普天間移設問題で社民党党首の福島消費者・少子化担当相が鳩山首相から罷免されたことを受けて、社民党は全国幹事長会議を開いて連立政権から離脱することを決めた。党の決定として辺野古と書かれた閣議決定に署名を拒否したのだから、連立政権離脱は仕方がないだろう。参議院選挙を控えていることを考えたら、社民党としては自らが最も大事にしている平和と基地について妥協することはできず筋を通した形となった。
罷免された福島党首は、最後に鳩山首相と2人きりで話し合った際に「言葉に責任を持つ政治をしたい」と首相に語った。さらに福島党首は罷免を受けて「私を罷免するということは国民を裏切るということ、沖縄を切り捨てること」、「辺野古に決めた政治に加担したくない」と述べた。迷走を続けた鳩山首相の問題点の核心をついた発言である。
鳩山首相は福島党首を罷免した後も、後任を社民党から出してもらった上、社民党の辻元国土交通副大臣にも職を続けてもらい、できれば社民党との連立を維持したい意向を明らかにしたが、これがまた理解できない。安全保障という国の最も重要な政策に関して考えが違い党首を罷免した党となぜ連立を続けるのか。罷免すれば連立解消に繋がるということを予測しないのだろうか。
社民党は連立を離脱するものの、政策や法案審議には是々非々で対応し、参院選での選挙協力も部分的に行うという。これがまた分かりにくい。政策には是々非々で対応するのは分かるが、袂を分かった党となぜ選挙協力するのか。地方の選挙区が抱える事情は分かるが、政権離脱した以上はお互いに候補を立てて選挙で戦うのが筋だろう。
社民党は昨年の衆院選の比例で約300万票を得ており、07年の前回の参院選の比例でも約260万票を獲得した。都道府県単位の選挙区では数万票単位の社民党の基礎票があると見られているので、激戦区で民主党候補が勝利を得るためには社民党の選挙協力は重要なのだ。その意味では、政権離脱によって参院選で大きな影響を受けるのは社民党よりも民主党の方だろう。
社民党は、野党が鳩山首相に対する衆院での不信任決議案や参院での問責決議案を提出したら賛成する方針を固めた。鳩山首相に対する不信感から政権を離脱したのだから、その対応も仕方がないが、不信任決議案や問責決議案に賛成しても民主党と選挙協力するのは分かりにくい対応だ。
社民党の政権離脱や内閣支持率のさらなる低下を受けて、民主党内からも鳩山首相の責任を問う声が出てきた。参院選で改選となる議員を中心に、これでは選挙を戦えないという声が高まり、民主党は今後の対応を小沢幹事長と輿石参院議員会長に一任した。この党ではいったい誰が一番偉いのだろうか。
普天間をはじめ様々な問題に関する鳩山首相の対応をみて、首相としての資質を問う声が高まっているのは当然だろう。しかし、選挙を戦えないからといってトップの首を挿げ替えるという政治が続いていいのだろうか。国民がなぜ自民党に愛想を尽かしたのか忘れてはいけない。
10年5月30日(日)「#1064 リフレッシュ」
久し振りに仕事以外で大阪を離れて、大好きな野球にも接することが出来ておおいにリフレッシュした。2泊したとはいえ、金曜日は夜遅くの札幌入りで、3日目のきょうも午前の便で神戸に戻ったので、札幌でゆっくり出来たのはきのう丸一日だけだった。
その真ん中の一日はたっぷりと野球を堪能することができた。球場では何人かの方と再会することができたし、素敵なプレゼントもいただいて本当に嬉しかった。プロ野球選手やスタッフの方々を久しぶりに目の当たりにして、一度はプロ野球の世界で働いてみたいなという思いに駆られた。もちろん、プロ選手になれる訳がないので裏方である。プロの世界にもっと深く接してみたい。
野球も楽しかったが、普段お世話になっている方々や札幌に住んでいる旧友との食事やお酒も格別だった。札幌へはこれまでも仕事で何度かやって来たが、この街にやってくると美味しい魚介類やお肉などに舌鼓を打つのが楽しみである。気候のせいもあるかも知れないが、生ビールも大阪で飲むより美味しいような気がする。お酒も美味しかった。二晩連続で久し振りに深酒をしてしまった。しかし、最高に美味しいお酒だったので疲れはない。私だけが楽しくて一緒に飲んだ方々はそうでもなかった、なんてことがなかったことを祈るばかりである。
せっかく札幌まで来たのだからできれば今日もゆっくりしたかったのだが、事情があって朝の便で大阪に戻った。札幌から千歳空港に向かう電車の中で朝刊を読んだが、一面には福島党首の罷免を受けて社民党が連立政権から離脱する方針との記事が出ている。プライベート旅行の帰りだが、早くも仕事モードである。
札幌に来てラーメンを食べる機会がなかったことを思い出し、お腹もすいていたので空港で札幌ラーメンを食べた。家族にお土産を買って飛行機に乗ったが、また新聞を読み込むと共にブログを書いた。仕事全開である。
神戸空港に降り立った。伊丹便がない時間帯は便利だが、なんと言っても便数が少なすぎる。空港の周りは相変わらず空き地が広がり閑散としている。自宅に戻って簡単にランチを食べた後、二男の少年野球の練習試合を観に行った。
8番ライトで先発出場した二男は二打席ともチャンスに打順が回ってきた。いつも以上に緊張しているのがその顔つきや仕草から分かる。それにしても長男といい二男といい、我が家の息子たちはチャンスに打席が回ってくるとどうして過度に緊張するのだろう。美味しいチャンスに回ってきたと思うのは私だけだろうか。
第一打席は空振り三振。第二打席は押し出しのフォアボールを選んだ。第一打席で悪い時の打ち方になっていたので、しっかり構えるようにアドバイスしたら打席での構えがピッシリと決まった。ここはヒットを打つかもしれない予感がしたが四球だった。「緊張するのは毎朝のティーバッティングの量が少ないからや」と二男に言っておいた。
週末の札幌はとても楽しかったが、新聞の読み込みにブログ執筆とやはり仕事を完全に忘れることは出来なかった。それでもおおいにリフレッシュすることができた。貴重な時間を共に過ごした同行者の中で私が一番はじけていたようだ。やっぱりストレスが溜まっているようである。みなさん、お世話になりました。ありがとうございました。
知らなかった。稲葉ジャンプって稲葉が打席に入る度に毎回やるのだとばかり思っていた。北海道日本ハム・ファイターズの本拠地である札幌ドームでのテレビ映像を見ていると、稲葉ジャンプが始まると画面が上下に激しく揺れる。稲葉が打席に入ると観客が立ち上がってその場でジャンプするのだ。
その稲葉ジャンプ、毎打席ではなくてスコアリング・ポジション(2塁か3塁)にランナーがいて稲葉に打席が回ってきた時だけ稲葉ジャンプが行われるのだ。試合の終盤になった時に限って、ランナーがスコアリング・ポジションにいない時でも、ここで一発打てば試合を大きく左右するという時には稲葉ジャンプをするということだ。実際に初めて体験した稲葉ジャンプは凄かった。足元に揺れを感じ、スタンドが波打っているように見えた。
初めて訪れた札幌ドームは本当に綺麗な球場である。人口芝のドーム球場なのだが、敷き詰められた芝の感じが何だか優しいような気がした。札幌ドームの係員の人たちも皆とても親切でファンにフレンドリーな球団だなということを感じた。
ファイターズ対タイガースの交流戦。ファイターズの先発は期待通りダルビッシュだった。札幌ドームでダルビッシュを観るというのが今回、北海道にやって来た目的の一つだ。彼の投球を観るのは昨年春のWBC以来である。きょうのダルビッシュはピンチなどここぞという時は鋭い投球も多かったが、ボール球も多く専門家によると彼本来の調子ではなかったということだ。
対するタイガースはマートン、金本、新井、ブラゼル、城島という打線の中軸は迫力があるが、その他の選手が何とも小粒になった。チーム全体を見渡しても、いわゆるやんちゃな選手が減って、猛虎というチームカラーが薄れているのが少々気になる。
札幌ドームのスタンドではファイターズのユニフォームを着た年配の女性が目立った。まるでメジャーのボールパークのようである。応援も全体的に上品である。ライトスタンドに陣取ったタイガースの応援団の方がある意味目立っていた。北海道でも、ジャイアンツ戦よりもタイガース戦の方が観客動員が多いようである。タイガースの人気はすっかり全国区のようである。
それにしても、ファイターズはすっかり北海道に根付いて、プロスポーツチームのフランチャイズ制の成功例となった。球団や監督、選手たちの努力も大きいが、自分たちのチームを愛するという地元の人たちの思いがチームをここまでに育て上げてきたのではないか。きょうも札幌ドームは満員だった。
10年5月28日(金)「#1062 政府方針と罷免」
そもそも順序が逆ではないか。内閣で日本政府としての方針をきちんと決めた上で、アメリカと共同文書を交わすのが普通なのではないか。米軍普天間飛行場の移設問題を巡って、鳩山内閣は今朝、2プラス2(日米の外務と防衛担当閣僚)で合意した日米共同文書の内容を発表したが、それを受けて政府対処方針を決めるにあたって消費者・少子化相である社民党の福島党首の反対にあってまたまた迷走した。
福島党首は、日米共同文書に移転先として辺野古という具体的な地名が入れば、たとえ政府対処方針に辺野古を入れなくてもダブルスタンダード(二重基準)であり、政府方針を承認する際の閣議決定にも閣議了解にも署名しないことを明言していた。
沖縄や基地問題は社民党にとってはアイデンティティー(よって立つ最も大切なもの)でありあくまで辺野古に反対する気持ちは分かるが、鳩山内閣の閣僚である以上、署名できないのであれば首相に罷免されても仕方がないと思う。
日米共同文書では、在日米軍の存在が日本の防衛にとってもアジア地域の安定にとっても必要な抑止力になっていることが確認された。その上で、普天間の移転先として名護市辺野古と隣接する水域と明記され、具体的な位置や工法については8月末までに決定することで合意した。また米軍の訓練の移転先の一つとして徳之島の地名が書かれ、沖縄の負担を軽減するために県外やグアムなどへの訓練の移転と自衛隊と米軍による施設共用の拡大などの検討も決まった。さらに、すでに日米で合意している海兵隊8000人とその家族9000人のグアムへの移転についても、計画通り進めることが確認されたのだ。
日米合意の内容は、自民党政権で合意した内容に沿ったものである。沖縄の人たち、辺野古周辺の住民にはたいへん申し訳ないが、2014年までに普天間の移設を完了するためには今回の合意内容で仕方がないのではないだろうか。しかし、今回の問題を普天間の移設で終わらせることなく、日本の安全保障や米軍の抑止力について国民的な議論をして沖縄の負担を可能な限り軽減すべきである。
と、ここまでは札幌行きの飛行機の中で書いている。政府対処方針を決める臨時閣議もずれこみ、鳩山首相の記者会見も当初の午後5時から午後9時にずれこんだ。福島党首はどうなるのか、鳩山首相は会見で何を語るのか、札幌に着いてからだ。
千歳空港に着いたら携帯電話にニュース速報が届いていた。社民党党首の福島消費者・少子化相が、辺野古への移設を明記した政府の対処方針の閣議決定に反対し鳩山首相に罷免された。閣僚として首相の方針に従えないのだから罷免は仕方がないだろう。閣僚だった党首が罷免されたことで、社民党が連立政権から離脱する可能性が高まっている。
鳩山首相は今夜会見して、「(最低でも県外移設という)自分の言葉を守れなかったこと、沖縄の皆さんを傷つけたことをお詫びする」と謝罪した上で、「(沖縄、アメリカ、与党という)3者の理解を得られるよう今後も命がけで取り組む」と決意を述べた。しかし、「命がけで」という首相の言葉を信じる人はほとんどいないだろう。
約束を果たせなかったことを素直に認めて国民に対して謝罪したこと自体は評価できるが、国のリーダーとして言葉が軽すぎる。首相に対してだけでなく政治全体に対して失望感を増大させ国民の政治離れをよんでいる首相の責任はたいへん重い。今後は政策を地道に実行し評価されるしか道はないだろう。
全国の4割の知事18人が欠席するとはどういうことだろうか。普天間飛行場の移転問題で沖縄の負担を軽減するために米軍の訓練を全国に受け入れてもらおうと、鳩山首相が全国の知事にお願いするために全国知事会の開催を要請した。しかし、きょうの知事会には18人が欠席した。口蹄疫問題でかかりきりの宮崎県の東国原知事は仕方がないが、その他の欠席した知事は何を考えているのだろうか。残念でならない。
地元沖縄、アメリカ、与党という三者の了解を5月末までに得て完全決着を果たすという鳩山首相の約束の実現はほぼ不可能となった。全国知事会は遅くとも昨年の12月には開くべきではなかったか。6ヶ月遅い。5月末の約束期限(といっても鳩山首相が勝手に決めた期限だが)ギリギリになって沖縄の負担を軽減するために努力はしましたよということを示すために開催したととられても仕方がないだろう。
鳩山首相は全国の知事を前に「日本の安全保障を国民の大きな問題と捉え、こういった所だったら受け入れ可能だぞという話をしてもらえたらありがたい」と米軍の訓練移転をお願いしたが、案の定、知事らからは厳しい意見がとんだ。神奈川県の松沢知事は「まず首相として国の安全保障の理念を示すべきだ」と正論を述べ、東京都の石原知事は「この問題を論じる前にマリーン(海兵隊)が抑止力になっているのか米国に確かめて欲しい」と政府に迫った。また北海道の高橋知事は「ここでどうかという国から個別具体的な提案をするのが大前提だ」と政府の進め方に疑問を呈した。どの知事の言うこともその通りだと思う。この様な議論もせずに場当たり的にこの8ヶ月間を過ごしてきた鳩山政権の責任は重い。
沖縄の仲井真知事は「沖縄県が、日本国民として負うべき応分の基地負担をはるかに超えている」と米軍基地の75%が集中する沖縄の現状を訴えたが、その叫びに真正面から応えたのは大阪府の橋下知事だけだった。橋下知事は「基地を負担している沖縄県やその他の県の犠牲の上に大阪府民は安全にただ乗りしている。政府から話があればできる限りのことはする」と述べ、今回の普天間の移転問題は辺野古に受け入れてもらうしか仕方がないが、今後の第二段階の基地負担軽減に関しては積極的に検討する考えを示した。橋下知事のともすれば強権的になりがちな政治手法については番組でこれまでも批判してきたが、今回の基地受け入れに関しての発言は評価すべきだと思う。大阪や関西が米軍基地を受け入れるとなると現実的にはクリアしなければならない問題が多く難しいと思うが、米軍基地を沖縄に押し付けている現状を直視し日本国民全体で考え直すきっかけになると思う。
それに比べて、橋下知事以外の近畿の1府4県の知事が欠席したのは、たいへん残念である。地域主権が叫ばれ地方の時代と言われているのに、この姿勢では地方の首長に対する不信感も高まるのではないか。5月末になってバタバタする鳩山政権の対応もお粗末であるが、18人もの知事が欠席したことにはがっかりした。こんなことで地方の時代はやってくるのだろうか。
長くこの仕事をしていると、取材や会合などで色々な方とお知り合いになる。何年もお会いしていなかった方とバッタリと再会し旧交を温めることもある。また、知り合いの方が、以前から知り合いの別の方と実は昔からの付き合いだったということもあり、人の輪がどんどんと広がっていく。
番組のプロデューサーをやっていた頃からずっとお世話になっている方と、東京で何かとお世話になっている業界の大先輩が昔から繋がりがあったことが分かり、これまた共通の知り合いでもある政治関係の方を交えてお食事を共にさせていただく機会があった。
人の縁というものは面白いものである。この人とは合うなと思っている人同士が、実は仲が良いということがしばしばある。友達の友達は、友達なのである。人と人との相性というものは大きな広がりを持っていく。
食事の間の話題は、参議院選挙を前にしての政治について。そしてこの国の行く末にまで話が広がり大いに盛り上がった。共通の認識は、国民の期待になかなか応えられない民主党政権、鳩山首相のあまりのふがいなさだった。政治に対する不信感、世の中に蔓延する閉塞感を何とかしなければならないという思いは皆同じだった。
また、本当に久しぶりの再会もあった。97年から01年の特派員時代にお世話になった特派員仲間である。ロサンゼルス特派員はアメリカ国内ばかりでなく、中南米もカバーエリアである。私自身が中南米に興味があったこともあり、支局の助手は代々英語とスペイン語が話せるバイリンガルを雇い積極的に中南米諸国に取材に出かけた。その中南米諸国の取材先でよくお会いした人である。
取材先の現場や空港で何度か一緒になり飛行機や車の移動の際にご一緒したことはあったが、ゆっくりとお話したり食事を一緒にしたりということはなかった。それが、およそ10年ぶりに東京でばったりと出会ったのである。
晩御飯をご一緒することになり特派員時代の昔話に花が咲いた。今の仕事も楽しいが、何といっても特派員は本当にやりがいがあり楽しかった。世の中にこんなに楽しい仕事があるのかと今でも思っている。
誘拐にハリケーンに地震に原油流出と、突発の事件、事故が起きてとにかく一刻も早く中南米の現地へと飛んだあの頃が本当に懐かしい。あの頃の日々を本にでもまとめれば良かったと後悔している。見返したことはないが、特派員の4年間、英語の勉強も兼ねて毎日欠かさず英語で日記を書いていたのだ。余裕が出来たら読み返したいと思っているのだが、帰国後もずっとバタバタしていてその機会がやって来ない。いま読み返してもきっとたいへん面白い日々だったと思う。
韓国の李明博大統領は「朝鮮半島情勢が重大な転換点を迎えている」と記者会見で語った。韓国海軍の哨戒艦「天安」が突然爆発して沈没した事件で、国際的な調査団が北朝鮮の魚雷の爆発が原因だと発表したことを受けて李大統領が会見したのだ。
その中で李大統領は、北朝鮮の謝罪と関係者の処罰を求めると共に、北朝鮮との貿易の中断と人道目的以外の対北支援の凍結、アメリカ軍との対潜水艦の合同軍事演習の実施、対北朝鮮の宣伝放送の再開などの対抗措置をとることを発表した。
李大統領は重要な記者会見の場所として戦争記念館を選んだ。バックに韓国軍の英雄の像がずらりと並んだ場所を演説場所に選んだという演出には、国の安全保障の最高責任者である力強い大統領をアピールする狙いがあったと思われる。一方で、いつもと違う優しい感じがするフレームのメガネをかけていたことは、国民の父という親しみやすさを狙ったものではないのだろうか。いずれにしても国の行方を左右する大事な演説を行うにあたって、国民からどう見られるかということについての大統領周辺の周到な準備がうかがわれる。行き当たりばったりで沖縄入りしたとしか思えない鳩山首相周辺とは大きな違いである。
北朝鮮の暴挙に対して韓国は強い態度で臨んでいるが、軍事的反撃という選択はとらなかった。また、北朝鮮との貿易中断についても、韓国企業が数多く進出している開城工業団地は除外するなど全ての窓口を閉じた訳ではないのだ。
韓国は今後、国連の安全保障理事会へ事件を提起し、北朝鮮に対する国際社会による包囲網を作ることを目指す。この際に日米韓が緊密に連携し北朝鮮に対して強い態度を示すことが重要であるが、鍵を握るのは今回も中国である。
先日、金正日総書記が北京を訪問し中国の首脳と会談して、中国に対して経済支援を求めると共に、北朝鮮が沈没事件に関与していないことを説明したとみられている。韓国が北朝鮮との貿易を中断しても、北朝鮮は貿易量の6~7割を占める中国との貿易にシフトするだけであるという見方もある。
現在、中国では米中の戦略・経済対話が開かれている上、今月末には韓国で日中韓の首脳会議も開かれるというタイミングである。対北朝鮮の国際的圧力を高めるために、日本も中国に対して協力するよう根気よく説得すべきである。
鳩山政権は普天間問題で迷走した結果、日米間で不信感が高まっていると言われているが、今までと違ってアメリカに対して言いたいことを言うというその姿勢は評価されてもいいと思う。鳩山政権はこれまでの政権と比べて中国寄りだとも言われているので、ここで是非、アメリカだけでなく中国に対してもはっきりと述べるべき意見や考えを言うという姿勢を内外に示すチャンスではないだろうか。
今年も有難いことに大学で講義を担当させてもらっている。今年で非常勤講師が3年目になる大学とは別に、他の大学でも講義数は少ないものの非常勤講師をやることになった。またそれらに加えて会社全体で講義を担当している2つの大学の講座でも教える機会を頂いた。学生を相手に話すことは大好きなので、たくさん声を掛けていただき感謝している。
3年目となる大学では今学期も時事問題についての講義を担当している。毎週、その時に最も話題となっているニュースを一つ取り上げて詳しく解説しているのだ。4月から既に6回の講義を終えたが、今までに取り上げた内容は、「新党」、「日本の財政」、「強制起訴」、「普天間移設」、「核不拡散」、「口蹄疫」だ。講義は90分間だが、冒頭ではインターネットのニュースサイトを見ながらその日の新聞朝刊の内容をざっと紹介する。その後でその日の時事問題について解説し、最後の15分ほどで学生にリポートを書かせている。
私の講義は出席重視で、学期末のテストは実施せずに毎週のリポートを採点していくことにしている。受講生は有難いことに年々増えて今学期は150人ほどに膨れ上がった。たくさんの学生が毎週熱心に受講してくれるのは嬉しいのだが、150枚ものリポートを毎週読んで採点するのはかなりの労力を要し正直言ってたいへんである。しかし、その時々のホットなニュースについて学生たちがどの様な考えを持っているのかを知ることが出来てたいへん勉強になる。学生に教えると同時に、学生から教えられることも多い。
最新の時事問題なので仕事柄、基本的な知識は持ち合わせているが、学生に教えるにあたっては前日に新聞を読んだりネットで調べたりしながら数時間かけて講義の準備をするのだ。このことがまた番組でコメントする際にも役立っている。解説委員として番組でコメントすることと、大学の時事問題の講義で教えることがうまくリンクしていると思う。
たまには脱線してテレビや報道の裏側など学生にとって興味深い話もしようと思うのだが、ニュースについて話し始めるとついつい力が入り、毎回あっという間に90分間の講義が終わってしまう。
大学によって学生のカラーも違うのでたいへん興味深い。どこどこの大学の学生はこんな感じと具体的に比較すると面白いのだが、一応講師としての立場もあるので今回は控えようと思う。いずれ機会があれば。
10年5月23日(日)「#1057 日米大筋合意」
この8ヶ月間はいったい何だったんだ。沖縄県の米軍普天間飛行場の移設問題について日米両政府は大筋で合意した。その内容はこうだ。移設先は名護市辺野古にある米軍キャンプ・シュワブ沿岸部で、そこに滑走路を建設する。滑走路を沿岸部のどこに建設するか、建設の工法は埋め立てか桟橋方式かなど具体的な内容は、11月にオバマ大統領が来日する前の9月を目処に決める。また沖縄の負担軽減策として基地機能の沖縄県外への分散移転を検討することでも大筋合意した。
今後は2プラス2と呼ばれる外務と防衛を担当する日米の担当閣僚4人による共同文書として今月中にも今回の合意内容が発表される予定だ。
選挙の際に「最低でも県外」と沖縄県民に約束し去年9月に発足した鳩山内閣は、普天間の移設先について"ゼロベース"で見直し、しかも5月末までに沖縄、米国、政権与党という3者の合意を得るとこれまた国民に約束したが、結局は自民党政権が米国と合意した現行案とほぼ同じ形で大筋合意した。
この合意案を受けて鳩山首相はきょう再び沖縄入りしたが、地元の反応は予想通りたいへん厳しいものだった。鳩山首相は沖縄県の仲井真知事にも名護市の稲嶺市長にも、約束を守れず結局、辺野古への移転で合意したことに対して謝罪した。仲井真知事は「極めてたいへん遺憾でたいへん厳しい」と合意案を批判した上で「時間かけて説明と納得いく解決策を」と鳩山首相に要望した。稲嶺市長はさらに厳しく、「これまでの思いを裏切ることで怒りを覚える」と首相を痛烈に批判し「断固反対する。実現可能性はゼロに近い」とまで言い切った。知事も市長も、大規模な県民集会を開いた地元の反対の声を受けての当然の反応だろう。
仲井真知事も前の名護市長も現行案を苦渋の選択として渋々受け入れたのだった。そういったこれまでの長年の経緯を詳細に検討した様子も感じられないし、米軍の抑止力と沖縄の関係など日本の安全保障についても根本から考えたとも思われない。しっかりとした理念も具体的な考えもないまま、選挙のために思いつきで発言しその後も迷走を続けたとしか思えないひどさである。
呆れているのは沖縄だけでなくアメリカも同じだろう。鳩山首相自身も民主党政権も世界のために腹を割って話し合える相手ではないとオバマ政権は感じているだろう。普天間問題は沖縄の基地問題という一つの政策課題だけに留まらず、いまや鳩山首相と民主党政権の本質を表している問題だと捉えられている。
普天間の問題を一手にしきると大見得をきっていた平野官房長官はいったい何をしているのだろうか。その責任はとても重いが、その官房長官を自らの腹心だからと任命したのは首相自身である。内閣が揺らいでいる。政権が交代しても、またまた1年でこの国のリーダーが代わることがあるとしたら国民の政治不信は頂点に達するだろう。
10年5月22日(土)「#1056 ミュージカル」
私にとってミュージカルといえば宝塚歌劇だが、今回は久し振りに劇団四季の舞台を観てきた。宝塚とまた違った意味で楽しめる舞台だった。
アメリカでもよく舞台を観に行った。ニューヨークへ行く度に出来るだけブロードウェイを楽しむことにしている。「42nd Street」や「CHICAGO」などの舞台が印象に残っている。人気がありなかなかチケットが取れない舞台でも、一人でなら上演時間の前に並べばキャンセルチケットが出て観られることもある。その方法で人気ミュージカルの「カラー・パープル」のチケットを入手して舞台を観たこともあった。
ロサンゼルスでもハリウッドの劇場で家族で「ライオンキング」を観劇したのを覚えている。その後、「ライオンキング」は日本にもやってきて人気を博している。
今回観たのは話題の「ウィキッド」である。大阪の梅田駅前にある劇団四季の専用劇場は思っていたよりもこじんまりとした劇場だった。劇場の中の雰囲気はブロードウェイの劇場のようだ。
舞台といえばいつも宝塚ばかり観ているので、劇団四季の舞台を観てもついつい宝塚と比べてしまう。まず男の人が舞台に立っているのが新鮮だった。当たり前のことだが、あ~宝塚じゃないんだと実感した。男と女の役者が舞台の上で本当に唇を重ねるのを見てどっきりした。そう、宝塚ではキスシーンは形の美しさなのだ。
歌唱力や台詞の発声は劇団四季が上かな。群舞は宝塚のほうが好きだ。芝居は比べるのが難しいが、宝塚くささのある演技が好きである。スター・システムをとっている宝塚と、そうでない劇団四季ではそもそも商業演劇としてのシステムが違うので比較が難しいが、宝塚の舞台のほうが華やかで出演者が輝いているように思う。観客席には宝塚に比べて男性が多い。全体的に宝塚大劇場より落ち着いた雰囲気の劇場である。
「ウィキッド」はもっと派手な展開の舞台かなと思っていたが、想像していたよりも地味な印象を持った。初心者よりもミュージカル通にうける舞台ではないだろうか。
日本でももっともっとミュージカルが上演されて大人が楽しめる舞台が増えればいいのになと思う。生の舞台はやはり最高である。
10年5月21日(金)「#1055 韓国哨戒艦沈没事件」
やはり北朝鮮によるものという結論だった。海上の警備や警戒などを担当する韓国軍の哨戒艦「天安(チョナン)」が突然爆発し船体が真っ二つに折れて沈没し乗組員46人が亡くなった事件で、韓国とアメリカなど各国による合同調査団は、北朝鮮の魚雷による外部水中爆発の結果、沈没したとの調査結果を公表した。朝鮮半島情勢はもとより、日本にとっても大きな影響があるたいへん深刻な事態である。
沈没事件が起きたのは朝鮮半島西側の黄海で、海上の軍事境界線である北方限界線(NLL)の韓国側の海域である。50年に起きた朝鮮戦争は終わったわけではなく現在も休戦中である。陸上部には北緯38度戦に沿って南北軍事境界線が設定されており、海上部には国連軍がNLLを設定したのだが、北朝鮮はNLLを認めず独自の境界線を設定しているため、これまでも何度も北朝鮮と韓国が銃撃戦を繰り広げるなどしている厳戒の海である。
当初から北朝鮮軍の攻撃によるものではないかとの見方が出ていたが、韓国は北朝鮮側の反発を予想して国際社会を見方につけるためにもアメリカやオーストラリアなど各国のメンバーを調査団に加えて公正で客観的な原因調査を行ってきた。
北朝鮮の魚雷によるものだと断定した理由は、現場海域から回収された物的証拠である。魚雷のスクリューなどの部品が回収され、それが北朝鮮製の魚雷と形状や大きさが正確に一致した上、部品にはハングル文字が書かれていてこれも北朝鮮製の魚雷と同じであった。また、事件の数日前に北朝鮮の基地から小型の潜水艇が出航し、2~3日後に戻ったことも確認されている。
調査結果によると、魚雷が直接哨戒艦に当たった訳ではなく、哨戒艦の近くで魚雷が爆発し、その衝撃波によって巨大な水流が起きるバブルジェットと呼ばれる現象が起きて船の底の部分が折れたということだ。
北朝鮮は、調査結果の発表が始まった30分後という異例の速さで「捏造であり、我々に制裁をするかまた攻撃をするなら我々は全面戦争で応じる」との声明をだした。韓国は断固とした措置をとるとした上で、国連の安全保障理事会で北朝鮮に対する制裁を求めていくことになりそうだ。
今回の調査結果は妥当なものだと思うし、北朝鮮の反応も今のところは予想通りである。日本も韓国やアメリカと緊密に連携して北朝鮮の責任を明らかにすべきである。また、北朝鮮の後ろ盾である中国に対しても粘り強く説得して協力を得ることが出来るよう努力すべきだ。今回の沈没事件の北朝鮮の責任を問うと共に、拉致問題や核問題についても各国と連携して一日も早い解決のために全力を尽くすべきだ。
事業仕分けの第二弾後半をのぞきに行ってきた。今回の会場は五反田にある民間のビルのイベントホールである。4月に行われた前回の会議室よりも広くなり快適になった。
前回は一般傍聴の人たちが会場に入りきれずに入場を制限されるということもあったが、今回は傍聴席が大幅に増えたこともあり少し空席も見られた。
会場に来ている一般の人たちは年配の男性が多いが、中には学生と思われる若い人たちの姿も見られた。2つに分けられた会場には、これまでと同じ様にテレビカメラがずらりと並び、取材するメディアの数も相変わらず多い。
事業仕分けも三回目ということで、仕分け人も、仕分けられる人たちも、取材するメディアも、一般傍聴する人たちも慣れてきたようで落ち着いた雰囲気である。体育館で行われた初めての時のような高揚感や盛り上がりはないが、地道に一つ一つ国の事業を点検していくという本来の事業仕分けのあるべき姿に近づいているのかも知れない。
今日は、空港の需要予測を行っている公益法人に対する仕分けを取材した。日本全国に赤字の空港を作り続けた原因の一つと指摘される甘い需要予測に対して厳しいチェックが行われた。
仕分け人が「予測というのは間違えるのが普通で、(数値を)上に間違えたり下に間違えたりするのが普通だが、上にばかり間違えることには不信感を抱いてしまう」と指摘すると会場からは失笑がもれた。一般の人から見れば信じられないようなことが当たり前のように続けられてきた実態が炙り出されていくのを目の当たりにするのは興味深い。
メディアを前にしてのパフォーマンスという厳しい声も聞かれる事業仕分けだが、この様な地道な作業が一般に完全公開されて行政の無駄を省いていくということには大きな意義があると思う。大量のメディアが取材しなくなっても、当たり前のように毎年継続して行われることに意味があるのだと思う。
日本のプロ野球を観戦したのは何年ぶりだろうか。2001年にアメリカから帰ってきた直後に甲子園でタイガースの試合を観たことを覚えているので7~8年ぶりだろう。
今でもアメリカへ行く度にメジャーの試合は観に行くし、06年と09年にはWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)を観戦するためにわざわざアメリカまで行ってきた。東京で開催されたメジャーの公式戦やWBCの予選も観に行ったが日本のプロ野球観戦からは遠ざかっていた。
なぜだろうか。日本のプロ野球に対して興味が無くなった訳ではない。テレビの野球中継も以前ほど熱心ではないが子供たちと一緒に観ている。因みに昔に比べてテレビのプロ野球中継の視聴率は確実に下がり続けている。昔なら20~30%は当たり前だったタイガース対ジャイアンツの伝統の一戦でも20%を超えないことが多い。最近ではジャイアンツの地元の東京でのこのカードの視聴率が一桁ということもあり驚いた。試合開始から試合終了まで放送するBS放送に慣れてしまった視聴者は、試合の途中から放送し始めて最後までお伝えしない地上波の放送に愛想を尽かしつつあるのではないだろうか。
私が日本の球場にあまり足を運ばなくなった理由の一つは、あの熱狂的な応援かもしれない。お揃いのユニフォームやハッピなどを着てトランペットや太鼓のリズムに合わせて皆が一糸乱れぬ動きをして集団で応援するスタイルについて行けないのだ。外野スタンドで熱心に応援しているファンの人たちには申し訳ないのだが、ピッチャーのスピードボールがキャッチャーミットにおさまるバシッという音も、バットの芯で捉えたカーンという打球音もスタンドまで聞こえて来ないのだ。味方チームであれ相手チームであれ、好プレーには大きな拍手をして、手抜きのプレーには味方であってもブーイングするメジャーの応援が懐かしい。
とは言うものの、久し振りに行った日本の球場の変化には驚いた。バッターが打席に入る際には選手ごとに違った曲が流れるのはメジャー流。グラウンドと観客席の間に全く金網がないメジャーのボールパークを見習って、ファールグラウンドにせり出した金網のない特別席が作られている。試合が終わった後には、その席の前を通る選手たちが観客とハイタッチしている。以前に比べてファンサービスに力を入れファンとの触れ合いを大事にしているようだ。スタンドの座席も広くなりゆったりしている。あらゆる点でメジャーを手本にしているようだ。
試合後にはプロ野球関係の人たちとの新たな出会いの場もあった。皆さんフレンドリーで気持ちのいい人たちだった。野球をやっている人に悪い人はいない。新たな出会いに感謝である。サイン貰ったらよかった。
被害はどこまで広がるのだろうか。牛や豚、羊など家畜の伝染病である口蹄疫が宮崎県で発生し、これまでに約11万8000頭が感染していることが分かった。
感染した牛や豚は殺処分されることが法律で決まっている。被害が大きくなるに連れてメディアも大きく取り上げ始め事の重大性は感じていたが、東国原知事が非常事態宣言を出し、これまで農林水産大臣がトップだった政府の対策本部の長が鳩山首相になるに至って口蹄疫は政府の危機管理上もたいへんな問題であるという認識が広がった。
3月末には宮崎県内で最初の発症事例が見つかっていたにも関わらず県が見逃していたことが明らかになった。また、被害が確認されてから赤松農林水産相が大型連休中に外遊に出たことも政府の初動の遅れに繋がったのではないかという声も聞かれる。大臣の外遊については、政治主導ということで副大臣も政務官もいるのだから大臣不在の時にはその人達が自覚を持ってカバーすればいいのではとも思う。
こういった批判に対して赤松大臣は「やってきたことについて反省するところ、おわびするところはない」とまで言い切ったのに、鳩山首相は記者団とのやり取りの中で政府の対応について「それなりの一定の部分は(問題が)あると思う」と認めた。首相と大臣とで言うことが違うという鳩山内閣お馴染みのパターンである。
一方、地元の東国原知事は記者会見で質問を続ける記者たちにマジ切れした。「毎日寝ずに一生懸命頑張っているんです」と。どこかで聞いたフレーズである。集団食中毒事件で雪印乳業の社長も当時、同じような言葉を発した。組織のトップが非常時に寝る間も惜しんで一生懸命やるのは当たり前である。それが仕事である。追い込まれて感情的になる知事には危機管理上、不安が残る。
口蹄疫は人には感染しないし、感染した牛や豚の肉が市場に出回ることもない。万が一感染した肉を食べても人体には影響がない。風評被害が心配される。消費者も落ち着いた行動が求められる。国は全力を挙げて地元の畜産農家を支援しなければならない。
きのうの少年野球の練習でノックを打って審判をやった。次の日に体にくるだろうなと思っていたが、案の定、朝起きると全身がバキバキである。腰も太腿も腕も、全身が筋肉痛である。
内野ノックに続いて外野ノックを久し振りにやった。子供たちは外野ノックを受ける機会がなかなかないので、フライは苦手だという子が多い。少しでもたくさん子供たちにフライを受けて欲しいと思い張り切り過ぎたかな。腰にきた。いつも使わない筋肉を使ったのでひどい張りである。
久し振りにノックバットを握って驚いた。なんと、最初の2球を空振りした。目が悪くなったのだろうか。ショックだった。最近、練習にあまり参加していなかったからだろうか。子供にばかり注意している場合ではない。継続は力なり。もっと練習に参加しよう。
練習試合で主審をやったのだが、これもまた脚が張るだろうなと思った。主審をやる場合は試合中、ずっと中腰の姿勢をとるので太腿が筋肉痛になるのである。それぐらいで筋肉痛になるのかと思われるかもしれないが、1時間以上、中腰を続けるのはなかなかつらい。
全身の筋肉痛に加えて目もショボショボする。首や腕が真っ赤に日焼けしてヒリヒリする。声を出しすぎて喉もヒリヒリする。朝から夕方まで少年野球の練習に参加しただけでこの有様である。全身クタクタだ。練習を終えて帰宅し、ユニフォームを脱ぐ前に愛犬ベルと散歩してお風呂に入った。夕食を食べ終わるとすぐにベッドに倒れこんだが、このまま寝る訳にはいかない。大学の講義の準備をしなければならない。あ~しんど。
これぐらいの運動で全身が筋肉痛になる度に、筋肉の衰えを実感させられる。体を鍛えなおすかな。
野球の神様は正直である。毎日毎日、地道に努力を続けているかをちゃんと見ている。ティーバッティングや素振りの回数ではなくて、少しでもいいから毎日続けることが大切だと息子たちには教えているのだが、子供にとって継続することは難しいようだ。
小学生の二男の少年野球で、練習試合のベンチにコーチとして入った。久し振りにベンチ入りしたが、子供たちの元気のなさに驚いた。試合中に声が出ない。声を出せと言うと、その時だけワーワー言うがすぐに静かになる。ワーワー言うのではなくて言葉を喋れと教えるのだが続かない。
「ナイス・ピッチ」、「ナイス・バッティング」、「ナイス・プレー」など、何でもいいのだ。チームの仲間がいいプレーをした時には、そのことを具体的に言葉に出して褒めるのだ。エラーなどミスをした時には、「ドンマイ」、「切り替えろ」、「元気を出せ」と励ませばいいのである。
ベンチの控えメンバーも元気がないが、試合に出ているメンバーに覇気がない、元気がない。「試合に出られない仲間もいる。試合に出ている責任を考えろ」と、試合後のミーティングで声を荒げてしまった。
9番レフトで先発出場した二男も結果が出なかった。第一打席こそファーストに内野安打を放ったが、チャンスで回って来た第二打席、第三打席にヒットを打てなかった。
満塁のチャンスの第二打席。「どっしりと大きく構えろ」とアドバイスしたが、打席の二男は緊張しているようだ。結果はセカンドゴロ。第三打席もチャンスに空振り三振だった。どちらの打席も初球から積極的にフルスゥイングしたことはとても良かったが、残念ながらヒットは出なかった。
結果が出なかった原因は明らかだ。この1週間、朝のティーバッティングを一度しかやらなかったからだろう。朝起きるのが遅いので、出来なかったのだ。毎日やらないから、ここ一番でヒットを打てない。地道な努力が自信に繋がるのである。
継続は力なり。息子たちには何度も教えているのだが、ついついさぼってしまう。長男はこのところ毎日素振りをしている。目の色が変わってきた。夏の大会では結果が出るだろう。
ちょっと前から小学生の二男はお絵かき教室に通っている。絵を描くのが大好きで、自宅でもアニメの主人公や動物の絵などを器用に描いている。長女が小学生の頃に通っていた教室に通いだしたのだ。そういえば、長男もお絵かきに通っていた。
その作品を見ていると、好きなだけあってなかなか才能を感じさせる。子供は一人一人どんな才能を持っているか分からないので、親がそれを見つけたら大事に育ててやることが重要だと思っている。子供自身がその事をするのが好きであることが大事だとは思うが。子供が小さいうちは、本人が望むなら出来るだけ色々なことにチャレンジさせてやりたいと思っている。
今日も実家に行ってきたが、長女も長男も学校の定期テストの前ということで勉強で忙しくてついて来てくれない。そこで、いつものように二男に一緒に来てとお誘いしたが、珍しく乗り気でないようだ。「今日はゆっくりしたいから」と大人のような口ぶりで断られてしまった。仕方なく一人で実家へと向かう。
実家は大阪市内の府営住宅である。いわゆる団地なのだが、駐車場が少なく団地の周りは駐車禁止になっている。近くにはコインパーキングもない。高齢化が進んで駐車場を契約している人が減ってきている影響なのか空きスペースが増えてきて、これまでは許可をとってそこに駐車させてもらっていた。しかし、工事でもするのか空きスペースには車止めが置かれ駐車できないようになった。高齢者が多く住んでいて、私のように離れて住んでいる家族が訪ねてくることもこれまで以上に多くなると思うのだが、団地を管理する府ではそんな事には頭が回らないのだろうか。
いつものように母を治療院に連れて行った後で二人で食卓を囲んだ。「やっぱり御飯は一人で食べたら美味しないわ」という一言が胸に響く。母をお風呂に入れていて気付いたことがあった。母の頭を洗っていたら、その頭が小さくなったような気がしたのだ。母の頭ってこんなに小さかっただろうかと思った。心の中で思っただけで口には出さなかったのだが、母は「頭小さなったやろ。おばあちゃんの頭洗った時、私も同じこと思ったわ」とつぶやいたのだ。なぜ私がそう思ったことが分かったのだろうか。母の頭を洗う手が一瞬止まったのだろうか。子供が考えていることは何でも分かる。幾つになっても母は母なのだ。
一方、私は子供たちのことがどこまで分かっているのだろうか。かなり分かっているつもりだが、案外分かっていないかもしれない。親子というのは面白いものである。
このところお酒のまわりが速い。まだあんまり飲んでいないのになあと思っているうちに、すっかり気分が良くなってしまうことが多い。基本的に一人でお酒は飲まないのだが、誰かとご一緒していて別れて一人で電車で帰る段階になると急速に酔いがまわってくる。
先日もある番組で放送中にある人に指摘されたが、お酒に酔うと同じことを何度も話しているようだ。自分で話していても、「あれ、この話さっきもしたかな?」と思うこともある。自分で思うほどだから、何度も同じストーリーを語っているのだろう。
お酒のまわり具合についても、同じことを何度もぐだぐだ話すということについても、歳をとってお酒が弱くなってきたという証拠なのだろうか。今月5日に49歳になってから、どうも歳のことが気になる。嫌な年頃である。
両親ともお酒を全く飲まないのに、お酒を嗜むようになった。会ったことはないが、おじいさんが大酒飲みだったそうなので隔世遺伝だろうか。お酒は嫌いではないが、先ほども書いたように一人では飲まないし、基本的には自宅でも飲まない。お酒が好きというよりも、酒場の雰囲気が好きなのだと思う。
お酒は誰と飲むかが極めて重要である。ご一緒する人によってお酒の味は確実に変わる。アルコールであれば何でもいいという訳ではない。
ビールに焼酎、日本酒にワイン、ウィスキーとお酒は何でも飲む。飲む量は人並みであるし、一緒に飲む人に左右される。最も美味しいなと思うのは、日本酒の冷酒だろうか。美味しい冷酒は最高だが、冷酒を飲むと必ず酔っ払うので気をつけるようにしている。
仕事終わりのキンキンに冷えた一杯の生ビール。気の置けない友人と、美味しい料理に舌鼓をうちながら冷酒を一杯。雰囲気のあるバーのカウンターでバーボンをロックでぐっと喉に流し込む。ここまで行ったら確実に酔っ払ってるな。また同じことを言っているのだろうか。
東京から朝一番の飛行機で伊丹へ飛んで空港バスで京都に入った。予定していた時間より少し早く着いたので、読売テレビの京都支局に立ち寄った。数年前に京都支局が現在の場所に移転してお披露目の集まりをやった時に報道部長として関係者の皆様にご挨拶したのが昨日のことのようだ。
支局の皆さんは事件が起きていて忙しそうだった。支局でパソコンを借りてメールをチェックした後、京都市内の大学へ向かった。冤罪被害者の方々が集まって話し合うシンポジウムを取材するためである。
シンポジウムに集まったのは次の方々である。今年3月に宇都宮地裁での再審裁判で無罪が確定した菅家さんと、菅家さんをずっと支援してきた主婦の西巻さん。兵庫県西宮市の知的障害児施設「甲山学園」で1974年に園児2人が死亡した甲山事件で、殺人罪で逮捕され、25年後に無罪が確定した山田さん。1967年に茨城県で男性が殺害された布川(ふかわ)事件で逮捕され無期懲役刑が確定し29年ぶりに出獄して昨年12月に再審開始が決定された桜井さんと杉山さんである。
菅家さんは大学まで来られたものの体調を崩してシンポジウムには欠席となった。以前にもマスコミ倫理懇談会の全国大会で菅家さんのお話はお聞きしたが、きょうまた他の方々との意見交換をされるのを楽しみにしていたので残念であった。
甲山事件に関しては、神戸地裁の差し戻し審の際に当時神戸支局の担当だったので取材した経験がある。その際に山田さんご本人からお話をお聞きしたことがあり、事件についての特集を放送した。
布川事件については最高裁が再審開始を決定したニュースはもちろん知っていたが、当事者のお二人にお会いするのは今日が初めてだった。お二人から直接ゆっくりとお話を聞く機会が持ててたいへん勉強になった。布川事件では7月にも始まる再審で検察側はDNA鑑定を請求し有罪立証をする予定だが、再審では無罪判決が言い渡される可能性が高く注目されている。
足利事件の西巻さんは、新聞記事を読んで事件について疑問を抱き拘置所の菅家さんと文通し面会を重ねてずっと支援してきたという人である。菅家さんとは何の関係もなかった主婦が、ふとした疑問からずっと支援を続けてきたことには頭が下がる。「各々が、気が付いた人が支援する。支援する人があるとないとでは全然違う。たいへんだけど、気楽に取り組む」という言葉が印象的だった。菅家さんはマスコミの大騒ぎから解放され1人で日常の生活に戻って、今までの酷い状況を思い出して苦しんでいるPTSDのような状態だということである。西巻さんはこれからも菅家さんの日常生活を支えていくということだ。
布川事件の杉山さんは「20代、30代、40代はありません、人生で最も充実している時期を失った」と29年間の獄中での生活を振り返り、「自分はやっていないという信念があったので闘ってこられた」と述べた。
桜井さんは、自らを苦しめ続けた日本の司法制度について「変わらない、変わらないでは世の中変わらない。変えようとしなきゃ変わらない。なぜそう思うかというと、(事件との闘いを通じて)自分が変わったから」と胸のうちを語った。その明るく前向きな姿勢がとても印象に残った。
甲山事件の山田さんは「冤罪は今後も無くならない。そういう社会になっていない。先進国で日本だけが憲法に無罪推定を書いていない」と、冤罪を生み出すこの国の問題点を鋭く指摘した。
どんな取材にも共通することであるが、当事者の人たちにお会いして直接話を伺うことが基本であり最も重要である。その人の口からしか聞くことができない話がたくさんある。やはり、取材が基本である。
いつもお世話になっている指圧には月に一度は通うことにしているのだが、このところ忙しくてあまり行けていない。こうなると、首や肩が張ってきて、ひどくなるとズシンと重みを感じるようになるのだ。
またそろそろ疲れが溜まってきたなと思っていたところ、知り合いが整体の先生を紹介してくれた。基本的にはずっと体を診てもらっている指圧の先生に通っているのだが、それ以外にも良い先生がいると聞くと鍼灸でも整体でも体を診てみてもらうことにしている。首や肩、背中のコリがひどいので、体の調子を整えることにとても興味があるのだ。
下町にあるその治療院には、お年寄りの方がたくさん来ていた。とてもはやっているようだ。どんな治療をしてくれるのか楽しみである。
治療台にうつぶせになって首や肩、背中などをチェックしてもらったが、状態はあまり良くないようだ。長年の疲れが溜まっていて、どの部分の筋も筋肉もかなり張っているようだ。
首や腕、足、腰などをバキバキと音を立てて調整してもらう整体を受けるのは久しぶりである。骨盤が少しずれていて、両足の長さも少し違っているようだ。首、肩、背中の筋肉は全て繋がっているので、一部だけを弛めても根本的な治療にならないということだ。
ポイント、ポイントを押さえられるととても痛いのだが、治療を受けて筋肉や筋が弛んでくると体が軽くなってくる。体全体のバランスがかなり崩れているようだ。小学校から野球を続けてきて、その間には腰や膝などあちこち痛めたので古傷も多い。年齢を重ねるに連れて筋力も落ちてくるから、痛みやコリが出てくるのも仕方がない。
治療を受けた翌日には、とてもきつい"揉み返し"が出た。それだけ、治療が効いているということだろう。何度か通って、体のゆがみを調整したいと思う。
10年5月11日(火)「#1045 タレント候補」
タレント候補という言葉自体、最近ではあまり聞かれなくなった。芸能人やスポーツ選手などの著名人が選挙に出る時にメディアがよく使った言葉である。衆議院よりも参議院に多い。いつ解散があるか分からない衆議院よりも、6年間という安定した任期が決まっている参議院の方が著名人にとっても出馬しやすいのかも知れない。より広い視野を持って各界で活躍した有識者ということも求められる参議院議員の本来の役割に合っているということもあるだろう。
参議院の投票方法も影響しているだろう。参議院にはかつては全国区という選挙区があり、テレビなどで全国に広く顔を知られたタレントが有利であった。全国区では、現在は東京都知事である石原慎太郎氏が300万票、NHKの有名アナウンサーであった宮田輝氏が200万票という多くの票を集めたという実績もある。01年の参院選でも舛添氏が150万票を集めて自民党の議席獲得に大いに貢献した。
というのも、現在の参議院の投票方式は選挙区投票と比例代表制非拘束名簿式だからである。都道府県ごとの47の選挙区と比例代表についてそれぞれ投票するのだが、比例代表では政党の名前を書いてもいいし、比例代表の候補者の名前を書いてもいいのだ。比例代表では、政党名とその政党に所属する候補者名の総計がその政党の得票数となり、その票数に応じて比例代表の当選者が各党に割り振られ個人名の得票数の多い順に当選となる。
比例代表に立候補した著名なタレント候補が、その個人的な人気で大量に票を集めると、それだけその党の比例代表の当選者数を押し上げるという訳である。だから政党は比例代表に国民に広く人気のある著名人を候補者としてたてようとするのである。
柔道の谷亮子選手が民主党の比例代表として今夏の参院選に立候補を表明したことは意外ではあったが驚くほどではなかった。しかし、柔道の現役を続けてロンドンオリンピックでも金メダルを目指すことを明らかにしたのには正直びっくりした。
過去にも自民党の橋本聖子参議院議員が現職のまま自転車でオリンピックに出場したことはあったが、ほとんどのスポーツ選手は現役を引退してから政界入りした。スポーツ選手だけでなく芸能人でも、失礼な言い方ながらピークを過ぎた人が選挙に出るというイメージがあるが、谷選手の場合は今でも世界のトップレベルの選手だけに政治と競技の両立は厳しいのではないか。政治家の仕事は片手間に出来るほど楽ではないと思うのだが。
著名人だけでなく今まで政治に関わって来なかった人たちも政治家を目指すことは基本的にいい事だとは思うが、やはり政治を目指す以上は何をやりたいかという政治理念と具体的な政策があってこそだと思う。単に著名人を立候補させて、広がりつつある無党派層の票を掘り起こせると思っていたとしたら甘いのではないか。有権者の目は厳しくなっているのに、そのことに政治家が気付いていないとしたら、政治不信は高まるばかりである。
10年5月10日(月)「#1044 プライベート」
解説委員として書く会社の公式ブログなのに、このところプライベートのことばかり書いている。本来は、時間の都合でテレビの生放送ではなかなか語りつくせないニュースの裏側について書くことを期待されているのだろうが、なかなか筆が進まない。
プライベートについて書くのは今に始まったことではないが、今まではニュースについて書かない日が続くと気になっていた。そろそろニュースについて書かなければと。しかし、ある時から気にしないことにした。書きたいニュースがない時は無理して書かない。ニュースでもプライベートでも、その時に書きたいことを書くことにしたのだ。
土日も休まずに書き続けるのは苦しい時もある。無理をしていてはなかなか続かない。自然体で書くのが長続きする秘訣だとある時分かったのだ。それから気持ちがスッと楽になった。
ブログを書こうとパソコンの前に座った瞬間に迷うことなく一気に書く。自宅で書くことが多いが、会社でも東京支社でも基本は同じように書き始めたら止まらない。速い時で15分ほど、遅い時でも30分ほどで一日分を書きあげる。しかし、事実関係が複雑なニュースについて書く時には、リサーチや確認も含めて1時間ほどかかる時もある。
プライベートについて書く時には、2人の息子についての場合が多い。2人とも野球をやっているので、ついつい息子たちの野球について書いてしまうのだ。2人とも私のブログを読むことはほとんどないので、自分たちの野球のことが詳細に書かれているのを知ったら驚くだろう。もうちょっと成長してこのブログを読み返す時が来たら、結構楽しむことが出来るかもしれない。
妻や娘についてももっと書こうとは思っているのだが、どうしても息子の話、野球の話になってしまう。男のことならどこまで書いていいかだいたい分かるのだが、女性については気を遣ってしまうということもあるのかも知れない。
息子のことはどんどん書くのに、自分についてはついつい慎重になってしまう。やっかいな父親である。自分自身の心のうちについても、もっと踏み込んで書いてみたいと思うが、書き過ぎてしまうことも心配だ。
今日はちょっと脈絡のない内容になってしまった。反省。まあ、こんな日もあるか。
久し振りにユニフォームを着て少年野球のコーチに復帰した。この1ヶ月ほど、週末は母の世話をするためにお休みが続いていたが、母の生活も軌道に乗りつつあるので野球に復帰したのである。
小学生の二男の少年野球は朝から一日中の活動だったが、午前中は参加せずに中学生の長男の野球の練習試合を観に行ってきた。2人の息子の野球の日程が重なると出来るだけスケジュールを調整して両方に顔を出すようにしている。
長男はきょうのダブルヘッダーの2試合目で先発投手だった。バッティング練習や練習試合でピッチャーをすることが多くなってきたようだ。本人もまんざらでもなさそうである。いつもは練習や試合を観に来て欲しがらない長男が試合の日程と場所を教えてくれた。これは、観に来てなというサインである。
マウンド上の長男は堂々としてきた。ピッチャーにも慣れてきたのだろう。観ていて安心感があった。まだ中学生なので直球しか投げないが、3イニング投げて被安打ゼロで2四球、無失点。三振もいくつか取った。まずまずの出来栄えだった。
四球を与えた時は同じパターンだった。カウントが不利になるとストライクを取ろうとボールを置きに行くので腕の振りが鈍くなる。そうなると余計にボールが走らずにコントロールも定まらないのだ。腕を振ることだけを考えると、そこそこのピッチングができると思う。
今日はバッティングも調子が良かった。打席の構えを見た瞬間に、きょうは打つなと思った。重心が下がってどっしりと大きく構えることが出来ているのだ。それにしても、バックスゥイングの時のタイミングの取り方が私とそっくりなのには笑ってしまう。ランナー3塁のチャンスに見事に三遊間を破る快心のタイムリーヒットを打った。春の大会に敗れてから毎日しっかりと自宅で素振りをしている効果が出ている。努力すれば報われるということを学んでくれていたら嬉しい。
昼からは二男の少年野球の練習に参加した。久し振りのユニフォームは何だか嬉しかった。幾つになっても、ユニフォームを着ると心がワクワクする。
公式戦であるリーグ戦では二男の出番はなかったが、その後の練習試合ではレフトで先発出場した。打席は1打席しか回ってこなかったが、ショートへの内野安打かショートのエラーか微妙な当たりだった。その打席でのこと。初球、2球目と積極的にスゥイングしたが空振りとファールチップ。打てそうにない。構えが小さくなって、構えた時の足の幅も狭くなっている。もっと大きく構えろと思った瞬間、3球目が来る前に二男の構えが変わった。バットをぐっと後ろ側に引き構えが大きくなって足の幅が広くなったのだ。私の心の声が届いたかのようだった。これなら打てると思った瞬間、二男の力強い打球はショートに転がったのだ。
長男の場合も二男の場合もそうだが、バッターボックスの構えを見ると、その打席で打つかどうかかなりの確率で分かる。言葉で表すのは難しいが、大きくどっしりと懐の大きな構えをしている時は打てるのだ。これはなにも子供についてだけではないのだ。テレビでプロ野球の中継を観ている時も、ここぞという時にそのバッターが打つかどうかは構えを見るとだいたい分かる。バッターでもピッチャーでも醸し出す雰囲気というものがとても大事なのである。ユニフォーム姿がさまになってくると野球選手として一人前と言われることと同じことである。
長時間の野球の練習に付き合うのはしんどいが、体も心もリフレッシュされる。ギラギラと太陽が照りつける野球のシーズンがやってきた。今年もやるぞ。
このところ週末のお決まりとなった実家通い。二男と一緒に実家に行き、母を自宅近くの接骨院に治療のため連れて行った。その後で夕食に3人でお寿司を食べに行ったのだが、財布の中にあまり現金が入っていなかった。そのお店ではクレジットカードは使えないようだ。あんまりお金がないことを伝えると、小学生の二男は二男なりに気を遣いながらお寿司を注文していく。いつもより注文を抑え気味だ。お金が足りるか気にしているようだ。可愛い奴だ。
夕食の後、母の入浴を手伝った。入浴の介助にも慣れてきた。湯船に浸かって気持ちいい顔をしている母の様子を見ていると、こちらまで幸せな気分になる。
母の家からの帰り道、車の中でひょんなことから、二男が将来どんな仕事につきたいかという話になった。最初、二男は高校を出たら大学に行かずにコンビニでアルバイトをすると言い出した。それを聞いて、まずは、なぜ大学に行って学ぶのかという話から始めた。大学でしっかり勉強して、自分が将来仕事を選ぶ際の選択の幅を広げるのだという話をしたら、「それって正社員になりやすいということ?」と聞いてきた。まだ小学生なので就職や社会に出るということについて全く分かっていないのかと思っていたら、いきなり"正社員"とか言い出す。面白い年頃だ。
そこから二男の質問攻めにあった。「どうして大学に行くの?」、「お父さんが卒業した大学のレベルは?」、「いい大学に行くのは就職の時に出す履歴書のため?」などなど。一つ一つ丁寧に答えたが、思った以上に色々と考えているようだ。
二男の夢はメジャーリーガーになることである。ロサンゼルス生まれでアメリカ国籍を持っているだけに言うことも大きい。しかし、年齢を重ねるにつれて現実の社会というものについても少しずつ分かってきているようだ。きょうはメジャーリーガーになる夢については、「いきなりメジャーじゃなくても、最初はマイナーからでもいい」とか言い出した。
「メジャーもいいけど、みんながプロ野球選手になれる訳ではないので、野球以外には興味のある仕事はないの?」と少し意地悪な質問をすると、「サラリーマンにはなりたくないねん」との答え。私の学生時代の思いと全く同じである。「どうして?」と聞くと、「向いていないと思う」と答えた。これも私と同じである。さすがに血の繋がった親子である。野球選手以外の、将来なりたい具体的な職業について聞くと、寿司職人とか車のデザイナーとか色々な思いがあるようだ。
1時間ほどの車の中で、二男の将来の仕事について色々な話が出来てお互いとても良かった。その中で二男がポツリと言った一言が印象的だった。「いつか現実に向き合わなあかん日が来るのかなあ」と。思わず笑いながら「そんなことないよ!」と言葉を返した。「自分の好きなことを仕事にしている人は幸せやなあ」とも二男が言ったので、「お父さん幸せやで」と正直な気持ちを伝えた。私の息子や、やりたいことが仕事になるって。お父さんが言うのやから間違いない。
占いは嫌いではない。積極的に自ら進んでみてもらうほどではないが、そういう機会があれば占ってもらう。占いであまり悪いことを言われた記憶がない。言われたのかも知れないが、悪い未来は信じないのですぐに忘れたのだろう。良い未来を言われても、その時は嬉しいがいつまでも覚えている訳ではない。どちらにしても、占いで言われたことをいつまでも引きずるタイプではない。
昔から占ってもらう度によく言われることがある。私には武士の姿をした守護神がついているということと、中年以降はお金に苦労しないということだ。自分の占いの内容をあまり他の人に明らかにするのもどうかと思うが、まあ少しぐらいはいいだろう。
アメリカに住んでいた頃にみてもらった時は、今の仕事があっているし、将来東京に行くよと言われた。帰国して6年経って2年ほど東京に単身赴任したが、これも当っているというのだろうか。
最近、何度か占いをしてもらう機会があって同じことを言われるのが少々気になっている。この事についても書こうかどうか迷ったが、今回のブログのタイトルを"占い"にした時点で書くのを決めたのも同然だ。
来年、仕事の上で大きな転換点を迎えるというのだ。仕事をめぐる状況が大きく変わるようだ。とても良いように変わるようだが。占いだけでなく、10年ぶりぐらいに再会した知人にも突然、「春川さん、あんた来年変わるよ」と言われたのには驚いた。
どう変わるのだろうか。思い当たる節はないが、"来年"というのと"大きく変わる"というのが共通しているのだ。良いように変わるのなら喜ばしいことだが。
と思っていたら、つい最近占ってもらった人には、「今年中に変わる」と言われた。そして、もう1人のとても有名らしい占いの人は「この夏に変わるよ」と一言。おいおい、段々早くなってるやん。夏いうたら、もうすぐやん。
何がどう変わるんだ? 今年の夏か、年末か、来年になって今日のブログを読み返すのが楽しみである。
きのうの続き。49歳になった。50代目前である。会社に入った頃、50歳の人といえば超ベテランで、遥か遠いところにいる完全なおじさんだった。それが、いまや自分がその歳に近づこうとしている。これほど年齢を意識させられる誕生日は初めてだ。来年、実際に50歳になった誕生日を迎える時にはどうなるのだろうか。今から心配だ。
40代最後の一年は、チャレンジの年にしたいと思っている。来年になったら、何かしても50にもなって、と言われそうだ。まだ40代のうちに、今までしたことの無いような事にも挑戦したいと思っているが、具体的に何かある訳ではない。少し、年齢を気にし過ぎかなあとも思う。
49歳になって新たな一歩を踏み出そうと思ったが、今朝起きると体がだるい。セキも出て止まらない。発熱しそうな予感がする。完全に風邪をひいてしまったようだ。新たなスタートを切ろうと思ったのに出足から躓いている。
今日は東京なので、電車で空港へ向かおうとしていた時のことだ。乗り換え駅で電車が発車しそうになった時に、ドアが閉まりそうになる電車に飛び乗った。その時だった。私の右手の親指がスーツの上着の右側のポケットにひっかかり、その腕がどこかにひっかかり、ビリッという音がした。布が裂ける音に聞こえたが、満員電車の中では確かめられない。ポケットの辺りを触ると布地がヒラヒラしている。
結局、上着のポケットの両端から布地が裂けていたのだ。思った以上にひどいことになっている。時間がなかったのでそのままで飛行機に乗り、羽田空港の薬局で安全ピンを買って応急処置をした。
体調が悪い上に、上着が破れるアクシデント。40代最後となるこの一年は波乱の年となるのだろうか。充実した一年になることを願わずにはいられない。
49回目の誕生日である。まだ寝ていた朝一番に母から電話がかかってきた。電話が鳴った瞬間に母だと分かった。ここ数年、誕生日の朝に母から電話がかかってくるようになったのだ。その内容は毎年同じだ。「お誕生日おめでとう。元気?体、大事にね、おめでとう」と、それだけ言うとすぐに電話は切れた。この歳になっても、母から見れば子供は子供である。有難いことだ。
嫌らしい話だが、数日前から子供たちに「5月5日は何の日か分かってるか?」と言い続け暗にプレゼントを要求していたが、何も無かった。今朝、私のベッドに潜り込んでまだ寝ていた二男に「今日は何の日?」と耳元で囁くと、二男はまだ眠っているはずなのに「お父さんの誕生日」と小声で答えた。「なんか言うことないの?」と訊くと「おめでとう」とつぶやいた。まだ完全に眠っているはずなのに可愛い奴だ。
誕生日は久しぶりにゆっくり過ごそうと思っていたが、結局疲れた体を休ませるためにお昼寝して終わった。夕方に長男が珍しくキャッチボールしようと言ってきたので久しぶりに相手をした。最近、中学の野球部でショートに加えてピッチャーもやっている長男が投げるボールはびっくりするほど速くなっていた。長男には言わなかったが、正直言うと何球か捕るのが怖く感じたボールもあった。ついにこの日がやってきたか。息子のボールが怖く感じるなんて。自分の衰えを痛感させられると共に、息子の成長ぶりを実感させられた。何にも勝る長男からの誕生日プレゼントだった。
夕方からは恩師のお通夜に出席した。私の中学時代の野球部の監督である。学校の先生でもあり長年、少年野球の指導者も勤めてきた先生のお通夜には多くの方が来られた。その中にはユニフォーム姿の中学生や小学生もたくさんいて、彼らの姿を遺影の中から同じユニフォームを着た先生が見守っていた。先生、安らかにお眠りください。
10年5月4日(火・祝)「#1038 首相沖縄訪問」
本当にこの内閣は大丈夫なのだろうかと心配になる。5月末までに米軍・普天間飛行場の移設問題を解決すると何度も断言している鳩山首相が首相就任後初めて沖縄を訪問した。そもそも沖縄を訪れるのが遅すぎる上、これほど何も根回しせず沖縄の人たちに伝えるべき決定事項もないままに一国のトップを現地入りさせる政府の稚拙なやり方には驚いてしまう。
沖縄を訪れた鳩山首相は沖縄県の仲井真知事に「全てを県外にということは現実問題として難しい」と述べ、「最低でも県外」と言い続けてきた自らの約束を断念したことを初めて明らかにした。そして、知事に対しては移設計画の具体的な内容を伝えなかったのに、知事とは別に会談した沖縄県議会議長らに対して「沖縄にも徳之島にも普天間の基地移設に協力を願えないかとの思いで来た」と伝え、メディアが伝え続けてきた徳之島についても移転先の一つとしていることを、これまた初めて公にした。
どのレベルのどの人にどの順番で何を伝えるのかという考えも事前の準備もなく、場当たり的に思いつきで話しているとしか思えないやり方である。徳之島に対しても、地元の町長や住民に対して説明する前に、地元の有力者である元国会議員に首相自ら協力を依頼しに行ったのには驚いた。順番を間違っている。沖縄の人に対しても、徳之島の人に対しても、その気持ちを逆なでする無神経なやり方だと言わざるを得ない。
沖縄の人たちに対して一貫して低姿勢で、至らないところは謝罪することも厭わない首相の姿勢は、その人の良さが滲み出て鳩山さんという一人の人間としては共感できるところもあるが、鳩山さんはただの人ではなく総理大臣でこの国のリーダーなのである。その発言も行動もあまりに軽すぎないか。
首相の軽さはこれだけに留まらない。普天間問題が話し合われる度に出てくるキーワードの"抑止力"について首相は「米海兵隊の存在は、必ずしも抑止力として沖縄に存在する理由にならないと思っていた。学べば学ぶほど抑止力(が必要と)の思いに至った。(認識が)浅かったと言われればその通りかもしれない」と記者団に語った。人が良くて素直であるにしても程がある。この国をどう守っていくかという国の根幹である安全保障について勉強したら変わったと言われても戸惑ってしまう。首相としての資質を問う声が高まっているのは当然だろう。
首相も首相だが、これだけ無防備に首相を当事者たちの前にさらけ出させてしまう官房長官をはじめとする首相官邸の危機管理能力にも不安を覚える。普天間だけでなく、他の政策に関しても同じ不安を感じることが多くなってきた。民主党の政権担当能力そのものが問われている。
きょう5月3日は憲法記念日である。政権交代して政治に対する関心は高まったが、民主党自体の憲法に対するスタンスが定まらないこともあってか民主党政権になってから憲法論議が盛り上がらない。憲法記念日に憲法について考えてみたい。
新聞各紙は社説で憲法について取り上げ関連記事もいくつか書かれている。これに対しテレビは新聞のテレビ欄を見る限りは、NHKは特別番組を組んでいるものの民放各局では憲法を取り上げる番組はほとんどない。
憲法では視聴率が取れないことが大きな理由だと思われる。憲法と視聴率ということで思い出すことがある。7~8年前に、政治や経済、社会問題などを扱う全国ネットの番組のチーフプロデューサをやっていた時のことだ。週1回の放送日がちょうど5月3日にあたっていたので90分間の番組全編を使って憲法を特集することにした。
全編を憲法で放送するのは視聴率を考えると厳しいのではないかという声もあったが、国の最も重要な法律である憲法を憲法記念日に真正面から考えたいという気持ちから、番組責任者の私が踏み切ったのである。
内容には満足したが、視聴率は予想通りあまりよくなかったと記憶している。テレビ報道の難しさをあらためて感じた出来事だった。
ところで、実際に憲法を改正するための手続き法である国民投票法が自民党政権の時に成立し今月18日に完全施行される。これで衆議院では100人以上、参議院では50人以上の議員の賛成があれば憲法改正の原案を提案できる。原案は提出された議院の憲法審査会にかけられて、ここで可決されればその議院の本会議にかけられ議員の3分の2以上の賛成で可決され、もう一方の議院に送られる。そこでも同じ手続きが行われ再び3分の2以上の賛成が得られれば国民投票にかけられるのだ。
国民投票では有効投票の過半数の賛成を得られれば憲法が改正されることになるのだ。国民投票できる年齢は18歳以上に決まったが、そのためには公職選挙法や民法を改正して選挙権を得る年齢と成人年齢を20歳から18歳に引き下げることが前提なのだが改正はまだされていない。
それだけではない。憲法改正の原案を審査する憲法審査会については、衆議院では審査会規定を定めただけでまだ動き出しておらず、参議院にいたっては規定すら定められていない。
最近の世論調査では憲法を改正することに対して賛成と反対の割合が拮抗しているが、憲法改正の議論をすることを支持する割合は高まっている。もう議論すら出来ないという時代ではないと思う。
憲法改正に向けての手続きに関して進んでいないのは立法府、すなわち国会の怠慢である。憲法を改正すべきかどうか、改正するならどの部分をどう改正するのか。そろそろ本格的に議論する時が来ているのではないだろうか。
週末ごとの実家通い。今日は長女を連れていくことにした。長男も二男も野球の練習で忙しい。1人で行くのも淋しいので長女に付いて来てくれるようにお願いしたのだ。長女と二人きりでのお出掛けは久しぶりである。
車に乗る前に長女は大好きなK―POP(韓国のポップス)のCDを車にセッティングした。長女と車に乗る時はいつも車内に韓国語が響き渡る。メロディーに合わせて韓国語の歌詞を口ずさんでいるのを聞いて驚いた。韓国語を少し勉強しているのは知っていたが、好きこそものの上手なれとはこのことだ。その覚えの速さに驚いてしまう。
彼女のお気に入りの韓国人歌手が一つの歌を一番は日本語で、二番は韓国語で、三番は英語で歌っているのを聞きながら長女が全て口ずさんでいたのには感心した。語学に対する才能があるのかもしれない。
長女と二人でまず親戚のおばさんを老人ホームに訪ねた。もうすぐ100歳という高齢だが元気である。老人ホームの職員の方々の献身的なお世話にはいつも本当に頭が下がる。訪ねたのはお昼時だったのだが、それぞれの入所者の体調に応じて、食べやすいようにおかずを小さく切っているのを見かけた。たいへんな仕事である。介護職員の報酬の低さがよく指摘されるが、彼らの仕事ぶりに接する度に労働環境をもっと改善するべきではないかと感じる。
実家の母は久しぶりに娘を連れて来たのでいつにもまして嬉しそうだった。女の子だけによく気がついて、あれやこれやと母の世話をしてくれる。実家の私が住んでいた部屋の荷物を片づけた後で母の入浴を手伝った。気持よさそうだった。実家に帰る度に連れて行く子供を入れ替えて母を楽しませてあげたい。
10年5月1日(土)「#1035 ゴールデンウィーク」
早くも5月である。しかも知らないうちにゴールデンウィークが始まっている。連休中も仕事だ。管理職の頃はカレンダーどおりに休みがとれ祝日もゆっくり出来たのだが、解説委員になってからは番組出演のスケジュールが優先なので祝日も関係ないのだ。
今年のゴールデンウィークの休みは曜日の並びも良く、昨日の金曜日に休みを取れば7連休である。海外に出てもゆっくり出来る日程である。子供たちが中学や高校に行ってクラブなどの活動で忙しくなり家族揃って何日も旅行に行くということがなくなり寂しい気がする。今後もますます子供たちも忙しくなるばかりだろうから、家族みんなで旅行というのはなかなか実現できそうにない。
それにしても、たまの休みになると体調が優れなくなるのはなぜなのだろうか。数日前から喉が痛くて目がショボショボし体もだるかったのだが、今朝は起きること自体が辛かった。どうやら風邪を引きかけているようだ。普段、生放送に出るというとても緊張感のある仕事をしているだけに、休みになると緊張が切れてしまうようだ。妻に言わせると、いつも体に無理をさせているので、休みになるとゆっくりするように体が信号を出しているのではということだ。確かにそう思う。
きょうは一日ゆっくり寝て過ごそうと思っていたが、昼まで寝た後に自宅近くの中学で行われている長男の野球部の紅白戦を観に二男と愛犬ベルを連れて行ってきた。きょうはピッチャーをやるということだったので、どんな風に投げるのか楽しみだったのだ。マウンドに立つ姿は思っていたより様になっていてピッチャーとしての雰囲気があった。高校に行ってしっかりと指導を受ければピッチャーをやれるかも知れない。
自宅に戻ってから庭で二男とティーバッティング。最近また振りが鋭くなってきたが、バットが少々下から出るのが気になるのでアドバイスした。二男は集中力が長く続かない傾向があるので、その点も教えている。このところ毎週日曜日に実家に行って母の面倒をみることが多く、二男の少年野球に行ってやれていないのが気になっている。
夕食が終わってからは大学の講義で学生に毎回書かせているリポートを読んで採点した。2回分溜まっていたのでかなり時間がかかった。そしていまブログを書いている。体調が良くないのでゆっくりしようと思ったが結局、午後からは忙しかった。夜も11時を回ったのでそろそろ寝ることにしよう。
非常勤講師としていつも教えている大学とは別の大学に行ってきた。ここの大学でも今年は非常勤講師として何回か講義を担当することになったのだ。
大学が違うと学内の雰囲気も違うし学生の感じも違うような気がする。今回はいつもの大学とは学部も違う。普段は150人ほどの学生を相手に大教室で講義しているのに対して、今回は小さな教室で20人ほどの学生への講義だった。だから余計に違いを感じたのかも知れない。
講義の内容は「政治とメディア」についてだった。政治の最新情勢について話すと共に、その政治を取材するメディアの基礎知識についても講義した。講義の最初で自らのプロフィールについて説明したのだが、短く話そうと思うのだが入社以来の仕事について語りだすとついつい長くなってしまう。90分の講義の中の分量としては少し喋り過ぎた。
いつもと違って少人数が相手なので、一人一人のリアクションが良く見えて話しやすいし話しがいもある。私が講義している間にも聞きたいことがあれば随時質問してくれるように学生にはお願いしたが、さすがに合間に質問を挟むのは難しそうだった。
政治とメディアについて話しながら学生に対して時々質問を投げ掛けて行く。その際、私と目線が合った学生を指名して質問するのだが、それを続けていくと段々と学生が私と目線を合わせようとしなくなるのが面白い。
90分間の講義のうち最後の30分ほどは質疑応答にしようと思っていたが、いつものことながらついつい喋りすぎてしまい、残り時間が20分を切ってしまった。学生1人1人に座っている順番に講義の感想と質問をしてもらうことになったのだが、案の定時間切れとなり最後の学生まで行かなかった。テレビの基本である時間内に収めるということが出来なかった。テレビマンとしては失格である。
次回の講義では時間配分にも気をつけて、学生とやり取りしながら充実した講義にしたいと思う。今日は特別聴講生がいたのでやりにくいかと思ったが、話し出すと気にすることもなかった。この大学の大学院で学んでいる妻が聴きに来たのである。講義後に感想を聞いてみたが、満足していないようだった。次回はさすがと言わせてみたい。
春川正明
はるかわ まさあき
1961年5月5日生まれ
讀賣テレビ放送
報道局解説副委員長
ロサンゼルス特派員、
チーフプロデューサー、
報道部長を経て07年より現職。
関西学院大学非常勤講師
大阪市出身