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#3909月4日(日)10:25~放送
フランス・パリ

 今回の配達先はフランス・パリ。眼鏡職人として奮闘し、自らのブランドを立ち上げた北村拓也さん(31)と、東大阪市に住む父・佳久さん(60)、母・葉子さん(59)をつなぐ。26歳の時、勤めていた会社を辞め、何のツテもなく単身、海を渡った息子に、父は「本当に仕事先を見つけてきたのでびっくりした」、母も「あまり器用な子じゃなかったのに、眼鏡作りなんてできるのかしらと心配した」と、その行動力には驚かされたという。 
 拓也さんが働く眼鏡ブランド「ドリラ」は、社長であり現役の職人でもあるアンヌ・ドリラさん(53)の父が65年前に立ち上げた。アンヌさんと拓也さん、そして同僚のニコラさん(33)の職人3人の小さな工房ながら、世界中の眼鏡店に販売ルートを持っている。ドリラでは客の要望や採寸データをもらい、デザインから完成まで 一つ一つ手作業で仕上げるオーダーメードの眼鏡製作も行っている。
 眼鏡作りはまず、パソコンと連携した裁断機で、フレームの素材となる板から大まかな形を切り出し、眼鏡の原型を作る。さらに機械を変えながら細かくパーツを削り、指先の感覚でミリ単位の調整を行っていく。この工房ではプラスチックフレームの素材となるアセテートを中心に、バッファローの角やべっこうなどの素材でも眼鏡を作っているという。
 これまで拓也さんが手掛けた何百ものデザインの中から、20点ほどが社長に採用され、商品化された。さらに、手作業で一つ一つ作る眼鏡にこだわる拓也さんは、2年前、社長の許可を得て自らのブランド「キタムラドモン」を設立。客の好みやサイズを聞き、眼鏡店から委託を受けるセミオーダーメードの形で販売している。アンヌさんは「彼のデザインはとても変わっていて、いつも驚かされる。私とまったく違うスタイルだからこそ、彼を雇った」と、拓也さんのセンスを高く評価する。だが、拓也さんが最終的に目指すのは、お客さんと直接向き合い、その要望に一つ一つ答えて作るフルオーダーメードだという。
 元々、眼鏡が大好きだった拓也さんは、大学を卒業後、日本の眼鏡産地である福井県鯖江市の大手眼鏡メーカーに就職し、腕を磨いた。理想の眼鏡を追求したいと思っていた拓也さんだったが、利益と効率を優先させる会社に絶望。一時は職人としての夢を諦めかけたという。すっかり落ち込み、外にも出歩かなくなってしまった拓也さんは、ある時、父に“買い物に行こう”と声をかけられた。父は拓也さんをデパートに連れ出すと、“お前はデザイナーなんやから、いいボールペンぐらい持っときや”と言って1本のボールペンを買ってくれたという。「父はいつも応援してくれていた。それが外国でやって行こうと決断するひとつのきっかけになった」と拓也さんは明かす。
 26歳の時には会社を辞め、デザインから納品まですべて一人で手掛ける眼鏡職人のスタイルを目指し、何のツテもなくヨーロッパへ。拓也さんは「自分が求めている職人になれなければ、眼鏡作りを完全にやめ、実家の仕事を継ごうと思っていた」と打ち明ける。そんな覚悟でヨーロッパを渡り歩き、3年前、オーダーメードの眼鏡が製作できるドリラを知り、社長に働かせてほしいと直談判したのだ。
 フランスで理想とする眼鏡職人に一歩ずつ近づきつつある拓也さんに、日本の両親から届けられたのは、拓也さんの大好物・焼きおにぎり。遠い異国でひとり頑張る息子のために母が手作りしたものだ。一口ほおばると、感激で言葉に詰まる拓也さん。「大変なことも多いけど、言葉で詳しく話さなくても、分かってくれているのが嬉しい」と、応援してくれる両親に涙で感謝するのだった。