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#6882月26日(日) 10:25~放送
インド

 今回の配達先は、インドのムンバイ。バイオリンの指導者として奮闘する西村美香さん(40)へ、東京都で暮らす母・博子さん(73)の想いを届ける。
 美香さんがいるのは、高層ビルが立ち並ぶ大都市・ムンバイの中心地から車で1時間、都会から一変した風景が広がる町にある「ラクシュミ・ナガル国立学校」。経済的な支援を必要とする子どものために設立された国立の学校で、美香さんはバイオリンを学びたいという生徒をボランティアで指導している。自宅でもレッスンを行っているが、こちらは月謝制で、習っているのは主に親が経営者や弁護士といった経済的に恵まれた環境にある子どもたち。3日後にそんな美香さんの教え子たちが一堂に会する大切なコンサートの開催が控えている。インドへ来た9年前は、貧しい家庭の子どもと恵まれた環境の子どもが一緒に演奏すること自体が珍しく、揃って練習しても言葉も交わさないのが普通だった。そこで貧富の差を身をもって知った美香さんには、「だからこそ、私の生徒たちにはそういう思いはしてほしくない。音楽の前では平等であるべき」という信念がある。
 美香さんがバイオリンを始めたのは5歳のとき。学生時代から頭角を現し、スペインやイスラエルなど各国の音楽学校で特待生になるほど将来を嘱望されていた。その後、スペインの王室やダライ・ラマの前でも演奏するなど、世界的に才能を認められたバイオリニストとして活躍。だが一方で、心のどこかが満たされず、競争社会でもある演奏家の世界にずっと居心地の悪さを感じていた。そんな美香さんを救ったのが、父・卓郎さんの言葉。一番の理解者であり、大好きだった父から、「もっと広い視野を持って生きたほうがいい」と言われ、違う生き方があるかもしれないと考えるように。その父は、美香さんが23歳のときに心臓発作で急逝。突然の別れに大きなショックを受けた美香さんは、悲しみを背負いながら演奏活動を続けることになった。思いがけない転機は、父の死から6年後に訪れる。インド出身の世界的指揮者、ズービン・メータから「音楽学校で講師をしないか」と声がかかり、指導者の道へ進むことになったのだ。「インドに来て初めて子どもを教えたときに、心が躍る気がした。子どもを教える事によって自分が教わっていて、人生を学ぶことによって自分の音が変わってくる。今の方が、あの頃よりもずっと幸せです」。笑顔でそう語る娘に、「インドでどういう風に活動しているのか、暮らしが知りたい」と言っていた母・博子さんは、「明るくみんなに接して、人の区別をせず、一生懸命とにかくやっている。その姿に涙が出ました」と感激する。そして、美香さんにとって最愛の父・卓郎さんの存在は大きかったといい、母から見ても「本当に仲良しで、親友のようでした」と振り返る。
 コンサートの本番当日。大舞台に立った子どもたちが演奏を披露すると、ステージを見守る観客からは大きな拍手がおくられた。子どもたちもその反応に、「みんなが拍手してくれた」と驚き、大興奮する。そんな姿に美香さんは「やっと最近、スタートラインに立てたなって思っています。音楽の力を本当に信じて、今まで自分が音楽からもらったものを子どもたちに伝えていけたら」と想いを強くする。バイオリンを通じて、子どもの可能性を少しでも広げたいと願う娘へ、母からの届け物は父の形見であるパジャマとネクタイ。留学していた7年間、心の支えとして肌身離さず持ち歩いていたものだった。箱を開け、中身がわかった瞬間から感情があふれ嗚咽する美香さん。実は、「ずっと父のことは、必死に生きて思い出さないようにしていたから…」と明かし、久々に手にした懐かしいパジャマに涙が止まらないのだった。