午後3時から始まる党首討論の1時間前に国会に着いた。席をとっておこうと党首討論が行われる衆議院の第一委員会室に行くと、1時間前だというのに既に記者席の前方2列程には机の上に記者の名刺やメモ帳が置かれ席が確保されていた。首相官邸での記者会見の際などに記者クラブのメンバーらが席を確保するために早い段階で記者席の机の上に名刺などを置いているのをいつも苦々しく思っていたが、今回は私も机の上に名刺を置いて席を確保してしまった。それほど記者の関心が高まっている党首討論だった。
それほどまでに期待した党首討論だったが、結論から言うと残念な結果だった。きょうの党首討論では、もちろん鳩山首相がどう答えるかにも焦点があたったが、ある意味それ以上に注目されたのは自民党の谷垣総裁が鳩山首相をどう責めるかということだった。
前回の党首討論で谷垣総裁が鳩山首相を攻めきれなかったことで自民党内で谷垣降ろしの声が高まっただけに、今日の党首討論は谷垣総裁にとっても自らの立ち位置をかけた勝負だったのだ。
谷垣総裁に対して、「冒頭で時候の挨拶などをしないように」、「ですます調で話さないように」などのアドバイスが自民党内からあったと聞いたが、問題はそんなことではないだろう。首相と対峙して何を論じるかということだろう。
首相も総裁も前回に比べて声に力もあったし、語り口調に迫力もあった。しかし、中身がないのだ。35分間の討論時間のほとんどを政治とカネ、普天間問題に費やしたのだが、最も聞きたかったのはそんなことではない。もっと大事なことがあるだろう。経済が落ち込んで山ほどの借金があり、国際的にもその地位が低下し危機的な状況にあるこの国をどうやって立て直すのかということについて大いに論争して欲しかった。相手を貶めるための論争ではなく、未来について語るべきではないか。
そのためには35分という時間は短すぎる。公明党の山口代表にいたってはわずか10分である。お互い本当にこの国のことを思っているなら、2時間でも3時間でもやるべきではないか。党首討論を聴いて虚しくなった。
10年3月30日(火)「#1003 長官狙撃時効」
こんな事をしてもいいのだろうか。今回の警察の発表には本当に驚いた。メディアはもっと批判してもいいのではないか。
95年に警察庁の国松孝次長官が狙撃され重傷を負った事件は、きょう午前0時で公訴時効となった。一国の治安機関のトップが襲われるという重大事件で、警察は犯人を捕まえることができなかったのだ。
この事件の捜査は異例の展開をたどった。事件発生の10日前に地下鉄サリン事件が起きていたため、本来捜査を担当するはずの刑事部の手が回らず、テロや組織犯罪を担当する公安部が捜査を担当することになった。
オウム真理教の信者であった元巡査長が「自分が撃った」と供述し逮捕されたが、供述が二転三転したこともあり不起訴となった。一方で刑事部は別の強盗殺人未遂事件で服役中の男の犯行の可能性があるとして捜査を行ったが立件できなかった。
そしてきょう時効を迎えたのだが、警視庁の公安部長が時効を受けて異例の記者会見を行った。その冒頭発言では「これまでの捜査結果から、この事件は、オウム真理教の信者グループが教祖の意思の下に、組織的・計画的に敢行したテロであったと認めました」と述べた。事件の重大性や国民の関心の高さ、オウム真理教が今なお観察処分を受けていることから異例の捜査結果概要の公表に踏み切ったということだ。
明日から30日間、警視庁ホームページに掲載される捜査結果概要では、元巡査長を含めて匿名のAからHの8人のオウム真理教信者8人のグループをこの事件の犯行容疑グループとして特定しているのだ。
刑事責任を立件できなかったにも関わらず、オウム真理教という具体名をあげてその信者グループによる犯行だとなぜ言えるのか。いくらオウム真理教とはいえ、そのやり方は人権侵害ではないか。断定できるならなぜ立件しないのか。全く理解に苦しむ。自分たちはこれだけ捜査をやったのだという警察の言い訳にしか聞こえない。
こんな事が許されるなら、何のための法律なのか。法治国家の警察の役割を越えているのではないか。警視庁の上層部は、そして警察庁は、なぜこの様な発表を許可したのだろうか。重大事件を解決できずに時効を迎えたことだけでも問題であるのに、警察はさらに大きな問題を抱えてしまったのではないか。
純粋な法律理論とは別の"市民感覚"で司法手続きが大きく変わることになる。5年前、乗客106人と運転士が死亡し500人以上が負傷したJR福知山線脱線事故で神戸第一検察審査会が、検察が不起訴としたJRの歴代社長3人について起訴議決の判断を示し3人の元社長が強制的に起訴されることになった。
検察審査会に関する法律が改正されて、検察審査会が2度、起訴相当の議決をすると弁護士が検察官役となり強制的に起訴されることになったのだ。強制起訴となるのは、明石の歩道橋事故で神戸地検が不起訴処分とした当時の明石警察署副署長のケースに続き二例目である。
福知山線事故を巡っては、元鉄道本部長だった前社長が業務上過失致死傷罪で在宅起訴され裁判で刑事責任を問われることになっている。業務上過失致死傷罪では法人の責任を問うことができず、罪の構成要件でもある予見可能性(事故が起きるかもしれない可能性を事前に予想することができたかどうか)や注意義務違反を立証することが難しいことなどから歴代社長3人の起訴は難しいと判断された。
しかし、遺族らは事故の背景には安全より利益を優先するJR西日本の企業体質があったとして、事故原因を究明して責任を明らかにするためには歴代社長の起訴が必要だとして検察審査会に申し立てていた。
裁判で歴代社長3人の刑事責任を立証することには困難が予想されるが、市民感覚で検察審査会が強制起訴できるようになったことについては意義があるだろう。ただ、強制起訴という強大な力を手に入れた検察審査会の責任は今まで以上に大きくなるだろう。過去には、甲山事件において検察審査会の議決を受けて再逮捕された被告が20年以上の長期裁判にかけられて結果的に無罪になったという冤罪事件の事例もあるのだ。
歴代社長の刑事裁判の法廷で、事故原因が究明されることを期待する声も大きいが、歴代社長側は否認する可能性が高いのでどこまで明らかになるかは分からない。刑事裁判とは別に、事故調査委員会を強化するなど事故原因の究明と再発防止を確実にする仕組みが必要ではないだろうか。
10年3月28日(日)「#1001 冷凍ギョーザ逮捕」
突然のニュースだった。2年前に千葉と兵庫で中国製の冷凍ギョーザを食べた人が毒物中毒になった事件で、中国の警察当局は冷凍ギョーザを製造した会社の臨時従業員を毒物を混入した疑いで逮捕したと発表した。東シナ海でのガス田開発問題と共に日中両国の懸案事項となっている冷凍ギョーザ毒物混入事件は大きな節目を迎えることになった。
それにしても突然の発表である。警察当局によると容疑者は犯行を認めていて、長く臨時従業員として勤めていたが正社員にしてもらえなかったことに不満を持ち犯行に及んだと供述しているという。有機リン系殺虫剤のメタミドホスをギョーザに混入するのに使われたとみられる注射器も押収された。事件から2年も経って注射器が残されていたのだろうか。犯行の手口や単独犯かどうかも分かっていない。逮捕された罪名は危険物質投入罪である。
被害は日本国内で出ているので日本の警察も逮捕された容疑者を取り調べたいところだが、日中両国間には犯罪人引き渡し条約がないことから、日本が中国に代理処罰を求めることになる。
日中両国の懸案事項が解決に向けて動き出したという大きなニュースであるにも関わらず、中国国内ではいつもながらの情報統制が敷かれている。冷凍ギョーザを製造した天洋食品のある河北省石家荘市の地元メディアは逮捕について独自に取材することを許されず、北京の中央政府の意向を反映する国営の新華社通信の報道を引用している。逮捕を受けて中国政府への批判や反日の動きが広がることを警戒しているのだろう。
逮捕のニュースを最初に聞いた時には、逮捕された男が本当に犯人なのだろうかと疑いたくなるような気持ちを持ったが、案の定、中国国内でも日中両国に刺さった刺を抜くためのスケープゴートにされたという見方もあるという。
なぜこのタイミングでの逮捕なのだろうか。これが日本国内なら、捜査が進展し逮捕できる証拠が揃ったからとなるのだが、中国での出来事だけに国内政治上や外交上の思惑があるのではと勘繰りたくなる。
中国が国の威信をかけて5月に開幕する上海万博のオープニングに鳩山首相にも訪中して欲しいのではという見方や、温家宝首相が年内にも来日する前に懸案事項を解決しておきたいのだろうという見方も出ている。どちらも大いにあり得る背景事情ではないか。
被害が出ているのは日本国内である。事件直後に日本国内で混入された可能性は低いとした日本の警察の見方に対し、中国の公安当局が中国国内で混入された可能性は極めて小さいと強く反論したという経緯もある。中国は日本政府に対して情報を公開し、納得の出来る説明をするべきである。原因や経緯を誠実に説明し、自らに非がある場合は潔く認めて謝罪するという態度が友好国のとるべき姿勢ではないだろうか。
10年3月27日(土)「#1000 祝!1000回達成」
タイトルに「1000回」と打ちこむ際には、さすがに感慨深いものがあった。ここまで続けることが出来たのは、いつも目を通して下さる読者の方々のおかげである。本当にありがとうございます。そして、くじけそうになる私をいつも励まし続けてくれている妻にも心から感謝したい。ありがとう。
1000回の節目にあたり今の正直な気持ちを綴ろうと思っていたのだが、こんな日に限って大きなニュースがいくつも飛び込んできた。JR福知山線脱線事故について検察審査会がJR西日本の歴代社長3人について二度目の起訴議決をし、強制的に起訴されることになった。中国製の冷凍毒入りギョーザ事件で中国の警察当局が容疑者を逮捕した。このブログでもすぐに取り上げるべきビッグ・ニュースだ。しかし、今回は私にとって記念すべき節目の回なのでニュースについて書くよりも自分のことを優先することにする。
今の自分の気持ちを正直に申し上げると、オリンピックでメダルを獲った選手が言ったように、「自分で自分のことを褒めてあげたい」だ。やったぞ~。オリンピックのメダルと一緒にするのかと言われそうだが、それほど嬉しいのだ。解説委員になった日に書き始めたブログを、週末も夏休みや正月休みも含めて一日も休むことなく書き続けることが出来たことも嬉しいが、1000日も経ったのにまだ何とか解説委員として働かせてもらっているということも正直嬉しい。番組スタッフの皆さんはじめ、共演者の方々、取材先の方々、勉強会でお世話になっている方々、友人、知人、そして視聴者の皆様が支えて下さったおかげである。感謝の気持ちでいっぱいだ。
それにしても、このブログを書き続けるために、今までどれだけの時間を費やしてきたのだろうか。内容によっても違うが、簡単な身の回りのことについて書く時は15分ぐらい。難しいニュースについて書くには1時間以上かかることもある。平均すれば1回書くのに30分少しか。30分として1000回で30000分。ということは500時間。なんと20日間と20時間である。こうしてみると、ものすごい時間と労力を注ぎ込んできた。コツコツと続けて来たことが積み重なって1000回になったのだ。
さて、この先どこまで続けることが出来るのか。野球が大好きな私としては、日本プロ野球の名球会入りの資格である2000本安打を目指すか、それともメジャーの野球殿堂入りの条件の一つとも言われる3000本安打を目指すか。どちらにしても先はまだまだ長い。単に"通算"安打ではなく、"連続"安打なので、その道はなお険しい。私の性格上、連続安打が途切れた時には、打席を外してバットを置くことになるだろう。しかし、その前に解説委員という"試合"に出続けることが求められる。
1000回達成記念として写真でも撮ってこのブログに載せようかとも思っていたが、夜中の更新となったのでこの先の楽しみとしよう。
「読んでるよ」、「面白かったよ」の一言が何にも勝る心の支えであり、連続安打の活力源だ。今後ともご声援のほど、よろしくお願い申し上げます。こう見えても、褒められて伸びるタイプなのである。
「自戒の意味を込めて謝罪をさせていただきます」と裁判官3人が起立して菅家さんに対して頭を下げた。警察も検察も謝罪していたので裁判所はどういう形で謝罪するのか注目されていたが、可能な範囲で誠実に裁判所として謝罪の気持ちを表したのではないか。ただ、ここまでする覚悟があったのなら、菅家さんとメディアが求めていた判決言い渡しのシーンのテレビカメラによる撮影と録音を実現してほしかった。裁判所が菅家さんに謝罪するシーンをテレビで放送することで、17年半もの間、冤罪で刑務所に入れられていた菅家さんの名誉を回復する手助けになったのではないだろうか。
1990年に栃木県足利市で4歳の女児が行方不明になり遺体で発見された足利事件で、殺人容疑で逮捕され無期懲役刑が裁判で確定し服役していた菅家さんに対する再審の判決公判が宇都宮地裁で開かれ無罪判決が言い渡された。逮捕から18年3カ月を経てようやく冤罪が晴らされたのだ。
再審の判決では、最高裁が有罪を確定した際に証拠として採用した事件当時のDNA鑑定の証拠能力が否定された上、菅家さんの自白についても信用できないと判断された。
再審では、ただ単に無罪を言い渡すだけでなく、なぜ冤罪が起きたのかを解明するために弁護側は証拠調べを求めた。今回の再審では検察側も無罪主張をしたため、証拠調べをせずに一刻も早く再審請求者に無罪が言い渡されるのが通常だが、裁判所は再審を開始する決定的な証拠となったDNAのやり直し鑑定を行った鑑定人や、事件当時の検察官などに対する証人調べ、取り調べ中に検察官によって録音されたテープの法廷での再生を行うなど異例の展開となった。
判決言い渡しの最後には裁判長は菅家さんに対して「菅家さんの真実の声に十分に耳を傾けられず、17年半もの長きにわたり自由を奪う結果となりましたことを、この事件の公判審理を担当した裁判官として誠に申し訳なく思います」と謝罪した。さらに「このような取り返しのつかない事態を思うにつけ、二度とこのような事を起こしてはならないという思いを強くしています」と裁判官としての心情を正直に語った。
これを受けて閉廷後会見した菅家さんは「考えていた通りの謝罪があり納得した。感無量だ。完全無罪で嬉しかった」と喜びを語った。
菅家さんは当初、地裁で再審請求を棄却されたが、高裁での即時抗告審でDNAの再鑑定の実施が決定されて被害児の下着に残っていたDNA型と菅家さんのDNA型が一致しないことが分かり、再審が始まる前に異例の形で釈放され今回、無罪判決が言い渡された。その再審開始に向けて大きなきっかけとなったのは足利事件の疑問点を追及し続けた日本テレビの報道である。取材スタッフによる地道な調査報道が実を結んだのだ。その功績は高く評価されるべきである。
再審で完全な無罪判決が言い渡されたが、弁護団が求め続けている冤罪の原因の解明が全て終わった訳ではない。冤罪が二度と繰り返されないために、今回の事件の検証を行うと共に、取り調べの全面可視化、つまり取り調べの様子の全面的な録画、録音の導入、それに自白強要に結び付くと指摘される代用監獄の廃止、容疑を認めない限り保釈しないという人質司法の改善などについて前向きに検討すべき時が来ているのではないか。事件当時に犯人視報道を繰り返したメディアも自己検証して何のために事件報道するのかという原点についてもう一度考えることが求められていることは言うまでもない。
平成22年度(2010年度)予算が成立した。政権交代が起きて年度内に予算が成立するかどうかが注目されていたが、野党である自民党の抵抗も不発に終わり年度末まで1週間を残しての成立となった。
1993年以来の本格的な政権交代が起きて半年なのだから、1年目から100%満足な予算が組めるとは思ってはいないが、これからのことを考えると少々不安な予算である。一般会計総額は過去最大の92兆円にのぼり、予算の財源となる歳入のうち税収が37兆円、借金である新規国債発行額は当初予算としては過去最大の44兆円と戦後初めて税収より国債発行額が上回るという非常事態である。先の衆院選で国民に約束したマニフェストを実現するための財源を充分確保することなく借金に頼る予算である。
民主党は政権を獲るまでは一般会計と特別会計を合わせた約207兆円の国の予算を根本的に見直して無駄を排除すればマニフェストを実行するための予算として10兆円は出てくると言っていたが、期待された昨年の事業仕分けでは約7000億円しか捻出できなかった。これで予算をどうやって組むのだろうと思っていたら、案の定借金に頼ることになった。
これだけ経済が落ち込み不景気の嵐が吹き荒れている現状では企業の業績も上がらず税収が落ち込むことは容易に予想できる。100年に一度とも言われる非常事態なので、借金することもある意味仕方がないだろう。しかし、その為には国としての将来の展望をしっかりとたてて何年後にはこうするから、今はこれだけの借金をすることを理解してくださいと丁寧に説明することが必要ではないだろうか。その為には、政府が国民から信頼されていることが前提条件である。しかし、首相と幹事長という権力のトップ・ツーが政治とカネの問題で国民から不信感を持たれている。この状況で税収を上回る借金をすると言われても、ちょっと待ってよと言いたくなる。
マニフェストの目玉政策である子ども手当も高校無償化も理念としては賛成ではあるが、確かな財源の手当てもできていないこの段階で実施することについては批判の声も大きい。要は政策実行の優先順位の問題である。7月の参院選までに何としても目玉政策を実現したいということだろうが、また全ては選挙のためにという選挙至上主義かと国民が白けてしまわないだろうか。
GDP(国民総生産)の約1.7倍にものぼる850兆円もの借金を抱えているこの国の財政をどう立て直していくのだろうか。4年間は消費税を上げないと鳩山首相は明言しているが、これも選挙のためなのかと思ってしまう。
6月には2011~13年度の歳入と歳出の見通しを示す中期財政フレームと、中長期の財政再建計画である財政運営戦略、それに成長戦略の具体策を発表するということであるが、これなら安心して任せられるという将来ビジョンが出てくるのだろうか。国民の我慢はそろそろ限界に近づいている様な気がする。
砂かぶりとはよく言ったものだ。力士が土俵にまいた塩や取組中の砂が飛んでくるほどの近さである。人生二度目の大相撲観戦は砂かぶり(正式には溜席という)の最前列、土俵下の控え力士の真後ろの最高の席だった。義理の兄の招待を受けて妻と二人で大相撲春場所を堪能してきた。
間近で見るお相撲さんは想像以上に大きい。すぐ目の前の土俵に上がるとますます大きく見える。軍配がかえって力士がぶつかると、ドシンというかメシッツという鈍い音が聞こえてくる。その迫力は圧倒的である。取り組みを終えて土俵を下りてくると、額から血が出ていたり鼻血が出ていたりする力士が何人かいた。テレビでは決して分からない、土俵のすぐ下で観戦しなければ決して分からない土俵上のぶつかり合いの凄まじさである。膝や足首、足の指などにサポーターを巻いている力士が多いことからもその激しさが分かる。
土俵上の取り組みだけでなく、土俵の周りで働く人たちの動きも興味深かった。呼出も行司も二つの取り組みごとに交代するとは知らなかった。結びの一番だけは特別のようで、結びの一番だけを担当する位の高い行司と呼出である。
十両と幕内では大きな違いがある。取り組みの時間いっぱいになった時に力士が土俵の隅で使うタオルだが、十両は花道から入場して来る時に自分でタオルを持ってきて土俵下にいる呼出に渡すのだが、幕内は関取のお付きの力士が持ってくるのだ。そのタオルには力士の名前が刺繍されている。関取が自分の出番を土俵下で待つ間に座る座布団も十両では共有の同じものを使うが、幕内ではお付きの力士がそれぞれの関取の名前が入った専用の座布団をその関取が入場して来る前にタオルと共に呼出に届けにくるのだ。その座布団には贈った人の名前も書かれているので後援者からの贈り物なのだろう。
土俵に上がった力士に力水をつけるのは、その前の取り組みで勝った力士だけで、負けた方は次の取り組みの力士が力水をつけることは知っていた。しかし、その力水を足元に少しまき、その濡れた土を足で踏んで足の裏を湿らせていることは知らなかった。滑りにくくしているのだろう。今回は取材ではなく大相撲を楽しむために来たのだが、知らないことばかりでついつい取材のように細かい点までチェックしてしまう。世の中のことは何でも知っていなければならない解説委員にとっては24時間あらゆることに接することが仕事なのかも知れない。
それにしても外国人力士の多さには驚かされる。肌の艶も良く眼光も鋭く気合いが漲っているなあと感じる力士はほとんど外国人力士である。きょうの取り組みを見ていても、仕切りの際に相手を睨みつける迫力が最もあったのはブルガリア出身の大関・琴欧州だった。肌の艶が飛びぬけて良かったのは横綱・白鵬。それにしても白鵬はさすが横綱だけあってオーラが出ていて相撲人形のような端正さだった。
活きのいい日本人力士がもっと出てきてほしい。満員御礼の垂れ幕がかかっていたが、テレビにあまり映らない東西の上の方の座席には空席が目立った。相撲にはあまり詳しくない私だが、その立ち姿や雰囲気から応援したくなった力士は稀勢の里だ。もっと上を目指してほしい。
久しぶりに大相撲を観戦して強く感じたのは、土俵上の様式美と神聖さだ。元横綱の朝青龍が土俵上でガッツポーズして非難を浴びた時に、私は番組で自然に出たガッツポーズはいいのではないかとコメントした。しかし、こうして土俵のすぐ近くで大相撲を観戦してみて、ここでガッツポーズはあかんやろと素直に思った。
砂かぶりなので、土俵から押し出された力士が私の席のところに飛ばされて来ないかとドキドキしながら内心少しだけ期待していただけに、私のところには来なかったのが少し残念だった。因みに、女性は危険すぎるということで最前列に座ることはできない。
今日出演した夕方ローカルニュース「ten」の中で、視聴者からの意見やコメントを募集する「tenの声」のコーナーのお題は「綱渡りだったなと思ったことは?」というものだった。
この「tenの声」のコーナーでは視聴者からの声を募集する際に、スタジオにいる出演者にまず聞くことが多い。私が聞かれることはないのだが、突然話を振られることもあり得るので一応、毎回考えている。今回はもしも聞かれたら、今日の「ミヤネ屋」から「ten」へのスタジオの移動について話そうと思ったのだが、いつもながらにその機会はなかった。
今週は春のスペシャル・ウィークということで「ミヤネ屋」の放送が普段より1時間長い3時間なので「ミヤネ屋」が終わるとすぐに「ten」が始まるのだ。因みに、先週は「ten」が3時間に延長され、「ミヤネ屋」と「ten」の放送が繋がっていた。いつもは両番組の間の1時間は再放送番組が流れているのだ。
「ミヤネ屋」に出演する日は基本的に続いて「ten」にも出ることになっている。いつもは「ミヤネ屋」の放送が終了してから20分後ぐらいに「ten」の打ち合わせが始まり、その後、原稿にざっと目を通して本番に臨む。
きのう「ミヤネ屋」に出演した解説委員の先輩は、スタジオの移動が間に合わなかったようで、テレビで観ていると「ten」のオープニングにはその姿がなかった。
今日「ミヤネ屋」の本番終わりですぐにスタジオを飛び出すと「ten」のプロデューサーが「ten」の番組構成表とニュース原稿を持って待っていてくれた。それを受け取って2人で「ミヤネ屋」のスタジオがある2階から「ten」のスタジオがある地階まで階段を走った。その際に、プロデューサーが「最初のニュースは伊丹空港の存続に関するニュースですから」と走りながら教えてくれた。後で聞いたところによると番組と番組の間のコマーシャルはわずか1分。
「ten」のオープニングには間に合わないと思っていたが、ニュースサブ(ディレクターら番組スタッフが詰めている副調整室)に走りこむとTK(番組進行のための時間管理をするタイム・キーパー)さんの「番組開始まで10秒前」という声が聞こえた。
それを聞いて間に合うと思ったのでスタジオに飛び込んだ。マイクを着ける時間がなかったのでマイクを着けないまま取り敢えず番組セットの椅子に座った途端に番組が始まりオープニングでスタジオの全景が映し出された。間一髪、間に合った。
カメラが司会者のツーショットに切り替わったのをモニターで確認してから自分でピンマイクをスーツの襟もとにつけて共演者の方に軽く頭を下げた。
既に司会者が最初に入ってきた殺人事件の原稿を読み始めている。どんな事件か内容が全く分からないので原稿の内容を聞きながらコメントを求められた時に何を話すか瞬時に考えたが、このニュースでは特にコメントを求められることもなく次のニュースに。
次は伊丹空港について兵庫県議会が存続を求める決議をしたというニュースだ。今日は兵庫県選出の衆議院議員が出演しているので当然、存続を支持するコメントをするだろう。そのことも考慮して何をコメントするかニュースを聞きながら考えた。
その伊丹空港のニュースに関する私のコメントを聞いて、報道局の同僚から「(事前に勉強や打ち合わせをせずに)瞬発力で答えた方がいいんちゃうか」と言われた。褒められたのか、普段の陰の努力を否定されたのか、複雑な気持であった。
まさに綱渡りの一日であったが、「tenの声」で聞かれたら本当はこう答えたかった。「私のような者が解説委員として毎日番組でコメントしていることこそが、まさに綱渡りです」と。
ゴミ袋にして11袋。お恥ずかしい話だが、よくこれだけ捨てるものがあった。リハビリ施設で頑張っている母と二男を連れて久し振りに実家に戻った。来月にはリハビリを終えて家に帰ることができる予定なので、その時に備えて片付けに行ったのだ。
腰を痛めて畳に座る生活が苦しいので、今まであまり使っていなかったテーブルの上を整理して椅子とテーブルの生活が出来るように部屋の模様替えをした。そのついでに実家の台所周りを片付けたのだが、よくもまあこれだけ貯めたものだとあきれるほど色々なものが出てきた。母の了解を得た上でほとんど捨てることにした。私もそうだが、自分のものはなかなか捨てられないものだ。不用品の片付けについては細かく書けばなかなか面白い話になるかもしれないが、自分の実家のことなのでこれぐらいにしておこう。
実家には私の学生時代から独身時代のものもかなり残っている。いつか片付けようと思いながら今に至っているのだ。年老いた母が快適に暮らすために私の物も処分しようと思っていたのだが、今日はそこまで手が回らなかった。
実家を片付けていて気付いたことだが、綺麗な食器などが一度も使われないまま箱に入って棚などの奥にたくさん眠っているのだ。普段使っている食器はかなり古くなっているので、綺麗な食器を使えばいいと思うのだが、お客さんが来た時にでも使おうと思っているのではないか。それよりも、普段の生活を充実させればと思うのだが、母ぐらいの歳の人はなかなかそう思えないのだろう。「正明に任せる」と母が言ってくれているので、この機会にお客さん用?の綺麗な食器を出してきて、母の普段使いにしようと思っている。
きょう一日では全部は出来なかったが、部屋の模様替えをどうしたらいいのかがかなり見えてきた。これからしばらくは実家通いの日が増えそうだ。
朝から晩まで野球ばかりの一日だった。まず朝一番で小学生の二男の少年野球の練習。昨夜からもの凄い勢いの風と雨で今日は練習中止かと思っていたが、朝になるとぴったり止んでいた。グラウンドも抜群の水はけだったが、黄砂の影響で空はどんより曇っている。
少年野球の練習を早々に抜け出して近くの中学校へ自転車で向かった。長男の野球部の練習試合だ。少し早めに学校に着くとまだ試合前のノックをやっていた。二男の少年野球で中学のグラウンドを借りることもあるので、御礼の意味も込めて「審判でもやりましょうか」と監督さんに声を掛けると「主審お願いします」とのこと。練習試合で主審をすることになった。以前にも主審をやろうかと思ったが長男に「絶対やめて」と言われていた。「主審やるからな」と声をかけると、怖い顔で睨まれた。
長男は昨日の試合に続いて一番ショートでの出場。昨日の試合では2打数1安打に死球と犠牲バント。ヒットはカーブを泳ぎ気味にうまくセンターへ打ち返した。守備はいつもながらに安心して見ていられた。
今日も一番ショート。試合が始まって最初のバッターが長男だ。主審をやって分かったが、自分の子供の打席はやりにくい。ついつい厳しいジャッジになりがちだ。これではいかん。長男はもっとやりにくいだろう。小学生ならともかく、子供の試合で主審はしないほうがよいかもしれない。
今日の試合では長男は4打数1安打。セカンドオーバーのヒットだった。長男のスウィングではセンターから右に打つほうがヒットが出る確率が高い。私の学生時代の打撃とよく似ている。最終回には長男の致命的なエラー(太陽が目に入りボールに全く触れずにフライを取れなかったので記録はヒット)をきっかけにまさかのサヨナラ負けとなった。これもいい経験だろう。
長男の試合が終わって再び二男の練習へ戻った。きょうは午前中の練習を早めに切り上げて6年生の卒団式。1年生の頃から知っている子供たちが大きく成長して卒業していくのを見るのは、いつもながら嬉しいものだ。
午後からの練習を途中で早退して大学野球部のOBの集まりに顔を出した。私が大学の野球部の1回生の時の4~1回生の集まりだったので私たちが一番下の集まりだ。食事の時も先輩たちのお酒の減り方が常に気になり、各テーブルの先輩にお酒をついで回る。大学の時の上下関係は一生変わらない。
実は今夜は少年野球のお父さんコーチのコーチ会議兼懇親会だった。さらに高校の野球部のOB会も重なっていたのだが結局、大学野球部の会に出席したのだ。野球がらみの集まりが3つも重なるとは、今日は本当に野球、野球の一日だった。
最初にことわっておくが私はいわゆるクレーマーではない。あまりに理不尽な態度を許すことが出来なかっただけである。
高校生の長女が学校からの海外研修旅行に行くのを見送りに妻と空港へ行った。旅行会社の人に連れられて引率の先生と10人ほどの生徒が航空会社のカウンターに行ったのはフライト時間の30分以上前だった。見送りに来た親たちは少し離れて待っていたのだが、いつまで経ってもチェックインの手続きが終わらない。出発の15分前になってもカウンターの前で待たされており航空会社の職員がカウンターの中でバタバタしていた。
「出発時間のギリギリになって搭乗口まで走らされるので、ゆっくりいってらっしゃい出来ないのでは」と妻と冗談まじりに話していたが、はたして結果はその通りになった。搭乗券を貰って手荷物検査場に走り出したのはフライト時間の2~3分前だった。
子供たちは空港の中を必死に走った。海外に旅立つ子供たちが心配でしっかりと見送ろうと思っていた親たちも走って追いかけたが、いってらっしゃいを言う間もなく子供たちは検査場の中に消えた。検査場の入り口の外であっけにとられていた親たちに旅行会社の人が何やら説明をしようとしているのが目に入った。
少し離れたところにいた私は怒りが満ちてきた。この航空会社には以前にもひどい目にあわされた経験があり嫌な予感がしていたのだ。しかし、画面に出ていることもあるので落ち着かなければならない。親たちから少し離れた所で航空会社の地上職員に事情を話し何があったのか聞こうとしたがらちが明かない。そこに制服の色が違う責任者と思われる地上職員2人と年配の男性職員が通りかかったので、同じように何が起きたかを伝え説明を求めたのだが、その態度にあきれた。
私が事情を話し始めるとすぐに女性職員が私の言葉をさえぎり、私にはけんか腰としか思えない態度で「お客様のおっしゃることは分かりますが・・・」と言い出したのだ。努めて冷静に話していた私はその言い方に我慢できなかった。「責任者の方を呼んでください」と私が言うと、その人は凄い勢いで「私が責任者です」と言い返してきた。その一言で私は逆に冷静になった。「あなたとは話したくありませんから、あなたの上司を呼んでください」とゆっくりと丁寧に言った。因みに我が家の子供によると、私が本気で怒った時は丁寧な敬語になるそうである。
その女性職員はすぐにカウンターの裏側に消えたがなかなか出てこない。しばらく経って一緒にいた別の女性職員が出てきて、上司は別の件に対応しているので30分以上出て来られないという。では、ちょうど食事にでも行くので何時にここに戻ってくれば上司に会えますかと聞くと、またカウンターの裏に消えた。そして、数分すると上司が現れた。上司はすぐに対応できるのではないか。先ほどの説明は何だったのか。
クレームをつけた私が言うのもなんだが、「上司と話したい」と言われて説明もせずにすぐに上司に話をふるのは私の経験からいうと最悪の対応である。しかも、上司はすぐに対応できないと言いながらすぐに出てくるとは危機管理がなっていない。
最後に出てきた上司の方はさすがに穏やかな話し方で、コンピュータのトラブルがあったことを説明し職員の態度のひどさを認め謝罪した。
地上職員の責任者という人の呆れた態度に驚かされたのは前回のトラブルの時と全く同じだ。この航空会社の企業風土ではないかと思ってしまう。
人間がすることだからミスはつきものだし、それを厳しく責めるつもりはない。しかし、どうなっているのかと説明を求めたことに対し、逆に攻撃的な態度で返してくるという対応は信じがたい。日本の航空会社は大丈夫だろうか。
10年3月19日(金)「#992 ワシントン条約」
日本外交もたまにはやるじゃないか。欧米を相手にしての会心の勝利である。絶滅の恐れがある野生動物の国際取引を規制するワシントン条約の締約国会議がカタールのドーハで開かれ大西洋と地中海のクロマグロの国際取引の禁止について話し合われていたが、モナコとECが提案していた禁輸案が予想外の反対多数で否決された。ドーハの悲劇は再び繰り返されなかった。因みに、ドーハの悲劇とは日本がサッカーのワールドカップ初出場を目前としていた1993年に、ドーハでイラクに土壇場で同点に追いつかれた結果、ワールドカップ出場を逃したことをいうのだ。
それにしても、そもそもパンダやジュゴンやシーラカンスの様な絶滅の危機に瀕している希少動物と、数が少なくなっているとはいえ食材であるクロマグロを同じ舞台で論じること自体が無茶だったのである。
環境保護団体などの圧力などもあって欧米をはじめ多くの国が禁輸に賛成すると見られていて日本にとってはとても厳しい状況であった。日本のメディアも情勢は不利であると伝えていたが、その陰で日本政府は禁輸提案の否決に向けて水面下で各国への説得工作を続けていたのだ。大西洋と地中海のクロマグロの約80%を消費する日本への輸入がストップすることになると、日本へクロマグロを輸出している国々にとっても大打撃となる。日本はそこを攻めたのだ。
また、禁輸をゴリ押しする欧米と途上国の対立という構図に持って行ったのも正解だった。クロマグロと共にサメなどの取引制限が検討されフカヒレなどの輸入にも影響が出るとして中国が反対に回ったことも大きかった。日本は劣勢であるとの情報が流れ欧米の環境保護団体の動きも鈍かったことも影響したのではないか。
水面下での説得工作や国際会議での国益をかけた交渉が苦手と見られがちな日本にとっては、最高の形となった。交渉に当たった日本政府のメンバーはおおいに評価されるべきである。
この外交の勝利におごることなく、今後もクロマグロが安定的に供給されるように、日本政府がクロマグロに関する国際的な資源管理の先頭に立つことが求められている。
このところ母親が我が子を虐待するというなんとも痛ましい事件が相次いでいる。大阪の堺市では母親が生後2か月の娘の頭部を揺さぶり脳に損傷を与えて死亡させたとして殺人の疑いで逮捕された。親が子供に虐待して死亡させた疑いで逮捕される場合は、傷害致死か保護責任者遺棄致死という罪名がほとんであるが、殺人というのはほとんど聞いたことがない。乳児の頭部を揺さぶり続けるとひどい場合は死に至るということを知っていた上で死亡しても構わないと思っていたという"未必の故意"があったとして警察は殺人罪を適用したのだろう。
番組に一緒に出ていた人が言っていたのだが、「揺さぶられっ子症候群」という呼び方は変えるべきではないだろうか。「○○っ子」というと深刻さが伝わらない。
逮捕された母親は警察の取り調べに対して、泣きやまない子供に腹が立った、夫が育児に協力的でない、夫と交際していた頃の生活に戻りたかった、などと供述しているという。また、事件の3日前に保健センターを訪れて悩みを相談した際に、子育てに疲れて娘の首をしめたことなどを相談員に話していたという。これを受け相談員がすぐに家庭訪問したが、二度目の訪問の直前に事件は起きた。
母親はSOSのサインを出していたのだが、最悪の結果は避けられなかった。我が子を死に至らしめた母親の責任は極めて重い。その供述内容をみていると、年齢は24歳なのに精神的には未熟なままで、人の親になる準備が出来ていなかったとしか思えない。大切な命を授かって人を育てていくという覚悟がないまま親になってしまったのだろう。
こうした虐待事件のニュースを見る度に、父親は何をしていたのだろうと怒りにも似た感情を持つ。夫婦として愛する人と一つ屋根の下に生活していて、育児に悩んでいる妻の苦しみに気付かないのだろうか。全面的に子育てを手伝えなくても、「大丈夫か?」と一声掛けるだけでも母親は救われるものなのだと思う。育児に悩む母親を一人にしてはいけないのだ。
昔は今以上に男性は子育てに関わらなかったが、当時の女性も子育ては女がするものだと思っていたのではないか。しかし、女性の社会進出が進み男女同権の考えも広がった結果、子育ては夫婦で協力してやるのが当然だと女性の考えが変わったにも関わらず、男性は相変わらず子育ては女がやるものとの考えから離れられずに男女の考えのギャップが広がっているという事情が虐待が増えている背景にあるのではないかと思う。
最初に私の考えを明らかにしておくと、子ども手当には賛成である。少子高齢化が進み将来への不安感が高まって閉塞感が強まる一方の日本社会で、国の宝でもある子どもたちを社会全体で育てようという理念には共感する。
衆議院を通過した子ども手当法案では、中学生までの子どもに今年度は半額の子ども1人あたり月に1万3000円を支給する。議論があった所得制限は設けず、日本に住んでいるなら国籍も問わない。
来年度からは満額の2万6000円を毎月支給することを目指しているため、今回の法案は1年限りの時限立法で2011年度に恒久法に変わる予定だ。満額支給になると毎年5兆3000億円もの費用が必要となるが財源の目処が立っていないことに対して、野党などからはバラマキだと批判されている。また、現行の児童手当の費用の一部を払っている地方自治体や企業にも子ども手当の費用の一部を負担させることになったため批判の声が上がっている。
先進国の中で最悪の財政赤字を抱えている現状では満額支給の財源探しは容易ではないが、何とか予算を精査して月2万6000円の満額支給は実現すべきだと思う。ただその際には、手当の対象となる子どもたちの未来に借金を残さないようにすべきである。
冒頭にも書いたように子ども手当には賛成であるが、その支給対象者の線引きには疑問が残る。親の国籍に拘らないということなので、現法案では極端な場合、本国に大勢の子どもを持つ日本に住む外国人にも支給することになる。その一方で、親が仕事の都合で海外に赴任しており、その子どもだけが国内の学校の寮にいる場合などには支給されない。
児童手当では当初は日本国民に限っていたのだが、日本国民と難民との取り扱いに差別してはいけないという条約への加入に合わせて国籍要件をなくしたので、子ども手当もそれに準じているのだ。しかし、子ども手当については原則、日本人の親に限るとした上で難民や特別永住者の在日韓国・朝鮮人については別途配慮してもいいのではないか。11年度に支給対象については再検討することになるようだが、日本人の子どもが貰えずに外国人の子どもが貰えるというのは理解を得にくいのではないか。
また、財源が問題となる中ではあるが、子ども手当だけではなく保育所の増設や男性の育児休暇の取得促進、女性の出産後の職場復帰への環境整備など、子どもを産み育てやすい社会を作るための政策にも合わせて力を入れて欲しい。
4回目の離党である。鳩山邦夫・元総務相はこれまで自民党、新進党、民主党を離党してきたが、今回また自民党を離党することになった。政権交代によって新しく出来た民主党政権は社会主義的な色彩の強い政権だとし、自民党では食い止めることが出来ないというのが自民党を離れる理由である。
自らはトップになるつもりはなく、共に自民党の谷垣総裁を批判し離党も視野に入れている与謝野元財務相と舛添元厚生労働相の2人を平成の坂本龍馬としてひっつける接着剤の役割を果たそうという考えである。今のところ2人は話は聞くという態度を示しているが、行動を共にするかどうかは分からない。金持ちの道楽だとかパフォーマンスだと批判する声もあるが、鳩山邦夫氏は記者を前に「道楽で政治はできない」と声を荒げた。
現時点では共に自民党を離党する議員はおらず、政党助成金を得ることができる政党要件を満たす5人を集めることができるかどうかは不明である。参議院選挙を考えれば4月末の連休前までに新党を作ると見られている。
消費税増税を主張する財政再建派の与謝野元財務相と、改革を続行して成長路線を目指す舛添元厚生労働相では、経済政策に対する考え方があまりに違いすぎる。また、郵政民営化に対する考え方では鳩山邦夫氏と舛添氏では違いが大きい。
政治は妥協の世界であるから、目指す政策が全く同じでなくても共に力を合わせて新党でやっていくことは可能ではあるが、新党を立ち上げる限りは、ここだけは譲れないという理念が必須である。どういう政策の旗を掲げて新党を作るのかをはっきりさせなければ、議員も集まらないだろうし国民の支持を得るのも難しいだろう。政治は数だとはいうものの、政治には大義がなくてはならない。今回の離党には残念ながら、それが感じられないのは私だけだろうか。
これまで離党を繰り返しても、何度も大臣を経験している鳩山邦夫氏は、機を見るに敏な独特の政治的嗅覚を備えたやり手の政治家だと思う。今回も、このタイミングでの離党が本人にとってはもとより、政界再編を目指すという政局的にも絶好のタイミングだと思ったのだろうか。それにしては周りの空気が少し冷めていないだろうか。
離党を受けて、民主党政権の閣僚は冷ややかな厳しい見方を示しているが、内心では自民党にまたゴタゴタが起きて喜んでいるのかもしれない。
舛添氏は離党することなく次の自民党総裁を目指すのではないかと思う。鳩山氏の離党が政界の大きなうねりになるかどうかは与謝野氏の動向にかかっているように思うが、離党の理念がはっきりしない限り与謝野氏も行動を共にするのは難しいのではないか。
政治は志である。どういう国のあり方を目指すのか、近いうちに出来るであろう新党はもちろん、民主も自民も他の野党も、もう一度原点に立ち返ってその志を国民に示してほしい。
10年3月15日(月)「#988 ハート・ロッカー」
アメリカのアカデミー賞で作品賞や監督賞など最多の6部門で受賞した「ハート・ロッカー」は思っていたとおりの映画だった。イラク戦争でのアメリカ軍の爆弾処理班の過酷な現状を描いた映画である。
アカデミー賞では史上最高の興行成績を更新中の娯楽大作「アバター」と、この「ハート・ロッカー」が作品賞や監督賞を争った。両映画の監督が元夫婦なだけによけいに注目を集めていたのだ。
「ハート・ロッカー」はアメリカ軍の兵士の活躍や苦悩などをドキュメンタリー・タッチで描いた意欲作だ。人と人が殺しあうという戦争の過酷な現実を扱っているが、女性監督だけにこれでもかという過剰なまでの暴力シーンは見られない。とは言っても、戦争の悲惨さは充分伝わってくる内容で、なぜアメリカ軍はここまでイラクに介入してイラク国民に嫌われているのかと考えさせられる内容ではある。
手持ちのカメラでの撮影が多く、画面が常に揺れているのが気になり少し疲れるが、2時間ちょっとの上映時間はあっという間に感じた。飽きさせることのないストーリー展開だ。
日本人にはなかなか実感できないことだが、アメリカでは国のために命を捧げる兵士という存在に対する尊敬がとても大きいのだ。そういった意味では、この映画がアカデミー賞で大きな評価を得たことは理解できるが、作品としてアカデミー賞の作品賞に相応しいかどうかは意見の分かれるところではないだろうか。
アカデミー賞では娯楽大作が軽く見られ、メッセージ性の強い社会派の作品が評価される傾向があるが、今回はまさにその典型だと思う。監督賞も作品賞も個人的には「アバター」にあげたかったと思う。
日本人である私はこの「ハート・ロッカー」を見て、イラク戦争に突入し泥沼にはまったアメリカの苦悩を読み取ったが、アメリカ人は国の為に最前線で働く兵士たちの勇気を讃えるのではないのだろうか。その意味では、アカデミー賞はやはりアメリカの映画賞なのだとあらためて実感させられた映画である。
きのうに続いてまたまた野球の話だ。今日は週末恒例?の息子たちの野球話である。中学生の長男の野球も春の大会に向けて毎週のように練習試合をやっているし、小学生の二男の少年野球も毎週日曜日に練習、試合をやっているので週末は2人の野球で忙しくしている。それにしても息子2人が野球に熱中してくれて父は幸せだ。
今日は朝から長男の練習試合を見に行った。それにしても長男も二男も朝起こすのがたいへんである。前の晩には「絶対起こしてな」とお願いするにもかかわらず、いざ起こす時にはさんざん抵抗するのだ。それでも野球の時にはまだましな方かもしれない。
以前にもブログに書いたことがあるが、野球に関しては長男と二男は対照的である。長男は小さい時から野球の素質には恵まれているが、あまり努力をしない。グラブやスパイクなど用具の手入れも苦手だ。これに対し二男は長男に比べると野球のセンスがいまひとつだが、コツコツと努力をする。グラブもよく手入れをしていて長男のグラブとは色合いが違っている。
長男は小学生の時の少年野球で試合に出してもらうようになってから、基本的には先発出場から外れることはなかった。いつも試合に出るのが当たり前だった。一方、二男は同級生に野球がうまい子が揃っていることもあり、なかなか試合に出る機会に恵まれずベンチを温めることが多かったのだ。
その長男が、私の知る限り初めてスターティング・ラインナップから外れたのだ。今日の試合は監督がお休みで、先発する予定だった投手が投げられなくなり急遽ショートに回ったためにショートの長男が外れたという理由はあるようだが、とにかく先発出来なかったのだ。試合を見に行っていて、長男が出ていないのを知り驚いた。途中から出場して唯一の打席では送りバントをしっかりと決め、守っていても嬉しそうだった。
事情があったにせよ、どうしても外せないメンバーではなかったということだろう。先日の試合ではトップバッターに抜擢されたが期待に応えられず、長い間ヒットも打てていないので仕方がない。長男もショックを受けているだろうなと思いつつ、帰宅した時に長男に外されたことを指摘したら嫌な顔をされた。これを機会に努力の大切さを知って欲しいと思うが、どこまで先発で外された意味を理解しているのだろうか。
一方、二男は今日も活躍した。午後から見に行った公式戦では8番ライトで先発でフル出場したが1打席しか回ってこなかった。その1打席はランナー3塁でキャッチャーゴロ。アウトになったが打点がついた。守備ではライトライナーをさばき、ライトゴロで打者を1塁でアウトにした。打撃が良くなるにつれて守備でも自信がついてきたようだ。
夕方に行われた練習試合でも8番ライトで先発出場した。2試合とも先発で使ってもらえるとは思っていなかった。最近、打撃の調子が良いのでチャンスを与えてもらっているのかもしれない。
1打席目はピッチャーゴロだったが、ランナー2塁で回ってきた2打席目では見事に左中間を破る2塁打を放って打点をあげた。今まで私が見た中では最高のバッティングだったし2塁打も初めてだった。このところタイムリーヒットをよく打っており勝負強さも身に付けてきたようだ。
そして3打席目。4対4の同点で迎えた最終回。ノーアウト満塁で一打サヨナラという絶好の場面で打席が回ってきた。調子のいいバッターには得てして美味しい場面が回ってくるものだ。打席の二男はそんなに緊張しているようにも見えないし構えも決まっている。打ちそうな予感がした。
しかし、打てそうにもないボール球が4球続き、押し出しの四球を選んでサヨナラ勝ちとなった。サヨナラヒットの絶好のチャンスだったが、打ち気に走らずしっかりとボール球を見送ったことには成長の跡がうかがえる。
自宅に帰ってお風呂に入りながら二男に「思ってたより野球センスあるかもしれんなあ」と言うと、「今まで野球センスないと思ってたん?」と返されてしまった。
さて、毎朝コツコツと私と一緒にティーバッティングをして結果を残している二男を見て、結果が出ない長男はどう感じているのだろうか。長男が努力することを覚えればまだまだ伸びると思うのだが。勉強に家の手伝いにと、このところ長男のやる気が出てきたのだが、野球に対する更なるやる気にも期待したい。毎朝、待ってるよ。
このところ、母校の大学野球部に何かと関わることが多くなってきた。母校で非常勤講師をやることになって年の半分は毎週のように母校に行くことになったのが大きな要因だ。それともうひとつ、母校の野球部で残念ながら不祥事が起き昨年の秋季リーグ戦を出場辞退したことから選手達の前で話をしたりOB会に出たりするようになった。
大学を卒業してからはや25年(四半世紀!)になるが、その間、野球部のOB会というものにほとんど出席したことがなかった。先輩方がたくさんいらっしゃるので、自分たちが出なければいけないとの自覚があまりなかったのだ。
何年か前に野球部が創部90周年を迎え、ひょんなことからその記念式典の司会を担当させていただいたことがあった。創部90年を記念して野球部史も作られOBにも配られた。たいした選手でなかった私についてはもちろん特別な記述はないのだが、海外特派員としてペルーの日本大使公邸人質事件を取材した際に、命を落とすかもしれないと現役時代の監督が心配していただいたという話が野球部史に載っている。伝統ある野球部の歴史に載せていただいて恐縮する。
大学で講義を担当するようになって、教え子の中に野球部の学生もいる。また、野球部の先輩や後輩らが大学の職員として働いているので、講義のために大学に行って時間がある際には、食事をしたりお茶を飲んだりして野球部のことについて話をすることもある。
20代や30代の頃は学生時代にお世話になった野球部の現状について考えることはほとんどなかったが、この歳になってお世話になった野球部に何か恩返しが出来たらと考えるようになった。
思えば、1991年に母校の野球部が19年ぶりにリーグ戦で優勝した際に西宮球場に取材に行き、私の大学時代の監督で当時も監督だった大先輩に優勝インタビューしたのがいい思い出だ。不祥事を乗り越えて優勝を遂げた際には、また取材に行って新監督にインタビューが出来たらなと思っている。
私のいまの会社での肩書きは報道局解説委員である。社内的にいうと部長待遇という管理職だが、報道部長や編成部長といったいわゆるライン管理職ではないので部下はいない。上司は報道局長である。
管理職といっても番組出演や取材が優先なので社内の会議に出ることもなく、部下の人事管理もないので自分では管理職だと実感することはない。
しかし管理職の一員だということで社内の管理職研修というものを受けた。たしか報道部長の時に研修を受けたことがあるが、管理職研修というものは久しぶりであった。会議の冒頭で、管理職としてどういうことを大切にしているかとの質問を受けたのだが、部下もおらず誰かを管理している訳でもないので答えに窮してしまった。
今回の研修の内容はコンプライアンスについてである。コンプライアンスというのは法令順守と日本語に訳されているが、最近では単に法律を守るということではなく、優良な組織を作り上げて社会から信頼される存在であることも求められている。
そういう意味では解説委員として生番組で社会のあらゆる事象についてコメントすることもコンプライアンスであると言える。また、他の出演者の方々が極端な意見を言った際には局の代表としてバランスをとることもコンプライアンスだろう。コンプライアンスを守るということでは重要なポジションである。
このままずっと解説委員を続けていくのか、それとも将来また部下を持って管理職として働くことがあるのか分からないが、解説委員としてのキャリアを積んでいくと共にこの仕事の面白さがますます分かっていくのだろうなと思っている。
解説委員になってからは社内の会議に出ることもなくなっているので、終日会議室に座って研修を受けるのはなかなかきつかった。毎週、大阪と東京を往復して番組に取材にと飛びまわっているのだが、久しぶりに自分も会社員なのだと実感した一日であった。多くの部下の人たちに支えられて報道部長をやっていた頃が懐かしい。
おととい、このブログで面白くない、スランプだと書いたが、早くも少々元気が出てきた。なんとも軽い性格である。もしもおとといのブログを読んで心配して下さった読者の方がいたとしたら申し訳ありません。自分でも言うのもなんだが、切り替えの速い性格である。
ブログで自分の苦しい胸のうちを明らかにしたので楽になったということもあるのかも知れない。しかし、一番大きかったのは、おとといのブログの最後にも書いたとおり、外に出て、人にあって、話を聴いたからだと思う。
昨日、今日と東京に来ているのだが、いつもながらに知り合いの方々にお声を掛けていただき今回も多くの出会いがあった。どなたにお会いしてどんなお話をしたかを書くことができればいいのだが、残念ながら具体的な事を書くことは出来ない。
きのうのお昼は、信頼している人にある政治家を紹介していただきランチをご一緒した。初対面にもかかわらず、その政治家の方に対して言いたいことを言い過ぎてしまった。相手の方は驚かれたかもしれないが、色々な政策について意見交換させていただいてたいへん有意義なランチであった。
夜は、ある企業の集まりに顔を出したが、そこでたいへんお世話になっている2人の方に偶然、お会いした。1人の方は私が尊敬する人生の大先輩で、私が解説委員になった際に、このブログのタイトルにもあるとおり「無難でなくやりたい様にやってはどうですか」と励ましてくださった方である。久しぶりにお会いして、色々とお話を伺うことが出来てよかった。力をいただいた。
もう1人の方は、知り合いの方からある勉強会で紹介していただいた方である。この方にも本当にお世話になっている。あらゆる機会を通じて私に様々な業界の方々を紹介して下さるのだ。今まで私がお知り合いになる機会が少なかった業界の方々が多いこともあって本当に勉強になる。
その方に久しぶりにお会いしたのだが、またきのうも何人かのお知り合いの方をご紹介していただいた。その中の一人の方は、10年以上前の海外特派員時代にロサンゼルスで開かれた知人の結婚式でお会いした方だった。失礼ながら、私はお会いしたことを忘れていたのだが、その方は何度かテレビを見てくださっていたようだ。
次から次と人の輪が広がって、お会いする人ごとに力をいただくような気がする。たいした取材力もなく、原稿もうまくない私がこの世界で何とかやっていられるのも、こうした方々に支えられているおかげである。ありがとうございます。
具体的なお名前はもちろん、その方々のお仕事も書けないので読者の方々は何のことやら分からないと思うがお許しください。
という訳で、だいぶ元気になりました。
久しぶりに(事業仕分け以来か?)、政権交代を実感させる出来事だった。日本への核の持込などを巡って日本政府とアメリカ政府との間で密約があったかどうかを調べていた外務省の有識者委員会が、3件の密約があったとする報告書を岡田外相に提出した。
長年に亘って歴代の首相や外相がないとしてきた密約があるとされたことで、政府がこれまでの政府見解を変えることになる異例の事態だ。政権が交代しなければ決して実現することのなかった画期的な出来事である。
今回、委員会が調べていた密約の可能性があるケースは4つあった。このうち、朝鮮半島で有事があった際に米軍が日本政府との事前協議なしに在日米軍の基地から出撃するという件では、それを示す日米政府の合意文書が確認され密約があったと認定された。
また、核を搭載した米軍艦船が日本の領海を通過したり日本に寄港したりした場合は事前協議の対象にせず黙認するという件ではそれを裏付ける文書は発見されなかったものの日米政府の間で暗黙の合意があったとして、また、沖縄返還の際に米軍基地の原状回復に必要な費用を日本政府が肩代わりしたという件では日本が肩代わりした事実を認定し、いずれの場合も広い意味での密約があったと判断された。
一方、核抜きとされた沖縄返還後も有事の際に米軍が核兵器を沖縄に持ち込めるという件では、当時の佐藤首相とニクソン大統領の署名入りの合意文書が佐藤元首相の自宅から見つかり本物と判断されたが、この合意は以後の首相には引き継がれておらず密約にはあたらないと認定された。いくらその後の首相に引き継がれていないといっても時の首相が署名した文書があるのだからこれこそ密約ではないかと思うし委員会の判断には疑問が残る。
日本政府は「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則をずっと守り続けてきたが、このうち「持ち込ませず」が守られていないにもかかわらず代々の政権が国民に対して嘘をつき通してきたという可能性が高い。これについて岡田外相は「核持込がなかったと言い切ることはできない」と述べたが、今後も非核三原則は堅持することを明らかにした。
冷戦構造の真っ只中で、核兵器を拒絶する国民感情に配慮しつつアメリカの核の傘の下で日本の安全を守るという難しい判断を迫られた当時のリーダーたちの決断は理解できるし、外交には明らかにすべきでない事柄もあるので密約を結んだことも分かる。しかし、どこかの時点で判断を修正して、国民に対して真実を明らかにする必要があったのではないだろうか。
今回の調査の過程で、あるべき文書がいくつか発見されなかったが外務省によって廃棄された可能性が高い。これは重大な問題である。極秘情報が含まれる外交文書も30年後には原則公開されることが決まっているのだから、後世の歴史の検証に耐えうるように外交文書をしっかりと保存することは当然である。
非核三原則についても、核兵器を持たず、作らずというのは守るべきだと思うが、日本の領土に持ち込んで配備するというのではなく領海の通過や寄港については認める方向で検討しても良いのではないか。せっかく歴史的な検証を行ったのだから、今回の検証を日本の安全保障を考えるきっかけにして将来に向けて正すべきところは正すべきではないだろうか。
「ミヤネ屋」でツイッターに関する特集をやった際に、ポロッと言ってしまった。ツイッターもそうだしブログもそうかもしれないが、本来は何かを表現するという目的を実現するためのツール(道具)であるのに、それをやり続けること自体が目的になっている場合もあるのではないかというコメントをした。自分自身についてである。
このところブログを毎日更新することに苦しんでいる。あまり弱音は吐きたくないのだが、本当のことだから仕方がない。客観的に見て、書いている内容が面白くない。書いている本人が言うのだから間違いない。ニュースの解説も、家族ネタも、個人の趣味ネタも、どれもキレがない。
解説委員になって会社の担当者からホームページに文章(当初はブログではなかった)を書きませんかと言われて、いい機会だと思ってやらせてもらうことにした。書くかぎりは毎日書こうと思い、週末も含めて一日も欠かさず更新することにした。友人からは、長く書き続ける秘訣として毎日更新することに拘らない方がいいとアドバイスされたが、書き始めた以上は意地でも毎日書こうと決め今日まで続いている。
お蔭様でもうすぐ1000回を迎えるが、ここにきてスランプである。野球と一緒で、そろそろスランプかなという自覚はあった。書いている内容もそうだが、書いている自分の気持ちも楽しくないのだ。ここが問題なのだ。
冒頭で書いた話に戻るが、何かを表現したいという気持ちがあるからこそブログを書くのである。表現したいことがなければ書くのが辛くなるのは当然である。表現したいことがない訳ではないのだが、何かを書きたいという気持ちよりも、とにかく一日も欠かさず書き続けるという気持ちのほうが強くなっている様な気がする。まさに、手段が目的化しているのではないか。
うだうだと理屈を書き連ねているが、要するに書いていて面白くないのだ。書いている本人が面白くないものをブログにアップしていいのか。そんなものを読者の方々に読んでいただくのか。思考がだんだんと後ろ向きになってきた。いかん、いかん。
自宅で書くことが多くなったのも原因の一つかもしれない。自宅に出来るだけ仕事を持ち込まない主義なのだが、自宅で書かなければ毎日の更新はほぼ不可能である。家で書くことがだんだんと重荷になってきているのも事実だ。
もうひとつの考えられる原因。書いているともっと面白いもの、もっと読者の方々に喜んで貰えるものをという欲が出てくるが、それに応えるだけの筆力が残念ながらない。もっと過激なことを思い切って書けば気持ちも晴れてスカッとするかもしれないが、立場を考えると無理だし、そもそもそんな事を書くつもりもない。
あ~、どうするかな。大学の野球部で打てなくなった時は、とにかく走って汗かいてバットを振り込んだ。もっともっと外に出て、人に会って、話を聴いて、議論して、知識や情報を蓄えたい。やるぞ~。無難でなく。
自分も出演している番組で放送しながら言うのもなんだが、そっとしておいてあげたほうがいいような気もする。こんなことをブログに書くと番組のスタッフに怒られそうだが。
皇太子ご一家のお世話をする宮内庁の東宮大夫が、皇太子ご夫妻の長女である愛子さまが腹痛や学校生活の強い不安感を訴えて学習院初等科を欠席されていると記者会見で発表した。その理由について、同じ2年の違うクラスの複数の男の子が乱暴なことをしていると明らかにしたからメディアが大きく報じることになった。皇族が通う学校内でのトラブルについて記者会見で明らかにされるのは異例ではないか。
東宮大夫の会見によると、愛子さまも含む他の児童に乱暴なことをしているということだ。しかし、学習院によると、愛子さまが直接いじめや暴力の対象になったことはないという。昨年の7月から11月にかけて別のクラスの男児数人が授業中や休み時間にものを投げる、廊下をすごい勢いで走る、大声をだすなどしたが今は落ち着いているということだ。宮内庁の言い分と学習院の説明が食い違っている。
東宮大夫が独断で会見で明らかにすることはないだろうから事前に皇太子ご夫妻の了解は得ているはずである。会見で発表することについては、事前に学習院側の了解も得ていたということだ。
学校で何か問題があって子供が登校したがらない場合、両親が心配になって学校側に問い合わせるなどして問題を解決しようと思うのは当然である。私でもそうする。
ただ、愛子さまが皇族という公人であるということを考えても、この段階で宮内庁が会見で明らかにするのは少し早過ぎたのではないだろうか。子供同士のことで基本的には学校内で解決する問題だと思うが、事が明らかになってしまえば騒ぎが大きくなり過ぎる可能性がある。宮内庁と学習院が事実関係をすり合わせる間もなくバタバタと会見してしまったという印象を拭えない。
授業中に走り回ったり、大きな声で騒いだりという問題は公立の小学校ではよくあることだが、名門私立で、しかも皇族が通う学習院で起きているということを知って正直驚いている。少子化になって学習院にもこれまでいなかった様な様々なタイプの子供たちが入学しているということなのだろうか。
天皇ご一家では、子供たちに対して一般の子供たちと一緒に普通の教育を受けさせたいというご意向をお持ちであるということだ。子供の学校生活については色々なことが起きる。学校側や父兄たちとも力を合わせて子供たちのことを第一に考えて問題を乗り越えていくことができればと願う。
海外赴任が終わって日本に帰って来てから、我が家のリビングでは英語が流れていることが多かった。妻や私はもちろん、子供たちもアメリカ生活で身に付けた英語力を何とか維持できないかと英語のニュースを聞いたり二ヶ国語放送の映画やアニメを英語で聞いたりするように努めていたのだ。
ところが最近、我が家では韓国語があふれている。高校生の長女が韓国人女性アーティストの大ファンになり、自分の音楽再生機ではもちろん自宅のテレビでも録画したK-POP(韓国のポップス)ばかり聞いている。一緒に車に乗っても流れる音楽は韓国のものばかりだ。
妻は妻でテレビでやっている韓国の宮廷ドラマにはまり毎週欠かさずかじりつくように観ている。韓流ファンの友人に借りてきた韓国ドラマを長女と一緒に毎日のように熱心に観ているのだ。という訳で、我が家にいると最近では英語を耳にするよりも韓国語を聴くことのほうが多いのだ。
確かに韓国ドラマは面白い。私もかつては「冬のソナタ」にはまり、第一話から最終回まで全て観たが、韓国ドラマならではの、あり得ないだろうという展開に知らず知らずのうちにはまっていった。
韓国の女優さんも俳優も歌手も、顔立ちがすっきりとしていてとにかく綺麗なのだ。最近では日本ではあまり見られなくなった日本人が好みそうな端正な顔立ちが多い。その上、テレビに出てくる男性はとにかく女性に優しいので日本の女性が韓国ドラマにはまっていくのもよく理解できる。韓国では日本に比べてまだまだ男性優位な社会なので、ドラマの中では理想としての女性に優しい韓国人男性が描かれるのだろうか。
娘の部屋には韓国人の歌手やアイドルグループのポスターがたくさん貼られている。アメリカの小学校にも通っていたので英語が得意な長女は語学にたいへん興味があるようで、韓国語の学習も始めた。韓国語の音声テキストを音楽再生機に入れて聴いている。長女の世代では、肩肘張って外国語を習得しようという意識はないようだ。興味があるので音楽を聴くように耳から覚えようということのようだ。国や言葉の違いなんて簡単に越えるというか、そもそもあまり違いを意識していないような国際感覚には感心する。
少し前には妻と一緒に念願の韓国旅行を実現させて、ソウルの街を堪能してきた。音楽がきっかけとなって、ドラマ、言葉と韓国に対する興味がどんどん膨らんでいるようだ。妻との共通の興味なので、二人の楽しみは増すばかりである。
将来は大学で国際関係でも学んで、外交に関わるような仕事でもしてくれればと父は密かに思っているのだが、長女は自分の興味の赴くままに好きな世界を広げていくのだろう。それが一番いいのかも知れない。
このところ左肩の肩こりがひどい。左の肩、首から背中の肩甲骨にかけていつものこりがひどい。なぜかいつも左側がひどく、右側はそうでもない。しかし、自覚症状はあまりないのだが右側もこっていることが多い。
指圧の先生のところに治療に行った時は、通常は首から始まってこめかみ、腕、お腹、脚、背中、肩と全身を圧してもらうのだが、今回はあまりに肩こりがひどかったので肩だけを治療してほしいとお願いした。
私の肩の筋を触った先生は、その張り方のひどさに驚いていた。肉体労働か何かしたのですかと聞かれたが、思い当たることはない。バシバシに張った肩の筋を柔らかくしてくれるのかと思っていたら、先生は私の左腕の筋を圧し始めた。これがなんと痛かったことか。腕の筋がこんなに張っているとは思わなかった。特に腕を使ったという覚えはない。強いて言えばブログなどパソコンの使い過ぎだろうか。そういえば、このところこのブログの内容が不調なのでキーボードを叩くのに力が入り過ぎているのかも知れない。
腕から肩、首にかけては筋が繋がっているので、これほど肩や首がこっている場合は腕から弛めていかないと肩や首の張りがとれないということだ。腕の筋を圧されると飛び上るほど痛かったが、そのうち腕の筋が楽になると不思議なことに左側の肩や首の張りが弱まってきたように感じる。
次は左側の胸の筋だ。ここもパンパンに張っている。おさえられると我慢できないほど痛い。鎖骨から肩にかけての筋が縮んでいて前かがみの姿勢になっているようだ。その結果、深い呼吸が出来ていないということだ。
上半身を大きく揺らしながら先生がポツリと言った。「肋骨も固いですねえ」。上半身の胸側も背中側も筋が縮んで固くなっているので、あちこちにこりが出ているようだ。1時間にわたって上半身、特に左側の首、肩、背中、胸を指圧してもらってとても楽になった。最近は精神的にも肉体的にもあまりつらいことはなく自分では順調だと思っていたのだが、知らず知らずのうちにストレスが溜まっているようだ。
今もこのブログを書いていると、姿勢が前かがみに丸まって左の肩がこってきた。そろそろ寝ようか、と思っていたら寝室に入った長男から携帯にメールが来た。「明日7時からバッティングしよう!!!」。体を動かすことがなによりだ。「了解」とメールを送った。
来月になったら会社には新入社員が入ってくる。大きな希望と少しの不安を胸に抱えてワクワクした気持で入社してくるのだろう。もう25年も前のことだが、私も新しい世界に踏み出すことで気合いが入っていたことだけは覚えている。
先日、社会人となって丸一年を迎えようとしている知り合いの息子さんと食事をする機会があった。ある会社への就職が決まってご両親と一緒に就職祝いのお食事をした時以来だからおよそ一年ぶりの再会である。
久しぶりに会って、まずその顔つきの変化に驚いた。その容貌はもう学生のものではなく、しっかりとした社会人であった。社会に出て自分で稼いでいるんだという気概の様なものを感じた。
まだ社会人一年生なので、もちろん人並みに色々と悩みはあるようだが、私からすれば当たり前のことばかりである。もちろん当人にとっては深刻とは言わないまでも悩みは悩みだろうが誰もが一度は通る道である。悩みがない方が不思議だ。
私の場合は、大学時代に野球をやっていたことからテレビ局で運動部に入ってスポーツのディレクターになりスポーツの素晴らしさを世の中の人に伝えようという大志を抱いていた。しかし、現実はそう甘くはなかった。思ってもいなかったニュースの仕事をすることになったのだ。それも、技術職の人がするものとばかり思っていたVTR編集という仕事である。志望と違う部署に配属されたからといって落ち込むことはなかったが、正直言っておおいに戸惑った。編集の世界で一人前になれるのだろうかと仕事を覚えるのに必死で、気が付いたら2~3年経っていたというのが正直な気持ちだ。
今から思えば、会社に入ってから3~4年は、言われることをこなすことに精一杯で自分で自分のやっている仕事を客観的に見る余裕などなかった。その話を、先日食事した息子さんにも話したが、その渦中にある彼にとってはそういうものなのかと思うだけだっただろう。今は日々の仕事に一生懸命取り組むしかない時期なのだ。
彼との食事をしながらの会話の内容や態度、礼儀などを見ていると感心させられることばかりだった。もともとしっかりした息子さんだったが、学生から社会人になるだけでこれだけ変わるんだと思った。同じく社会人になってまだ日が浅い私の可愛い3人の甥っ子たちも、このようなしっかりしたやり取りが出来るようになっているのだろうかと叔父さんとしては少々心配になった。自分の娘や息子たちが成長して社会人になって、一緒に外で食事をする日が今から楽しみである。
いま政界では外国人を巡る二つの問題が注目を集めている。ひとつは外国人参政権である。日本に住む外国人に対して地方参政権を与える法案を民主党が今国会に提出しようという動きがあるが、連立与党を組む国民新党が反対し、民主党内からも反対の声が出ている。一方、野党の公明党はこれまで何度も在日外国人に地方参政権を与える法案を国会に提出している。
地方参政権というのは、都道府県知事や市町村長といった地方自治体の首長や、都道府県議会議員や市町村議員に関する選挙で投票できる選挙権のことである。
外国人に地方参政権を与えることを支持する理由は、国籍はなくても実際にコミュニティーの一員として日本に住んで税金も納めているので、自分たちの住む地方自治体の政治に参加する権利を与えるべきであるという考え方である。国防や安全保障といった国の根幹に関わることには参加させるべきでないということで、衆議院や参議院といった国政への参政権は対象になっていない。また、日本には戦前、戦中に朝鮮半島から日本へ強制連行され戦後もそのまま日本に残った在日朝鮮人、在日韓国人やその子孫らが数多く住んでいるので、その人たちに地方参政権を与えるべきであるという考えも背景にある。
一方で、外国人に地方参政権を与えることに反対する理由は、地方といえども最近では有事法制など安全保障に関わる問題もある上、参政権を得たいならば日本に帰化すべきであるという考え方などである。このところ日本に住んでいる中国人の数が増加する一方であることも外国人に地方参政権を与えることに反対する理由の一つとなっているとみられている。
この問題を巡っては、民主党が在日韓国人の団体である民団の選挙協力を得るために法案提出を目指しているという見方もある上、韓国の李明博大統領も地方参政権の実現を強く求めていることなど政治的な事情も絡んでいて問題を複雑にしている。
外国人の地方参政権については、私は以前は賛成であったが、最近では安全保障という観点から考えると慎重であるべきだと考え方が変わってきた。いずれにしても国の在り方に関わる大事な問題であるので、まだ国民的な議論が充分でないこの段階で急いで法案を国会に提出するのは避けるべきだと思う。
もうひとつ話題になっている外国人問題は、高校無償化の対象に朝鮮学校をいれるかどうかというものである。衆議院に法案が提出された高校無償化は全ての公立高校の授業料を無料にすると共に、私立高校については親の所得に応じて援助するというものである。その際、生徒の国籍は問わずに日本に住んでいる高校生を対象にすると見られていることから、法律で各種学校と位置付けられる外国人学校の扱いが焦点となっている。
この問題の引き金をひいたのは中井・拉致問題担当相である。中井大臣は拉致問題を解決しない北朝鮮を念頭において「(北朝鮮に)制裁をかけていることを十分に考慮してほしい」と述べ朝鮮学校の適用除外を求め、鳩山首相も当初、この考えに理解を示すような発言をしたことから問題がクローズアップされた。
担当大臣である川端文部科学相は、日本との国交や民族教育の有無で区別せず支給基準となる高校の課程に類するかどうかを客観的に判断するとの考えを示している。
日本人を拉致している北朝鮮の学校の生徒の授業料を日本人の税金で補助すべきでないという感情は理解できるが、だからといって朝鮮学校だけ対象から外すというのは無理があるのではないか。ここは感情的になるのではなく、川端大臣が言うように教育的な内容で判断すべきではないだろうか。
先日、大阪府の橋下知事はこの問題について記者会見で「原敕晁さんという政府が認定した拉致被害者が大阪府民にいる。拉致をやっている国と関係がある学校に、なぜ例外扱いして府の金を使わないといけないのか。もっと冷静に府民は議論して、変な有識者らに振り回されたら駄目ですよ」と述べた上で、「北朝鮮は不法行為をしているという意味で暴力団と同じだ」との認識を示し、「府としてはお付き合い出来ない」との考えを示した。公人としては言い過ぎだと思うし、府内に朝鮮学校がある府知事としての見識を疑わざるを得ない発言だ。
いずれにしても、これらの外国人を巡る問題は、感情的になることなく冷静にじっくりと議論し結論を出すべき重要な問題であると思う。
そうか、やっぱりそうくるか。ヤンキースからエンゼルスに移籍して松井選手のグラブの色がチームカラーの赤に変わった。ヤンキースに在籍していた後半は膝の調子が悪く指名打者となりレフトを守る機会がほとんどなかったが、エンゼルスでは膝の具合をみながら守備につくことになりそうだ。
松井選手がジャイアンツからメジャーに挑戦しヤンキースに入団した時のグラブの色は黒だった。メジャー移籍に伴って新しく松井モデルのグラブが作られオリジナルのロゴも出来上がった。レフトの守備で左手首を骨折した時には確かコルク(薄茶色)のグラブだった。新チームに移ったということで気分一新でチームカラーに変えたのだろう。リストバンドも赤になるのだろうか。
一方、イチローのグラブの色も何度も変わっている。イチローのグラブをずっと作り続けている名人の方のコラムによれば、これまでオレンジ、コルク(薄茶色)、黄色っぽいナチュラル、マリナーズに移籍してからはダークブルー、藍(インディゴ)・ブラックと変わってきたということである。私の記憶によれば確かマリナーズでも一時期コルク(薄茶色)を使っていたと思う。メジャーも日本の球団もそうであるが、チームカラーに合わせた色のグラブを使用する選手が多い。メジャーではリストバンドなどについても、チームカラーでない色を使うことに制限があるという話を聞いたことがある。それだけチームのシンボルカラーを大事にしているのである。
因みに、読者の皆さんは全く興味がないかもしれないが、私の野球人生におけるグラブの色はほとんどが茶色(ナチュラル)だった。そもそも私が学生の頃はまだまだカラー・グラブが珍しかったこともある。大学に入ってから初めて自分の手のサイズに合わせて作ったサード用のオーダーのグラブは青。試合に出るようになってからは、先輩にいただいた茶色の外野手用グラブだった。現在、子供の少年野球のコーチに行くときに使っているグラブはアメリカで買った黒のケン・グリフィー・モデルである。
今シーズンはカリフォルニアの青い空の下で、赤いグラブが動き回るだろう。面白いものでヤンキースのピンストライプのジャージしか想像できなかった松井選手も赤いジャージが似合ってきた。松井選手が活躍すれば赤いグラブも少年ファンの心を掴むだろう。
このところ月日の経つのが早い。毎週、大阪と東京を行き来して忙しい日々をすごしているからだろうか、それとも単に歳をとったせいだろうか。2010年も始まったばかりだと思っていたのに、あっという間に2ヶ月が過ぎた。一年の六分の一が終わってしまった。
だからと言って何かに焦っている訳ではない。番組に出演して、勉強会に出て、人に会ってとバタバタする日々だが、仕事で必要とされる毎日の動きがそのまま自分自身の成長にも繋がるというたいへん恵まれた環境にあることに心から感謝しているのだ。知識を身につけ最新の情報を得ることで自分自身を常にバージョンアップさせることが仕事なのだから幸せこの上ない。
解説委員になってから何度も思うことであるが、若い時にもっと勉強しておけばよかった。特にもっともっと本を読めばよかったと悔やむことしきりである。その思いが強いので子供にも本を読むように勧めることもあるのだが、自分がやらなかったのに子供にガミガミ言っても説得力がない。
テレビに出していただくようになってから、仕事で新たに知り合う人の数が格段に多くなった。知り合いが知り合いを紹介して下さることも増えてきた。本当に有難いことである。この仕事にとって人脈は宝なので、人と人との出会いを大切にしていきたい。
今年は取材や番組で現場に出るぞと年の初めに心に誓ったにも関わらず、2ヶ月経ってまだ二度だけである。一度目は阪神大震災15年の番組で被災地であった神戸の新開地からの中継。二度目は男子フィギュアの髙橋、織田両選手に関して関西大学からの応援風景の中継である。どちらも自ら働きかけたものではなく、番組サイドから声を掛けてもらって実現した現場である。もちろん、カメラが回っているリポートや中継だけが現場取材ではなく、1人で現地を訪れたり人に会って話を聞いたりするのも現場取材であり、それは日々行っている。しかし、海外特派員をやっていたせいからか、現場取材をするからには"画面に出てなんぼ"という思いもなかなか抜けないのだ。
会社に入ってこの仕事を始めてからはや四半世紀が過ぎたことを思うと感慨深いものがある。25年も経って毎日が早く過ぎていくという仕事が出来ていて、これほど幸せなことは無いのかも知れない。
17日間にわたって熱戦が繰り広げられたバンクーバー・オリンピックが閉幕した。最後の最後で日本に初めての金メダルかと期待されたスピードスケートの女子団体追い抜き(パシュート)はわずか100分の2秒の差で銀メダルとなった。しかし立派なものである。今回のバンクーバーが4度目で最後のオリンピックとなるであろう35歳の田畑選手が追い抜き団体の3人のチームをまとめて悲願のメダルを手にしたのだ。補欠選手として最後まで出場機会がなくメダルを授与されなかった日本選手団最年少15歳の高木選手に、表彰式の後で3人の先輩が3つのメダルを高木選手の首からかけてあげたシーンをテレビで観てジーンときた。4年後には高木選手がチームの主力として表彰台の真ん中に立っていることだろう。
日本選手団が獲得したメダルは結局、金0、銀3、銅2の計5個だった。前回のトリノ大会では女子フィギュアの荒川選手の金メダル1個という結果に終わっており、それに比べるとメダル総数は増えたが、やはり金メダルがないのは寂しい限りだ。
バンクーバー大会ではメダルの総数はアメリカが37個でトップだが、金メダルの獲得数は14個の地元カナダがトップとなった。韓国と中国というアジア勢の健闘も光った。韓国は金6、銀6、銅2で、中国は金5、銀2、銅4だった。約13億人と人口が格段に多い中国は順当な数だとしても、人口約4800万人の韓国のこのメダル数は賞賛に値する。特に金メダル6個はたいしたものである。
韓国の強さの秘密は国を挙げてのスポーツ強化策である。日本に比べてナショナル・トレーニングセンターも充実している。国際大会での成績に基づいて支給されるスポーツ選手の年金も充実しているし、男子のメダリストに対しては3年間兵役が免除されるという特典もあるということである。
日本では夏季でも冬季でもオリンピック開催の時だけは国をあげて選手たちを応援しメダル獲得を期待するが、普段からもっと国としての支援を強化すべきではないか。アマチュア・スポーツの強化を民間企業に委ね過ぎである。オリンピック選手の養成、強化のための予算をもっと増やすとともに、スポーツ省を作って国としてのスポーツ強化に取り組む必要がある。その前に、まずは国民がアスリートへの尊敬の念をもっと持つことが重要なのではないだろうか。
たいへん恥ずかしいことながら、大きなニュースに対する反応が鈍くなってきた。南米チリで大地震が起き、長い時間をおいて日本にも津波がやってくるというニュースである。チリで大きな地震が起きたというニュース速報を携帯電話で得た時に思ったのは、ニューヨーク支局にいる後輩は他社に先駆けて現場入りできるだろうかということだった。自分がロサンゼルス特派員をやっていた時は、北米大陸や中南米で何か大きなニュースが起きた時には、いかに他社より早く現地入りして一刻も早く東京に向けて生中継するかということばかり考えていたので、今でも中南米で何かが起きると後輩の動きが気になるのである。
そして今回の津波。今朝のニュースで津波が日本にも到達するということを知るまでは、チリで地震が起きれば日本に津波ということにまで思い至らなかった。青森や岩手、宮城に大津波警報が、また近畿地方も含めて太平洋岸の広い地帯に津波警報が出されても、自分自身がどういう行動をとるべきかに思いが行かなかった。後輩の報道局員が緊急出社して津波の襲来に備えて各地に取材に出ているという事態を知るにいたっても私も本社へ出社しようという発想に至らなかった。報道局員としては恥ずべきことである。
私が本社へ出社したとしても、特別に津波や地震など災害に詳しいという訳ではないので取材にも番組にも貢献できた訳ではない。しかし、そういう問題ではないのだ。通常のニュース番組に加えて津波に関するローカル特番を制作した本社は猫の手も借りたいほど忙しかっただろう。たとえ解説委員として番組に出演しなくても、現場から送られてくる原稿のチェックや、VTRの編集、情報の整理など手伝うべき仕事はいくらでもあっただろう。
日頃から現場が最も楽しく、現場にいることに生きがいを感じているのにもかかわらず、肝心な時に駆けつける発想もなかったということは現場の人間としては失格である。解説委員といえども報道局の一員である。ジャーナリストとしてたるんでいないか。恥ずかしい限りである。
春川正明
はるかわ まさあき
1961年5月5日生まれ
讀賣テレビ放送
報道局解説副委員長
ロサンゼルス特派員、
チーフプロデューサー、
報道部長を経て07年より現職。
関西学院大学非常勤講師
大阪市出身