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#72011月5日(日) 10:25~放送
ニューヨーク

 今回の配達先は、アメリカ。世界中から集まったトップダンサーたちが成功を夢見て日々しのぎを削るニューヨークで、ダンサーとして奮闘する石川智子さん(34) ダンサー名・TOMOさんへ、東京都で暮らす父・哲也さん(67)、母・佐季子さん(66)の想いを届ける。
 ストリートダンスのヒップホップを得意とする智子さんの身長は148センチ。体格で比較されるニューヨークでは不利だというが、今年、とあるオーディションで踊った動画が偶然にもジャネット・ジャクソンの目に止まり、本人から直接指名を受けた。さらにマドンナやBTSといった名だたるアーティストからも声が掛かるなど、彼女へのオファーは絶えない。またダンサーとしてのネームバリューが上がるにつれ、ステージ以外のオファーも増加。プロのダンサーやアーティストへの個人レッスンの依頼も多いという。ある日は、プロのバレエダンサーにヒップホップを指導。個人レッスンが終わると、休む間もなく次の準備に取り掛かる。翌日のレッスンで生徒に教える振り付けを考えるという智子さんは、繰り返し曲を聴き、イメージを膨らませていく。「歌詞の意味と自分が経験してきたことを重ね合わせて、それを動きに変える。できるだけキャッチーに、だけど難しすぎず。見た目は難しそうに見えるんだけど、プロから趣味の方まで楽しめるように心がけている」。こうしてダンスの引き出しを開けて、しまい込んでいたスキルを引っ張り出す。それを繰り返すのが、腕を磨くことになるのだと語る。
 6歳でダンスに興味を持ち、ジャズダンスを始めた智子さん。9歳のときに出会ったヒップホップダンスに大きな衝撃を受け、師匠に弟子入り。20歳のときにはダンス留学でニューヨークへ渡った。3か月間刺激的な日々を過ごし、ここでダンサーになることを決意。帰国後、両親に「ニューヨークに戻りたい」と打ち明けると、父からは猛反対されたが、娘の才能を誰よりも信じていた母が背中を押してくれたという。こうして再びニューヨークで踊れることになった智子さんだったが、本場のレベルの高さに鼻をへし折られてしまう。そんな中で絶対成功したいという信念、そして親に後悔させたくないという思いを胸にダンス漬けの毎日をおくり、地道に活動を続けながらひたすらスキルに磨きをかけた。そして今年、ジャネット・ジャクソンに見出されさらに大きく未来が開けたのだった。
 かつて「ダンスでは食べていけない」と反対していた父・哲也さんは、「ダンスは最初に見せられた振りを1回でできるかどうかっていう才能がすごく大事なんですが、それを見極めていたのが家内でした」と明かす。一方、「親バカと言われたらしょうがないですけど、本当にそう思っちゃった」と母・佐季子さん。そして「この子はいけるよと、夫に言ったんです」と娘を送り出した当時を振り返る。
 ある日、オハイオ州のアクロンという町では、LGBTQの人たちが主催する大規模なイベントが行われていた。智子さんはイベントの目玉となる音楽ライブで、アーティストのマディソン・ローズさんのバックダンサーとしてステージに上がる。マディソンさんから「最初に会った時、彼女は“スーパーヒューマン”だと思った。彼女が体で表現できることは本当にヤバくて、想像を超える動きをする。彼女に出会えて本当にラッキーだわ」と手放しで絶賛される智子さん。ステージでは圧巻のダンスで観客の視線を独り占めにした。
 9歳で出会ったヒップホップダンス。その時に抱いた憧れのままにひたすら突き進んできた娘へ、日本の母からの届け物は高校生の時に出演した舞台のDVD。母が大好きだった、娘が純粋にダンスを楽しんでいる姿が映像には残されていた。「この頃は仕事でもないから、怖いものがなくて。思いっきり踊ってた自分がいたんだよね…。忘れちゃってました」と涙を浮かべる智子さん。そして、「もっとステージで楽しんで踊ってる姿を見せられたら、それが一番。これは宝物ですね」と、大切なことを思い出させてくれた両親に感謝を伝えるのだった。