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#3345月31日(日)10:25~放送
ポルトガル・リスボン

 ポルトガル・リスボンで夫と共に日本の家庭料理を提供する店を営み、料理人として奮闘する福田ゆう子さん(40)と、高槻市に住む父・忠雄さん(66)、母・外志子さん(68)をつなぐ。料理はまったくの素人だったが、開店1年でリスボンのレストラントップ20に選ばれるまでにしたゆう子さん。両親は「人気店とは聞いているが、経営は大丈夫なのか?」と心配している。
 夫婦で営むのは、これまでリスボンにはなかった日本の居酒屋をイメージした「タスカ コメ」。店の内装や装飾は、デザインから施工まですべて夫の雄一さん(35)が手掛けたものだ。2人とも飲食店はアルバイト程度の経験しかなかったが、力を合わせてゼロからこの店を作り上げたという。お客のほとんどがリスボン在住のポルトガル人。ゆう子さんは「ポルトガルにはフュージョン料理はたくさんあるが、そうじゃないポルトガルのおいしい素材を使った、日本人が普段食べている家庭料理を知ってほしかった」と話す。
 元々はポルトガルでアパレル関係の仕事をしていたが、現地の友人たちに「日本人なんだから、寿司の作り方ぐらい知ってるでしょ?教えて」といわれ、見よう見まねで教えるように。それをきっかけに料理の面白さに目覚めたゆう子さん。「一度日本に帰って、ちゃんと料理を勉強したい」と、日本の寿司学校に通って基本から学び、友人たちに振る舞ったところ、これが大好評。その後も独学で勉強を重るうち、彼女の料理が口コミで広がり、料理教室やケータリングの依頼が殺到。いつの間にか料理が本業になっていたという。「自分で作れるものは極力作りたい」と、店で使う調味料やソースもほとんどが自家製。ヨーロッパ随一といわれる現地の魚を始め、ポルトガルのいい食材を使い、手間暇かけて作られる、見た目にも美しいゆう子さんの料理は、店のオープン直後からたちまち注目を集め、1年も経たないうちに世界的に知られるガイドブックで、リスボンのレストラントップ20に選ばれたのだ。
 一方、店に立つこともある雄一さんだが、実は本業はアーティスト。ゆう子さんが日本に一時帰国していた時に知り合い、5年前に結婚。2人でポルトガルに住むことを選んだ。日本ではまったく無名だったが、西洋と日本を融合させた独特の作風がこの地で評判を呼び、絵画だけでなくTシャツや店舗の内装、ポスターなど、デザインのオファーも殺到。作品が街のそこかしこで見られるまでになった。
 そうして稼いでお金をすべてつぎ込んでオープンさせた「タスカ・コメ」。雄一さんは「僕は料理はできないけど、自分にとっては新しいことへの挑戦だった」といい、ゆう子さんも「私と彼の世界みたいなものを、この店で作れると思った」と、この店に込めた思いを明かす。
 無我夢中で走り続けたこの1年。店のファンは確実に増えてきたが、素人が始めた店だけに、良い人材の確保や、仕入れ業者との交渉、税金の問題など、経営面の課題は山積みだ。毎日誰よりも早く店に出て、一番遅くまで働くゆう子さんはそれでも「1年を振り返ると、楽しかったことがほとんど」と前向きだ。雄一さんも「金銭的にはまだまだ贅沢はできないけど、好きなことをやっている方が絶対に面白い」と、当初の気持ちはまったくブレていない。
 そんなゆう子さんに、日本から届けられたのは母の着物と帯。いつの日か娘に渡そうと母が大切にしていたものだ。そんな母の思いに、ゆうこさんは「両親は私が何をやっても快く送り出してくれ、応援してくれた。感謝の気持ちしかないですね」と涙で語るのだった。