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#67812月11日(日) 10:25~放送
イタリア・フィレンツェ

 2009年に取材したイタリア・フィレンツェの靴職人、深谷秀隆さん(当時34)。イタリアに渡って7年目の2005年に、国内有数の職人の街であり、皮製品が有名なフィレンツェで念願の店をオープンした。店名は「イル・ミィーチョ」。イタリア語で子猫の意味だ。店内に並んでいるのは、クラシックなデザインの紳士靴。これらはサンプルで、秀隆さんはフルオーダーで靴を製作している。全てが手作業のため、注文を受けてから納品するまでの期間はおよそ1年。1年間に作れるのは、ほんの40足ほどだという。そんな秀隆さんが作る靴の値段は、最低でも一足35万円。イタリアで最も高価とも言われているが、「それだけの仕事を我々はやっていると思うので」と、その言葉には靴作りの技術を磨き上げてきた自信がうかがえる。工房は店のすぐ近くにあり、2人の日本人の弟子とともに朝の8時半から夜遅くまで黙々と作業を続ける。究極の履き心地とフォルムを目指して、卓越した技術で一針一針縫い上げていく姿に、周囲の空気までもが張りつめる。
 イタリアに来る前はファッションデザイナーとして数々の賞を受賞し、将来を嘱望されていた秀隆さん。しかし、自らの手でものを作り上げたいという想いから全てを捨てて靴職人を志した。何のツテもなく、情熱だけを携えてイタリアにやってきたものの、イタリア語も英語も話せない秀隆さんは「靴作りを習いたい」と書いた紙を持って何十軒もの店を訪ねた。断られ続けて、ようやくめぐり会えたのが靴職人のステッラさん。秀隆さんの情熱を感じて、見ず知らずの日本人を弟子にとり、靴作りの全てを伝えたという。
 ある日、秀隆さんの店にお客さんが靴を受け取りに来た。日本伝統の技術である絞り染めの技法を取り入れた新作だ。完成した靴を渡す時が職人として一番緊張する瞬間だというが、世界に一つの靴は驚くほどスムーズな足入れで、すっぽりとお客さんの足を包み込んだ。イタリアに渡って10年。自らの信念を貫き通してひたすら靴作りに励み、靴作りと向き合ってきた息子へ、両親からの届け物は秀隆さんが小学2年生の時に使っていた日記帳。ページには、ボール紙に施された猫の刺繍が貼り付けてあった。偶然にも、秀隆さんが小学校の頃に初めて針と糸を使って作った作品は、今の店の看板と同じ猫だったのだ。
 あれから12年。山口智充がフィレンツェの秀隆さん(47)とリモート中継をつなぐ。今はすっかり観光客も戻りにぎやかになったフィレンツェだが、コロナ禍の頃はロックダウンの期間が長く、秀隆さんも家で仕事をする時間が多くなった。そこで、靴以外の皮製品も作り始めるようになり、「僕らしい、鞄屋がやらないような発想で生まれた」という8の字状のパーツをつなぎ合わせて作った巾着や、ミニマムなデザインのトートバッグなどが誕生したという。現在、工房では2人の日本人の弟子が靴作りに携わっている。師匠については「厳しい」と口を揃える弟子たちに、「僕を超えるぐらいの勢いでやってもらいたいし、色んなことに挑戦してもらいたい。靴屋だから靴ばっかり作っているというのも面白くない」と秀隆さん。実は今、通常の靴作りと全く同じ技術を使って、まるでひねったかのような不思議な形をした靴や、溶けたようなフォルムの靴を制作。アート作品として地元のミュージアムにも出展したそうで、「靴作りはもちろん継続しながら、アートの方で、アーティストとして別の才能が見せられたら」と今後を語る。