10年2月27日(土)「#972 トップバッター」

  昨夜は政治家との会合で遅くなったが、今朝は頑張って起きて朝一番の飛行機で大阪に戻った。なんとも眠たい。朝から始まる長男の野球の練習試合を観戦するためである。自宅に戻って着替えた後、愛犬ベルを連れて自宅近くの中学校へ向かった。間もなく試合が始まる時間だ。今日の試合でトップバッターに抜擢されるかもしれないと長男が話していたので、試合に間に合うように急いだ。
  グラウンドに到着した時には既に長男がバッターボックスに立っていた。ギリギリ間に合ったようだ。1番ショートで先発出場していた。バッターボックスの長男は構えが少し変わった。毎朝ティーバッティングしている時に色々と試していた。バットのヘッドが投手側に入り過ぎるのを直して少し楽に構えるようにしたようだ。
  相手の投手のスピードはそれほどでもない。ヒットを打つかもしれないと思っていたが、第一打席はショートゴロ。相手のエラーで出塁した。リードが小さい。ランナーとしてはまだまだ学ぶことが多いようだ。三塁まで進んだ後、送球の間に本塁へ向かいうまくキャッチャーのブロックをくぐり抜けてホームにスライディングしたように見えたが、ホームベースにタッチしていなかったようでアウトとなった。まだまだだ。
  守備は相当自信を持っているようだ。イニングの間に守備練習をしているのを見ているだけでよく分かる。ボールの獲り方や送球の仕方がさまになっている。ショート後方とセンターの間にふらふらと上がった難しいフライをなんなく好捕した。守備があまり得意でなくバッティングが大好きだった私とは正反対のようだ。
  三回表の先頭バッターとなった第二打席はカーブに空振り三振。打ちにいく時に体がスウェー(スウィングの軸が投手側に流れる)する悪い癖が出た。今の打ち方では変化球には対応できないだろう。それにしてもバックスウィングでトップになった時の形が私のフォームとそっくりである。初めて知って思わず苦笑した。守備ではショートゴロを軽快にさばいた。
  第三打席はツーアウト・ランナーなしで回ってきた。いい当たりだったがショートの真正面。相手がエラーしてまたまた出塁した。
  最終回の第四打席もカーブで空振り三振。ツーストライクに追い込まれたのでカーブで三振だと思ったがそのとおりになった。スウェーに加えてスウィングの時に少し伸びあがっている。これでは打てない。構えももう少し腰を低くしてどっしりと構えたほうがいい。バックスウィングで一瞬のためが必要だ。スウィングは以前に比べて速くなっているので、少し手を加えてやればすぐに打てるようになるだろう。二男に負けないように、毎朝ティーバッティングを始めたのでしっかりと指導しようと思う。
  それにしても、グラブもスパイクもあまり手入れをしていないようだ。これでは野球はうまくならない。そこから教えなければならない。せっかくトップバッターになったのだから結果を出さなければならない。

10年2月26日(金)「#971 銀メダル」

  キム・ヨナ選手の素晴らしい演技は金メダルに相応しいものだった。ショートプログラムでもフリーでも完璧な演技を披露した。金メダルおめでとうと素直に言いたい。
それにしても浅田真央選手とキム・ヨナ選手の金メダルをかけた対決は本当に見応えがあった。19歳という年齢も家族構成も体型も同じという宿命のライバルは、日本と韓国の双方の国民がそれぞれ金メダルを期待する重圧の中、堂々とした演技だった。
ショートプログラムでキム・ヨナ選手に5点差をつけられた浅田選手は、得意のフリーでオリンピック史上初となる二度のトリプルアクセル(三回転半ジャンプ)を決めたが、ジャンプでミスが出たこともあり念願の金メダルとはならなかった。演技後に浅田選手は悔しさのあまり涙を流したが、本当に心の底から金メダルが欲しかったのだろうし、自分でも獲れると思っていたのだろう。よくやった浅田選手。日本人として誇りに思う。
それにしてもキム・ヨナ選手の出来が良すぎた。浅田選手もミスがあったとはいえ自己最高得点を叩き出したのだが、キム・ヨナ選手の得点は世界歴代最高得点で浅田選手との差は20点以上となった。浅田選手がミスをせずに完璧な演技をしていたとしても残念ながらキム・ヨナ選手の得点を上回ることが出来なかったと思えるほどの得点差だった。
キム・ヨナ選手のショートプログラムは圧倒的に素晴らしかったが、フリーの内容は正直言ってそれほどの感動はなかった。キム・ヨナ選手の演技は文句のつけようが無いほど素晴らしかったが、現在の審判の評価基準を周到に考え抜いた演技構成が金メダルを確実にしたのだと思う。
一方、安藤美姫選手は衣装が素晴らしかったが、何となく滑り全体にきれが無かったのが気になった。それでも5位入賞だ。胸をはって日本に帰ってきて欲しい。鈴木明子選手も自分の力を出し切ったのではないか。日本人選手3人のなかでは最も楽しそうに演技していたのが印象に残った。鈴木選手もフリーで順位をあげて8位入賞に食い込み、日本人3選手とも入賞という快挙を成し遂げた。
  浅田選手もキム・ヨナ選手もどちらもまだ19歳で次回のソチ・オリンピックの時には23歳。まだまだ2人が世界の女子フィギュア界の頂点で切磋琢磨して戦い続けていくのだろう。浅田選手が流した悔しさの涙が、次のオリンピックではメダルの色を輝く金色に変えてくれるだろう。銀メダル、おめでとう。

10年2月25日(木)「#970 公聴会」

  アクセルペダルが戻らない問題やハイブリッド・カーのプリウスのブレーキが低速で一瞬効きにくくなる問題でトヨタが大規模リコール(回収・無償修理)したことなどに関してアメリカの議会で公聴会が開かれトヨタの創業者の孫である豊田社長が出席した。
  結論から言うとトップ自らが出席して良かったのではないか。出席を要請されたものの出席の義務はなかったが、自ら進んで堂々と公聴会の場に出て、トヨタ車が死亡事故を起こしたことや、トヨタの最近の経営姿勢などについて謝るべき点は謝って具体的な改善策を明らかにしたことについてはアメリカのメディアも評価しているようだ。
  アメリカ議会の公聴会はテレビで全米に生中継され、質問する議員の顔がアップで映るので議員にとっては有権者への絶好のアピールの場であり、それ故に劇場型の政治ショーと化すことが多い。破たんしたGMなどの工場を地元に持つ議員はトヨタに対して厳しく、トヨタの工場がある地域の議員にはトヨタを援護する姿勢が目立つ。今年秋には中間選挙を控えていることもあって、民主と共和の双方にとって選挙を見据えた公聴会でもある。
  豊田社長は創業家の一員ということで公聴会では「全てのトヨタ車が私の名前を掲げて走行している。トヨタ車が傷つくということは、私自身も傷ついていることだと受け止めている」と語ったが、この表現はアメリカ人の心に響いたのではないか。この表現は社長自らが考えたのだろうか。アメリカ人の心情をよく理解している人がアドバイスしたような気がする。
  一方、公聴会の後でトヨタのアメリカ人従業員らの集会で流した豊田社長の涙は微妙である。社長自身が話していたように公聴会出席にあたって現地のトヨタ関係者が心の支えになってくれたことに感謝する涙であり、日本人としてはその心情はとても良く理解できる。しかし、アメリカではリーダーに涙は禁物である。涙は弱さも表すからである。
  テレビはその人の人柄を正直に映し出すものなので、豊田社長の実直そうな人柄が出ていてアメリカ人の印象も良かったのではないだろうか。トヨタの事業の成長スピードが速すぎて人材育成が追いつかず品質管理がうまくいかなかったことをトップとして素直に認めたこともアメリカ人には評価されるだろう。しかし、アメリカでは非を認めれば賠償の問題が出てくるのだ。
  トヨタに関する公聴会は今回の下院につづいて上院でも行われる。高品質という日本の製造業を象徴するトヨタだけに、しっかりと説明して一日も早くアメリカの消費者の信頼を取り戻してほしい。

10年2月24日(水)「#969 女子フィギュア」

  今日の朝刊に、浅田、安藤、鈴木という日本の女子フィギュア代表選手が登場する時間が書いてあったのでたいへん役に立った。午前中から東京でメディアの勉強会に出ていたので日本選手とライバルのキム・ヨナ選手の演技をどこで見られるかと気になっていたのだ。
  もうそろそろ真央ちゃんの登場時間だと思い、どこかランチを食べる際にテレビがあるお店に入ろうとしたが、オフィス街の店でテレビが置いてあるところは見つからなかった。そこで思いついたのがワンセグ放送だ。ビル街で見つけたベンチに座って携帯電話で女子フィギュアの生放送を観ることにした。
  フリーに比べてショートプログラムが苦手の浅田選手なので、うまくいってくれと祈るような気持ちで手元の小さい画面に見入った。男子で銅メダルを獲った高橋選手の時もそうだったが、最初に飛ぶジャンプの時が観ている者としても最も緊張する。浅田選手が最初のジャンプで女子としてはオリンピック初のトリプルアクセル(三回転半ジャンプ)を決めた時はヨシッと力が入った。その後も全てのジャンプを決めてほぼ完璧な演技で70点以上の高得点をはじき出した。
  その直後にリンクに立ったのは金メダル候補のライバルである韓国のキム・ヨナ選手。衣装も音楽も含めてその演技は洗練されたものだった。試合前の練習で転倒したジャンプも完璧にこなした。19歳とは思えない妖艶さも兼ね備えている。これまた完璧な演技で浅田選手とおなじぐらいの高得点だと思ったが、結果は世界歴代最高得点で浅田選手を5点リードした。
  もちろんキム・ヨナ選手の演技は素晴らしかったが、女子として初めてオリンピックでトリプルアクセルを成功させた点を考えると、素人的には5点の点差は少々納得できない。しかし、フリーが得意の浅田選手にとっては金メダルに向けて好位置につけたといえるだろう。
  私が秘かに金メダルを獲るのではないか期待していた安藤美姫選手は、三回転―三回転のコンビネーションジャンプの際に二つ目のジャンプの回転数が少なくなったのが響いて70点台を出せずに4位となった。二度目のオリンピック出場ということで落ち着いていたのだが、もうちょっと伸びやかさがあっても良かったような気がする。
  もう一人の鈴木明子選手も安定した滑りを見せたが、ジャンプで片手を突くミスもあり11位となった。フリーで頑張って何とか入賞してほしい。
  明後日のフリーでは金メダルを目指しての浅田真央選手とキム・ヨナ選手の一騎打ちとなった。真央ちゃんが攻める姿勢を忘れずにミスなく全てを出し切れば金色のメダルがやって来るのではないか。安藤美姫選手も鈴木明子選手も悔いのない演技をしてほしい。明後日の午前中はホテルのテレビにかじりついて仕事にならないだろう。

10年2月23日(火)「#968 大阪府と大阪市」

  大阪府の橋下知事はどこまで行くのだろうか。大阪府と大阪市の統合などを掲げて来年の統一地方選挙に向けて事実上の「橋下党」といえる地域政党「大阪維新の会」(仮称)を4月はじめに立ち上げることを決め準備会合を開いた。会合には橋下知事を支持する府議会議員の他にも大阪市議会議員や堺市議会議員も出席した。
  橋下知事はこれまでにも大阪府庁舎のWTC(大阪市などが建てた湾岸部にあるビル)への移転や、伊丹空港の廃港、大阪の中心部の梅田から関西空港までの関空リニアの建設など次から次とあっと驚く政策をぶち上げてきたが、ついに自らが率いる政党づくりに乗り出したのだ。
  きのう、大阪市の平松市長と大阪府と大阪市の統合問題などについて公開で討論した際には、次の当一地方選挙で自らが掲げる政策が府民から支持されなければ退陣することにも言及した。自らの信じる道をどこまでも貫く覚悟のようだ。
  関西のローカルニュース「ten」の中で私は橋下知事に対してしばしば厳しいコメントをしているので意外だと思われるかもしれないが、知事の掲げる政策については支持しているものが多い。
  例えば、府庁のWTCへの移転については関西の活性化に繋がるので賛成であるし、東京から大阪までの中央リニアが開通後であるなら伊丹空港廃港も賛成である。リニアなのか新幹線なのかは別にして梅田から関西空港までを短時間で結ぶ高速鉄道の建設にも賛成である。そして大阪府と大阪市の統合については知事が公に言い出す以前から合併すべきだと思っていたし番組でも発言してきた。
  府市統合については「ten」でご一緒した時に、いつまでにどのような方法で実現させるのかと知事に迫ったことがあり、その時に知事が来年の統一地方選挙で民意を問いたいと思わず答えてしまったということもあったのだ。
  統一地方選で自らが代表になるとみられる政党を作って戦うことについては、自分たちの選挙で人気抜群の知事と共に戦いたい府議会議員と、自分の目指す政策実現のために府議の支持が欠かせない知事の、双方の思惑が一致しているのだと思う。
  知事の視線の先には関西州というものがあるのだが、そのもっと先にはこの国を根本的に変えるための国政への進出もあるように思えてならない。知事が先へ先へと急ぐ背景には、大阪市と堺市という大きな権限を持つ政令指定都市を二つも抱えているが故に自らの政策がなかなか実現できないという知事としての苛立ちがあるのではないだろうか。
  まずは足元の出来ることからやりましょうという平松市長の言い分も理解できるが、目の前の行政を見ている市長と将来のビジョンを見ている知事では、府市統合については今後も平行線をたどる可能性が高いだろう。

10年2月22日(月)「#967 成長」

  またまた息子の話で恐縮である。少年野球のからみで二男のことばかり書いているので、今回は中学生の長男について書こうと思う。長男も小学生の時にはいま二男が所属している地元の少年野球チームでたいへんお世話になった。いまは地元の中学で野球部に入ってショートやセンターでレギュラーとして頑張っている。
  最近では身長も170センチ近くになり体も大きくなってきた。靴のサイズもほぼ私と同じになり、先日もアメリカに住んでいた頃に買ったままで履かずにおいていた私の靴を長男にあげたら喜んで愛用している。私のTシャツなどもたまに着ている。
  親バカながら、長男は赤ん坊のころ本当に可愛かった。外出した際に見知らぬ人から「可愛い赤ちゃんね」と声を掛けられることも、3人の子供たちの中で一番多かった。赤ちゃんモデルになれるのではと思ったほどだった。ほんとに親バカですが。
  この長男が私と顔や体型、ちょっとした仕草などがそっくりなのである。お会いしたことのない長男の同級生のお母さん方にも、私が父親だとすぐ分かったとよく言われるほどである。アメリカ人の友人にも「コピー」だとよく言われた。
  その長男が最近落ち着いてきた、というより成長してきたと感じることが多い。勉強でも野球でも取り組む姿勢がとても積極的になってきたのだ。親から言われなくても自らすすんでやるようになった。家の手伝いも黙々とこなしている。
  妻の躾がいいのだろう、子どもたちは3人ともすくすく順調に育っている。兄弟げんかはよくするが、感情的な言い合いも少なくなってきた。成長していくにつれてまだまだ山あり谷あり色々あるだろうが、三人三様で好きな道を進んでいって欲しい。

10年2月21日(日)「#966 温泉療養」

  昨夜は遅くまで起きていたので朝起きるのがとても辛かったが、頑張ってベッドから出てユニフォームに着替えた。二男の少年野球の練習に参加した。学年が上がるに連れて子供たちが上達していくのを見るのはとても楽しい。子供たちの野球の技術が最も伸びる年頃である。
  今日は昼から遠征で試合だったのだが、残念ながら練習に参加できるのは昼までで午後の練習試合には付き合えなかった。今日の試合では二男の出番はなかったようだ。
  昼前に練習を終えて自宅に戻るとすぐにユニフォームを脱ぐ前に庭で中学生の長男とティーバッティングをした。長男は学校の試験前なので自宅で勉強をしているのだが、その合間に野球の練習をしたいと言うので付き合ったのだ。長男は体も大きくなりバットスゥイングも鋭くなってきた。ティーバッティングにも迫力が出てきて頼もしい。
  素早くランチを食べた後で長女と一緒にリハビリ施設で頑張っている母を迎えに行った。施設で姉も合流して有馬温泉へと向かった。外泊許可を得て温泉でわずか一泊だが療養することにしたのだ。有馬温泉では母の妹と弟、つまり私の叔母と叔父、それにその叔母の娘と孫も合流した。久し振りに母方の親戚が集まったのだ。
  有馬温泉の湯は茶色く濁っており少ししょっぱい。少し温泉に浸かるだけですぐに体が赤くなりポッカポッカしてくる。体の芯から温まる。
  日の高いうちから温泉にゆっくり入って気持ちよくなり夕食まで少しお昼寝することにした。何とも気持ちいい。ウトウトしていると携帯電話が鳴った。二男からだ。「お父さん、迎えに来たり出来る?」。野球の練習があったので大好きな有馬温泉に来られなかったのだが、練習が少し早めに終わったので遠慮がちに私に迎えに来てくれるようお願いしてきたのだ。眠たくて仕方がなかったが、可愛い二男のために迎えに行ったのは言うまでもない。
  親戚一同9人が集まっての食事は楽しかった。少し食べ過ぎたぐらい食べた。母も多くの親戚、妹や弟、娘に息子、孫に姪とその娘らに囲まれてとても楽しそうだった。少し風邪気味で温泉に来ることが出来るかどうか心配そうだったが、無事に温泉療養が実現してホッとした。
  明日も仕事なので私は一泊せずに子供たちと一緒に帰ったが、今度はゆっくり泊まって何度も温泉に浸かりたい。

10年2月20日(土)「#965 生中継とスタジオ」

  昨日の続き。やっぱり現場は最高である。なんといっても楽しいのは現場だ。今回、生中継のリポーターとして現場に出してくれたスタッフに感謝している。
  今まで報道記者として海外特派員として数多くの現場から生中継のリポーターをやってきたが、その場合もちろんディレクターはつかずリポートの中身の原稿は自分で書き、現場で何を撮影するかカメラマンへの指示も自分でやる。つまり、現場の取材者であり中継の演出家でもありリポーターでもあり何もかも自分でやる訳だ。
  今回のように解説委員として現場から生中継する場合は少々やり方が違う。中継の構成を考えたり中継で話を聞くゲストを決めて連れてきたりするディレクターが別にいてくれるのだ。リポーターである私は現場に行ってディレクターと打ち合わせをするが、何を話すかという内容は自分で決める。どこまでディレクターの指示通りにやるかは、その時のリポーターとディレクターの関係による。全て自分でやる中継に慣れている私にとってはディレクターが付いてくれる中継は新鮮である。
  昨日の中継でのディレクターからの事前の指示はこうである。中継の持ち時間は5分間。中継の最初はカメラを会場の沸き具合から私にパーン(カメラを横にふる)するので、私が最初に会場の様子を伝える。そしてスタジオの司会者との生でのやりとりが少々あってディレクターが事前に頼んでくれていた関西大学アイススケート部の副主将にインタビューする。そして最後に私の合図で、これまたディレクターが事前にお願いしていたとおりに応援団とチアガールによる応援歌の演舞が行われ「以上、関西大学から生中継でお伝えしました」という私のキーワードで終わるという段取りである。「今日は解説委員であることを忘れて一卒業生になってください」というアドバイスは良かった。
 さて、実際の中継はどうなったか。私はたとえ自分よりかなり若いディレクターであっても現場の責任者というその人の立場を尊重して基本は指示通りにやるが、そこに自分でその場の状況に応じてアドリブを加えていく。中継の立ち位置のすぐ後ろに応援団のチアリーダーが座っていたのだが、この子達の表情がとてもいい。彼女たちにもしかしたら生中継で質問するかもしれないがいいかと聞くと快諾してくれた。カメラマンにも流れによっては彼女たちにインタビューすることを伝えた。また、銅メダルが決まってすぐに会場で学生新聞である関大スポーツが早々と号外を出したのでこれも中継の頭のつかみで使うことにする。特派員の時にもよくやったが、現地の新聞がこう伝えているという風に言いながら新聞を見せるよくやるやり方である。これについてもカメラマンに事前に伝える。また、大学野球部に借りたグラウンドコートの胸の「KWANSAI」という文字をコメントに合わせてアップで映してくれるようにもカメラマンにお願いした。
  事件、事故や裁判の中継などでは話す内容の原稿を事前に書くが、今回のような現場の盛り上がりを伝える中継では原稿もメモも書かない。何を話すかについては頭の中で何となく考えるだけでリハーサルもしない。中継が始まる直前には、私の後ろ側にあった空席に座ってくれるように会場で立ち見をしていた学生にお願いすると共に、まもなく中継がはじまりますのでよろしくお願いしますと会場の方々に挨拶した。
  そしていよいよ生中継。番組の都合で中継時間は直前に5分間から3分間に短縮されたが、こういう時は盛り上がりに任せて時間はあまり気にしない。中継が始まると予定通りに会場の盛り上がりぶりを伝えたが、学生の歓声が大きすぎてスタジオの司会者の声がよく聞き取れない。打ち合わせどおりに関大スポーツの号外や私が着ているグラウンドコートを紹介した後でアイススケート部の副主将にインタビューした。その後で、時間があまりないと分かりながらもチアガール2人にも短くインタビューした。そのほうが会場の熱気が伝わると思ったのだ。そして最後に私の合図で応援歌の演舞。
ここで少し段取りが狂った。この応援歌、われわれ関西大学体育会でスポーツをやった者にとってはとても思い入れのある曲なのである。野球の試合で打席に立った時やレフトを守っている時にこの応援歌を聞くと気持ちが高ぶった。いまでも応援歌を聞くと涙が出そうになる。ということもあり、応援歌の演舞が始まると私はリポーターである立場を忘れて中継マイクを握りしめたまま一緒に歌ってしまい、「以上、中継でお伝えしました」という中継の終わりを告げる締めのコメントを言うのをすっかり忘れてしまったのだ、恥ずかしながら。
  関西大学の皆様のご協力を得て何とか無事に生中継を終えて、タクシーで急いで本社に向かった。「ミヤネ屋」の放送が終わる前までに何とかスタジオに戻ろうと思ったのだ。放送終了の20分ほど前にスタジオに入ってセットに戻ろうとしていた時に、ディレクターから髙橋選手が銅メダルを首からかけた表彰台の写真パネルを手渡され、これを持って司会者に歩みより、同じ関西大学卒業生の司会者と喜びを分かち合って下さいと指示された。そこまでやるのかと少し思ったが、銅メダルを獲った喜びでいっぱいだったので自らすすんでやった。放送を観た方はご存知だろうが、写真パネルを手に持ちスタジオに入った私は司会者と喜びのハグをして二人で「関西大学、バンザイ!」と言いながらバンザイしてしまった。その瞬間、放送であることを忘れていた。
  そして番組のエンディング。一緒に出演していたコメンテーターの方から、「私が写真パネルを後ろで持ちますから春川さん、カメラの前で四回転してください」と言われた。さすがにそれはやり過ぎだとも思ったが、勢いでやってしまった。結果は見事、転倒だった。
  放送を観た何人かの業界関係者からメールをいただいた。「笑わせてもらいました」と。
解説委員としてどこまで許されるのかなと思いながらも、つづいて放送された「ten」の中でも後輩が銅メダルを獲ったことで話をふられて、思わずまたバンザイしてしまった。
  「今日は飲みに行くぞ」との「ミヤネ屋」の司会者の言葉どおり、この日は美味しいお酒をいただいた。髙橋選手、銅メダルおめでとう。関西大学、バンザイ。

10年2月19日(金)「#964 銅メダル」

10年2月19日(金)「#964 銅メダル」
  やった、やった、髙橋大輔選手が日本のフィギュアスケート男子で史上初めてとなるオリンピックのメダルを獲得した。そのメダルの色は銅、でも金メダル以上の輝きを持っている。四回転ジャンプに挑戦して転倒したものの、メダル狙いの守りに入らずあくまでも金メダルを狙って攻め続けた末の銅メダルである。
  髙橋選手は関西大学大学院に在籍中で大学の後輩である。大学の後輩といえばフィギュアスケート男子で7位入賞を果たした織田信成選手も関西大学である。大学の後輩2人が同じ種目でオリンピックに出場し、しかも2人ともメダルを狙える位置にいるというワクワクする展開となっていた。
  こうした状況を受けて、関西大学で学生や大学関係者が集まり男子フィギュアのフリーのテレビ生中継を観る応援会場に取材に行くことになった。私が生放送のリポーターに選ばれた理由は関西大学の卒業生だからであるが、同じ関大の卒業生である司会者が私を現場に出すことを提案してくれたようだ。有難いことである。
  大学のキャンパスにはテレビ各社の中継車がずらりと並び、報道陣も約30社70人あまりが詰め掛けた。会場は応援団やチアリーダーも駆けつけ熱気に溢れている。会場の様子がこうなることを予想していた私は昨夜のうちに大学野球部の後輩である大学職員に電話して大学野球部のグラウンドコートを貸してくれるようお願いしていた。胸に「KWANSAI」の文字が刻まれており私が大学のOBであることをアピールしようと思った。現場の雰囲気に合わせて服装を変えるのは中継記者の基本である。
  チアリーダーや女子学生の近くに席を確保した私は、彼女たちから事前に話を聞いて中継やスタジオでコメントする際の情報を集めた。そしてフィギュアスケートにたいへん詳しい仕事仲間にたまたま会場で会ったので隣に座ってもらって彼女からフィギュアについての基礎知識や最新情報を手取り足取り教えてもらった。これがたいへん役に立った。持つべきものは友である。
  いよいよフリーの演技が始まった。まずは織田選手。最初のジャンプで三回転を回避したことも隣に座る友人から聞いた。私には三回転か四回転か分からない。そして突然の演技ストップ。最初何が起きたのか分からず会場は静まり返ったが、靴紐が切れるアクシデントだと分かると学生たちから悲鳴のようなどよめきが起きた。それでも気を落とすことなく最後まで演技を続けた織田選手の頑張りを見て涙が出そうになった。私のすぐ横で私のリアクションを撮影しているカメラがまわっているので少し気になる。
  そしていよいよ髙橋選手の出番が来た。会場はもの凄い声援に包まれる。注目の最初の四回転ジャンプで転倒した。あ~駄目だ、これで金メダルは無くなった。しかし気を落とさずその後も難しいジャンプや持ち味の華麗なステップを披露する。祈るような気持ちで見守った。その後はミスも無く演技を終えた瞬間、学生たちから大歓声が起きた。
  髙橋選手の順位はこの時点で2位。残るはあと2人。最後のロシアのプルシェンコは大きなミスをしないだろうから、髙橋選手がメダルを獲れるかどうかはショートプログラム6位のウィアの演技にかかっている。他の選手のミスを願うのは後ろ向きなので嫌なのだが、心の中では正直言ってこの選手がジャンプで転倒しないかなと思って観ていた。しかしウィアはジャンプも含めてミスをしない。あ~これで髙橋選手のメダルは無くなったのではと思いながら隣に座るフィギュアの大ファンの知人に聞くと、彼女は冷静に両選手のショートプログラムの得点やフリーの出来を分析して、このまま行けばギリギリ銅メダルを獲れると話してくれて、結果も彼女の言ったとおりとなった。さすが、専門家は違う。解説委員としてあらゆる分野に精通することは無理なので、今回のようにそれぞれの分野の詳しい方々に色々と教えていただきながら自らも勉強していきたいと思う。
  それにしても髙橋選手は本当によくやった。ベストを尽くせばいいとは言うが、銅メダルと四位では天と地ほど違う。関西大学にとっても現役学生としてオリンピックでメダリストとなったのは昭和7年のロサンゼルス大会の陸上・三段跳びで銅メダルを獲得した大島選手以来78年ぶり二人目となった。同窓生として誇りに思う。おめでとう。
  銅メダル決定後の肝心の生中継についても書こうと思ったが、力が入りすぎて長くなったので、その後のスタジオでの出来事と共に明日書くことにする。

10年2月18日(木)「#963 シラバス」

  先日、母校の後輩が就職試験に向けて会社訪問にやってきた。大学で担当している講義を受講してくれている学生で、講義の中でOB訪問が有効だとアドバイスしたところ早速私のところにやってきたのだ。
  会社に入ってすぐの頃は母校の学生が就職試験の前に時々会社に訪ねてくることがあったが、最近ではそんなこともなくなっていた。今年はお声が掛からなかったが、このところずっと入社試験の面接官を担当していたので、面接官として学生のどういうところを見ているのかなどについてアドバイスすることが多い。
  大学で講義を担当するようになって、学生と接することが増えてきた。少々生意気な言い方だが、この国の将来を背負っていくであろう若者たちの成長に少しでもお役に立てればと思う事が多くなってきた。
  今年度も時事問題研究という講義を持ち一年の後半の秋学期を担当していたが、4月からの来年度は同じ講義の春学期担当となった。講義を持つに当たって、学生に対して講義の概要や進め方、成績評価の方法などを説明するシラバスというものを書く必要がある。学生は大学のネットで各教授や講師らのシラバスをチェックして興味のある講義を探し出して受講手続きをするのである。
  学生の間での評判や口コミもあるのだろうが、学生はこのシラバスを読んで受講する講義を決める訳だから教える側にとってもシラバス作りには力が入る。他大学の教授や講師のシラバスをチェックして、将来この人をスカウトしようと考えている大学もあるという話も聞いたことがある。大学業界ではシラバスは重要なのである。
  来年度も多くの学生と出会い、自らも共に学ぶことが出来る機会を与えていただいたことに感謝している。大学で教える事にも慣れてきたので、そろそろ"無難でなく"やってみるかな。

10年2月17日(水)「#962 男子フィギュア」

  日課となっている二男との朝のティーバッティング。ヒットも打って自信もつけて調子が良い様なので、ちょっと意地悪して高目や低目にボールをちらしてみたが、しっかりとボールを捉えている。だいぶ力をつけてきたようだ。
朝の飛行機で東京。メディアの勉強会に出席している時に、部屋のテレビでは男子フィギュアのショートプログラムの中継が放送されていた。勉強会の話を聞きつつも目はどうしてもテレビの画面を見てしまう。
髙橋選手が出てきた。ジャンプする度にミスをしないかとドキドキする。ジャンプを全て成功させた時には声が出そうになった。続いて織田選手。こちらも大きなミスもなく演技を終えた。やったーと叫びたいぐらい嬉しかった。
実は髙橋選手も織田選手も大学の後輩なのだ。もちろんただ後輩というだけで顔見知りではないのだが、いま母校で非常勤講師として講義を担当しているので応援にもいっそう力が入ってしまう。母校からメダリストが出る可能性があると思うと、しかもうまく行けば2人ともメダルを獲るかと思うとワクワクする。
髙橋選手のスケーティングは自信に満ち溢れているように見えた。その目線や表情からは男の色気を感じる。華麗なステップは観る者を高橋ワールドに引き込んでいく。明後日のフリーでは4回転ジャンプを決めて表彰台の一番高い所に立って欲しい。
一方の織田選手も、初めてのオリンピックとは思えない落ち着いた滑りだった。表情が少し硬いかなとも感じたがジャンプは切れ味が鋭かった。こちらもフリーで攻めて髙橋選手と共にメダルを手にして欲しい。
ミヤネ屋の司会者も同じ大学の出身ということで、先日の番組では2人して髙橋、織田両選手への思い入れたっぷりのコメントをしてしまった。常にバランスをとることを心がけている解説委員としてはいかがなものかとも思うが、母校愛に火がついてしまったのだ。母校にメダリストが誕生したらどれだけ感激するのだろうか。
朝の勉強会に続いて午後からもメディアの勉強会。終わってすぐに国会へ。政権が交代してから初めての党首討論をどうしても見たかった。開始時間ギリギリに参議院第一委員会室に到着したのだが部屋の中は既に立ち見でいっぱいだった。
自民党の谷垣総裁は当然、鳩山首相と小沢幹事長の政治とカネの問題を攻めるだろうとは思っていたが、持ち時間のほとんどをこの問題に費やしたのには少々ガッカリした。こうなったのはそもそも鳩山、小沢の両氏に責任があるのだが、党首ががっぷり四つに組んだ政策論争を聞きたかった。それにしても現場で聞いた鳩山首相の声はか細く元気がなかった。国のリーダーなのだから堂々とした姿を見せて欲しい。

10年2月16日(火)「#961 オリンピック」

  長年報道の仕事をしていて海外特派員もやったのだが残念ながらオリンピック取材の経験がない。プライベートでもオリンピックを観戦したことがない。長野オリンピックの時もロサンゼルスに住んでいてチャンスがなかったのだ。
  カナダのバンクーバーで冬季オリンピックが開催されている。メダルが期待されていた女子モーグルの上村愛子選手は残念ながら4位に終わった。それにしてもオリンピックの神様はなんと残酷なことをするのだろうか。上村選手は4度目のオリンピックだが、その順位は7位、6位、5位、4位と一つずつ上がっているものの今回もメダルには届かなかった。もう一度4年後に挑戦しなさいと神様は言っているのだろうか。神様は乗り越えられる試練しか与えないという。4年後には年齢的には厳しいかもしれないが、上村選手には是非チャレンジしてもらいたい。あの愛くるしい笑顔を見ていると、何とか首にメダルを、しかも金色のメダルをかけさせてあげたいと思うのは私だけではないだろう。
  日本国籍を棄ててロシア国籍に変えてまでオリンピック出場の座を勝ち取ったフィギュアスケート・ペアの川口悠子選手にもメダルを取らせてあげたかった。ショートプログラムでは3位という好位置につけ金メダルも狙える位置にいたが、フリーでは転倒し4位に終わった。金メダルを引き寄せる4回転ジャンプではなくコーチが安全策をとって3回転を選んだことが裏目に出たようだ。この種目で12連覇を続けていたロシアはメダルを失うことになった。日本人がロシア代表になったことで金メダルが途絶えたなどという悲しいニュースをロシアの地元メディアが流していないことを祈るばかりだ。田村選手が幼いころに指導を受けていた日本のコーチが「抱きしめてあげたい」と言っていたのがとても印象的だった。
  スピードスケートの男子500mで長島選手が銀メダル、加藤選手が銅メダルを獲得した。日本選手団にとって待望のメダルとなった。2人の力強いレースを見て感動したが、ここでも印象に残ったのはメダルを獲れなかった選手たちだ。
  日本記録保持者でメダルも期待された及川選手は実力を出し切れずに13位に終わった。レース終了後、及川選手が観客席に深く一礼したのが心に残った。これまで支えてくれた人たちに感謝の気持ちを示したのだろう。
  もう一人、世界記録保持者であるカナダのウォザースプーン選手は地元ファンの大声援を受けて金メダルが期待されたが実力を発揮できずまさかの9位に終わった。全てのレースが終わった後も、ウォザースプーン選手はいつまでも立ち上がらずに茫然としていた。今シーズン限りで引退する彼は何が何でも地元で金メダルを獲って有終の美を飾りたかっただろうし、またその自信もあっただろう。メダルを獲って喜びにあふれた日本人選手との対比がテレビ画面に映し出された。これがオリンピックなのだ。まだまだ多くのドラマが生まれるのだろう。

10年2月15日(月)「#960 沖縄3日目」

  那覇発伊丹行きの日本航空2088便の窓から見える夕焼けがとても綺麗だ。雲の上を安定飛行していて、遥か向こうに見える空と雲の境目が赤く染まっている。それにしてもプライベートで遊びに来た沖縄からの帰りの飛行機の中でなぜ仕事であるブログを書いているのだろうかとふと思った。
  沖縄滞在3日目。朝から浦添の東京ヤクルト・スワローズのキャンプを見に行った。那覇からは車で20分ほどの近さだ。球場のすぐ横の売店でおにぎりの朝食。卵焼きの入ったスパム(ハムに似たポークミート)おにぎりで、本土ではあまりお目にかかれない。ハワイでよく見かけるおにぎりである。
  まだ朝が早かったのでスワローズの選手たちはウォーミングアップ中で、ピッチングやシートバッティングは昼からの予定だ。それまでまだ時間があるので、先に米軍基地を見て周ることにした。まずは移転問題がクローズアップされている普天間基地。正式には普天間飛行場である。市街地の真ん中に飛行場があるのが一望できる丘の上の展望台に上がった。ここに来るのは二度目だ。沖縄戦の際に米軍が上陸してきて土地を接収してから今までずっと米軍施設として使用されている。住宅密集地にあり、滑走路のギリギリまで建物が建っているのは異様な光景だ。世界一危険な米軍基地といわれており、すぐ近くの大学に米軍ヘリコプターが墜落する事故も起きている。日本政府は5月末までに普天間飛行場の移転先を決めると言っているが難航が予想される。移転先が決まらずに普天間がそのまま残ることだけは何としても避けなければならないと現場の状況を見てあらためて感じた。
  普天間の次に、車で20分ほど北に走った嘉手納基地を訪れた。極東最大の米軍基地だけあってただただ広い。滑走路とそれに繋がる誘導灯の間を国道が走っている。滑走路を一望できる道の駅の屋上展望台に上がってみた。市役所に聞くと毎日軍用機の発着が見られるということだったが、滞在時間が短いこともあって戦闘機や輸送機などの発着を見ることも、その騒音を体感することも出来なかったのが残念だった。
  他の基地周辺でもそうだったが、嘉手納基地の地元では市役所などの公共施設の建物がとても立派である。道路の舗装も他の街よりもきれいであるような気がする。やはり米軍基地を受け入れている自治体ということで国から多額の補助金が出ているのだろうか。
  嘉手納からスワローズのキャンプ地まで戻る道沿いに中日ドラゴンズと横浜ベイスターズのそれぞれのキャンプ地があるのだが、残念ながらどちらも今日は休日で練習を全くやっていなかった。沖縄ではレンタカーを利用すれば短時間に多くの球団のキャンプ地を見て周ることができる。野球ファンにとってはうれしい環境だ。各球団のキャンプ地を周回するシャトルバスや各球団の練習スケジュールなどを一覧できるホームページなどを作ればもっと大勢の野球ファンが詰め掛けるのではないだろうか。
  スワローズのキャンプ地に戻るとシートバッティングの最中で、残念ながらブルペンではピッチング練習が既に終わっていた。スワローズも若手選手が多くほとんど顔が分からない。選手の顔が覚えられないのは、視聴率が下がってテレビのプロ野球中継が激減している影響もあるのだろう。
  キャンプ地を後にして車で南部を目指した。まずは平和祈念公園にある平和の礎(いしじ)を訪ねた。ここに来るのも二度目である。海に面した広場に、沖縄戦で亡くなった方々一人一人のお名前が刻まれた多くの石碑が建っている。そのすぐ近くには平和祈念資料館があり、沖縄戦の悲惨さを伝える展示を見て周った。この展示を見るのも二度目だが、展示内容があまり記憶に残っていなかったのはなぜなのだろうか。
  そこから車で5分ほどの所にひめゆりの塔がある。3ヶ月にわたった沖縄戦で日本軍の負傷兵を看護するためなどに動員され命を失った多くの女子学生たちを慰霊する施設であり、ひめゆり平和祈念資料館が併設されている。10代で亡くなった女子学生の1人1人の写真が壁いっぱいに展示されているのだが、その純真なまなざしを見ているといたたまれない気持ちになる。自分の長女と同じ年頃の子どもたちなのだ。生存者の方々が当時の様子を後世に伝えるために証言したビデオも観ることもできる。
「平和の礎」と「ひめゆりの塔」を何年かぶりにあらためて訪れてみて、多くの沖縄の人たちが普天間飛行場の県内移設に反対している心情を肌で感じることができたような気がする。今日訪れた二つの施設には多くの中高生も本土から平和学習でやってくる。戦時中に沖縄で何が起きたのかをしっかりと学ぶと共に、平和や安全保障をめぐって日本や世界の国々がどういう現状にあるのかについても考えるきっかけを掴むことができればなと思う。
伊丹空港に着くと妻と長女と二男と愛犬ベルが車で迎えに来てくれていた。沖縄行きのため今回は二男の野球に参加できず残念だったが、昨日の試合で二番サードで先発出場しまたもヒットを打ったということだ。沖縄滞在中に妻がメールで知らせてくれた。初ヒットを打ってからすっかり自信をつけたようだ。ヒット見たかったなあ。

10年2月14日(日)「#959 沖縄2日目」

  車で走っていると那覇の街は元気がないように思う。旧正月ということで人通りも少ないのかもしれないが、車窓から見る街はシャッターの閉まった店も多く活気があまり感じられない。因みに沖縄では旧正月をとても大事にしているようで、地元ラジオで聞いたニュースでも今日の枕詞は「旧正月の今日、・・・」というフレーズだった。
  プロ野球キャンプを見学するために那覇から高速道路を通って中部へと向かう。最初に訪れたのは阪神タイガースのキャンプ地である宜野座だ。高速の出口を出たすぐの所に球場がある。日曜日だが天気があまり良くないので思ったほどファンは詰め掛けていない。本球場の周りにはサブグラウンドと立派な雨天練習場がある。沖縄では各地でプロ野球の球団がキャンプをしているので、キャンプ地はどこも施設が整備されている。これらの充実した施設を使って、普段は地元の野球少年や野球青年たちもプレーできるので野球熱がますます高まっているのではないだろうか。
  タイガースのキャンプの印象は選手たちが思っていた以上にリラックスしてマイペースということだ。朝から雨模様で予定されていた日本ハム・ファイターズとの練習試合が中止になったのが残念だった。晴れていればキャンプ地全体がもっと活気に溢れていたのかもしれない。
  ブルペンでは投手の能見のボールが切れがあってずば抜けていた。野手では何と言っても城島だろう。さすがにメジャーで活躍しただけあって、そこにいるだけでとても存在感がありオーラを放っていた。
  午後からは名護のファイターズのキャンプを見に行った。こちらはタイガースに比べて若い選手が多いのか、明るくのびのび練習をやっていて活気があった。居残り特打をやっている野手たちからも気持ちで伝わるものがあった。
  ファイターズのキャンプでもうひとつ感心したのはそのファンサービスである。球場からすぐ近くの宿舎に選手たちが帰る際に、ファンがずらっと列を作って並んでいる通路を歩いて行くのだ。多くの若手選手はここでサインや写真撮影に気軽に応じていてファンはとても喜んでいる。個々の選手の対応というより球団がファンサービスの心得を選手にしっかりと指導しているのではないか。
  両チームのキャンプを見終わった後、米軍・普天間基地の移転先として注目を集めている辺野古を訪れた。もう夕方で毎日座り込みをしている人たちが帰るところだったが少しだけお話を聞くことができた。
  辺野古の米軍・キャンプシュワブ周辺は想像していた以上にさみしい所だと感じた。周辺の集落は高齢化が進んでいるのか閑散としているという印象を持った。私は基本的にはアメリカとの合意どおりに辺野古のキャンプシュワブに移転すべきだと考えているが、現場の美しい海をこの目で見ると、この海をわざわざ埋め立ててまでここに大規模な基地を作る必要があるのだろうかという気持ちになった。過去にも検討されて実現しなかったということは様々な制約があるのだろうが、キャンプシュワブの陸上部への移転をもう一度検討してもいいのではないかと思った。
  我々ジャーナリストの基本中の基本ではあるが、やはり実際に現場に行ってみて肌で感じることがいかに重要かということをあらためて感じさせられた辺野古だった。

10年2月13日(土)「#958 沖縄1日目」

  何年ぶりの沖縄だろうか。あれはたしか7年ほど前だろうか。ある番組のチーフプロデューサーをやっていた時に、沖縄から全編生中継で番組を放送したのだ。米軍の嘉手納基地を見渡せるビルの屋上を借り切ってそこに番組セットを組んで日本の安全保障を考える番組を制作したのだ。今から思えば大胆なことをやったと思う。制作費を切り詰めている現状では決して実現しなかった番組だろう。因みに、その翌年には北海道の美瑛の丘に番組セットを組んで地球環境についての番組をこれまた全編生中継で放送した。ここだけの話だが、さらにその翌年にはアメリカから地球環境についての生番組を放送しようとこっそりと考えていたのだが、さすがにその前に人事異動となった。会社もそのたくらみを見抜いていたのだろうか。
  ところで、今回の沖縄行きは全くのプライベートである。旅の目的は、沖縄で多くのプロ野球球団がはっているスプリング・キャンプの見学である。昨年は宮崎に行ったのだが今年は沖縄である。
  週末ということもあってか那覇行きの飛行機はほぼ満席だった。暖かいと思っていた那覇は曇りで少し肌寒いぐらいだった。
  空港から直接ゴルフ場へ向かい、旧知の方々とゴルフ。以前はよくゴルフをやったが、ここ10年ほどはクラブを握るのは年に1~2度だ。ラウンドどころか練習も全くしないのでゴルフの腕は全く上達しない。昨年アメリカに行った際に買ってきたドライバーに期待したが、相変わらずのスライスボールだった。だめだ、こりゃ。
  夜はゴルフをご一緒した方々と沖縄料理に舌鼓を打った。これがまた最高に美味しかった。観光客は決して来ないような素敵なお店だった。
  週末ということもありホテルがどこも満室で、何とかネットであるホテルをおさえたのだが、そのホテルに行ってみて驚いた。那覇の中心部から少し外れたそのあたりは、なんと歓楽街のど真ん中だった。なかなかエキサイティングなエリアである。シークァンサー入りの泡盛を少々飲みすぎたようだ。

10年2月12日(金)「#957 アバター」

  始まってから終わるまであっという間だった。ストーリーの中だるみもなく時計が全く気にならなかった。2時間がすぐに経ったと思っていたら上映時間は2時間40分の長さだった。さすがハリウッド、さすがアメリカ映画と思わせるスケールの大きな映画だ。
  同じジェームズ・キャメロン監督が作った「タイタニック」を上回って全世界興行収入が史上最高額を記録している「アバター」はとても面白いと聞いていたが、正直言うと3D映画ということで内容はどうかなと思っていた。3DでSFというとどうしても子ども向けという感じがしていたのだ。
  ところが想像していたのと全然違っていた。環境破壊と人心荒廃にあえぐ地球という星の行く末を考えさせられるラブストーリーだった。争いばかりやっていて、このままでは破滅に向かいつつある人類の愚かさに気付かせてくれる物語だ。この壮大なメッセージ性がハリウッド映画のすごいところだ。
  どこまで実写でどこからがCGか、その境がよく分からない。というか、そもそもそんなこと言っているのが古いのだろう。いまや実写とCGを分けて考えることなどしないのだろう。
  まだ観ていない人もいるだろうからストーリーの詳しいことは書かないが、とにかく面白い。物語にはまって行くにつれて主人公の一人である娘のことが心から恋しくなっていった。主人公との恋が実ってハッピーエンドで終わることを願う自分がいた。
  ストーリーも映画の作りも全く違うのだが、初めて「バック・トゥー・ザ・フューチャー」を映画館で観た時と共通する衝撃があった。映画ってここまで出来るんだという驚きだ。この映画を作るためにどれだけの時間と労力をかけたのだろうかと考えさせられた。
  ほとんど文句のつけようがない出来だったが、せっかく3Dなのに期待したような画面から飛び出してくる衝撃的な映像が少なかったのはちょっと残念だった。
  妻と2人で観たのだが、娘や息子たちにも是非観せてやりたい映画だ。この映画ならもう一度映画館で観てもいいかな。

10年2月11日(祝・木)「#956 指圧」

  昨夜は東京で会食を終えた後、ホテルに泊まった。いつもは朝一番の飛行機で大阪に戻るのだが、今日は祝日で番組出演もないので午前中は部屋でゆっくりと過ごした。お風呂に入って朝刊にじっくりと目を通した。
  東京で泊まるときは夜は勉強会や会食があり、ホテルにチェックインするのは夜遅くになることが多い。せっかくホテルに泊まるのに寝るだけだともったいないような気がするが時間がないので仕方がないのだ。
  午後の飛行機で大阪に戻った。気のせいかも知れないが、日本航空のキャビン・アテンダントは経営破たんしてから元気がないような気がする。会社が苦しい時こそ社員が明るく前向きでいるべきだと思うのだが、当事者にしか分からない苦悩があるのだろう。
  伊丹空港から自宅には戻らず、いつもお世話になっている指圧の先生を訪ねた。このところ体調も良かったので治療を受けるのは何カ月かぶりである。
  この数週間、お酒が続いているので胃の調子が悪い。にもかかわらず、昨夜遅くに1人でラーメン・ギョーザを食べてしまった。体に悪いと思いつつ、お酒を飲むとなぜか時々ラーメンが食べたくなる。ギョーザとライスは余分だった。
  先生にお腹を触られて、胃が荒れているとしっかり指摘された。指圧してもらうだけでなく、胃や肝臓など内臓の調子も診て貰うのだが、触るだけで臓器の調子が分かるのは本当にすごいと思う。
  以前は月に一度は体を診て貰っていたが、このところ調子が良かったのでだいぶ間隔が開いていた。首や肩のコリは相変わらずだが、全体的には快調である。先生も私の体を触って「かなり元気になってきたなあ」と言ってくれた。
  ここ数カ月、ほぼ毎週二男の野球の練習に付き合っているので、腕や足の筋肉も軽く張っているようだ。野球をやろうと毎週思えるほど体調が戻ってきたということだろう。
  今日は中学生の長男と小学生の二男も一緒に来て先生に体を診てもらった。どこかが悪いという訳ではないのだが、子供たちの体が順調に成長しているか時々診てもらっている。妻も娘も含めて一家全員がお世話になっている。出費もかさむが、なによりも健康第一だ。体が元気だと気力も充実して気持も前向きになる。

10年2月10日(水)「#955 視線」

  最近、視線が気になる。私を見る目が何かを訴えている。その視線は今に始まったことではなく、ずっと前から同じなのに私が気付いていなかっただけかも知れない。どうしてその思いを受け止めることが出来なかったのだろうか。
  確かにこのところコミュニケーションが取れていない。年が明けてから公私共に忙しかったこともあるし、寒い日が続いていたことも影響している。日に二度どころか一度も出来ない日が続くこともあった。
  昨年の11月で7歳になったので人間で言えば49歳、ほぼ私と同じ歳である。顎の下やおなか周りには白髪も目立ってきた。容貌の衰えは見え始めてきたが食欲は旺盛で、遊んで遊んでという気持ちも強い。
  ラブラドール・レトリバーという大型犬なので毎日たっぷりと運動させなければならない。最低でも朝晩30分ずつぐらいの散歩が必要なのだが、なかなか連れて行ってやれない。週に2~3回、夜に30分ほど散歩に連れて行くだけの日々が続いている。外に出る機会が少ないので相当ストレスが溜まっているのが見て取れるのだが、仕事で遅くに帰ってくると、愛犬ベルのストレスよりもどうしても自分の体調維持やストレス解消を優先してしまう。
  ある日、夜遅くに散歩していた時のこと。いつもの様に歩きながらフッと私を見上げたその視線が気になったので立ち止まってしゃがみ込み、同じ高さの目線からベルの顔をじっと見た。久しぶりに一緒に散歩してくれたことへの喜びと同時に、なかなか一緒に遊んでくれない寂しさがその瞳に浮かんでいた。
  そんなベルの顔を見ていて「あと何年元気でいるのかなあ」という思いがこみ上げてきた。長生きしてもあと7~8年かなあと思うと涙が出そうになった。「ベルは幸せなのかなあ」と考えると急にベルが恋しくなって頬ずりしてしまった。
  たぶんベルは最近ずっと同じような視線で私のことを見続けていたのだろう。それに気づいてやることが出来なかった。子供にインタビューする時に目線の高さを子供に合わせることが大事だと教えられたが、犬に対してもたまにはかがんで表情を見つめてやることもしなければ。もっと散歩しようね。

10年2月9日(火)「#954 二分の一成人式」

  今から30年ほど前の成人式。地元の区役所で行われた式典に羽織はかま姿で出席して着物姿の同級生の女の子たちの写真相手になったのを覚えている。因みに大学の卒業式にも同じ羽織はかまで出た。この時は仲の良かった応援団の幹部たちも羽織はかま姿だったのでそれほど恥ずかしくなかった。母が自宅でずっと着物の仕立てをしていたので、自らの手で私の羽織はかまを縫ってくれたのだ。
  娘も2人の息子もまだ十代なので誰も成人式を迎えていない。娘はその時には着物を着るのだろうが、息子たちは羽織はかまを身につけるのだろうか。娘はアメリカに行く前に日本で七五三を済ませ、その時に着物を着たが、息子たちはアメリカにいた関係で2人とも結局七五三をやっていない。私が成人式に来た羽織とはかまが実家にあるはずだから、できれば成人式には着てほしいというのは無理なお願いだろうか。
  ところで、二男の小学校では先日二分の一成人式が行われた。つまり10歳になったことを祝い、これまで育ててくれた両親に感謝しようという訳だ。
  二分の一成人式に向けて妻と私から二男にお手紙を書いた。詳しい内容を書くのは恥ずかしいので控えるが、私たちがそれぞれ二男のことをいかに愛して大事に育ててきたかという気持ちをストレートに書いたのだ。
  その手紙を書いてから何日かして二男が学校から返事の手紙を持って帰ってきた。妻から手渡された封筒の表には「父さん母さんへ」、裏には「○○○より」と二男の名前が書かれている。
  その手紙の内容を少しだけここに紹介する。ブログに書いたことを二男が知ったらきっと怒るだろうが、将来いつの日かブログを読む頃には懐かしい思い出になっているだろう。手紙には幼い字でこう書かれていた。
  「父さん母さん手紙ありがとう。手紙見た時、泣きそうになりました。母さんが産んでよかったと思う生き方をしたいと思います。父さんは仕事でつかれてるのに野球とかついてきてくれてありがとう。父さんとのキャッチボールやバッティングする時間今でも好きだよ。父さんが手紙で書いてたとおり、この前のしあいでもタイムリーヒットうったよね!ほんとうれしかったよ。これからもがんばって野球を続けたいと思います。母さん、いつもばんごはんとかそうじとかしてくれてありがとうね。やっと二分の一成人になったよ。ほんとありがとう。お父さんお母さんこれからもよろしくおねがいします。」

10年2月8日(月)「#953 統合断念」

  そのニュースを聞いた時、エッと思った。経営統合の交渉を続けてきたキリンとサントリーが統合断念を発表した。そもそもキリンとサントリーが経営統合するというニュースを初めて聞いた時もたいへん驚いた。経営が行き詰った企業を好調な企業が吸収するという話ではなく、業界の勝ち組同士がタッグを組むというこれまでにないタイプの統合を目指していただけに断念したことは残念である。
  食品業界最大手のキリンと2位のサントリーはどちらも好調な企業であるが、業界自体は人口減少と競争激化で厳しさを増している。その現状を打開するためには海外企業を買収するなどして積極的に海外進出をはかり世界的規模の企業になることが求められていたのだ。
  しかし、当初からお互いの企業風土の違いをいかに乗り越えていくかが最大の課題だった。キリンは株式を公開している一部上場企業であるのに対して、サントリーは創業家から代々社長が出ている株式を公開していない非上場企業である。サントリーの発行済株式の約90%を創業家一族が所有している。
  経営統合断念の理由は、統合後の新会社をどのように経営していくかという企業理念に対する考え方の違いという溝を埋められなかったことだ。具体的には、新会社の経営にサントリーの創業家がどこまで関与するかということについて合意できなかったのだ。
  キリンは上場企業なので、経営に関して株主に説明できる透明性を確保することを重視するのに対して、サントリーは短期的な企業の利益だけでなく長期的な利益や社会への貢献などにも価値を置くのだ。
  企業のグローバル化が叫ばれるにつれて企業経営の効率化や株主重視といった欧米的な考えが重視されてきたが、それだけでいいのか。企業は何のために存在するのかといった企業の在り方を見つめ直すことの重要性も忘れてはいけない重要な視点だ。
  創業家による同族経営の良さも取り込んだ世界規模の企業が、いかに世界に進出して海外企業に打ち勝って行くのかという今後の日本の成長戦略のモデルにもなり得る新しい企業の姿を見てみたかった。次はどんな企業同士の経営統合が進むのだろうか。

10年2月7日(日)「#952 観劇日記」

  前公演に続いての宝塚大劇場。週末にもかかわらず1階席の後ろに空席が目立つのが気になる。相変わらずほとんどが女性で男性客の姿がほとんど見られない。宝塚を愛する者にとって寂しい限りである。
  出し物は宝塚歌劇雪組のお芝居「ソルフェリーノの夜明け」とショー「Carnevale睡夢」の二本立てである。お芝居は赤十字思想誕生150周年の戦争ものである。「ベルサイユのばら」などで知られる植田紳爾の作・演出だけに期待通りの華やかなオープニングだったが、場面転換は戦場と負傷兵ばかりのひたすら暗い地味なイメージの物語だった。植田作品らしい唸らせるようなストーリー展開もなかった。
  ショーは大劇場デビューの新進作家の作品だったが、一転してストーリーも衣装も明るい宝塚らしい好感のもてる作品だった。
  先日、次の公演での退団を発表したばかりのトップスターの水夏希はいつもながらの情熱的なステージだった。現在のトップスターの中では最も宝塚への愛情を感じさせる存在だと思う。
  芝居にショーにたいへん印象に残ったのが、この公演で退団する二番手男役の彩吹真央である。今までは少々地味なイメージだったが、退団が決まってふっきれたのか明るく華のある舞台だった。長年宝塚歌劇を観ているが、この人のトップスターの舞台を観てみたかったと初めて思ったスターである。宝塚歌劇の場合は座付き演出家なのでスターが退団する際の公演ではそのスターが芝居やショーの中で本人自身の思いと重なるようなセリフや場面を用意することが多い。今回も彩吹真央の宝塚への思いを連想させるシーンが印象的だった。退団がたいへん残念である。
  これまた次回公演で退団が決まっているトップ娘役の愛原実花もお芝居にもダンスにも品と憂いが感じられて良かった。今後が楽しみな娘役なのに退団が惜しまれる。それにしても、歌劇団はもっと娘役を大切に育てたほうが良いのではないか。誤解を恐れず言うと、男役は放っておいても育つのだが、娘役は歌劇団が意思を持って大切に育てる必要があると思う。男性ファンを劇場に呼ぶためにも魅力的な娘役の育成が不可欠である。常に生徒たちへの愛情が感じられる舞台づくりであって欲しい。

10年2月6日(土)「#951 プリウス」

  なぜ社長が記者会見に出てこないのかと不思議だったが、ようやく日米のメディアが集まる中、記者会見に出てきた。アメリカで車のアクセルペダルが戻りにくくなるという重大な欠陥で大規模なリコール(回収・無償修理)が実施されているトヨタの車を巡って、国内でも新たな問題が起きている。
  最先端の技術で作られ環境に優しい車として世界中で大人気のハイブリッド・カー「プリウス」のうち昨年5月に発売された新型プリウスだ。ガソリンと電気モーターを併用し燃費はリッター30キロ以上を誇る。日本でいま最も売れている車であり、アメリカでも環境に関心がある人たちを中心にたいへんな人気をよんでいる。
  そのプリウスが低速で滑りやすい路面を走っていてブレーキをかけ止まる寸前に一瞬ブレーキが利かなくなるという苦情が日米のユーザーからトヨタに寄せられた。昨年の秋ごろから苦情が目立つようになった。
  トヨタによると、プリウスでは通常の油圧ブレーキに加えて、車軸が回転することでモーターを回す際の抵抗を利用した回生ブレーキを併用している。またプリウスにはブレーキを踏んだ際にタイヤがロックされ横滑りやスリップすることを防ぐABS(アンチ・ロック・ブレーキ・システム)が標準装備されているのだが、低速でブレーキを踏んだ際にそのABSと二つのブレーキシステムの兼ね合いで一瞬ブレーキが利かないような感覚が起こることがあるということだ。
  トヨタは今年に入ってから指摘された不具合に対処するためにABSのシステムを改良したが、そのことをユーザーに明らかにしていなかった。なぜ、その時点で発表しなかったのだろうか。問題隠しだと言われても仕方がないだろう。
  またトヨタは社長が出てくる前の記者会見で「(ブレーキが利かないと感じる)その時間は1秒未満で再度ブレーキを踏めば止まる。欠陥ではない」と説明したが、トヨタともあろうものが、安全性に対する認識が甘すぎるのではないか。ドライバーにとっては、1秒もブレーキが利かないとしたら大問題である。そんな車に乗りたくない。
  1秒に対する認識といい、こっそり改良したことといい、なかなか社長が出てこなかったことといい、トヨタは大丈夫かと思わざるを得ない。アメリカでのアクセルペダルを巡るリコールに続いて、看板であるプリウスにも不具合がみつかり、事態の対処を誤ればトップの責任問題にも発展する可能性があるのではないかと心配していたが、どうもその対応をみていると事の重大性を認識していないのではないかという思いになる。
  何よりも安全、安心とユーザーの信頼を大切にし、日本のもの作りを代表する企業である。プリウスについてはすぐにリコールしないようだが、明らかな欠陥が認められなくてもリコールを求められるアメリカではリコールとなる可能性が高いような気がする。そうなってから日本でもリコールすることになると、ますますユーザーの信頼を失うことにならないか心配である。

10年2月5日(金)「#950 朝青龍引退」

  横綱・朝青龍と日本相撲協会の双方にとって考えられる中ではこれしかないという結果になったのではないだろうか。暴行事件の責任をとって朝青龍が自ら引退することを明らかにし記者会見した。
  被害者からは朝青龍への寛大な処分を求める嘆願書が出されるという理解しがたい展開となった。その嘆願書を朝青龍側が報道陣に明らかにしたということは朝青龍は引退する気などなかったということだろう。しかし、横綱審議委員会が厳しい処分を求める意向を相撲協会の理事会に伝えて理事会もようやく重い腰を上げて解雇もやむなしという状況に追い込まれた。その理事会の空気が朝青龍に伝えられて引退を決断したということだろう。
  朝青龍についてはこれまでも何度もトラブルを起こし厳重注意や出場停止などの処分を受けたが根本的にその態度が改まることはなかった。横綱としての品格が問われ続けてきたが、そのヒール(悪役)ぶりも含めて人気を集め、実力でも人気でも相撲協会を支え続けてきた。横綱としての品格を厳しく問う人の気持ちは理解できるが、朝青龍だけにその責任を問うのは酷ではないか。師匠である親方や毅然とした対応をとってこなかった相撲協会の責任も大きい。特に、外国人力士に相撲という伝統世界のしきたりやルールを教えることなく、なにか不祥事が起きる度に適切な処置もせず逃げ回っている印象しか与えなかった親方の態度にはあきれるばかりだ。師匠といえば親同然である。どこまでやれば許されないかということを教えるのも親の大きな役目の一つだ。親としての愛情が足りなかったといわれても仕方がないだろう。
  解雇や除名でなく自らが引退を決めたという形をとったことで相撲協会の面目も保たれたであろうし、格闘技に転向するにしてもビジネスの世界に専念するにしても朝青龍の第二の人生にとっても最低限のプライドは守られたのではないか。
  場所中に朝まで酒を飲み暴行したことは許されることではなく、角界から退場させられるのは仕方がない。しかし、どの様な暴行が、どの様な理由で、どの様な相手に行われたのか明らかになっていないのに、引退で幕が引かれることには釈然としない思いが残る。引退が決まったものの、相撲協会の調査委員会は可能な限り事実を明らかにすべきではないだろうか。

10年2月4日(木)「#949 小沢不起訴」

  政治資金団体「陸山会」の土地購入を巡る政治資金規正法違反事件で小沢幹事長が嫌疑不十分で不起訴となった。逮捕された現職国会議員を含む元秘書ら3人については東京地検が起訴した。
  きょうは新聞各紙の朝刊が小沢幹事長不起訴という記事を一面で報じたが、そのとおりの結果となった。この処分決定を受けて記者会見に応じた小沢幹事長は幹事長職を続ける意向を明らかにし、鳩山首相も幹事長続投を認める考えを示した。
  昨年3月の西松事件から始まった小沢幹事長周辺に対する東京地検特捜部の捜査は結局、小沢幹事長自身の刑事責任の立件には至らなかった。逮捕は難しくても在宅起訴の可能性はあるのではないかとも思っていたが不起訴となった。
  嫌疑不十分で不起訴となったということは、政治資金収支報告書への虚偽記載に関して小沢幹事長の具体的な指示や積極的な関与を裏付ける証拠が得られなかったことを意味する。また、ゼネコンからの裏献金5000万円が小沢氏側に送られ土地購入資金の4億円の原資の一部になったのではないかという疑惑も解明されていない。
  秘書ら3人を逮捕して事務所など関係先を捜索した上で、小沢幹事長本人からも二度に亘って事情聴取した検察にとっては、敗北といわれても仕方がない結果となった。東京地検の次席検事と特捜部長による記者会見は1時間以上も行われたということだが、テレビカメラによる取材は拒否された。これだけ世間から注目された事件なのだから、検察ももっと説明責任を果たすべきではないか。
  小沢幹事長の刑事責任は問われないことになったが、その政治的、道義的責任は今後も問われることになるだろう。捜査中だからと説明を拒んできた事件に関する細かい疑問についても説明する責任がある。
  小沢幹事長を巡る政治資金の虚偽記入の総額は20億円にものぼると検察はみている。どこからお金を得ているのかというのも問題だが、そんなにも大きな金額を何に使っているのかという使い道も明らかにされるべきである。そこが明らかにされない限り、小沢幹事長に説明責任を求める声は消えないだろう。

10年2月3日(水)「#948 橋下知事2年」

  大阪府の橋下知事が就任から2年を迎えた。新聞やテレビの世論調査ではその支持率は70~80%を超えている。就任から2年が経ってこれほど高支持率を保っているのは異例中の異例である。
  橋下知事を最も評価できる点は、その"覚悟"である。国会議員も含めてこれほど力の限り自らの職責に精一杯取り組んでいる政治家は珍しいのではないか。時々は暴走もするが、自らの信じる道を貫くという意志の強さを感じる。今の政治家が失っている"覚悟"を持ち続けているからこそ、その思いが府民に伝わっているのだろう。
  目の前の懸案事項だけでなく、大阪府や関西の将来についてビジョンを持ち発信するという点も大いに評価できる。それまでは誰も思いつかなった大阪府庁のWTC(ベイエリアの高層ビル)への移転や、伊丹空港の廃港、大阪・梅田から関西空港へのリニアなどの構想を次々とぶち上げ、実現すべく周りを巻き込んで議論をする。自分たちが住む街の将来の姿を考えるきっかけを与え続けている。
  知事という仕事は大阪府という行政のトップであると同時に、選挙で選ばれた政治家でもある。これまでの知事や市長らは行政のトップという立場を優先することが多かったが、橋下知事は政治家としての顔を前面に押し出していることが多い。地方行政を変えるには国を、霞ヶ関を変えるしかないという考えから政治家としての思いが強まっているのだろう。また、直接住民と向き合う行政の細かい点は基礎自治体である市町村が担っているので、行政として都道府県の出来ることが思っていたより限られているということもあるのかもしれない。
  力強いリーダーであることには違いないが、強大な権力を握っているという立場もより一層自覚して、自らの意見に反対する立場の人の声にも耳を傾ける謙虚さも今まで以上に必要ではないか。「支持率が全て」、「最後は僕が民意」という知事の発言を聞く度に、そう思わずにはいられない。ジャーナリストとして、今後も橋下府政と向き合っていきたい。

10年2月2日(火)「#947 一段上」

  最近どうも不調である、というか、これが実力かもしれない。生放送の番組でのコメントの内容に自分自身で納得がいかないのだ。こう書くと、これまでは納得のいくコメントが出来ていたのかと突っ込まれそうだが、元々たいしたことないコメントで何とかごまかしていたのかもしれない。
  不調の原因はなんとなく分かっている。実際に現場に行って自分で取材したものでないネタについてコメントすることにいつまで経っても慣れない。テレビのコメントは短く断定口調で言い切るほうがうけるとは分かっていても、解説委員という立場上も、性格上も出来ないことに対するジレンマ。そして、最近の一番の原因は、もう一段上のレベルを目指そうとして滑っているということだ。
  もっと気のきいたコメントが出来ないか、想定外の質問が突然飛んできた時も反射神経を生かしてまるで事前に打ち合わせていたかのような立て板に水のコメントが出来ないか、と日々試行錯誤しているのだがなかなかうまくいかないのだ。
  自分で自分を追い込んで行って、自分にプレッシャーをかけて一皮むけたいという思いも正直ある。しかし、その一方で解説委員としてそこまでの実力はないと自分で分かっているというのも現実だ。かといって、チャレンジもせずに日々無難に過ごすということは自分の性格を考えると無理だろう。
  こんな事を書いているが、自分の仕事に対して決して後ろ向きではないのだ。解説委員という仕事はとてもやりがいがあり、今のポジションが気に入っているだけに守りに入りたくないのだ。もう一段上を目指していきたい。
  なんでこんな事を書いているのだろうかと自分でも思いながら書いているが、これが最近自分自身の心の中を時々駆け巡っている正直な思いである。解説委員としてどこに向かっていくのだろうか。失敗を恐れずに前向きに挑戦を続けたい。

10年2月1日(月)「#946 永田町」

  はや2月である。年の初めの1月はあっという間に終わった。相変わらず大阪と東京を行ったり来たりの生活だが大阪にいる朝は息子とテーバッティングをやっている。愛犬ベルとの散歩はほとんど出来ていない。1月という季節柄かお酒を飲む機会が多く、胃がもたれていて体も疲れ気味である。
  13時からの衆議院本会議を傍聴した。先日の鳩山首相の施政方針演説に対する代表質問である。きょうの質問者は自民党の谷垣総裁と石原元政調会長である。
  それにしても、与党である民主党の議員席に空席が目立つのが気になる。この日は自民党総裁の代表質問なのでさすがに自民党席はほぼ埋まっている。逆に鳩山首相の施政方針演説の際にはテレビで見る限り民主党席はほぼ埋まっていたのに自民党席には空席が目立った。中には病気の人もいるかもしれないが、国会議員が本会議に出て来ないというのはどういうことなのだろうか。税金で費用を負担してもらっている国会議員にとっては、国会への出席は最低限の義務である。
  ちょうど傍聴のために座った席の真下が当選回数の多い自民党の大物議員がずらりと並ぶ席であった。因みに本会議場の座席は前から当選回数順に並んでいる。歴代の総理4人の席が並んでいるが、そのうちの1人は欠席だった。他の1人も座席に座りながら書類に目を通していたがそのうちに退席していなくなった。残った2人の元総理は演説や首相、閣僚らの答弁が続く間、前の席に座った大物議員も時々交えながらヒソヒソ話をしている。何を話しているのだろうか。読唇術を見に付けていれば興味深い内容を知ることが出来るのに。
  谷垣総裁の代表質問では小沢幹事長の名前が何度も出てきて攻撃的な内容だった。先日の予算委員会での追及の甘さを指摘されて、鳩山政権を追及する厳しさが一段と増した。それにしても、与野党とも雑音としか思えない低レベルの野次が多すぎる。国会の花とも言われる気の利いた野次を聞いてみたいものだ。
  2時間半ほど本会議を傍聴した後で、国会議事堂の裏側に並ぶ議員会館に顔を出した。現在、衆議院も参議院もより大きな議員会館に建替え中である。知り合いの議員の部屋で配達されたばかりの夕刊に目を通していると、夕方から民主党の小沢幹事長の会見が行われるとの記事が出ていた。岡田外相の記者会見に出る予定を変更して、雨の中、永田町の民主党本部手へと向かった。
  民主党本部の前では、建物に入る記者にも身分証明書の提示を求めるほどの警備の厳しさだった。民主党の記者会見は記者クラブだけでなくフリージャーナリストも含めて全てのメディアにオープンになっている。この日は毎週行われている幹事長の定例会見だった。ざっと見たところ記者は100人以上、カメラは10台以上が並んでいる。
  会見の冒頭で幹事長自らが東京地検から2度目の事情聴取を受けたことを明らかにした。オープンな民主党の会見らしく、最初に質問者に指名されたのは年配のフリージャーナリストだった。会見時間が限られているにもかかわらず、全ての記者が聞きたいであろう事件について質問しないので周りの記者もイライラしているのが分かった。
  久しぶりに小沢幹事長の記者会見に出席したが、以前の記者を威圧するような態度は見られず質問に穏やかに丁寧に答えていた。態度は丁寧だったが、記者たちが最も聞きたい事件の核心については、捜査中ということもあり明確な答えはなかった。
  会見を聞いていて気になることがあった。この日も含めて最近の小沢幹事長の会見では「不正なお金は受け取っていない」というフレーズが繰り返され強調されているような気がする。その一方で秘書たちが不正なお金を受け取っていたどうかについては「受け取っていない」ではなく「受け取っていないと"信じている"」との表現だった。
  直接東京地検特捜部を取材していない身で憶測を述べることは控えるべきだが、会見を聞いていて、東京地検と小沢幹事長側との間で、小沢幹事長の刑事責任についてどのような処分をするかについて落としどころを確認しあっているのではないかという思いを持つに至った。逮捕された秘書の拘置期限でもある今月4日にも小沢幹事長に関して立件するかどうかの判断が下される可能性がある。

春川正明

はるかわ まさあき
1961年5月5日生まれ
讀賣テレビ放送
報道局解説副委員長
ロサンゼルス特派員、
チーフプロデューサー、
報道部長を経て07年より現職。
関西学院大学非常勤講師
大阪市出身