09年11月29日(日)「#882 温泉と誕生日」

  入院中の母の具合もだいぶ良くなってきた。だいぶ前から決まっていた有馬温泉への1泊旅行に参加できるかどうか心配なようだったが、病院からの外泊許可を得てなんとか合流することができた。
  昼過ぎに娘と一緒に母の病院に迎えに行くと、母は既に外出用の服に着替えてベッドの上に座っていた。病室の窓から見える銀杏の葉も黄色く色づき、母が入院してからもうだいぶ時が過ぎたことを感じさせる。
  週末の有馬温泉は、かなりの賑わいだった。新型インフルエンザの感染が広がった頃には有馬温泉からも観光客がすっかり姿を消したとのニュースもあったが、観光シーズンを迎えて車の渋滞の列も長くなっていた。
  母の兄弟や従姉妹も合流しての温泉一泊ツアーだ。予定通り参加できた母も喜んでいるが、来られるかどうか心配していた親戚の人たちもホッとしているようだった。骨折した母が大浴場で一人で入浴するのは無理なので、親戚のおばさんや私の娘が一緒に入るためにやって来たのだ。
  私も叔父さんたちと一緒に有馬温泉独特の茶色に濁った湯にゆっくりとつかった。久し振りの温泉は体に沁みる。このところ忙しかったので、疲れが溜まっているようだ。凝り固まった体の疲れが汗と共に流れていくような気がした。
  みんなで食べた温泉宿の夕食も美味しかった。親戚のおじさんやおばさんが集まって昔話に花が咲いた。自分がまだ子どもの頃に、親戚の人たちによく囲まれていたのを思い出す。その輪の中に今は自分の子どもを連れて私が参加している。時が経ったのを実感する。
  食事が終わったら、母の世話を親戚の人たちにお願いして自宅へと向かった。今日は妻の誕生日なので家族みんなでお祝いするのだ。帰り道にお誕生日ケーキを買って帰った。どんなに忙しくても家族の誕生日には家族全員が顔を揃えて、ケーキを買ってきてロウソクを立て、ハッピーバースデーをみんなで唄ってお祝いするのが我が家の決まりなのだ。ケーキ屋さんで「ロウソクは何本ですか?」と聞かれたが、「長いの5~6本でいいです」と適当に答えた。初めてのケーキ屋さんだったが、そのケーキはとっても美味しかった。

09年11月28日(土)「#881 5人揃って」

  クラブや塾や友達との遊びなどで子どもたちが全員揃うことがだんだんと少なくなってきた。ましてや、妻と私も一緒に子ども3人含めて家族全員5人揃ってお出かけする機会がめっきり減ってきた。
  午後から妻と子どもたちと一緒に母の見舞いに行った後で買物に行こうということになったが、野球の試合から帰ってきた長男は疲れている様子で行きたくないようだ。久し振りに5人揃って出掛けたい私は、使い古して履けなくなった野球のアップシューズを買って欲しいと言っていた長男に、付いてきたら買ってあげるよと誘いをかけた。
  思ったとおり付いてきた長男も含めて5人で家を出たが、車の前の席に誰が座るかでいきなり揉め出した。皆で揃って出掛けるのは楽しいが、3人の兄弟が顔を揃えるとすぐに喧嘩が始まり騒がしい。
  まずはスポーツ店に行って長男の野球のアップシューズとスパイクを買った。まだ中学生なので高くないものを買ったが、野球のもののなるとついつい良い物を持たせたくなるので注意が必要だ。
病院では、兄弟3人揃っての見舞いを受けた母が何時にも増して機嫌がいい。子どもたちへのお小遣いも奮発していた。孫の顔を見せるのが何よりのお見舞いである。
  病院の後で5人で会員制の外資系大型小売店に買物に行った。ロサンゼルスに住んでいる時にもよく通った店で、小売の単位が大きいが、その分お買い得な価格になっている。店舗に入った途端にアメリカの香りがするから不思議だ。
  時間も遅くなっていたので買い物の前に腹ごしらえ。ピザにホットドッグにコーラというアメリカのような夕食。何もかもアメリカ式である。買い物では大好きなナチョスとサルサソースをショッピングカートにこっそり忍ばせた。
  帰りの車の中でも、アイスクリームを取り合いして大騒ぎ。5人揃っての久し振りのお出かけは騒がしくも楽しかった。子どもたちはいつまで付いて来るかなあ。

09年11月27日(金)「#880 生の声」

  朝一番の飛行機で東京へ。このところお酒を飲む機会が多く、昨夜も遅くまで飲んだので少しお酒が残っている。羽田空港から読売テレビの東京支社へ向かった。支社が汐留の日本テレビ・タワーの中に移転してから初めての東京支社だった。
  新しいオフィスは窓も大きく明るくて、以前よりも広くなったような気がする。当然のことだが、日本テレビと同じつくりなので、何だか日本テレビのオフィスで働いているような気がしないでもない。
  メディアの勉強会に出た後、さらっとパスタのランチを食べて髪を切りに行った。東京に住んでいた時にお世話になっていた散髪屋さんだ。先日、時間がなかったので大阪の自宅近くで髪を切ったのだが、やはり散髪屋が変わると髪型も変わってしまった。ということで、また東京で髪を切ることにしたのだ。
  髪を切ってすっきりした後で、市ヶ谷にある国立印刷局の体育館に向かった。今日で最終日となる事業仕分けを取材するためだ。事業仕分けを傍聴するのは初日に来て以来二度目だが、前回に比べて一般の人の傍聴が増えているのに驚いた。年配の方も多いが、学生と見られる若者の姿も目立った。事業仕分けがテレビや新聞に大きく取り上げられたことで、一般の人の関心も高まったのだろう。予算編成という国の形を決める重要なことがらが国民の目に晒されるという点では、多くの一般の方が事業仕分けの場にやって来ることには大きな意味がある。
  国会議員や大学教授、弁護士、自治体職員、民間団体職員らからなる仕分け人によって様々な事業の有用性や効率性などが審議されていく。国の事業にはこういうものがあって、その内容はどうで、問題点はどこかということが次々と明らかになっていく。見ていてとても興味深い。
  その一方で、教育や科学技術など費用対効果だけでは計ることが難しく未来への投資とも言える事業の予算をばっさりと減額することには批判の声があがっている。また、仕分ける前提として鳩山政権がどういう分野に力を入れていくのかという基本となる長期的戦略が示されていないという批判も大きい。
  たった1時間の議論で決めることへの疑問の声もあるが、これについては現場で生の声を聞くことができた。休憩時間に顔見知りの仕切り人から少しだけ話が聞けた。その人によると、仕分け人は事前に当局から資料を貰い勉強をして担当者からヒアリングまでしているので1時間だけの議論で決めているという訳ではないということだった。恥ずかしながら、私も1時間だけで決めていると思っていた。メディアの勉強不足、取材不足を痛感した。事業仕分けが終わって少し落ち着いたら、その仕分け人から御飯でも食べながらじっくりと話を聞かせてもらうことになった。やはり、現場で生の声を聞くことが何よりも重要である。

09年11月26日(木)「#879 飲み会」

  年も押し迫ってくるとお酒を飲む機会が増えてくる。お酒を飲むのは好きだが、お酒そのものが好きという訳ではない。自宅では夏場の喉が渇いた時のビール以外は基本的にお酒を飲まないし、外でも1人でグラスを傾けることはない。お酒が好きというよりも、酒場の雰囲気が好きということだろう。
  大阪にいる時は自宅に真っ直ぐ帰ることが多く、東京では取材相手や異業種の知り合いと会って仕事がらみでお酒を飲むことがほとんどだ。特に解説委員になってからは、できるだけ色々な世界の方々と食事をするように心がけている。その際にお酒が入れば、よりざっくばらんに本音でお互い話ができることが多い。
  夜のお酒の席で聞いた話をそのままテレビで話したりブログに書いたりすることはもちろんない。そもそも、誰と会っているかということさえも、第三者に教えることはない。情報を扱っている仕事だから、そこらあたりの事には気を遣うのだ。
  とは言っても、お酒の席での話には真実が潜んでいることも多いのでたいへん勉強になる。直接引用しないまでも、番組でコメントする時に参考になることも多いのだ。
  だからと言って、お酒を飲む時にいつも情報を吸収して勉強するということばかりを考えている訳ではない。お酒はやはり気の置けない仲間とわいわいがやがや言いながら楽しく飲みたいと思っている。公私共に、お酒を飲む時の相手にはこだわりたいと思っている。歳をとるにつれて、その思いがますます強くなってきた。
  管理職を離れて、解説委員という部下のいないわりと自由な仕事についてからは社員同士で飲む機会もぐっと減った。そもそも社内の内輪だけで飲むのが少々苦手だったので私にとってはあまり影響はないのだが。
  しかし、たまには社員同士で飲むのもいいものだ。会社は、職場は、いまこういう事が話題になっているのだと知るのも新鮮だ。それだけ会社という組織から離れた仕事をしているということだろうか。

09年11月25日(水)「#878 関大野球部」

  大学体育会の部員による不祥事が相次いでいる。私もOBの1人である関西大学野球部の部員が振り込め詐欺にからむ恐喝未遂事件で逮捕され、その裁判の判決がきょう言い渡された。判決によるとこの元部員は別の大学の男子学生が振り込め詐欺に使うための通帳作りに協力しなかったことに因縁をつけ、現金250万円を騙し取ろうとした。さらに野球部の後輩に振り込め詐欺に使う通帳を作らせ、3万円で買い取った。裁判所は懲役2年6ヶ月、執行猶予4年の有罪判決を言い渡した。
  自分が学生時代に所属していた野球部の部員が事件を起こして逮捕されたことで、会う人ごとに「どうなってるの?」、「たいへんやね」という声を掛けられた。仕事柄、このニュースを扱う時には当然コメントを求められる。今までも他の大学の体育会の選手らが犯罪に手を染める度に厳しいコメントをしてきた。ましてや、今回は自分がOBである野球部の不祥事である。私がテレビでどんなコメントをするのか注目されているのは分かっていた。しかし、逮捕の際も送検の際も起訴の際もたまたま私の出演日でなかったので今までコメントすることもなかったのだ。きょう初めて、この事件について番組でコメントした。
  今回の事件についてはOBとしては残念としか言い様がない。犯した罪の内容はとんでもないものでしっかと反省して罪を償って欲しい。組織ではなく個人の犯罪なので個人の資質の問題ではあるが、このところ大学体育会の学生による犯罪が続いていることを考えると、なにか共通した背景事情があるのではないか。
  少子高齢化に伴い子どもの数が減り学生獲得のために大学間の競争は激しくなっている。スポーツ推薦で競技力に優れた学生を集め、今まで以上に勝利を求める傾向も強まっている。一方で、経済情勢の悪化により企業の運動部が閉鎖となりアマチュアスポーツの受け皿が減ったことで、大学野球部の部員数も増えている。
  私が学生だった頃も関大野球部には100人ほどの部員がいたが、今ではその数は120~130人に達するという。1回生からレギュラーとして活躍する選手がいる一方で、4年間一度も試合に出られない選手もいる。また期待されて入部してきたにもかかわらず、ケガなどで試合に出られなくなる選手もいる。そうした試合に出られない学生たちのモチベーションをいかに保っていくかは本当に難しい問題だ。それを1人の監督と数人のコーチが全て面倒をみるのは簡単ではない。大学スポーツは教育の一環でもあるから、優秀な選手だけを集めて部を運営するということも難しい。
私たちの頃も、夜のアルバイトをする学生がいたが、同級生らが気にかけて野球に力を入れなくなるような仲間を皆で気にかけるような横の繋がりがあった。
  大学の名前をあげるためにも体育会スポーツに力を入れる大学当局、野球も大好きだが就職にも有利だということも考える現役学生、それを支える監督、コーチにOB。今回の事件をきっかけにして、それぞれがそれぞれの立場で大学の体育会スポーツのあり方を考え直すことができればと思う。

09年11月24日(火)「#877 お手伝い係り」

  兄弟とは本当にいいものである。いま、私の目の前で長女と二男が二人並んで夕食後の食器洗いをしている。我が家では食器洗いは高校生の長女のお手伝い項目である。今日は、珍しく宿題が早く終わった二男に、姉の手伝いをするように私が命じたから二人でやっているのだ。因みに長女は夜だというのに高校の制服であるセーラー服を着たままで洗い物をしている。先ほどまで塾に行っていたからであるが、一日の中で最も長い時間身に付けている制服が落ち着くということだ。
  食器洗い係りの長女に対して、中学生の長男は洗濯係りである。洗濯といっても自分の野球のユニフォームや学校の体操服の毎日の洗濯だ。余裕のある時は私や家族のものも洗濯することになっている。
  小学生の二男は愛犬ベルの餌やりとトイレの世話係りだ。朝は学校へ行く準備でバタバタと忙しく、私が餌をやることが多いが、夜はなるべく二男にやらせることにしている。
  我が家では3人の子どもたちにそれぞれ係りを決めて、家のお手伝いをさせることにしている。しかしながら、子どもたちも学校の用事や遊びなどで日々忙しいので、お手伝いの係りをしっかり出来ないこともある。というより、出来ない日が多いという方が正しいかもしれない。
  そういう時はどうするか。そう、あなたの予想通り、私がお手伝いするのだ。もちろん、毎回私がやる訳ではない。休みの日や疲れていない時だけだが。
  妻の名誉のために言っておくが、子どもたちや私が毎日、食器洗い、洗濯、ベルの餌やりとトイレの世話をやっている訳ではない。多くの日は妻が1人で全てやっているのだ。妻が忙しい時、疲れている時にお手伝いするだけだ。
  子どもたち3人とも年々大きくなり(当たり前だが)、成長するにつれてお手伝い出来ることも増えてきたし、お手伝いの質も上がってきた。なるべく自分のことは自分でやるように育ててきた。3人ともまだまだ子どもではあるが、少しずつ逞しくなってきた。毎日ケンカばかりしているが。兄弟って面白い。
ここまで書いたら突然、シャワーを浴びた後の二男が丸裸でリビングに入ってきた。ワックスを付けて髪の毛を立たせている長男は洗面所の鏡の前で踊っている。長女はいつまでもセーラー服を着たまま大好きな歌手のファンクラブの会報を読んでいる。なんという兄弟や。

09年11月23日(月・祝)「#876 車中で」

  昨夜は実家で遅くまでブログを書いたり、読めずに溜まっていたメールを読んだりしていたので寝るのが遅くなった。母は私がすぐ横の部屋で寝ているからか、安心したように寝息をたててぐっすり眠れたようだ。私も充分睡眠をとって、起きたら正午前だった。
  遅い朝食兼昼食は、昨夜食べるつもりで買っておいたケーキと美味しいパン。温かい紅茶をいれて母と食べた。実家で母と二人きりでゆっくり食事をするのは久し振りである。
  午後からは実家にいまだに置いてある私の荷物の整理をしようかとも思ったが疲れるので諦めた。そのかわり、かなり溜まっている母宛の郵便物や資料を整理することにした。年寄りなので年金や介護、医療などの資料が国や都道府県、市などから数多く郵送されてくる。普段は姉が時々実家にやってきて整理して必要な手続きをしてくれている。
  まあ何とその郵便物の多いこと。一人の人にこれだけお知らせや通知を送るとなると郵便代だけでもすごい金額になるし、人件費もかなりかかるだろうと心配になる。またその内容が年寄りが一読して理解できるようなものではなく、お役所仕事の不親切さを痛感する。これらの資料を読んでいると、いま何かと話題の高齢者に関する年金、介護、医療についての勉強になる。たまには親孝行もしてみるものだ。
  夕方には姉夫婦の家に母を連れて行って、お鍋をご馳走になった。姉の子どもたちも皆独立したので、鍋を囲んだのは姉夫婦と母と私だけ。4人だけで食事するのはひょっとして初めてかもしれない。あの幼かった甥っ子たちが皆独立したなんて、時が経つのは早い。
  夕食後は母が入院中の病院へと向かう。また車の中で「病院に帰りたくないなあ」と一言。「もうすぐ退院できるから」と言うと、「休みをすっかりつぶさせてしまったなあ」と私に優しい言葉をかけてくれた。いくつになっても息子は息子である。
  母を病院に送り届けた後、自宅へ帰る途中で塾帰りの長男を車で迎えに行った。時間が少しあったので、今こうして塾の近くに止めた車の中でブログを書いている。これまで色々なところでブログを書いてきたが車中で書くのは初めてだ。またブログ中毒。
さてさて、うちの息子さんは、将来どんな息子さんに育つのだろうか。

09年11月22日(日)「#875 外泊」

  先週の一時外出に続いて、今週末は入院中の母を病院からの外泊許可を得て実家に一泊で連れて帰ることにした。先週の一時外出の時にとても嬉しそうにしていたのを見て、来週はお泊りしようねと約束していたのだ。
  だが、外泊の日が近づいてくると骨折した患部の痛みがとれないので不安だと言い出した。私が付いているから大丈夫だと話すと渋々了解したようだ。内心では外に出たいと思っているだろうに、息子に迷惑をかけてはいけないと思っているのだろうか。
  いよいよ外泊の日が近づいてきた時に、病院の母から電話がかかってきた。お願いがある、外泊の時に宝塚歌劇か有馬温泉に連れて行って欲しいということだった。考えておくと電話を切ってすぐに思った。まだ痛みがあるのに、長時間椅子に座っている観劇はまだ無理だろうし、女湯に私が一緒に入れない温泉もまだ早いだろう。暫くしてまた母から電話があった時にその旨を伝えると、そうやな、とすぐに諦めた。痛みがとれて元気になれば宝塚でも有馬でもどこでも連れて行ってあげるから、もう少し我慢してください。
  病院を車で出発して実家に戻る途中で昼御飯を食べようということになった。何が食べたいと聞くと、病院では出ない天ぷらが食べたいとのこと。道すがら、和食の店を探していると突然、「お好み焼きが食べたい」。お好み焼きも病院では出んわなあ。妻に電話をして実家への途中の場所でのお好み焼き屋を探してもらい母と2人で焼きそばとお好み焼きを食べた。美味しかった。
  母のお気に入りの店で今夜の夕食のおかずとデザートのケーキ、それに翌日の朝食用のパンを買って実家に着いた。母は安心してベッドでお昼寝中。その間に私はこうしてブログを書いている。自宅だけではなく、こうして実家でもブログを書くようになった。ブログ中毒かもしれない。

09年11月21日(土)「#874 同窓会」

  この歳になるまで同窓会というものにあまり縁がなかったが、数年前から小・中学校や高校、大学の同窓生が集まる機会が増えてきた。昔を懐かしむ年齢になったということだろうか。
  初めて野球部関係ではない同窓会なるものに出席したのは数年前に開かれた中学の同窓会であった。私が卒業した小学校では全員が同じ中学に進み、他の小学校からの合流もなかったので小学校と中学校のメンバーはほとんど同じである。
  仲の良かった幼馴染が何人かで集まって飲んだ際に同窓会を開こうということになり、その場で具体的に動き出した。私たちが幹事になって、同窓会を開催してくれる会社にお願いしたのだ。同窓会名簿や、分かった限りの住所録などをその会社に提出すれば、同窓会の開催場所の予約はもちろん、手間のかかる開催の通知、出席者の集計などを全てその会社がやってくれるのだ。
  同窓会には予想していた以上の人が集まりおおいに盛り上がった。その同窓会の後、何人かの同窓生が事故や病気で亡くなった。誠に残念なことではあるが、亡くなる前に同じ学校で学んだ者たちが集う機会が持てて良かったなと思った。
  大学の同窓生が集まる会にも東京で何度か出席した。こちらは、友達が集まるという訳ではなく、同じ大学、同じ学部ということでの集まりだったので、知らない方も多かったが、知り合いの輪が広がり楽しかった。
  高校の野球部のOB会も毎年一度開かれ、できるだけ参加するようにしているが、高校のクラスの同窓会は残念ながらいまだに一度もない。私が招待されていないだけかも知れないが。
  そして大学野球部の同期が集う同窓会。大学を卒業してから毎年のように年に一度集まって当時の監督も招いてゴルフ会をやっている。当初は時々参加していたが、ゴルフをあまり積極的にやらなくなってからはご無沙汰になっている。
  ゴルフ会だけでなく、年に一度ぐらいは食事会(飲み会?)をやろうという話がゴルフをあまりやらないメンバーを中心に出ていたがなかなか実現しなかった。皆に声をかけて場所を予約する幹事がいないのだ。仕方なく、もう1人の同期と私の2人で幹事となり大学野球部の同期食事会を開いた。
  大学を卒業して20年以上になり、なかにはもう10年以上も会っていない同期もいるが、顔をあわせればすぐに懐かしい昔に戻る。今度は是非、同期で野球をやろうという話になった、というより私が前から提案していたが実現できていなかったので、体が充分動くうちに家族も交えて野球をやろうということになったのだ。15年ほど前に、学生時代にリーグ戦でプレーした日生球場を借りて大学野球部のメンバーで草野球をやったことがあるのだ。日生球場は今はもうないが、今度は大阪ドームでやろうということになった。
  日生球場の時もそうだったが、大阪ドームでも大学時代と同じフォームと同じ仕草でプレーするお互いの姿に歓声があがるだろう。

09年11月20日(金)「#873 デフレ」

  日本経済はデフレに陥っていることを政府が認めた。菅経済財政担当相が会見でデフレになっているとの認識を表明し、月例経済報告で「緩やかなデフレ状況にある」との政府としての認識を示した。政府の月例経済報告によるデフレ認定は3年5ヶ月ぶりである。
  デフレというのは、物やサービスの値段が下がり続ける状態のことである。短期的には物価が下がるので消費者にとっては良いことのように思えるが、商品の値段が下がることで企業の収益が減少し、その結果、賃金が下がって雇用調整が行われるなど経済に重大な悪影響を与えるのだ。
  デフレの原因は供給に対して需要が少ないということだ。消費者がモノを買うという需要が少ないのでモノが売れず値段が下がるという訳だ。1年間に生産されるモノやサービスの総額であるGDP(国内総生産)が約550兆円であるのに対し、現在の供給に対する需要の不足、いわゆる需給ギャップは約40兆円にのぼると見られている。それだけ労働力と設備が過剰になっているということで、需給ギャップを埋めてデフレを抜け出すには4~5年はかかるのではないかという見方もあるほどだ。
  デフレが進行すれば、モノの値段が下がる→企業の収益が減少する→賃金が下がる→個人消費が減少する→投資や消費など需要が減少する→さらにモノの値段が下がる、といういわゆるデフレスパイラルという負の連鎖が起きる。政府は今のところデフレスパイラルに陥る可能性はそう大きくないと言っているが、油断は禁物である。
  デフレを克服するためには、世の中に出回るお金の量を増やすことが必要である。そのための手段は大きく分けて二つ。財政政策と金融政策である。
  財政政策としてまず考えられるのは、政府による公共工事の発注である。必要な公共工事を国が発注することで工事に必要な労働者が雇い入れられると共に必要な機材や資材も発注されお金が世の中に出回るという構図だ。しかし、その際に財源が問題になる。国と地方を合わせて800兆円以上の借金があり主要国の中では最悪の財政状況なので、赤字国債を発行すること、即ち借金を増やして公共事業をやることは難しい。
  もうひとつの金融政策の主役は日本銀行、日銀である。日銀が市場に大量の資金を供給する量的緩和政策をとることである。日銀が金利を下げれば銀行からお金を借りる金利も連動して下がるので世の中にお金が出回るという訳だ。しかし、日本は既に政策金利0.1%という低金利なのでとることができる政策は限られている。公共事業をやって国債の発行が増えれば、長期金利が上昇するので財政と金融のバランスをとることも必要である。
  日銀は政府から独立した存在ではあるが、デフレからの脱却のためには日銀のとる政策が重要であり、政府と協調して出来る限りの政策をすみやかにタイミングよく実施していくことが求められる。政府による中長期的な成長戦略も重要なことは言うまでもない。

09年11月19日(木)「#872 国会混乱」

  民主党の輿石東参院議員会長がコメントした通りだろう。与党慣れしていない与党と、野党慣れしていない野党である。委員会や本会議を欠席し審議を拒否する野党・自民党に対し、十分な審議時間を確保せずに数を頼みに採決を強行する与党・民主党。民主と自民が攻守所を代えただけで、相変わらずの国会攻防である。これでは国民の政治不信は進むばかりだ。
  銀行からの融資や住宅ローンを受けている中小企業などからの返済猶予を簡単にさせる中小企業金融円滑化法案の採決を巡って、民主党が衆議院財務金融委員会での審議を打ち切り採決を急いだため自民・公明両党が反発した。委員会での採決に出なかった自公は、緊急上程された本会議での採決の際に退席するなど国会は未明まで混乱を続けた。
  日本の国会では、実質的な審議はそれぞれの委員会で行われる。委員会で審議が尽くされ可決された法案は本会議に送られ、ここでも賛成多数で可決されると衆議院を通ったということになり参議院に送られるのだ。そのため、委員会での審議が重要であり、その指揮をする委員長の存在が大きいのだ。今回の民主党の強行採決に対して自民党は委員長の解任決議案を提出したが、もちろん与党によって否決されたのにはこういう背景事情があるのだ。
  民主党が法案審議を急ぐ理由は、重要法案を今月30日の臨時国会の会期末までに成立させるとの小沢幹事長の意向があるからだと言われている。これに対して、当初は国会での政策論争を目指していた自民党は、民主党の強行姿勢を際立たせるためにも審議を拒否する対決姿勢に転じたと見られている。
  法案の内容に関する議論よりも、党利党略に基づく国会の日程闘争に重きを置く旧来どおりの国会闘争をいつまで続けるのだろうか。せっかく政権交代が実現したのに、これでは何も変わらないではないか。民主党も民主党だが、自民党も自民党である。どちらも立場が代われば言うことも変わるのか。
  小沢幹事長の要請に基づいて民間の政策団体である21世紀臨調が示した国会改革の提言には、国会の会期を無くしてほぼ1年中国会を開き続けることで日程闘争から抜け出し法案審議を充実させることが提案されている。今のようなひどい国会審議の現状を見せつけられては、政治不信の声が高まるばかりだ。国会改革の一日も早い実現が求められる。

09年11月18日(水)「#871 男前」

  男が男に惚れるというのだろうか。年下の私が言うのは少々おこがましいが、その方は本当にカッコいいのだ。風貌は少し白髪交じりの職人のような感じ。見るからに人生の酸いも甘いも噛み締めてきた経験の豊富さが滲み出ている。
  一見怖そうだが、話すと優しさに溢れていて人柄の良さが感じられる。ゆっくりと話すその口調からは大人の男の渋みが漂っている。仕事の話をしている時は厳しい表情が垣間見られるが、お孫さんの話になるとこれ以上ないという程優しい顔つきになる。
  仕事で知り合いになってから、何度かご一緒させていただいている。違う業界だが、私の仕事にも関係する世界の方なので、仕事上のアドバイスをいただくことも多い。そのアドバイスがとても的確なので、お話させていただく度にとても勉強になる。
  年下の若い人達と一緒にお酒でも飲みながら色々なお話をするのももちろん楽しいが、こうした人生経験豊富な年上の方とご一緒させてもらうのは私にとって貴重な時間だ。仕事に関するアドバイスをいただくことも多いが、男としての生き方、人としての人生の歩み方を学ばせていただく。
  あ~こんな男になりたいなと思われるような人に私もなりたい。まだまだ道は遠いだろうが。さりげない気遣いが出来る男になりたい。

09年11月17日(火)「#870 ワクチン接種」

  新型インフルエンザワクチンの接種が始まっている。医療従事者に続いて妊婦や基礎疾患のある人達への接種も行われている。健康な成人に対する接種回数については二転三転したが結局原則一回接種となった。この結果、ワクチンの供給量に余裕が出て、子どもたちへの接種スケジュールが前倒しになるということだ。
  新型インフルエンザについての関心が高まり、今年は季節性インフルエンザのワクチン接種も例年に比べて進んでいるのだろうか。季節性のワクチンを毎年会社の医務室で打ってもらっているが、今年は入荷量も少なくすでに品切れになったようでまだ接種できていない。仕事柄、季節性も新型もワクチンを打っておきたいのだが、今のところいつになるやら分からない。
  ワクチンについては誤解もあるようだが、ワクチンを接種したからといってインフルエンザにかからないというものではない。インフルエンザに感染しても死亡したり重症化するのを防いだりするのが目的だ。ごく限られた確率だが副作用が起きることもある。
  厚生労働省は輸入ワクチンも含めて新型インフルエンザワクチンの必要量の確保に努めると共に、接種する優先順位を決めて国民への接種を始めた。万が一副作用が出て死亡した場合などには政府が補償する方針だ。
  しかし、新型インフルエンザワクチンの接種は国が強制する法定接種ではなく、国民1人1人が接種するかどうかを決める任意接種である。アンケートをとると接種に前向きでない人がかなりの割合でいる。国民全員に義務付ける接種でないのに、接種の優先順位を決める際の対象者の人数をどうやって決めているのだろうか。
  以前はインフルエンザワクチンなども学校で集団接種されていた。しかし副作用に対する予防接種訴訟が相次ぎ法定接種でなく任意接種に変更されたという経緯がある。ワクチンメーカーに過失がない限り副作用などの責任を問わないという無過失補償制度が世界の常識になっているが、日本では認められていないという背景もある。
  世界的には多くの先進国の政府がワクチン接種の費用を負担しているが、日本では自己負担である。ワクチン接種に関しては、日本は世界的にみて特異な状況にあるようだ。今回の新型インフルエンザをきっかけにして、ワクチン接種がどうあるべきかという国民的な議論をする必要があるのではないだろうか。

09年11月16日(月)「#869 ベイエリア」

  前から気になっていた場所をようやく訪ねることが出来た。橋下知事が大阪府庁を移転させようと取り組んでいる大阪南港のWTC(ワールド・トレードセンター・ビル)である。移転の是非について番組でも何度か取り上げコメントしてきたが、恥ずかしながら一度も行ったことがなかったのだ。何事も現場第一である。
  大阪の梅田から地下鉄・御堂筋線に乗って本町で中央線に乗り換えて終点のコスモスクエアへ。そこでニュートラムに乗り継いで1つ目の駅のトレードセンター前で下車するとすぐ前に複合型商業施設であるATC(アジア太平洋トレードセンター)がある。梅田から乗り換え時間を含めて30分程だった。交通の便が悪いということだったが、これなら我慢の範囲か。
ここに来て初めて思い出した。このATCが出来た頃に遊びに来たことがある。その頃に比べると寂れていて買い物客もほとんどいなかった。そのATCの道路を挟んで向かい側にWTCがそびえ立っていて連絡通路で繋がっている。このビルの中もガラガラである。エレベーターで最上階の55階にある展望台へ。入場料が800円もしてその高さに驚いた。
展望台にもほとんど人が居なかった。横浜ランドマークタワー、りんくうゲートタワービルに続いて国内3位の高さだけあって、展望台からの眺めは最高である。北は六甲山、東は生駒山、南は関西空港、西は明石大橋まで見ることができて、橋下知事がここを関西州の中心にしたいという気持ちが分かるような気がした。
北側の眼下には大阪市がオリンピック招致の際に開発した舞洲と夢洲が見えていて、WTCがある咲洲とはトンネルや橋で繋がっている。舞洲にはごみ処理場やスポーツ施設が見えるが、夢洲にはコンテナターミナルがあるだけで空き地が広がっている。
WTCの周辺にはATCの他にホテルやスポーツ企業の本社ビル、国際展示場のインテックス大阪などがあるが上から見るとまだまだ空き地が多く見られる。大阪府議会は府庁のWTCへの移転案は否決したが、WTCビルを購入することは決めた。将来、ここに大阪府庁が移転してくれば、周辺の空き地には府庁関連の施設や民間企業などが進出してくるのだろうか。WTCビル自体については、ワンフロアの狭さが少し気になり役所としての使い勝手はどうかとは思うが、ベイエリア開発の中心としてここに府庁を持ってくることにはあまり抵抗を感じない。
橋下知事はこのエリアでのカジノの建設も構想しているが、上から見る限りはWTC周辺の咲洲への建設は難しいのではないか。向かいの人口島である夢洲あたりが候補地になるのではないだろうか。
WTC周辺の現場に実際に行ってみて、よくもまあこんな壮大な開発計画を推し進めて失敗したもんだと思った。今まで莫大なお金を注ぎ込んだにも関わらず、辺り一帯は閑古鳥が鳴いている。橋下知事がこの現状を見て、府庁移転を起爆剤にしてベイエリアの開発に力を入れたくなる気持ちもよく理解できる。大阪府庁だけでなく大阪市役所もここに持ってきて、これまでの開発行政の責任を取るべきではないかという思いも持った。

09年11月15日(日)「#868 オバマ大統領来日」

  アメリカのオバマ大統領が初めて日本にやってきた。と言っても、東京で行ったアジア外交演説の冒頭で「日本に戻って来ることが出来たのは素晴らしい」と述べたように、幼い頃に母に連れられて来日し鎌倉で大仏見学をしたことがあるのだ。
  今回の来日は、シンガポールでのAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議への出席のためのアジア各国訪問の一環だ。大統領としての初のアジア訪問の最初の地に日本を選んだ理由は、アジアで最も重要な同盟国である日本に対して敬意を表すると共に、このところ何かとギクシャクしている日米同盟に対する配慮もあるだろう。最初の訪問地である日本の滞在は1泊と短いが、APEC後に訪れる中国では3泊もして北京だけでなく上海も訪問するなど、世界的にその存在感を増しつつある中国にも充分配慮している。
  ニューヨークに続いての2度目の首脳会談となった鳩山首相との日米首脳会談ではお互いの国内向け政治にも配慮して、会談が成功したことを強調する演出をした。環境・エネルギー技術協力と気候変動、核軍縮という対立点がなく強調しやすい3分野での日米協力をうたった共同文書を発表した。
  その一方で、懸案事項である沖縄の米軍普天間飛行場の移設問題については一時緊迫したやり取りがあったようだ。今回の首脳会談では普天間についての突っ込んだやり取りはないのではと見られていたが、オバマ大統領が早期の決着を強く迫り、年内決着に拘らないとしていた鳩山首相が「迅速な結論」を目指す考えをオバマ大統領に伝えたのだ。
  しかし、翌日シンガポールで記者団と懇談した鳩山首相は、移設計画は名護には拘らず白紙から検討する考えを明らかにした上で、結論を出す時期について米側に年末までと約束したわけではないと強調した。
これでは、何のための首脳会談だったのか。首脳同士の会談で「迅速に」と約束したことの意味は大きい。先の衆院選で県外や国外への移転を訴えた鳩山首相は、来年1月の名護市長選の結果も考慮したいようだが、国と国同士の安全保障問題という重要案件を一地方の民意で決めてしまっていいのだろうか。オバマ大統領も理解を示しているように、政権交代が実現したのだからこれまでの日米合意を点検する必要はあるだろうが、国同士の約束はそう簡単に反故にすべきではない。
インド洋での給油活動の延長を止める代わりにアフガンで民生支援を強化するということだったが、結局お金を増やすだけのことで終わる可能性が高まっている。普天間問題についても、アメリカ政府が大人の対応をしてくれているうちに、日本政府は自ら合意を確実に進めるという決断をすべきではないか。対等な関係をいうからには、それに応じた責任を果たすことが求められている。

09年11月14日(土)「#867 一時外出」

  母が骨折して入院してから1ヶ月が過ぎた。当初は入院の必要はないが痛みがひどいので安静にするため1週間程度入院して様子を見ましょうということだったが、思っていたより重症のようでなかなか痛みがひかないのだ。
  週に何度かのペースで見舞いに行っているが、医師や看護師、リハビリ担当者、食事の世話などをして下さる方など病院のスタッフの方々の献身的な働き振りには本当に感謝している。おかげで母も安心して治療に専念できている。
  それにしても、いつ見舞いに行っても看護師の方々の顔ぶれがあまり変わらないのを見て、いま何かと話題になっている医療現場での労働の過酷さを実感する。それでも笑顔を絶やさずに患者に接してくださる様子には頭が下がる。
  見舞いには出来るだけ子どもたちを連れて行くようにしている。やはり孫の顔を見るのが何よりも楽しみのようだ。孫に車椅子を押させて病院の最上階にある展望ルームに行って、そこから見える綺麗な夕焼けを一緒に見るのを楽しんでいる。
  治療のかいあって痛みも少し和らいできたので一時外出が許可された。朝から私が車で迎えに行って実家に行くことになった。その道すがら、まず美容院に連れて行って欲しいとお願いされた。さすがに女性である。まずは身だしなみを整えたいのだ。髪を切ってさっぱりした後は、お気に入りのレストランに行ってランチを楽しんだ。その食欲の旺盛さに驚いたが、それだけ元気になってきたということだろう。「もうそれぐらいにしといたら」と食べすぎを注意しながらも、母の久し振りの満面の笑みを見てこちらも何だか嬉しくなった。
  実家で片付けものをしたあと、車で病院に戻ることになった。病院へ帰る途中で、母がポツリと言った。「昨日は嬉しさのあまり夜寝られなかった」と。その言葉を聞いて泣きそうになった。見舞いに行くたびに笑顔で迎えてくれるが、初めての慣れない入院生活でストレスも溜まっていることだろう。次回の外出では、我が家に連れてきて一泊してもらおうと思っている。

09年11月13日(金)「#866 カサブランカ」

  久しぶりの大劇場。宝塚歌劇宙組の宝塚大劇場公演「カサブランカ」を観劇した。宝塚歌劇はふつうは芝居とレビューの二本立てだが、今回は有名映画のミュージカル化という大作なので一本立てである。
  宝塚の演出家のほとんどは歌劇団専属の座付き作家で、その公演に出演する組の個性やトップスターの個性、力量などに合わせて台本を書き下ろし演出をする。今公演の演出は小池修一郎という人気も実力もある演出家で、外部の舞台の演出も担当する歌劇団のスター演出家である。
  その小池さんの演出だけに、ストーリーはよく出来ていて、大道具や背景なども含めて舞台転換が見事である。舞台の背景はふつうは風景が描かれた幕や壁をシーンに応じて取り替えて行くのだが、今回はざらっとした雰囲気のある無地の壁に複数のプロジェクターを使ってそのシーンに応じた背景を映し出して行くという凝った演出だ。物語の中で大きな位置を占める飛行機が背景の中を飛んでいくということも可能なわけだ。また、主人公が経営するカフェと、その店の奥にあるカジノとの場面展開は回り舞台を使って行うという昔は宝塚でもよく見られた手法を多用している。
  主演のトップスターである大空祐飛は好きな生徒さんの一人である(宝塚では女優、団員とは呼ばす生徒という)。少し線が細いかなと思っていたが、さすがにトップになっていい味を出していた。宝塚には珍しく煙草を吸うシーンが多く、本物の煙草でないにも関わらず煙草の先の火が赤くなり、ちゃんと煙も吐くのが様になっていた。
  相手役の娘役トップスターは残念ながら主人公の輝きがなかった。映画のイングリッド・バーグマンと比べるのは可愛そうだが、やはりこの役には圧倒的に魅力的な女性であることが求められる。最近の宝塚を観ていて、順調に次から次とスターが出てくる男役に比べて魅力的で圧倒的に美しい娘役がいないことが少々気にかかる。長くトップ娘役を務めた花總まりのような、またもっと昔なら遥くららや黒木瞳、神奈美帆のような舞台に登場しただけでパッと花が咲いたような男役に負けない存在感のある娘役トップスターが出てこないのが気にかかる。人気娘役を育てることで男性ファンも増えるだろうし、歌劇団は是非、魅力的な娘役の育成にも力を入れて欲しい。
  話がそれたが、「カサブランカ」はよく知られた映画のミュージカル化でとっつきやすく作品の完成度も高いので、宝塚をあまり観たことがない人にもお薦めである。是非、劇場に足を運んでみんなで娘役を育てましょう。

09年11月12日(木)「#865 紹介」

  人と人の縁とは不思議なものである。後から思えば出逢うべくして出逢っているような気がする。誰かと出逢う時には、その間に紹介してくれる人がいることが多い。自分が信頼している人が、その人が信頼している人を紹介してくれることで人脈が広がっていくことが多い。友達の友達は友達で、友達の輪が広がっていくのだ。
  信頼しているテレビ業界の先輩が事情があって退職することになり、畑違いの業界に飛び込んで企業のトップに就任した。その人が同じ業界にいることで何かと頼りにし助けていただくことも多かったが、違う業界に行かれたことでまた今まで知らなかったことも教えていただけるし、人を紹介していただき人脈も広がることになる。
  その方と久しぶりにお会いする機会があり色々と勉強になった。その同じ日の夜に、以前から付き合いのある政治家と会って久しぶりに意見交換することになったので、その業界の先輩にも紹介して一緒にお酒を飲んだ。その御二人には意外な共通点もあり、ご縁のようなものを感じた。これをきっかけにして、何か新しいご縁が広がればと思っている。この場合も2人とも私にとっては信頼できる人なので、お互いを是非紹介したいと思ったのだ。
  思えば今までもこうやって信頼できる人から知り合いを紹介してもらい、次々と人脈が広がってきたということが多い。それだけに、私も誰かに人を紹介する時はそれなりの責任を持って紹介しようと思っている。人脈だけが私を支えているのだから。

09年11月11日(水)「#864 事業仕分け」

  やはり現場が一番である。現場に実際に出掛けていってこの目で見て、この耳で聞いて、その場の雰囲気を肌で感じることの重要性をあらためて認識した。東京での忙しいスケジュールの合間に現場に行ってみてよかった。
  税金の無駄遣いを洗い出す行政刷新会議による事業仕分けが東京の市ヶ谷にある国立印刷局の体育館で始まったので取材に行って来た。メディアの取材は事前の申し込みが必要だと聞いていたが、何とかなるだろうと直接会場に行ったが、入り口の受付で名刺を出せば資料をくれて自由に取材できた。因みに、一般市民の傍聴も事前の申し込みも必要ではなく自由である。
  会場は普通の体育館で、衝立によって3つのワーキンググループによる仕分け会場に分かれている。テレビのニュースなどで仕分け人や省庁の担当者がみな耳にイヤフォンをあてていたのをご覧になったと思うが、手元のチャンネルを切り替えることによって、3つの会場のそれぞれの音声が聞き取れるようになっているのだ。
  実際に事業仕分けを取材してみて、とても面白いと感じた。3つの会場でのやりとりはインターネットでも生中継されているが、回線の容量が充分でなくなかなか繋がらないという話をきく。面白い内容なのでそれこそ公共放送で生中継しても良いのではないかと思う。
  事業仕分けは、民主党政権が掲げる情報公開と説明責任を体現したイベントである。今まで各省庁の担当者と財務省の主計官がやりとりし、そこに業界などの依頼を受けた族議員が絡んでいた予算編成の過程が国民の目の前で行われるという画期的な出来事である。まさに政権交代が起きたからこそ実現したのだ。
  メディアを意識したかのような一部議員のヒステリックとも言える執拗な追及はいかがなものかとは思うし、1時間という仕分け時間はもう少しあってもいいのではないかとも思うが、初めてのことだから色々と改善点は出てくるだろう。とにかく実施したということが画期的だと思う。
  初日から廃止とされた国の事業が相次いだが、この事業仕分けの結果に法的拘束力はなく最終の判断ではない。この結果が行政刷新会議で検討され最終的には財務省が決めることになるのだが、藤井財務相は事業仕分けの結果を尊重すると言っている。事業仕分けは9日間に亘って行われるが、機会があればもう一度取材したいと思うほど興味深い内容であった。

09年11月10日(火)「#863 逮捕と護送」

  千葉県で起きたイギリス人女性英会話講師殺害事件で死体遺棄容疑で全国に指名手配されていた市橋容疑者が大阪南港のフェリーターミナルで逮捕された。逮捕の一報は、夕方のニュースが終わり午後7時からNHKがニュースを放送している時間帯に、ある民放テレビ局が字幕のニュース速報で流した。
  そのニュース速報が流れた瞬間から、夕方ニュースの放送を終えたばかりの読売テレビ報道局は蜂の巣を突付いたような大騒ぎになった。逮捕現場の大阪南港や所轄署の住之江警察署、大阪府警本部、新大阪駅などに向けて記者やカメラマンが一斉に飛び出して行き、生放送や素材伝送のために中継車も続いた。
  東京から生放送していた番組にニュース速報をカットイン放送することになったので報道フロアも準備にばたばたした。生放送中の番組へのカットイン放送というのは久しぶりである。私の記憶に間違いがなければ05年のJR福知山線列車脱線転覆事故以来ではないだろうか。
  逮捕された容疑者が最終の新幹線で捜査本部がある千葉県警に護送されることになったのでますます大騒ぎになった。メディア各社は容疑者の顔を何とか撮影しようと容疑者が護送されるポイント、ポイントに取材陣を出した。護送車が出る住之江警察署、新大阪駅、新幹線への箱乗り、東京駅、千葉県警行徳警察署などだ。
  容疑者を乗せた新幹線が東京駅に着いたのがちょうど夜のニュースの時間帯だったので、民放のニュース番組で東京駅到着の様子が生中継された。ホームに溢れんばかりの取材陣の多さは想像を超えるものだった。JRや警察の担当者によって現場が混乱しないように規制線などが設けられカメラ位置なども決められていたと思うが、容疑者がカメラの放列の中を歩き出すとカメラマンが一斉に群がり東京駅は大混乱になった。その様子がテレビの生放送で映し出された。
  護送車が東京駅を出ると夜間にもかかわらずテレビ局のヘリコプターが上空から生中継で車を追いかけた。正直言ってそこまでやる必要があるのかと思った。そう思いながらチャンネルを公共放送にかえると、何とここでもヘリコプターからの生中継の映像を流していた。公共放送がここまでやるかとあきれた。護送車が信号で止まった瞬間にそれを追跡していたメディアのカメラマンが道路に一斉に飛び出し、護送車の前に立ち塞がって車内の容疑者を撮影しようとする異様な光景がテレビの生中継で放送された。これを観た一般の視聴者から、あそこまでする必要があるのかという疑問の声を数多く聞いた。
  被害者が外国人で両親が来日し記者会見を行った注目事件であるうえ、容疑者が2年7ヶ月にも亘って逃走し整形手術までしていたことなどからますますメディアが大きく取り上げる事件になったが、今回の逮捕から護送に至る一連の取材は少々やり過ぎではないかと思う。集中豪雨的取材として批判を浴びたメディアスクラム状態である。社会が注目する事件とは言え、やり過ぎだという多くの批判の声にわれわれメディアは耳を傾けるべきではないかと思う。

09年11月9日(月)「#862 母校」

  母校の大学でこの秋学期も講義を担当させてもらっている。時事問題について解説しているのだが、テレビ報道の現状と課題についても合わせて教えている。昨年、同じ講義を担当した時は毎回受講する学生は90名程だったが、今学期は130名を超えている。
  学期末に定期テストをする代わりに、毎回の講義で出席確認を兼ねてリポートを書かせて提出させている。講義の前半で私が解説した時事問題に関して、学生にその問題やメディアの伝え方についての自分の考えを書かせているのだ。
  昨年もたいへんだったが、今年は受講生の数が増えたので毎回リポートを全て読んで評価するのにとても時間がかかる。しかしながら、学生のものの見方や考え方が分かり番組でニュース解説する上でもたいへん勉強になる。
  多くの学生が受講してくれるのは有難いことだが、できれば少人数を相手に色々と意見交換や議論をしながら双方向の実践的な講義ができたらなとも思っている。毎回の講義の中でできるだけ学生の声も引き出したいと思っているが、大人数ではなかなかそうもいかない。
  今日は番組出演の予定もなく時間に余裕があったので、久し振りに大学の図書館に入った。館内には静寂の空間が広がっており、学生が勉強している。学生時代には図書館でじっくりと勉強する時間を持つことが出来なかったので、この図書館の雰囲気には憧れを感じる。できることなら大学院にでも入って図書館で本格的に勉強してみたい。
  学生に教えることも自分自身にとってたいへん勉強になるが、自らももう一度学生となって学び直してみたいのだ。久し振りに母校の構内を歩いてふとそう思った。

09年11月8日(日)「#861 ついつい」

  夏休み最終日の今日も一日、野球に明け暮れた。二男の少年野球の遠征に付いて行った。長袖アンダーシャツを着ていたが今日はポカポカ陽気で半袖でよかった。今日は初めての一塁塁審。このところ、すすんで審判をやらせてもらっている。チームへのコーチとしての出席率が悪いので、たまに来て子どもたちにあれこれ口を出すよりも、審判で貢献した方がいいかなと思っている。
  今日は二男の誕生日で、公式戦初ヒットを願っていたが、残念ながら出番がなかった。監督さんが先発メンバーを発表し終わった時に二男と目が合った。残念そうというか、寂しそうというか、何とも言えない表情だった。私は息子に向かってニコリと微笑んで頷いた。
  長男は試合に出してもらえない時は、バットを持って監督さんの前をウロウロして試合に出して欲しいとアピールしていたが、二男はその様なアピールは苦手のようである。試合に出たい、打ちたいと監督さんにアピールしたらと言ったこともあるが、その気はないようである。
  午後からは二男の学年と一つ上の学年が紅白戦をやることになった。チーム全体の監督さんが二男の学年の先発メンバーを選ぶ際に、午前中の公式戦で出番がなかった子どもを優先して試合に出すことにした。そして、ピッチャーをやりたい子を募集したところ、意外にも二男が手を挙げ、じゃんけんで勝って先発投手の座を勝ち取った。
  その紅白試合で二男の学年チームの監督役をするように言われたので、選手交代を担当することにした。二男は1回こそ何とか抑えたが、2回に入って全くストライクが入らなくなり押し出し四球を連発した。たまらなくなって、その試合のコーチ役をしていた上級生を伝令としてマウンドに走らせ、落ち着いてバックを信じて投げるように二男にアドバイスさせた。それでもストライクが入らない。父親としてはこのイニングだけでも何とか最後まで投げさせてやりたいが、ピッチャーをしたい子も他にたくさんいる。もうここまでと思い、マウンドに数歩近寄って二男に「交代するか?」と聞いたが、二男は意外にもきっぱりと首を横に振った。本人がそこまでの決意ならと続投を命じたが内心はいつ交代させようかと考えていた。その時、近くにいた別のお父さんコーチが「試練ですよ」と優しく声を掛けて下さったので、このイニングの最後まで投げさせることにした。有難い一言だった。二男は球数も増え顔色も変わってきたが何とかイニングの最後まで投げ終えることができた。
  選手交代というのは本当に難しい。特に自分の息子となると私情も絡むのでなおさらだ。試合が進むとその試合に先発出場できなかった本来のレギュラーの面々が試合に出してくれと文句を言い出した。午前中の公式戦に出られなかった子どもたちが優先だと何度説明しても子どもたちには通用しない。何とか子どもたち全てに出場機会を与えてやることができたが選手起用は難しい。監督さんの苦労がよく分かる。
  そしてその試合の後、今度は最上級生である6年生とお父さんコーチ陣との紅白戦が行われた。コーチ陣チームの打順は年齢の高い順ということになった。クリーンアップかなと思っていたら、何と1番バッターだった。自分が最高齢とは正直驚いた。守備は楽なファーストを選択し、買ったばかりのWBCイチローモデルの手袋をはめて打席に向かった。
  小学生相手だが、バットを持って打席に立ったらついつい本気モードである。打席での構えは決まった。レフトオーバーの打球を思い描いて投球を待ったが、初球はファールチップ。今度こそと思った2球目はデッドボールだった。
  ファーストベースに立った私は完全に大学時代に戻っていた。やめときゃいいのにすぐに2盗、3盗に成功した。しかし、スライディングしたので、北京オリンピック日本代表仕様のアップシューズに傷が付いてしまった。ショック。
  第二打席は早いボールに差し込まれて内野フライだったが、ポトリと落ち出塁。またすかさず2盗した後、内野ゴロの間に三塁をけって本塁へ。回り込みのスライディングをして間一髪セーフになった。足がプチッといかないかと心配だったが、ユニフォームを着てグラウンドに立ってしまうと、ついつい"あの頃の自分"に戻ってしまう。もっとやりたかったなあ。しかし、このブログも野球の話になると、ついつい筆が進み長くなってしまう。夏休み最後だから、お許しください。明日からまた戦闘モードだ。

09年11月7日(土)「#860 試合と授業参観」

  このところ暇ネタつづきで申し訳ない。因みに「暇ネタ」というのは、事件、事故や政治、経済などのハードニュースではなく、催し物や風物詩などニュース項目が少ない時などに放送する緊急性のないニュース項目のことである。
  毎日、新聞やテレビでニュースをチェックしているとはいえ、基本的には夏休みなので、暇ネタが多くなることをご了承ください。
  今朝は自宅近くの中学校に長男の野球部の練習試合を見に行った。野球部の監督さんにご挨拶するために試合前にベンチまで行くと、長男に怖い顔をされて「離れたところで見て」と言われた。ボランティアで審判でもしようかと長男に言うと「ほんまに怒んで」と睨まれた。仕方がないので、レフトのファウルグラウンドから観戦することにした。
  長男は今日はチームの事情でいつものセンターではなく、9番ショートで先発出場。いくつか飛んできたショートゴロを軽快にさばいた。センターといい、ショートといい、守備には自信があるようだ。
  第一打席はいつもの力ない打ち方で内野フライ。しかし相手守備がお見合いしてポトリと落ち記録上は内野安打。二打席目はセーフティー気味に送りバント。三打席目はレフト前へのポテンヒット。いつも注意しているのだが、スウィングする際に軸が前にぶれて伸び上がる様にして打つ悪い癖が治らない。先日、そのことを監督さんに注意されたと言っていたが、「お父さんがずっと前から同じこと教えてるやろ」と思わず突っ込んでしまった。
四打席目は最終回のツーアウト一・二塁のチャンスに廻ってきた。四点差で負けている。ヒットエンドランの大好きな監督さんだが、さすがにここでエンドランはないだろうと思っていたら、ランナーがスタートを切った。驚いて見ていると、長男も驚いたようでボール球を見逃し、二塁ランナーが三塁でタッチアウトになり試合終了となった。長男はサインを見逃したようだ。
試合が終わって大急ぎでこれまた自宅近くの小学校へ。二男の授業参観だ。小学校入学以来の自分たちの体重の増加を折れ線グラフで表すという授業をやっていた。二男は教室の一番後ろの席だ。例によって、教室の後ろの壁に張ってある運動会の感想文や習字をチェックした。
先日の運動会ではリレーのアンカーとして前を走っていた走者を1人抜いて優勝したので、そのことが自慢げに書いてあった。それを見て思わずにんまりとしてしまった。
授業の最後で、今日勉強したことの感想を述べるよう先生が子どもたちに促したが誰も恥ずかしがって手を挙げない。すると、うちの二男がさっと手を挙げて真っ先に感想を言った。なかなかやるやん。親へのアピールか。
その後、小学校の体育館で図工展を見て廻った。二男の作品は龍の絵と、「私の家」という工作だ。紙で作った二男の家は二階建てで、あちこちの部屋に野球のポスターが貼ってあり、野球のボールが転がっていた。野球ばっかりやん。子どもの学校生活を覗くのは本当に楽しい。長女の高校にも行ってみたいな。嫌がるやろうけど。

09年11月6日(金)「#859 そろそろ」

  夏休みも今日を入れてあと3日。結局、どこに旅行することもなく毎日自宅で過ごしている。相変わらず、新聞を読んでテレビでニュースを毎日観ているが基本的にはのんびりしている。平日に自宅にいるので普段はできないこともできるのだ。
  きょうは長男が通う中学校での合唱コンクールを見に行った。先日のオープンスクールに続いての長男の中学校訪問だ。小学校や中学校の学校行事は通常は平日に実施されるのでお父さんたちはほとんど参加できないが、今回はたまたま休みの間に学校行事があってよかった。明日も二男の小学校の授業参観だ。
  溜まっていた大学の講義のリポートも採点できたし、前から気になっていた民主党政権になってから政治や経済がどう変わるかという事についての勉強もできた。まだ予定がいくつか残っているがなかなか充実した夏休みだ。
  普段から会社の後輩たちに、働く時は思いっきり働いて、休む時はとことん休めとアドバイスしているが、自分のこととなるととことん休むことは難しい。日々ニュースをチェックすることが重要な仕事の一つである解説委員だから仕方がないが。
  まだ休み中に言うのも恥ずかしいし、私らしくないかも知れないが、正直言うとそろそろ仕事がしたくなってきた。正確に言うと、仕事がしたいというよりも、毎日のニュースの現場に戻りたいということだろうか。こんな感覚を持ったのは久し振りのことだ。特派員の時以来かも知れない。
  明日も明後日も、子どもたちの野球の試合や参観日など予定がいっぱいだ。日頃忙しくてなかなか子どもの行事に参加できないだけに夏休みは有意義だった。仕事以外のこともいっぱい吸収して、そろそろ現場に戻ることにしよう。

09年11月5日(木)「#858 MVP」

  今回は最初からニューヨークへ行く選択肢はなかったので、行かなかったことを絶対に後悔しないと確信していたが、ヤンキースのワールドシリーズ優勝が決まって松井が同い年で仲の良いジーターと抱き合って喜んでいるのを見て「行けば良かった」とチラリと思った。
  ヤンキースのピンストライプのユニフォームを着てワールドシリーズで優勝することが夢だと言って03年に渡米した松井の7年越しの夢が叶った。ここ何年かは手首の骨折や膝の痛みなど怪我に悩まされたが、くさることもなく与えられたチャンスを確実にものにして栄冠を勝ち取った。
  それにしても今日の松井は打席での構えが違っていた。テレビ中継の解説者が「雰囲気がありますね」と言っていたが、まさにその通り。野球をやっていた者にしか分からないかも知れないが、打席やマウンドに立っている選手に"雰囲気"を感じることがあるのだ。打ちそうな、好投しそうなオーラとでも言おうか。打席での構えを見て、あ、これは打つなと思うことが時々あるのだ。
  それにしても、このシリーズでの松井の活躍はたいしたものだ。今シーズンは膝の故障もあり一度も守備に着かなかったのだが、ワールドシリーズでもレフトを守ることはなかった。DH制がないナショナルリーグの本拠地での試合では代打でしか出番がなかったのに、その代打でもきっちり結果を残した。
  日本人初のワールドシリーズMVPは当然だろう。今年は契約最終年で、ヤンキースからの放出も噂されたが、これでヤンキース残留も決まったのではないか。試合後にMVP受賞のインタビューを受けた際に松井は通訳を使ったが、7年間もアメリカで活躍しているのだから最後の一言ぐらいは英語で話せばよかったのに。「I Love New York.I Love Yankees.」。

09年11月4日(水)「#857 途中経過」

  途中経過といっても松井が活躍してヤンキースが3勝2敗とフィリーズをリードしているワールドシリーズでも、ジャイアンツとファイターズが激突している日本シリーズの話でもない。私の夏休みについてである。興味のない方は読み飛ばして下さい。
  前にも書いたが、夏休みに入ってからどうも体調がすぐれない。体がだるかったり、喉が痛かったり、何となく毎日すっきりしない。きのう、二男の少年野球に参加した時だけは元気だったのだが。
  これはきっと緊張から解放された影響だと思う。自分でも知らず知らずのうちに連日の生放送への出演でプレッシャーを受けているのではないか。風邪をひいてはいけない、体調を崩してはいけないと毎日気が張っているから、休みになると途端に緊張感から解放されて気が緩むのではないかと思っている。その証拠に、少ししんどいなと思う時でも、その日に生放送があると昼前にはしゃんとしている事が多い。こんな風に感じるのは、テレビ出演の経験が浅いからだろうか。
  夏休みといっても、毎日自宅にいるので気が休まらない。朝起きると朝刊を隅から隅まで読み込む。昼になると各局のニュースが気になる。毎日ブログも書かなければいけない。ブログを送るためにパソコンを開くと、ついでに会社のメールも読んでしまう。すぐに反応しなければならないメールには返事を書く。夜になったらまたニュース番組をチェック。仕事柄仕方がないが、これでは仕事に行っているのと同じだ。
  妻が「1人で海外でも行ってきたら」と何度も勧めてくれたのは、こうなるのが分かっていたからだ。夏休みが半分終わったというのに、休み中にしようと思っていた部屋の片付けも、写真の整理も、年賀状に向けての住所録のチェックも、毎朝の息子たちとのティーバッティングも、愛犬ベルとの散歩も、何もできていないのに、こうしてブログだけは毎日しっかり書いている。あ~あ、せっかくの休みなのに。

09年11月3日(火・祝)「#856 銀メダル」

  体調を何とか整えて、今日は二男の少年野球の一日大会に終日参加した。6時起床で二男を起こすと共に、同じくきょう中学の野球部の練習試合がある長男も叩き起こした。「絶対6時に起こしてや」と言いながらなかなか起きようとしない。子供を朝起こすのには本当にエネルギーがいる。自分も子供の時に母に毎朝苦労をかけたのだろう。
  二男はきょう最低3試合が予定されていて、一方、長男も3試合が組まれている。両方とも観に行ってやりたいのだが、そういう訳にもいかない。先日は、体調を崩して約束していた二男の練習に参加できなかったので、きょうは二男の試合を観に行くことにした。ただ観に行くだけでなく、しっかりとユニフォームを着てコーチとして参加するのだ。
  昨日辺りからすっかり冬模様で寒くなった。ユニフォームの上に、松坂がルーキーシーズンだった07年レッドソックスのクラブハウスから貰ってきた選手仕様のパーカー(自慢か!と思ったあなた、その通り自慢である)を着込んで寒さに備えた。
  二男が参加した大会は8チームが参加し、2つのグループに分かれて4チームで総当りのリーグ戦をやり、それぞれのグループのトップが決勝戦を戦う一日大会の公式戦である。1試合目、2試合目は二男の出番はなかったが、チームは順調に連勝した。私もチームの試合の合間に他のチームの試合の審判を2試合務めた。今日はフル活動だ。
  そして3試合目、二男の出番が回ってきた。7番ライトで先発出場。1打席目の打席に向かう二男に一言アドバイス、「何でもええから思いっきり振って来いよ」。結果は、アドバイス通りフルスウィング3つの空振り三振だった。
  二打席目に向かう二男にまたまた一言、「思いっきり振ってもう一回三振して来い」。アドバイス通り、1球目は顔の前の高さのボール球を強振して空振り。いい感じだ。そして再びフルスウィングすると打球はセンター右へ。やった、初ヒットだと喜んだ瞬間、打球は相手チームのセンターのグラブにおさまった。いい当たりのセンターライナーだった。3試合目も勝ちチームは3連勝で決勝に進んだが、二男は2打数ノーヒットに終わった。しかし、フルスウィングが身に付いてきた二男の初ヒットは近い。
  結局、二男のチームは決勝戦で惜しくも敗れたが晴れの準優勝を勝ち取った。決勝戦で二男が打席に立つチャンスはなかったが、閉会式で首から銀メダルをかけられた二男の顔は喜びに満ちていた。やったね、銀メダル。おめでとう。

09年11月2日(月)「#855 予算委員会」

  鳩山政権になって首相の所信表明演説、それを受けての代表質問に続いて衆議院の予算委員会が始まった。与野党の論戦の主戦場である。午前も午後も予算委員会にはテレビ中継が入る。自宅のテレビで午後からの自民党による予算委員会の質問を3時間以上見てしまった。夏休み中なのに仕事になった。夏休みに旅行に出ずに自宅にいると結局こうなってしまう。
  質問者のトップバッターである自民党の大島幹事長は、ベテランらしい風格たっぷりで、予算委員会の受け答えとはこういうものですよと民主党政権の面々に教えてあげるかのようなやり取りだった。
  二番手の町村元官房長官は相変わらずの上から目線だった。大臣に対して「あなた」はないだろう。自民党総裁選の際に町村氏を古い自民党だとして、河野氏が批判したことを思い出した。
  三番手は加藤元幹事長。自民党の中でもリベラル色の強い加藤氏の質問は、政治本来のあるべき姿を問うなかなか味わい深いものだった。事前に何を聞くか質問内容を通告しておらず、その場で質問に答える各大臣をアドリブで指名していくので緊張感があり面白かった。答弁に立つ鳩山政権の閣僚も官僚が書いたメモに頼らず自分の言葉で答えていくので見ごたえがあった。
  まだ始まったばかりだが、これが脱官僚で政治主導の国会の姿なのかも知れない。政治家と政治家が向き合って、自らの信念に基づいた自分の言葉で論戦する姿が当たり前の国会になって欲しい。テレビもいいが、やはり国会に行って生の与野党の論戦を取材したい。

09年11月1日(日)「#854 夏休みの体調」

  休みになると緊張感がフッと切れるのだろうか。体調を崩すことが多いので気をつけていたのだが、夏休み3日目にして体調を崩した。昨夜、長男と一緒に愛犬ベルと散歩に行こうとしていたのだが、急にスウィッチが切れて眠気が襲い早くに寝てしまった。思えば、この辺りから体調がおかしかったのだろう。
  今日は次男の少年野球の練習と試合があったので、どんな事があっても参加しようと思っていたが、目が覚めて体の異常を感じた。目がしょぼしょぼして喉が痛く、体の節々も痛くて起き上がれない。熱はとりあえずないようなので、インフルエンザかどうかは分からない。昨夜は早くにベッドに入り11時間ほどは寝たのだが体調は最悪だ。それでも何とか起きて、二男に「昼からは行くから」と言うのが精一杯だった。
  それからすぐにベッドに戻り昼まで寝たが、体調は悪くなる一方だ。昼から少年野球に参加するかどうか迷っていたところ、雨が降ってきて昼からの練習も試合も中止になり二男は自宅に帰ってきた。神様が、今日はゆっくり休みなさないと私に言ったのだろう。昼御飯を食べて夕方までまたぐっすりと眠った。妻も体調が悪いようで寝室で眠っている。2人一緒に体調を崩してしまった。インフルエンザかも知れない。
  夜に起きた時には、昼間よりしんどかった。体がますますだるくなっている。晩御飯を食べることが出来たが、何をする気力もない。妻も相変わらずしんどそうだ。せっかくの夏休みなのに2人して病気とは。子供たち3人は元気で走り回っている。早く体調を戻して夏休みをゆっくり過ごしたい。

09年10月31日(土)「#853 男組と女組」

  我が家には長女に長男、二男の3人の子供がいる。これに私と妻を合わせて男3人、女2人の5人家族である。高校生の長女は生れた時は私によく似ていると言われたが、成長するにつれて妻に似てきた。高校生になってからは、体の大きさも妻と同じくらいなってきて親子というより仲の良い姉妹のようだ。
  中学生の長男は生れてからずっと私にそっくりだと言われ続けてきた。アメリカに住んでいる頃はアメリカ人からゼロックスと言われた。日本語で言うところのコピーである。瓜二つということだろう。
  小学生の二男は顔立ちはどちらかというと母親似かも知れない。大きくなるにつれて私に似てきたとも思う。我が家では夕食を終えても家族みながリビングに残り一緒にテレビを観たりすることが多いのだが、二男1人が寝室や自分の部屋に閉じこもって1人で遊んでいることが多い。我が家には珍しくマイペースである。
  妻と娘の2人は、娘の友達親子で集まって御飯を食べに行った。女組はたくさんで集まってお喋りしながら夕食を楽しむのだろう。息子の友達親子で集まって御飯を食べたことはないし、今後もないだろう。女組ならではである。
  のこされた男組3人で入院中の母の見舞いに行った。母は我が家に泊まりに来ていた時に足を滑らせてこけ骨折してしまった。一人暮らしの母は自宅に戻ってもこの怪我では暮らしていけないので、痛みがとれるまで暫くの間、入院することになったのだ。
  母は男組3人が顔を揃えたので、とても嬉しそうだった。特に一番下の二男が来るのを楽しみにしているようだ。長女と長男は年頃になってきたので母に対しても少し恥ずかしそうだが、まだ小学生の二男は母に対しても自然に甘えることができるのだ。
  見舞いの後、久し振りに男組3人で晩御飯を食べに行くことにした。因みに私は男組のことをボーイズクラブと呼んでいる。ラーメン、牛丼と意見が分かれたが私の希望でお好み焼きにすることにした。男3人だけで御飯を食べる時の会話はもちろん野球である。中学生の長男が野球部の試合でのプレーについて私と二男に対して細かく説明してくれた。長男が自分の試合でのプレーについてここまで熱心に話すのは初めてかも知れない。それだけ野球に力が入っているのだろう。なんだか長男がとても成長したようで嬉しかった。
  たまにはボーイズクラブで御飯に行くのもいいものだ。これがあと10年ほどしたら3人でお酒を飲むことになるのだろう。その時はどんなお酒になるのかな。私がうだうだ言うのに息子2人が付き合ってくれるのだろう。その時もきっと野球の話だろう。

春川正明

はるかわ まさあき
1961年5月5日生まれ
讀賣テレビ放送
報道局解説副委員長
ロサンゼルス特派員、
チーフプロデューサー、
報道部長を経て07年より現職。
関西学院大学非常勤講師
大阪市出身