には全ていい評価を与えた。月曜日の朝9時という学生にとっては厳しい時間帯の講義だったにも関わらず、多くの学生が熱心に受講してくれて本当に感謝している。
全ての学生の評価点を成績表に書きこんで大学に郵送し今学期の責任を果たすことが出来た。来年度も担当するかどうかはまだ分からない。我がままを聞いてもらえるなら、少人数でのやり取りが出来る講義も担当してみたい。
今時の学生は思っていた以上に熱心だったが、我が家の学生、生徒、児童たちも夏休みに入って宿題に、塾の勉強にと毎日それなりに一生懸命に取り組んでいる。中でも最も熱心に勉強しているのは、この春に大学院生になった妻である。
大学院の講義は毎回毎回リポートを書かされるので本当にたいへんであるとは聞いていたが、実際は聞きしに勝るハードさである。自宅にいる間はほとんど毎晩深夜までパソコンに向かってリポートを書いているし、時間があれば大学の図書館にこもって勉強している。その様子を見ていて、「体は大丈夫か?」と心配して声をかけることが日常になってしまったほどだ。
それに加えて、2つの大学で非常勤講師としても教えているのだ。番組出演に加えて東京と大阪を行ったり来たりしている私のスケジュールも忙しいが、妻の比ではない。なぜそこまで勉強できるのだろうかと不思議に思うほど、一生懸命にやっている。
それだけでなく、家族のご飯を作ったり洗濯をしたりもするので頭が下がる。思わず、今朝子供たち3人を部屋に集めて、「お母さんは大学院であんなに頑張っている。お母さんを助けるために家の片付けや洗濯、掃除など自分たちで出来ることは自分たちでやるように」との命令を発した。今夜、番組を終えて自宅に帰ると、子供たちも頑張ったようで家の中がきれいに片付いていた。あのお母さんの頑張りを見ると、子供たちも頑張らなければと思ったのだろう。
妻が大学院でやりたいだけ勉強ができるように、ひょっとしたら、その上の博士課程まで進むかも知れないが、自分が納得いくまで学び続けることが出来るように、子供たちと力を合わせて私も力の限りのサポートをするつもりである。がんばれ、大学院生。
ずっと前にもこのブログで書いたことがあるが、最近また電車や飛行機の中での乗客の態度がとても気になる。最も多いのが、優先座席に当たり前のように座っている若者。若者だけでなく、まだその座席に座るような年でない30代や40代の人も多い。お年寄りや障がいのある方、妊婦、怪我をされている方々のための優先座席だということを分かっているのだろうか。特に腹が立つのが、自分の子供と一緒に優先座席に座っている若い親達だ。一緒に座っている子供たちは、大きくなっても何も感じることもなく優先座席を利用するのだろう。
次に、座席で大きく足を組んで周りの人に迷惑をかけている人。若い男性が多いが、最近では若い女性も多い。空いている車両ならまだしも、混雑している車両では立っている人にはたいへんな迷惑である。電車の中での迷惑な態度に注意することはほとんどないが、大きな態度で周りの迷惑も省みずに足を組んでいる若者の前にわざわざ立ちに行く性格はそろそろ改めた方がよいかなとも思っている。
電車の中で大音量で音楽再生機を聞いている若者も、昔に比べて数は減ったもののまだいる。ヘッドフォンのコードをハサミで切りたい衝動にかられるが、もちろんそんなことはしない。ジロリと睨むのが精一杯だが、たいていの場合、睨まれていることにも気づかない。周りの視線に気づくなら周りへの迷惑にも配慮するだろう。
そして最後に飛行機の中。これは圧倒的に年配の男性に多いのだが、飛行機の座席に座るやいなや靴を脱ぐのだ。だらしない感じの男性よりも、ちゃんとした社会的地位のあるような男性に多い。年配ばかりだと思っていたが、最近では若いビジネスマンも時々やるから閉口する。靴を脱いでリラックスしたい気持ちは分かるが、電車の中も飛行機の中も公共の空間だという常識がないのだろう。本当に困ったものだ。
電車や飛行機の中でのマナーの悪さは若者だけでもないのが深刻である。いい歳をした大人がマナーを守っていないことも多い。そういう人を見る度にため息が出る。
まるでサウナの中にいるようだ。きょうも小学生の二男の少年野球の練習に参加したが、カンカン照りのグラウンドに立っているだけでボーッとしてくる。練習試合で一塁の塁審をやったが、時々集中力が途切れそうになる。
水分補給が何より重要であるが、十分に水分を摂らなければと思う前に体が水分を欲しがっている。飲んでも飲んでも喉が渇く。
真夏の野球といえば高校野球である。今となっては信じられないが、私たちの頃は野球の練習中に水を飲むということはなかった。4時間も5時間も炎天下で練習する間に一度か二度、女性のマネージャーが用意してくれるお茶を一口だけ飲むというだけだった。練習中に水分を摂らない理由は、"根性"ということだったのだろう。練習中に当たり前のように野球部の仲間がバタバタと倒れていった。熱中症だったのだろう。私は倒れたことはなかったが、どうしても水分が欲しくなった時には、自分の汗でビショビショになったアンダーシャツを吸っていたのを思い出す。あれは野球ではなかった。一種の精神修行である。
そもそもこの夏の暑い時期に野球の大会を設定することに疑問を感じる。真夏の数ヶ月間は野球のシーズンオフにするという配慮があってもいいのではないだろうか。学校のスケジュールや受験の日程などにも関係しているのかも知れないが、考えなおしてもいいのではないか。
ここ数年は毎年のように思うが、今年の夏は今までで一番暑いのではないか。野球をするどころか、外にいるだけで耐えられないほど暑い。家の中にいても日中はエアコンをつけなければ我慢できないほどである。
暑いのは嫌いではないが、今年の暑さは尋常ではない。まだ7月。8月はいったいどんな暑さになるのか、今から心配である。
いつもお世話になっている方に築地市場に連れて行ってもらった。以前に東京に単身赴任していた時には築地から程近い月島に住んでいたのだが、結局、築地市場の場内には一度も入ったことがなかった。近いからいつでも行けると思っていたら、大阪に戻ることになったのだ。
築地市場は公設の卸売市場でありその規模は世界最大だということである。水産物の取扱量は日本一。魚屋や寿司屋などの業者が買い出しに来るだけでなく、一般の人や観光客などもたくさんやってくる。日本に関する外国人向けの旅行ガイドに必ず載っていることから外国人観光客に大人気の場所である。早朝に行われるマグロのセリにも大勢つめかけ、そのマナーの悪さが問題になり入場が規制されたことが大きなニュースにもなった。
築地市場のことを場内といい、築地市場に隣接する商店街を場外という。場外に来て海鮮丼などを食べたことはあるのだが、場内に入るのは初めてだ。今回もそうだったが、場内のどこまで入って行ってもいいのかが良く分からない。築地に通い続けている知人のガイドがなければ市場の奥まで入っていくことは不可能だっただろう。
朝9時前に築地に着いたのだが、仕事が終わった市場関係者が食事をする食堂街には観光客の長い列が出来ていた。あえて寿司屋に入らず、知人のお勧めの定食屋で朝御飯を食べた。チャーシューもアナゴのフライも最高に美味しかった。
魚市場は圧倒的な迫力だった。市場の中を運搬車がもの凄い勢いで走りまわっている。ボーッとしているとひかれるかも知れないと思うほどのスピードである。
魚はどれも新鮮で値段もとても安い。水槽で泳いでいる魚を目の前で絞めて販売してくれる店もある。魚は横から見るのではなく上からというか背中から見てどれだけ身が太いかで見極めるのだと仲卸のお店の人に教えて貰った。店頭に並んでいる水産物には産地が書かれていて、値段の表示はキロ当たりだということも初めて知った。
青果市場も見て回った。料亭やレストランに卸される野菜はどれも形が揃っていて色も鮮やかである。今年の猛暑の影響で値段も例年より高いようである。
何とも刺激的な築地市場である。ニュースの映像などではよく見ていたが、場内に入るのは初めてだったので見るもの聞くものの全てが勉強になった。やっぱり現場は楽しい。
10年7月23日(金)「#1118 メモリアルコンサート」
舞台を観ていて思わず「ワーッ」という声にならない声を何度かあげてしまった。体に電気が走ることもしばしばだった。大袈裟ではなく本当の話だ。それほど、私にとっては夢のような3時間だった。
宝塚歌劇団が生んだ天才音楽家である寺田瀧男さんの没後10周年を記念するメモリアルコンサートを観に行ってきた。宝塚の作曲家というのは、お芝居やショーの主題歌などを創り出すアーティストである。宝塚歌劇のヒット作にはファンから愛される主題歌がつきものだと言われている。観劇を終えたファンが劇場から出てきた時に、その公演の主題歌を口ずさんでいたら、その公演は大ヒット間違いなしだという話を聞いたことがある。
宝塚ファンなら聞いたことがあるというより、誰もが口ずさむことが出来る数々の名作をコンスタントに作り続けてきたのが寺田さんである。歴代のトップスターがずらりと顔を揃えて大劇場が満員になるメモリアルコンサートが没後10周年に開かれるということからしても、寺田メロディーがいかに宝塚の関係者やファンから愛されていたかが分かるというものだ。
劇場は年配のファンでぎっしり満員だった。しかも、そのほとんどが女性である。この様な環境の中で観劇するのには昔から慣れている。
毎公演を欠かさず観ていた頃のトップスターが次々と舞台に登場してくる。榛名由梨、汀夏子、鳳蘭、安奈淳といういわゆる四天王の歌声には痺れた。その懐かしい姿で思い出深い主題歌を歌えば当時の舞台の情景が浮かんでくる。何ともいえない幸せな気分だった。昔好きだった人に何十年か振りで逢ったような気がした。前に座っていた観客は涙を流して舞台を見つめていた。
麻美れいも良かったなあ。一路真輝とのデュエットも最高だった。エンディングには24人の元トップスターと元トップ娘役が銀橋(舞台の手前にオーケストラボックスがあり、そのまた手前にある渡り廊下のような花道)にずらりと並んだが、全てのスターがあの頃のように輝いていた。
宝塚歌劇のファンの人にはこの喜びが伝わるだろうが、それ以外の人はきょうのブログには付いて来られないだろうなと思う。もっともっと書きたいがこれぐらいにしておこうか。それにしても至福の時であった。2014年の宝塚歌劇100周年の時にもまたこの様な催しを是非やってもらいたいと切に願う。
1987年に乗員乗客115人が死亡した大韓航空機爆破事件の実行犯である金賢姫(キム・ヒョンヒ)元死刑囚が来日し日本人拉致被害者の家族らと面会した。金元死刑囚は刑事事件で有罪判決を受けているので本来は日本に入国できないが、今回は法務大臣の特別の許可で来日できるようになった。
北朝鮮の元工作員でテロリストだったことからメディアも「キム・ヒョンヒさん」とも呼べず、「元死刑囚」とか「元工作員」という肩書きで報道した。
金元死刑囚はこれまでも日本の外務省や捜査当局の事情聴取に応じてきたが、大方の予想通り拉致被害者の救出に繋がる新しい情報がもたらされることはなかった。考えれば、1987年に事件で身柄を拘束されて以来、韓国から出たことがなく北朝鮮側との接触もないことを考えれば、新しい情報を持っている可能性はほとんどなかった。しかし、拉致被害者の家族にすれば、80年代前半に彼女が田口八重子さんや横田めぐみさんに実際に接触があったことなどから、どんな小さな情報でも知りたいという思いだろう。
金元死刑囚は日本政府が用意したチャーター機で来日し、物々しい警備の中、軽井沢の鳩山前首相の別荘に滞在し田口さん、横田さんの家族と会った。その後、東京のホテルに移動し他の拉致被害者の家族とも面会したが、軽井沢から東京への移動の際には途中でヘリコプターに乗り換え東京の街を空から楽しんだ。
チャーター機での来日といい、別荘や高級ホテルでの滞在といい、徹底的な警備といい、一部には贅沢すぎるのではないかと批判する声もあるが、私はそうは思わない。テロの実行犯という立場を考えれば公的施設に宿泊してもらうことも難しいだろうし、前首相の私邸という選択はなかなかいいアイデアだったと思う。韓国国内でも微妙な立場であり、北朝鮮との関係を考えれば厳重な警備も当然である。ましてや、日本政府がお願いしてわざわざ来日してもらったのだから今回の来日が贅沢だったとは思えない。
ただ、撃墜事件の時に日本の偽造パスポートを使用した罪にも問われている元死刑囚を特別に入国させ日本の警察の取調べもしないということについては、日本政府はしっかりと説明する責任があったのではないだろうか。
いずれにしても、日本でも最近では話題になることが少なくなってきた拉致問題を風化させないという点では金元死刑囚の来日には意味があったのではないだろうか。対話と圧力といいながら圧力ばかりが先行しているようにみえる拉致問題だが、表も裏も含めてあらゆるチャンネルを通じて北朝鮮との対話も必要だ。最も大切なのは、拉致問題を必ず解決するという政府と国民の強い決意であり具体的な行動である。
前期だけとはいえ、長かった大学の講義がようやく終わった。全部で14回、その時々の時事問題を解説し学生にリポートを書いてもらうという講義だった。月曜日の朝一番というスケジュールにも関わらず、毎回150人ほどの学生が熱心に受講してくれた。有難いことである。
150人のリポートを読んで採点するには2時間ほどかかる。これが毎週あるのだからなかなかたいへんだった。通勤の電車や東京へ行く飛行機で読んだこともある。番組出演がない日には大学の図書館にこもってリポートに目を通したこともあった。大学生に戻ったようで楽しい時間だった。
大人数を相手にした講義なのでどうしても一方的に話すだけになるのだが、学生のリポートを読むことで教えられることも多かった。日々のニュースについて学生がどういう考えを持っているのかを知ることはたいへん勉強になった。
講義ではいつも学生に、自分の考えを書くようにアドバイスした。一人一人考えや思いが違っていることが当たり前で、みんなの意見が同じということはないのだ。「私はこう思う」と、自分の考えをしっかりと持って、それを他の人に伝えることが大切なのだ。
もう一つ、学生に伝えたのは、海外に出ろということだ。学生それぞれの事情もあるだろうが、可能な限り海外に出て外から日本という国を見つめることで、日本という国の良さも、改めたほうがよい所も分かると思う。日本で当たり前と思っていることが、海外ではあり得ないということも多いのだ。日本に篭って内向きになりがちな学生たちに、積極的に外に出てほしいのだ。
毎回、講義の準備をするのはたいへんだったが、終わってみれば貴重な経験だった。来年度も続けるかどうかは分からないが、もしも可能なら少人数で学生と交互にやり取りができるような講義を担当できればと思っている。
最終回の講義の終わりに学生に向かって「朝早い講義なのに毎回たくさん出席してくれてありがとう」と感謝の言葉を述べたら学生から拍手が起きた。これは、かなり嬉しかった。学生たちに感謝である。また一緒に勉強しようね。
民主党政権というか、菅首相はいったい何を考えているのだろうか。政治にまたまたがっかりするニュースである。政府は国家戦略室に代わって来年度の予算編成や税制の抜本改革など経済・財政政策の協議を行う新しい組織を内閣官房内に作ることを決めたというニュースが流れた。それって民主党政権の目玉の一つだった国家戦略室の仕事ではなかったのか。
政権交代を果たした民主党政権が掲げた政治主導の象徴が早くも崩れ去ろうとしている。国家戦略担当大臣の初代は菅首相で二代目は仙谷官房長官と実力者がその職に就いていた。そして三代目は荒井大臣である。失礼ながら荒井って誰と、私の勉強不足ながら全く存じあげない方だった。
荒井氏が菅さんの側近議員だと聞いて「やっぱり」と思った。またお友達を大臣に据えたのかと嫌な予感がした。自民党政権の時からだが、首相のお友達を重要な大臣に任命して失敗する例が続いている。案の定、荒井大臣は就任早々に事務所費問題が出て内閣への信頼が揺らいだ。よりによってなぜ国家戦略担当大臣にお友達を持ってくるのだろうか。
政治屋(ポリティシャン)は目先のことを考え、政治家(ステーツマン)は国の将来ビジョンを考えるという。日本の政治家に最も欠けていると思われるのが将来のビジョンを掲げて国家戦略を考えることだ。それだけに国家戦略室にはおおいに期待していたが、ほとんど機能しないまま格下げとなってしまった。国家戦略室は、今後は首相直属のシンクタンクとなるようである。菅首相は「性格は変わるが大変重要な役割を担う」と言っているが、その言葉に説得力はない。
法的権限のない国家戦略室を国家戦略局に格上げするためには政治主導確立法案を成立させることが必要だった。しかし参院選の大敗で法案成立が困難になったことで国家戦略室の縮小を考えたようだ。国家戦略が重要だと考えるなら、これまでなぜ一刻も早く法案を通すことを考えなかったのだろうか。
国家戦略室の格下げは菅政権にとっては大きなダメージになる可能性が高いような気がする。参院選に負けたからといってバタバタすることなく、覚悟を持って政権運営にあたるべきではないか。
きょうは海の日。祝日である。現在、午後1時15分、ミヤネ屋が始まるまであと30分ほどだが、報道フロアはいつもより静かである。祝日は報道の輪番と番組スタッフ以外は休みなので、社内は全般的に閑散としている。
会社に来る際に乗った電車も行楽客と思われる人たちで混雑していた。祝日に番組出演するのはなかなかきついものがある。世の中は完全に休みモードである。我が家でも子供たちは皆学校が休みなので、私が朝出社する時にはまだ3人とも寝ていた。
今日のミヤネ屋は祝日バージョンで普段の2時間の半分の1時間だけの放送だが、tenは祝日の特別版でいつもより30分間放送が長くなる。結局、出演する時間はほぼ同じぐらいになる。
どちらの番組も昼間から夕方にかけての時間帯の放送なので、普段は昼間に働いている方々が観る機会は少ない。祝日にはいつも観ることができない人が観るので、意外な所から「観たよ」という声が届くことが多い。ちょっと複雑な気分である。
今日は祝日ということで、紺やグレーのビジネススーツをやめて白地に紺のストライプが入ったサマースーツの上下を着て番組に出ることにした。上着だけにしようかとも思ったが、思い切ってズボンもお揃いのものをはいて出演する。ちょっとリゾート過ぎるかなとも思ったが、祝日なのでいいだろう。
祝日は世の中が動いていないので、ニュースも少ない。政治や経済の動きも止まっている。番組を前にしての下調べもあまりなく、いつもよりゆったりした雰囲気である。
きのうの野球ですっかり日焼けしてしまった。画面にどういう風に映るだろうか。
またまた日焼けしてしまった。首の周りと両腕の肘の少し上から手の先までが真っ赤になった。典型的な野球焼けである。またメイクさんに迷惑をかけてしまう。
先日から、長男の中学野球の応援に加えて炎天下に参院選の選挙区取材を続けたので顔がすっかり日焼けしてしまった。日に焼けると顔が真っ黒になるので、スタジオ出演する際にメイクしてくれるメイクさんに手間をかけてしまうのだ。メイク室の鏡の前に座るとメイクさんに「よく焼けてますね~」と言われる。
参院選で忙しくて二男の少年野球ともご無沙汰だったが、今日は久し振りに朝から晩までフル参加した。梅雨明けの太陽はまぶしかった。一日中、サングラスをかけていたので、パンダのように目の周りだけが白くなっていないか少々心配である。
それにしても疲れた。一日がなんと長かったことか。昼からは練習試合がたくさんあったのだが、頑張って二試合で主審を務めた。ずっと中腰でしゃがんでいたので、明日の朝に起きたら太腿のあたりの筋肉にも張りがでていることだろう。
昨日の夜に二男に「明日の試合でヒットを打つような気がする」と言ったのだが、私の予感が的中した。快心の当たりではなかったが、満塁で前進守備の頭を越すポテンヒットが出た。二男にとっても久し振りのヒットである。
日焼けするとやっぱり疲れる。晩御飯の焼肉の際に缶ビールを飲んだら早くも眠たくなってきた。この歳で朝8時半から夕方6時までの練習は正直言ってきつい。この暑さの中では尚更である。このところ、やたらと喉が渇くのである。体が水分を欲している。明日、テレビに出たら顔が真っ黒に映るのだろうなあ。知っている人が見たら、「あ、また野球やった」とすぐに分かるのだろう。祝日の番組出演はつらいなあ。
参院選の選挙区取材で忙しく、ここしばらく実家に行けていなかった。連日の暑さと梅雨のジトジトで母もかなりまいっていると聞いていた。毎週のように実家に通ってくれている姉によると、母は足腰がだいぶ弱ってきたということだった。
実家の近所にあるかかりつけのお医者さんに連れて行って欲しいということで、午前中に実家に向かった。最近では外出する時には母は車椅子に乗ることが多いのだが、今日は足腰のリハビリも兼ねて手押し車を使って歩いて行くことにした。ゆっくりとしか歩けないが、足取りは確かである。姉は弱ってきたと言っていたが、私にはだいぶ元気になってきたように思えた。
近所の主治医に診ていただいたが、特に悪いところもなく健康状態も良好だった。これだけ暑いと元気な者でもしんどくなる。母が元気でよかった。
後から妻と二男もやってきて4人で久し振りにランチに出掛けることにした。母は孫たちを可愛がってくれるが、中でも二男がお気に入りのようである。末っ子というのは可愛いのだろう。
母のお気に入りのレストランに行ったのだが、いつもながら母の食欲には驚かされる。私もそうだが、我が家の家系は少しでも体調が優れなくなると途端に食べられなくなるのだ。母も相変わらずモリモリ食べていて、とても元気である。
ランチが終ってから実家近くのいつもお世話になっている整骨院に母を連れて行った。治療を受けている間は、実家に戻って昼寝をした。最近は疲れが溜まっていることもあり、どこでもすぐに昼寝をすることにしているのだが、実家に帰るといつも急速に眠たくなるのはなぜだろうか。いつも実家で昼寝ばかりしている。
整骨院の帰りに近所のスーパーで夕飯の買い物をして帰り、晩御飯は実家で食べた。ゆっくりと泊まって帰りたいところだが、明日は二男の少年野球の練習があるので帰らなければならない。実家に来ると、帰る時がなかなかつらい。年老いた母を一人実家に残して帰るのは後ろ髪を引かれる思いである。また来るからね。
縁起のいい数字である。1が四つ並んだ。今日でこのブログもなんと通算1111回目である。ということは、解説委員になった日から1111日経ったということである。丸3年とちょっとである。我ながらよく続いていると思う。一日も休まずに書き続けるのは今や当たり前になってしまった。
次にゾロ目になるのは2222回目。今までの倍の回数ということは、あと3年後である。道のりはまだまだ遠い。
数字といえば、お気に入りはなんと言っても6である。そう、私の大学野球部の時の背番号である。高校3年の最後の夏の大会の時も背番号6をつけてショートを守った。中学生の長男もショートを守り同じ6番をつけていた。大好きな数字である。
そういえば、このブログの第666回は、意識することもなく通り過ぎてしまった、と思っていた。過去のブログを読み返してみると、666回を書いたのは09年4月27日。「意識することもなく」と書いたが、当時の原稿をあらためて読むと、タイトルは「約束」で、大学時代の背番号6のことも、大好きな数字6が三つ並んでいることも、一日も欠かさず書き続けていることもきっちり書いていた。記憶というものは曖昧なものである。
タイトルの「約束」は、当時まだ少年野球のリーグ戦でヒットを打ったことのなかった二男と「ヒットを打ったら何か買ってあげる」という約束をしたという話だ。その後、二男は努力の甲斐あってヒットもホームランも打つことができた。今となっては胸がキュンとなる懐かしい思い出だ。
2222回の時にはどんな内容のブログを書くことになるのだろうか。あと3年か。長いなあ。
フラフラである。参議院選挙の選挙区取材でここしばらく週末も朝から晩まで仕事の上、夜中までの選挙特番、翌日の番組、次の日の東京と疲労もピークである。ということで、今日は仕事を休むことにした。
これでも一応管理職なので、自分の働くスケジュールは自分で管理するのだ。今日は番組出演もなく、東京での勉強会や会合の予定もたまたまなかったので自宅でゆっくりと休養することにしたのだ。
朝に何度か目が覚めたが、相当疲れていたので起き上がることが出来ず、結局、起きたのは昼前だった。起きてすぐに遅い朝食を摂りながら朝刊を読み、テレビの昼ニュースをチェックした。仕事を忘れてノンビリしたいと思うのだが、やっぱりニュースから離れることができない。
体も疲れているが、ストレスも相当溜まっている。さて、何をして一日過ごそうかと思っていたら、梅雨の長雨で洗濯物が溜まっているのに気が付いた。以前にもブログで書いたことがあるかも知れないが、洗濯機をまわすのが私にとってストレス解消でいい気分転換になるのだ。せっかくの休みに洗濯はないよなと思いつつ、洗濯機を何回もまわした。洗濯物を干すのがまた好きなのである。
洗濯機が回っている間に、これまた溜まっていたブログを書いている。ブログが終れば、大学での講義に向けての準備である。やっぱり今日もゆっくり出来そうにない。これも性分だから仕方がないか。
講義の準備を早めに終えて、まだ決めていない夏休みの計画でも立てたい。それに、参院選で観に行くことができなかったメジャーのオールスターゲームの録画もゆっくりと楽しみたい。私の横では、愛犬ベルが寝そべっている。長いこと散歩に行ってないなあ。散歩も行かなあかん。自宅にいても忙しい一日である。
テレビ番組の生放送に出演する日以外は基本的には東京に行くことにしている。メディアや政治の勉強会に出たり人に会ったりして情報交換や意見交換をするのが主な目的である。出来るだけ多くの方々にお会いして様々な考え方に接することが何よりも勉強になる。
今回、参議院選挙の特番で解説することになり、全ての選挙区を回って候補者に直接会って話を聞くことにした。新聞などの記事でそれぞれの候補者のプロフィールや掲げている政策、考え方について知ることができるが、その人がどういう人柄でどんな人なのかを知りたかったのだ。そのためにはその人の演説を聴き、会って話をするのがなによりだと思ったからだ。
候補者は選挙戦で忙しく走り回っているので、お会いすることが出来ても2人で話をする時間は限られている。場合によっては一言二言という場合もある。しかし、たとえ短い時間でも直接会えば、その人の人となりは感じることができる。選挙に際しては政策も大事であるが、その候補者がどういう人であるか、人柄はどうか、しっかりしているか、国を思う気持ちはどれ程強いか、などを知ることもたいへん重要だと思うのである。
そんな短い時間会っただけで、その人がどういう人であるか判断できるのかと疑問に思う人もいるかも知れないが、会ってみてどういう人かを瞬間的に見抜く力を持つこともジャーナリストの大事な要素である。好き嫌いだけで判断するのではなくて、その人の本質を見抜こうとするのだ。傲慢にならないように心がけながら。
選挙の取材だけでなく、会合やパーティーなどで初めて会った政治家に対しても、この人はどういう人か知りたいという思いが強い。その際に、その人に対してそれまで持っていた印象とはまるで違っている場合もあるから面白い。まさに百聞は一見にしかずである。
テレビや新聞などで見ているといい感じの人だなと思っていた政治家が、実際に会うととても傲慢で上から目線の場合もあった。また逆に、生意気な感じで苦手だと思っていた政治家が、とても礼儀正しくて感じがよかったりするのだ。やはり実際に会って話を聞くというのが、この仕事の基本である。
最近は、初めてお会いする人に名刺を出してご挨拶する時に、相手から先に「いつもテレビ拝見しています」と言われることが多くなってきた。そう言われると正直嬉しいし有難いなと思うのだが、その一方で気を引き締めなければならないと思う。テレビに出て発言しているということに対しての責任をひしひしと感じるのだ。相手の方も、私がどんな人物かと興味を持たれているかも知れない。人と会うのは真剣勝負である。
残念な結果だった。長男の中学野球が終った。先日、市大会での敗者復活戦にも敗れて念願だった地区大会に勝ち進むことが出来なかった。試合後に負けたショックで起き上がることもできずに寝転がりながら泣きじゃくる長男を見てさすがにグッとくるものがあった。そこまで悔しがるとは思っていなかった。彼にとっては相当思いの詰まった最後の大会だったのだろう。
本当にいいチームだった。素晴らしい選手もたくさんいたしチームワークも良かった。冷静に戦力を分析しても充分に地区大会に進出できる力があるチームだった。それだけに残念で仕方がない。
最後の試合も相手チームにはたいへん失礼だが、戦力を比較すると普通にやれば勝てる試合だった。しかし、ここぞという時に、相手チームにはラッキーが重なり、長男のチームにはアンラッキーが続いた。野球とはそういうものである。
勝てると思った準々決勝で惜敗し、敗者復活戦に向けて気持ちの切り替えが出来なかったということだろう。先取点を取られた時点で負けが決まったかのような試合だった。
長男もノーヒットだった。レフトにいい当たりのライナーを打ったが野手の正面だった。最後のバッターは長男だった。サードへのファールフライ。この瞬間、彼がこの3年間打ち込んできた中学野球は目標を達成できずに幕切れとなった。
試合後に選手たちは皆泣き崩れていた。自分の中学野球を振り返ると、ほとんど記憶がない。高校野球の最後はさすがに泣いたが、中学の最後の試合はどうだったのか覚えていない。中学の時には野球に対する思いがそれほど強くなかったのだろうか。
先日、お世話になった私の中学の時の野球部の監督がお亡くなりになって久し振りに中学野球部のチームメイトが顔を揃えた。もう30年以上前だが、顔を見るとあの頃にすぐに戻った。一緒に野球をやった仲間は一生の友達である。長男もそういう友を得ることが出来て本当に良かったと思う。
それにしても、いいチームだった。もう1試合でも2試合でもやらせてやりたかった。この悔しさを胸に高校でも野球に打ち込んで欲しいと思う。お疲れさん。みんなで頑張ったという気持ちが何よりの財産だ。みんなよくやった。ありがとう。
私の予想は民主51議席だったが、予想以上の民主大敗だった。民主党が苦戦するとは思っていたが、まさか45議席を下回るとは思っていなかった。参議院選挙の結果は民主44議席(-10)、自民51議席(+13)、みんな10議席(+10)、公明9議席(-2)、共産3議席(-1)、社民2議席(-1)、たちあがれ日本1議席(±0)、改革1議席(-4)、国民0議席(-3)だった。
メディアでは消費税が敗因と分析するところが多く、菅首相も消費税に対する説明が不足していたことを敗因にあげたが私はそうは思わない。もちろん菅首相がマニフェストにはっきり明記していない消費税増税を突然言い出し、説明も不十分で発言が二転三転したことも影響が大きいが、民主党が敗れた原因は政権交代後の10ヶ月間の民主政権に対する評価だろう。
普天間問題での迷走や、鳩山首相と小沢幹事長の政治とカネの問題も大きかったが、私が思うに最も影響したのは、期待した民主党政権に裏切られた感があることではないだろうか。お金にクリーンと思われていた民主党が政権の座についたのにツートップから政治とカネの問題が噴出した。それに政権という権力を握った民主党から謙虚さが失われたのも致命的だったと思う。菅新首相が誕生したのに、党首討論も予算委員会も開かず支持率が高いうちに選挙になだれこもうという選挙至上主義を貫いた。このことで、自民党から民主党に政権が代わっても政治は何も変わっていないという政治への失望感が広がり今回の民主党への厳しい審判に繋がったと思う。
一方、自民党は勝利に酔っているように見えるが、今回の参院選では自民が勝ったとは思えない。民主党のオウンゴールである。今回の結果を受けて自民党が世代の若返りなど党内改革の手を緩めるようだと自民に明るい未来はないのではないか。そのことをいったいどれくらいの自民党議員が自覚しているのだろうか。
参議院で民主党が過半数をとれなかったことで、国会は衆議院では与党が過半数を持つものの参議院では野党が過半数を持つといういわゆる"ねじれ国会"となった。自民党政権の時のねじれ国会では自民、公明の与党が衆議院で3分の2以上の議席を持っていたので衆議院を通った法案が参議院で否決されても衆議院で再可決できたが、今回は民主党が衆議院で3分の2の議席を持っていないので事態はより深刻である。民主党は今まで以上に丁寧な説明と議会運営をしなければならない。自民党も、何でもかんでも反対するという態度をとらずに法案の内容の妥協点を探って民主党と協議し国民のためになる法案を成立させるという度量を示すことが求められる。
法案が全く通らず国会が紛糾するという可能性も高く、メディアは盛んに民主党がどこの党と連立するか、また法案ごとにどの党と部分連合を組むかということについて報道している。"ねじれ国会"は確かにやっかいな状況ではあるが、これを逆にチャンスとして国会の本来の機能である法案審議を与野党で充分尽くし合意点を探る道を探るべきである。法案を修正することなく数の論理で強行採決によって国会を通すということを繰り返している日本の政治状況を一段ステップアップさせるいい機会にすべきだ。
まもなく午後8時。参院選の投票が締め切られると、テレビ各局が出口調査をもとに各党の獲得予想議席を発表する。ドキドキしてきた。
8時になった。いま報道フロアでテレビを観ながらこのブログを書いている。日本テレビ系列の予測では民主党48議席、自民党49議席で、民主党が敗北し与党が過半数ならず菅首相の責任論も浮上すると伝えている。
8時半ごろから近畿ローカルの選挙特番が始まる。では、スタジオに入ります。
現在、午後11時43分。選挙特番の第一部が終わって報道フロアのデスクに戻ってきた。読売テレビの選挙特番は、日本テレビからの全国ネットの選挙特番を必要に応じて差し替えるという方法で進んでいく。3時間半の選挙特番第一部はあっという間に終わった。初めての選挙特番への出演ということもあったのだが、気がついたら終わっていたという感じだ。いつもよりテンションが上がって少し喋り過ぎたかも知れない。
午前1時前から始まる選挙特番では、各党の国会議員をお迎えしての討論を行うことになっている。1時間の討論もあっという間に終わるのだろう。
現在、午前2時43分。6時間に及んだ選挙特番は無事終了した。フラフラである。完全燃焼はしたが、自分の実力のなさを実感した特番だった。こんな私を支えてくれた番組スタッフや司会者、共演者の方々に感謝している。
それにしても疲れた。明日も「ミヤネ屋」、「ten」に出演するのでブログを書くのはここまでとしてホテルで寝るとしよう。肝心の参院選についての私なりの総括については明日書くのでご勘弁を。おやすみなさい。
いやー非常に惜しい試合だった。長男の打球がもう30センチ、内に入っていれば勝っていたかもしれない。レフトフライがもう3m飛んでいればフェンスを越えていた。野球に"たら、れば"はないが、それにしても残念だった。
一戦目、二戦目をいずれもコールド勝ちした長男の中学野球部は、きょう市大会の準々決勝だった。私の大学時代の背番号と同じ6番を着けた長男は今日も2番ショートで先発出場した。
一打席目はサードゴロ。相手チームに1点を先行されてツーアウト二・三塁の一打逆転の絶好のチャンスに二打席目が回ってきた。ぐっと重心を下ろして打ちそうな雰囲気である。思ったとおり鋭い打球が三塁戦を襲った。逆転ヒットだと思ったが、打球はほんの少しファールとなった。惜しい。気を持ち直して長男がレフトに放った打球はレフトのポール前まで伸びたが、外野手のグローブに納まった。中学野球なので普通は外野手はもっと前を守っているのだが、相手チームの外野はとても深く守っていた。
三打席目はノーアウト1塁で犠牲バントを試みたがフライになりバント失敗だった。結局、チームは0対1で惜敗した。試合は長男のチームがずっと押していたが、犠牲バントをちゃんと出来るかどうかが勝敗を分けた。
市大会の準々決勝では敗れたが、市の上位5チームが地区大会に進出できるので、5位をかけてまだ大会は続くのだ。敗者復活戦で連勝すれば地区大会に出場できる。負けた試合は忘れて気持ちを切り替えろ。
ということで、長男の試合を観た後で本社にやってきた。激戦となっている大阪選挙区の最後の選挙戦のスケジュールを調べてこれから選挙区取材に出る。
大阪ミナミの心斎橋商店街は週末ということでもの凄い人出だ。この中を候補者が練り歩くのだから大混雑となる。若者たちが候補者の写真を撮り握手をするが、このうちどれだけの人に選挙権があり、実際に投票に行くのだろうか。候補者の応援に来ていた鳩山前首相の人気は凄かった。途中で政権を投げ出した政治家がなぜこれ程人気があるのだろうか。単にテレビで観たことある人というだけなのだろうか。不思議な光景だった。
大阪の代表的な繁華街だけあって、心斎橋周辺では4人の候補者の選挙活動に出くわした。選挙戦最終日なので、各候補とも人出が多い繁華街で最後の訴えを行うのだ。
地下鉄で梅田へ移動。ここでは結局、6人の候補者の演説を聞いた。今日一日というかわずか半日で大阪選挙区のほとんどの候補者に出会った。心斎橋でも梅田でも各候補が競い合って最後の選挙戦を展開した。
午後8時をもってマイクを使っての選挙戦が終了した。選挙活動自体は今夜の午前0時まで行うことが可能なのだ。候補者によっては夜中まで街頭で辻立ちする人もいるようである。17日間に亘った選挙戦も今日で終わった。私の選挙区取材も無事終えることが出来た。候補者も大変だろうが、取材も結構きつかった。明日は国民のどんな審判が下るのだろうか。私も投票してから夜には選挙特番に出演する。
10年7月9日(金)「#1104 選挙区取材(兵庫・大阪・京都)」
選挙戦も明日で終わりだが、選挙区取材もいよいよ終盤である。選挙区取材は滋賀や和歌山など大阪から離れた所から始めた。遠い所へは何度も取材に行けないので、確実に全部の候補者を取材できるよう候補者に会うチャンスが少ない遠い選挙区から順番に取材を終えていきたいと考えたからだ。
滋賀、和歌山、奈良と着実に取材を終え、いつでも行きやすい大阪、兵庫、京都については後回しにしてきた。この3府県は候補者も多いので一日で全ての候補者に会うのは無理である。各候補者のスケジュールを睨みながら一人一人取材を終えていくのだ。
そしてほとんどの候補者の取材を終えて残り3人となったのだが、その3人が大阪、京都、兵庫の一人ずつとなったのだ。という訳で今日一日で3府県を回った。
まずは朝から兵庫県の伊丹に行って駅前で街頭演説を聴き候補者と少しだけ話した。阪急電車の伊丹駅に着くと、お目当ての候補者ではなく他の党の比例候補の運動員が街行く人に投票を呼びかけていた。今日は一日で3人を周るので私の取材スケジュールもギリギリである。次の候補へ移動する時間が決まっているので、取材する候補者の街頭演説のスケジュールが遅れると困ったことになる。2つの陣営が駅前で重なっていたが、取材対象の候補者の陣営は先に駅前に車を置いて場所どりをしていたようで、予定通り演説が始まった。演説の最中にも、同じ駅前で他党の支援者が候補者の名前を連呼していた。選挙戦も終盤で、各党とも選挙運動に熱が入っている。
駅前での取材を終えると電車を乗り継いで大阪の富田林に向かった。雨の中、選挙カーを探して広い金剛団地の中をタクシーで周ったが見つからなかった。街頭演説が予定されているスーパーの前でようやく選挙カーをつかまえることが出来て無事に演説を聴くことができた。
そして3人目の取材である。また電車を乗り継いで京都の長岡天神へ。ここでも街頭演説と、"桃太郎"と呼ばれる候補者が街を練り歩く選挙運動を取材した。のぼりを立てながら選挙運動員を引き連れて候補者が歩く光景が桃太郎に似ていることからこう呼ばれるのである。応援に来ていた顔見知りの国会議員と選挙情勢などについて意見交換することもできた。
この取材の時に候補者の応援に来ていた菅首相の伸子夫人とお話する機会があった。噂どおりの面白い人である。ざっくばらんな性格でその辺の候補者よりも演説がうまい。話が面白い。候補者に付いて商店街を挨拶して回り、有権者一人一人に頭を下げ握手してまわっていた。
伸子夫人に最近の首相の様子や首相公邸での暮らしぶりなどについて質問すると、普通に知り合いに話すように教えてくれた。また、伸子夫人と名刺交換したのだが、ご自分の名刺を持っておられるのにも驚いた。
伸子夫人が言うには、首相は経済について詳しくなかったが財務大臣になってマクロ経済について猛烈に勉強したということだった。だから、選挙直前になって突然に消費税について発言し説明不足になっているのではないかと思った。首相公邸では自宅に住んでいた時のように毎晩の記者の夜回り取材もない上に、公邸内の改築された部分はとても綺麗で公邸での生活は快適だと話してくださった。現役の首相夫人と直接お話ができる機会はめったにないので貴重な経験だった。
これで近畿二府四県の選挙区から出馬している候補者のほぼ全員の取材を終えることができた。明日は選挙戦最終日なので、全国屈指の激戦区となっている大阪で最後の取材をしようと思っている。最後の最後まで誰が当選するか分からない厳しい戦いなので、明日の大阪取材は楽しみである。
10年7月8日(木)「#1103 連勝と初ヒット」
昨夜も遅かったので今日は久しぶりに昼ごろまでゆっくり眠ろうかと思っていたが、知り合いの選挙関係者からメールが来て早朝から選挙取材に行くことになった。朝起きるのがかなり辛かったが、選挙戦もあと3日なのでもうひと踏ん張りだ。
選挙活動は午前8時開始なので、8時になるまでは候補者は名前が書かれたタスキにカバーをかけて候補者の名前が見えないようにしている。8時になるとすぐにそのカバーを外して街頭活動が始まるのだ。
JR大阪駅と阪急百貨店を結ぶ横断歩道は梅田でも最も人通りの多い場所で、候補者が街頭演説をする絶好のポイントなのだ。朝の通勤時には特に人が多いので、候補者同士でこの場所の取り合いになることも多い。今朝も2つの陣営が重なったようで、後から来た候補者は少し離れたヨドバシカメラ前に選挙カーを停めた。
良い場所を先におさえられた候補者はJR大阪駅と阪急電車の梅田駅を繋ぐ歩道橋の上で選挙活動を行っていたが、駅の敷地内ということで警備担当者から注意され中止する結果となった。街頭演説では場所どりもたいへんなのである。
朝一番の街頭演説を取材した後、本社へ行ってまだ取材できていない候補者の今日のスケジュールを調べた。夕方には神戸に大物政治家が相次いで応援演説に来るようである。うまい具合に時間もちょうどずれているので神戸に入ることにした。
選挙戦も終盤に差し掛かってきたので、有権者も応援に来た政治家や候補者の演説に注目するようになり街頭演説に足を止めることが多くなったような気がする。神戸で二つの陣営の演説を聴いて候補者と直接話をした後、電車で大阪に戻り朝と同じ場所でまた街頭演説を聴いた。夜には再び本社に戻って選挙関係の会議に夜遅くまで出席した。
ところで、中学生の長男の野球部が先日の初戦の快勝に続いてきょうもコールド勝ちした。しかも、ついに長男の中学野球公式戦の初ヒットも出た。一打席目はレフト前のヒット。二打席目も三塁線を抜く快心のヒットで今日は二打数二安打の大活躍だった。本人曰く、打席での足の幅を広くして重心を下げたのが良かったということだ。打席で構えた時に重心を下げるようアドバイスしようと思っていたが、自分で気付いて修正したようだ。息子も知らないうちに成長した。
それにしても、長男のヒットを撮影したビデオを見て驚いた。私のバッティング・フォームにそっくりなのだ。ここまで似ているとは思わなかった。思わず笑いそうになった。私と似ているということは、たいした打者ではないということだ。しかし、守備は長男の方が断然うまいので選手としては私よりも上に行くかも知れない。今日も親バカで失礼しました。
10年7月7日(水)「#1102 選挙区取材(京都)」
昨夜の帰宅が遅くなったので、昨夜のうちに今日の選挙区周りに備えての各候補者の遊説スケジュールを調べることができなかった。今日は京都選挙区を周ることに決めていたのでとりあえず読売テレビの京都支局へ向かうことにした。
支局の人たちに助けてもらって各候補者のスケジュールをチェックした。各候補の遊説先がバラバラで効率的に取材するのが難しそうだ。その上、夕方には京都の大学での講義があるので取材スケジュールを組むのがますます困難である。今日は京都の大学での講義があったので京都選挙区を取材することにしたという訳である。
改選2の京都では最近では民主と自民が議席を分け合ってきたが、民主が議席の独占を目指して2人目の候補を立てて注目されている。民主2人立候補の影響はどうなのかということも取材のポイントである。
大学の講義まで2時間程しかなかったので、支局近くのある候補者の選挙事務所を訪ねた。歩いて事務所へ向かう途中に突然激しい雨が降ってきた。雨が降ると遊説はたいへんである。雨の影響でスケジュールががらっと変わることもある。
事務所で候補者に挨拶すると、またまた「いつもテレビ拝見してます」と言われた。気恥ずかしく感じるが、顔を知ってもらっていると話にもスムーズに入っていける。昨日に続いてこの候補者も選挙資金で相当苦労しているという話だった。お金をかけずに普通の人が選挙に出られるような選挙のやり方に変えなければならないと昨日と同じことを感じさせられた。
雨の中を遊説に出る選挙カーを追った。偶然にも講義を担当する大学の方面に向かい街頭演説することになったので、幸運にもその様子を取材することができた。雨の中を街行く人にチラシを配りながら1人1人声を掛ける選挙戦はたいへんそうである。
講義の時間が迫っていたので途中で取材を切り上げて大学へ向かった。読売テレビと新聞社が共同で担当している講座で、毎年1年に1回だけ私も講義を担当している。いつもながらに、学生に対してテレビ報道で一緒に働きましょうと呼びかけつつ、この仕事のやりがいについて講義したのだ。
いつもは講義が終ってからも時間の許す限り学生の個別の質問に応じるのだが、今日はまだ選挙区取材をすることになっていたのでタクシーに飛び乗って駅へと急いだ。阪急電車に乗って街頭演説が予定されている長岡天神に着いたがその気配がない。事務所へ電話すると、他の候補と駅前での演説が重なったのでJR長岡京駅に変更したとのこと。タクシーで移動すると応援演説に来ていた議員が駅前でマイクを握り候補者は聴衆と話しこんでいた。
私が選挙運動員から積極的にチラシを受け取ったので運動員が私のことを熱心な有権者と誤解したのだろう。運動員に連れられて候補者が私の所に来て握手を求めてきた。名刺を出して取材であることを告げると、その候補者の表情が一変した。そんなに露骨に態度を変えなくてもいいと思うのだが。
その候補者の演説を聴いて、地元の新聞記者と見られる報道陣との囲み取材でいくつか質問した後でJRに飛び乗って再び京都へ向かった。京都駅からタクシーに乗って小学校の演説会場へ。何とかギリギリでまた別の候補者の演説時間に間に合った。演説が終って次の演説会場へと急ぐため小走りで会場を後にしようとする候補者に私も走りながら少しだけ話を聞いた。候補者が夜の演説会をやる場合は、通常は2~3会場をはしごするので、演説が終ったら大急ぎで次の会場へ移動するのだ。その少しの間にタイミングを見計らって話を聞く。カメラマンを伴わないで選挙区取材をする場合は事前にアポイントメントをとらずに行き当たりばったりで突然行くので取材スケジュールの調整がたいへんである。それもまた選挙区取材ならではなので面白いのだが。今日も疲れた。
10年7月6日(火)「#1101 選挙区取材(奈良)」
きょうの選挙区取材は民主の現職に自民、共産の新人が挑む奈良選挙区である。3候補の選挙事務所にスケジュールを問い合わせると、3人のうち2人が夕方の同じ時間帯に天理駅で街頭演説を予定している。これはラッキーである。その時間に天理駅に出向けば2人の候補者の演説を聞くことが出来るのだ。
もしももう1人の候補者も天理周辺で選挙運動する予定があればとても効率的に取材が出来ると期待したのだが、そううまくは行かない。もう1人の候補者は和歌山県との県境に近い五條周辺で遊説するようだ。奈良県の南部である。夕方に天理に入ることを考えて、午前中から五條を目指すことにした。
大阪から地下鉄で難波へ。難波から南海電車高野線で橋本へ。そこからJRに乗り換えて五條へと向かったが、自宅を出てから2時間かかった。移動時間の電車の中では参院選に関する新聞資料などを読み込んだ。会社や自宅ではなかなか資料を読む時間をとれないので、移動の間は資料に目を通す貴重な時間なのだ。
駅からタクシーで演説会場の公民館へ向かった。会場では既に集まっている支援者の方から「いつもテレビ見てるよ」と声を掛けていただいた。有難いことである。顔を知ってもらっていると取材もしやすい。地元の住民の方々が集まった公民館で候補者の演説を聞いた後、選挙カーで次の会場へ向かう候補者をタクシーで追いかけた。
2つの演説会場での出番を待つ間、候補者から直接話を聞く時間をいただいた。党の公募で立候補したこの候補者は、勤務先を辞めて立候補した。党から支援されるお金に加えて自分の預金を切り崩して選挙資金にあてているという。もしも今回当選できなくても次回があると支援者から言われるそうだが、お金のことを考えると選挙はこれが最後だろうと話してくれた。この国を良くしたいという志を持って若者が選挙に出るのは素晴らしいことだと思うが、現在の日本の状況では、地盤(支援者)も看板(知名度)もカバン(お金)もない人が選挙に出るためには多くの場合は職を辞して自己資金を吐き出すなど何もかも投げうって勝負をかけるしかないのだ。これでは普通の人が選挙に出ることは極めて困難である。こういった現状を何とかしなければならないのではないか。
電車が1時間に1本しかないので、演説の終了を待たずにタクシーに飛び乗って駅へ向かい電車に乗り換えた。1時間ほどで天理に到着。少し時間が早かったので選挙事務所に電話して候補者の現在の遊説先を聞いた。つかまるかどうか分からないがとにかくタクシーで候補者を探すことにした。少し市内を走ると正面から選挙カーがやってきた。すぐにUターンしてその後を追った。
スーパーの前で演説を聞いた後で、天理駅へと向かう。複数の候補者が同じ時間帯に同じ場所で演説を予定しているということは時々起こる。どの候補者も人が集まる時間帯に人通りの多い場所で演説しようと考えるからだ。2人の候補者がバッティングした場合は、先に来たもの勝ちだ。後から来た候補者は少し離れた所に車を停めて街宣活動を控えて静かに待つのだ。因みに、街中で候補者同士の選挙カーがすれ違うなどした際には、「○○候補、頑張ってください」などと相手候補にエールを送るのが礼儀である。
天理駅前で2人の候補の演説を立て続けに聴いた。その前後には短い時間ながら、2人の候補にそれぞれ選挙戦の手応えなどについても聞くことが出来た。
夜には大阪で知り合いと選挙情勢について意見交換することになっていたので、2人の演説を聴き終わるや否や再び電車に飛び乗った。何とも忙しい一日だった。帰りの電車の中で新聞資料を読み終えたので、少しの時間も惜しんで大学の講義で毎回学生に書かせているリポートの採点をすることにした。毎回150人ほどのリポートを読むので、少しでも時間がとれた時は少しずつでも読むことにしているのだ。電車での移動中に資料やリポートを読むのは効率的なのだが、どうも肩がこる。今日は移動時間がとても長かったので肩もバキバキになった。
今年は夏バテになるのが早い。参議院選挙を控えていることもあり、週末も休み返上で選挙区取材のため各地を走り回り、日曜日の夜には数時間かけて大学講義の準備をしているので月曜日が最もきつい。
昨日も神戸まで演説を聞きに行った後で自宅に戻り夕食を済ませ、夜から講義に向けての準備を始めたのだが、全て終わった時には午前1時を回っていた。時事問題についての講義なので、できるだけ最新の情報を準備しようと思うので、どうしても講義の前日の日曜日の夜に勉強することになる。
最新の時事問題について勉強することは番組出演にも役立つので、一石二鳥という側面もある。大学の講義内容を番組に生かし、番組内容を講義にも反映させるという相乗効果があがればと思っている。
知らず知らずのうちに疲れが溜まっているようで、毎朝起きるのが辛くなってきた。疲れているので眠りは深くなっているような気がするのだが、目が覚めるともう朝かという感じである。睡眠時間が短いわけではないのだが疲れが完全に取れないうちに更に疲れが溜まっていくという繰り返しである。
このところ妻や子供たちとゆっくり話す時間もない。愛犬ベルとの散歩もかなりの期間できていない。ベルも相当ストレスが溜まっているだろう。夜遅くに帰った時も、毎朝私が起きた時も、私にまとわり着いてきて散歩に連れて行ってと目で訴えてくる。散歩に行きたいのだが、ついつい休養を優先してしまう。
疲れてはいるが、今度の日曜日に行われる参院選までは休みがとれない。選挙区取材も順調に行っているが、近畿2府4県の全ての候補者を取材するのはなかなかたいへんである。余裕があれば東京をはじめ全国の激戦区へも取材に行きたかったが、残念ながら時間的に無理そうである。
参院選が終われば少し休みたいが、次の日も番組で選挙の結果を受けて政局も動くだろうから取材でまた忙しくなるだろう。当分、休めそうにないかな。
きょうも大阪に神戸にと選挙区取材をしたので、ブログのタイトルも「選挙区取材(大阪・神戸)」にしようかなと思ったのだが、やはり今日はこれしかないだろう。中学生の長男の野球部が夏の大会の初戦で快勝したのである。
天気予報では雨だったので今日の試合は延期かなと思っていたのだが、何とか天気がもってくれて長男にとっては待ちに待った中学生としての最後の公式戦を迎えたのだ。
球場に着くとまだ前の試合が続いていて、スタンドで長男と少し話すことが出来た。もうすぐ試合ということで緊張しているらしい。長男だけでなく多くのチームメイトが試合を前にして緊張していると言っている。試合が始まって打席に立ったり守備についたりして緊張するというならまだ分からないでもないが、試合の前から緊張するというのはよく分からない。やんちゃな子供たちなのに、こういうところだけいい子になるのだ。
きょうも試合中、落ち着いて座っていられなかった。ベンチとバッターボックスの間のフェンス際にずっと立ったままで最後まで試合を観た。ここから大声で声を掛けられる選手たちは迷惑だっただろう。
長男は背番号6を着けて2番ショートで先発出場した。第一打席では緊張しているのが分かるほど打席で落ち着きがない。写真やビデオを撮ったが、最初のバッターボックスは顔の高さのボールを振って空振り三振だった。やっぱり。予想通り。
試合は見方チームのエラーが重なり1点を先行される。冷静に両チームの戦力を分析すると普通にプレーすれば勝てる相手だが、先取点を取られて浮き足立つのが心配だった。
何とかすぐに追いついて、そして逆転した。長男の二打席目は四球。落ち着いてボールを見極めた。ピンチに飛んだショートゴロも軽快にさばいた。守備には自信を持っているようだが、ボールが飛ぶと見ている私のほうがドキドキする。
三打席目は1点リードの2死ランナーなしで回ってきた。ここは何とかヒットを打って欲しい。長男はまだ中学の公式戦でノーヒットなのだ。長男といい二男といい、ここぞというところでヒットが出ない。普段の素振りが足らない。
三打席目は結局、死球で出塁した。そこから見方チームのヒットが何本も続き、この回なんと打者一巡して終ってみれば8対1のコールド勝ちだった。やったー。長男の笑顔がはじけていた。試合後にはユニフォーム姿の長男と2人で写真を撮った。
先生方にお礼を述べてから妻と二人で遅い昼食。その後、最寄の駅まで妻に送ってもらい電車で大阪へ。選挙区取材である。大阪駅前で行われた街頭演説会には多くの支援者が動員されていた。拍手あり掛け声あり携帯電話で写真取りまくりの人気者のコンサートのような演説会だった。見終わるとすぐに電車に飛び乗って神戸へ。
繁華街を練り歩いた後で街頭演説を行う直前の候補者と直接お話することが出来た。候補者が口を揃えて言うことだが、参院選の選挙区は都道府県単位で広いため有権者の反応や手ごたえをなかなか肌で感じることが難しいようだ。
続いて少し離れた場所で行われる予定の別の候補者の街頭演説を聞きに行こうかと思っていたところ、また別の候補者が街頭演説のためにこの場所にやって来た。きのうの京都では空振りの連続だったが、こんなラッキーな日もあるのだ。候補者に加えて一緒に回っている旧知の議員とも会うことができ情報交換もできた。充実した一日だった。
それにしても、長男のチームはよく勝った。おめでとう。次のゲームも観に行くからね。頑張れ。しっかり素振りしてヒット打ってや。
10年7月3日(土)「#1098 選挙区取材(京都)」
せっかくの週末であるが、今日も参院選に向けての選挙区取材である。雨が降っているので気が重い。きのう選挙区を担当する後輩の記者の皆さんに無理を言って各候補者の週末のスケジュールを調べてもらった。それに目を通して効率的に取材できそうな場所を検討すると京都だった。ということで電車で京都に向かった。
電車で選挙区取材に向かう際には、車内で各選挙区の新聞資料を読み込むことにしている。この資料を作ってくれるのは報道局の後輩である。彼は毎日毎日、新聞全紙に目を通して選挙に関連する記事をコピーし選挙区ごとに並べて資料を作る。私が出勤する頃には出来上がっていて私の机の上に置いてあるのだ。有難いことだ。
彼には本当に感謝している。彼は長年画面に出て読売テレビの顔だった存在だが、番組の裏方に回ってからも番組の出演者を支える資料を作り続けてそっと手渡してくれるのだ。その献身的な態度には本当に頭が下がる。なかなか出来ることではない。私が番組でコメントする内容は、彼が用意してくれた資料を基にしていることが多い。昨日のブログに続いて社内の同僚を褒めすぎかな。
阪急電車で烏丸に着いたら外は土砂降りだった。候補者は比例の候補者と共に屋根が付いた商店街を歩き回って有権者に支持を訴えていた。一緒に歩きながらタイミングを見計らって2人の候補者にそれぞれ少しだけ話を聞いた。
次に取材する候補者の街頭演説の時間が近づいて来たので時間が気になる。演説が終るやいなやタクシーに飛び乗って烏丸御池に向かった。タクシーを降りるとバケツをひっくり返した様な雨だった。予定時間を過ぎても候補者の選挙カーが来ない。雨で予定が変わったのかと候補者の事務所に電話をしている時に候補者を乗せた車がやって来た。信号が変わるのを待って選挙カーの所まで行くと候補者の姿が見えなかった。スタッフに聞くと街頭演説の予定はなくなり候補者も別の車で他の場所に行ってしまったようだ。ちょっとのタイミングで候補者に会えなかった。
気持ちを持ち直して3人目の候補者の後を追ったが、その候補者の予定も変わり結局会えずじまいだった。せっかく京都までやってきたのに、取材できたのは1人の候補者だけだった。候補者は週末には大きな都市の繁華街に集まってくることが多く効率的に取材できる可能性が高いのだが、たまにはこんな事もあるのだ。雨が影響したのだろう。明日も雨だろうか。
10年7月2日(金)「#1097 持つべきものは友」
きのうのブログに「疎外感を持ってしまう」とか「いわゆる"仲間"がいないのだ」とか後ろ向きなことを書いたところ、身近な人からさっそく反応があった。別に反応を期待して書いた訳ではないのだが、すぐに反応が返ってくると、ああ読んでくれている人がいるのだなと正直嬉しかった。
番組出演がある日は原則的には楽屋の部屋とお昼のお弁当が用意されている。社員でありながら、ここだけは出演者という扱いなのだ。いつもはテレビのお昼のニュースを観ながら楽屋で1人でお弁当を食べることにしている。食べ終わってからも楽屋の部屋で番組準備のために資料や新聞を読み込むことが多い。
その人が私の席にやって来たのはお昼まえだった。「仲間がおれへんそうやから、昼飯行こか」と誘ってくれたのだ。やっぱり読んでたか。あんなこと書いたら気にするやろなと少し思ったが、やっぱりその通りだった。
二人で久し振りにカレーを食べに行った。そう言えば、大阪地方裁判所の近くにあったとても美味しいことで有名だったカレー屋が閉店したそうだ、私も彼も司法担当をしていたことがあったので、二人でよく行ったものだ。昔からカレーには目がない二人だ。
昔はよく二人で御飯を食べに行ったが、最近はお互いに忙しくランチを共にする機会も減ってきた。御飯を食べながら仕事のことやお互いの家族のことなど話すことが多いが、最近では体の具合が話題になることが増えたのは歳のせいだろう。
詳しい話をしなくても、長い間話していなくても、相手の表情を見れば何を考えているのかはだいたい察しがつく。長年の付き合いだ。会って何か特別な話をする訳ではないのだが、会うこと自体に意味があるのかも知れない。
彼を仕事仲間に紹介する時は、私は彼のことを「読売テレビの良心」と呼ぶことにしている。今の役職でも充分偉いさんだが、もっともっと彼は社内で評価されるべきである。そんな人に毎日、このブログを読んでいただいて光栄だ。久し振りに一緒に食べたカレーはやっぱり美味しかった。
日本のジャーナリズムの大きな特徴の一つは会社員ジャーナリズムということである。もちろんフリージャーナリストの方々も活躍しているが、ジャーナリストと言われている多くの人は大手新聞社やテレビ局、雑誌社などに所属する社員である。
これに対してアメリカでは、ジャーナリストを目指す人は大学や大学院でジャーナリズムを学び、ジャーナリストとしてのキャリアを多くの場合は地方の小さなメディアからスタートさせる。そこで力を示すことが出来れば、地方の中心都市のメディアへと階段を一歩あがり、その後も実力に応じて各州の州都、ロサンゼルス、ワシントン、ニューヨークへと頂点を目指して行くのだ。その駆け上がって行く過程では、もちろんその都度会社を変わっていくのだ。
日本では自分がジャーナリスだという気持ちより、○○テレビ、○○新聞の記者という意識の方が強いのではないだろうか。日本でもこの15年ほどで、テレビ局や新聞社の間で移籍する記者も増えてきたが、まだまだ一生同じ会社に所属するというジャーナリストが多い。ジャーナリストとしてのプライドより、所属する会社への忠誠に重きを置く人も多いのではないか。
私も入社して25年、ずっと読売テレビの社員である。恥ずかしながらようやくこの歳になって自分の職業はジャーナリストだと言えるようになったが、それまでは読売テレビの社員ですという意識の方が強かったと思う。
解説委員になってからは、組織の一員でありながら組織とは離れる形で仕事をしている。会社員だから上司はいるが、管理職という立場ながら部下はいない。会議というものに出なくなってとても気楽になったが、今日みたいにたまに会議に出ると疎外感を持ってしまう。どこの部にも所属していないので、いわゆる"仲間"がいないのだ。何の制約もなく自由にやらせてもらっていることに感謝しているしとても楽なのだが、その一方で組織の一員であることも事実なのだ。番組出演者と割り切ってそれに徹すれば楽なのかもしれないが、性格上それは難しそうだ。
思ってもみなかった解説委員になってからはや3年が経った。そろそろやりたいようにやってみようかなと思ったりする今日この頃である。
10年6月30日(水)「#1095 選挙区取材(大阪)」
今朝はさすがに起きられなかった。6時半に携帯電話のアラームをかけていたが、どうしても目が開かない。なんとか二男とのティーバッティングはしようと思ったのだが、ここも起きられなかった。残念。ワールドカップによる寝不足が溜まっている。
毎週水曜日は基本的に東京に行くのだが、今日は珍しく大阪。時間がとれたので来週に予定していた大阪の選挙区周りをすることにした。各候補の遊説スケジュールを確認して電車で東大阪へ。きょうは予定された時間通りに選挙カーがやってきた。街頭演説の場所には、動員されたとみられる支持者が候補者の到着を待っていた。テレビ局が取材に来ていたのだが、カメラでの撮影が終った途端、候補者が支持者と握手して周るのを止めたのには驚いた。
次の候補者を追いかけて電車を乗り継ぎ高槻へ。ようやく到着したら百貨店の前で候補者の演説が始まっていた。演説が終って道行く人に握手をして周っている候補者が私のところにもやってきた。私がメディアだとは気付いていないようだった。名刺を渡して選挙戦の手ごたえについて聞いた。
駅前まで移動する候補者に付いて行き再び演説に耳を傾けた。その後、また電車に乗って大阪へ。駅前では、比例の候補者が応援の芸能人を伴って演説を行っているのに偶然出くわした。道行く人がさかんに携帯電話のカメラで写真を撮っていた。有名人に対する注目度は高い。通り過ぎる人たちが皆振り向いているが、はたしてこのうちどれぐらいの人が実際にこの候補者に投票するのだろうか。
大阪駅前で演説を聴こうと思っていた候補者がなかなか現れない。選挙事務所に電話してスケジュールを確認すると、臨機応変に場所を変えるかも知れないとのこと。大阪駅周辺で街頭演説する可能性のある場所を何ヶ所か見て周ったが見当たらない。そうこうするうちにその候補者の選挙カーがやって来たが、なんと驚くことに駅前を素通りして走り去ってしまった。どうなっているのだろう。予定が変わることはしょっちゅうだが、人が多く集まる大事な演説場所を素通りすることは珍しい。余程の事情があったのだろう。
夜には本社に戻って選挙の打ち合わせに出席した。ワールドカップと選挙区周りが続いて少し疲れが溜まってきたようだ。そろそろ充分な睡眠が必要だ。
春川正明
はるかわ まさあき
1961年5月5日生まれ
讀賣テレビ放送
報道局解説副委員長
ロサンゼルス特派員、
チーフプロデューサー、
報道部長を経て07年より現職。
関西学院大学非常勤講師
大阪市出身