自分で自分を褒めてやりたい。何を言っているのだと思われる方もいるだろうが、解説委員になって書き始めたこのブログも今日で700回の節目を迎えたのだ。毎日休まず書き続けてもうすぐ2年。土日も週末も、国内出張でも海外出張でも、1日も休まなかったのは自分でもよくやっていると思う。自宅で仕事をしないことに決めていたのだが、最近では家でブログを書くことも多くなった。今月からは読んで頂いている方々からコメントを寄せて頂くことも可能になった。ますます休めない気持ちが強くなっている。このブログでは解説委員としてニュースを分析したり、自分の考えを述べたりすることが求められている。しかし、それだけでは毎日続かないので、身の回りで気付いたことや、家族などプライベートについても書いている。会社のオフィシャル・ブログにプライベートについて書くのはいかがなものかと思うこともあったが、それも含めて解説委員という仕事をする者が普段どんなことを考えているのかを知って頂くのもありかなと思っている。その際には、建前ばかり書くのではなく、ブログのタイトルにもあるように、できるだけ「無難でなく」、心のうちを正直に書くことを心がけている。読んで頂いている方にとって、私の書く内容は面白いのかなと思うこともあるが、今後も毎日欠かさず書き続けるつもりである。まずは1000回が目標かな。今後もお付き合いの程、よろしくお願いします。
長い間の懸案事項だった。我が家のリビングは2階にある。階段を上ってリビングに入る短い廊下の片面は据え付けの書棚である。この家を建てた前のオーナーがこだわったであろうお洒落な造りである。この家を買う前に下見にきた際に、この本棚がとても気に入った。その書棚の対面には小さな窓があるのだが、その窓を挟んで両側に色々とこまごまとした物を収納する家具が置いてある。引き出しや開き戸がある組み合わせ家具で、なかなか使い勝手のいいものだったが年数も経ち綺麗に物が片付かない。これを何とかしたいと妻も私も以前から思っていたのだが、ここを触るとなるとおおごとになるので手をつける決心がつかなかったのだ。東京での単身赴任を終えて大阪に戻り、私の荷物が戻ってきた上、子供達の成長に合わせて部屋換えもしたので、新しい家具を買ってリビングの収納を新しくする良い機会だった。まず妻と2人で家具なども扱う生活雑貨店に行っていい物がないか見てまわった。そこで、組み合わせが自由に出来る収納家具を見つけて買おうかということになったのだが、残念ながら在庫がなく配達して組み立ててくれるのはだいぶ先になるということだった。たいへん気に入ったものだったが、一応他の店にも行ってみることにした。次に訪ねたのは自分で組み立てるため低価格で有名な大型家具店。以前に来た時はたいへん混んでいたが、新型インフルエンザの影響かとても空いていた。ここでも自由に組合わすことができる収納家具を見つけた。まず、全体にどの様な形にするかフレームを決めて、次にそれぞれのパートごとに、どこを引き出しにし、どこを開き戸にするのかを決めていく。最後に家具の色や取っ手、引き出しの中の様々なオプションなどを決めるのだ。この過程がなかなか楽しい。店員さんに購入する部品リストを作って貰って、それを基に倉庫から自分で部品を集めてレジで清算する。山のような重い部品を車に積み込むのはたいへんだったが、自宅に戻ってから自分で組み立てるのはもっとたいへんだった。共通している部品も多く、多くのパートで組み立て方が同じなので慣れてくれば簡単なのだが、最初はとにかく時間がかかる。組み立ては思っていた以上に時間がかかりたいへんだった。価格が安い理由が良く分かった。でも、自分たちで組み立てた家具だけに愛着も湧くだろう。何をどこに収納するのか楽しみになってきた。
今日の「ten」の放送でもコメントしたが、意地悪い言い方をすれば、また厚生労働省かという思いだ。来月1日から改正薬事法が施行されるが、この改正の中身についてよく分からないことが多い。医師の処方箋が必要のない大衆薬(一般用医薬品)をその副作用のリスクに応じて第1類から第3類までに分類し、最もリスクの高い第1類については、今までどおり薬局や薬店で薬剤師による対面販売のみ可能である。これに対し、比較的リスクが低い風邪薬や胃腸薬などの第2類とビタミン剤などの第3類については、薬剤師でなくても、薬剤師の下で実務経験が1年以上あり試験に合格した「登録販売者」という新たな資格を持った人も販売できるようになる。しかし、これまで電話やネットによる通信販売が認められていた大衆薬のうち、第1類、第2類では通信販売禁止になったため、ネット業者や通信販売で伝統薬を販売してきた老舗業者などから大きな抗議の声が上がり、厚生労働省が7回に亘って検討会を開いた。その結果、薬局のない離島に住んでいる人と、これまで電話やネット販売で薬を購入していた人が同じ薬を買う場合に限り、2年間だけ電話、ネット販売を認めるという暫定措置を省令で決めたのだ。薬剤師だけでなく登録販売者でも大衆薬を販売できるとしたことで、今後、コンビニやスーパーでも薬が広く販売されることになる。その一方で電話やネット販売の利用者のうち多くは2年後には今までの方法では薬が買えなくなる。いくつか問題点を指摘したい。まず、第1~3類までの分類が素人にはよく分からない、同じシップ薬でも目薬でも、成分などによって分類が分かれる。次に、安全性を重視するために対面販売に拘っているのだが、そもそもこれまでも薬局で薬剤師から副作用など危険性についてしっかりとした説明をされた記憶がほとんどない。対面なら説明できて、通信販売やネットなら説明できないというのは実情とかけ離れている。対面やネットというのはツールというか手段の違いに過ぎないと思う。また、暫定措置はなぜ離島だけなのか。薬局のない山深い町や村は対象にならないのか。2年という年数はどこから来ているのか。舛添大臣の肝いりで始まった検討会なのに、なぜこうも中途半端な結論しか出せないのか。新型インフルエンザについては過剰なほど前面に出て記者会見する大臣に、この改正薬事法についても会見してしっかりとした説明をして欲しいものだ。
精神的に体力的にもそれだけ厳しい闘いだったということだろう。闘い終わって精も根も尽き果てたのだろう。今年3月に野球世界一を決めるWBCでジャパンが2連覇を達成したが、その主力選手たちがシーズンに入って次々と故障や怪我に見舞われている。まずイチローがメジャーのシーズン直前に体調を崩し胃潰瘍と診断され開幕からDL(故障者リスト)に入った。ジャパンのエース松坂もシーズンに入ってから右肩疲労でDLに入り約1ヶ月チームを離れて先日復帰したばかりだ。司令塔としてジャパンを支えた城島は、右足を傷めてDL入りし復帰した後、ホームベース上でランナーと激突し足の指を骨折し前半戦の復帰は絶望となった。ジャパンのセンターラインを固めバッティングでもチームを引っ張った岩村もセカンドベース上のクロスプレーで左膝の靭帯を断裂し今シーズン絶望と見られている。国内でも、タイガースの岩田が肩を傷めて出遅れているし、イーグルスの田中も右肩の張りで出場選手登録を抹消された。WBCとは直接関係ないと思われる試合中のアクシデントもあるが、疲労が蓄積していて怪我に繋がったということもあるかも知れない。メジャーの各チームが、所属選手のWBC出場に難色を示したり、投球数や投球間隔など選手起用に注文を出したりするのも選手の怪我によるレギュラーシーズンへの影響を懸念しているからだ。その不安が的中した形となっている。各選手にとっては例年よりも厳しいシーズンになっているが、それだけの代償を払っても、野球界にとっても出場した選手個人にとってもWBC優勝によって得たものは大きいのだ。焦らずに怪我や故障をじっくりと治して、また素晴しいプレーをグラウンドで見せて欲しい。
勉強会に2つ出た後、国会へ。久しぶりに国会内の食堂でランチ。お寿司を食べた。国会内には職員用の食堂と議員食堂がある。国会取材を始めた頃は、議員食堂を使用するのはためらい職員用の食堂でご飯を食べていたが、いつの頃からか議員食堂も利用するようになった。国会議員が利用するだけあってなかなか美味しく値段も普通の食堂並だ。遅いランチを食べていたら、食堂の従業員の方々もお昼ご飯を食べ始めた。すると、そのうちの1人がテレビのチャンネルを変えた。なんと、ミヤネ屋を見始めたのだ。みんなご飯を食べながらテレビの画面に見入っている。ありがたいことだ。なんだか嬉しくなった。午後3時から始まる党首討論を聴くために参議院の委員会室へ向かった。席を取ろうと15分ほど前に行ったのだが、50席ほどの記者席は既に埋まっていた。テレビ各局のキャスターの顔もちらほら見られた。一般の傍聴席も埋まっている。テレビの生中継も入り委員会室は熱気でムンムンしている。45分間立ったまま聞こうかと思っていたら、業界の大先輩の方が横の席を譲ってくださったので座ることができた。自民側も民主側も多くの衆参議員が応援に来ている。特に民主党は大勢の立ち見が出るほどだった。自民、民主の両側をざっと見たところ、民主側は若い議員や女性議員が目立つが、自民側はほとんどがダークスーツの年配議員だ。党首討論中の拍手も野次も民主党側に勢いがあった。テレビではちゃんと聞こえただろうが、現場で聞いていると野次の声が大きく、ところどころ聞き取れなかった。国会に野次はつきものだが、ワーワー騒ぐだけで、さすがと思わせる素晴しい?野次はなかった。討論を聴いて思ったのは、鳩山代表が以前より落ち着いていてどっしりしていたことだ。これに対し麻生首相は、攻める姿勢が目立ち、どちらが首相かと思わせる場面もあった。もう少し具体的な政策論争を聞きたかったが、45分では短すぎる。これから総選挙に向けて、毎週でも党首討論をやって欲しい。
生番組に出演するようになってそろそろ1年半になるが、出演者でありながらいまだに制作者の思いが時々顔を出す。スタジオで出演中も、あのネタやらないのかなとか、もっとこういう風に作ればいいのになとか、番組内容が気になることがあるのだ。そんな余裕があれば、もっと気の利いたコメントを話せよと自分で自分に突っ込みたくなるが。番組内容について思うことがあってもなるべく口出ししない様にしてきた。自分がプロデューサーで番組を作る側にいた時に、出演者から番組内容について意見を言われるのがあまり好きでなかったからだろう。自分が出演者になってからは、意見を求められれば思っていることをアドバイスするが、そうでない限りはなるべく口を挟まないようにしてきた。今も基本的には同じ考えだが、最近思うところがあって以前よりは自分の考えを言う機会が多くなったような気がする。それは、出演者の側からみて、もっとこうした方が良いと思う事が時々あるからだ。その考えを制作サイドに押し付けるつもりはないが、出る側の素直な思いとして作る側に伝えるのもありかなと思うようになったのかも知れない。もちろん、言うタイミングも、言う相手にも気をつけて言うようにしているのだが。言われた制作サイドがどう思っているのかは、聞いたことがないので分からない。うるさい出演者やなあと思っている人もいるだろう。それよりも、もっとしっかりコメントしてよと思われているかも知れない。まあしかし、編集マン、記者、特派員、プロデューサー、報道部長、解説委員と色々な経験をさせてもらったことで、番組を支える側から、制作する側から、その制作スタッフを統括する側から、出演する側からといった様々な立場からモノを見ることができるようになったのではと思っている。少しぐらい生意気を言ってもいいだろう。せっかくの貴重な経験を生かすことができればと思っている。
お昼前にまたまた大きなニュースが飛び込んできた。北朝鮮が核実験を行ったという情報が韓国から入ってきた。06年10月以来となる二度目の核実験強行だ。核実験の影響と見られる地震波の大きさによると、前回の核実験より規模も相当大きいようだ。核実験だけではなく短距離ミサイル3発も発射した。いずれ北朝鮮が核実験を再び行うだろうとは思っていたが、こんなに早い時期だとは思わなかった。今年4月の長距離弾道ミサイルの発射を受けて国連の安全保障理事会は、法的拘束力はないものの北朝鮮を非難する議長声明を出した。この声明に反発して北朝鮮は六カ国協議に戻らず核実験と弾道ミサイルの発射を続けるとの強硬姿勢を示していた。アメリカの北朝鮮問題の責任者となったボズワース特別代表が北朝鮮問題を話し合うためにアジア各国にやってきたが、北朝鮮はオバマ政権に対して対決姿勢をあらわにしている。北朝鮮の核実験の狙いは、いつも通りの瀬戸際外交で各国に核保有国であることを認めさせ、アメリカとの二国間直接交渉で妥協を引き出そうというものだろう。六カ国協議の議長国であり、先の安保理の対応を議長声明に留まらせた北朝鮮の後見人である中国は、今回の核実験についてどう考えているのだろうか。面子を重んじる国が、面子をつぶされたこの状況を放置するのだろうか。アメリカのボズワース特別代表は、北朝鮮が二度目の核実験を強行したら重大な結果を招くだろうと警告しながらも、核実験の阻止は困難との見方を示していた。日本政府は、核実験は安保理決議に明確に違反するとして米韓と連絡を取り合って安保理に対して更に厳しい決議の採択を求めていくことになるだろう。日米韓は言うまでもなく、中国、ロシアとも協力して、今度こそ北朝鮮に対して強い態度を示すべきだ。
久し振りに実家を訪ねた。長女と長男は中間試験目前で勉強があるため、二男と2人で行くことにした。二男は特におばあちゃん好きである。喜んで着いてきてくれたので、ご褒美とばかりに漫画本とカードゲームを買ってやったら、甘すぎると妻から注意された。確かに甘いかも知れないが、孫の顔を見て喜ぶ母の姿を見るとついつい何でも買ってやるという気持ちになってしまう。今回、母に逢いに行った理由の一つは、母の定額給付金の請求手続きのためだ。年寄りが1人で手続きするには、書類が複雑でよく分からない。役所の書類というものは本当に不親切だ。読む側の立場にたって書かれていないことが多い。実家に行くと居間にはまだコタツが置かれていた。この機会に畳みの上に敷かれていた冬物の毛布を夏物の畳の敷物に換えた。季節が変わっても部屋の中の模様替えは1人ではなかなかたいへんだ。二男と一緒に部屋の片付けをした。さらに、すぐに明かりが点かない電球の交換、背丈が伸びた庭木のカット、熱いお湯が出ないという風呂場の給湯器の点検など、年寄り1人ではなかなか手が回らない細々とした用事をこなした。午後からは宿題をする二男を監視しがてら、その横で昼寝をした。実家にやって来て、子供が勉強する横でウトウトとするのは何とも気持ちが良い。母も日課となっている午後の昼寝をしていた。夜は母を自宅につれて帰って、家族みんなと一緒に焼肉の夕食を楽しんだ。母は歳の割には本当によく食べる。食べる量は私たちと変わらないぐらいだ。3世代でワイワイガヤガヤ言いながら食べる夕食は楽しかった。母がポツリと言った。「やっぱり御飯は1人で食べるよりみんなで食べた方が美味しいなあ。」と。母が泊まりに来て、愛犬ベルも喜んでいるようだ。
小学校の時に算盤塾に通ったことはあるが、いわゆる学習塾で勉強したことはない。私が小学生の頃は今ほど学習塾は一般的ではなかったが、小学校高学年になると友達もほとんどが塾に通っていた。今思うと理由ははっきり覚えていないが、友達皆が通っても自分だけは塾に行きたくなかった。他人と同じことをするのが嫌だという性格はその頃既に出来上がっていたようだ。塾と言っても当時は勉強するというよりは、皆が行っているから行くという程度のものだった。学校の続きだったのだ。周りに中学受験をした友達など一人もいないという時代だった。それを考えると今の小学生、中学生はたいへんである。塾に通うのが当たり前だ。通っていない子の方が珍しいだろう。一般的にいって学校よりも塾、公立よりも私立という世の中の流れはあまり好きではない。自分自身が高校まで地元の公立だったので、公立に行くのが当たり前だと思っていた。塾に行かなくても学校の授業さえしっかり聞いていれば充分だと思っていた。でも今や時代が違うらしい。少子化の影響もあるのかも知れないが、子供には少しでも良い環境で勉強させてやりたいと願う親が多いようだ。私は大学受験に失敗し1年間浪人した。浪人時代は先が見えずとても辛かった。これまでの人生で、大学受験失敗ほど落ち込んだことはなかったと思う。ただ、今思えば親には経済的にも負担をかけたが、挫折というものを知るとてもいい経験だったと思う。しかし、これまた少子化の影響で、近頃は浪人というものをしないらしい。どこの大学かさえ拘らなければどこかに入ることができる時代らしい。その影響で予備校の経営が苦しくなりつぶれている所も多いらしい。高校までは好きな事を続けて、大学受験に失敗したら浪人の時に受験勉強しながら自分の将来について考えようという私の時代の考えは通用しないようだ。子供が塾に通うかどうかについて一緒に考えるために、子供と連れ立って塾の先生のお話を聞きに行く機会があった。子を持つ親として、現在の高校受験、大学受験についての関心、知識があまりに低いことを痛感した。私自身がまず教育について、受験について、塾について勉強しなければならないと感じた。
昨日に続いて生中継のお話。掛け合いこそが生中継の醍醐味だと思う。掛け合いのない生中継なんて生中継ではないとさえ思う。スタジオ側が、視聴者が最も聞きたいであろうことを質問して、現場の記者が現場でしか知りえない情報を基にして的確に答えていく。丁々発止のやり取りでスタジオと現場の間で火花が散る。これこそ生中継の掛け合いだ。しかし現実はそんなに甘くはないのも事実だ。現場から中継するということはそれだけ大きなニュースということだ。現場も大きく取材しなければならない対象も多い。放送時間が決まっているので取材時間も限られている。その中で、情報も集めカメラマンに指示も出し本社とも情報や放送内容についてのやり取りもする。生中継に至るまでがたいへんなのだ。こうした場合、本社側で生中継の放送に向けてサポートしてくれる"受け"と呼ばれる記者が重要な役割を果たす。受け記者は現場の記者と本社デスクの間に入ってお互いの意向を伝え調整しつつ生中継リポートの内容について詰めると共にインサートVTRを編集マンと共に編集していく。そのニュースの放送尺(放送業界では時間の長さを今でも"尺"と呼ぶ)は何分何秒にするのか、インタビューなどの音生かし素材は入れるのか、頭の顔出しの映像は現場の背景から入るのかリポーターの顔から入るのか、スタジオのキャスターとの掛け合いの内容はどうするのか、など決めなければならないことは数多い。これらについて現場の記者が決めることもあるし、力関係などによっては本社の受け記者が決めて現場に伝えることもある。現場の記者は生中継に向けて原稿を書くわけだが、典型的な生中継リポートの構成は、まず頭で記者の顔出しがあって、インサート映像をバックに本記(ニュースの概要)をリポートし、目撃者や関係者のインタビューを挟んで、最後に再び顔出しでしめるか、キャスターとの掛け合いをやるというものだ。因みに、頭や最後の顔出しは10~15秒程度の長さなので手元の原稿を見ずに覚えるのだが、画面にインサートVTRが流れている本記のところは、カメラを気にせずに手元にある原稿を読み続けるのが普通だ。しかし、生中継では何が起きるか分からず、いつ突然生の映像に切り替わるか分からないので、私は原稿を読む時も出来るだけカメラを見続けることにしている。顔出しは、どんな内容を話すかはもちろん、原稿を見ずにいかに説得力溢れる話し方、映り方をするか記者の力量が問われるところだ。そしてもうひとつの見せ場が生の掛け合い。あまりテレビの裏側を明らかにするのはよくないが、ほとんどの掛け合いは事前に打ち合わせをしている場合が多い。現場の記者からこんなことを話したいから聞いてくれという場合もあるし、本社側からこんな質問をしたいとリクエストを出すこともある。もちろん、事前に想定していないやり取りもある。だからテレビは面白いのだ。いずれにしても生放送の掛け合いは現場とスタジオとの真剣勝負。テレビの報道記者ならではの晴れ舞台だと思う。
テレビの大きな魅力の1つは生中継だと思う。特にニュースにおいては事件・事故現場から、裁判所から、支局から、海外から生中継で速報するリポートが見所でもある。記者をやっている時から事件・事故など大きなニュースに当たることが多く、数多くの生中継を経験することができた。特派員時代も、97年のペルー日本大使公邸人質事件から01年のハワイえひめ丸衝突沈没事故まで、4年間で116回の海外からの衛星生中継によるリポートをすることができた。おそらくこんなに数多く現場から生中継を経験した特派員はいないのではないだろうか。解説委員になってからも、有難いことに大きな裁判の判決や昨年のアメリカ大統領選挙など何度か生中継をさせてもらった。正直言って、現場からの生中継が大好きである。あの緊張感がたまらない。自分が現場の最前線にいて誰よりもそのニュースについて詳しく知っているのだという心構えでやっている。初めての生中継はひどいものだった。編集マンから報道記者に異動になった直後、ある事件現場からのリポートだった。私は記者になったばかりで原稿も満足に書けず、ましてや生中継などとんでもないという状態だった。現場には大阪府警担当記者が直接出向くから、中継車に乗って行って現場でフロマネ(中継の時に記者に残り時間などを伝えるサポート役)をやってくれということだった。ところが、放送時間が迫ってきても肝心の記者が渋滞に巻き込まれたのか現場に到着しない。とうとう本社のデスクから「春川、お前やれ」との指示がきた。やれと言われても、その事件についての知識は全くなかった。お恥ずかしい話だが、放送直前に中継車に本社から原稿が送られてきて、それを読めという。訳の分からないうちにカメラの前に立ってエアモニ(放送音声が流れてくるイヤホン)を耳に入れた途端、東京のスタジオから「春川さん!」と呼びかけられた。その後どうなったかはお察しの通りだ。ある程度生中継にも慣れてきた頃、東京キー局のニュースキャスターには鍛えて頂いた。何の打ち合わせもなく、生放送で突然予想もしていなかった事を聞かれてしどろもどろになった。しかし、よく考えてみると生の掛け合いは生中継には欠かせないものだ。たいへん勉強になった。それ以来、誰に何を聞かれても答えられるように自分なりに準備をして生中継にのぞむことにした。スタジオでの生放送のやりとりも面白いが、やはり現場からの生中継による掛け合いが刺激的で最高だ。生中継についてまだまだ書きたいが、長くなるので続きはまた明日。
今日は「ミヤネ屋」も「ten」もお休みさせて頂いて勉強会出席のため朝から東京へ。空港へ行くのが遅れたので妻に車で空港まで送ってもらった。フライトのチェックイン時間が迫っていたが何とかギリギリ間に合った。滋賀県でも新型インフルエンザの感染者が見つかったとのニュースが入った。関西で感染が広がり続けているが、なぜ関東では見つからないのだろうか。東京で基本的に毎週出席している勉強会に出た。終了時間がいつもより遅くなったので、何とか飛び乗ろうと思っていた新幹線に間に合いそうにない。せっかく東京まで来たのだから、本来なら東京で別の勉強会に出たり国会などを取材したりするのだが、今日は夕方から京都の大学での講義があるため大急ぎで京都に戻らなければならないのだ。予約していた新幹線の出発時間まであと10分ほど。東京駅まで走っても間に合いそうにない。ということで、携帯電話で予約を変更することにした。実は、当初の予約も携帯電話で行ったのだ。東京に赴任してからJRの会員になり、パソコンや携帯電話から簡単に新幹線の予約や変更がチケットレスでできることになったのだ。時間が迫っていたので携帯電話の操作は少々慌てたが、とても便利だ。予約列車の出発前なら何度でも予約を変更できる。座席の指定も簡単にできるから驚く。料金の決済はクレジットカードで、切符に引き換える必要もなく、改札機にカードを2枚かざすだけで新幹線に乗れてしまう。世の中便利になったものだ。京都駅に着いて、これまた大急ぎで大学へ。タクシーの運転手によると、新型インフルエンザの影響で京都でも修学旅行客が激減し商売に大きな影響があるという。日本人観光客も減っているが外国人観光客には影響がないらしい。大学では「テレビ報道の現状と課題」について講義した。いくつかの大学でお話させて頂く機会があるが、今日の大学の学生は特に熱心に聞いてくれた。学生に話をするのは、自分を見つめなおす上でも貴重な機会だ。夜になって関東でも新型インフルエンザの感染者が見つかった。いよいよ首都圏にも感染が広がった。
最近は、このブログを自宅で書くことが多くなった。いまも音楽を聴きながら自室で書いている。以前は会社で書くことも多かった。週末などには2~3日分をまとめて書くこともあったが、ブログになったのでできるだけその日のうちに書くことにしている。基本的には自宅で仕事はしない主義だが、ブログだけは毎日のことなので自宅でもやらざるを得ない。完全にブログを書くことが生活の一部になってしまった。ところで、今日は記者会見というか、国や自治体が重要な事項を市民や国民に向けて発表する際に誰が出て話すかということについて考えてみたい。今日のミヤネ屋でも話したが、一連の新型インフルエンザ問題で舛添厚労相がハイテンションで記者会見で語る姿が気になる。夜中に大臣が緊急記者会見をすると、大臣が話すというだけで何事があったのかと不安になる。ここぞという節目に大臣が出て政治的メッセージを伝えることも時には必要だと思うが、舛添大臣は何でもかんでも前面に出すぎではないか。定例の大臣記者会見は別にして、インフルエンザに関する記者会見は現場に精通した局長級に任せた方が良いのではないか。市長があまり出てこずに、落ち着いた感じの局長がいつも丁寧に説明している神戸市の対応と対照的だ。それに加えて驚いたのが、今日のミヤネ屋の放送で初めて見たインフルエンザに関する麻生首相出演の政府広報のテレビコマーシャルだ。この中で麻生首相が国民に冷静な対応を呼びかけるのだが、突然一国の総理がテレビコマーシャルに出てきて話したら国民はたいへんな事が起きているのだと、それだけで逆に動揺する可能性が高いのではないか。政府として呼びかけるなら、せめて舛添大臣ではないか。首相といい大臣といい、政治的に目立ちたいのではと勘繰りたくなるような登場の仕方だと思う。記者会見では何を伝えるのかも重要だが、それと同じぐらい誰が、どのクラスの人間が出てきて説明するのかも大事なメッセージなのだ。国民を安心させるために冷静に対応して欲しい。
あっという間に感染者の数が増える。昨夜、このブログを書いていた時点では国内感染者(成田空港の検疫で感染が確認された4人は除く)は40人だったが、その後、簡易検査でA型陽性が出た患者の遺伝子検査が次々と行われ、感染者はあっという間に100人を超えた。このブログを書いている時点での大阪と兵庫あわせての新型インフルエンザ感染者は135人となっている。学校の休校は、感染者が出た地域を中心に市町村単位で行われるという見方もあったが、厚生労働省は大阪府と兵庫県に対して府県内全ての中学、高校の一斉休校を要請し、両府県が休校を決めた。感染者が出ていない地域も含めての休校は影響が大きすぎるという声もあるが、感染者が出始めたばかりなので、1週間程度の休校は仕方がないだろう。但し、いま中学や高校ではまさに中間テストが行われようとしている時期だけに、休校措置が2週間、3週間と延びれば影響も大きくなる。感染の拡大具合にもよるが、1週間後に、地域の実情にあった見直しも必要ではないか。大阪府の橋下知事は、厚生労働省に対して新型インフルエンザの毒性についての国の見解を早急に出して、通常の季節性インフルエンザの対応に切り替えるべきではないかと要請しているが、現時点では妥当な判断ではないか。感染力は強いものの、弱毒性で早期に適切な治療を受ければ治る病気なので、パニックになって大騒ぎする必要はない。糖尿病や呼吸器系の病気など持病を持っている人や妊婦、お年寄りなどは感染すれば深刻な状態になる可能性があるので注意が必要だが、そうでない人は充分な栄養と休養でほとんど回復する。人混みに行かずに手洗い、うがいを励行する。人混みに行く際はマスクをする。マスクは感染から守るためには100%ではないが、自分が知らぬ間に感染していた場合には、他の人への感染を防止するために威力を発揮する。感染しないようにするのと同じぐらい、人に感染させないことも大事なのだ。大阪、兵庫に限らず、全国どこでも人から人への感染が既に広がりつつあるという認識で国も自治体も個人も冷静に落ち着いて対処することが求められている。
09年5月17日(日)「#686 新型インフルエンザ」
たった今、テレビのニュースで新型インフルエンザに新たに12人が感染していたことが分かり、感染者は大阪と神戸などであわせて40人になった。カナダから帰国して成田空港での検疫で感染が明らかになった4人を含めると国内感染者は全部で44人になった。新聞や民放テレビが感染者が出た高校名を報道しているのに、NHKだけは匿名で伝えていたが、夜7時のNHKニュースでは高校名を放送していた。プライバシーへの配慮より感染拡大の防止を考えれば学校名の報道は必要だろう。我が家の子供達の学校からも相次いで連絡が入り、3人とも1週間学校が休校となり自宅待機となった。いよいよ私たちのすぐ側にまで新型インフルエンザの脅威がやってきた。だからと言って、過度に騒ぐ必要はない。季節性インフルエンザに比べると感染力は強いが、毒性については弱毒性で季節インフルエンザと同じ程度と言われている。持病がある人以外は、それほど病状は深刻にならないとされている。専門家によると、日本国内で人から人への感染は既に始まっており、今後はかなりの勢いで感染が拡大する可能性があるということだ。兵庫県でも大阪府でも、今のところ高校を中心に感染者が出ている。なぜ高校生に感染が集中しているのかという理由ははっきり分かっていないが、年配者には既に過去に何らかの抗体が出来ていることも考えられる。各地で学校の休校が実施され、人が集まる施設の休館やイベントの中止も広がっている。今は大阪と兵庫に集中しているが、今後は首都圏や名古屋、福岡などの大都市圏でも感染が広がる可能性が高いという。人ごみを避けて不要不急の外出は控えて、外から帰ったらうがいと手洗いを充分に行う。海外渡航歴がなくても高熱が出たらすぐに病院に行かずに発熱相談に電話し相談する。政府や自治体も、感染がどこまで広がっているのか正確で迅速な情報提供と的確な対応が求められる。パニックになることなく冷静に、しかし万全の予防と感染拡大の阻止が必要だ。
09年5月16日(土)「#685 民主代表選投票」
どうしようか迷ったが日帰りで東京へ行くことにした。疲れているのでやめようかとも思ったが、「後で後悔するなら行ってきたら」という妻の言葉で決めた。やっぱり現場第一。取材第一。演説やディベートの様子はテレビで観ることもできるが、現場の空気感は分からない。行かなければ現場で国会議員の話も聞けない。日帰りで疲れたが行ってよかった。民主党内の各グループの支持の状況を分析すると鳩山幹事長が有利だが、若手、中堅を中心に岡田副代表への支持が広がっており、情勢は予断を許さないと言われていた。ひょっとすると岡田さんが勝つのではと予想していたが、見事にはずれた。結果は鳩山124票、岡田95票で鳩山さんが新代表に選ばれた。岡田さんの95票というのは微妙な数字だ。各グループの組織票を考えるとよくとったとも言えるし、国民の岡田人気を考えれば、想像以上の票差だということも言えるかも知れない。代表選挙の投票が行われるホテルの宴会場には大勢のメディアが詰めかけた。開始時間の少し前になると投票権のある衆参議員が会場に入ってくる。その宴会場の入り口には、鳩山さんが支持する議員と一緒に立って、会場に入ってくる議員1人1人を握手で迎えている。投票をよろしくということだろう。そこまでするのかと正直驚いた。自民党総裁選の投票会場でも決して見られない光景だろう。投票前に、両候補に対する推薦演説が2人ずつ行われた。岡田さん支持の2人のうち1人はなんと落選中の衆院選候補者だった。岡田さんらしいなと思ったが、あれでは勝てないという声も会場で聞いた。推薦演説の後は候補者2人によるディベート。推薦演説もディベートもアメリカ大統領選挙を参考にしたようだが、なかなか面白い演出だった。ただ、ディベートの司会者がひどかった。候補者に質問する際に持論を述べるのも気になったが、それよりも、候補者2人が以前にも代表を務めてうまくいかなかったことを「バツイチ」と言ったり、民主党の過去の歴史を振り返って「ホップ・ステップ・スッテンコロリン」と表現したりして会場からヒンシュクをかっていた。話が脇道にそれた。候補者2人の演説内容は五分五分かな。ディベートは岡田さんの方がよかった。そして開票結果発表の瞬間。鳩山さんの勝利が告げられると一瞬間があってから拍手が起きたような気がした。もしも岡田さんが勝っていたら、歴史が変わるかも知れないという高揚感があったと思うが、それはなかった。鳩山さん勝利の要因は、理より情、変化より安定を求めたというところか。これで本当に自民党に勝てるのだろうかと正直思った。その後行われた記者会見では、1時間もかけて全ての質問に丁寧に答える鳩山新代表の姿が印象的だった。人柄の良さだけでなく、どこまで強いリーダーになれるかが求められている。
懲役7年6ヶ月という一審判決が破棄され、二審では懲役20年が言い渡された。06年8月に福岡市で飲酒運転の車に追突された車が海に転落し3人の幼児が死亡した事故についての控訴審判決が福岡高裁で言い渡された。一審では検察側が危険運転致死傷罪などで懲役25年を求刑したが、福岡地裁は検察側に業務上過失致死傷罪などを追加主張するよう命令し、判決では危険運転致死傷罪を適用せずに懲役7年6ヶ月を言い渡した。一審判決は「酒に酔った状態」で時速100キロで運転していたことは認めたが、事故原因は被告の脇見運転で、危険運転致死傷罪が成立するために必要な「正常な運転が困難な状態」ではなかったと判断したのだ。その理由としては、事故を起こす直前に幅の狭い住宅街の道路を接触事故を起こすことなく運転しており、「アルコールの影響によるとみることができる蛇行運転とか、居眠り運転等に及んだことはなく、その間衝突事故等も全く起こしていなかった」とした。一審判決の際に福岡で取材したが、あまりにも一般感情からかけ離れた判決だとこのコラムでも指摘した。そして今日の高裁判決。高裁は「事故原因を時間にして約11.4秒から約12.7秒にわたる脇見とした1審判決の認定は誤っている」と判断した。その理由として、現場の橋の上の道路の路面は左側に傾いた勾配があり、車を真っ直ぐ運転するためには「前方を見ながら絶えず右側にハンドルを微調整する必要があり、長時間の脇見継続は不可能であった」とした。その上で、前方注視に必要な視覚能力が低下して先行車を認識できない状態であり、「アルコールの影響により、正常な運転が困難な状態で本件事故を起こしたと認められ、危険運転致死傷罪が成立する」と判断したのだ。また、幅が狭い道路を運転する際は低速で意識的に慎重に運転せざるを得ないので、これをもって正常な運転ができる状態だったとは言えないとした。このように、二審は一審判決の判断を完全にひっくり返して懲役20年を言い渡したのだ。妥当な判断だろう。この事故では、亡くなった子供3人と共に海に転落した両親は懸命に救助しようとしたが、被告は救助もせずそのまま逃走し、友人に身代わりを依頼し証拠隠滅も図るなど犯情は悪質だ。二審となる高裁が、疑問の多い一審の判断を覆し有効に機能したケースとなったのではないか。被告は最高裁に上告する方針ということだ。
どうしても納得できない。なぜあわてて明後日の土曜日に実施するのか。小沢代表の辞任を受けての民主党代表選挙だ。鳩山幹事長と岡田副代表の一騎打ちとなるようだが、なぜあと1週間、それが無理ならせめて月曜日の投開票としなかったのか。今日、鳩山、岡田の両氏がおのおの記者会見で立候補を正式に表明し、テレビのニュース番組に出演して考えを述べている。党首選挙は民主党内の選挙とはいえ、総選挙で政権交代が実現したら総理になる人を選ぶ選挙でもある訳だ。党首選挙には国民は一票を投じることが出来ないが、この国のリーダーになるかも知れない人がどの様なビジョン、政策を持ち、どの様な人柄なのかを是非知りたい。明日の夕方に東京の日本記者クラブで両氏の討論会が開かれるが、一般の人も聞ける立会演説会をやってもいいではないか。街頭での演説も聞いてみたい。党首選挙の際に投票権があるからと言われ民主党の党員やサポーターになった人も、党首選挙に投票したいだろう。国会開会中でもいいではないか。自民党だって総理が突然政権を投げ出した時に、国会そっちのけで自民党総裁選を大々的にやったではないか。民主党党首選を1週間やれば、メディアは連日大きく取り上げるだろう。そうすれば、候補者のことのみならず、民主党という組織が今何を考え、何をしようとしているのかが国民に伝わるではないか。党首選の日程を決めた役員会で、4人が日程を先に延ばすべきだと主張した時に小沢氏は声を荒げて反論し土曜日の実施を強引に決めたという。そういうところを見せられる度に、民主党は本当に大丈夫だろうか、政権を任せてもいいのだろうかと国民は心配になるのではないか。鳩山、岡田両氏の話をテレビで聴いたが、もっともっと詳しく長い時間を掛けて聴いてみたい。党内の力学やムードや雰囲気ではなく、政策でリーダーとしての資質で代表を選んで欲しい。そうしなければ総選挙で自民党に勝つのは難しいのではないか。民主党の底力が問われている。
毎日出演させて頂いている「ten」がスタートして1ヵ月半。今日初めて番組をお休みすることになった。東京から大阪に帰ってきて番組出演が毎日続き、取材したり人に会ったりして情報をインプットする機会がなかなか持てないので番組側に無理を言って毎週1回東京へ来ることになったのだ。今日がその1回目。午前中から夕方にかけて勉強会を3つ立て続けにはしごした。インプットせずにアウトプットばかりしていたので、恥ずかしながら私の頭の中はカラカラ。勉強会でためになる話をずっと聞いていると、乾いたスポンジが水を吸収するように情報が頭に入ってくるように感じた。東京にいた頃は勉強会にしょっちゅう出ていたのであまり意識することはなかったが、久しぶりに出席すると勉強になることばかり。残念ながら情報はやはり東京に集中している。番組をお休みして気分的にもリフレッシュできると思っていたら甘かった。番組のプロデューサーから携帯に電話が入った。鴻池官房副長官が女性スキャンダルで辞任したニュースを番組で放送するので東京から生中継できないかというお願いだった。恐るべしプロデューサー。辞任のニュースはもちろん知っていたが、まさか東京から中継するとは思ってもみなかった。勉強会に出席するので無理だと一旦は断ったのだが、ちょうど放送時間に出席する予定の勉強会が開かれる場所は、なんと生中継場所と同じ国会記者会館だったのだ。しかも、中継場所の日本テレビの部屋と同じフロアの会議室だ。これでは断わる訳にいかない。勉強会を10分ほどだけ抜け出して、辞任を受けての東京での反応を生中継でリポートした。結局、今日も番組に出演した。やはり私が行くところにニュースがあるのか。記者としては喜ばなければならないが。日本テレビの全面的協力を得て生中継は無事終了した。あー疲れた。これから政治関係の方との夜の会食だ。ちょっと予定を入れすぎたかな。
遅すぎたが妥当な判断だろう。民主党の小沢代表が辞任した。公設第一秘書という言わば分身が西松建設に関する政治資金規正法違反事件で逮捕されたが、辞任表明の記者会見では「政治資金の問題についても一点のやましいところもない」、「今回は政治的な責任で身を引くわけでもない」と言い切った。ではなぜこの時期に辞任するのかというと、政権交代実現に向けて挙党一致のために、メディアの批判の矛先になっている自分が身を引くということのようだ。自分は全く悪くないが、メディアがうるさいので辞めるということなのか。メディアがいつも全て正しいと言うつもりはないが、国民が何をどう感じているかという世論を的確に分析し伝えるのもメディアの大切な役割だ。各種世論調査で小沢代表は辞任すべきだという意見が過半数を超え続けていることに影響を受けて辞任を決意したのは間違いないだろう。法律に触れるか触れないかではなくて、自民党とは違ってお金にはクリーンだと思われている民主党のトップが、ゼネコンから多額のお金を集め続けていたという最も自民党的とも言える政治の古い体質にどっぷりつかっていたことに有権者が失望してノーを突きつけているということがなぜ分からないのだろうか。民主党は党員、サポーターも参加した大規模な代表選挙を実施せずに、今週の土曜日に両院議員総会を開いて党所属国会議員のみが投票して新代表を決める。鳩山幹事長、岡田副代表が立候補すると見られているが、選挙まで4日しかない。この短期間に立候補者が各自の政策や国家観などを明らかにして、誰もが納得できる開かれた選挙ができるのだろうか。小沢代表路線を引き継ぐと見られる鳩山幹事長が、小沢氏の意向を受けた組織票で選ばれるということはないのだろうか。民主党の代表は、4ヶ月以内には必ず行われる総選挙の結果によっては、この国の総理大臣になる人だ。小選挙区による衆議院選挙は与野党の党首のどちらが総理に相応しいかを問う選挙でもあるのだ。その意味でも、今回の民主党代表選挙は民主党のみならず国民にとっても極めて重要な選挙である。
音楽プロデューサーの小室哲哉被告の裁判の判決があり、番組内も忙しくなると思っていたら、ミヤネ屋の放送中に民主党の小沢代表が辞任するというビッグ・ニュースが飛び込んできた。きょうのブログは小室裁判で決まりと思っていたが、ニュースとしては小沢辞任の方が重大だ。まあしかし、小室裁判について明日のブログで書いては遅すぎる(こういう場合、メディア業界では「ニュースが腐る」という)ので小沢代表辞任については明日書くことにして今日は小室裁判の判決について書く。今日の判決は一言で言えば異例ずくめの判決だった。裁判の焦点は執行猶予がつくかどうかだった。被害金5億円に慰謝料も加えて被害弁償が全て終わっていることに加えて、裁判長がこれまでの法廷で小室被告に被害者に対して謝罪させる機会を設けた訴訟指揮(裁判所の裁判の進め方)からみても執行猶予がつくだろうなと思っていたがその通りになった。執行猶予がついたことは異例とまでは言えないが、5億円という被害額を考えれば実刑の可能性も充分あった。異例だったのは判決の言い渡しの方法と、判決文の内容だ。判決公判では冒頭で裁判長が有罪であることを告げただけで、懲役3年執行猶予5年という主文は後回しにした。判決公判ではまず主文を言い渡し、それに続いて判決理由を読み上げるのが通常だが、判決が死刑の時には、主文後回しになることが多い。これは最初に死刑を告げると被告が冷静に判決理由を聞けないという配慮からだ。今回のように死刑判決でない場合で主文後回しというのはとても異例だ。小室被告に有罪理由をじっくり聞いて欲しいという配慮からかも知れないが、特別扱いしすぎではないか。特別扱いといえば、判決文の中に事件の被告に対して配慮する一方で、被害者に対して逆に厳しい表現がいくつか目に付いた。1つ目は、音楽会社社長が被害金に慰謝料などを併せ「約6億4800万円もの金を耳を揃えて支払い、完璧に被害弁償を終えていることは特筆すべきものがある」というくだりだ。「耳を揃えて」という表現には違和感があるし、被害弁償することが「特筆すべき」ことなのだろうか。次に、「被害者は本件被害の関係で総額2億5000万円もの法外な慰謝料を受領している」とも述べているが、裁判所は何を根拠に「法外な」と判断したのだろうか。首を傾げざるを得ない。また、被害者感情について判決は「現在でもなお、被害者が被告人に対し許し難い思いを抱いていることには、それなりに無理からぬ面がある」と言いながら、判決文の最後では「被害弁償の状況や被告人の反省態度、これを受け止めた被害者の心情(中略)などの事情を考え併せると」とも述べている。テレビ取材に応じた被害者のインタビューから考えると「受け止めた」とは到底思えないのだが。被害者に厳しく、被告に優しい判決だなというのが正直な感想である。
今日は母の日。母に電話をして元気な声を聞いたが、プレゼントは用意しなかった。一緒に御飯でも食べようかと思ったが時間がとれなかった。我が家で子供たちに「今日は何の日?」と聞いて、「母の日」と正確に答えられたのは娘だけだった。息子たちは全く分かっていなかった。男の子というのはそんなものなのだろう。母は偉大である。お腹から子供たちが誕生したのだから子供たちは母に対して頭が上がらない。もちろん私も子供たちが愛おしいが、お腹を痛めた母親とは子供に対する思い入れが違うような気がする。子供からしても、父親に対する思いと母親へのそれとは決定的に違う。残念ながら。息子からすると、父親が友になることはあっても、母親はいつまでも母親で友になることはない。母親というのはそれだけ特別な存在なのだ。うちの母親は私が実家に帰るたびに玄関で「おかえり」という。「いらっしゃい」ではないのだ。結婚して実家を出てもう20年近くになるが、今でも出て行ったままなのだろう。私が家族を持って独立しても、息子はいつまでも息子のままなのだ。電話で話す時は、いつでも「風邪ひいてないか?元気にしてるか?」と尋ねられる。私が先に聞くべきことなのだが、いつも先を越されてしまう。たまに実家に行って居間でウトウトと寝てしまうと、いつの間にか毛布を掛けてくれる。いくつになっても母はいつまでも母なのだ。いつもありがとう。いつまでも元気で長生きしてね。
国内で新型インフルエンザの感染が初めて確認されるのは大阪だと思っていたが成田空港だった。しかし感染が確認されたのは大阪の府立高校の生徒2人と教師1人のあわせて3人だったので、その意味ではやはり大阪だったのかも知れない。時間の問題で国内でも感染が確認されるだろうなと思っていたが、アメリカからの飛行機の機内検疫で見つかったのだから、政府の水際作戦が功を奏したと言えるだろう。しかしながら、感染が見つかった3人のうち1人の生徒は飛行機を降りてから体調不良を訴えたので、その1人の半径2m以内に座っていた、本来ならホテルに10日間停留(留め置き)されて体調を監視されるべき乗客11人が停留されずに国内に入ってしまった。感染している人と濃厚に接触した人が留め置かれずに通常の生活に入ってしまったので、11人から発症者が新たに出てそこから2次感染が起きる可能性もある。厚生労働省は11人と連絡をとろうとしているようだが、見つかれば停留措置が必要ではないか。また濃厚接触者以外でも、3人と同じ飛行機で帰国した人の中からも、今後感染が明らかになる人が出てくる可能性もある。厚生労働省はこの飛行機の乗客の今後の体調チェックにも力を入れるが、自分が感染していると自覚する前に不特定多数の人と接触する機会も多いだろう。今回の飛行機の乗客に限らず、検疫体制をすり抜けて感染者が既に国内に入っている可能性は高い。今回は水際で止めた形だが、今後は国内から感染者が出ることを前提に対策をとるべきである。政府や自治体は正確な情報を迅速に国民に伝えることが求められる。国民は国内から感染者が出ても大騒ぎせずに冷静に行動し、マスクや手洗い、うがいなど通常の季節性インフルエンザ対策をとることが必要だ。時間の問題で国内からも感染者が見つかるだろう。
狭いながらも自分の部屋ができた。サインボールやユニフォーム、グローブ、スパイク、バット、野球の人形、書籍、雑誌などお気に入りの物に囲まれて音楽を聴きながらブログを書く。楽しい時間だ。今夜も夕食が終わって1人で部屋に入っていったら、妻に「1人になる部屋があっていいね」と言われた。食後にもう少し私と色々なお話がしたかったのだろう。そうかなあと思いながらも、お気に入りの部屋に来てしまった。一緒においでよと声を掛けたのだが、妻は寝室に入っていった。食事の後にすぐに自分の部屋に閉じこもってしまうのは良くないなと思っていても、ついつい足が向く。決して1人になりたい訳ではないのだが、この新しい部屋は何だか落ち着くのだ。狭い部屋で物が溢れているのだが、またそれがいいのかもしれない。完全に趣味の世界だ。今日の音楽はベット・ミドラー。大好きな歌手の1人だ。心が洗われる。ウィリー・ネルソン、レイ・チャールズなんかもいいな。キューバやブラジルなどラテン・ミュージックもよく聴く。ブルースやゴスペルも最高だ。たまにはゆっくり1人でくつろげると思っていた東京での単身生活は、大阪と東京を行ったり来たりで思いのほか忙しかった。やはり家族と一緒にいる大阪の自宅が最もリラックスできる場所なのだ。せっかくブログになったのだから、頑張ってニュースについて書こうかと思ったが、今日も日記になってしまった。まあそう焦らずにぼちぼち書いていこう。妻をこの部屋によんで2人でゆっくりお茶でも飲むかな。
毎日読んで頂いている皆様に今日はお知らせがある。これを読んで頂いている時点で既にお分かりだと思うが、ホームページ「解説委員室」に毎日書いていた拙文が今日からブログになったのだ。解説委員になった日から書き始めて今日で676日目。ブログがスタートする記念日だ。これまでもブログと呼ばれたり、自分ではコラムと言ったり、周りからは日記とも言われてきたが、今日からは文字通りブログになった。ブログになったことで皆さんからコメントを寄せて頂くことも可能になった。今まで以上に内容が問わることになるだろうから気持ちが引き締まる。このブログのタイトル「無難でなく」は、解説委員になった直後に尊敬する方から頂いた言葉からとったものだ。その時その方は、解説委員という思ってもみなかった仕事についた私に対して「春川さん、無難にいくのはやめましょうね」と貴重なアドバイスをして下さったのだ。ホームページがブログ化するにあたって、当時の気持ちを忘れないようにタイトルにすることにしたのだ。解説委員になってもうすぐ2年。番組にも慣れてきて、ともすれば"無難にいこう"と思いがちな気持ちを引き締めよう。これからも"無難でいくことなく"番組でコメントすると共に、このブログも毎日書き続けるので、引き続きのご愛読よろしくお願いします。
春川正明
はるかわ まさあき
1961年5月5日生まれ
讀賣テレビ放送
報道局解説副委員長
ロサンゼルス特派員、
チーフプロデューサー、
報道部長を経て07年より現職。
関西学院大学非常勤講師
大阪市出身