09年12月31日(木)「#914 年の終わりに」

  きのう政府の成長戦略がようやく発表された。環境や医療、アジアとの交易などに力を入れて2020年度までのGDP(国内総生産)の成長率を、物価変動を考慮した名目で平均3%、実質で2%を上回るものとし、20年度の名目GDPを現在の約470兆円から約650兆円まで伸ばす。今までのような公共事業に頼るのでもなく、小泉政権のように市場原理を重視するものでもなく、内需を刺激して成長する"第三の道"を目指すということである。
  環境や医療、アジアにより力を入れるという方向性はその通りだとは思うが、新聞を読む限り具体性に乏しいような気がする。目標を達成するための具体的な方策や日程などを盛り込んだ工程表は今後半年以内に作るということだが、遅すぎるのではないか。そもそも政権を取ってから3ヶ月が過ぎているのに成長戦略の発表がなぜ今なのか。本来なら、来年度の予算を決める前に成長戦略を発表すべきだろう。成長戦略なしに、どうやって予算をたてたのだろうか。
  行政の無駄な点を削っていく行政刷新会議と、国の戦略や予算など将来のビジョンを考える国家戦略室とは車の両輪で進んでいくものだろう。削ることが先行するのは仕方がないが、国家戦略の策定がノンビリし過ぎているような気がしてならない。不景気、不況だと暗い話ばかりなだけに、この先はこんな将来を目指して行きますよという中・長期の目標、展望を国民にしっかりと示して欲しい。その意味では、暮れも押し迫った12月30日に記者会見を開いて成長戦略を発表する鳩山政権の広報センスを疑う。テレビ各局のレギュラーニュース番組は既に終了し、新聞も紙面の量が減っているこの時期に発表しても大きなニュースにならず国民に伝わりにくい。年内に出しましたよというアリバイ作りだというのは意地悪な見方過ぎるだろうか。
  今年最後のブログにここまで政治の話を詳しく書くつもりはなかったが、成長戦略についてはずっと気になっていたのでついつい力が入ってしまった。
  今年もあっという間に終わった。今年一年を振り返って最も心に残ったことは子どもたちの成長振りである。親の言うことも聞かずまだまだ子供の面も多くあるが、人に対する気遣いや思いやりが少しずつだが出来るようになってきた。親バカであるが、自分の子どもながら成長したなあと思うことが増えてきた。
  それに比べて私自身は体力も年々落ち、気力は衰えていないものの、諦めは早くなってきたような気がする。この業界で今まで培ってきた経験で何とかごまかす術を徐々に身に付けつつある自分に納得がいかない。恥ずかしながらまだまだ知らないことばかりで、勉強、勉強の毎日である。この一年でどれだけ成長できたのだろうか。たくさんの人にお逢いして色々な話を聴いてもっともっと成長したい。

09年12月30日(水)「#913 大掃除」

  年に一度?の大掃除。今日から番組も休みで正月休みに入った。このところ忙しく、せっかく休みに入ったのでゆっくり寝ようかと思っていたが、8時過ぎには目が覚めてしまった。もう少し眠ろうかとも思ったが、子供たちが寝ていて静かなうちに朝刊に目を通すことにした。年末年始で新聞も薄くなっている。
  朝刊を読みながらパンと温かいカフェオレの朝食を取る前に洗濯機をまわす。こうしておけば、新聞を読んで朝食が終わった頃にちょうど洗濯が終わっているので効率よく時間を使える。洗濯に関しては趣味のようなものである。息子たちと私の男組のものしか洗わない。以前に妻や娘のものとユニフォームを一緒に洗って怒られてから学習したのである。
  朝食の後は長男と一緒に玄関に飾り付けてあったクリスマス・イルミネーションを片付けた。このところ中学生の長男は積極的に家のことを手伝ってくれるようになり本当に頼もしい。今までは力仕事は私一人でやってきたが、今後は少しずつ長男に任せようと思っている。
  次は、玄関横と庭の植木の伸びたところをカットして、庭の側溝のカバーを外して年に一度の溝掃除。庭の落ち葉もきれいに掃いてすっきりした。
  自宅の外がきれいになったところで、今度は家の中。納戸の荷物を久し振りに整理整頓したあと、掃除機で家の中をきれいにしていく。掃除も嫌いではない。
  こんな風に書くと私が全てをやっているようだが、もちろんそんなことはない。妻は妻で家中をきれいにしている。高校生の娘も手伝っている。家族総出で年末の大掃除である。
  夕方からは、ついに買ってしまった新しいパソコンのセッティングである。大画面の映像は眩しいくらいに鮮明である。ノロノロとしか動かなかった今までのパソコンと違って、動きも驚くほど速い。パソコンのセッティングも今までは私一人でやってきたが、今回は私よりもはるかにパソコンに詳しい娘にお願いすることにした。私がやるよりよっぽど速い。息子にしても娘にしてもいつまでも子供だと思っていたが、最近では何をやらしても頼りになる。今まで妻と私でやっていたことをやらせてみると、私たちよりも素早くうまくこなすことも多くなってきた。成長したものである。

09年12月29日(火)「#912 今年最後」

  私が出演させてもらっている2つの番組も今年の放送分を無事終えることが出来た。夕方ローカルニュースの「ten」は今年4月にスタートして、その番組開始から出演している。関西ならではのお笑いの方々との共演はたいへん刺激的で勉強になることばかりだ。一緒になって笑いをとりに行こうとは思わないが(もちろん、望んでも実力的にそんなことは出来ないが)、何とかフリートークに付いて行けたらと思っている。
  もう一つの出演番組の「ミヤネ屋」への出演は解説委員になった時からだから、早いものでもう2年半になる。番組出演者としては右も左も分からない素人だった私を、司会者の方やスタッフ、共演者の方々が温かく見守ってくださり、何とか今までやって来られたと思っている。ありがとうございます。特に、いつもたいへん気遣いをしていただくと共に、時には厳しい突っ込みで鍛えてくれている司会者の方には心から感謝している。その優しさがなければ、解説委員として順調なスタートをきれなかったとさえ思っている。
  現在は、「ミヤネ屋」に出演する日は、1時間のインターバルを挟んで「ten」にも出演するというスケジュールである。番組サイドとしては差別化したいから、同じ日に続けて両番組に出演するのは避けて欲しいだろうと思うが、何とか東京へ取材に行く日程を確保するためにスタッフには無理を聞いてもらっている。
  今年最後の「ミヤネ屋」の放送の後での打ち上げの席でスタッフを前に挨拶した時にも言ったことだが、来年は外に取材に行く機会を是非増やしたい。以前は大きな裁判の判決などのタイミングでちょくちょく外に取材に出掛け、番組に生中継を入れたのだが、最近では外へ出ることがなくなってきた。
  「若いディレクターの皆さん、何でもやりますから一緒に取材に行きましょうね」と挨拶したら、共演者の方から「使いにくい!」との声が飛んだ。チーフプロデューサーや部長をやっていたから、そういう面もあるかもしれないが、何でもやりますから。また、スタッフから「春川さん、自分で企画書を書いてくださいよ」とも言われた。よし、来年は積極的に自ら仕掛けて取材に中継にと外に飛び出すことにしよう。今年一年、番組で温かく見守ってくださった視聴者の皆さん、共演者の方々、司会者の方々、スタッフの皆さん、お世話になりました。ありがとうございました。

09年12月28日(月)「#911 一票の格差」

  画期的な判決となった。先の衆議院選挙の小選挙区での議員1人あたりの有権者数の格差が2倍を超えたのは憲法違反であるとの判決が出た。衆議院選挙でも参議院選挙でもこれまで何度か一票の格差を違憲だとする判決が出されたが、2倍を超えると憲法違反であるとまではっきり言い切った判決は記憶にない。
  一票の格差とは、有権者の数が多い選挙区と少ない選挙区との間の一票の価値に違いがあるということだ。有権者の多い選挙区では一票の価値が軽くなり、逆に有権者の少ない選挙区では一票の持つ価値が重くなるという訳だ。最高裁判所の判例では、衆院選の場合は一票の格差が約3倍以上、参院選では約6倍を超えると違憲、違憲状態との判断が下されてきた。
  政権交代が起きた今年8月30日の衆議院議員選挙に関して、小選挙区で議員1人あたりの有権者の格差が最大2.3倍だったのは憲法違反だとして大阪に住む男性が大阪府選挙管理委員会を相手取って選挙のやり直しを求めていた。
  この裁判で大阪高裁は「格差が2倍に達する事態は大多数の国民の視点から耐え難い不平等と感じられており客観的にも不平等と評価される」とした上で「格差が2倍を超える状態を放置するのは憲法上許されない」として違憲だと判断した。しかし、選挙自体を無効とした場合は公の利益に著しい障害が生じ公共の福祉に適合しないという「事情判決の法理」という考えをとって選挙のやり直しは認めなかった。
  1994年に小選挙区比例代表並立制が導入されてから裁判所が衆議院選挙が憲法に違反すると判断したのは初めてである。法律では一票の格差が選挙区によって2倍を超えないように区割りするように定められている。しかし、人口の少ない過疎地域の議員数が少なくならないように配慮するため、300の小選挙区の区割りを決める際にまず47都道府県に1つずつ割り当てて残りを人口比例で配分する「1人別枠方式」をとった。このため一票の格差が最初から2倍を超える選挙区ができたという訳である。今回の判決ではこの「1人別枠方式」そのものを「憲法の趣旨に反する」と判断したのだ。
  だいたい一票の価値が場所によって大きく違うという状態を放置してきた立法府(国会)の責任は大きい。選挙区の区割りは国勢調査の結果に基づいて変更されるのだが、選挙区の見直しは議員の当否に大きく影響するので、その改正にはなかなか踏み切ることができないのが現状なのだ。司法が立法(国会)の怠慢を厳しく指摘した画期的な判決である。国会の姿勢が問われている。

09年12月27日(日)「#910 自信」

  一塁の塁上でガッツポーズする二男の姿を見て嬉しかった。紅白戦とはいえ、ここ一番という勝負時にタイムリーヒットを打つことができてさぞかし自信になったことだろう。念願の公式戦初ヒットは年内には実現しなかったが、小さな一歩を踏み出すことが出来た。
  二男の少年野球の年内最後の練習日。午前中は今年いっぱいで引越しするメンバーとそのお父さんコーチの送別を兼ねての子どもたちチーム対お父さんコーチチームの試合をやった。小学生といえどもエースの子どもの球は速く、反対打ち(右打ちの人は左打ち)ではなかなかヒットが打てなかった。
  午後からはリーグ戦があった。残念ながら二男の出番はなかったがチームは快勝した。その後、二男の学年と一つ上の学年との紅白戦が行われた。その試合で二男の学年チームを担当したお父さんコーチはたいへんだった。その日のリーグ戦に出番のなかった子どもたちを紅白戦では優先的に先発出場させたところ、リーグ戦に出たレギュラー組は試合に出られないので文句ばかり。子どもたち皆に出場機会を与えてあげたいということを説明して納得させようとしたが、試合が始まっても控えに回ったレギュラー組はおしゃべりしてふざけあって試合をまともに見ていない。
  そこで、またやってしまった。応援に来ていたお母さんたちも見ていらっしゃったのに、子どもたちのあまりの態度に黙っていられなかった。「お前ら、普段試合に出ている時にベンチの仲間がちゃんと応援してくれているのに、どうしてお前らは応援できないんや!」と一喝してしまったのだ。普段あまり試合に出られずに辛い思いをしている子供たちが紅白戦とはいえ試合に出て緊張しながら頑張っているのに、ベンチでちゃんと応援できないレギュラー組の態度に我慢がならなかったのだ。自分の子どもが試合に出ているとか出ていないとかいう問題ではないのだ。
  その紅白戦で二男はサードで先発出場したがいきなりサードゴロをエラー。「思い切ってやれ!」とベンチから檄を飛ばす。その後2つのサードゴロを無難にさばいて見ている私もホッとした。父親に似てゴロを捕るのもファーストへの送球もあまり上手でない二男にチャンスを与えて下さったお父さんコーチに心の中で感謝した。
これでサードとしても少し自信が付いたかもしれないと思っていたら、その後、またサードゴロをはじいた。すると味方ベンチのレギュラー組から「サード、(エラーが)多いぞ」との声がいくつか飛んだ。子どもというのは時には残酷なものである。二男は大きな声を出しながら帽子をいつもより目深にかぶった。仲間に野次られた悔しさで少し涙ぐんでいるようにも見えた。
二男の第一打席は空振り三振。いつもながらの全球フルスウィングだった。二打席目は試合終盤のいいところで回ってきた。試合は大負けしていたが何とか2点差まで詰め寄ってツーアウト、ランナー二塁三塁と一打同点の場面。ピッチャーは一学年上で球も速い。この打席も駄目かなと思っていたら、二男は見事センター前にはじき返し同点となる二点タイムリーヒットとなった。それが冒頭のガッツポーズの場面だ。紅白戦といえども、二男にとっては守備でもバッティングでも自信をつかめた大事な試合となった。
長い一日が終わって二男と一緒に帰る道すがら、今日の守備での頑張りとヒットを褒めた。そして「なんでヒットを打てたか分かるか?」と聞いてみた。すると二男は「どうせまた、お父さんがアドバイスしたからって言うんやろ」と答えたが、私は「そうやない、今週お父さんと二人で毎朝休まずにティーバッティングしたやろ。だから打てたんや。毎日努力したお前が偉い。」とかえした。コツコツ地道に努力することの大切さを知って欲しいとの願いは息子に伝わっただろうか。

09年12月26日(土)「#909 来年度予算」

  平成22年度(2010年度)の予算案がようやく閣議決定された。9月に鳩山政権が発足して100日が過ぎた。来年度の予算編成を年内に終えたいという政府の強い意向を受けて何とかギリギリ間に合った。
  今回の予算は初めてづくしだ。国の予算規模を示す一般会計(これ以外に特別会計というものがある)は2年連続で過去最大の92兆2992億円にまで膨れ上がった。歳出(国から出て行くお金)のうち、国債の返済や地方交付税などを除いた政策に使うお金である一般歳出も過去最大の53兆4542億円である。この中で「コンクリートから人へ」という鳩山政権の理念を受けて公共事業費が大幅に減らされ、前年から1.3兆円減らされ5兆7731億円となった。削減額も18.3%という削減率もこれまた過去最大である。
  その一方で歳入(国に入ってくるお金)のうち税収は景気の落ち込みの結果、約37兆3960億円にまで落ち込み当初予算としては25年ぶりに40兆円を割り込んでしまった。企業は赤字の場合には法人税を支払う必要がないし、儲けが少なくなると当然法人税も減るので、景気が悪くなると税収が減っていくのだ。また、政府のいわゆる埋蔵金を含む税外収入は10兆6002億円となり、これまた初めて10兆円を上回った。そして国の借金である新規国債の発行額は、これまた過去最大の44兆3030億円となった。
  政治というものは税金の集め方と、税金の使い方を決めることである。国民から集めたお金をいかに再配分するかということを決めるのだ。その意味では、政権交代が実現して予算の組み方とその中身、いわゆるお金の使い方が大きく変わることになる。
  色々と問題点も指摘されているが、今回の民主党政権になって初めての予算を採点すると65点ぐらいではないか。何とか及第点となる60点に今後の期待点5点プラスといったところか。マイナス点は、先進国で最悪である財政の悪化をどうしていくのかという点が明らかになっていないことだ。財務省の発表によると、10年度末の国債残高は約637兆円で国民1人あたり約499万円の借金となる。国と地方を合わせた長期債務残高は約862兆円となりGDP(国民総生産)の1.8倍となる見通しだ。
  子供は国の宝であり国民の財産でもある子供たちを国民みなで育てるという理念の下、子ども手当てが所得制限なしに支給されるのだが、その一方で子どもたちの未来に大きなツケを残すことになる。これを解消するためには消費税のアップは欠かせないと思うのだが、鳩山首相は会見で「この4年間に消費税増税を考えることはない」と言ってしまった。どうして、今後の政策選択の幅を狭めるような発言をこのタイミングでわざわざするのか理解できない。予算というものは、次の年のお金の使い方を決めるだけでなく、この国の将来のあるべき姿を示すメッセージでもあるのだ。

09年12月25日(金)「#908 グリーン車」

  久しぶりに新幹線に乗った。しかもグリーン席に。座席も広く乗客もまばらで車内はシーンとしていて静かで快適だった。一度グリーン車の心地よさを知ってしまうと、普通車には乗りたくないと思うほど気持ちよかった。
  東京と大阪を行ったり来たりする時は飛行機に乗っている。理由は自宅から東京の取材先までの時間でいうと飛行機の方が早いので少しでも時間を短縮するためだ。飛行機に乗るのが好きだということあるのだが。新幹線は2時間半座っているというのがどうも中途半端であまり乗ることは無い。
  今回、どうして新幹線に乗ったのかというと、話をしたい相手が新幹線に乗るので同じのぞみの同じ車両に乗り込んでじっくりと話を聞こうと思ったからだ。
  政府の一員になってから相当忙しいようで、なかなかアポイントが取れない。早朝から深夜まで分単位のスケジュールがびっしりと詰まっているようで、電話してもなかなかつかまらない。
  10日ほど前に秘書の方に連絡して役所でようやく面会のスケジュールを入れてもらったが、約束の時間になっても相手は姿を現さない。ようやく応接室に入ってくると、20分後には役所を出発して地元へ新幹線で戻るという。
  挨拶もそこそこに執務室を見せてもらった。通常は記者は入れないということだったが、友人ということで見せてもらったのだ。想像していた以上に広い部屋だった。あまりに忙しそうだったので、乗る予定の新幹線と車両番号を聞いて早々に執務室を後にした。
  東京駅に先回りしてグリーン車の前で待っていると、また別の、政府に入っている顔見知りの議員とばったりと会った。彼も偶然にも同じ新幹線で地元に帰るという。
  議員にとって移動の新幹線も大事な時間である。膨大な資料や新聞記事に目を通したりスケジュールを確認したり、束の間の休息をとったりするのだ。
  政権発足後、ほとんど休みも無く働き続けている議員には申し訳ないと思いながらも隣の席に座って30分ほどじっくりと話を聞いた。特別に何かの案件についてメモを取りながら取材するということではなく、色々な事について率直に情報交換、意見交換をするのだ。
  話が終わると、同じグリーン車に乗っているもう1人の議員の隣の席に移動して同じように話し込んだ。こういった同じ電車や飛行機に乗り込んで密着取材するのを"箱乗り"というのだが、普段はあまりやったことがない。相手が余りに忙しいので時間を有効に使うために相手の了解を得て箱乗りしたのだ。
  2人への取材が終わった後は、このために買ったグリーン車の切符を握り締めて自分の席に戻って資料に目を通したり本を読んだりして快適な時間を過ごした。話した内容も含めて極めて有意義な時間となった。

09年12月24日(木)「#907 首相会見」

  1時間の予定だった会見は1時間15分ほど続いてようやく終わった。会見の前半部分は民放テレビで、民放テレビの中継が終わってからはNHKで、そのNHKも終わったら収録室に入ってきている生中継の映像ラインで会見の全部を聞いた。
  1時間以上に亘る会見を聞いた感想は、正直に言うともう許してあげても良いのではないかというものだ。権力を監視するジャーナリストとしては甘すぎるかも知れないが、謝罪と反省の言葉を何度も繰り返すその姿を見ていて、これ以上この問題を長引かせるよりも一刻も早く国政に専念してリーダーシップを発揮して山積する懸案事項を処理して欲しいという気持ちになった。鳩山首相の資金管理団体である友愛政経懇話会の偽装献金問題で、東京地検特捜部はきょう団体の事務担当者だった首相の元公設第一秘書を政治資金規正法違反の虚偽記載で在宅起訴すると共に、団体の会計責任者だった元政策秘書を略式起訴し東京簡裁は罰金30万円の略式命令を出した。鳩山首相は嫌疑不十分で不起訴となった。
  それにしても、首相としてではなく一議員として会見するという趣旨で首相の会見場所を首相官邸ではなく国会近くのホテルにしたのは何という姑息なやり方なのだろうか。司会も民主党の国会議員が務め、首相のことを鳩山議員と呼んだ。首相周辺の誰かがそうするようにアドバイスしたのだろうが、問題を真正面から受けとめず逃げているようで逆効果ではないか。
  会見で鳩山首相は「検察の判断を重く受け止め、会計責任者の起訴について責任を痛感している。ご迷惑をおかけした全ての皆様、国民全ての皆様に深くお詫び申し上げる」と謝罪した。
  「私服を肥やしたわけではない」という説明が何度も繰り返されたが、それはその通りだが金額があまりに大きすぎる。首相にとって1億円は100万円ぐらいの感覚なのだろうか。いずれにしても、政治はやはりお金がかかりすぎるという思いが強まった。
  予定の時間をオーバーしても、質問を遮ることなく全ての質問に真摯に答える首相の誠実な態度はいつもながらのものだった。しかし、きょうは目に力がなく少し虚ろな表情だったのが気になった。
  首相は会見で「進退を語るとするなら鳩山内閣に期待し応援する国民の多くの皆様に対する責任を放棄してしまうことになる。」と辞任する考えのないことを明らかにした上で「鳩山辞めろという声が圧倒的になった場合、国民の声を尊重しなければならないと感じていますが、そうならないように努めていきたい」と述べた。
  来年度の予算案もほぼ固まった。自らの献金問題についても今日が一つのけじめとなるだろう。鳩山内閣発足から100日が経ちハネムーン期間も既に終わった。年が明ければ通常国会も始まり与野党の論戦が期待される。立ち止まってはいられない。

09年12月23日(水)「#906 イライラ」

  まだまだ修行が足りない。人間が出来ていない。あ~、こんなはずじゃなかったのになあと思いつつ、ついついイライラした態度を見せてしまう。このところ疲れているのが原因かなとも思うが、言い訳にはできない。
  入院中の母が退院を控えて実家に久し振りに戻ることになった。私が病院まで車で迎えに行って、実家まで連れて帰った。母と二人きりになるとイライラすることもあるかなという思いもあり二男に付いて来てくれるように頼んだ。
  母方の親戚の人たちや母の友人らから「お母さんの面倒を良くみて偉いねえ」と言われる事があるが、その度に自責の念にかられる。全然出来ていない。もっと面倒をみてやらなければと思いながらも、ついつい自分の体調を優先してしまう。今日は病院行くのしんどいなとサボってしまう。
  母も入院期間が2ヶ月を超えてストレスも溜まり、精神的にもきつくなってきているようだ。ふとした時に母も辛いのだろうなと思うことがある。歳を重ねるにつれて、同じ事を何度も言うようになってきた。私も最近同じ事をよく言うなと自分自身でも思うほどだから、母がそうなるのは当たり前なのだが、同じことを聞かされる度にイライラしてしまう。少し病院に行く間隔が長くなって顔を合わす機会が減ってくると、久し振りに顔を見た時に、あれをしてこれをしてとお願い事が同時にいくつも飛んでくる。それを聞いて、母の状況も理解してあげなければと頭では分かりながらもまたイライラ。
  自分の体調が万全でない時は余計に自分自身余裕がなくなる。こうなるのが分かっていたので二男を連れて行ったのだが、心を平穏に保つことは難しかった。
  母が誰よりも辛い思いをしているのは分かるだけに、自分の至らなさを責めてしまう。どうして優しく穏やかに全てを受け入れてあげることが出来ないのだろうか。テレビで偉そうなことばかり話しているのに、自分の事になるとまるで駄目だ。まだまだ修行が足りない。人としての器が小さすぎる。母はどう思っているのだろうか。

09年12月22日(火)「#905 首相の決断」

  鳩山内閣の支持率が落ち続けている。発足直後に70%台もあった支持率が、各社の世論調査によると50%台前半から40%台後半にまで落ち込んでいるのだ。その最大の原因は鳩山首相の指導力、リーダーシップの欠如ではないだろうか。
  国民にそう思わせているのは、普天間問題を巡って発言が二転三転し迷走していることが大きく影響しているのは確かだろう。それに加えて、来年度予算を策定するにあたってもあっちによろよろ、こっちによろよろしている印象を持たれている。
  暫定税率の廃止、子ども手当て、高速道路の無料化、高校授業料の無償化など民主党がマニフェストで約束した目玉政策を財源不足により実現できない可能性が出てきたのに最終的にどうするのか方針がはっきりしないのだ。
  これらの目玉政策の変更、断念に関しては、苦しい経済状況、財政状況を考えれば致し方ないという国民の声が高まっているという世論調査の結果が出ている。これまで選挙の公約は守るべきだと言ってきた国民が、今回は柔軟に対応すべきだとしているのだ。
  にも関わらず、首相は国民との約束であるマニフェストを守ることに拘ってきた。そんな首相に対する助け舟のような形で、小沢幹事長が民主党の重点要望として、暫定税率の維持と子ども手当ての所得制限を政府に申し入れた。
  申し入れをした時の首相と幹事長の態度を見れば、どちらが最高権力者なのかと首を傾げてしまう。党からの要望を受けて首相は、このところの決まり文句である「最後は私が決めます」で答えた。
  そしてその決断は、暫定税率は維持し、子ども手当の所得制限は設けないというものだった。暫定税率については小沢幹事長の要望を受け入れたが、子ども手当ての所得制限については「社会全体で子どもを育てる」という理念を貫いた。全て小沢幹事長の言うとおりにはできないが、全部つっぱねる訳にもいかないといったところか。
暫定税率という仕組みは廃止するものの、同じ税率のつなぎ税を導入して税率を維持するという"看板の架け替え"という形になった。暫定税率の廃止と同時にその分を埋めるために導入も検討された地球温暖化対策税(環境税)については来年1年かけて検討されることになった。
暫定税率についても鳩山首相はあくまで廃止することに拘ったが、最終的には小沢幹事長が鳩山首相を押し切ったとみられている。国会と選挙を担当し、政策には口を出さないと言ってきた小沢幹事長が、来年度予算という最も重要な政策で決定的な力を発揮した形となった。
首相というのは言うまでもなく一国のリーダーであり最高権力者だ。誰にも相談できない孤独の中で追い詰められギリギリの状況で最終的に決断することこそが求められているのだ。首相の"覚悟"が問われている。

09年12月21日(月)「#904 COP15」

  政治合意「コペンハーゲン合意」に留意する。よく分からない表現だ。"留意"とは辞書によると"心をとめること、気をつけること、注意"とある。要するに、ようやくこぎつけた「合意」に強制力はなく、完全に物別れになった訳ではないよということを確認したに過ぎないようだ。締約国会議は全会一致が原則なので、合意を正式に採択することは諦めて合意に自主的に参加するという形になった。
  地球温暖化について話し合う国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)がデンマークのコペンハーゲンで開かれていたが、最終日の夜に主要二十数ヶ国の非公式首脳会合が開かれ各国の首脳が膝詰めで最後まで話し合ったにも関わらず、実効力ある取り決めが出来ずに重要点を先送りして閉幕した。
  08年から2012年までの各国の排出枠を取り決めたCOP3での京都議定書に続く枠組みを決めることも、各国の新たな排出枠も決めることもできなかった。予想通り、先進国と新興国、途上国の対立は解消せず、最重要課題である2013年以降の取り組みは来年メキシコで開かれるCOP16で話し合われることになった。
  ではコペンハーゲン合意の中身はというと、次のようなものだ。まず地球の気温上昇を産業革命前と比べて2度を超えないようにおさえる。来年1月31日までに別表に、先進国は2020年までの各国ごとの削減目標を、途上国は削減計画をそれぞれ書き込む。先進国は途上国に対して10~12年に計300億ドルの支援を行う。先進国の削減の実施状況は国際的に検証するが、途上国の削減の実施状況は先進国から支援を受けたものに限り検証する。
  地球温暖化の防止は世界各国が協力して取り組まなければならない重要な問題であるとの認識は共有し総論は賛成なのだが、具体的に各国がどう削減していくかという各論になるとまとまらない。
  京都議定書には世界最大の排出国となった中国やインドは参加していないし、世界二位のアメリカは離脱している。先進国のみならず温室効果ガスの排出量が増え続けている新興国も参加した新たな枠組みが求められているのだ。
  日本は90年比で2020年までに25%削減するという世界をリードする高い目標を掲げているが、主要排出国が枠組みに参加するという条件をつけている。来年1月末までに別表に記入する削減目標に日本政府はどういう数字を入れるのだろうか。

09年12月20日(日)「#903 フルスウィング」

  練習が終わって自宅に帰り温かい浴槽に浸かった瞬間、程よい疲れがジワリと出てきてお湯の中でウトウトしてしまった。今日は寒かった。朝8時から始まった二男の少年野球の練習が終わったのは午後5時すぎ。長かった。
  一時期、一日中続く長時間の練習に肉体的にも精神的にも付いていける自信がなかったので、練習を休むことが多かった。しかしながら、このところまた練習に参加するようになった。体調が戻り、自分でも元気になったような気がする。
  今日はあまりに寒かったので、ユニフォームのズボンの下に発熱性の下着を着込んだ。長年野球をやってきたが、いくら寒いからといってユニフォームのズボンの下に防寒下着を着込んだのは初めてのことだ。
  午前中の公式戦では残念ながら今日も二男の出番がなかった。試合中にベンチで応援のために大きな声を上げ続ける二男と何度か目が合った。どことなくというか、明らかに寂しそうだ。試合に出たくて仕方がないのだろう。そういえば、きのう二男と野球の試合の話をした時に「どうせまたベンチやから」とポツリと言っていたのが気にかかった。
  昼からはお父さんコーチの車に乗せてもらい遠征。きょう二試合目ということでか、いつものレギュラーメンバーに代わって控えメンバーの何人かがスターティング・ラインナップに名を連ねた。二男も8番サードで久し振りの出場である。
  第一打席に入った二男は久方ぶりの打席なので、いつもより緊張しているのが見てとれる。初球を待つ間に打席でフーと大きく息を吐いた。構えは以前より大きくなりなかなか良くなった。相手のピッチャーは大柄で球が速くなかなか手強そうだ。
  初球、フルスウィングでファールチップ。ためらいもなく初球から積極的だ。いい感じだ。二球目もフルスウィングでファールチップ。ツーナッシングと追い込まれた。息子の打席を見ていると、私自身とても力が入ってしまう。自分が打席に入るより疲れる。そして三球目。フルスウィングで空振り三振。結果は三振だったが、三球ともフルスウィングで良かった。三振してベンチに戻ってきた二男にウンウンと頷き、良かったよと目で伝えた。
  守備はサードだったが、今日の味方のエースピッチャーの調子がとても良く、相手チームは内野ゴロさえ打てない。結局、サードには一本も打球が飛ばなかった。
  二打席目。一球目はフルスウィングで空振り。二球目はボール。三球目はフルスウィングでファールチップ。カウントはツー・ワン。少し大振り気味だが構えもスウィングもなかなか良くなった。親ばかである。しかし二打席目も空振り三振だった。全てフルスウィングをしたからか、二男の顔に落ち込んだ表情はなかった。
  試合は両チームのピッチャーの好投で大接戦。1対1の同点でランナー三塁と逆転されるピンチの時、相手チームの三塁ランナーが飛び出した。三塁にボールが投げられタッチしてアウトだと思った瞬間、二男がポロリとボールを落としセーフとなった。その際に、相手ランナーの足と二男の足が交錯し二男が右足を押さえて倒れこんだ。心配になって二男に駆け寄ると涙をポロポロ流し泣いている。足の痛みとボールを落とした悔しさが混ざった涙だろう。「頑張れ」と頭をポンと叩き守備位置に付かせた。
  結局、二男は二打数無安打二つの三振で今日も公式戦初ヒットはならなかった。試合も大接戦の末にサヨナラ負けした。最後まで緊迫した痺れるような場面が続く好ゲームで、打席に立っても守備についても二男も緊張の連続だっただろう。普段の生活でこの様な緊張に包まれることはないので、二男にとってもかけがえのない貴重な経験だったと思う。残念ながら初ヒットはまたもお預けとなったが、野球の面白さを体験できた貴重な試合に参加できてよかったと思う。こうした試合を経験することで、野球人として一回り成長してくれたらなと思う。

09年12月19日(土)「#902 図書館」

  きょうは土曜日なのに大学の講義があった。担当している講義は月曜日の1限目なのだが、月曜日は祝日で休講となることが多いのだ。それを補うために土曜日の開講となったのだが、土曜日の朝早くから大学に出て行くのは少々つらい。
  去年講義を担当した時は、受講している学生は100人弱だったが、今年はぐっと増えて毎回130人ほどが出席する。去年より受講生が増えたということは講義内容が評価されたということなのだろうか。それとも単位が取り易いという噂でもたったのだろうか。毎回熱心に聴いてくれるので学生たちには感謝している。
  今日は土曜日の朝一番の講義なのでさすがに学生は普段よりも少ないだろうと思っていた。今週の月曜日の講義の際に「今週土曜日の講義に出席する学生はぐっと減ると思うので、来てくれた皆さんには何か特別なお話をします」と宣伝しておいた。
  私と同じように大学で教えている妻によると、週末に補講をやった際に出席する学生はいつもの三分の一から四分の一に減るということだ。ということは、今日の講義に来る学生は30~40人くらいかなと覚悟していた。
  いつものように朝9時前に教室に入るとやはりいつもに比べて集まっている学生がぐっと少ない。しかし、講義が始まる頃には多くの学生がやってきた。数えてみると、いつもと比べて若干少なかったが、110人を超える学生が出席してくれた。有難いことだ。思わず、いつもの講義ではあまり触れないような番組の裏側の秘密について話してしまった。今日に限り、毎回提出させるリポートの評価も甘めに採点すると学生に約束した。
  講義を終えて大学構内にある図書館へと向かった。採点しなければならない学生のリポートが3回分も溜まっていたので、図書館に籠もって片付けることにした。130人分のリポートに全て目を通して採点して成績簿に書き込んでいく。1回分の採点に1時間半ほどかかるので、3回分で5時間弱もかかった。昼ごはんも食べずに休憩もなしで5時間ぶっ通しで採点したら首と肩がこった。まだまだ5時間ぐらいなら一心不乱に物事に打ち込める集中力はあるようだ。あ~疲れた。
  それにしても大学の図書館の静寂が大好きだ。黙々と勉学に励む学生ばかりでピーンと張り詰めた空気が何とも言えず心地よい。学生時代には図書館で勉強した記憶はほとんどないだけに、余計にその雰囲気に憧れる。学生時代に図書館で一生懸命勉強していたら、素敵な出逢いもあったかも知れない。
  学生に教えるのも楽しいが、大学院にでも入学してもう一度学生に戻って勉強してみたい。来春から大学院に入学して勉強を始める妻が羨ましい。その妻だが、大学院で返還する必要のない奨学金を得ることが決まった。奨学金を申請していた訳ではないのだが、入学試験の成績が良かったからなのか、奨学金支給の通知が突然届いたのだ。う~ん、負けていられない。

09年12月18日(金)「#901 TB」

  頭が少々クラクラした。娘と一緒に行った大型家電量販店でのことだ。娘からクリスマスプレゼントに欲しいとお願いされている音楽プレーヤーを下見に行ったのだが、そのついでにパソコン売り場をのぞいた。
  いま自宅で使っているパソコンは6~7年前に購入したデスクトップ型だ。当時としては最新モデルだったが、今ではすっかり古くなった。まだ故障もなく動いているが、娘や息子たちが普通に毎日パソコンをいじるようになって、音楽や写真、動画などをどんどんパソコンに保存しているのでますます動作が遅くなってきた。
  シャキシャキ動く会社のパソコンに比べて、自宅のパソコンの遅いこと遅いこと。パソコンの前に座るたびにその遅さにストレスが溜まる。子どもが大きくなるに連れてパソコンの重要性が増すと共に、妻も仕事で使うことが増えてきた。新しいパソコンを買おうかと言い始めて随分と時間が経っている。
  テレビのコマーシャルなどで見て最新のパソコンの凄さは知っていたつもりだったが、実際に売り場に行って実物を見て触ってみて、その進化の度合いに驚いた。
  何と言っても液晶画面の美しさには驚かされる。我が家のテレビも最新型の薄型液晶テレビになっているので、液晶画面の美しさは知っているつもりだったが、パソコンのモニターに映し出される写真の美しさは想像以上だった。画面サイズも大きくなり内蔵されたテレビチューナーで観るフルハイビジョンの映像はまるでテレビである。パソコンでテレビを観る人の割合が増えているのは知っていたが、その理由が分かった。
  最新機種ではブルーレイ・ディスクも内蔵されている。デジタルカメラで撮影した写真の保存はもちろん、家庭用ビデオで撮ったビデオの編集も簡単だ。元編集マンにとっては、仕事になるようで手放しでは喜べないが。
  キーボードやマウスを使わなくてもモニター画面がタッチパネルになっていて操作も簡単だ。ハードディスクの容量もどこまで行くのかというぐらい大きくなっている。MB(メガバイト)の1024倍のGB(ギガバイト)が普通になった時も驚いたが技術の進歩は留まるところを知らない。店員さんに「TBって何ですか?」と聞いて自分の時代遅れ度に驚かされた。TBとはテラバイトのことでGBの1024倍の容量ということを初めて知った。パソコンの性能がここまで来ているとは恥ずかしながら知らなかった。
  画面も23インチとテレビのように大きい。ちょっと場所をとるかなと思い店員さんに「それでパソコンの本体はどれくらいの大きさですか?」と尋ねたら、店員さんの顔が?マークでいっぱいになった。デスクトップパソコンのタワーと呼ばれた本体部分の大きさもさぞ小さくなったのだろうと思って聞いたのだが、店員さんの答えは「このモニターが本体です」ということだった。普通の薄型テレビと変わらない薄さの中にパソコンの本体が入っているのだ。
  パソコンに詳しい人にとっては、いや普通の人にとっても当たり前のことで、私のパソコンに関する知識、情報が古すぎるのだろう。今どきのパソコンに驚いた。取材と同じで、やっぱり現場に行ってみて自分の目で見て耳で聞いて実際に触れて感じることが大切なのだ。最新パソコンが欲しくなった。

09年12月17日(木)「#900 祝!900回」

  最近少々遅れ気味である。ブログの執筆である。快調に書き続けている時期もある一方で、どうしても一日遅れ二日遅れとなることがある。
  週末を中心に家族のことなどプライベートについて書くことが多いが、こういう時は執筆にあまり時間がかからない。これに対し、本来のテーマであるニュースについて書く時にはプライベートのネタに比べて2倍から3倍の時間がかかるのだ。事実関係に間違いがあってはいけないので、ひとつひとつ確認すると共に、解説や自分の考えを書く際にも内容を精査するのでどうしても時間がかかる。
  最近では、仕事をする上でのブログの比重が高まっているような気さえする。現在の仕事は番組に出演することが中心だが、そのための取材や情報収集も私にとって大切な時間だ。番組でのアウトプット(発信)が増えるに連れて、インプット(情報や知識の吸収)の量と共に質が問われる。そして、私にとっては番組と共に大切なアウトプットであるブログの執筆の重要性も私自身の中で高まりつつあるのだ。
  解説委員になると同時に書き始めたこのコラムも、2年5ヶ月を経て今日で900回を数える。誰も祝ってくれないので、今までと同様に自分自身でお祝いしたいと思う。
  週末の休みも含めて絶対に一日も休まずに書き続けると決心したものの、毎日書き続けることがつらくなることもある。特にこのシーズンは夜の外食が増えるので、その日のうちに書き終えることが難しい。そこに東京への出張がからむと一日や二日分はすぐに溜まってしまう。出張の合間に立ち寄る東京支社でブログを書く回数も増えてきた。
  自己満足にお付き合いいただいて恐縮だが、それにしても900回も休まずによく書き続けて来たと正直思う。一つ一つの積み重ねが大事だと言葉で言うのは簡単だが、実際やり続けているとしんどいなと思うこともある。
  このペースでいくと、3月末には1000回を達成することになる。定年退職まで解説委員を続けたらいったい何回になるのだろう。来年4月で入社からまる25年、なんと四半世紀だ。そこから定年まであと11年ということは365×11で4015日。それまでの1000回を足すとなんと5000回を超える。嘱託でその後何年か働き続けるとしたら・・・。いや数えるのはやめよう。
  とにかく、解説委員でいる限りは今後も書き続ける。応援してくださいね。

09年12月16日(水)「#899 再審」

  また同じ構図である可能性が高いのではないか。捜査当局から自白を強要された可能性が高い事件の裁判で無期懲役が確定し刑務所で服役し仮釈放された2人の再審、つまり裁判のやり直しを求めた請求が認められたのだ。
  1967年、茨城県利根町布川(ふかわ)で男性が殺害されたいわゆる布川事件で強盗殺人罪で逮捕、起訴され有罪が確定した桜井さんと杉山さんに対する第二次再審請求が最高裁によって認められ再審が始まることが決まった。再審で無罪判決が出される可能性が高まっている。
  桜井さんと杉山さんの二人は捜査段階で自白したものの否認に転じ裁判では一貫して無罪を主張してきた。この事件では指紋などの物的証拠、いわゆる物証がなく、自白と目撃証言が決め手となって有罪と認定された。
  一回目の再審請求は裁判所によって認められなかったが、第二次再審請求では弁護側の請求に応じて検察側がこれまで開示してこなかった2つの証拠を明らかにしこれが決め手となって再審が認められた。事件当時、二人と違う男を見たという目撃証言と、現場から発見された毛髪が二人のものとは違うという鑑定結果だ。また、捜査段階での被告の録音テープが残されており捜査側にとって都合の良いように編集された跡があることも分かった。
  これを受けて最高裁判所は「自白の信用性に疑問がある」との東京高裁の判断を認め"疑わしきは被告人の利益に"という刑事裁判の大原則に照らして再審を決めたのだ。
  容疑者に自白を強要して有罪に追い込んで行くというやり方は、現在再審が行われている足利事件と同じ構図である。布川事件では、足利事件の新たなDNA鑑定のような新しい決定的な証拠が出てきた訳ではないため、検察側は現段階では再審で争う構えを見せている。しかしながら、裁判所が再審開始を決めたということは再審で無罪判決が出される可能性が高いのだ。
  政権が交代して民主党が主張していた取調べの全面可視化が実現する可能性が高まっている。取調べの全面可視化とは、取調べ中の警察、検察官と被疑者、被告人とのやりとりを全て録音、録画し、自白が強制されることなく自主的に任意で行われたかどうかを裁判の証拠になった時に確認できるようにすることである。
  検察や警察は既に一部可視化を実施しているが、司法取引やおとり捜査など欧米では認められ日本では禁止されている捜査上の"武器"が認められることなく全面可視化すれば捜査に支障をきたし治安維持に悪影響が出るとの声が聞かれる。私もそう思う。
  "自白は証拠の王様"とも言われ、これまでの捜査では自白をとることが最も重要視されてきたが、一般の人が参加する裁判員制度が始まっていることもあり、司法取引やおとり捜査などを認めた上での全面可視化を実施して自白の任意性を裁判で検証できるようにすべきだと思う。
  また、今回の事件のように捜査側が被告人に有利な証拠を開示しないで隠しておくことがあってはならない。裁判員裁判では、裁判が始まる前に裁判所と検察、弁護側の三者が集まって公判前整理手続きが行われ、そこで公判に出されて審理の対象となる証拠が厳選される。法律の素人である裁判員が判断を誤ることのない様に、検察は弁護側の求めに応じて被告に有利な証拠も含めて証拠の全面開示に努め、えん罪が起きないように最善を尽くすことが求められている。

09年12月15日(火)「#898 恫喝」

  いくらなんでも言い過ぎではないか。この人のメディアに対するけんか腰の記者会見を久しぶりに目にした。民主党の小沢幹事長である。
  きょう来日した中国の習近平国家副主席の天皇陛下との会見について、1ヶ月前までに宮内庁に申し込むといういわゆる1ヶ月ルールを破って実現させたことは天皇陛下の政治利用ではないかと批判の声があがっている。
  これについて記者会見で質問した記者に対して小沢幹事長は「誰がそんなルールを作ったの?」、「憲法を読んでいないの?」と声を荒げて答えた。さらに「何とかという宮内庁の役人がどうだこうだと言ったそうだが、(中略)一役人が内閣の決定にどうしても反対なら辞表を提出した後に言うべきだ」とまで言い放った。
  自分のことを批判された時に、逆に記者に食ってかかるという光景は以前にも見たことはあるが、「反対なら辞表出してから」は言い過ぎだろう。政治家に対して違った意見を言うためには官僚は辞任しなければならないのか。そんなことなら、誰も政治家に対して仕えようとは思わないだろう。官僚は公のため、国民のために奉仕する公僕であり、政治家の僕(しもべ)ではないのである。
  あまりの感情的な記者会見の様子を見て、最も痛いところを突かれたのかと勘繰りたくなった。小沢幹事長が、天皇陛下との会見について政府に意見を言ったことはないと断言したが、中国側から小沢幹事長に会見設定のお願いがされたのを見て、幹事長の側近議員らが何らかの働きかけをしたということはないのか。普段から小沢幹事長が直接指示を出すことは少ないが、すぐ周りにいる人たちが小沢さんの思いを受けてあちこちに小沢さんの考えだと伝えるという話をよく聞く。それが、小沢さんの存在感を高め、ひいては周りの人の影響力を高めることになっているのではないだろうか。
  それにしてもタイミングが悪すぎる。普天間の移設問題を巡って日米関係がギクシャクしている時に、小沢幹事長が140人の国会議員を引き連れて訪中し内外に存在感を見せつけ、民主党政権はアメリカから中国にシフトするのかと思われかねないタイミングで今回の問題が持ち上がった。いずれにしても、天皇陛下と政治というデリケートな問題なのだから、もっと冷静に議論すべきではないか。

09年12月14日(月)「#897 コメント」

  このコラムを書くようになってからはや2年5ヶ月が経ち、ブログになってからでも7ヶ月となった。ブログになってから大きく変わったことといえば、皆様からコメントをいただけるようになったことだ。
  どうっていうことない拙い文章を読んでいただけるだけでも有難いのに、わざわざコメントを寄せていただけるなんて感謝の気持ちでいっぱいである。ありがとうございます。励ましのお言葉や、厳しいご批判などを読ませていただく度に身の引き締まる思いである。
  いただいたコメントには全て目を通して勉強させてもらっている。そこまで見ていただいているのかと感激することもあるし、自分の力のなさでこちらの思いが充分伝わっていないなと感じることもある。
  ブログへのコメント書き込みだけでなく、会社の視聴者センターにご意見、ご感想をいただくこともある。これにも基本的に全て目を通している。自分が話したことが視聴者の方にどの様に伝わっているのかということを知るのはたいへん勉強になるのだ。
  今さら何を言っているのだとお叱りを受けるかも知れないが、テレビに出演して自分の考えを述べるということについての怖さを感じると共に、テレビというメディアの影響力の大きさをあらためて実感する。
  今に始まったことではないが、私が番組でコメントした内容に関して、あそこが良かったとか、ここが分かりにくかったとか、感想や意見を述べてくれる人が周りに少ないのだ。私の人徳のなさかも知れないが、番組スタッフを含めてリアクションが少ないのが寂しい。「今日はどうやった?」と自分から聞くこともあったが、あまりのリアクションのなさにこの頃では少数の決まった人にしか聞かなくなった。
  そうした中で、最も辛らつで的確な批評をしてくれるのは家族である。「ほかのコメンテーターの人に比べてお父さんの声は聞き取りにくい」、「早口で分かりにくい」、「話す時に手が動きすぎる」と子供たちから厳しいコメントが飛んでくる。落ち込む私を慰めてくれるのは妻の優しいアドバイスである。
  番組に出始めた頃は、毎日のように自宅に帰ってから録画した番組を観直して自分なりに反省していたが、最近ではほとんどチェックしなくなった。出演機会が増えて時間的にきつくなったということもあるが、自分がテレビに映っているのをあまり見たくないのだ。
  いずれにしても、皆さんからいただくコメントが本当に励みになっている。今後とも時には優しく、時には厳しくご意見、ご感想をいただければと思っている。

09年12月13日(日)「#896 小沢外交」

  民主党の小沢幹事長が草の根外交の一環として中国を訪れて胡錦濤国家主席と会見した。小沢幹事長が自民党時代から続けている日中交流の長城計画と、民主党と中国共産党の党対党外交での訪中である。
  今回の訪中団には新人議員約80人を含む約140人の国会議員とその支持者ら総勢600人を超える人が参加した。胡主席は参加した民主党国会議員の1人1人と握手してツーショットの記念写真に納まるサービス振りで小沢幹事長の訪中を大歓迎した。それにしても、修学旅行の生徒みたいに嬉しそうに胡主席に握手してもらって写真を撮ってもらう国会議員の姿は異様であり滑稽であった。
  前々から日程が決まっていた訪中とはいえ、普天間飛行場の移転問題で日米関係が揺れ動いている時期の大訪中団とあって、タイミングは最悪であった。民主党政権はやはりアメリカよりも中国にシフトするのかという印象を与えてしまいかねない間の悪さである。
結果的には、民主党でというか鳩山政権で最も影響力のある人物は誰であるか、小沢幹事長の存在感を内外にあらためて示す訪中となった。
  そんな時に、また何とも納得のいきかねるニュースが飛び込んできた。胡主席の後継者と目されている習近平国家副主席が来日する際に、特別に天皇陛下との会見を認められたというものである。習副主席は明日14日から来日するのだが、中国側から日本政府に天皇陛下との会見の希望が出されたのは来日まで1ヶ月を切った時点だった。
  天皇陛下は外国からの賓客などに年間100回以上も会われる過密スケジュールの上、前立腺ガンの手術を受けられてからは天皇陛下の体調も考慮して、外国要人との会見は少なくとも1ヶ月前までに申請するというルールが出来ている。相手国の大小や重要性など政治的に判断することなく、各国を平等に扱うために定められたルールでもあるのだ。
  今回は中国政府が小沢幹事長に会見のお願いをして、それを受けて平野官房長官が宮内庁に特例扱いをお願いしたが断られた。しかし官房長官は再度連絡し、鳩山首相の指示だとして宮内庁に特例を認めさせたのだ。宮内庁長官が今回のケースについて天皇陛下の政治的利用にあたる懸念があると憂慮の念を示し、もう二度とこういうことがあって欲しくないとコメントした。
  今回のケースは天皇陛下の政治的利用だと批判されても仕方がない。今後、ロシアや韓国から同じ事を頼まれた時にはノーと言うのか。小沢幹事長が訪中したタイミングなので断れなかったというのか。
  普天間を巡る日米関係の危機的状況もそうだが、小沢幹事長の派手な訪中といい、今回の天皇陛下との会見に関する特別扱いといい、民主党に外交を任せていて本当に大丈夫なのかと不安になる。誰が最終的な決定権を持っているのかと疑ってしまう。事態は深刻である。

09年12月12日(土)「#895 師走」

  12月も、はや中盤。何かと慌ただしくなってきた。車で街中を走るといつもより車が多く渋滞があちこちで起きている。街へ出ると人出も多く、心なしか歩く速度もいつもより速い気がする。師走とはよく言ったものだ。
  やらなければならない事が身の回りに多い。クリスマスのイルミネーションは飾り付けを終えたが、クリスマスツリーはいまだにできていない。もうあと10日しかない。どうしよう。今年は無理かな。
  担当している大学の講義で学生に毎週書かせているレポートの採点もやらなければ。講義のスケジュールも後半になってきて、来月には学生1人1人を評価しなければならない。
  愛車の車検の期限も迫ってきた。このところ出来ていなかったオイル交換も頼まなければ。最近は洗車していないので、正月を迎えるにあたって久し振りに磨き上げようかと思うがなかなか時間がとれない。
  先日、庭で二男とティーバッティングをしていた時、二男が「お父さん!」と大きな声を出した。どうしたのかと二男が指差す先を見ると、庭の木の上のほうにバレーボールより少し小さめぐらいの大きさのスズメバチの巣が出来ていた。どうしてこんなものが我が家の庭に出来たのだろうか。幸い、巣の周りにはハチはいないようだ。市役所に対処法を問い合わせると、冬場はハチは活動しないのでハチがいないのを確認してから自分で撤去してもいいということだった。時間がなくてまだ出来ていない。
  年賀状に使う家族写真はほぼ選んだが、レイアウトがまだ完成していない。年賀状にはまだ時間があるが、アメリカの友人たちへのクリスマスカードとしても使うことを考えるともう時間がない。
  まだ入院が続いている母の今後についても考えなければならない。痛みも和らいできて退院できる日も近いが、退院した後に具体的にどう暮らしていくのかということについて、本人の意向も聞きながら家族で相談している。
  仕事でもプライベートでもやらなければならない事が山ほどあって、ばたばたしている。ここ2ヶ月ほど週末もゆっくり休めていない。年内に終えなければならない事を早目に片付けてのんびりとした年末年始を迎えたい。

09年12月11日(金)「#894 今年の漢字」

  流行語大賞はばっちりと予想が当たったので今年の漢字も狙いに行ったのだが残念ながら外れてしまった。私が番組の中で予想した今年の漢字は「政」。アメリカでオバマ政権が誕生し、日本では鳩山内閣が生まれ日米両国で政権交代が起きた今年。政治が今まで以上に国民に身近なものになったという意味をこめて「政(まつりごと)」という一字を予想したのだが、日本漢字能力検定協会が募集した一般からの投票によって今年の漢字に選ばれたのは「新」だった。
  そう来たか。新政権、新型インフルエンザ、スポーツの新記録などと新しい風が吹き続いた一年であった。因みに「政」は、「新」、「薬」についで3位だった。「新」とは思いもつかなかった。新政権といっても、新味は既になくなりつつあり、経済、安全保障、社会保障と次々と押し寄せる現実問題に日々どう対処していくか国民は注視している。
  漢字協会といえば、前理事長親子が公益法人にもかかわらず儲けすぎたお金をファミリー企業に流して協会に損害を与えたとして辞任に追い込まれ背任の罪に問われて係争中である。協会の首脳を一新したという意味の「新」というブラックユーモアのようでもある。
  「新」という漢字が今年の漢字としては個人的にはいまひとつしっくり来ないのだが、その原因は私自身がまだ政権交代がもたらす影響力の大きさを完全に理解できていないからだろうか。私も含めてメディアも、世の中が本当に変わるという現実に追いついて行けていないように感じるときがある。
今年の漢字ということではあるが、漢字を選んだ人々の心の中には、政権も新しくなって世の中も新しくなり来年は明るい未来が広がりますようにとの願いも含まれているのではないか。
来年こそは「志」や「夢」といった漢字が選ばれる年になって欲しい。

09年12月10日(木)「#893 御殿」

  前から気になっていた場所に行ってきた。二代目に続いて四代目が総理大臣に就任した鳩山家の屋敷である鳩山会館、通称"音羽御殿"である。東京都文京区音羽にあり、地下鉄の江戸川橋駅から歩いて10分ほど。それは思っていた以上のスケールだった。
  由紀夫氏が首相になってから訪れる人も増えているようで、地下鉄の改札には「何番出口から出てどの方向に何百m」という張り紙が出ていた。その方向に歩いて行ってもなかなか見つからない。丘の上にあると聞いていたので、その辺りの細い道を丘の方向に向かって入って行こうかと思っていたところ、幹線道路沿いに面した大きな門が姿を現した。
  警備員の立つ正門には「鳩山」という表札が掲げられ、そこから舗装された道路が丘の上まで続いている。およそ200mほどだろうか、正門から屋敷の玄関まで林の中を走っている道路を上がっていくと、地上三階、地下一階の洋館が聳え立っている。
  車寄せから玄関の階段を上がっていくと受付があり大人500円の入場料を払って邸内へと入る。年配の団体客が大勢いる。正門には観光バスも止まっていたので、今や観光コースに組み込まれているようだ。
  二代目の鳩山一郎元首相が大正に建てた鉄筋コンクリート造りの洋館は、平成になって全面改修され建設当時の綺麗な外観を取り戻している。多くの政治家や政治記者らが詰めかけ、戦後政治の舞台ともなった1階の応接間も見物客に開放されている。2階には現在の鳩山首相の祖父である一郎元首相や父の威一郎元外相の記念品が展示されている。
  1階のサンルームを出ると芝生の広場が広がっており、その向こう側には築山のような庭がある。テレビのニュースで何度か観たことがあったが、実際に訪れてみて、その広さと豪華さには驚いた。衆議院議長、首相、外相、首相を輩出した鳩山家は日本を代表する政治家一家であると共に、本当のセレブなのだなと実感した。
  お金持ちに庶民の気持ちが分かる訳はない、という意地悪を言うつもりはない。日々の生活の心配をする必要のない裕福な生活があるからこそ、友愛という崇高な精神も生れたのだろう。鳩山さんの優しい性格も、華麗なる一族ならではと言えるのかも知れない。
  音羽御殿に来てみて、家族というか家というものの存在が、その家族1人1人に与える影響の大きさをあらためて考えさせられた。
戦後の混乱期に、この屋敷の中で、今後この国をどうしていくかという熱い議論が交わされたように、鳩山首相も国の行く末について閣僚たちと日々激論を戦わせているのだろうか。そうであることを強く望む。

09年12月9日(水)「#892 リーダーシップ」

  その昔、「危険」、「汚い」、「きつい」仕事や職場を表す3Kという言葉があったが、最近は「基地」、「経済」、「献金」で3Kというらしい。鳩山首相を悩ませている3つの難題という意味だ。
  鳩山首相が幹事長の時に、民主党の記者会見に出席して質問し、会見後に名刺交換してご挨拶したが物腰も柔らかくとても優しい人だった。首相になってからは笑顔も少なくなり表情も厳しくなってきたが、元々は争いごとを好まない温和な人なのだろう。
  政権交代が実現した先の衆院選では、民主党が熱烈に支持されたというより、長年政権についてきた自民党に国民が愛想を尽かし、一度政権を代えてみようという結果だったと思う。麻生さんに首相を辞めてほしいという声は大きかったが、鳩山さんに是非首相になってほしいという声はそれ程ではなかった。
  自民党ではない党→民主党→鳩山さんが代表→選挙で勝利→民主党政権→鳩山首相、という議院内閣制では当然の流れを受けて鳩山首相が誕生したという訳だ。政治献金問題で小沢さんが代表を辞任していなかったら小沢首相になっていただろう。
  来年7月の参院選で衆参ダブル選挙も、などという情報も一部には出たが、常識的に考えると少なくとも4年間は民主党政権が続くという見方が多い。鳩山首相が3Kに足を取られて万が一辞任することがあっても、民主党から次の首相を出せばよいという声も聞かれるが、それでは自民党と同じである。選挙もせずに1年ごとに首相が交代したことで、どれだけ国民の政治不信が強まったことか。
  基地でも、経済でも、献金でも自らが積極的に動くリーダーシップを残念ながら鳩山首相から感じることができない。もしも、まだリーダーシップを発揮するまでの事態に至っていないと考えているとすれば、現状認識が甘いのではないか。
  理想のあるべき姿を示すのも政治家の重要な仕事ではあるが、政治は結果責任である。落とし所を見据えて、タイミングよく決断することが求められている。

09年12月8日(火)「#891 同じ釜の飯」

  今日もまた野球の話である。このところ野球に関するブログが多いようにも感じるが気のせいかな。野球のことを書く時はスラスラと筆も進む。
  先日、大学の野球部のOB会に初めて出席したが、今回は正式なOB会ではなくて若手から大先輩まで集まったプライベートな飲み会である。大学時代に共に汗を流した先輩からのお誘いを受けて私も参加させてもらったのだ。
  少人数でのこじんまりとした集まりかと思っていたが、番組が終わって駆けつけたところ15人ほどのメンバーが集まっていた。学年も職業もバラバラである。ほとんどは知っている人だが、中には何人か初めての人もいる。OB同士でも歳が離れていれば知らない人がほとんどだ。
  大学野球部のOBの集まりだけあって、プロ野球に関係している人やスポーツメーカー、メディアなど野球に関連する職業についている人が多い。ほとんどが学生時代に一緒にやったことのないメンバーだが、そこは体育会。年上の方にはちゃんとこちらからご挨拶に行くし、年下の子たちも挨拶に来てくれるなど何かと気を遣ってくれる。こうした上下関係の厳しい中で育ってきたので、大勢の飲み会は少々苦手な私でも、こういう集まりはホッとする。
  今も野球に関係する人たちでこれまでにも集まって食事会というか飲み会をやっているようで、今回初めて参加させていただいた。大学野球部の同期の集まりも楽しみだが、これだけ学年が離れているOBの集まりもとても楽しかった。大先輩とも親しくお話させていただいて感激した。
  大学で教えていることもあり最近は若い人たちと接触する機会も多くなってきた。仕事関連でも年下の人たちと食事したりお酒を飲んだりすることも増えてきて(それだけ歳をとったということか)楽しんでいるが、これが野球部の後輩となると楽しさも増すというものだ。先輩風を吹かせて、微力ながら何かサポートしてあげたいと思うことも多い(やはり歳か)。
  普段は繋がりがあまりなくても、同じ釜の飯を食べたということだけでスッと同じ世界に入ることができる幸せを感じる飲み会だった。こんな仲間を持ててありがたいことだ。

09年12月7日(月)「#890 受験」

  まだ先の話だが、高校生の長女と中学生の長男の受験というものが視野に入ってきた。今まで仕事が忙しいことを自分自身に対する言い訳として子育て全般を妻に任せてきたが、そろそろ私も関わらなければならないと思っている。
  特に、長男の高校受験については私が主導しなければと考えている。男同士ということもあるが、長男も中学で野球をやっていて高校でも野球を続けたいという希望もあるので学校を選ぶ際に野球部というものが一つのポイントになるからだ。
  自分が大学まで野球をやっていたからといって、息子たちに野球を強制的にやらせようという思いはない。ましてや、高校、大学と上がっていくにつれて当然野球のレベルも上がる訳だ。親としてはできれば可能な限り野球を続けてくれることを望んではいるが、無理やりやらせるつもりはない。
  そう考えると、中学生の長男も小学生の二男も今のところ野球が大好きで自ら望んで機嫌よく野球をやっていることに感謝しなければならない。
  長男と野球も絡めた高校選びの話を何度かしたことはあるが、やはり彼にとってはどの学校を受験するかを考える際に野球部が大きな鍵を握っているようだ。
  高校の野球部で本気で甲子園を目指すなら、野球に専念できるいわゆる野球学校を目指す道もあるが、それは彼の選択肢にはないようだ。全寮制の野球学校に入れたろかとボールを投げたことはあるが、即座にノーの返事だった。
  そう言いながらもできれば大学でも野球をやりたいという希望があるようだ。それもある程度レベルの高い大学のリーグに挑戦したいようだ。高校でも野球をやりながら、野球の強い大学の受験にも取り組むとなれば、すぐに思い浮かぶのが大学の付属高校だ。
  子供を自分の出身大学に入学させたいという趣味はないが、もしもそこを目指すなら応援するだろう。また、やるならトップレベルの高校や大学でプレーして欲しいという密かな父親としての思いもある。
  いずれにしても、どんな選択肢があって、その為にはどういう勉強をしていかなければならないかという道筋を子供に示してあげて、出来るだけのサポートをしてやりたいと思っている。
  まだ先とはいうものの、野球が絡んでいるので長男の受験には私が積極的に取り組んで行こうと思うが、長女の大学受験に関しては妻にお任せしようと思っている。もちろん長女に対しても出来るだけのサポートはするつもりだ。まだまだ子供だと思っていても、あっという間に受験の年頃になった。親としての責任を果たしてやりたい。

09年12月6日(日)「#889 スンドゥブ」

  月に一度の指圧治療。このところ体調もいい感じ。遅くまでお酒を飲むこともできるようになってきた。一時期の、あ~しんどいなあという感覚がなくなってきた。体を触ってもらうと、だいぶ体調がよくなったと言われた。やはり自分の感覚と同じだ。
  指圧の後にいつも行く韓国料理店で妻と長女と3人でランチ。この店はスンドゥブという辛い豆腐鍋の専門店だ。スンドゥブとはもともと韓国の豆腐の一種のことだが、スンドゥブを使った辛い味のスープ料理であるスンドゥブ・チゲのことを表すことが多い。
  このスンドゥブ・チゲはもともと韓国の人気料理だが、90年代にロサンゼルスのコリアタウンで人気が出て専門店がアメリカでチェーン展開され、韓国に逆輸入された。私もこの大好きなスンドゥブに出会ったのは97年から赴任したロサンゼルスのコリアタウンだった。現地の友達に連れて行ってもらったことから大好きになり、家族でよく通ったものだ。その頃はまだ小さかった子どもたちも、辛味が全くないスンドゥブを食べていた。
  今年、韓国に行った時にはスンドゥブのチェーン店にも行ったし、日本にも専門店が増えてきている。私がいつも行く店では、海鮮、肉、ミックスなどの様々な材料を使ったスンドゥブがあり、辛さも色々なレベルを選ぶことが出来る。
  土鍋に入ってぐつぐつ煮立った状態で出てくるスンドゥブに生卵を落として食べると最高だ。石鍋に入った御飯に加えて、きゅうりのキムチ、韓国海苔、モヤシという3種類のおかわり自由のおかずも一緒に出てくる。一度食べたらはまってしまう美味しさだ。
  この店でスンドゥブが大好きになったお客さんが、別の場所でスンドゥブの店を出したということで、そこの店にも食べに行って来た。そこも美味しかった。本当に癖になる味です。辛いもの好きの人にはたまりません。

09年12月5日(土)「#888 イルミネーション」

  アメリカから帰国して8年、毎年クリスマスには自宅をイルミネーションで飾っている。恥ずかしながら、アメリカかぶれである。ロサンゼルスの自宅で飾っていたイルミネーションを帰国する時に持って帰ってきたのが始まりだ。
  毎年、11月の中旬から下旬にかけて飾り付けを始めるのだが、今年は母の入院など色々とあって遅れていた。今日こそは飾ろうと長男に手伝ってもらって物置からイルミネーションを取り出した。
  毎年、玄関の高いところまで飾り付けるのだが、今年は時期が遅くなったこともあり例年に比べて小ぶりな飾り付けにした。イルミネーションは雨にうたれることもあるので、だんだんと点灯しない電球の数が増えてくる。何年か前に買い足したLEDは明るいが、その前の電球は輝きが少ない。そろそろ買い替えなくてはいけないかなと思っている。
  今年は飾り付けを長男に全面的に任せようかと思っていたが、少しやらせてみたらまだまだセンスが足りない。ということで、結局ほとんど自分でやった。重い荷物を運んでくれるのは助かった。長男は中学生になってから、何をやらせても本当に頼りになるようになってきた。
  クリスマスのイルミネーションの飾り付けが終わると、次はいよいよ年賀状作りだ。アメリカへのクリスナスカードを兼ねることを考えると、もうそろそろ完成させなければならない。今年も毎年恒例の家族の写真入りの年賀状にするつもりだが、早くも子どもたちから不満の声が出ている。
  長女も長男も二男も、家族の写真入りの年賀状はやめてくれと言っている。友達に送るのが恥ずかしいようなのだ。それぞれ自分用の年賀状を作りたいと言っているが、私は認めません。今年も家族全員の写真がいっぱい入ったファミリー全開の年賀状を作るぞ。

09年12月4日(金)「#887 昔の仲間」

  解説委員になってから、系列の人たちとご一緒することがほとんどなくなった。たまに取材や中継のために系列局のエリアに取材に行って、そこで知り合いの方々に再会することもあったが、最近ではその機会もない。
  大阪で系列局の報道の会議が開かれ、その夜に宴会が開かれた。全国の系列局から報道部長が一同に会することになったので、以前に報道部長をやっていた私にもお誘いの声がかかったのだ。
  会議には参加しない私は、夜の宴会の途中から参加することになった。報道部長を辞めてから2年以上経つが、その当時ご一緒した系列局の報道部長の懐かしい顔が幾つかあった。「お久し振りです」と挨拶して回ったが、「いつもテレビで観ているから久し振りとは思えない」と何人かの方から言われた。立場が変わってしまったんだなと、ちょっと複雑な気持ちになった。
  部長の頃は、春と秋に全国会議があり、それぞれのブロックごとの会議も年2回ずつ開かれ全部に参加していた。それだけ、各局の部長さんたちと会う機会も多く、皆さんに本当によくしていただいた。昼間の会議だけでなく、夜の宴会で杯を傾けながら本音で語り合った。
  その当時の仲間の方の何人かと今回再会することができた。仲間の方といっても皆さん私より年上の業界の先輩の方々だ。当時(ひょっとして今も?)生意気で周りの先輩の方々に議論をふっかけるというより、喧嘩ばかりしていた自分が懐かしい。
  報道部長の3年間はなかなか大変だったが、あれはあれで楽しかったし貴重な経験だった。今とはまた違った意味で、読売テレビを代表しているという思いを持って日々仕事をしていた。今度は解説委員として、取材に中継に、系列各局を飛び回りたい。

09年12月3日(木)「#886 普天間」

  いったんは年内にも決着がつくのではと思われていた在日米軍の普天間飛行場移転問題だが、またまた先送りになる気配が出てきた。民主党政権は、いったいこの問題の重要性をどのように認識しているのだろうか。
  世界でも最も危険な基地だといわれる普天間飛行場を全面返還することで日米政府が合意したのは1996年。そして名護市の米軍キャンプシュワブの辺野古沿岸部に移転するという日米合意がされたのは2006年。沖縄県知事も名護市長も苦渋の決断ながら、辺野古沿岸部への受け入れを表明し、一刻も早い基地移転を望んでいるにも関わらず政権交代が起きたことで事態が行き詰っている。
  民主党は政権をとった衆院選前から、普天間飛行場の国外、県外移設を訴えていて、衆院選の沖縄でも圧勝したことなどから国外、県外移設の可能性を模索している。在日米軍の7割が沖縄に集中している現状を考えると、少しでも沖縄の負担を軽くするために国外、県外への移転が理想ではある。しかし、現実的な問題として国外は実現不可能であろうし、県外といってもすぐに基地を受け入れる自治体が見つかるとは思えない。
  政権が変わったので、これまでの経緯を検証したいという岡田外相の考えは理解できるが、国と国との約束は重要である。ましてや、日本外交の基軸である日米同盟の相手国アメリカとの約束である。政権が交代したからといって、簡単に方向転換が許される問題ではない。
  先月、オバマ大統領が来日した際に、オバマ、鳩山の日米両首脳は、普天間問題のできるだけ早い決着で合意した。鳩山首相はオバマ大統領に対して「トラスト・ミー(私を信じてください)」とまで言ったのだ。この言葉の意味は重い。
  民主党と連立政権を組む社民党は、普天間の国外、県外移転をかねてから主張しており、福島党首は日米合意どおりに辺野古沿岸部に移設されるならば「重大な決意をしなければならない」と述べ、連立離脱も辞さない考えを示した。社民党の党首選挙を前にして、民主党に擦り寄りすぎだという批判をかわす意向もあるのだろう。
  民主主義なのだから少数党の意見も尊重すべきではあるが、国のあり方に関する安全保障の問題について、同盟国との約束よりも、連立相手との合意を重んじるつもりなのだろうか。普天間問題を来年に持ち越すべきではない。

09年12月2日(水)「#885 親の心」

  最近、少し子育てに自信がなくなってきた。といっても、今まで自信があった訳ではないのだが。そもそも子育てに対してしっかりした考えがあった訳でもない。ただ思っていたのは、たとえ子供であっても、一人の人間として尊重して、しっかり正面から向き合おうということだ。
  子供たちに対していつも口を酸っぱくして言っているのは、嘘をつかない、約束は守る、という二点だ。自分自身、子供と交わした約束は必ず守ってきたし、守れない約束はしてこなかった。子供のことだから、約束を完璧に守るのは難しいとは思うが、約束を守るという精神だけは大切にさせようと心がけてきた。
  あまり詳しくは書きたくないが、最近、子供たちの態度にガッカリすることが多い。裏切られたというのは言い過ぎかも知れないが、それに近いものを感じる。
  親として子供に対してここまでやってあげているのに、という事を言ってはいけないと分かっているが、そう言いたくなるような気持ちになることが多い。親が子供の成長のために、出来るだけのサポートをするのは当然なのだから。
  妻がちゃんと子供たちと向き合ってしっかりと子育てをしてくれているのに、私は今まで甘やかし過ぎたのかも知れない。子供たちの希望を出来るだけ叶えてやりたいと思うあまり、基本的にやりたいことはやらせ、欲しいと思うものは与えてきた。それが子供たちにとっては良くなかったのかも知れない。
  読者の方々は何があったのか具体的に知りたいだろうが、やはり今の段階で詳細を書くのは控えようと思う。少し感情的になっているので、冷静に書く自信がない。少し時間が経てば、子供たちが自ら気付いてくれるかも知れない。もう少しだけ待ってみよう。この考えが甘いのかな。

09年12月01日(火)「#884 政党ビラ配り」

  表現の自由に関する問題を含む重要なニュースだと思うのだが、テレビのニュースではあまり取り上げられることはなかった。映像にするのが難しくテレビ的でないということも理由の一つではあると思うが、メディアにとっても大切な問題を含んだニュースである。
  政党の活動報告のビラをマンションの郵便ポストに無断で入れたとして僧侶が住居侵入罪に問われた裁判の上告審で、最高裁判所第二小法廷は僧侶の上告を退けて罰金5万円の有罪判決を言い渡した。最高裁の判決なので、これで有罪判決が確定することになる。
  読売新聞などによると、僧侶は04年7月に東京都葛飾区内の7階建てのオートロックのない分譲マンションの共用部分に玄関から立ち入り、共産党の都議会報告などのビラを各部屋のドアのポストに入れていたところ、住人に警察に通報され現行犯逮捕された。
  一審の東京地裁は「刑罰を科すほどの行為だとの社会通念が確立しているとは言えない」として無罪判決を言い渡した。これに対し二審の東京高裁は「政治ビラを配布する目的自体に不当な点はないが、住民の意思に反した立ち入りは正当化されない」として逆転の有罪判決を言い渡した。
  僧侶は「憲法が保障する表現の自由に反する」として上告したが、最高裁は「管理組合の管理権だけではなく、私生活の平穏も侵害する」として上告を退けた。
  オートロックではないとはいえ、無断でマンションの中まで入り込み各部屋のポストにビラを配ることは非難されても仕方がない。しかし、その結果として刑事責任まで問うのはどうかと思う。もしも宅配ピザやスーパーのチラシなどを同じように配っても刑事責任を問うのだろうか。今回のケースでは逮捕した上、23日間にも亘って身柄まで拘束している。警察は明らかにやり過ぎだと思う。
  ましてや、政治活動に伴う政党のビラである。表現の自由に絡む問題であり、捜査当局、並びに司法当局はより慎重であるべきではないか。もちろん、表現の自由のためなら何をしても許されるという訳ではないが、今回のケースでは有罪とするには少し疑問が残る。
  同じような共同住宅へのビラ配りを巡る問題では、自衛隊官舎に対してイラクへの自衛隊派遣反対のビラを配った市民グループのメンバーが最高裁で有罪判決を受けている。この場合にも逮捕して長期間身柄を拘束し家宅捜索までしたのは行き過ぎだとは思うが、自衛隊派遣反対のビラが配られたことへの抗議を直接受けた後もビラを配ったことなどを考えると、今回よりは悪質だとは思う。
  どちらのケースでも逮捕状や捜索令状を出したのは裁判所だし、拘留を認めたのも裁判所である。今回の最高裁の判決もそうであるが、一般の感覚からかけ離れ過ぎではないか。司法に一般の感覚を取り入れるとして国民に裁判員になることを求めるなら、自らも一般の感覚を身に付ける努力をすべきである、というのは言い過ぎだろうか。

09年11月30日(月)「#883 円高」

  円高が進み約14年4か月ぶりに1ドル=86円台になった。今回の円高の大きな要因は、アメリカ経済の先行きを悲観するドル安と、ドバイ・ショックが引き起こしたユーロ安である。日本経済が評価されての円高ではなくて、円以外の通貨の評価が下がった結果としての円高である。
  まずはドル。アメリカの中央銀行であるFRB(米連邦準備制度理事会)が公表したFOMC(連邦公開市場委員会)の議事録の中に、最近のドル下落を秩序あるものとの表現があったことで、アメリカの当局は今後も超低金利政策を続けドル安を容認したと受け止められ、ドルを売る動きが加速しドル安となっている。ガイトナー財務長官は、表向き"強いドル"を求める姿勢を崩していないが、リーマンショック後に落ち込んだアメリカ経済を立て直すために必要な輸出を伸ばすためにもドル安を容認していることを市場から見透かされているという見方がある。
  次にユーロ。アラブ首長国連邦の中の首長国の1つであるドバイで金融危機が表面化した。ドバイの政府系企業が支払い期限までに支払いが出来ないことが明らかになりドバイ・ショックが広がった。その債務残高は5兆円にのぼると見られている。これが引き金となり、世界の金融センターを目指すドバイに多くの投資をしていたユーロの評価が下がっているという訳だ。
  円高というと消費者にとっては良いイメージもある。ブランド品や有入食料品などが円高還元セールと銘打って大幅に値下げされる。また、円が高くなると海外に観光旅行に行く人が増えて旅行業界も活気付く。
  しかし、行き過ぎた円高は日本経済を直撃する。民主党政権は内需主導の経済を目指すとしているが、現状では日本経済を引っ張っているのは外需、すなわち輸出関連企業である。自動車や家電製品などを海外に輸出することで外貨を稼ぎ日本経済を牽引しているのだ。
  輸出で稼いでいる企業はその年の想定レートというものを定めているが、多くの輸出企業の09年度下期の想定レートは1ドル=94円である。多くの企業は為替が変動してもそのリスクを抑えるために将来の為替レートを定めておく為替予約をしているが、大きく為替が変動すれば経営を直撃することになる。トヨタでは1円円高になれば、年間で営業利益が300億円も減ることになるのだ。
  急激な円高を受けて政府が出来ることは、市場介入である。政府が日銀と協力して市場で円を売ってドルを買うことによって円の価値を下げてドルの価値を上げることを促すのだ。これだけ世界経済が密接に連動している現状では、日本だけが為替介入しても大きな意味を持たない。アメリカやヨーロッパと強調しての行動が求められるが、上述したような理由でアメリカが協調介入することは難しいという見方もある。
  円高が続いていけば、輸入品の値段も下がり、デフレも加速することになる。マクロ経済に関する政策が見えない(ない?)と批判される鳩山政権には、デフレと円高に対処する早急な経済対策の策定が求められている。

春川正明

はるかわ まさあき
1961年5月5日生まれ
讀賣テレビ放送
報道局解説副委員長
ロサンゼルス特派員、
チーフプロデューサー、
報道部長を経て07年より現職。
関西学院大学非常勤講師
大阪市出身