あらためて言うまでもないが、私は解説委員である。評論家でもないし、もちろんタレントでもない。私が出演している2つの番組では、「ミヤネ屋」には"コメンテーター"として、そして「ten」には"ニュース解説"として出演している。
何が言いたいのかというと、私が番組で発言する時、どういう立場で話しているのかということだ。もちろん読売テレビ報道局解説委員という看板を背負って出演しているのだから、発言には責任が伴う。読売テレビの会社としての考え方に基づいて発言している訳ではないが、個人的な意見ばかりを述べている訳でもない。ここが難しいところだ。
大学で講義する時にもよく話すことだが、テレビ局の解説委員と新聞社の論説委員には大きな違いがある。テレビの解説委員に求められているのは、ニュースの意味やポイント、背景などについて様々な角度から分かりやすく説明するということだ。一方、新聞社の論説委員は、その新聞社の意見である社説を書くのだ。社説は論説委員の個人の意見ではなく、論説委員会での議論を経た社としての考えだ。
テレビ局には社説がなく、あるニュースについての社としての意見というものはない。ではテレビの解説委員は、個人としての意見を述べるのか。番組ではニュースについての解説をするだけでなく、そのニュースについての意見や考え、評価を求められることも多い。その際、自分の考えに基づいて自分の意見を述べる。少し極端な意見かなと思うときは、「個人的な意見ですが」と前置きすることもあるが、前置きしない時は読売テレビの会社としての意見かというとそうではない。はっきりせず申し訳ないが、これが実情である。
なぜこんなことを書いているのかというと、最近番組で意見を求められることが多く、解説委員としてこれでいいのかなと考えているからだ。意見を求められた時は、こんな見方もあるし、別の見方もあるというように、意見が分かれるような場合は、出来る限り双方の見方を紹介するよう心がけている。さらに、一緒に出演しているコメンテーターの方々の意見が片寄っている時は立場上、バランスをとるようにしている。政治的な問題について話すときは、特に公平性に注意している。
しかし、春川さんはどう思うかと問われた時は、自分の意見をはっきりと言う傾向が最近強まっているような気がする。そこのところが気になっているのだ。
今日のブログは「解説と意見」について書こうと思い会社に来てみると、読売テレビの視聴者センターにテレビを観た方々から私の番組での発言についての意見が届いていた。その内容は、私の発言は読売テレビとしての意見なのか、個人的な意見なのかどちらなのかというものだった。さらに、私の発言はあまりに一方的というか一面からしか見ていない意見だという厳しいご指摘だった。
あまりのタイミングに驚いた。自分でも気になっていることをズバリと指摘された。視聴者の方々は本当によくテレビを観ている。解説と意見という、たいへん難しい問題ではあるが、常に公平性を心がけバランスを取りつつ、自分自身の見方や考え方を伝えていけたらと思っている。
ミヤネヤでワッハ上方問題で春川氏は橋下知事を批判していたが、何をもってあのようなことが言えるのか。吉本よりであるのが、よく見えた。春川氏自身、よく調査して発言すべし。
7月30日放送のミヤネ屋での橋下知事VS吉本興業の話題の中で、橋下を批判して、もう一度、契約書を見て、よく話し合えとの主旨の発言をされていましたが、貴方はその契約書を見たのですか?
橋下氏は29日の定例会見で、契約書には15年間の賃貸契約しかない、その他のことは何も契約書には書いてないと仰っていました。
契約書に書いてない、当時の府幹部と吉本との密約や口約束まがいのものを尊重しろとの貴方の発言は、報道関係者の発言として適切さを欠いています、個人の発言だとすれば倫理観にかけます。
府幹部と吉本との密約によって4億円もの公金が吉本に半永久的に流れる仕組みになっていたとしたら、これはもう犯罪です。
その背任行為を貴方は尊重しろと言う、貴方個人の人間としての資質に私は疑問を持ちました。
番組で、ワッハ上方について擁護されてるように受け取りました。擁護と受け取られるのは春川さんにとって不本意かもしれません。そうであったら申し訳ありません。
私は今回のワッハ上方とかお笑いについて考えさせられました。お笑いを行政が保護して良いのでしょうか?国立メディアセンターは国営マンガ喫茶だと党首、マスコミによって批判されました。その時、権力に縛られないのがマンガとありました。お笑いもそうだと思います。権力に守られてお笑いというのは風刺精神もあったものではないのではないでしょうか。伝統演芸は保存しなければなくなる、というのはわかります。それならせめて若手お笑いとか大手芸能事務所は保護対象から外すことを考えてもいいのではないでしょうか。
また大阪にとってお笑いは本当にプラスになっているかどうかにも想いが及びました。お笑い芸人さんは大阪とか関西を自虐的にネタにして笑いを取っていることが多いように感じています。関東や東京のお客さんにはウケがいいのでしょう。でもこれだと大阪にとってマイナスでしかありません。
大阪はお笑いだけではないことをもっと行政として、放送としても考えた方がいいのではないでしょうか。今回はそのいい機会だと思います。移転だけではなく廃止なども含めて検討されていいのかもしれません。
読売からお給料をもらってるわけだから、読売的な意見発言はいたしかないとして、そんなに各社で報道が違っているようには思わないが、私は春川さんの思われることを発言されるべきだと思います。
解説委員としてのお役目はあるとは思いますが、私たち視聴者は横へならえ的な意見なんて望んではいません。
ただし難しい言葉はもっと砕いて説明していただけばありがたいです。
今日のみやねやの、上方資料館のコメントで貴殿は知事批判してますが被批判方は企業である。金銭問題で一方を批判するのはいかがなものか。まして2億以上の賃料など4フロア+内装込みにしても、15年近く入居していてよく今まで赤字続きで大きな話題にならなかったものだ。私利私欲発言以外の何物でもないと思ったのは私だけでしょうか。
大阪府民だけどワッハ上方なんて要りません。
ミヤネ屋で会えるのを楽しみにしている春川ファンです。(tenは私の住んでいる所では見ることができません)
本日のミヤネ屋でのコメントに対して批判的な意見があるようですが、視聴者としては、自分と考え方は違ってもいろんな意見を聞いて自分自身の考え方の方向性を確認するという目的もあるし、複数の人の意見を一度に聞けるというのもTVのなせる技だと思います。 今回のことに限らず、春川さんの発言と読売TVとしての意向に春川さん自身がギャップを抱えているのかどうか視聴者にはわかりませんが、コメンテーターとしての春川さんがおっしゃるとおり、公平性を心がけバランスをとりつつ、という春川さんの姿勢での意見に期待しています。
7月30日放送の「ミヤネ屋」でのコメントは、コメント出来るだけの資料が出ていないと思うので、その旨前置きしてからコメントしないと、人気のある知事さんの行った事ですから今日の春川さんのコメントでは、批判の意見が出てもおかしくないと思います。横山ノックさんの前の知事さんの資料が出ていないので何とも言えないと思います。ノックさんの資料もすべて出ているのかと言うと、それも分からないですし。
ブログについてですが、春川さんの個人的な考えで良いと思います。ただ、責任は春川さんにかかりますが。ただ、ゲストの方々のバランスは考えた方が良いと思います。
ワッハ上方 読売からも出向されてますね
なぜ 報道しなんですか?? 公平性に欠けてます
おまけに 各社マスコミはだんまり せこいですね
だからバンキシャのようなヤラセを平気で放送するんです
税金泥棒 マスコミ
春川さんの今日のワッハ上方での発言は全く的を得てなかったですね。大阪府民からすると吉本は単なる一企業。果たして、これが吉本VS橋下知事でなく、一般企業VS橋下知事だとしたら、はたして今日のような発言はしたかな?かなり疑問です。久しぶりに見て、かなり辟易しました。経済合理性がないから、大阪府が赤字になっているとメディアは散々批判しておきながらです。これだから、コメンテーターは信用できないと思える今日のミヤネ屋でした。がさつな吉本にうんざりしている大阪人も多いことをお忘れなく。
春川さんの今回の発言は「極めて常識的」だったと思います。
「メディア政治」と言われている中でテレビへの露出度が当選に有利とか等で政治家はマスコミを利用することに躍起になっている感があります。ましてや橋下氏はテレビの申し子,「どうやってテレビ(マスコミ)を活用すれば注目を集められか」を知っています。マスコミを利用した「橋下手法」へのご批判
は「マスコミ人としての良識」を示していると思います。また,テレビは「虚像」をつくり「勘違い人間」(東国原知事・中田市長等)をつくってしまう危険性を特性として持っています。十分注意してください。橋下知事にもその危険性が・・。
今後のご活躍を期待しております。
再度レスを 笑
番組の録画を見直しましたが、私は春川さんの発言になんら問題はないと思います。
知事批判じゃなくて、知事よ、もっと冷静になれやと
吉本ももっと話し合えよって。
ただヤギの○○○を食べてニンマリしてる春川さん人間味あふれていましたよ
春川さん、テレビ・新聞は「だます箱」「だます紙」に成り下がったことを認識していますか?
それからちゃんとコメント見て答えてますか?
最近のミヤネ屋はひどいコメントがめだちますね。政権交代に反対なんですか?
ゲストのコメント内容がひどすぎる。所詮、暇だからテレビを観ているのだけど、特にみやねのゲストのコメントなど聞く意味がない。番組制作者はコメンテイターをどう位置づけているのか。1つの問題に対して多様な見方があることを示してこそ聞く価値がある。なのにみやねのコメンテーターの意見は、そういうレベルにはないし、勉強もしていない。あきれ果てた。
1.私は、菅さんが原子力発電の話で将来の方向を示した時、読売新聞を読みながら、読売の姿勢が一変した、と考えています。正力、渡辺路線の延長が正統な今の読売だとしても、財界からの広告収入だけが生命線だとするなら、もっともらしい意見を言う前に、マスコミの正義を口にしないで欲しい。
私は菅さんが特に好きでもないが、総理として自分の意見をいうことまでマスコミが否定してしまうことが許されるのか、とも思う。
2.私は、この問題での読売の姿勢がどうしても理解できず、読売新聞の購読を打ち切った。
3.読売テレビは、高いところからしっかり見ていてくれる辛坊さんがいるから毎日楽しく見ていた。今日原子力発電の高岡デスクが突然現れた。次郎さんの次が辛坊さんなら、あとはどうなるのか、どこの報道を信じればいいのか。しかし今でも最後の砦は「辛坊さんの読売テレビ」以外にないように思っている。