09年7月30日(木)「#760 解説と意見」

  あらためて言うまでもないが、私は解説委員である。評論家でもないし、もちろんタレントでもない。私が出演している2つの番組では、「ミヤネ屋」には"コメンテーター"として、そして「ten」には"ニュース解説"として出演している。
  何が言いたいのかというと、私が番組で発言する時、どういう立場で話しているのかということだ。もちろん読売テレビ報道局解説委員という看板を背負って出演しているのだから、発言には責任が伴う。読売テレビの会社としての考え方に基づいて発言している訳ではないが、個人的な意見ばかりを述べている訳でもない。ここが難しいところだ。
  大学で講義する時にもよく話すことだが、テレビ局の解説委員と新聞社の論説委員には大きな違いがある。テレビの解説委員に求められているのは、ニュースの意味やポイント、背景などについて様々な角度から分かりやすく説明するということだ。一方、新聞社の論説委員は、その新聞社の意見である社説を書くのだ。社説は論説委員の個人の意見ではなく、論説委員会での議論を経た社としての考えだ。
  テレビ局には社説がなく、あるニュースについての社としての意見というものはない。ではテレビの解説委員は、個人としての意見を述べるのか。番組ではニュースについての解説をするだけでなく、そのニュースについての意見や考え、評価を求められることも多い。その際、自分の考えに基づいて自分の意見を述べる。少し極端な意見かなと思うときは、「個人的な意見ですが」と前置きすることもあるが、前置きしない時は読売テレビの会社としての意見かというとそうではない。はっきりせず申し訳ないが、これが実情である。
  なぜこんなことを書いているのかというと、最近番組で意見を求められることが多く、解説委員としてこれでいいのかなと考えているからだ。意見を求められた時は、こんな見方もあるし、別の見方もあるというように、意見が分かれるような場合は、出来る限り双方の見方を紹介するよう心がけている。さらに、一緒に出演しているコメンテーターの方々の意見が片寄っている時は立場上、バランスをとるようにしている。政治的な問題について話すときは、特に公平性に注意している。
  しかし、春川さんはどう思うかと問われた時は、自分の意見をはっきりと言う傾向が最近強まっているような気がする。そこのところが気になっているのだ。
  今日のブログは「解説と意見」について書こうと思い会社に来てみると、読売テレビの視聴者センターにテレビを観た方々から私の番組での発言についての意見が届いていた。その内容は、私の発言は読売テレビとしての意見なのか、個人的な意見なのかどちらなのかというものだった。さらに、私の発言はあまりに一方的というか一面からしか見ていない意見だという厳しいご指摘だった。
  あまりのタイミングに驚いた。自分でも気になっていることをズバリと指摘された。視聴者の方々は本当によくテレビを観ている。解説と意見という、たいへん難しい問題ではあるが、常に公平性を心がけバランスを取りつつ、自分自身の見方や考え方を伝えていけたらと思っている。

09年7月29日(水)「#759 衣装」

  いよいよ着るものがなくなってきた。番組に出演する時の衣装だ。テレビに出るようになって2年が経ったが、そろそろどの服も古くなりパリッとしたところがなくなってきた様な気がする。
番組ではスーツにネクタイということが多いが、そもそもスーツというものにあまり縁がなかった。会社に入った時は編集マンだったので、全くの私服だった。その後、報道記者に異動になったが、ジャケットにスラックスが多くスーツをあまり着ることはなかった。特派員時代はロサンゼルスだったので、ほとんどポロシャツにチノパン。帰国後も番組のプロデューサーだったのでラフな服装が多かった。
報道部長になるにあたって、あわててスーツやビジネスシューズをたくさん買ったのだ。そのほとんどは、アメリカのアウトレットで安く買ったものや、アメリカのセールの時期にまとめ買いしたものだ。因みに、体にピッタリ合って着心地がいいので、ほとんどがアメリカのあるブランドのものだ。
ネクタイもたくさん必要なので、これまたアメリカの同じブランドのものばかりを愛用している。これもアメリカに行く度に、少しずつ安いのを買っている。そう言えば、カッターシャツもほとんどがアメリカで買ったものばかりだ。アメリカに住んでいた頃から、帰国後はスーツを着る事が多くなるだろうということで、安い時にコツコツと買い揃えていたものばかりだ。
アメリカから帰国してはや8年。同じ時期に買い揃えたスーツやシャツ、ネクタイ、靴などがそろそろへたってきたのだ。お気に入りの同じものばかり見に着けると早く傷むので、色々なものを順番に使うようにしてきた。その結果、ほとんどのものが同時に古くなってきたのだ。
アナウンサーの人達にはスタイリストさんが付いていて、毎日の衣装を上から下まで揃えてくれるのだが、私の場合は全て自前なのだ。最近では、ニュース番組でも番組の終わりに衣装提供が表示されることが多いので、どこかのメーカーにお願いして衣装を提供してもらうことも可能だという話も聞くが、そちら方面に知り合いもいない。いつも身につけているお気に入りのブランドに自分で話を持って行こうかと思うこともあるが、そこまでするのもなと思う。
テレビに出始めた頃は、今日は何を着てどんなネクタイをしめてと衣装選びも楽しかったが、最近ではだんだんと気が重くなってきた。番組でどんなコメントをしたかより、今日何を着ていた、今日のネクタイはどうだったと言われることが多いのも現実なのだ。そろそろまた買い揃えなければならないのか。

09年7月28日(火)「#758 民主党マニフェスト」

  民主党のマニフェストが発表された。当初は昼12時から党本部で鳩山代表による発表記者会見を開く予定だったが、メディアからの問い合わせが殺到したため、急遽午後5時から都内のホテルに場所を変更した。民主党が思っていた以上に、世の中の関心が高かったということだろう。
  先日、民主党のある議員から、マニフェストを発表する記者会見を夕方6時から行ったらテレビ各局は生中継してくれるだろうかという相談を受けた。国民が注目している民主党のマニフェストだからテレビ局も関心が高いと思うが、テレビ各局の民主党担当記者の意見を聞いたらどうかとアドバイスした。民主党自身も、自分たちのマニフェスト発表がどの程度のニュースになるのか判断しかねていたのだろう。
  その民主党のマニフェストの中身だが、国民受けを狙うばら撒きとの批判を考慮して、政策の実行に必要な財源と、政策をいつ実行するのかという工程表を明らかにした。もし民主党が政権を獲って政権交代が実現したら、衆議院の任期である次の4年間でどういう政治を目指すのかというビジョンは感じることができる。
  ただ残念なのは、民主党のアキレス腱と批判されてきた外交や安全保障に関しての記述があまりに少なかったことだ。事前に報道されていた通り、民主党が反対していたインド洋での海上自衛隊による給油活動については何も書かれていない。民主党内でも賛否が分かれており、社民党にも配慮したのだろうが、本気で政権を狙うのなら、マニフェストに外交や安全保障についても正面から目指すべき方向性を示すべきだったのでないか。
  財源については、マニフェストに書かれた政策を実行するためには4年後には16.8兆円ものお金が必要だと書かれている。特別会計も含めた国の総予算207兆円を徹底的に見直し全面組み換えするという決意は評価できるが、国会公務員の総人件費2割削減などそう簡単にはできないだろう。無駄遣いの排除などでそれだけの財源が出てくるかどうかは難しいだろう。
  自民党の閣僚からは、民主党のマニフェストに対して財源が不十分だと批判の声が高まっている。しかし、国と地方合わせた借金が約804兆円もある現状を考えると、ずっと政権を担当してきた自民党が財源うんぬん言っても説得力がないように思うのだが。
  自民党のマニフェストは今週金曜日に発表される予定だ。4年前のマニフェストとも比較しながら中身を吟味したい。

09年7月27日(月)「#757 ネット」

  インターネットがなかった時代はどうしていたのだろう。いまやネットが当たり前の時代になって、なかった頃のことは遠い昔のようだ。会社に入った頃は、ネットどころかワープロもなかった。放送原稿は手書きだった。ネットも携帯もなく、連絡は自宅に電話するか手紙だった。ワープロを使うようになって、便利なものができたなと驚いた。原稿の書き方も変わった。書く前に構成をしっかり考えてから書き出す方法から、とりあえず書き出して後で構成を入れ替えるというやり方になった。
  そのうちワープロ機というものもなくなり、コンピューターとなった。ワープロはPCの一機能となって、インターネットが主流になった。ネットは報道という仕事のやり方も変えた。何かリサーチするときに、まずネットで検索することが当たり前になった。まずは電話帳や百科事典、本、雑誌で調べるということはほとんどなくなった。
  しかし、ネットには真偽のよく分からない様々な情報が本物のような顔をして大量に流れている。出所の分からない間違った情報が、コピーにコピーを重ねて正しい情報のようにネット上に溢れていることも多い。その昔、ある人に送った私のプロフィールがそのままネットに出るということがあった。それがウィキペディアにも引用されて、私のプロフィールがあちこちに出ているが、実は一部間違っている。その理由は、私が最初に自分で書いた時に勘違いで間違ったのだ。それがそのままネット上で今でも流れている。最初に間違ったら、間違った情報が次々とコピーされることを実感した。
  そうはいうものの、ネットは本当に便利だ。飛行機やホテルの予約も、買い物も、列車の時刻表のチェックも、何でもネットでやっている。番組に出演する前の調べものもネットで行っている。事実関係や数字の確認は、情報の出所を厳密にチェックしているが、ほとんどネットに頼りきりだ。ネットがない生活は今では考えられない。

09年7月26日(日)「#756 合宿2日目」

  合宿の朝は散歩から始まる。昨夜、あれだけ早くに寝たのにまだ眠たい。10分ほど子供たちとコーチ陣で散歩して最後にラジオ体操をする。懐かしい。子供の頃に、夏休みに早起きして近所のラジオ体操に参加して、参加するごとに毎朝ハンコを押して貰っていたのを思い出す。
  朝ごはんを食べた後に、帰りの荷物の支度をしてから練習へと向かう。合宿の最終日は毎年恒例の体力測定だ。50m走とボールの遠投を毎年計って記録している。昨年の合宿で、充分準備をせずに50mをむきになって走り、ゴール付近で太ももの裏側に電気が走った苦い思い出があるので、今年は走るのをやめた。
  学生時代に野球をやっていた者としては、遠投で子供たちにいいところを見せたい気持ちはやまやまだが、年々肩は衰えるばかりで、まともに投げることはできない。子供たちも皆必死で、遠投の距離を競い合っている。気合が入りすぎて、ここから投げるというスタートのラインを少々オーバーする子も多いので、「ちょっと出すぎやぞ」と注意する役目になった。
  今年は遠投もやめようかと思ったが、子供たちが投げているのを見て火が点いてしまった。充分キャッチボールもせずにやったので、1回目はなんと50m台。そんなに投げられないとは思っていたが、さすがにその記録にはガッカリした。軟式で50m台では話にならない。気を取り直してもう一度投げたら、なんとか70mを超えることができた。ほっとしたら、子供たちから「コーチも線出てるやん」と厳しく指摘された。さすが子供はよく見ている。
  体力測定の後は、きのう練習試合が雨で流れたので、紅白戦をやった。やはり子供たちは試合が一番。みな楽しそうだ。今日もまた審判をやった。プロテクターをしていなかった胸に何度も強烈なファールチップを受けて本当に痛かった。二男の打球も頂戴した。二男の学年も、みな力強いファールチップを打てる年頃になったということを肌身で実感した。
  この夏の合宿を終えると、毎年子供たちの顔つきが変わってたくましくなる。共同生活を経験したことでチームワークもよくなるのだ。監督やヘッドコーチ、それに合宿をお手伝いするお母さん方やお父さん方はたいへんだが、そんな子供たちの成長ぶりを見るのは本当に楽しみだ。みなさま、お疲れ様でした。

09年7月25日(土)「#755 合宿初日」

  1年ぶりに子供の少年野球の夏の合宿に参加してきた。日程は3日間だが、1日目は平日なので仕事で参加できず週末だけの参加となった。長男がチームにいた頃から参加しているから、今年で5~6回目の参加だろうか。
  毎年、この時期に行われているので、とにかく暑いという思い出がある。カンカン照りの中で終日、野球をやるのでみな真っ黒に日焼けして合宿を終える。ところが、残念ながら今年はまだ梅雨も明けておらず雨模様となった。
  週末2日間だけ参加するお父さんコーチも多く、今日朝早くからお父さんコーチの車に乗せてもらい、合宿地のグラウンドへと向かった。早くに現地に着いて朝ごはんから合流し、その後すぐに練習となったが、どうも子供たちの動きが鈍い。昨夜は遅くまで起きていて寝不足なのだろう。子供たちは大部屋で布団を並べて寝るので、なかなか興奮して寝付けないことが多いのだ。
  今日は毎年恒例となった地元の少年野球チームとの練習試合だ。学年ごとに相手チームと対戦する。二男の初ヒットは出るのだろうか。まずは二男の上の学年のチームの試合の審判をすることになった。
  主審を務めると、そのチームの様子がよく分かるのだが、うちのチームの選手はチャンスになると打席で消極的になる傾向があるような気がする。どの学年でも、昔からそのように感じることが多い。チャンスで打席が回ってきた時に、これはおいしいと感じるか、打てなかったらどうしようと緊張するかでは、その結果も自ずからかわってくる。小学生だと緊張しても仕方がないか。
  1試合目の途中から雨が降ってきて、1試合目の終わりごろに雨で中止となった。その後に予定されていた練習試合も全て中止になり、体育館でのバスケットボールで相手チームと交流することになった。二男の初ヒットはまたまたお預けとなった。
  練習中のみならず、食事や入浴、自由時間など一日中チームのメンバーと一緒にいると、それぞれの子供の個性が分かって面白い。同じ学年でも、何人かの仲の良い固まりがあるようだが、その時々の状況に応じてそのメンバーはコロコロ変わっている。うちの二男を見ていると、常にそういった固まりの中心にいるというのではなくて、どちらかというと、そういう固まりとは少し距離を置いていることが多い。一言でいうとマイペースなのだ。常に誰か特定の子供同士でひっついているということもない。
  もう少し、みんなの輪の中に入ればいいのにと思うこともあるが、そんな二男の様子を見ていてあることに気付いた。私の人間関係のとり方とそっくりだ。それに気付いて一人で大うけした。他の人との輪からはずれ、マイペースでやりたい様にやるというところがそっくりなのだ。
  今夜も、お父さんコーチ陣は子供が寝静まった後に部屋でお酒を飲みながら話をして、夜遅くまで懇親を深めたのだが、私は最初から参加せずに早々に別の部屋で寝てしまった。このところ仕事が忙しく睡眠不足だったということもあるが、こんな機会だから少しでも顔を出さなければという強い思いもなかった。私のことをよく知っている人は、また寝てるわと思うだけだが、あまり知らない方は、何か面白くないことでもあったのかと気にかけてくださったかもしれない。
  そういえば、この年に1回の合宿の夜は、いつも1人早めに寝ているような気がする。思えば、学生の頃からずっと、友人や会社の人達と泊りがけで何処かに行った時も、いつも1人だけ早々に寝ていたような気がする。昔から同じ事を繰り返している。自分ではあまり気にしていないが、周囲からは変わった奴だと思われてきたかもしれない。息子の様子を見ていて、そんな自分のことを思い出した。親子そっくりだ。

09年7月24日(金)「#754 ギスギス」

  以前から気になっていることだが、最近ますますひどくなっているような気がする。飛行機や電車、バスなどの公共交通機関の中での乗客のちょっとした態度だ。
混雑している電車の中で、少し詰めればもう1人座ることができるのに、知らん顔して足を組んでイヤホンで音楽を聞き携帯電話をいじっている若者。いや若者だけではない。先日は、電車内の私の向かいの席がちょうど1人分空いていた。そこに二人連れの年配の女性が大きな声で喋りながら乗ってきて、どう見ても1人しか座れないスペースに2人で座ろうとする。明らかに無理だったので、その横に座っていた若い女性が自ら席を立ってどこかに行ってしまい、2人の年配女性はお礼を言うこともなく当然のようにそこに座った。この2人の女性はこれだけでは終わらなかった。
私の向かいの席に座ったその2人のうち1人は、私の側の端の席が空くと「わたし端が好きやねん」と言って1人だけ突然、私の側の端の席に移り、「あんたもこっちおいで」ともう1人を誘ったのだ。その人の横の席が空いていないにも関わらず。呼ばれた女性はスペースが充分無い所に無理やり座ろうとしたので、皆が詰めることになった。さすがにその時は「すいません」と隣の人に声を掛けていたが。
この例は極端だとしても、乗り物の中での他人への気遣いのなさにあきれることが多い。飛行機で窓側の席から降りる時には、機内の後ろ側に座っている人が通路を歩いてくるのを少し立ち止まってもらって窓側から通路側へ出ることになる。このとき、なかなか止まってくれない人が多いのだ。頭上の荷物入れから鞄をとって「すいません」と頭を下げても、全く無視されて立ち止まってくれないことがよくある。怖そうな人ではなく、ごく普通に見える人がちらっとも見ずにまっすぐ前を向いたまま通り過ぎるのだ。
どうしてこんなにギスギスした人が多いのだろう。そういう世の中になったのだろうか。私が細かいことまで気にし過ぎなのだろうか。
わが身を振り返って自分はギスギスしていないだろうか。自分自身も昔に比べて誰にでも愛想よくすることが減ってきたような気がする。そもそも昔から愛想よくないやないか、という突込みが聞こえてきそうだが。ギスギスしている世の中が気になる。

09年7月23日(木)「#753 40日」

  憲法54条は、衆議院が解散された時は40日以内に総選挙を行うことを定めている。おととい衆議院は解散され、8月18日公示、30日投票という日程が決まり、憲法の規定いっぱいいっぱいの長い日程となった。
  静岡県知事選や東京都議選などの地方選で連戦連敗した麻生政権は、少しでも反自民の風が和らぐようにと異例の長い日程としたのだろう。8月に総選挙が行われるのは戦後初めてで、107年ぶりだという。公示は来月18日だが、衆議院が解散し、ただの人になった議員はすぐに地元に帰り事実上の選挙戦は既に始まっている。テレビニュースの衆議院議員の肩書きも、すでに前議員となっている。
  しかし40日は長い。暑い時期の選挙戦だけに、候補者自身も選挙スタッフもボランティアも体力的にも精神的にもたいへんだろう。お盆の時期を挟むので、街頭での活動にも気を配ることが多いだろう。
  40日という日程は、われわれメディアにとっても初めての経験で、とても長い。すぐに公示され10日あまりの選挙戦だと、あっという間に終わるのだが、これだけ期間があると、報道する側も、いつも以上に報道の目線や切り口が問われるだろう。公示後はもちろん、既に実際の選挙戦が始まっているので、各党、各候補者の取り上げ方に偏りがないように配慮しなければならない。
  たいへんな事ばかりだが、考えようによっては40日という長さはプラスに作用する。世論の流れや雰囲気に流されることなく、各党のマニフェストをしっかりと読み込んで政策を比較し、政権を託すべき党はどこか、国政を任せるに値する候補者は誰か、じっくりと見極めるのに充分な時間がある。
  郵政一色に染まり、政策論よりも造反議員と刺客の対決に注目が集まった当時の報道についてはメディアの中でも反省の声が多く聞かれる。今回の選挙では、この4年間の自民党政治の総括や、民主党の政策実現性の検証も含め、メディアの力量も問われる選挙になるのではないだろうか。

09年7月22日(水)「#752 皆既日食」

  日本の陸地では46年ぶりとなる世紀の天文ショーだった。普段は天体や宇宙といったものにそれほど興味がある訳ではないが、今日ばかりはにわか天文学ファンになった。わざわざ皆既日食を見る事ができる南の島にまで行きたいとまでは思わないが、部分日食でもいいから見たかった。
  太陽を直接見ることはもちろん、サングラスでも下敷きでも駄目でちゃんと観察用のグラスをかけなければいけないとは分かっていたが、どこも品切れで結局手に入らなかった。いざとなったら、少しぐらい目が傷んででもと思っていたが、そんな機会もなかった。
  ちょうど太陽が最大限欠ける11時過ぎには東京に居たので、移動中に空を見上げた。残念ながら空は雲で覆われ太陽は顔を出していなかったが、オフィス街のビルの前にはたくさんの人達が集まり携帯電話を片手に空を見上げていた。
  私も一緒になって空を見上げたが、太陽は雲の中に隠れたまま。近くの女性たちが、ちょっとだけ見えたと言っていたが、私には残念ながら見えなかった。よく見れば、ビルの前だけでなく、交差点でも歩道でも、いたるところで人々が空を見上げている。なかなか面白い光景だった。みなそれだけ皆既日食に関心があったということだろう。
  テレビで見た皆既日食はとても神秘的だった。さっとあたりが真っ暗になって闇夜に包まれる。夜になったと勘違いして鳥たちは巣に戻ろうとし、自動点等のネオンサインが輝く。皆既日食は体で感じることのできる天文ショーなのだ。
  南の島では残念ながら雨になったようだ。何時間もかけて現地まで行った人は残念だっただろうなあ。来年はイースター島で見られるという。ダイヤモンドリングをこの目で見たら感動するだろうなあ。

09年7月21日(火)「#751 衆議院解散」

  ようやくと言うか、やっとと言うか、衆議院が解散された。すぐにでも解散して総選挙にうって出ることを期待され去年9月に就任した麻生首相が、何度かあった解散のタイミングを先送りし、任期満了間際の追い込まれた形での解散となった。
  通常は午前9時から始まる閣議は、一部の閣僚が解散の書類に署名しないことも考慮していつもより1時間早い午前8時に始まったという。解散を決める直前までバタバタした解散劇であった。
  麻生おろしの風が吹き荒れるのではないかとも見られていた自民党の両院議員懇談会は、結局メディアにフルオープンとなったが、結果的には大きな混乱も無くシャンシャン株主総会のようになった。1時間ほどは続くのではないかと思われていたが、まだ発言を求める議員の手が多く上がっていたにもかかわらず、30分ほどで司会者が発言を打ち切り閉会となった。
  麻生おろしの急先鋒であった中川元幹事長は懇談会で発言せず、その後の代議士会で発言を求めた際には一瞬緊張感が走ったが、マイクを握った中川氏は懇談会での首相の挨拶を評価して首相と握手をしてみせた。実際に解散になってしまったのだから、今さら麻生おろしでもないのだろうが、その変わり身のはやさにあきれたのは私だけではなかっただろう。
  今日は大阪で番組出演だったので、残念ながら衆議院解散の本会議を取材することはできなかった。夕方に首相官邸で行われた麻生首相の記者会見も聞きたかった。しかし、その内容は残念ながら予想通りの期待はずれだった。
  懇談会での冒頭での挨拶と同じ様に、記者会見でも謝罪から始まった。人に謝ることを知らずに常に上から目線の首相だと思われていたが、国民に不信感を与えたことについて素直に謝ったのだ。
  しかし、会見では国民に対する3つの約束を明らかにしたものの、この国をどうしていきたいのかという熱いビジョンは残念ながら伝わってこなかった。思っていた通り、民主党との違いを明らかにしようという、野党の党首のような演説だった。
  私がもしも首相のアドバイザーなら、しかめっ面で原稿を読むのではなく、秋葉原で演説して人気があった頃のように、明るくべらんめえ調でざっくばらんに語りかけるように話すようアドバイスする。「俺にまかせりゃ、元気ないい国になるよ」なんていう首相会見も麻生さんらしくていいと思うのだが。

09年7月20日(月)「#750 夏休み」

  子供たちにとって待ちに待った夏休みが始まった。我が家にも、高校生、中学生、小学生と3人の子どもがいるので、家の中が騒がしくなってきた。子どもを持つ親にとって、夏休みは子どもが家にいることが多くなるので頭が痛いのだ。
  それにしても、我が家の子どもたちは最近たるんでいる。自分の部屋を片付けなさい、早く寝なさい、家の手伝いをしなさい、勉強しなさい、などと小言ばかり言っているが、ほとんど言うことを聞かない。うるさく言われた時だけ渋々やるが、ちょっと目を放すと途端にサボりだす。
  学校側も夏休みになったら子どもたちが遊んでばかりいるのを分かっているのだろう。高校も中学も小学校も夏休みにかなりの量の宿題を出している。40日も休みがあるので、早いうちに宿題を片付けようという考えは子どもたちにはない。毎年毎年8月下旬になってから大慌てで宿題に取り組むパターンが続いている。
  今年は、子どもたちもそれぞれ夏休みのスケジュールが詰まっているので、早めに宿題をやらせようと思っている。それに加えて、最近の生活態度がなっていないので、近々子どもたちを集めて正座をさせた上で、この夏の過ごし方についてお話するつもりだ。
  今年の夏は総選挙があるので私も例年と比べてかなり忙しくなるだろう。普段以上に東京と大阪を行ったり来たりになるだろうし、場合によっては地方に行くこともあるだろう。選挙に向けて、取材も入ってくるかもしれない。
  子どもたちだけでなく、私も気を引き締めていかなければならない。忙しい夏に向けて。

09年7月19日(日)「#749 読書ノート」

  最近また快調に本を読んでいる。読むスピードも上がってきた。どんな本が出ているのか書店に行くのも楽しみだ。いまどんな本を読んでいるかをこのコラムに時々書いていたが、最近はご無沙汰だった。私が読んでいる本がどれだけ皆さんの参考になるかは分からないが、少しだけご紹介したい。
    「正義の正体」(田中森一・佐藤優、集英社インターナショナル)
    「和田秀樹の憲法改正論」(和田秀樹、原書房)
    「伊藤真の日本一わかりやすい憲法入門」(伊藤真、中経出版)
    「思考の整理学」(外山滋比古、筑摩書房)
    「白洲家の流儀」(白洲信哉、小学館)
    「通勤電車でわかる財務3表」(北村庄吾・蓮室光雄・星野誠、ダイヤモンド社)
    「日本の難点」(宮台真司、幻冬舎新書)
    「世襲政治家がなぜ生まれるのか?」(福田博、日経BP社)
    「福沢諭吉 国を支えて国を頼らず」(北康利、講談社)
    「吉田茂 ポピュリズムに背を向けて」(北康利、講談社)
  以前に「白洲次郎 占領を背負った男」(北康利、講談社)を読んで以来、北康利さんの書く人物評伝にはまっている。もともと歴史ものは好きなのだが、単に歴史を振り返るだけでなく、現在の問題点や現代人が忘れ去ろうとしている精神に繋がっているところが面白い。本を読むということは心の栄養である。

09年7月18日(土)「#748 快復」

  体の調子がだいぶ良くなってきたと実感するようになってきた。食欲も戻ってきたし、お酒も美味しくなってきた。そして何よりもあらゆることに対する考え方がいつもの前向きになってきたような気がする。
  番組でコメントする時も、体調が悪かったときに比べて積極的になってきたのではないかと思う。やはり何事も体調が一番である。体調が悪ければ気力も衰え、考え方も後ろ向きになる。先々のことが考えられない。悪い循環に陥るのだ。体調さえ戻れば、全てのことが良い方向に向かう様な気がする。
  このところ友人の紹介で何度か通った針灸も効いていると思う。針を打ってもらってお灸をすると心身ともにリラックスする。体の、特に下半身の冷えが気になっていたので、お灸はとても気持ちがいい。針灸の先生によると、血液の流れも気のながれもだいぶ良くなってきたということだ。
  先日、これまた別の友人の勧めで、体内環境を整え細胞を活性化させるトリートメントを受けてきた。ストレッチをしたり、マッサージを受けたり、手先と足先を温めたり、高気圧の部屋の中で高濃度酸素を吸入したりと、2時間ほどかけて様々な方法で体の手入れをしてくれる。ここでも体の温度が下がっていると言われた。
  こうして体に良いと思われることを色々と試しているが、このところ体調が戻ってきた最大の要因は指圧だと思う。昔から体の調子を診てもらっている先生に集中的に指圧をしてもらっているからだろう。3週間ほど前に体を触られた時は飛び上がるほど痛かったが、今では気持ちよくなってきた。肩と首のこりはまだ完全にはとれていないが、体全体の張りはなくなってきた。
  体が楽になってきて、考え方もいつもの前向きに戻ったのが一番だ。選挙も決まり仕事も今まで以上に忙しくなるだろう。自分らしく、無難でなく、やっていきたい。

09年7月17日(金)「#747 出口戦略」

日本人にとっても、日本という国にとっても苦手なのかも知れない。問題が起きて対処を考え、実際に手当てをして、それに対してある程度の結果が出れば、いかにその問題を収めて次の段階に繋げていくかというのが、私なりの出口戦略という言葉の定義である。 
そう言えば、先日イタリアで開かれたサミットの世界経済に関する首脳宣言の中でも、経済危機からの出口戦略の必要性で合意するという文言があった。どの辺りで物事を収めて次の展開を考えるかということは戦略である。これが日本人にとっては難しいのだろうか。
また、勝負には勝者と敗者がいるわけで、勝ちっぷりと負けっぷりというものが大事なのである。勝負だから勝つにこしたことはないが、勝つものがいれば必ず負けるものがいるのだ。いかに次の勝負に繋げるかという勝ちっぷり、負けっぷりが問われるのだ。
今読んでいる「吉田茂 ポピュリズムに背を向けて」(北康利・講談社)によると、麻生首相の祖父である吉田茂が戦後すぐに外相になって就任挨拶のため鈴木貫太郎前首相を訪ねた際に「戦争は勝ちっぷりもよくなくてはいけないが、負けっぷりもよくないといけない。」との言葉を贈られ、吉田茂はこの言葉を肝に銘じ、その後自らもしばしば口にするようになったという。Good Looser(良き敗者)ぶりが問われたのである。
その吉田首相の孫が窮地に立たされている。解散を予告するという奇策に出て、首相の座から引き摺り下ろそうとする勢力に対して先制パンチを浴びせたものの、予想以上の反撃をくらっている。このハードルを何とか乗り越えても、まもなく衆院選という天下分け目の大一番が待っている。まさに一国のリーダーとして、出口戦略と勝ちっぷり負けっぷりが問われているのだ。祖父は天国からこの状況をどう見ているのだろうか。

09年7月16日(木)「#746 麻生おろし」

長年に亘って政権を担当してきた自民党もついに崩壊するのかとまで思わせる混乱ぶりである。麻生首相が衆議院解散を予告し、8月30日総選挙を決めたことに対して、麻生おろしの風が吹き荒れている。自民党国会議員の3分の1を超える署名が集まり、党執行部に対して両院議員総会の開催を求める事態となった。党則によると、1週間以内に両院議員総会を開くことになる。そして、党国会議員の3分の2以上が出席し、出席議員の半数以上が同意すれば、党総裁選を前倒しで実施し麻生首相を引きずりおろすことも可能になる。
中川、武部、加藤といった反麻生の元幹事長らが両院議員総会の開催を求める署名を呼びかけたのに対して、与謝野、石破の現職閣僚が署名に応じたから騒ぎはますます大きくなっている。しかし、署名した議員が全て反麻生という訳ではなく、東京都議会選挙をはじめ地方選挙で連戦連敗したことに対する総括と反省を求め、麻生首相の下で衆院選を戦うことを求める議員も署名しているのだ。
それにしても、去年9月に自分たちで選挙の顔として選んだ麻生首相を、選挙もせずして自分たちで引きずり降ろそうとしていることを見せられて国民は白けるばかりだ。安倍、福田と首相が2人連続で任期途中で政権を投げ出すことが続いたのに、また麻生首相の交代を求めるのか。解散総選挙の日程が決まったというのに、こんな事を続ければ、国民が自民党に対してどういう思いを持つのかなぜ分からないのだろうか。自民党は民主党に対して、何かといえば政権担当能力を問題にするが、これでは自民党の政権担当能力が問われることにもなる。
麻生首相は記者団に対し、両院議員総会などの開催が決まれば「出席し話を聞き、所信や考え方を述べたい」と語った。決して逃げないのが信条である首相は、堂々と出席し自らの党の議員を前にして自分の思いや考えを明らかにすべきである。

09年7月15日(水)「#745 イチローとオバマ」

朝から東京出張。政治がバタバタしてきたので東京での取材は欠かせない。勉強会を3つはしごした後、夜は会合に出席。会合に来ていた国会議員とも意見交換した。みな完全に選挙モードである。
東京に取材に行って大阪におらず番組もお休みしたので、1泊3日でメジャーリーグのオールスター・ゲームを観るためにアメリカに行ったのではないかとの声も聞かれたそうだ。さすがに政治情勢がこれではアメリカ行きは不可能だ。
メジャーのオールスター・ゲームは毎年、7月の第二火曜日に行われる。今年はカージナルスの本拠地であるセントルイスでの開催である。開催地ではオールスター・ウィークとして有望な若手によるフューチャー・ゲームやホームラン・ダービーなどが行われると共に、大規模なカードショーや野球殿堂の展示などを含むファン・フェスタも開かれる。街中、オールスター一色に染まるのだ。メジャーファンにとってはたまらない催しだ。
今まで、95年(日本人として野茂が初出場)のテキサス、00年のアトランタ、01年(イチロー初出場)のシアトル、02年のミルウォーキー、03年(イチロー、長谷川、松井秀の3人が出場)のシカゴと5回オールスターを観戦したが、今でも最高の思い出だ。
  今年でイチローは9年連続出場。毎年出場するので当たり前のように思われているが、野球の本場で毎年ファン投票で選ばれていることは信じられない快挙である。今やイチローのいないオールスターは考えられないほどの常連となった。そのイチローが珍しく笑顔ではしゃいでいるのをテレビで観た。試合前にロッカーを訪れたオバマ大統領からボールにサインをしてもらったのだ。さすがのイチローもオバマ大統領の存在感には圧倒されたようだ。オバマ大統領とイチローの2人のサインが入ったボールがあれば、いったいいくらの値段がつくのだろうかと、マニアとしては気になる。
大統領のオールスター・ゲームでの始球式はケネディ、ニクソン、フォードについで4人目で33年ぶりだという。それにしても、大統領が開催地のカージナルスのジャケットではなく、自分の出身地シカゴのホワイトソックスのジャケットを着ていたのには驚いた。現地ではブーイングだったようだが、慣例や建前より自分の心を大切にするオバマ大統領の素顔が垣間見えて面白かった。

09年7月14日(火)「#744 臓器移植」

改正臓器移植法のA案が参議院でも可決され成立した。衆議院が解散すれば廃案となるので、解散の行方が心配されたが臓器移植法が施行されてから12年経ってようやく改正された。
改正案が成立したことで、これまでの法律では「臓器提供時に限り脳死は人の死」とされていたものが、「脳死は人の死」となった。また、生前の本人の書面による臓器提供の意思表示に加えて家族の同意が必要であった移植の条件が、本人の拒否が明らかでない限り家族の同意だけで臓器提供が可能になる。また現行法では、15歳未満の子供からの臓器提供は禁止だったが年齢制限が撤廃されたので、子供から子供への移植手術も可能になった。これで、15歳未満の子供たちが臓器移植を求めて海外に行かなくても国内で手術を受けることが可能になった。
参議院では、死の定義を現行法と同じ「臓器提供時に限り脳死は人の死」とし、他の点はA案とほぼ同じ修正A案と、さらに子供の移植に関して子ども脳死臨調を設けて検討するとした対案が出され記名投票にかけられたが、予想していたより大差でA案が可決された。個人の死生観や宗教観にも関係する問題とあって、共産党を除いて各党とも党議拘束を外した。
私個人としては、子供への臓器移植を可能にするA案が成立してよかったと思う。これは、ロサンゼルス特派員の時に日本から心臓移植を求めてアメリカにやってきた男の子を取材した経験があるからだろう。一般の人からの募金に支えられて家族で海を渡ってきたものの、結局移植が実現せずに亡くなった経緯を取材して、一日も早く日本でも子供への移植が可能になる日が来ることを願っていた。
改正法が成立したからといって、すぐに日本で臓器移植の件数が増えるのは難しいというのが現状だ。日本では臓器移植法が出来てから12年で81件しか移植手術が行われていないが、本人の意思の確認の難しさに加えて、救急医療に携わる医師の不足が大きな原因だといわれている。時間のかかる脳死判定を実施するには医師の数が決定的に不足している。また、ドナー(臓器を提供する人)とレシピエント(臓器の提供を受ける人)を繋ぐ移植コーディネーターも不足している。大人よりも難しいといわれる子供の脳死判定を確実に行えるのかという不安の声もある。さらに、虐待を受けて死亡した子供を見分けることが出来るのかという課題もある。課題はまだまだ多いが、ようやく法律が改正されたのだから、臓器移植が確実に増える体制作りが不可欠である。

09年7月13日(月)「#743 解散予告」

私の予想は外れた。自分の手で解散するとずっと言ってきた麻生首相は、明日14日にも解散して8月8日に総選挙をすると予想していたが、解散を予告するという予想外の展開となった。7月21日の週に解散して8月30日に解散することを決め与党の了解を得て首相が正式に表明した。当初は私の予想通り8月8日の解散を目指していたようだが、与党の説得にあい妥協して8月30日としたようだ。
解散を予告するという異例の手段をとって8月30日に総選挙を実施することに決めた理由はいくつかあるだろう。まず、逃げずに私が解散すると言い続けてきた首相が、9月に入ると9月10日の任期満了に向けて追い込まれて解散したと言われるので、ぎりぎり8月中の解散を自らの判断で決めたかったということだろう。
次に、東京都議会選挙の歴史的惨敗を受けて、選挙を先送りして欲しいという自民党や公明党の声に配慮したのも大きい。そして、解散を予告して総選挙の投開票日を決めたことで、麻生降ろしの動きを封じる意向もあったのではないか。政界では何が起こるか分からないが、選挙の日程が決まったことで議員は選挙に向けて地元に帰らざるを得なくなり、麻生降ろしの動きも緩まるのではないか。
こうした首相の決断に対して、次期総選挙で政権交代を目指す民主党は他の野党と協力して、衆議院に内閣不信任案を、参議院に麻生首相の問責決議案を提出した。内閣不信任案は否決されるだろうが、参議院では問責決議案が可決される可能性が高いので民主党は今後の審議を拒否し国会は事実上の開店休業となる。
首相にノーを突きつける不信任案と問責を提出することには、政治の手法としては理解できるが、このまま解散すれば北朝鮮の船舶検査法案が廃案となることについて民主党はどう考えているのだろうか。先日の党首討論で鳩山代表は、この法案の成立に前向きな姿勢を示していただけに、政策よりも政局を優先した選択には、民主党のアキレス腱とも言われる安全保障政策について不安を抱かせることになる。
8月に総選挙が行われるのは107年ぶりで戦後初めてだという。7月21日に解散すれば、解散から投票まで40日という憲法で定められた枠内で最大の間隔があくことになる。異例尽くめの総選挙は、この国の行方を決める極めて重要な選挙となる。

09年7月12日(日)「#742 チャンス」

今日はチャンスだった。打席での構えも大きかったし、相手のピッチャーもたいしたことなかったし、ワンアウト満塁で相手チームの内野は極端な前進守備だった。チョコンと当てればヒットになる。
思えば昨日の夜。左足の親指の爪がはがれたと二男が言ってきた。日曜日の野球の練習をどうしようかと私に相談してきたのだ。爪がはがれた足が痛いので練習を休もうかという相談なのか。私は意地悪く「足痛いんやったら、野球のチーム辞めたら」と突き放した。練習に参加してみて、足が痛いようだったら様子をみて練習を見学することにしたようだ。
この体調とこの暑さでは、ちょっと練習に参加するのは無理なので、午後からの練習試合だけを観戦しに行った。今日の練習試合はダブルヘッダー。1試合目は二男はベンチで出場機会はなかった。1試合目が終わった後、愛犬ベルと木陰で観戦していた私のところに二男がやって来て、満面の笑みで2試合目にサードで先発出場することを告げた。爪がはがれた足の具合は大丈夫なようで、朝から普通に練習したようだ。やはり気持ちの持ちようの問題だ。
2試合目が始まった。2試合目が始まる前に二男はキャッチボールすらしていなかったので、ちゃんとボールを投げられるのか心配だったが、案の定、サードゴロをホームに暴投して1点とられた。思ったとおりだ。
そして1打席目。打ちそうな雰囲気があったが、残念ながらストレートのファーボールだった。2打席目は一死満塁のチャンス。初球はストライクを見逃し。チャンスの初球ストライクは必ず振らなければ。2球目はファール。3球目ボールで、4球目空振りの三振だった。今日も初ヒットならず。今日の試合では、これまであまり試合に出る機会がなかった選手たちが次々とヒットを打った。チャンスだったのに。
素振りもティーバッティングも努力が足りない。野球の神様はそれほど甘くない。地道な努力が必要だ。継続は力なり。

09年7月11日(土)「#741 睡眠」

  何よりも休養をとることが大事である。睡眠が一番とも言われた。診療時間外に特別に指圧の先生に体を診てもらった。体を触られる度に飛び上がるぐらいに痛みが走ったが、前回に治療を受けた時に比べて、体の調子はだいぶ良くなっていると言われた。肩から首にかけては置き針が入っている。その針を避けて指圧をしてもらった。
   全身を触られる度に、体の各部分の筋肉が落ちてきていることを実感する。腕も脚も胸も腰も、筋肉が細くなってきた。大学を出て20年以上経って、継続してトレーニングしていないのだから仕方がない。そろそろ筋力トレーニングを始めなければと思い出して、もう何年経つだろうか。しかし、今はまず体調をもどすことが先決だ。
   「体は疲れているが、そう心配することはない。私が絶対治してあげるから」と先生が言ってくださった。有難いことだ。今は何よりも休養、睡眠が大事だとも言われた。
   1時間以上にわたって全身をしっかり指圧してもらったので、夕食の後に急速に眠くなった。倒れこむようにベッドに入ったのは夜11時頃か。今朝は6時、7時、8時と1時間ごとに目が覚めた。体はかなり楽になってきたが、眠りはまだ浅いようだ。朝の番組を観終わった後、9時半頃から再び寝た。起きたのはなんと午後3時半。寝ても寝てもまだ眠い。遅い昼食を食べた後で、またまた昼寝。よくこれだけ眠れるものだと自分でも思うほどぐっすりと眠った。眠るほどに体が元気になっていく気がする。これだけ寝ても、今夜は眠れるのだろうか。

09年7月10日(金)「#740 核廃絶」

アメリカのオバマ大統領の本気度が伝わってくる。イタリアのラクイラで行われているG8・主要国首脳会議の首脳宣言の中にオバマ大統領の提唱により「核兵器のない世界に向けた状況を作る」との文言が入った。画期的なことだ。サミットに先立ってモスクワで行われた米ロ首脳会談で、オバマ大統領とメドベージェフ大統領が戦略核兵器削減に大枠で合意した。今年12月にSTART1(第1次戦略兵器削減条約)の期限が切れるので、戦略核の弾頭数を現状より減らすことに合意したのだ。削減数が充分でないと指摘する専門家もいるが、核兵器の二大大量保有国である米ロのトップが核削減への道筋を示したことに意義があるのではないか。また、オバマ大統領は来年3月にアメリカで核安全保障サミットを開催することを明らかにした。
思えば、オバマ大統領の核廃絶に向けての強い決意を最初に感じたのは、今年4月のチェコのプラハで行われた演説だ。核廃絶を訴えた上で「核兵器を使った唯一の核保有国として行動する道義的責任がある」とまで言い切ったのだ。感動的な演説だった。人々を魅了する演説のうまさに定評があり、言葉の持つ力をあらためて実感させてくれるオバマ大統領ならではの歴史に残る名演説だった。
世界ではイランが国連決議に反してウランの濃縮を続け、北朝鮮も国連決議を無視し核実験とミサイル発射を続けており、世界での核をめぐる状況は深刻さを増している。そうした中、世界で核の平和的利用を進め軍事目的に使用されないように監視する国際機関であるIAEA(国際原子力機関)のトップ(事務局長)に初めて日本人が就任することが決まった。世界で唯一の被爆国から事務局長がでることの意義は大きい。
オバマ大統領の核廃絶に向けてのメッセージがニュースで大きく取り上げられるが、ずっと長い間、世界各国に向けて核廃絶を訴え続けてきたのは日本である。世界の核廃絶に向けて日本が主導権を発揮して欲しい。オバマ大統領が初めて来日する際には、広島を訪れるような気がする。是非、実現して欲しい。

09年7月9日(木)「#739 JR西社長起訴」

  検察も難しい判断を迫られた末の少々強引ともいえる起訴だったのではないか。4年前に運転士を含めて107人が死亡したJR福知山線の列車脱線事故で、神戸地検はJR西日本の社長を在宅のまま(身柄を拘束せずに)起訴した。罪名は業務上過失致死傷である。
  現職の社長ではあるが、罪に問われているのは常務取締役鉄道本部長という安全の最高責任者であった時の過失である。兵庫県警は今回起訴された社長を含め歴代の幹部9人を神戸地検に書類送検したが、他の8人は嫌疑不十分で不起訴となった。また、罪を問うべきだと遺族らが神戸地検に告訴した代々の3人の社長についても同じく不起訴とした。鉄道事故で鉄道会社の経営幹部が刑事責任を問われるのは極めて異例である。
  兵庫県警と神戸地検の捜査は続いていたが、事故から4年経って個人の刑事責任を問うのは難しいのではないかと見られていた。しかし、100人以上が亡くなるという事故の重大性を考慮したうえ、JR西日本の責任を厳しく追及する遺族の処罰感情にも最大限配慮しての起訴となったのだろう。しかし、事故原因に大きく関わっているとされる急カーブへの付け替え工事を行った際の鉄道本部長で、しかも現在の社長である人物1人だけの刑事責任を追及することには違和感がある。カーブを付け替えた時や事故当時の経営トップには責任はないのだろうか。もしも、付け替え工事の際の鉄道本部長が、現在社長になっていなかったとしたら、当時の鉄道本部長だけを起訴していたのだろうか。遺族感情はよく理解できるが、当時の責任者で現在の社長という象徴的な人物1人に責任を負わせることにしたように見える。
  業務上過失致死傷罪を裁判で立証するには、その当時に事故が起きることが予想できたかどうかという"予見可能性"が必要だが、社長は起訴事実を否認しており検察側が立証することには困難も予想される。無罪判決が出る可能性もあるかもしれない。
  遺族感情に配慮しての起訴という側面を考えると、明石海岸歩道橋事故のことを思い出す。不起訴になった警察幹部らの起訴を求めて遺族らが検察審査会に申し立て、二度にわたって起訴相当の判断が出されたが、検察は起訴しなかった。被害者の人数は違うが、同じように遺族らが当事者の処罰を求めた件で判断が分かれたことにもすっきりしない気がする。
  検察は今回の起訴について遺族らに説明する予定だが、国民に対してももっと分かりやすく説明する責任があるのではないか。

09年7月8日(水)「#738 人間ドック」

  このところ私的な内容が多かったので今日こそはニュースについて解説しようと思っていたが、今日もプライベートに関することだ。ところで、読者の方はこのブログに関してはやはりニュースの背景や裏側に関する内容を期待しているのだろうか。私の知り合いの間では家族などプライベートについて書いた時に反響が大きいのだが。両者をバランスよく書けたらと思っているのだが、できれば、時事ニュースだけでなく、スポーツや文化、流行、社会事象など、あらゆる事について自分の見方や考え方を書ければと考えている。
  体調もようやく戻りつつあるが、かなり前に予約していた人間ドックに行ってきた。会社で毎年春と秋に定期健康診断を受けているが、年に一度は人間ドックを受診するようにしている。特派員として海外で暮らしていた間も、現地で年に一度はメディカル・チェックを受けていた。因みに、医学的水準に不安がある途上国に赴任している特派員は、わざわざ帰国して健康診断を受けることも多い。
  人間ドックの受診日が近づくに連れてだんだんと憂鬱になってきた。理由は胃カメラである。特に胃に不安がある訳ではないのだが、歳も歳だし年に一度ぐらいは胃の内視鏡検査を受けようと思っている。これまで胃カメラを飲んだのは三度。最初は、20年ほど前に胃の調子が悪く受けたのだが、胃カメラのケーブルの太さに驚いた。案の定、喉をなかなか通らず、えづきに苦しみながらモニターに映る自分の胃の内部を見たのを覚えている。
  二度目はロサンゼルス。アメリカでは、喉に充分な麻酔を施してくれるので、苦しんだ思いは全くない。因みに、アメリカでは虫歯の治療をする際も充分に麻酔をするので痛みを感じることはなかった。日米では麻酔に対する考え方が違うのかもしれないが、日本でももっと麻酔を有効利用してもいいのではないかと思う。
  三度目は数年前に今回と同じ病院で受けた。昔に比べてケーブルが細くなったから楽ですよと事前に言われていたが、麻酔も充分効かず苦しさにのた打ち回った。担当医もぞんざいな対応で、胃カメラに対して恐怖だけが残った。
  そして今回が四度目。前回の記憶が残っているので今回は鼻から入れる方法を選んだ。ケーブルもかなり細く楽だという評判だ。それでも緊張した。軽く麻酔をした後、カメラを鼻に入れる前にチューブのような物を鼻の穴に入れて経路を確認する。鼻の奥にツーンと痛みが来て「少し狭いですね」と言われた。嫌な予感がした。そしてカメラの挿入。先端部分が鼻の奥を通る時には少し痛みがあったが、喉からの挿入に比べると格段に楽だった。喉を通らないので、えづかないのが何よりだ。モニターで自分の胃の内部を見る余裕もあった。自分でも驚くほど胃の内部は綺麗なピンク色だった。異常なしということで検査は10分程度で終了。検査の後に少し鼻血がにじみ、鼻水が止まらなかったのには困ったが、鼻からの胃カメラは評判どおり楽だった。今後は絶対に鼻からにしよう。これなら年に一度ぐらいは胃カメラ検査を受けてもいいかな。

09年7月7日(火)「#737 七夕」

今年の七夕は雨模様で天の川は見られないのだろうか。例年は七夕の日をあまり気にかけることはないが、今年は意味のある節目の日になるような予感がする。 残念ながら詳しくは書けないが、今日、今後の運勢が変わるきっかけになるような事があった。ふと考えれば今日は7月7日ではないか。縁起の良い7という数字が並ぶ幸運を招く日だ。 このところ、このブログでもあまり前向きな話を書いてこなかったが、今日を境にいつもの前向きな思考に切り替えることにする。今朝は早起きして、久しぶりに息子たちとティー・バッティングをしたのも気持ちが盛り上がるのに役立ったのかもしれない。2人とも久しぶりにも関わらず、思った以上にスゥイングが良かった。特に、二男の振りは鋭くて、これなら時間の問題で初ヒットが出るだろうという調子の良さだった。 公私共にあらゆる事が落ち込み、自分自身も少々弱気になっていたが、1つ1つのことが良い兆しを見せてきた。これもバイオリズムと関係があるのだろうか。あらゆる事が連動して、良い方向に向かうような気がしてきた。 具体的なことを書くことが出来ないのが残念だが、このブログを書きながらも気持ちが盛り上がってきた。よし、やるぞ。何事もポジティブに。無難でなく。

09年7月6日(月)「#736 お酒の飲み方」

  最近、しんどいとか体調不良だとか、暗い話が多く恐縮しているが、残念ながら今回もあまりいい話ではない。お酒にまつわる話である。お酒を飲むのは好きなほうだが、お酒がなければやっていけないという程ではない。1人でお酒を飲むことはほとんどないし、自宅でも夏場のビール以外を飲むことも滅多にない。お酒が好きというより、お酒を飲みながら気の置けない友人らと楽しい時間を過ごすのが好きなのだと思う。
  酒癖は悪くないと自分では思っているのだが、最近一緒にお酒を飲んだ相手は嫌な思いをしているのではないかと思うことがある。お酒だけをぐいぐい飲むことはせず、美味しいものを食べながら飲むのだが、最近飲むピッチが最初から速くなっている。最初にビールを飲んでいるうちはいいのだが、それから焼酎や日本酒、ワイン、バーボンなどに進んでいくと、昔に比べて酔っ払うのが早くなっているのだ。基本的には飲みたい人としかお酒は飲まないので、相手に絡むことはないのだが(本人がそう思っているだけで、相手はひょっとして絡まれていると思っているかも知れないが)、お酒が進んで気分が良くなって来ると相手の反応も気にせずペラペラ喋り出すことが多い。
  少し前のことだが、2軒目のバーで自分が何を話していたかをほとんど覚えていないという醜態をさらした。また先日は、ある人のお祝いの席に途中から遅れて参加したにもかかわらず、初対面の人がいるのも気にせず会の趣旨も忘れて、自分の話したいことを一方的に話して会が終わったらさっさとその場を離れた。まさに空気が読めない典型でお恥ずかしい限りだ。
  以前はこんな飲み方はしなかったのだが、最近自分でもおかしいなと感じている。ある人に言わせると、ストレスが溜まりすぎた人の飲み方だという。やっぱり、そこに来るのか。またストレスだ。心身ともに健康になれば、お酒の飲み方も穏やかになるのだろうか。今の様な飲み方では、ご一緒した方々に嫌な思いをさせるばかりだ。またまた体調の話になった。早くいつもの前向きなブログを書きたい。

09年7月5日(日)「#735 自信」

 肩や首に治療用の針が入ったまま。少し楽になったが、まだまだ全身の疲れがとれない。昨夜、夕食を済ませた後に早々とベッドに向かうと、妻から「明日、野球に行こうと思っているでしょ」と言われた。長女にも長男にも「疲れてるんやから、明日野球行ったらあかんよ」と言われる始末。早く寝て体調を整え、二男の少年野球の練習に備えた。
 野球の練習といっても、グラウンドの整備をしたり、練習試合用のラインを引いたり、試合で審判をしたり、練習後に片づけを手伝ったりするだけで、自ら走ったりプレーしたりはしないのだ。本当はコーチとしてバリバリやりたいのだが、今の体調では朝から夕方まで一日中走りまわるのは残念ながら無理だろう。
 二男が所属するチームでは学年ごとにチームが分かれていて、同じ学年同士で他のチームと試合をする。私が主審を務めた1試合目に二男が先発出場することになった。このチームのOBでもある中学生の長男も私と一緒に1塁塁審をやることになった。その長男が試合前に私に寄って来てこっそりと「七番サードで先発するよ」と二男がスターティング・ラインナップに入っていることを教えてくれた。久しぶりの先発に二男も喜びを隠して気合が入っているようだ。
 最初の打席は無死満塁というチャンスで回ってきた。主審のマスク越しに見た二男は、打席での構えが固くグリップにも力が入っているのが見てとれた。目の前の息子に声に出してアドバイスしたいが、主審ではそういう訳にもいかない。相手のピッチャーは、なかなかスピードがあってコントロールも良い。いつにも増して積極的にスゥイングしたが、結果は残念ながらキャッチャーゴロのゲッツー。2打席目も空振りの三振だった。
 2打席とも結果は出ず初ヒットはまたもお預けとなったが、ストライクも含めて打てそうな好球はフルスゥイングできたのは収穫だった。それにも増して良かったのはサードの守備だ。満塁でホーム・ゲッツーを狙わずファーストに投げたのはご愛嬌だったが、2度鋭い打球が飛んでいずれも見事にさばいたのには正直驚いた。
 もともとのポジションはライトだったのだが、監督さんがサードもやってみろとチャンスを与えてくれているようだ。私が監督なら、ゴロの捕球があまり上手でなかった二男にサードをやらすという発想はなかった。固定観念にとらわれずに、子供たち1人1人の可能性にかけてチャンスを与える監督の指導には頭が下がる。お蔭様で、二男もサードの守備については少しずつ自信を持ち始めているようだ。
 このところ、梅雨の天気や私の東京出張が続いた上に、私の体調不良で朝早くに起きられないことが続き、朝のティーバッティングをさぼりがちである。自主練習で努力を続ければ二男もバッティングにも自信を持つのだろうが。早く体調を整えて、毎朝バッティングに付き合ってやりたい。

09年7月4日(土)「#734 針灸」

針治療を受けたのは何年ぶりだろうか。本格的に受けたのはずっと前、ひょっとしたら学生の頃かもしれない。針治療も嫌いではないのだが、以前に受けた時に瞼の真上に針を打たれてとても怖かった経験があるので足が遠ざかっていたのかもしれない。以前からよく効くと勧められていた針灸院に行って来た。ここでは脈の打ち方で内臓の何処が悪いかが分かる脈診を行ってくれるということだ。治療台に横になって左手の手首で脈を診てもらうと、予想通りの診断内容だった。「肝臓がだいぶ疲れているようです。腎臓も疲れています」ということだった。うちの家系には肝臓の病で亡くなった者が多いので、普段から肝臓には気をつかっているのだ。アルコールの量はそうたいしたことはないのだが、ストレスは溜まるいっぽうだ。肝臓にも負担がかかっているのだろう。おへその少し下に打たれた針がとても痛かったのだが、ここも肝臓のツボだということだ。全身の肝臓のツボに針が打たれていく。お腹に打たれた針の先にお灸をすえる。これが温かくて気持ちがいい。下半身が冷えて、上半身がのぼせているということだ。うつ伏せになって、首から肩にかけて先生が触ると驚きの声をあげた。「これだけこっていると、マッサージしても治らないでしょう」と言われた。こっているポイントに次々と針が打たれていく。ここでもお灸がすえられた。あまりにこりがひどいからだろうか。首と肩には4ミリほどの短い針が打たれて、1週間ほどこのままにしておくという。針を体に入れたままにしておくのかと少々驚いたが、それだけ体の状態が良くないのだろう。少し間隔を詰めて治療に通ったほうがよいともアドバイスされた。治療を終えて少し体が軽くなったように感じたが、体に針が入っているかと思うと、気持ちは少々重くなる。体と相談しながら針灸も続けてみようと思う。

09年7月3日(金)「#733 丸2年」

このブログを書き始めたのは07年7月2日。最初の書き始めは「はじめまして。読売テレビ報道局の春川正明(はるかわ・まさあき)です。7月1日付けで報道局解説委員になりました。解説委員1年生です。今日からこのブログを担当させて頂きますのでよろしく御願い致します。」だった。懐かしい。あれからはや丸2年が経ったのだ。解説委員3年生になったわけだ。因みに、この2年間、毎日更新しているブログの過去の内容は、このページの左側にある「バックナンバー」から入って、「過去の記事一覧」をクリックすればご覧いただけるので、ご興味とお時間のある方はお読みください。この2年間を振り返ってみると、長くもあり短くもあった。あっという間に過ぎたという気持ちもある一方で、報道部長という管理職をしていたのは遠い昔のような気もする。最近、「ブログをいつまで書き続けるのですか?」と聞かれることがあるが、「解説委員である限り、もちろん、毎日書き続けますよ」と答えている。その際、たまに「いつまで解説委員をやるのですか?」と聞かれたりもするが、こちらは残念ながら明確に答えることができない。本人が続けたいと思っていても、周りがどう評価しているかは分からない。特にテレビの解説委員の場合は、番組に出演して初めて解説委員の価値もあると思うので、番組サイドから出演の声が掛からなくなったら解説委員としての存在価値がなくなるのだ。大阪ではNHK以外の民放テレビ局で解説委員がいるのは読売テレビだけになってしまった。以前は、各局に解説委員がいたのだが、肩書きだけで実際に番組に出演することがほとんどなかったからか、気が付くと各局から解説委員がいなくなっていたのだ。「ミヤネ屋」、「ウェークアップ」という大阪発の全国ネットのニュース情報番組を2つも持っている読売テレビだからこそ、解説委員の活躍の場所もあるのだと思う。在阪局で解説委員の地位を一から築き、ずっと高いレベルで活躍してきた先輩のことを尊敬している。このブログは、この先、何年続くのだろうか。

09年7月2日(木)「#732 党人事断念」

同じ様なシーンを以前にも見たことがあるような気がする。麻生首相は記者のぶら下がり取材で自民党の役員人事について聞かれて「私の口から党役員人事をやるという話をただの一度も、一言も聞いた人はいないと思う」と答えた。党内の反対意見に押されて役員人事をあきらめたとメディアに報道されたことに対する反発だろう。たしか、厚生労働省を分割する具体案をまとめるよう与謝野・経済財政担当相に指示し、結局断念した際にも首相は「最初からこだわっていない」と記者団に答えた。この時は、安心社会実現会議の席上で首相自らが「社会保障省」と「国民生活省」という具体的な名前まで出して前向きな姿勢を示していたことがテレビカメラにも映されているのに、開き直ったのだ。側近議員にアドバイスされたのを受けて、周りへの根回しもなしに突然重要な案件について示唆し、周りの反対で決断できずに断念すると、そんなことは言っていないとメディアの責任にするというパターンが続いているような気がする。いつも同じような展開で、決断がぶれたと報道されているように見えるのは私だけだろうか。自民党の総裁であり、この国の総理大臣なのだから、周囲が反対しても時には自分の思ったことを貫くという強引さもあってよいと思うのだが、なかなかそうは行かないようだ。かっこよさを最も気にしているように見える首相にとっては、判断がぶれて結局決断できないというのは最もかっこ悪いことではないのだろうか。解散時期についても、新聞やテレビが日程を報じたら、あえてその日は避けるという考えだという声もよく聞く。このところ、東京都議選の後に解散して、8月2日か8日投票という日程が報じられることが多いが、これまた他の日程にするのだろうか。就任した時から、どうしてもサミットだけは行きたいのだろうなと思っていたが、やはり予想通りになった。かっこよさを追求する首相は、追い込まれた感じになる9月以降の解散は避けたいところだろう。とすると、やはり8月上旬の選挙の可能性が高いのではないか。最後は、メディアの予想もはずして、俺が解散を決めたのだというように持って行きたいのだろう。党内の反対で役員人事も内閣改造もできず、このタイミングで兼任大臣の解消のための補充だけを行った今回の人事は充分かっこ悪いと思うのだが。

09年7月1日(水)「#731 犯人視報道」

裁判員裁判が始まるにあたって、あらためてメディアによる犯人視報道が問題となっている。刑事裁判の大原則は、有罪判決が確定するまでは被疑者および被告人は無罪と推定されるという「無罪推定」である。本来の意味で言うと、警察や検察による逮捕は捜査当局による犯罪の疑いということであり、検察による起訴(裁判所に裁判を求めること)は検察の主張である。しかしながら、まだ有罪が確定しておらず犯罪の疑いを持たれている容疑者(法律用語では被疑者)の段階で、あたかも犯人であるかのような印象を視聴者や読者に持たせるような一方的な報道を犯人視報道という。もちろん犯人視報道は決して許されるものではないのだが、裁判員裁判が始まるにあたって、裁判員に予断や偏見を持たせないように、あらためて犯人視報道を避ける重要性が叫ばれており、各メディアも裁判が始まる前の捜査段階での犯罪報道に関する報道指針を作るなどして対応している。そのメディアによる犯人視報道によって犯人扱いなどの深刻な報道被害を受けた方のお話を聴く機会があった。大学での公開講座で体験談をお聴きした後で、数人でお茶を飲みながらじっくりとお話を聴いた。自分が話してもいないことが警察からのリークとして新聞やテレビで報じられた結果、犯人と疑われ自宅に無言電話がかかり脅迫状が送りつけられた。自宅の捜索、事情聴取での自白の強要、ポリグラフ(ウソ発見器)検査と、メディアが作った世論におされる形で警察の強引な捜査が進んでいく。全く事実でないことがテレビや新聞で報じられ、自宅や病室の周りを大勢の取材陣が長期間にわたって取り囲む。しかし結局は他の事件との関連で全く別の容疑者が逮捕され、この方に対する疑いは晴れ無実であることが明らかとなった。なかなか間違いを認めようとしなかったメディアも最終的には謝罪した。今回、お話を聴いていて考えさせられることがいくつもあった。この方は、大きな間違いを犯した警察もメディアも許してその後も付き合いを続けているという。人間には誰にでも間違いはあるのだから、間違いを認めて謝罪し反省するだけではなく、二度と同じ過ちを繰り返さないための再発防止をきっちりやることが大切であると話された。ジャーナリストという自らの仕事について、責任の重さをあらためて自覚させられたお話であった。

春川正明

はるかわ まさあき
1961年5月5日生まれ
讀賣テレビ放送
報道局解説副委員長
ロサンゼルス特派員、
チーフプロデューサー、
報道部長を経て07年より現職。
関西学院大学非常勤講師
大阪市出身