09年10月30日(金)「#852 オープンスクール」
今日から遅い夏休みをとることになった。今年は衆院選もあり、夏休みが11月にずれこんでしまった。ドジャースがワールドシリーズに進出しヤンキース対ドジャースの対戦になっていたらアメリカに行こうかとも思っていたが、ドジャースが負けてしまったためアメリカに行くことはやめることにした。
アメリカから帰ってきて8年。ほとんど毎年のように夏休みにはアメリカに行っていたが、今年は日本にいることにした。後になって「行ったら良かった」と絶対後悔するからワールドシリーズに行った方が良いと妻は渡米を勧めてくれたが、今年はその気にならなかった。夏休みの間、何の予定もなく今年はゆっくりと過ごしたい。
中学生の長男の学校でオープンスクールが行われていたので1人でふらりと見に行くことにした。オープンスクールというのは、早い話が全校の授業参観日である。保護者に学校を開放するということで、1日だけでなく今週毎日実施されていた。月曜日から金曜日まで毎日朝の1時間目から6時間目まで、1年生から3年生の全てのクラスが開放されていて、自分の子供のクラスだけでなくどこの教室にでもいつでも自由に出入りして授業の様子を見ることができるのだ。
きのう長男に「明日オープンスクールに行くから」と告げると、予想どおり「止めてや」と嫌がった。そんなことに怯む私ではない。長男の教室に顔を出すと、長男は少し恥ずかしそうにしながら、「やっぱり来たんか」といった感じで苦笑いしていた。
長男の席は窓側の一番前。教室の後ろに張ってある長男の自己紹介文や美術の授業で作ったと思われる置物、教科書やノートが押し込んである長男のロッカーなどを素早くチェックした。自宅では窺い知ることのできない長男の学校生活が見えて興味深い。
見学したのは英語の授業だった。大学の時に教育実習で母校の高校の教壇に立ったことが懐かしい。最近は大学で教えることが多くなったが、中学生に教えるのも楽しそうだなと思った。せっかくの機会だったので、長男のクラスだけでなく、1年生から3年生まで全てのクラスを見て廻った。1年生のクラスにはまだ緊張感があって初々しかった。2年生になると少し慣れた感じでリラックスしている。3年生の教室は1,2年とはすっかり雰囲気が違っていて、体も大きくなり高校生のようだ。
長男の担任の先生とも立ち話だがお話する機会があって、学校での息子の様子を聞くことができた。最近ではようやく落ち着いてきて、勉強に対しても前向きになってきたようだ。普通の教室だけでなく、音楽教室や給食室など構内をくまなく見学した。職員室の前を通りかかった時、先生方はどんな雰囲気かたいへん興味があったのだが、さすがに中に入るのは躊躇った。
普通の授業参観よりも、校内をどこでも自由に見て廻れるオープンスクールは保護者にとってとても有意義だった。こんなことなら、朝から行ってもっと時間をかけてじっくりと色々な授業を見学すればよかった。
所用があって授業後の担任の先生との懇談には出席できなかったが、次回は先生方とも色々なお話をしてみたい。生徒の保護者としての興味もさることながら、仕事柄いまの中学校の現状を知りたいというのも正直ある。今日オープンスクールに参加してみて、現場の先生方は本当に頑張っているんだなというのがよく分かった。何事も現場を見てみるというのが大事である。
コツコツ貯めたマイレージはどうなるのだろうか。日本航空の再建についてのニュースが流れる度に気になっている。莫大な赤字を抱えて経営が苦しくなり、国土交通省の前原大臣が就任してすぐに経営再建に向けて動き出した日本航空。その日本航空が事実上政府の管理下で経営再建に取り組むことになった。
前原大臣が立ち上げたJAL再生タスクフォースが大臣に対して再建計画案を提出した。それによると、政府と民間企業が資金を出し合って立ち上げた企業再生ファンドである企業再生支援機構による再建が最もよいという結論だった。これを受けて日本航空が企業再生支援機構に対して支援を要請したのだ。
日本航空は半官半民の親方日の丸の会社から完全な民間会社になった。しかし、日本を代表するナショナル・フラッグとして国の意向に沿って赤字が明らかな路線にも就航すると共に、国土交通省などから多くの天下りを受け入れてきたと言われている。また社内に8つもある労働組合が強く、利率の高い企業年金が経営を圧迫してきたとされている。
民間会社ではあるが、国内のみならず日本と世界の国々を結ぶ数多くの路線を抱えている公共性の強い日本を代表する企業ということで国が経営再建に乗り出すことになったのだ。
企業再生支援機構が再建に乗り出すことになったことで、日本航空にお金を貸している金融機関の債権放棄なども進むのではと期待されている。政府系金融機関などがあらたに融資する際には政府保証が付くことになり、再生に向けての過程の透明性が増すと期待されている。政府が再建に関わるということは、いざという場合は公的負担があるということだ。我々の税金が使われるのだ。日本航空がなぜこうなってしまったのか、これからどうやって立て直していくのかについて、分かりやすい説明をして欲しい。
ここ最近、日本航空に乗っていると「皆様にはご心配をおかけしていますが、日本航空は再建に向けて社員一同で取り組んで参ります」といった意味の機内アナウンスを流すようになった。あれを聞く度に不安になるのは私だけだろうか。
朝の飛行機で伊丹から羽田へ。このところ寝不足気味でどうも眠い。機内で朝刊を読み込んだが、民主党特集の雑誌を読むのはあきらめ少しの間だけ眠った。
少し早く着いたので東京支社へ立ち寄りメールをチェックした後で昨日分のブログを書いた。最近はなかなか会社では時間がとれず自宅でブログを書く事が多いが、出張中でもこうして少しでも時間ができるとブログを書くようにしている。毎日休まず書き続けるには、いつでもどこでも書かなければ。
午前中はメディアの勉強会に出席した後、大急ぎで国会に向かった。衆議院本会議場に入ると既にきのうの鳩山首相の所信表明演説を受けての各党の代表質問が始まっていた。トップバッターは自民党の谷垣総裁である。
谷垣総裁は持ち前のよく通る声で、鳩山政権が掲げる政策の問題点やマニフェストの実現性などについて約30分間に亘って首相に質問を投げかけた。衆議院では民主党が300議席を超える議席があるので、谷垣総裁が民主党政権に対して厳しい批判をする度に民主党議員席から野次が飛ぶ。衆議院の自民党と民主党の勢力図が完全に逆転してしまった。
質問に答える鳩山首相はまず「マニフェストを実現する。4年経って国民がマニフェストが達成できていないと感じれば責任をとる」と決意の程を語った。首相が「人間のための経済」という言葉を述べると自民党席から大きな野次が飛んだ。
鳩山首相は基本的にはそれぞれの質問に答える形で答弁していくのだが、ところどころで自民党に対して挑発的なものの言い方をした。「埋蔵金がないと言ったのはどちらの政党なのでしょうか?」、「普天間を10年も放っておいたのはどちらの政党なのでしょうか?」、「経済成長や財政目標に関するビジョンがないと言われたが、あなた方に言われたくない」などと自民党席に向かって言う度に民主党側から割れんばかりの拍手が起き、自民党側から野次が返された。担当閣僚として答弁した菅副首相も、なかなか強気の挑発的な言い方だった。さすがケンカ上手と言われるだけのことはある。活躍の場がなく目立っていないと言われて売られたケンカはきっちり買った。本会議場で行われる代表質問と答弁は形式的になりがちで面白くない事が多いが、きょうは少しだけだが盛り上がる場面もあった。
代表質問をずっと聞いていて昼御飯を食べそびれた。午後3時半ごろに国会内の議員食堂でオムハヤシを食べた。自民党の何人かの議員が代表質問が続いているにも関わらず食堂にやってきてコーヒーを飲んだり煙草を吸ったりしていた。久しぶりの国会だったが、やはり現場での取材は楽しい。予算委員会での論戦が今から楽しみだ。
このところ大阪ではWTCが大きなニュースになっている、と言っても関西以外の方々には何のことだが分からないだろう。大阪府の橋下知事が、現在大阪城のまん前に位置する大阪府庁を大阪の湾岸部にあるWTC(ワールド・トレード・センター)に移転させるという考えをぶち上げ注目を集めているのだ。
今年春にこの府庁移転案を府議会に提出したのだがあっさりと否決された。通常の議案は過半数の賛成で成立するのだが、府庁を移転するためには3分の2以上の賛成が必要でハードルが高いのだ。しかし、そんなことでへこたれる知事ではない。府庁移転の条例案を府議会に再提出したから、議会からは議会軽視だ、知事の独裁だと批判の声が上がった。
その上、自分の選挙の時には自民、公明の支援を受けて当選した橋下知事が、先の衆院選では民主党の政策を支持した上、政令指定都市となった堺市の市長選では自分の部下だった元府幹部を全面的に支援し自民、公明が支援した現職市長を破ったことから、府議会で力を持つ自民、公明の会派の知事への反発も強まっていたのだ。
結局、府庁の移転案は徹夜の議会の調整にもかかわらず今回も過半数にも達せず否決されたのだが、何と驚くことにWTCビルを大阪府が購入するという補正予算が賛成多数で可決されたのだ。つまり、府庁のWTC移転にはノーと言った府議会が、移転先のWTCビルを購入することにはゴーサインを出したのだ。
来年の府議会選挙を控えて府民からの圧倒的な支持を得ている知事との全面衝突を避けたい府議会と、移転に向けてWTCを先行購入しいずれ近い将来に移転を実現させたい知事の思惑とが一致した政治的妥協の産物である。いわゆる政治の"落としどころ"というものである。
行政のトップとしてのみならず、政治家としての力量も評価される橋下知事の粘り勝ちといったところではないか。もともとは現在の府庁舎の耐震度が不十分で、莫大な予算をかけて建て替えか耐震補強が必要であることから始まったWTC移転問題である。府庁を湾岸部に移転させて大阪市や関西財界とも協力してベイエリアを活性化させ将来の関西州の中心にするという知事の構想には賛成である。目の前のことで精一杯な政治家が多い中、将来の世代のためにビジョンを語る知事を評価したい。
ただ、何事も分かりやすいことが身上だった橋下知事なのに、移転はしないがビルは購入するという結果は府民にとっては分かりにくい。WTCビルの耐震性など非常時の防災面の問題点を指摘する声が大きいが、これと合わせて、WTCビルを今後どの様に活用していくのかということについて、分かりやすい府民への説明が必要ではないか。
大赤字で破綻したWTCビルを購入してもらって、もともと建設の主人公であった大阪市が一番ホッとしているだろう。府市連携の象徴ということだけでなく、この際、大阪府と大阪市の統合も具体的に検討してはどうだろうか。中ノ島という超一等地に建つ大阪市役所も高く売れると思うのだが。
歴史的な政権交代が実現し、この国のリーダーとなった鳩山首相の国会での初めての演説である所信表明演説が行われたが、ビッグニュースにかき消されてしまった。覚せい剤取締法違反の罪に問われた酒井法子被告の初公判と重なったのだ。
自分が出演している番組でも延々と放送したので私が言う資格はないが、それにしても酒井被告の初公判のニュースについては騒ぎすぎではないか。元国民的アイドルで女優としても成功を収めていた人物が覚せい剤に手を染めていたという衝撃的なニュースではあるが、テレビ各社が競うように生中継するほどの重要なニュースなのだろうか。夜の民放のニュースではさすがに鳩山首相の所信表明演説がトップニュースになっていたので少しほっとした。
初公判での酒井被告は、皮肉でも何でもなく、薬物に手を出してしまった被告の裁判での対応としては教科書的な理想的なものではなかったかと思う。更生に向けて夫との離婚も考え、薬物に苦しんでいる人を薬から引き離すことが今後の自分の役割だと語り、人のため社会のためになる介護の勉強を目指し、子供に恥ずかしくない母親になりたいと法廷で述べた。もちろん事前に弁護士と入念に打ち合わせたのだろうが、ここまでしっかりと裁判の場で話せるものではない。さすがに女優だと思った。
いかんいかん、薬物裁判について詳しく書くつもりはなく、今日のテーマは鳩山首相の所信表明演説であった。
番組に出演中だったので、午後2時から行われた演説を生で聴くことはできなかった。できれば国会に取材に行ってその場で演説を聴きたかった。夜に自宅で録画した演説の全てを聴いたが、鳩山首相らしく自分の言葉で話していたのは良かったと思う。従来の自民党の首相は、各省庁が書いてきた各分野の演説部分(これを短冊と呼ぶ)を繋ぎ合わせたいかにも官僚の作文という所信表明演説が多かった。
鳩山首相の演説で特に印象に残ったのは、"「人間のための経済」への転換"という部分だ。「経済合理性や経済成長率に偏った評価軸で経済を捉えるのをやめ、国民の暮らしの豊かさに力点を置いた経済、そして社会へ転換させなければならない」という部分が心に残った。私も全くその通りだと思う。鳩山民主党が先の衆院選で勝利し、その夜の鳩山代表の記者会見で私が質問した内容は、まさにこのことについてであった。これからの日本は今までのように経済成長を追い求め世界でトップクラスの経済大国であることを求め続けるのか、それとも国民1人1人が幸せだと実感できるような国を目指すのかと鳩山代表に質問したのだった。
演説の内容は鳩山首相らしくて良かったが、演説全体が少々長かった。演説は52分間に及び、最近では最も長い所信表明演説であった。理念やビジョンは素晴らしい点が多かったが、もう少し具体的な話があってもよかったかなとも思った。
それにしても、大臣が座るひな壇に民主党議員がずらりと並ぶのを見て、政権が変わったんだなということをあらためて実感した。また、自民党議員の席で歴代の首相らが白けたような感じで鳩山首相の演説を聴く姿もとても印象的だった。世の中が大きく変わりつつあるということを感じさせられた所信表明演説であった。
今日は二男の少年野球の練習に行こうと思っていた。しかし、朝起きられず。先週は長男がインフルエンザにかかり私もどうも体調が悪く、まだ疲れがとれていないようだ。それでも朝のうちには起きることができ、たまったブログを書き、大学での講義のリポートを採点した。
まだ大学のリポートは残っていたが昼から野球の練習に参加しようと思っていた。昼食も済ませてユニフォームに着替えようとしたところで考え直した。リポートの採点もまだ残っている。ブログもまだ書かなければならない。それに加えて、二週間ほど前に入院した母の見舞いに行かなければならない。今日一日のスケジュールを考えると、野球の練習に参加する余裕はない。仕方がないので午後からの試合だけ観戦しに行くことにした。
今日も遠征試合だったので、子供たちはお父さんたちの車に分乗して試合会場へと向かう。このところ練習はもちろん、遠征試合にもついて行けていないので他のお父さん方のお世話になってばかりだ。参加できずに申し訳ないと思っている。
先日、チームのお父さんコーチの会合があり、あるお父さんから貴重なアドバイスをいただいた。うちの二男は気分のムラが大きく(全くその通りである)、私が練習に参加している時はとても気合が入っているので、もっと練習に参加してあげてください、ということだった。有難い気持ちと、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。それだけに今日の練習には参加しようと思ったのだが、結果的には参加できなかった、というよりしなかった。
そのお父さんコーチの会合で、もうひとつ心に残る話があった。何人かのお父さんが、自分の息子にやる気を起こさせる為にヒットやホームランを打ったら、子供たちに大人気のカードゲームのカードを買ってあげると約束しているということだった。その話を聞いて私は二男に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
実は、まだ今季ヒットを打っていない二男と初ヒットを打ったら何か買ってあげると約束しているのだ。二男が買って欲しいものが、まさにそのカードゲームのカードなのだ。二男の友人でもあるチームメイト達は毎試合フル出場してヒットを打っているのでお父さんにカードを買ってもらっているのだろう。それに対し二男はこのところほとんど試合に出ず打席に立つこともないのでヒットを打っていない。最近、二男がカードを買って欲しいといつにも増して言ってくると感じていた。ひょっとしたら、学校の同級生で友人でもあるチームメイトたちが毎試合ヒットを打ってカードを買ってもらっているのを羨ましく思っていたのかも知れない。そう思うと、試合に出る機会がほとんどない二男と結果的にはつらい約束をしてしまったと後悔したのだ。
今日も途中から試合だけ観に行ったのだが、二男は最後の守備に1イニングだけついただけで打席は回ってこなかった。試合後にすぐ母の見舞いに行き、その帰りに二男のためにカードを買いに行った。売り切れで手に入らなかったが、二男にはカードを買ってやることにした。家に帰ってきた二男に空気を読めない私は「試合に出られなかっても、くさったらあかんぞ」と声を掛けた。すると二男は明るい声で「くさってなんかないよ」と返してきた。
夕食の時にテレビで、甲子園で活躍した花巻東高校の菊池投手が日本のプロ野球へ進むことを決めたというニュースが流れた。それを観た二男は「自分もプロ野球かな」とポツリと言った。すかさず私が「メジャー行くのちゃうの?」と聞くと、二男は「日本のプロ野球がいい」と答えた。なかなか試合に出られなくても野球は大好きなようである。頑張れ二男よ、お父さんは来週から可能な限りユニフォームを着ることにする。
とても嫌な言葉である。"シカト"というのは、無視する、特に集団で1人を無視するということを意味し、学校などでのいじめの際に使われる言葉のようである。
その言葉の由来を調べるととても興味深い。花札の10月の札の絵柄が横を向いた鹿なので、そこから"シカ(鹿)ト(10)"になったということだ。
自分の至らなさが原因なのだろうが、最近無視されているなと思うことが時々ある。無視する方は何らかの理由があるのだろうが、それにしても無視を続けるという事には相当のエネルギーがいると思うのだが、どうなのだろうか。
ところで、一般的にいうと組織内での権力の源泉は人事権とお金だと言われる。人をどう動かしてどこに配置するかという人事は誰にとっても興味、関心のあるところだ。それを左右するのだから、人事権を持っている人に愛想よくするのは理解できる。正直言って私でもそうする。一方、予算など使えるお金を握っている人が力を持っているのも当然で、その人から嫌われたくないというのも人情だろう。
しかし、組織の中での役割というものが変わることもある。人事権もお金の決定権も握っていた人が、それを持たなくなるようになることもある。その時に相手の態度がコロッと変わるのを見ることほど寂しいことはない。相手はその人の人格に敬意を表していたのではなくて、その人が持つ組織内での力を見ていたということなのだろう。それだけ、その人に人間的な魅力がなかったということかも知れないが。
ところで、私が人を無視することはないのかと問われると、絶対にないという自信はない。昔は、全ての人から好かれたいという思いもあり、誰に対しても愛想良くしようと思っていた時期もあった(これに対しては、昔からずっと無愛想だったという反論もあるだろうが)。しかし、最近では全ての人から好かれるということなどある訳がなく、私に対して明らかに良くない感情を持っている人、私自身が裏切られたと思う人には愛想をしなくなったし、こちらから声をかけないことで私から無視されていると感じている人もいるのではないかと思う。
こう考えてみると、私が誰かから無視されるのも仕方がないことかも知れない。こちらが良く思っていない感情というものは必ず相手に伝わるという話を聞いたことがある。私もそう思う。そう思うが、なかなか変えられない。自分自身の未熟さを感じる。
その昔、裁判や検察を担当する司法記者をやっていたが、それにしても珍しい体験だった。裁判所で行われている実際の刑事裁判の内容が裁判所前からの生中継により同時進行でスタジオに伝えられ、その内容についてスタジオでこれまた同時進行でコメントしていくというのは初めての経験だった。
俳優の押尾学被告が合成麻薬MDMAを使用したとして麻薬取締法違反の罪に問われた裁判の初公判が東京地裁で開かれた。この問題を巡っては、被告が麻薬を使用した際にマンションの同じ部屋に居て一緒に麻薬を使用したとされる女性が死亡しており、保護責任者遺棄、又は保護責任者遺棄致死の罪にも問われるかどうかが注目されている。
芸能人が薬物を使用したとされる事件の裁判なので、芸能ジャーナリズムとしては大ニュースなので民放テレビやスポーツ新聞、週刊誌などでは大きな扱いだ。これに対して新聞各紙やNHKではきわめて小さなニュースだ。事件としては単純な薬物事犯であり、被告も社会的にはそれ程の著名人ではないということだろう。
初公判の開廷時間が午後1時30分であり、午後2時前から始まる「ミヤネ屋」にとってはタイミング的にちょうど良い時間帯である。裁判では最初に、出廷している被告が本人であることが間違いでないかどうかを確かめる「人定質問」が行われ、罪に問われている内容を検察が明らかにする「起訴状朗読」、被告は自分に不利になるような証言を強制されず証言しない権利があることを裁判官が被告に告げる「黙秘権の告知」、被告が起訴状の内容について認めるか認めないかなどの主張を述べる「罪状認否」と続いていく。
社会的に大きな注目を集める裁判では、法廷に入ってきた被告の様子、罪状認否で何を語ったかなどもニュースになるので、傍聴席に用意された記者席に座る司法記者が節目で入れ替わり、法廷から出てきた記者が裁判所の外に据え付けられたカメラの前まで走ってきて生中継で随時伝えていくのだ。大きな裁判で、判決の際に記者が走り出してきて判決内容を伝えるのを観た方も多いだろう。
社会的に大きく注目される裁判では時々とられる手法だが、芸能人の裁判では珍しいのではないか。押尾被告だけでなく、覚せい剤に関する罪に問われている酒井法子被告とその夫の裁判も相次いでいる。芸能人を巡る一連の薬物裁判ということで注目されていることもあり扱いが大きくなっているのだろう。
次々と法廷内での証言を生中継でリポートする記者の報告を基にスタジオでトークする訳だが、司法記者を経験した者にとっては、自分が実際に法廷に入り実際に見聞きしたことをリポートするということに慣れているので、何となく違和感があった。実際に法廷に入っている訳でもなく、担当記者が法廷内についてリポートするのを聞き、裁判所の前には法律の専門家である弁護士の方もおり、それらの内容を受けてスタジオでコメントするというのは初めての経験だったので難しかった。
来週月曜日には、酒井法子被告の初公判が「ミヤネ屋」の時間帯に開かれる。押尾被告の裁判と比べて更に注目されているので、現場取材もスタジオでのトークもより熱を帯びることになるのだろう。
いつまでも自分は若いと思っている。しかし、そう思っている時点で既に歳をとっているのかも知れない。若いと思っている理由の一つは、実際は落ちてきているにもかかわらず、いつまでも大学の体育会で育ったので自分自身に体力があると思っていること。
次に、仕事柄、自分の年齢を意識させられることなく、若い人たちと一緒に番組を作っていること。それに、解説委員の世界はベテランの年配の方が多いので、解説委員の集まりや勉強会に出席するとほとんど最年少であることなどが考えられる。
自分の精神年齢がほぼ30代半ばで止まっていることから、30代の人と話しているとついつい同年代だと思い込んでしまう。番組の打ち合わせの際に、先日亡くなった歌手の曲の思い出になり世代の話になった。その時、私は共演者の方と同世代のつもりで話していたがどうも話が噛み合わない。30代の方々と思い出の曲や番組が同じである訳がないのだが、一緒に番組に出させていただいていると、ついつい同世代だと勘違いしてしまうのだ。
先日も、企業の経営者の方々が集まる異業種交流会に誘われて参加したのだが、行ってみて驚いた。50人ほどの方が参加していたが、ほとんどの方(いや、全ての方かも知れない)が私より若かった。自分で立ち上げた企業の経営者が多かったので皆さんお若いのである。自分が40代後半なのだから、皆さん年下なのは仕方がないのだが、正直言って少しばかりショックだった。
思えば、自分が会社に入った時、40代後半というのは超ベテランであり、立派なオジサンだった。どう見たって若者ではない。たぶん私は50になっても60になっても自分は若いと思い続けるのだろう。
そのためには、運動不足を解消して最近細くなり始めた筋肉を何とかしなければならない。スクワットでもするかな。腹筋、背筋かな。まずは愛犬ベルとの散歩から。
09年10月21日(水)「#843 郵政社長人事」
ニュース速報でそのことを知った時は、何かの間違いではないかと思ったほど意外な人事だった。日本郵政の次期社長に、元大蔵事務次官で現在、東京金融取引所の社長である斎藤次郎氏が内定した。政権交代後の民主、国民、社民の連立政権の三党合意の中で郵政民営化の抜本的見直しが決まり、鳩山首相も亀井郵政担当相、原口総務相も日本郵政の西川社長の交代を明言していた。
いくら政府が100%株を保有しているといっても民間会社の人事に口を挟むことについて財界は反発しており、後任社長を財界から選ぶのは難航するのではないかと見られていた。脱官僚を旗頭にし、天下りの根絶を強く主張している民主党政権が、まさか日本郵政の次期社長に大物官僚OBを選ぶとは予想できなかった。
鳩山首相や亀井大臣が言うように、いくら官僚OBであっても能力がある人は使うべきだという主張は全くその通りではあるが、野党時代の民主党が日本銀行の総裁や副総裁人事で、財務省OBであることなどを理由にして同意しなかったこととの整合性はどうなるのだろうか。ましてや、日本郵政の西川社長は当時の小泉首相や竹中大臣のたっての希望で就任させた郵政民営化の象徴的な人事である。これをひっくり返して民間経営者から大物官僚OBにすげ替えるということであれば、"官から民へ"の象徴である郵政民営化が"民から官へ"戻るのではないかと懸念する声があがるのは当然である。
また斎藤氏が細川内閣の時に当時の新生党代表幹事だった小沢氏と組んで国民福祉税構想をぶち上げたとされる10年に1人の大物事務次官と呼ばれ、小沢氏と近い人物であることも、今回の人事にある思惑も感じさせる。小沢幹事長に配慮した人事ではないかという声も上がっている。
そして、何より気になるのは、担当大臣であることを強調して就任当初から強気の姿勢を貫き、今回の人事も独断で決めた亀井大臣のやり方である。鳩山首相も今回の人事を亀井大臣から初めて聞かされた時に「驚きを感じ、元官僚ではないかと議論した」と正直にその胸の内を語っている。郵政民営化を党是とする国民新党の亀井代表を郵政担当大臣に任命した時点でこの流れはほとんど決まっていたのだろうが、参議院で単独で過半数を持っていないから仕方がないとはいえ、国民新党に引きずられ過ぎではないかと思う。
民主党がマニフェストで約束した他の主要政策でも共通することではあるが、自公政権で続けられたやり方を中止して抜本的に見直すことは理解できるとしても、その先にどういうビジョンを持っていて具体的な新たな枠組みややり方はどうするのかという点が見えない政策が多いのではないか。
現在の4分社化という形態と株式売却を根本的に見直すのであれば、いつまでにどの様な形で郵政全体を見直すのかという具体的な提案を早急に国民に示す必要があるのではないか。とりあえず止める、見直すという民主党のやり方が通じるのは年内いっぱいではないか。その次にどうしていくのかという具体的な構想を国民に説明することが求められている。
先の衆院選の際に民主党が配ったマニフェスト(政権公約)の無駄遣いの項目の最初に「川辺川ダム、八ツ場(やんば)ダムは中止。時代に合わない国の大型直轄事業は全面的に見直す。」と書かれている。八ツ場ダムの建設中止は、"コンクリートから人へ"を掲げる民主党政権の象徴的な政策なのだ。
前原国土交通相は、就任後すぐにメディアの質問に答える形で八ツ場ダムの建設中止を表明した。常識的に考えると、現場に視察に行った上で反対派、賛成派双方の意見を聞き、関連する自治体のトップからも話を聞いて決断するのではと思っていたが、何事も直線的で相談せずに決める前原大臣らしいやり方で中止を明言した。
これに対し、ダム建設のために既に移住を余儀なくされた地元からは反発の声が上がり前原大臣が地元に視察に行った際にも話し合いに応じなかった。また、東京や千葉など関連する1都5県の知事が現地を視察し、建設中止に反対する共同声明を出した。それによると、治水、利水の面でダムは必要であり、中止の理由と代替案を早急に説明するよう求めている。
50年以上前に計画が立ち上がった八ツ場ダムは、既に総事業費4600億円のうち3200億円が使われている。そのうち1都5県の周辺自治体が約2000億円を負担しており、関係自治体は、今から中止しても建設を続けるより費用がかかると言っている。
国の方針によって振り回される地元住民の方々の心情は理解できるが、マニフェストで建設中止を掲げて選挙に勝った民主党政権になったのだから中止は止むを得ないのではないかと思う。前原大臣ももう少し丁寧なやり方が出来たのではないかとも思うが、事前に根回ししたこところで結論は変わらない。スパッと決断するやり方は、前原大臣しか出来なかっただろう。先日直接お話する機会があった民主党政権のある現職閣僚も、「結論は正しいと思うがもう少しやり方があったのでは。前原さんらしいが」と語っていた。
建設中止は揺るがないだろうから、自治体にはお金を返却し、住民には生活支援をすると共に、なぜ中止するのかという科学的な根拠を丁寧に説明する必要があると思う。
キャラがたっている、キャラと違うなどという言い方をする"キャラ"。キャラクターの短縮形なので日本語でいう個性という意味だろう。キャラがたっているというのは個性が際立っている、キャラと違うというのは思っていた個性とは違っている、似合っていないといった意味だろうか。
解説委員という立場ではキャラということは考えない。個性を売りにするつもりもないし、そもそも自分に出演者としての個性があるとも思えないからだ。会社の看板を背負って番組でコメントする訳だから、過激なことは言えないし、自分の思ったままをそのまま話すことも少ない。
番組では賛否が分かれるような話題については、他のコメンテーターの方々の発言も含めて一方的な展開にならないようにバランスを考えている。特に政治的な問題については、政治的公平ということを気にしている。コメンテーターの方が極端な意見を言った場合には、反対の立場からコメントをする場合もある。スタジオ内で常にバランスを考えていると外部の人に話すと驚かれることが多いのだが、解説委員の一つの役割だと考えている。
もちろん話題によっては、自分の感じたまま個人的な意見を言うこともある。その場合は、「個人的な意見ですが」と前置きして話すことが多い。できるだけ過激なものの言い方をしないように心がけている。
テレビに出演する時は以上のようなことを考えながらコメントしているのだが、番組によって私の"キャラ"が少し違っているのではと思うこともある。具体的にいうと、「ミヤネ屋」ではニュースのポイントを解説すると共に全体のバランスをとることを重視している。これに対し「ten」ではニュースの解説という立場は同じだが、社会の不条理や不正義に対して厳しく批判していることが多いような気がする。いわゆる"怒りキャラ"である。上から目線の傲慢な態度にならないように心がけているが。
なぜ2つの番組で少し"キャラ"が違っているのだろうか。それぞれの番組のスタッフから具体的なキャラを求められている訳ではない。しかし、番組のテイストやスタジオでの雰囲気、共演しているコメンテーターの方々との関連性、司会者とのやりとりなどから、自分自身で微妙にキャラを変えているのかも知れない。自分でもよく分からない。全国ネットに比べて大阪ローカルの番組ではより本音でコメントしているということもあるかも知れない。
いずれにしても、自分で自分自身のキャラを作り上げようという思いはない。テレビの生放送でのコメントということで発言にはとても気をつかうが、これまでに身につけてきた自分自身の価値観を基に瞬時に判断するしかない。その上で"無難でなく"やれたらなと思っている。
09年10月18日(日)「#840 インフルエンザ」
ついにインフルエンザが身近なところにまでやってきた。我が家の3人の子供のうちの1人がインフルエンザにかかった。長女、長男、二男のうちの誰がかかったかを書こうかと思ったが、子供たちからそこまで書かないでと言われたので詳しくは書かないことにする。
子供たちの各学校でもインフルエンザによる学級閉鎖が増えている。うちの子供の場合も学校からインフルエンザのウイルスをもらってきたようだ。クラスでインフルエンザにかかった同級生が増えてきたと言っていたところ、学校へ行ったら37度台の熱が出て早退してきた。そして夕方までに熱はあっという間に39度台にまで上がった。事前に電話した上で自宅近くの病院に行きリレンザを処方してもらった。簡易検査でA型インフルエンザと分かりその先の新型かどうかの詳しい検査はしないのだが、いま簡易検査でA型と判定されればほぼ新型に間違いないということだ。
一晩経つと平熱に戻った。熱が高い時はぐったりしていたようだが、熱が下がってしっかり食べてぐっすり眠ることで順調に回復している。
子供がインフルエンザにかかったと聞いて、私も何だか体がだるく目がしょぼしょぼするような気がしてきた。このところ忙しく寝不足が続いているのでそのせいだと思うが、既にインフルエンザにかかっている可能性もある。
自宅でずっと一緒に過ごしている他の子供は今のところ元気だが、親よりも子供同士のほうが濃厚に接触しているので、今後インフルエンザにかかっていることが分かるかも知れない。
私も既にウイルスが体内に入っているかも知れない。今週もほぼ毎日番組出演が続くので休めない。しかし、インフルエンザにかかってしまったら共演者やスタッフなど周りの人に迷惑がかかるので出社できないことになる。しっかり栄養と休養をとって体調管理に務めなければならない。
夜になって妻も発熱した。ただの風邪かも知れないが、インフルエンザの可能性もある。家族に次々と感染するのか。今週は番組出演以外にも大学の講義や東京での会合などスケジュールがぎっしり詰まっているので体調を崩す訳にはいかない。
大学の野球部での後輩を集めてのミーティングで、後輩の態度があまりにだらしない時に私はよく"言語道断"という言葉を使った。おかげで、「春川の四字熟語」と同期にからかわれたものだ。私が言語道断という言葉を使う時は、その行為が信じられないほどひどい、コメントするに値しないほどあきれている、といった気持ちを伝えたい時だ。
まさしくJR西日本の一連の問題は言語道断である。JR福知山線の脱線衝突事故に関する国土交通省の航空・鉄道事故調査委員会の報告書の内容を、JR西日本が事前に入手したり、国鉄OBの調査委員会の委員に接触してJR西日本に有利な報告書になるように依頼したりしたことが明らかになり大問題になった。
この問題についてはtenでも厳しい批判のコメントをしたし、このブログでも問題点を指摘した。2年以上毎日ブログを書いているが、同じ問題について二度書くことはほとんどない。それだけ、この問題が深刻だということだ。
その後も次々とJR西日本の不正な対応が明らかになってくる。福知山線の事故とよく似たケースとして問題となっていた他の事故に関する資料や、社内の会議についての資料を兵庫県警や神戸地検に提出しなかった。事故調査委員会の意見聴取会で発言する公述人になるよう有識者らに働きかけると共に、依頼したものの結局は公述人にならなかった国鉄OBに対し謝礼として現金を渡していたことも分かった。
そして、きょう事故で亡くなった人の遺族や負傷者らに対してのJR西日本による説明とお詫びの会が開かれ、そこでまた新たな事実が明らかにされた。事故に関して兵庫県警や神戸地検に事情聴取されたJR西日本の社員から会社が聞き取り調査をして、その内容を今後捜査当局から事情聴取される予定の社員に見せていたのだ。これでは口裏合わせと言われても仕方がない。
いったい、何という企業なのだろうか。遺族や負傷者への不誠実な態度、情報の隠蔽と不正な働きかけ、捜査に対する口裏合わせ、と次々と問題点が露になるが、どれもその根っこは同じような気がする。そういう企業体質なのだろう。安全で安心な公共交通を担う企業とは思えないひどさだ。
最初に問題が明らかになった時に、「まだまだ何か問題が出てくるのではないか」と番組でコメントしたが、これだけでは終わらないのではないか。これほど国民の信頼を裏切り続ける企業も珍しいのではないか。
私は今でもJR西日本の電車に乗る時は、先頭車両には乗らないようにしている。実際に事故現場で見た事故の悲惨さが忘れられないということもあるが、JR西日本という企業への基本的な不信感がそうさせているのかも知れない。
先日、大阪府の橋下知事が、府の職員に出したメールの返事として職員から送られてきたメールの内容や言葉遣いに激怒するという出来事があった。売り言葉に買い言葉という面もあったようだが他人事ではない。メールは難しい。
この仕事を始めた時はメールという便利なものがなかったので、社員同士や仕事上の連絡はどうしていたのだろうか。携帯電話もなかったので、加入電話で電話するかFAXを送るしかなかったのだろう。よほどの用件でない限り、葉書や手紙を書くことはなかった。
メールが出来て仕事上もプライベートも連絡が飛躍的に便利になった。海外の場合は時差を気にしなくてもいいし、国内でも相手が今何をしているのか、忙しいのかどうかも気にしなくていいようになった。複数の人に同時に同じ内容を連絡して情報を共有することも可能になったのも便利である。
そして携帯電話のメールができて、プライベートで連絡を取り合うのも簡単になった。今でもよく覚えているが、海外特派員をやっていた時に日本の友人から「いま携帯電話からこのメールを送っています。信じられる?」というメールがパソコンに来たときは、何がどうなっているのかよく理解できなかった。それほど技術の進歩は早い。
最近では、プライベートだけでなく仕事上でも携帯メールのアドレスを教えて欲しいと言われることもある。仕事に関する会社からの一斉メールや携帯メールでのニュース速報は普通に利用しているが、携帯メールによる仕事相手とのメール交換はまだ少し抵抗がある。どこまでも仕事が追いかけて来るような気がするのだが、時代遅れだろうか。
冒頭に書いた大阪府の例にもあるように、メールのやり取りではお互いついつい言い過ぎてしまうことも時々ある。後でメールで打った文章を読み返してみて、実際に会って話をするならこんな言い方はしないだろうなと反省することもある。
仕事でもプライベートでもいただいたメールには可能な限りすぐに返信することにしているので、いつまでも相手から返ってこない時は、何かこちらに問題があって相手が気分を害したのかなと心配になることもある。
事務的な連絡事項や複数での情報共有にはもってこいだが、ちょっとした感情に触れるような微妙なやり取りでメールを利用する場合は細心の注意が必要だ。そして、何度かやりとりした場合、どこでやりとりを止めるかも時々迷ってしまう。特に相手が年長者やお世話になっている人の場合は、相手からのメールで終わる訳にはいかないと思っているので、御礼のメールに対してまたこちらが御礼のメールを出して、またまた相手からメールが来るという場合もある。
メールはツールなので、肝心なのは内容なのだが、手軽になった分ついつい筆がすべることがある。気をつけようと思いながらも相手に嫌な思いをさせていることもあるかも知れない。メールだけに限った事ではなく、実際に話した時の私の態度や言葉で相手に嫌な思いをさせていることもあるかも知れない。謙虚さを大切にしたい。
私たちジャーナリストにとって目線はとても大事である。物事をどこから見るか。どの立場から見ればどう見えるか。目線によって見え方が違ってくる。どの目線で見ればいいのかということは教えることができないのだ。自分自身で身に着けるかしかない。
もう一つの目線。これも誠に難しい。生放送のスタジオでコメントする際にどこを見て話すかという、文字通りの目線だ。何度も出演しながら実際に数えたことはないが、ミヤネ屋でもtenでもスタジオには5台ほどのカメラが並んでいる。それぞれのカメラのレンズの上の部分にタリーというランプがついていて、そのカメラの映像が放送されている時はタリーが赤く光るのだ。それによって、今自分を映しているのはどのカメラなのかを知ることができるのだ。
記者をやっていた時は、生中継でもVTRリポートでもカメラは基本的には1台なので、話す時はカメラのレンズを見て話す。そのレンズを見る際にも、実際はレンズの少し下あたりを見て話すように教えられた。
スタジオでの生放送ではカメラが何台もあるので、私の場合は基本的には私に質問してくれる司会者の方を見て話す。その際、どのカメラにタリーが点いているか、即ちどのカメラが私を映しているかを気にすることはないし、またその余裕もないことが多い。基本的にはそれでいいと思うのだが、コメントしている際に意識してチラッとタリーの点いているカメラを見るカメラ目線で話すと説得力が増すとアドバイスしてくれる人もいる。しかし、これが出来ないのだ。カメラ目線というのがどうも苦手だ。
一緒に出演させていただいているタレントの方々はさすがに慣れていて、ここぞという時はしっかりとカメラを意識してカメラ目線で話すのだ。さすがだ。
tenでは通常、私から見て左側にいるメインの司会者の方を見てコメントするのだが、今日の放送で私から見て右側で視聴者の声を紹介するアナウンサーから質問された時は何処を見て話せばいいのか正直迷った。いつもの癖で最初は左側にいるメイン司会者を見たのだが、すぐにおかしいと思い直し、右側の質問してきたアナウンサーの方を向いた。しかし、そのアナウンサーは私の方を向いている訳ではなく、目の前のカメラを見て私に質問している。
どうすれば良かったのかと思い、長年キャスターをやってきたプロデューサーにアドバイスを求めたところ、この場合は私を映しているカメラに向かってカメラ目線で話すのが良いのではということだった。同じパターンの質問が番組後半でもう一度あったので、その際はアドバイスどおりカメラ目線で話したが、何かとても違和感があった。また、今日のミヤネ屋でもカメラ目線で「ごめんなさい」とコメントする場面があった。今までほとんどやったことがないカメラ目線で話すのを一日で二度も体験した。
どの目線で取材し、どの目線でコメントするのかというのと同じぐらい、私にとっては生放送のスタジオでどの目線で話すかということは難しいのだ。解説委員を2年もやっていて今さらこんな事を言っているようでは話にならない。
宿命のライバル。早稲田と慶応、関大と関学、同志社と立命。対戦する選手たちもファンも盛り上がる。私も学生時代には関学戦には特別な思い入れがあった。リーグ戦の関学戦の時、レフトを守りながらスタンドから母校や相手校の応援団による学歌や応援歌を聴いていると大学で野球をやってよかったと心から思った。
大学生活最後のリーグ戦となる4回生の秋のリーグ戦の最終戦も関学戦だった。1勝1敗で迎えた第3戦の9回裏。1点差で負けていた。代打の1年下の後輩がヒットを打ち私がホームインして同点になったのに続いて同期のエースピッチャーもホームインしてサヨナラ勝ち。優勝こそ逃したが、2位でリーグ戦を終えることができた。試合後の歓喜の中、スタンド前に整列して観客と共に歌った学歌に心も体も痺れたのを今も忘れられない。
プロ野球の伝統の一戦といえば巨人と阪神。川上に藤村、長嶋に村山、王に江夏、江川に掛布と数々の宿命のライバルによる名勝負を生んだ。伝統の一戦の良さは理屈ではないのだ。強ければいいというものではなく、タイガースとジャイアンツでなければならないのだ。因みに私の名前の正明は、熱狂的なタイガースファンだった父が、往年の名投手の小山正明さんに因んで名付けたものだ。
そしてメジャーリーグ。伝統の一戦といえばやはりヤンキースとレッドソックス。これこそ宿命のライバルである。日本人としても松井と松坂がいるので応援にも力が入る。そしてもう一つの伝統の一戦といえばやはりヤンキースとドジャース。ロサンゼルスに本拠地を移すまで、ドジャースもニューヨークのブルックリンにあり、ヤンキースとドジャースによるワールドシリーズはおおいに盛り上がったのだ。
そのヤンキースとドジャースが今年のメジャーのポストシーズンで好調なのだ。どちらも地区優勝し、ディビジョンシリーズでは両チームとも3-0のスウィープで相手を下しリーグチャンピオンシップに駒を進めた。両チームともこのまま勝ち進めば1981年以来28年ぶりにヤンキースとドジャースがワールドシリーズで激突することになる。
ワールドシリーズはいよいよ今月末から始まる。その日程を確認して驚いた。なんと私の夏休みのスケジュールとぴったりあっている。誤解なきように言っておくが全くの偶然である。私もあまりの偶然に驚いた。これはひょっとして、ヤンキースとドジャースが私を呼んでいるのだろうか。
「日本にハブ空港は存在しない」という前原国土交通相の発言は衝撃的だった。単なる航空関係者の言葉ではなく航空行政を所管する担当大臣の発言だけに重い。東の成田空港、西の関西空港を世界に誇るハブ空港に育て上げようとしてきたにも関わらず実現していない。現実は厳しいのだ。
ハブ空港というのは、国際線と国内線の多くの航空路線を集中させることで国内外の路線の乗換えを便利にして人とモノの流れを集中させる国の核となる空港である。日本でハブ空港が整備されていないため、日本の地方に住む人が欧米などに行く場合に、いったん韓国のハブ空港である仁川(インチョン)空港に飛んでからそこで乗り換えて欧米線に乗り継ぐというケースも増えている。
国土交通省が担当している日本の航空行政では、成田空港は国際線、羽田空港は国内線という「内際分離」という政策をとってきた。しかし、成田は都心から遠く不便で騒音問題などから便数もなかなか増やすことができない。これに対し、首都にある空港としては世界的に見ても極めて便利な立地である羽田空港は第4滑走路も整備されて発着便数も増加するのに国内線中心に運営されてきた。
一方で第2滑走路も完成した24時間空港の関西空港は、大阪の市街地からの遠さや伊丹空港との住み分け問題、着陸料の高さなどから旅客数が増えず便数も減ってハブ空港にはほど遠い現状だ。鳴り物入りでオープンした中部国際空港もこのところ話題にのぼらなくなった。
韓国のインチョン空港やシンガポールのチャンギ空港がアジアのハブ空港を目指して国上げての整備を進めており、日本もこれに負けないように成田や関空などをハブ空港に育て上げるべきだという議論はもう10年以上前からずっと続けられてきた。
採算を度外視して赤字の地方空港を作り続けてきたことといい、ハブ空港に関する戦略性のなさといい、この国の航空行政はどうなっているのか、というより日本にそもそも航空行政はあったのだろうかとさえ思ってしまう。
現状を考えれば、羽田空港を日本のハブ空港として集中的に整備することが現実的な選択だと思う。そして関西空港も日本のもう一つのハブ空港として整備する選択もあるのではないか。24時間空港の強みを生かして金曜日の夜遅くに関空を出てアジア各国へ向かい、日曜日の夕方から夜にかけて関空に帰ってくるというようなフライを増やして、関空から大阪、京都、神戸へと深夜でも帰宅できる鉄道ダイヤも合わせて整備すれば旅客数も増えるのではないだろうか。
それにしても、そもそも関西空港を造る時に神戸沖にしておけば今頃は日本を代表するハブ空港になっていたかも知れないと思うのだが。
09年10月12日(月・祝)「#834 広島・長崎」
大胆に予想すれば、2020年のオリンピック開催地は広島・長崎で決まりではないかと思えるほど素晴らしい提案だと思う。東京が2016年の開催地レースで破れ、核兵器のない世界を唱えたアメリカのオバマ大統領のノーベル平和賞受賞が決まった直後での開催地への名乗りは抜群のタイミングである。広島市長と長崎市長が共同記者会見を開き、オリンピック開催地を目指して招致検討委員会を立ち上げることを明らかにした。
ノーベル平和賞もそうだが、オリンピックの開催地決定にも政治的な思惑が絡むことが多い。スポーツにより平和を推進するというオリンピックの精神を考えると、広島・長崎という選択は大いにあり得ると思うのだがいかがだろうか。
2020年という年にも大きな意味がある。広島と長崎が中心となって世界の3174都市が加盟する「平和市長会議」が核兵器の廃絶を目指している目標の年が2020年である。また、鳩山首相が1990年比で温室効果ガスを25%削減するという、世界各国から評価された思い切った提言を実現させる目標年がまた2020年である。世の中が大きく変わるであろう希望の年でもあるのだ。
しかし、広島・長崎での開催を実現するためには乗り越えなければならない壁がいくつもある。オリンピック憲章では立候補できるのは一国一都市となっている。莫大な開催費用をどう調達するのか。現状のままオリンピック競技を開催できる既存の施設は両都市にほとんどない。各国の選手やメディア、世界各国から駆けつける観客を収容できる充分な宿泊施設がない。広島と長崎が地理的に離れている。再立候補を目指す可能性のある東京との調整は、などなど課題はいくつもあるが、前向きに考えればそれだけ挑戦しがいがあるというものだ。
東京がリオデジャネイロに負けた原因の一つは「南米初の開催」というリオに対して東京に「なぜ東京なのか」という明確なメッセージがなかったことだろう。世界で唯一の被爆国の世界最初の被爆地と世界最後であることを願う被爆地で共同開催し、核兵器のない世界を実現するというメッセージを発信する。これ以上のインパクトはないだろう。
被爆地をそっとしておいて欲しいという市民の声もあるだろうが、なぜ広島・長崎なのかという地道な説明を尽くして欲しい。来月に初来日するオバマ大統領が広島の地を訪れて核廃絶に向けてのメッセージを発するような気がする。
明日も祝日で休みなので、今日こそは二男の野球チームにコーチとして参加しようと思っていたが実現しなかった。私の母が自宅に泊まりに来ていて、午前中に一緒に指圧治療に行ったのだ。たまの親孝行である。
それでも昼から二男の野球チームの試合があるのが分かっていたので、治療の後に母と二人でランチでもしようかと思っていたのをあきらめ、途中でコンビニでおにぎりを買って母と共に試合を見に行った。
たまには孫の活躍ぶりを見せてやろうと思っていたが、残念ながら二男はベンチで、試合には出ていなかった。最近はチームが勝ちに行っているからだろうか、試合途中でのメンバーチェンジもほとんどなくこの試合でも最後まで出番がなかった。
試合後になって、もう一試合同じ相手チームと練習試合をやるのが分かった。二男は今度は出してもらえるかなと思っていると、何と試合前にピッチング練習を始めた。もしかして、もしかして、ピッチャーをするのか。これまでに練習試合でも投手として登板した経験はない。
これは母にも晴れ姿を見せてやりたいと思い、トイレに行くためにすぐ近くの自宅に戻っていた母をすぐに呼び戻そうとしたが、朝から出掛けていたので母は疲れが出たようでグラウンドに戻ってこなかった。何とも残念だった。
第二試合の初回、二男の第一打席。構えはだいぶ良くなった。今日は試合での初めてのヒットが期待できるかも知れない。初球。頭の高さを通るとんでもない高い球をフルスウィングして空振り。「初球は何でもええからフルスウィングせよ」という私の教えを忠実に守っているようだ。今日は打つかもしれない。二球目はストライクをこれまた空振り。三球目はファールチップ。そして四球目、うまく流し打った打球は三遊間のど真ん中へ。やった、初ヒットだと本当に思ったその瞬間、相手チームのショートが横っ飛びでダイビングキャッチし起き上がりざまにファーストへ好送球して間一髪アウトになった。小学生とは思えない超ファインプレーで二男の初ヒットはならなかった。
そしてその裏の守り。二男は予定通りマウンドへ。あ~カメラを持ってきて撮影すれば良かった。自宅に取りに戻ろうかとも思ったが、この目でしっかり見て応援してやりたかった。思っていたよりマウンド上では落ちついていたが、試合でピッチャーをやったことがなかったのでさすがにストライクが入らない。フォアボールを連発してあっという間に満塁。押し出しなどで三点を取られたが、三振も二つとって初めての登板としてはまずまずのスタートだ。
二打席目は初球を打ちピッチャーゴロ。結果はフィルダーズチョイスとなったが、なかなかヒットが出ない。
2イニング目のマウンドでは落ち着いていた。最初の2人の打者をいずれもピッチャーゴロに打ち取りツーアウト。しかしその後2人連続でフォアボール。ストライクが入るたびに拍手する。二男が初登板するということで、急遽呼び出した長男と共に応援にも力が入る。そして次の打者を三振にとり2イニング目は無失点に抑えた。
結局、二男のあっと驚く初登板は2イニングで3失点という結果になった。初登板にしてはよくやったと思う。打席は結局2打席しか回ってこずに、初ヒットはまたもお預けとなった。しかし、ピッチャーとして初登板を果たしたことで自信となったことだろう。初ヒットも近いと感じさせる。
試合後、二男はきっと「ピッチャーやったから、なんか買って」と言ってくるだろうと長男と予想していた。試合後の練習も終わって帰ってきた二男に、長男と共にそのことを告げると、二男は「そんな子供みたいなこと言う訳ないやろ」と答えた。「集中して投げていたので緊張したかどうかは覚えていない」と感想を述べた二男は、初登板を経験してちょっぴり成長したように見えた。
09年10月10日(土)「#832 ノーベル平和賞」
え~もう受賞するの、いくらなんでも早過ぎないか、というのが携帯電話に届いたニュース速報を見た時の率直な感想だ。アメリカのオバマ大統領が今年のノーベル平和賞を受賞することが決まった。
その時、受賞の理由はなんだろうかと考えた。思いつくのは「核兵器のない世界」を目指すことを宣言したということだ。オバマ大統領のあのプラハ演説は感動的だったし、歴史に残る名演説だったと思う。国連の安全保障理事会でもオバマ大統領自身が議長となり、各国の首脳と共に核兵器全廃に向けた決議を採択した。
オバマ大統領自身が語っているように、我々の世代が生きているうちに核廃絶が実現することは難しいだろうが、人類全体の課題に真正面から向き合い目指すべきゴールをはっきりと示したことは大いに評価されるべきだろう。
しかし、それにしても早過ぎるのではないか。核廃絶にしても、イラク、アフガン、中東、イラン、北朝鮮にしてもこれまでのブッシュ大統領の一国主義の対決姿勢から話し合い路線に大きく舵を切り世界が変わることを予感させるが、どの問題についても具体的な成果はまだ何もあげていない。この段階でなぜオバマ大統領にノーベル平和賞を与えるのか。
それは、ヨーロッパとして、アメリカ以外の国として、核廃絶を目指すオバマ大統領にエールを送り応援するということだろう。まだ結果を出していないオバマ大統領を応援すると共に、この先どんな困難が待っていてもオバマ大統領が、そして各国首脳が核廃絶を断念することがないようにくさびを打ち込むものではないか。普通の人ならたいへんなプレッシャーになるのだろうが、オバマ大統領なら今回の受賞も追い風に変えるだろう。
もともとノーベル平和賞は政治的なものである。世界平和の為に何かを成し遂げた人に与えると共に、今後の世界が進むべき道への期待を込めた授賞も多いのではないか。日本の佐藤栄作首相が非核三原則で受賞したが、日本人としては首を傾げてしまうような出来事だった。あのタイミングで世界で唯一の被爆国の指導者に受賞させることがキーポイントで、佐藤首相でなくても良かったのだろう。初の南北首脳会談を開催し朝鮮統一に向けて尽力した韓国の金大中大統領も平和賞を受賞したが、その後、北朝鮮が核開発を強行し南北統一どころか事態は深刻になる一方である。
だからと言って、今回のオバマ大統領の受賞にけちをつけるつもりは全くない。それどころか、今回の受賞を励みにして今後も核廃絶や国際協調を重んじる外交を一歩一歩進めていくであろうオバマ大統領を応援したい。
生放送で裁判の判決についてコメントをすることは難しい。特に、「妥当」か「不当」かといった判決の評価について聞かれると特に難しい。インターネット上のファイル交換ソフトであるウィニーを開発した元東京大学大学院助手が著作権法違反のほう助の罪に問われた裁判で、大阪高裁は、罰金150万円の支払いを命じた一審の京都地裁の有罪判決を破棄して無罪を言い渡した。
ウィニーはインターネット上のネットワークでパソコン同士を繋いで不特定の人と映像や音楽などのファイルを交換できる無料ソフトで、映画や音楽などのファイルを著作権を持つ企業などに無断で違法にやりとりする著作権侵害事件が頻発し問題となっている。匿名でファイルを交換でき、誰がやり取りしているか分かりにくい為、児童ポルノなどが広まる一因にもなっていると指摘されている。また、ウイルスに感染したパソコンからウィニーを通じて公文書などがネット上に公開されてしまうことも相次いだことから社会問題となった。
裁判では検察側は、違法に利用されることを認識していながらソフトを開発しネット上に流通させたことは著作権法違反のほう助にあたると主張した。一方弁護側は、刑事責任を問われると開発者が萎縮するとして無罪を訴えた。
一審の京都地裁は、被告はウィニーが違法に利用されていることを認識しながら開発や改良を重ねたとして有罪と認定した。これに対し二審の大阪高裁は、ほう助罪が成立するためには違法に利用されることを認識していただけでは足りず、違法行為をするようネット上で勧めてソフトを提供する場合に成立するが、今回はそれに当てはまらないとして無罪判決を言い渡した。
ネット上のソフトについて著作権法違反のほう助という罪を認定することについてより厳格な条件をつけた判決である。番組で評価を求められた私は「これで有罪となれば開発者が萎縮してしまうので妥当な判決ではないか」とコメントしたが、「違法に利用されることが分かっていたのだから、開発者や関連業界には違法に利用されないように何らかの対策をとる責任があったのではないか」と付け足した。さらに「ネット上で様々な事が起きていることに対し法律が追い付いていないのではないか」ともコメントした。
裁判の判決についてコメントする時は判決文を取り寄せて読み込むことにしているが、公判での詳しい経緯を知っている訳ではない。裁判の争点は何かを素早く見極めて、判決の良い点、悪い点を評価しなければならない。裁判取材の経験がなければ難しいと思う。裁判員裁判となって、今までの司法の常識とは違う判決も出てくるだろうから尚更コメントは難しくなると思う。
有難いことだがなんとも長い。1日に3つの番組に出演し収録時間の合計は6時間。起きている時間のほぼ半分の時間、テレビのスタジオにいたことになる。さすがにハードである。
最近は、効率よく大阪と東京を行き来できるように、大阪で番組に出演する日は「ミヤネ屋」と「ten」の両方に出演できるように無理を聞いてもらっている。そのおかげで、番組出演が無い日を週に2日は確保できて東京で取材しているのだ。
「ミヤネ屋」の放送終了は午後4時前で、4時15分からは「ten」の出演者打ち合わせが始まる。ミヤネ屋が終わってホッと一息ついている暇は無い。打ち合わせが終わるとtenの放送開始まで15分ほどしかない。そのわずかな時間にニュース原稿にざっと目を通し、新聞の夕刊をちらっと読んでスタジオに向かう。
「ten」のスタジオに入るのがいつも放送開始時間のギリギリなのでスタッフには迷惑をかけているが、「ミヤネ屋」が終わってからほとんど時間がないので、少しでも番組に向けて情報をインプットしておきたいのだ。
「ミヤネ屋」と「ten」の生放送が終了するといつもぐったりと疲れていて、メイク室でメイクを落としてようやくホッとするのだが、今日はまだもう1本番組があるのだ。特番の収録だ。もうすぐ特番に向けての出演者打ち合わせが始まるが、さすがに集中力がなくなっている。気合を入れなければ。
因みに、「ミヤネ屋」ではコメンテーターの出演者打ち合わせはない。司会者とスタッフによる打ち合わせはあるが、コメンテーターが顔を合わせての打ち合わせはない。台本は一応あるが、スタッフ向けの進行が書いてある台本で、スタジオで具体的に何を話すかというコーナー原稿が完成するのは放送直前だ。場合によっては、放送が始まってからコーナー原稿が手元に届く。コーナー原稿が手元に回ってこないことも多い。コーナー原稿といっても、司会者のコメンテーターに対する想定質問が書いてあるが、多くの場合スタジオはその通り進行せず、だいたいがアドリブでのやりとりである。だから生放送は疲れるのだ。
もうすぐ特番の打ち合わせが始まる。そろそろテンションを上げていかなければならない。衣装も変えなければならない。ジャケットとネクタイを変えるだけだが。夜の9時半。もうすぐまた本番である。
正直言って、何とも嫌なニュースである。犯行当時少年で死刑判決を受け上告中の被告の名前が表紙にでかでかと書かれた本が一部の書店の店頭に並んだ。
99年に主婦と当時生後11ヶ月の長女が殺害された光市母子殺害事件。犯行当時18歳の少年が殺人、強姦致死などの罪に問われ、一審、二審で無期懲役、最高裁判決で差し戻され、広島高裁で死刑判決を受けて現在上告中だ。
その少年も現在28歳となっている。大学職員でフリーライターの女性がその被告と拘置所での接見を続け、その内容を本にして出版したが、被告の了解を得ているとして犯行当時少年だった被告の実名を本の中で明らかにしている。
この出版に対し元少年の弁護士が会見し、本の出版差し止めを求める仮処分を申請したことを明らかにした。弁護士によると、元少年は原稿をチェックした上で場合によっては実名の掲載も了解するかもしれないと言っただけで実名を了解していないし、原稿も見せられていないということだ。
これに対し著者と出版社も会見し、実名を出すことは被告も了解しているし、原稿を事前に見せろとの打診も無いし、突然申し立てられたことは理解に苦しむとしている。双方の主張が真っ向から対立しているのだ。
少年法61条は、少年が罪を犯した場合に、少年の氏名、年齢、職業、住居、容貌など少年を推知できるような記事を報道することを禁じているが、罰則は無い。
このニュースを聞いて思い出したのは、06年に奈良県田原本町で当時16歳の少年が自宅に放火し家族3人が死亡した事件に関して、フリージャーナリストがこの少年の捜査段階での供述調書を大量に引用した本を出版し大きな批判を招いた問題だ。
この問題では、調書を著者に見せた医師が秘密漏示罪で有罪となったが、出版社がまとめた報告書は、著者の取材方法や出版に至る経緯がずさんで問題があると指摘した。
供述調書を大量に引用した奈良の事件と、少年の実名が問題となっている今回の件では問題となっている内容が違うが、大きな共通点を感じる。それは、どちらも取材した女性フリーライターと取材対象者の少年が出版について真っ向から対立している点である。取材対象者と信頼関係を築くことはジャーナリストの基本である。取材対象者から出版差し止めを求められている今回の著者の取材方法に問題はなかったのだろうか。また、供述調書を売りにした本と、少年の実名を売りにした本という、どちらも売らんかなという姿勢が前面に出ていると感じさせる共通点もある。
今回の問題では、元少年の実像を伝えるには実名が必要という著者の説明にも説得力がないように思う。表現の自由という観点からすると、出版差し止めという判断は慎重の上にも慎重を期さなければならないが、取材、報道のためなら何をしても許されるというものでもない。
これでは自民党政権時代と同じではないか。何か問題が起きれば秘書に責任を押し付け、当局の捜査が始まればそれを理由にコメントしない。政権交代が実現し、国民の多くが新しい政治に期待しているこの時に、そのリーダーである鳩山首相が自らの献金疑惑について国民が納得する説明をできていないことは何とも深刻である。
鳩山首相の資金管理団体である友愛政経懇話会の政治資金収支報告書の中に、既に亡くなっている人や、献金した覚えのない人の名前が記載されていた。今年6月に鳩山氏は記者会見してその事実を認め、05年から08年の4年間で誤った名前が記入されていた人は90人におよび総額は約2180万円にのぼっていることを明らかにした。
鳩山氏の説明によると、団体の会計責任者でもある公設秘書が独断で行ったため解任したという。そのお金の出所は鳩山氏が秘書に預けていた個人のお金であり、個人献金が少ないことを繕うために秘書が個人献金に見せかけたのだろうという。しかし鳩山氏の個人献金は元々とても多く、この説明には説得力がない。政治資金収支報告書は修正されたが、明らかな虚偽記載であり悪質である。
政治資金規正法によると、年間5万円以下の個人献金については政治資金収支報告書に名前を記載する必要がなく、明らかになった人以外に小口献金の中にも不正な献金があるのではないかという指摘もある。この小口献金は03年から07年の5年間で計2億3000万円という他の政治家と比べて突出した金額であり、献金した人の名前が書かれた会計帳簿が既に東京地検に提出されている。
東京地検は既に実際は献金していないのに報告書に名前が記載された人や鳩山首相の弁護士など関係者からの参考人聴取を始めている。市民団体が鳩山首相や秘書などを虚偽記載など政治資金規正法違反容疑で告発しており、政治日程への影響を懸念していた東京地検は選挙が終わって政権が始動したこの時期に基礎的な捜査に着手したのだ。
個人献金した人は、一定の条件を満たせば総務省から交付された証明書を添付することで所得税の控除を受けることが出来る。鳩山氏の資金管理団体がまとめて総務省に書類を申請したことが明らかになっており、架空の献金者が証明書を使っていれば脱税である。
報道各社の世論調査によると、約7割の人が鳩山首相の説明に納得していない。歴史的な政権交代が実現し、国民は民主党政権に大きな期待を抱いている。既に東京地検の捜査が始まっていることを言い訳にせず、鳩山首相は自ら積極的に全容を調査し国民が納得いく説明責任を果たすべきである。
生放送の番組に出演するようになって2年が過ぎた。当初はスタジオに入る度に緊張感を持っていたが、最近では生放送にもすっかり慣れ緊張していないと自分自身は思っていた。しかし、本当のところはそうでもないらしい。
以前にもブログに書いたことがあるが、2時間の生放送を終えてメイク室でメイクを落とす時にジャケットを脱ぐと、カッターシャツの腋の下辺りが汗で濡れている。緊張を感じていないのに、放送中に冷や汗が流れているのだろう。因みに、スタジオに出演する際には男性もちゃんとメイクをするのだ。事件現場など外から中継する際には、メイクをすることはない。しかし、アメリカのリポーターは男性でも自分のメイク道具を持ち歩いており、中継現場でもきちんとメイクをしていた。
生放送で緊張している証拠に、たまに番組出演がない日に限って体調を崩すことがよくある。緊張感が途切れてしまうのか、ゆっくりできると思う日に限ってしんどくなるのだ。仕事がない休日に限って熱を出すことも多かった。
逆に言えば、生放送への出演があったり、大事な仕事があったりする日には体調を崩すことが少ない。それだけ仕事に向けて緊張感を持っているのだろう。
先日、二男が大好きな野球の練習を休んだ。熱はないようだが、体全体がだるくて力が入らないということだった。目に力がなく、見るからにしんどそうだった。新型インフルエンザにかかった友達もいるということで大事をとって練習を休ませた。
そして私。二男と全く同じ症状だ。朝起きたら体に力が入らない。目がショボショボする。首から肩にかけて重りを載せられているような感じだ。何をする気にもならない。番組出演の予定がない日でよかった。
何よりも睡眠が一番。夕食も食べられたので大丈夫だろう。しっかりと休養をとって明日に備えよう。
予想通りリオデジャネイロだった。2016年のオリンピック開催地がどこになるのかというニュースが盛り上がっていたが、私は当初からリオで決まりだと思っていた。オリンピックのマークは五大陸を表す五輪である。その五大陸のうち、まだ南米とアフリカでオリンピックは開催されたことがない。アフリカでの開催はまだ経済的にも国の体力的にも難しいとは思うが、南米での開催はそろそろ実現すべき課題だと思っていた。
特派員時代に休暇を利用して家族でブラジルのリオデジャネイロに行ったことを思い出す。開催が決まった時にブラジル国民が歓喜の声をあげたコパカバーナ海岸で家族で写真を撮ったことが懐かしい。大好きな国の一つであるブラジルでオリンピックが開かれることが決まって正直嬉しい。
貧困に苦しむ南米の子供たちにスポーツを通じて希望を与えるというコンセプトはオリンピックの精神ともマッチして素晴らしいものである。環境を全面にうたった東京のコンセプトも素晴らしいものがあるが、国全体の盛り上がりに欠いたのが最後まで痛手だったのではないか。
ではなぜ国内の盛り上がりに欠いたのか。特に、東京に住む人達からは積極的な支援の声をあまり聞いたことがない。それどころか、オリンピック開催に反対の声も数多く聞かれた。オリンピックが東京に来れば都内が交通渋滞になり不便だという声が多かった。残念ながらこれでは誘致に成功することは難しいだろう。
過去を振り返っても仕方がないが、国内の候補地選考レースで東京ではなくてもしも福岡が勝っていたらどうなっていただろうか。アジアに開かれた地方都市での開催というコンセプトで訴えれば面白かったかも知れない。結局のところ、なぜ東京で二度目の開催をするのかという点について説得力あるアピールができなかったのではないか。
個人的に思うことだが、東京での開催が盛り上がらなかった理由の一つには石原東京都知事の存在もあるのではないだろうか。石原知事は根強い人気のある政治家だが、その強引な手法やあくの強い存在感から反発する人も多い。新銀行東京や築地市場の移転など数多くの問題を抱えながら巨額の公費をつぎ込んで五輪招致に邁進することへの複雑な感情もあったのではないだろうか。石原知事が全精力を傾ける誘致だけに、感情的に反対という人も少なくなかったのではないかと感じる。
しかしながら、子供たちが世界のトップアスリートの競技を目の前で生で見られるという貴重な機会が実現しなかったことは誠に残念である。1964年の東京オリンピック開催以降、名古屋、大阪、東京と夏のオリンピック招致レースでの負けが続いている。2020年の開催地には日本も再び手をあげて欲しいが、東京でいいのかどうかはもう一度議論したほうが良いのではないか。2020年か。59歳ならまだぎりぎりこの仕事をしているだろうから是非、オリンピック取材をしてみたいものだ。
子供の運動会に行きだして何年になるのだろうか。いま高校生の長女が小学生の時にアメリカから帰国してからだから10年ほどになる。運動会といえば、お天気の良い秋晴れの日に家族みんなでお弁当を食べるというイメージが強い。
その運動会のお弁当が今年は実現しなかった。二男の小学校の運動会を見に行ったのだが、今年はインフルエンザの影響や児童数の増加などが理由で、子供たちは教室で昼食を食べることになったのだ。仕方がないとはいえ、家族で運動会のお弁当を食べられないのは何とも残念だった。
長女の高校の運動会と長男の中学の運動会は都合がつかず見に行けなかった。中学や高校になると子供自身も両親が見に来ることをあまり望んでいないようだ。運動会は何といっても小学校のものが楽しい。
二男はクラス対抗リレーと綱引き、それに学年全員で踊るソーラン節に出場した。全ての種目をビデオで撮影したのは言うまでもない。リレーでは二男はアンカーだった。因みに我が家の子供たちは皆足が速く、全員リレーのアンカーである。私も妻も小学校の頃はずっとアンカーだったので、足が速いのは遺伝かもしれない。
二男は二位でバトンを受け取ったが、先頭のランナーを抜いて見事一位でゴールインした。見事である。よくやった。ビデオで撮影していた私も横にいた妻も大喜びで我が子の頑張りを誇らしく思った。因みに今年の運動会のリレーでは長女も一位だったが、長男は残念ながら二位だった。野球同様、長男には更なる頑張りを期待したい。
つづく綱引きでも二男の赤組が勝利した。最後のソーラン節では二男はリズム感の良さを発揮して躍動感に溢れた踊りを披露していた。親バカで恐縮だが、二男はリズム感に優れていて、誰に教えられた訳でもないのに小さい頃からラップミュージックなどに合わせて踊りを披露していた。そのリズム感が今のところ野球に生かされていないのが残念だが。
将来、子供が成長して運動会を卒業する年齢になると、私たちが運動会に行くこともなくなるのだろう。そうなると淋しい。いや、待てよ。その頃には孫の運動会を見に行くことになるのかも知れない。孫の運動会となると子供の時以上に興奮するだろう。なにか遠い先の話になってしまったが、運動会というのはなかなか良いものである。
きょうのマスコミ倫理懇談会全国大会では報道、広告の各分科会からの報告があり、全体討議が行われた後、大会申し合わせを採択して3日間にわたっての日程が終了した。報道部長になった時にマスコミ倫理に関する会合などにも出席するようになり、大阪や東京の地区懇談会にも参加して勉強を続けてきている。
先月、歴史的な政権交代が実現し世の中が大きく変わろうとしている。こうした中にあって、メディアを取り巻く環境も激変している。今回の全国大会申し合わせにもあるように、国民の知る権利に応えて権力の監視、人権の擁護、社会正義の実現などジャーナリズムが果たすべき使命を深く自覚して報道することが求められている。
次から次へとニュースに追われる毎日の中で、こうして立ち止まってじっくりとマスコミ倫理について考えることはたいへん有意義である。何のためにこの仕事をしているのか、あらためて自覚するという機会を与えていただいて感謝している。
今回も多くの人との出会いがあった。大阪府警や大阪地裁の担当記者をしていた頃にお世話になった新聞社の方々と久し振りに再会し当時の思い出話に花が咲いた。みなそれぞれ幹部として組織を支えていく存在になっている。その新聞社の人達がまたその知り合いを紹介してくれて一緒にお酒を飲む機会もいただいた。また、系列テレビ局の懐かしい方々とも再会することができた。お世話になっている方が、系列の違うテレビ局の方々を紹介してくれて食事する機会もあった。皆さんに本当によくして頂いて心から感謝している。今回も松山で本当に多くの出会いがあった。
大会が終わって飛行機まで少し時間があったので松山城と「坂の上の雲ミュージアム」を訪れた。報道部長の時に部長会で全国を周ったが、その際に訪問した街で時間がある時はよくお城巡りをした。お城が大好きなのである。松山城は初めてだったが、歴史を感じさせるとてもいいお城だった。ミュージアムもなかなか興味深い施設で、帰りに売店で思わず「坂の上の雲」の文庫本を買ってしまった。久し振りに司馬遼太郎の世界に浸るのもいいかもしれない。
松山空港のラウンジでいま伊丹行きの飛行機を待っている。大阪に戻ってから、演劇の舞台を観に行くことになっている。泣ける舞台ということで、楽しみにしている。
今日からはや10月。寒くなったり暑くなったり、季節は確実に秋である。クールビズは9月で終わりかな。10月になったから番組出演する時はネクタイを締めようか。ネクタイをしないのに慣れたから、当分は首周りが苦しいかもしれない。久し振りにネクタイを締めて気分が変わっていいかな。
年に一度のマスコミ倫理懇談会の全国大会。今年の会場は愛媛県松山市。昨日の講演会に続いて、今日は総会と講演、午後からは分科会に出席した。今年の大会テーマは「変容する時代にメディアの原点を問う」である。分科会は報道と広告に分れているが、報道の分科会は「検証・裁判員裁判の取材・報道」、「えん罪と報道」、「内部告発と報道」、「新型インフルエンザと報道」でどれも興味深いテーマである。
全部の分科会で話を聞きたいが、私が選んだのは「えん罪と報道」。足利事件で釈放された菅家利和さんと弁護団の弁護士、それにメディア側の担当者らがスピーカーとして順に話をした後で自由討論となった。
足利事件とは1990年に栃木県足利市で当時4歳の女児が殺害され遺体で発見された事件である。DNA鑑定が決め手となり菅家さんが逮捕された。菅家さんは捜査段階で自白したが一審の公判の途中で否認に転じた。一審の判決は無期懲役。控訴審で弁護側は全面的に争ったが控訴棄却。最高裁で無期懲役が確定した。最高裁がDNA鑑定の証拠能力を初めて認めた裁判となった。その後、再審請求が出されたが、弁護側が求めていたDNAの再鑑定が行われ、被害者の女児の下着に残っていたDNAと菅家さんのDNAが一致しないことが明らかとなり、再審が開始される前の段階で菅家さんが釈放されるという異例の展開となった。
分科会ではまず弁護団の弁護士が報告した。その中で逮捕された当時の新聞記事の事実関係の誤りや犯人視報道の問題点などが指摘された。また当時、DNA鑑定の信頼性を多角的に検証する必要があったし、公判で二度否認したことやえん罪を訴えた菅家さんの手紙をちゃんと検証すればメディアもえん罪を防げたのではないかという話があった。
また菅家さんは当時の犯人視するマスコミについて、「当時のことを謝っていただきたい、絶望的になったが今は当時と違うので許す気持ちになっているが、当時は絶対に許さないと思っていた」と述べた。
その後、足利事件を取材した記者らが当時の状況などを報告したが、その中で記者が「1人の記者としてちゃんと報道できなかった、申し訳ない」と謝罪したことが印象的だった。当時、新しい捜査手法として出てきたDNA鑑定の信頼性をしっかり検証することなく、捜査側の情報に引きずられて犯人視報道したと総括した。また、足利事件を教訓として検証報道がなされていることや、新しい事件報道のガイドライン作りについての報告があった。
自由討論では、今後のえん罪を防ぐためにも捜査側と弁護側の双方の言い分を今迄以上に十分に伝える対等報道の必要性について話し合われた。この中で弁護士は、ほとんどの刑事事件の弁護士は(マスコミに)喋らないのが正しいあり方だと思うと述べたが、これについて私も含めて反論した。私が討論で意見を述べた時はまず、「私がもしも足利事件の捜査段階や裁判を取材する記者だったとしても、その時点で問題点を指摘し、えん罪だという報道ができたという自信はない」と正直に感想を語った。また、対等報道については「まずどの弁護士が事件を担当しているかについての情報を公開し、弁護士も可能な限り被告の言い分などについてメディアの取材に応じるべきではないか」との意見を述べた。
夜は新聞社やテレビ局の人達と会食して多くの人と様々な意見の交換をした。昼間の会議だけでなく、こうした各社の方々との交流も有意義である。
最近、膝から下が冷えて仕方がない。ふくらはぎを手で触ってみると確かに冷たい。体の末端まで血液が巡っていないのではないか。温泉に入って湯船から出たり入ったりを繰り返していると体がポカポカとしてくる。
温泉に来ると疲れがとれる気がする。体に温泉の成分が沁みこんで来るような気がして温泉からあがると元気になったような気がするから不思議だ。
今から15年ほど前に、愛媛県松山市にある道後温泉を家族で訪ねた。家族といっても妻と子供たちではない。私の両親と姉の4人家族のことだ。当時既に姉も私もそれぞれ家庭を持っていたが、久し振りに家族4人で旅行をしようということになり道後温泉にやって来たのだ。
当時既に父は体調を崩していたので、家族の誰もが口には出さないものの、これが家族4人揃っての最後の旅行になるのだろうなと思っていたと思う。美味しい料理に舌鼓を打って、有名な温泉に入って、家族4人が満足していた。
その道後温泉を久し振りに訪ねる機会があった。両親と姉と一緒に入った道後温泉の本館であの頃を思い出しながら一人で湯に浸かった。湯船に入っていると父と一緒にここに入ったことを思い出した。
父の病気が進行していて、最後の思い出にと訪ねた温泉地に再び一人でやって来て感傷に浸ってしまった。あの頃、父は何を思っていたのだろうか。自分が抱える病気についてどこまで知っていたのだろうか。道後温泉でもっともっと泊まればよかった。
海外に住む日本人が、日本に帰った時にまず何をしたいかと問われた際には、多くの人が温泉に入りたいと答える。今となっては、その気持ちが痛いほど分かる。温泉は日本人にとっては心の故郷なのだ。温泉にじっくりと浸かりながら、心が癒されていくのを感じた。温かい湯が心に沁みる。
春川正明
はるかわ まさあき
1961年5月5日生まれ
讀賣テレビ放送
報道局解説副委員長
ロサンゼルス特派員、
チーフプロデューサー、
報道部長を経て07年より現職。
関西学院大学非常勤講師
大阪市出身